「ボクと、結構して欲しい」  
「……は?」  
一気に酔いが覚めた。  
いや、まだ酔っていて、今のは何かの聞き間違いかもしれない。  
突然の出来事に、エステルたちには見せられないマヌケ面で固まっていると、目の前で微笑んでいる金髪の男――オリビエ・レンハイムはゆっくりと口を開いた。  
「シェラ君、ボクと、結構して欲しい」  
どうやら聞き間違いではなかったらしい。  
名高き遊撃士、銀閃のシェラザードが10秒も思考停止したのは後にも先にもこの時だけであった。  
 
「アンタ、自分が何を言ってんのかわかってる?」  
「心外だな。ボクはいつだって自分の発言には責任を持ってるつもりだよ。特に……今ボクは、漂泊の吟遊詩人オリビエ・レンハイムではなく、エレボニア帝国の皇子オリヴァルト・ライゼ・アルノールとして君にプロポーズしている」  
シェラザードは酔った人間の発言として適当にはぐらかそうとしていたが、こうまで言われては逃げることもできない。  
だが、ノーと言うにはこの男に好意を持ちすぎているし、だからといって簡単にイエスと答えられる程、彼女は無責任ではなかった。  
 
「もちろん――」  
返答に困っているシェラザードを見て、オリビエは再度口を開く。  
「返事は今すぐにとは言わない。シェラ君にとっては、共に戦った仲間という意識の方が強いだろう。なにより、ボクも10年後にリュートを弾きながら愛を唄えるかはわからない身だ」  
一瞬だけ、オリビエは目を細めて悲しい表情をつくる。そう、一瞬だけ。  
「だが、もし君が――もし、シェラザード・ハーヴェイがオリヴァルト・ライゼ・アルノールに好意を持っていてくれるのならば――」  
言葉はそこで途切れた。  
言葉を紡ぐはずの唇は、やわらかく温かいもので塞がれていた。そう、シェラザードの唇で。  
たっぷり3秒間口付けてから、ゆっくりと離す。「言わないで。その手のセリフは、高確率で戦死するわよ」  
冗談っぽく言って微笑んだ彼女の唇を、今度はオリビエが塞いだ。  
 
唇を塞いだまま、オリビエはシェラザードをゆっくりとベッドに押し倒す。髪留めを外してやると、銀色がシーツの上に広がった。  
「このまま君が何も言わないなら、ボクはとことん自惚れてしまうけど、いいのかい?」  
「……勝手に自惚れてなさい」  
「では遠慮なく」  
いつものような胡散臭い笑みを浮かべると、オリビエはシェラザードの首筋に口付けた。  
「ん………あっ」  
首筋から耳の裏にかけてゆっくりと舌でなぞると、シェラザードが小さく悶える。気を良くしたオリビエは右手を背中に回し、器用に背中のホックを外す。肩からドレスを脱がすと、解放された大きな乳房がふるる、と揺れた。  
今度は鎖骨に舌を這わせ、左手で胸を撫でる。手に余る程の甘美な果実が形を変えるのが面白い。  
見上げれば、顔を真っ赤にして恥じらう乙女の姿が目に写った。  
「ふふ、シェラ君もそんな可愛い顔をするんだね。いつもの艶やかな表情もいいが、こういうのも刺激的だ。なにより、ボクしか知らないというのがさらに欲をかきたてる」  
「……なんか、アンタばっかり余裕なのがムカつくわね……」  
「まさか。愛する女性を抱けるというのに、余裕でいられる男はいないさ」  
 
オリビエは真顔で、しかし右手を腰に回しながら言った。  
「いまいち信用に欠ける言葉ね。めちゃくちゃ手慣れてるみたいだし?」シェラザードは嫌みっぽく言ってみたが、この男に通じるはずもなく。  
「男はいつだってカッコつけたがりなのさ」  
そう言って唇を重ねてきた彼の表情は、すでに胡散臭い笑みに変わっていた。  
 
胸をまさぐる左手が、不意に頂きを弾く。  
「や、あんっ」  
完全な不意打ちにシェラザードは思わず声を上げてしまう。その声に一瞬理性を持って行かれそうになるが、辛うじて持ちこたえた。  
今すぐにでも犯してやりたい衝動を抑え、再び胸を愛撫する。ただし、今度はわざと乳首に指を当てながら。  
痛いほどに自己主張する頂きを摘んでみれば、先程よりも大きな嬌声が聞こえた。  
 
もっと聞きたい――  
オリビエはたまらず、乳首を口に含んで転がし始めた。  
「あうっ」  
シェラザードは身体をびくびくと震わせながら身悶えする。手でオリビエを引き離そうとするが、力の抜けた腕ではどうすることも叶わない。  
それどころか、抵抗する腕すらもあっという間に絡め取られ、余計に密着してしまう。  
「っていうか、アンタも脱ぎなさいよ。フェアじゃないわ……」  
今まで忘れていたが、密着したことによって相手がまだ一糸乱れぬ姿であったことに気付く。  
「仰せの通り、女王様」  
オリビエは一瞬鳩が豆鉄砲くらったような顔になるが、すぐに笑みを浮かべて自らの服に手をかけた。  
 
脱いだ服を適当に投げ捨てると、シェラザードがこちらを見つめているのに気付いた。  
「ん? どうかしたかい?」  
「いえ、案外鍛えてるのね。って思っただけ」  
「師匠がとても厳しい人でね、『皇子たる者、自分の身も守れなくてどうしますか!』って、それはそれはスパルタ教育だったわけさ」  
「毎度逃げ出してはミュラーさんに取っ捕まって、お説教付きで特訓したのかしら?」  
「ははは、全て未遂に終わったさ……」  
どこか遠くを見ながらオリビエは答える。  
 
「それはさておき、今は愛を楽しもうじゃないか! ふふ、甘い夜はまだまだこれからだよ」  
思い出しかけた地獄の日々を頭から振り払い、シェラザードに酔いしれることにした。  
オリビエが脱いでる間に彼女の方も一糸纏わぬ姿になっていたため、「脱がせる楽しみが……」と少しがっかりするもの、頭から抱き寄せて深い口付けを交わす。  
オリビエはシェラザードの歯茎を舌でなぞり、口を開けさせて舌を絡ませようとする。ぬめりつつもざらざらとした感触に、シェラザードの舌が奥に引っ込む。  
だが逃がすまいとオリビエの舌が深くまで侵入してくる。のどが詰まりそうになり、舌で押し返そうとしたが、うまくいかず結果的に互いの舌が絡み合うかたちになった。  
「ふ……あ、あふぅ……ん」  
くぐもった声が口内で響く。さすがに苦しくなってきたのでオリビエの胸を軽く叩く。オリビエが名残惜しそうに唇を離すと、銀の糸が2人を繋ぐ。  
頬を赤く染め、目を涙で潤ませながら見上げてくるシェラザード。普段の彼女からは決して見ることのできない表情に、オリビエは満足そうに微笑んだ。  
 

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