・危険は犯せない。今は耐える  
 
 ここが普通の地面で、周囲が湖でなければ多少のリスクを負うのもいいだろう。しかし、現状では僅かな隙が命取りになる。意識をエフェメルガに向けたまま、杖を使って魔物をいなす。  
 攻撃はダメージよりも衝撃の方が深刻だった。体当たりは裂傷ができる程度には威力があるものの、圧倒的な再生能力を持った吸血鬼には問題にならない。それより、衝撃で湖に押し飛ばされる方が脅威である。  
 アルウェンは半ば強引に魔物を押しのけて場所を移動し、台座の中央に陣取った。これならば、同じ方向から二、三回体当たりを食らってもまだ落ちない。  
 座り込んだ体勢で攻撃を食らうことを前提とし、体重移動で押し飛ばされることを避けながら堪え続けた。エフェメルガの水弾には魔法に対し大量の魔力を叩きつけて相殺する。非効率この上ないが、魔法を使うほど隙ができない以上仕方のない処置だ。  
 以前余裕などないが、一応の小康状態を作る事には成功した。後は我慢比べで、どちらが先に音を上げるかになるだろう。  
 そこまでくれば決着はあっけなく、勝負は簡単についた。  
 エフェメルガはすぐに苛立ちアルウェンに近づいていった。アルウェンはすぐにアースインパクトで周囲の魔物をなぎ払い、最大級のフォースアローでエフェメルガの頭を打ち抜く。  
 その一撃で勝負を決められた訳ではなかったが、精彩を欠くエフェメルガはその後に逆転の目はなかった。  
 無事エフェメルガを倒したアルウェンは、台座の上に悠然と立った。床の上に張られていた魔法の氷壁は、術者の敗北と共に解除されている。  
 倒れたエフェメルガの体から水色の光が溢れ、アルウェンの方に向かっていく。アルウェンは光に向かい手を差し出した。  
「戻って来い、私の力」  
 光は命令に従いアルウェンの胸元へと吸い込まれ消える。時を同じくして、アルウェンの体から周囲の空間を歪ませるほどの莫大な魔力が発散された。  
「ほう、まだ十分の一も力を取り戻していないのに、それだけの魔力があるのですか」  
「なんだ、かくれんぼはもう止めたのか?」  
 唐突に背後から声がかけられる。アルウェンは表面上は冷静を装っていたが、内心は冷や汗を流していた。敵が動いた事は、吸血鬼の優れた感覚は知覚完璧に知覚する。しかし、あまりの速さに反応することができなかった。  
 相手は恐らく純粋な戦士だろう。しかし、それ以前の基本的な能力差が大きく横たわっていた。  
「超越した魔力だが、戦闘は未熟そのもの。私が貴女ならあの程度瞬殺できたのだがな」  
 その言葉は傲慢でもなんでもなく、純粋な事実だろう。戦闘の基本的な知識すらなく自分の才能に任せた戦い方しかできないアルウェンでは、鍛え抜かれた戦士と比べるべくもない。  
 加えて言えば、アルウェンはエフェメルガ戦で魔力と精神力を消耗しきっている。現状でこの相手に襲いかかられれば、勝利の可能性など毛筋ほども存在しない。  
 アルウェンは黙って背後を向く。そこには人間に狼の顔と皮を付けたような生き物、人狼がいた。単純な魔力量だけならばアルウェンの遥か格下であるのに、圧倒的な威圧を放っている。  
「城で襲撃して来た者の一人だな。腕も随分と立つようだ」  
「ほう……。自分は戦えずとも見る目はあるか。成る程、流石は真祖の姫君ですな」  
「ああ。ついでに今戦うとしても荷が勝ちすぎる事もな」  
 アルウェンの言葉に、人狼はくくっ、と笑う。嘲笑には見えないが、アルウェンにはそれは何に対しての笑いかは分からなかった。  
「ただの幼子かと思ったが、そうでもないらしい。我が『血の主』から伝言を授かっていたが、それを伝えるのは止めておこう。それほど柔ではない様子だしな」  
「ふん、『血の主』か」  
 アルウェンの反応に、人狼はにやにやと笑う。わざと情報を与えて楽しんでいるのだ、この男は。  
「水の魔力はお返ししよう。もし勝ち続けることができれば、我が『血の主』の顔くらいは拝む事ができるかもしれんしな」  
「言われずともそうする。ついでにお前たち全員を叩き潰して、城から追い出してやるがな」  
「くっ、フハハハハハ! 随分と大きく出る! くくっ、ならば未熟者がどれほどの戦上手になるか楽しみにさせていただこう」  
「勝手にするがいい。私のする事は何もかわらんのだ。ただ、舐めてかかるならば痛い目を見ると覚えておけ」  
「よろしい。我が名はダイガルド、その時まで名を預けておこう」  
 アルウェンに背を向け、一瞬姿がぶれたかと思えば次の瞬間には石柱の一つに立っていた。その何気ない動き一つに実力の差をひしひしと感じる。無駄のない身のこなしと圧倒的な身体能力は、脅威の一言に尽きた。  
「ああそれと」  
 
 ダイガルドはアルウェンに背を向けたまま首だけ捻り目を向けた。  
「随分とはしたない恰好になっていますな。もう少し慎みを持たれてはどうですかな?」  
 意地悪く嘲る人狼の言葉に、アルウェンは凍りついた。今着ている服はとても衣類と言える状態ではなく、ただの襤褸切れと化している。全体が大きく裂けており、乳房や下腹部近くまでもが露出している。  
 今までの緊張を忘れ羞恥に顔を赤らめたアルウェンは、杖をダイガルドに向けた。  
「いいから早く行けぇ!」  
 フォースアローが乱射されるが、それが届く頃には当然のようにダイガルドは消えていた。  
 やるせない感情を抱えながら床をガシガシと叩き、それでもどうしようもないという事実にうな垂れる。魔法を取り戻した喜びなどなかったかのように気分を落ち込ませながら、神殿を後にした。  
 
 
 
 
 
 アルウェンは服を着替えたりなどの用事を済ませた後、アルッテの街で食事を取っていた。時間がやや遅めなのか、人がそれほどおらず割と快適だ。物を考えながら過ごすには丁度いい環境だと言える。  
 胸と股間の異常に発展してしまった感度だったが、これは手に入れた水の魔力によって抑える事ができた。不幸中の幸いだと言えるが、これは魔法で無理矢理鈍らせると言う所詮力技なので、魔法が切れてしまえば当然感度も戻る。  
 今後の活動に支障はでないのだろうから、これは置いておく。  
 服もなんとかしなければいけない。城を出るときは急いでいたので、服も下着もあまり持ち合わせていないのだ。金銭だけは、偶然持っていた宝石類を換金したおかげでそこそこ以上にあるのだが。  
 一着はアークシェロブとの戦闘で痛み、一着はエフェメルガとの戦闘で破けた上に藻のせいで生臭くなってしまった。生地自体は無事なものもあるのだが、自分の尿がついた服は洗濯されても着たくはなかった。変な事を思い出してしまいそうになる。  
 今すぐ必要なわけではないが、あまり余裕があるわけでもない。凄く微妙な枚数だ。  
 また、アルウェンの服は基本的にオーダーメイドであり、同じものを用意する事はできない。今着ているものは気に入ったから枚数をそろえたという、ある意味特別な服だ。普通に購入するのならば不満は残るだろうが、堪えるしかない。  
 敵が想定したよりもあるかに強大であるのも問題だ。相手は間違いなくアルウェン自身と同じく真祖の吸血鬼だろう。それも、ダイガルドのような力ある者を従えられるほどの。正直、魔力が完全に戻っても厳しい相手だと言わざるをえない。  
 最後に、もう魔力の心当たりがない事だ。この浮遊大陸イルバードは広大である。総当りで探すのには時間がなさ過ぎた。ルゥも今だ帰ってこず、ありそうな場所というのも検討がつかない。  
 そもそも殆ど外を出歩いたことがないアルウェンに、怪しい場所の当りを付けろと言う方が無理な話なのだが。  
 と、そこまで考えて、アルウェンはある人物を思い出した。  
「ああ、ラーライラ殿ならば何か分かるかもしれないな」  
 かつて、アルウェンの父親の相談役を受けていた魔女ラーライラ。優れた魔法の使い手であり、特に占いなどならばアルウェンでは足元にも及ばない。さらに知識に優れており冷静であった。あの人ならば、自分に気付けなかった事に気付くかもしれない。  
 問題は、ラーライラは長らく浮遊大陸イルバードを離れており、今だ帰ってきているか分からない事だ。しかし、どちらにしろ当てがないのであれば動いたほうがいい。そう判断する。  
 食事を済ませたアルウェンは、すぐに行動した。夜半に差し掛かるほどの時間だったが、吸血鬼にしてみれば昼の明るさと変わらず、むしろ調子がいいくらいだ。それに、今の時間に出発すれば朝ごろに着くだろうと考えたのもある。  
 何者かが自分をつけている事に、その時は気付かなかった。  
 
 イルバードを一週近く回るように移動して、アルウェンは金闇の森の入り口に入った。光が届かぬほど鬱蒼とした森であるにも関わらず、周囲は明るかった。発光している植物が多いためだ。  
 金闇の森は魔女が住居を構えているだけに、大量の魔力を持つ土地だ。その恩恵に魔物も預かり、かなり強力である。また、魔力という食料があるために魔物同士の対立が少なく数が多い。天敵がいない為に増殖を繰り返し、小さな村を作り上げた魔物すらいる。  
 森の向こう側から、魔力を大量に載せた風が吹いてくる。その心地よさを堪能しながら、ふと気付いた。風に、自分の魔力が混ざっている事に。  
「これは、予期せぬ当たりだな」  
 にやりと笑いながら、アルウェンは不適に森の向こう側を見た。森の中に魔力が充満しているという事は、魔物もさぞ強化され活性化している事だろう。しかし、アルウェンも力を取り戻しつつあるため、問題にならない。  
 
 戦闘の為に知覚を広げ、ふと気がついた。自分より後ろに誰かが隠れながら着けている事に。  
 相手は多分人間か、亜人の類だろう。サイズ的にそうだというのもあるが、金闇の森に近づく魔物はまずいないからだ。森の内と外では魔物の強さが大分代わってくる。近づくのは自殺行為でしかない。同様の理由で地元の人間も近づかないだろう。  
 ならば金闇の森に、しかもこの時間に隠れながら向かう理由は何だろうか。アルウェンのように目的があるか、それともアルウェン自体が目的か、この二つしかない。  
 実際、上手く隠れていた。音を全て消し去り、相手に違和感を与えずここまで来たのだ。気付けたのは魔力を利用した知覚を広げたからにすぎない。それですら、以前のアルウェンでは分からなかっただろう。  
「おい、そこのお前」  
 アルウェンは杖を構えながら、誰かが隠れているほうに向かって言った。  
「今すぐに出てくるのだ。さもなければ、私も容赦する気は無い」  
「うわわ、待って、待ってください!」  
 木の上を飛び跳ねながら近づき、出てきたのは奇妙な出で立ちをした少女だった。その慌てた姿に、アルウェンは思わず面食らってしまう。  
 敵と無関係である可能性を考慮しなかったわけではない。しかし、十中八九敵の監視だと思っていたのだ。まさか本当に敵ではないとは思わなかった。  
「いきなり付けまわしたりしてすみませんでした!」  
「ああ、いや、それはいいのだが……いや、良くはないのだが置いておく。こちらも変に脅してすまなかった。想定していた相手と違ったのだ。ええと……」  
「はい、ボクはスバルって言います」  
「そうか。ではスバル、私に用件があるなら手早く済ませてくれ。私はこの先に用事があるのだ。ついてくるなとは言わないが、危険な場所だからな」  
「実は、ボクを弟子にしてほしいんです!」  
 アルウェンは何か答えようと数瞬巡回し、結局言葉に詰まった。何の弟子になりたいのか分からないし、何を指導すればいいかも分からない。返答に困る質問だった。  
「師匠が見事な忍術で魔物を倒すところを見て、弟子入りさせてもらえないかと考えたんです。お願いします、ボクに忍術を教えてください」  
「いや、そもそも私が使っているのは忍術とやらではないのだが……」  
「そ、そうですよね。やっぱりそう簡単には教えてもらえませんよね……」  
 スバルはがくりとうな垂れて、見てて哀れになるほど落ち込んだ。  
「そ、そもそも私は初めから普通に魔法が使えたのであってだな。誰かの指導とかそういうことには向いてないと言うか……」  
 アルウェンが言葉を重ねるうちにスバルはさらに落ち込み、見ていられないほど哀れな状況になる。こういった類の相手は初めてであり、どう対処していいかわからなかった。  
「待て待て待て! 誰も教えんとは言っていない!」  
「本当ですか!」  
 この世の終わりのように落ち込んでいた少女は一転、目を輝かせながらアルウェンを見た。その様子に疲れを感じながら吐き捨てる。  
「ああ、教えてやる。だが、私は今忙しいんだ。そなたに教えるのは全て終えてからになるぞ」  
「はい! お願いします師匠!」  
「それと師匠は止めてくれ。私の名はアルウェン・ド・ムーンブリアだから、そちらで呼んでくれ」  
「アルウェンさんですね、分かりました! 早速お祖父ちゃんに弟子入りしたって報告してきます!」  
「あ、おい!」  
 アルウェンの制止の声もむなしく、スバルは一瞬で走り去っていく。誰もいない空間を呆然と見つめながら、差し出された手は行き場をなくして空を泳いだ。  
 嵐のような時間が去り、ため息をつきながら脱力。悪い子ではない事は分かるのだが、なんと言うか乗りが合わない。間に一人でもいればまたあの熱さにも違う感想が出てくるのだろうが。  
「もうなんでもいいや」  
 疲労ごと愚痴をその場に吐き出して、金闇の森攻略に取りかった。もう一度スバルと会わないといけないと言う事に頭痛を覚えながら。  
 

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