アルウェン・ド・ムーンブリアは焦っていた。
事の始まりはおよそ半月ほど前の話だ。ここ数十年変わる事のなかった、書架を漁りルゥと会話を楽しみ、そしてムーンブリア城のベランダから浮遊島・イルバードを見下ろす。そんな日常が一瞬で破壊された。
何者かが魔物の大群を引き連れて、アルウェンの就寝中である昼に襲い掛かってきたのだ。
城はあっという間に制圧され、気づくのが遅れたアルウェンは抵抗する間もなく魔力を奪われ、城を追放された。
アルウェンは憤り、城を奪った連中を吹き飛ばしてやろうと考えたが、それも留まるしかなかった。
魔力を奪われた今では千分の一の力も出ないのが一つと、昼討ちという卑劣な手を使ったにしても、その手際は見事と言わざるを得ない。これだけでも尋常ならざる相手であるのは間違いなかった事が一つ。
アルウェンが今しなければならない事、それはただ一つ。己の魔力を取り返すことだ。
魔力を取り返せば、たとえどんな相手だろうと吸血鬼の真祖たる自分が遅れをとるわけがないという自信があった。逆に、取り戻せなければ結界を張られ城に侵入することすら難しい。
希望は、ある。ムーンブリア城にアルウェンの魔力を封じておく事は不可能なのだ。城は既に月の魔力で飽和状態なのだから。
つまりこの浮遊島・イルバードの中のどこかにアルウェンの魔力が封じてあると見て間違いないだろう。そして、魔力を全て回収したら次は城を取り返す。
クリスタルバレーに陣取り、アルウェンは慎重に島を見渡す。彼方の空には二匹の竜と、竜に跨る者が二人。それを忌々しげに睨み付けた。
アルウェンは己のためだけの騎士、血の騎士を探していた。
相手の血を摂取し、同時に自分の血を渡す事により成立する血の契約。これにより相手の望みを叶えた分だけ代償を戦力として支払わせる契約。これが血の契約であり、血の契約により誕生した戦力こそが血の騎士となる。
また、血の騎士になれば常識を超えた回復能力や筋力を手に入れることができる。その代わり、主従で霊的な繋がりができて血の騎士のダメージは主へと返ってしまう。下手な相手は選べない。
ここ半年対象を探していたが、条件に合う人間がいなかった。アルウェンの目に適う相手は数名居たが、契約を持ちかけられなかったのだ。
血の契約は代償の先払いによって成り立つ。魔力が殆ど無いアルウェンでは、支払えるものが限られていた。
できれば血の騎士を手に入れるまでは動きたくなかったが、時間も限界が近い。
城を奪った一味が、空上封鎖を始めたのだ。
連絡艇などを追い返し、時には撃墜し、イルバードは孤立状態に陥った。浮遊島で空の道を塞がれれば、もう出入りは適わない。
それだけ派手に動き出せば、当然外も感付くだろう。時が経てば、大群が押し寄せてくるかもしれない。
その頃にはどうにでもする準備が整っている、つまりそういう事だろう。そうなってしまえば、たとえ力を取り戻したアルウェンでも相手は難しいと言わざるをえない。
これ以上待っている訳には行かない。すぐにでも力を取り戻して、城を奪還しなくては。
結局これだけ待っても血の騎士を迎える事は出来なかった。
簡単に血の契約を結べると思っていた、アルウェンの落ち度である。己の目論見が甘かった事に、密かに舌打ちした。
しかし、もうどう足掻いても時間は戻らないし、血の騎士も現れない。ルゥも戦力としては期待できない。
結局、アルウェンは一人でやるしかないのだ。覚悟を決めて、彼女は飛び去った。