フォースアローとアースインパクトを巧みに使い分けながら、アルウェンは神殿を進んでいく。神殿は進むごとに水位を減らし、次第にアルウェン有利な戦場へと変わっていった。
水場が減った事で水生の魔物は減り、立ちはだかるのは水により主役を奪われた弱い魔物ばかりだ。であるにも関わらず、アルウェンにとって楽な戦場ではなかった。
恐ろしく敏感に開発、いや、改造された胸は常にアルウェンを責め苛む。今は水中に生えていた柔らかい藻の様な蔦を巻いて固定しているが、それでもぴりぴりと快楽を伝えてくるのだ。
さらに以前あおじぇりーに受けた辱めを思い出し、下腹部が疼いて脱力させる。歩くたびにぞくぞくと快感が走り、とてもではないが走る事などできない。
スカートの前丈が短いため、彼女の内股では粘度の高い透明な液体がきらきらと輝き、紫色のオーバーニーソックスを変色させているのが分かってしまう。動くたびにぷちゅぷちゅという音が鳴り、それがまたアルウェンの性感と羞恥心を刺激する。
集中力を削がれるのは如何ともしがたく、魔法の精度と威力はガタ落ちだ。中途半端に魔物が弱いもの、アルウェンが集中できない理由の一つだ。下手に余裕があるせいで、余計な事を考えてしまう。
魔物に身を任せてしまえば楽に、という考えすら浮かび、目の前の敵にも集中できない始末。
凌辱された二度の光景が何度もフラッシュバックし、その度にひざが折れそうになる。今アルウェンを支えているのは、僅かな誇りだけだった。
一度心が折れそうになり、このまま帰ってしまおうかとも思ったが、負け犬になるのは御免だ。歯を食いしばって感覚を無視し、魔法を連発する。
「っ……! 何者かは知らぬが、この代償、高くつくぞ……!」
まだ見ぬ城を乗っ取った犯人に、ほとんど八つ当たりの恨み言を吐く。そうでもしなければやってられない。
アルウェンを苛立たせているのは、性感の他にもうひとつあった。いくら歩けども一向に魔力がある方向へ近づけている気がしないのだ。
近くに魔力がある、というのは分かっても、どうも感覚が妙で正確な方向を感知できないのだ。さらにオルディウム神殿は同じような通路、部屋が多数あり自分の位置が掴みづらい。結果、何度も同じ場所を回ってしまう事になる。
今は神殿の中にいるので分からないが、外はもう薄暗くなっている頃だろう。いい加減魔力を回収して、帰りたくなる。
背後から襲い掛かるつぼみみっくをアースインパクトで吹き飛ばし、周囲を警戒しながら進んでいく。集中力が散漫な今では、感知能力も十全に発揮しているとは言いがたい。
遅々としながらも進んでいくと、ゴミが散乱している通路の置くからオレンジ色の光が指しているのが見えた。奥には太陽光に反射して輝く水面がある。
「しまった、外に……いや、正解か」
西日に照らされる通路の奥からは、若干ではあるが今までより濃い魔力を感じる。
山積みになっているゴミの上を慎重に進みながら外に出る。出口を潜って光景を確認し、アルウェンは思わず感嘆の声を漏らした。
足元には水面に浮くように取っ手のない石畳が続き、その先には巨大な円形の台座がある。昔には何かしらの儀式に使われたであろうそれは、今も劣化も少なくそこに存在している。
構成自体はごくシンプルなものだったが、辺りの風景と相まって美しく幻想的とさえ言えた。水が苦手なアルウェンでも、また立ち寄りたいと思うほどだ。
とは言え、いつまでも見とれているわけにはいかない。早く魔力を回収しなければいけないのだ。
水上にある道は滑りやすく危険かとも思ったが、意外に問題なく進めた。おかげで周囲の気配にのみ集中しながら台座までたどり着ける。
台座の中心に立ったアルウェンは、いよいよ魔力の気配が強くなるのを実感した。ぴりぴりと肌を焼く、自分の魔力の気配が感じられる。
「しかし、妙な」
これほど魔力の圧迫感を感じているのだから、随分近くにあるはずなのだ。しかし、依然として正確な位置を感知できない。
何か障害物でもあるのだろうか、そう考えてアルウェンは気がついた。あたりは水ばかりであり、ここは水生の魔物が幅を利かせている場所だと。
「水中! また魔物に魔力を食わせたのか!」
「やっと気付いたか」
突如響いた声にアルウェンは舌打ちし、杖を構えながら魔力を充実させた。気配を探ってみるが、大まかな位置すらつかめない。セクンドゥム廃坑にいたモンブランとは比べ物にならないほどの実力者だ。
「待ち伏せ、というわけでもないのだろうがな……」
「ほう、ただの世間知らずなお姫様ではないようですな」
そもそも相手に気付かれず接敵できる時点で、わざわざ声をかけ自分の存在を明かす必要はない。密かに接近して昏倒させればいいのだ。
何者かも分からぬ相手が一体何を考えているのか、検討すらつかない。魔力を奪った割には有効に活用せず、むしろ返している節さえある。
「まあよい。後で無理矢理吐かせれば良いのだからな」
「それはこちらが用意した敵を倒してから言ってもらおう」
水面が大きく揺れだし、ごん、という大きな音と共に台座が揺れる。通路と台座は切り離され、アルウェンは台座ごと湖の上を漂う事になった。
結界が台座をまるまる包む形で構成され、アルウェンは飛ぶことができなくなる。これで逃げる術を失った。随分な念の入れようだ、と冷ややかに考える。
水面の波紋はどんどん大きくなり、やがて水しぶきと共に巨体が姿を現した。薄紫色のムカデのような姿に、四つに割れた巨大な口と二本の硬質的な鎌。
あまりにも禍々しい姿を晒し、その魔物はアルウェンに正対した。
「湖の主、エフェメルガか! おのれ、またしてもこんなものに私の魔力を!」
「さて、真祖の姫君の実力、拝見させていただきましょう」
声の主に言葉を発しようとした瞬間、エフェメルガの鎌が振り下ろされた。それを横飛びに回避し、エフェメルガに集中する。余計な事を考えて勝たせてもらえるほど容易い相手ではないだろう。
アルウェンはすぐに杖を構えて反撃しようとしたが、その前に体に強い衝撃が叩きつけられる。がふっ、とうめき声を漏らして、台座の隅にまで弾き飛ばされてしまった。
「何が……魔法か!」
アルウェンの魔力を与えられたエフェメルガは、アークシェロブ同様当然のように魔法を使ってきた。打ち下ろされる鎌に水属性の魔法を追加し、台座の大半に影響を与える衝撃波を放つ。
攻撃範囲が広く、そう何度も避けられる攻撃ではない。一発でも直撃すれば、無事でいられる自身はアルウェンにはない。
「調子に乗るな!」
再び鎌を下ろそうとするエフェメルガをにらみつけ、アルウェンはフォースアローを放った。魔法の光弾は僅かながらもエフェメルガの顔を削り、耳障りな悲鳴を上げる。
「やはり、魔法の効きは鈍いな」
アルウェンはエフェメルガの顔面を吹き飛ばすつもりで魔法を放った。しかし、結果は少しばかりのダメージを与えた程度だ。
水魔から感じられる魔力は、現在のアルウェンと同等かそれ以上だ。上手く魔法を使えなくても、魔法抵抗が強いのは仕方がないと言える。それでも無力化されていたアークシェロブに比べれば、格段に与し易い相手だ。
攻撃をしようとすれば威力の弱いフォースアローを放ち、距離を置こうとすれば強力な一撃を見舞う。アルウェンのペースで戦闘は進み、次第にエフェメルガの傷が大きくなってきた。
この調子で進めば安全に勝てる、そうアルウェンが思っていると、エフェメルガは大きく口を開いた。今までにないパターンに一瞬動揺したが、すぐにフォースアローを放つ。
魔法は鎌にたやすく防がれ、エフェメルガの口から何かが放たれる。それは地を滑りながら、アルウェンに襲い掛かってきた。
すぐさまフォースアローを放ち撃墜しようとするが、それは魔法を回避してアルウェンに体当たりをする。
「なんだと?」
威力こそ高くはないが、ひるませるには十分な効果だ。体勢を崩したアルウェンは片膝をつき、陸の上を素早く移動するそれを確認した。
アルウェンに襲い掛かったのは、魚のような魔物だ。エフェメルガの中で飼われているのであろうそれは、牽制に使うならば十分な能力を持っていた。
「っ! 厄介な」
速度に左右されず広域に攻撃できる魔法、アースインパクトを放ち、魔物を吹き飛ばした。しかし、その間にエフェメルガは体勢を整えていた。
アースインパクトは攻撃範囲こそ広いものの、陸地に面していなければ効果を発揮できない。相手が台座の上にいない以上、ダメージを与えられないのだ。
エフェメルガは口から強力な冷気を放つ。アルウェンは即座に防御体制をとり、攻撃に備えた。凍てつく吐息は台座全体を多い、地面をギチギチと鳴らしている。
「なんだ、これは?」
思わず眉を潜めながら呟く。エフェメルガの冷気は確かに寒いが、防御している事を差し引いても攻撃能力が低かった。
何のつもりかは分からないが、攻撃力がないのならば都合がいい。アルウェンはフォースアローを放とうと一歩踏み出して、思い切り足を滑らせた。
「なっ!」
体を地面に打ちつけ、そのまま滑りそうになるのを手で押さえて必死に耐える。これが目的だったのだと気付くには、既に遅すぎた。
エフェメルガは嘲笑うかのようにアルウェンを見下ろし、数体の魔物を吐くと水の中に消える。
アルウェンは攻撃に備えようとするが、立ち上がることもままならない。さらに魔物はアルウェンに体当たりを繰り返し、水に突き落とそうとする。
泳げない事を差し引いても、水中で水魔と勝負になるはずがない。攻撃に必死に堪えながらもアースインパクトを放とうと魔力を練る。先に小型の魔物どもを排除しなければ、エフェメルガに抵抗するのも難しいだろう。
杖を構えながら魔力を放とうとしたその時、台座が大きく揺らされた。
「うわっ! くうっ!」
練り上げた魔力は霧散し、アルウェンは地面にすがり付く。さらに魔物による追い討ちで、ずるずると台座から滑り落ちそうになる。
エフェメルガは台座の周りを周回し、大きな波を立たせて凍った地面に斜頚をつけていた。アルウェンはそれを確認し、自分が本格的に窮地にいるのを確認する。先ほどまでアルウェンが行っていた相手に何もさせない戦法だ。
さらにエフェメルガは追い討ちとばかりに水弾を放つ。アルウェンは転がりながらもそれを避けるが、代わりに魔物への警戒が疎かになり服をズタズタに切り裂かれるほどダメージを負ってしまう。
なんとかしなければ、そう思うが打開策が浮かばない。
無理矢理にでもアースインパクトを使い雑魚を一掃するか、それとも機が訪れるまで耐えるか。
どちらも勝算が高いとは言えない。ハイリスクを負うか負わないか、どちらにしてもリターンを得られる確率は低い。
アルウェンは一瞬で思考を打ち切り、自分の未来を賭ける行動を決定した。
・一発逆転、魔法を発動する
・危険は犯せない。今は耐える