***  
 
翌早朝。  
ひんやりと湿り気を含んだ風の吹く駅のプラットホームに、彼らの姿はあった。  
 
「もっとゆっくり案内したいとこあったのによ。残念だな。」  
「ふふ、ありがとうございます。でも、初日の皆様との散策、わたくしにとってはとても有意義な時間でしたわ。」  
 
アロネはたたんだ日傘を両手に、なつかしそうに微笑む。  
 
「それにしてもランディさん、いまだに警察の関係者のお方にはみえませんわね。」  
「おいおい、あんまりだな。大活躍だったってのに。」  
「ランディさんは普段の素行がふんだんに逆方向だからです。」  
 
ティオの鋭い突っ込みに一同もつられて笑う。  
 
「一週間というのは、こんなに短くも、楽しく、素敵な日々を過ごせる期間なのですわね。皆様がうらやましい。  
そして嬉しいです。ロイド様が、その中に居ることが。」  
「アロネ…。」  
「わたくしは、わたくしの場所で、こんな日常を過ごせるように、務めますわ。  
街を治める者の一族として。」  
「アロネなら、きっと出来るわ。」  
「ふふ。ありがとう。」  
 
導力機関車が徐々に大きさを増し、ゆっくりと入ってくる。  
ホームに至り横腹を見せると、高く軋む音と共に巨体は停止する。  
 
「わたくしは、ある意味幸せなのかもしれませんわね。  
ここを離れることが、出来るのですもの。」  
 
つんざくような音に、そのつぶやきはかき消され、誰の耳にも届かなかった。ティオを除いて。  
眉一つ動かさず振り向いた彼女と、どこか寂しげなアロネの視線が交差する。  
 
「アロネ、かえっちゃうの?」  
「ええ。」  
「また、逢える?」  
「もちろん。きっと逢えますわ。皆様も共和国に来たときには、是非私の街にいらしてくださいね。いつでも歓迎いたしますわ。」  
「おう。」  
「元気で、アロネ。」  
「皆様も、どうかお元気で。」  
 
ベルが鳴り、発車を告げる。  
窓から身を乗り出し、手を振る彼女に一同も返す。やがて機関車は日の上りかけた地平線へと消えていった。  
 
「いっちまった、か。」  
「ですね。」  
「今回も無事、任務達成、だな。」  
 
ロイドが締めくくるようにこぼし、まだ手を振っているキーアを抱え、機関車の消えていった方向を眺めた。  
ランディが頭を掻き、その背中を小突く。  
 
「おいロイド。」  
「なんだ、ランディ。」  
「今日は俺約束があってな…。」  
 
肩を組んだ二人がなにやら話し込む。  
それをエリィとティオは、並んで見守った。  
 
「エリィさん、私このあと、IBCに行ってきます。」  
「あら、メンテナンスのお手伝い?」  
「はい。夕方には戻ります。」  
 
ティオがエリィの正面に立つ。  
 
「ロイドさんに言いたいこと、一杯あるんじゃないですか。」  
「え。」  
 
エリィは一瞬驚いたが、直ぐに思い直す。  
考えてみれば、彼女の憤りを共有していたのは、アロネだけではなかったのだ。  
 
「そう、ね。沢山あるわね。」  
「それを今日、言ってあげてください。あのにぶちんさんに思い知らせてあげてください。  
今まで、今日までずっと、エリィさんがどれだけロイドさんの事で気を揉んでいたのか。」  
「ティオちゃん…。」  
 
ティオがゆっくりと、エリィに寄りかかる。抱きしめられながら、彼女は自分の行動を不思議に思う。  
驚くほどに自然な行動だった。体が勝手に動くというのは、こういう事を言うのだろう。  
そうしてまた、仔猫のように、彼女の豊かな温もりに擦り寄るのだった。  
 
一同は駅を後にする。  
ランディは繁華街へ、ティオはIBCへと出かけていった。  
最後にキーアを日曜学校に送り出し、エリィ、ロイドの二人は支援課ビルへと戻ってくる。  
 
「昨日までの賑わいが嘘みたいだ。」  
 
すでに課長もどこかへ出かけていた。書置きを見ないまでも、また明日の朝ひょっこりと帰ってくるであろう事は、想像に易い。  
ロイドが静まり返った室内を見渡し振り返ると、玄関を後から入ってきたエリィが、神妙な顔つきでこちらを見ているのに気づいた。  
 
「ん、どうしたんだ、エリィ?」  
「いえ…。ロイド、少し時間をもらえる?」  
 
ドアのベルが乾いた音を立て、閉まった。  
リビングにてロイドは手帳を開き、一連の事件を振り返る。  
それはいつも彼が報告書を作るうえでのプロットの作成と、チームの反省点を組み立てる前哨としての、大事な作業だった。  
エリィがキッチンに入ってしばらくたつが、部屋にはドア越しに彼女の立てる音以外、何も聞こえてこない。  
ツァイトもどうやらティオについていったようで、ロイドが机の下を覗いても空のエサ箱だけが佇んでいた。  
 
「なあに、机の下に何かあるの?」  
 
キッチンを出てきた彼女の声、それに返事をするように豪快な音が返ってきた。  
 
「あだっ!」  
「きゃっ、大丈夫?ロイド。」  
 
後頭部を机に打ちつけ、頭に手を添えながらロイドが這い出す。顔半分をしかめながら、あわてて隣に座るエリィに微笑みかけた。  
 
「ハハ、ペンを落としたんだけど、うっかりしてたな。」  
「ごめんなさいね、急に声かけて。見せて?」  
 
エリィがロイドの頭を優しくなで、打って赤くなっている部位を見た。  
彼らしからぬ事故に、彼女は少し首を傾げたが、頭を抑えるロイドの手がやや強張っているのに気づく。  
 
(ロイドも…、緊張してる?)  
 
いつも彼女は、彼と過ごす日々で、あの夜の甘いひと時を引き合いに出さずには居られなかった。  
表情、しぐさ、かけてくれた言葉、だきしめてくれた逞しい腕、全てどの瞬間も鮮明に覚えている。  
それなのにまるでこれまでの日常は、夢だったのではと思わせるほどに淡白だった。  
実に三週間ぶりの、二人だけの空間である。  
 
「報告書なら私が作るから、今日はロイド、ゆっくり休まないと。」  
「ううーん。でもなんかしてないと落ち着かないというか。」  
「ただでさえ、利き腕を怪我してるのよ。こういうときくらい、言う事を聞くの。」  
「そうだな。ところでエリィ、それ…。」  
 
ロイドはエリィが持ってきたものを目で指す。エリィはそれをロイドの前にスライドさせた。  
 
「ちゃんと作ってあげなかったから…。」  
「え、もしかしてずっと気にしていたのか。」  
 
こくんとエリィが頷く。ロイドは嬉しそうに皿の上に載ったものを見つめた。  
潤いを含んだ光沢を放ち、表面の細かなきめが見て解かる。  
たっぷりとかけられたカラメルソースは、甘すぎることなく、香りと濃淡のグラデーションで目と鼻を楽しませる。  
喉を過ぎた後にほんのりと残る苦味までも、彼は脳裏で再現できた。  
今度は紛れもなく本物の、エリィ特製、カラメルプリンである。  
 
「心配いらないって言ったのに。」  
「ううん。私、身勝手だった。ロイドはただ、アロネを街の案内に連れて行っただけなのに。  
それなのにあんな…。」  
「君を戸惑わせてしまったのは俺だ。  
いや、それもあわせて、むしろ謝るのは俺のほうなんだ。」  
 
ロイドはプリンに視線を落としたまま、続ける。  
 
「あれからずっと、考えてたよ。どうしてもあの日の夜の言葉は、体よくエリィを、苦しみから逃れるために利用するためのものだったんじゃないかって。  
それをはっきり否定する自信が、日ごとに薄れてしまって…。」  
 
エリィには思いも寄らない言葉だった。そのまま黙って彼の言葉に耳を傾ける。  
 
「毎晩、改めて気持ちを伝えに行こうと、君がくれた合鍵を持って…。でも結局、あと一歩が踏み込めなかった。」  
「…。」  
「そんな中、今回の事件がおきた。犯人の照準は俺とランディに向くと踏んだプランで、結局君とアロネを危険な目にあわせてしまった。  
肝心な所で一番浮き足立ってたのは俺だったんだ。」  
 
常に一緒に過ごしたメンバーの、誰が彼の表情の曇りに気付けただろうか。  
むしろ凛として、毅然としていたからこそ、作戦もスムーズに行われたのだ。  
しかし蓋を開けてみれば、今のエリィの眼前には、苦悩にうちひしがれる若い新人捜査官が座っていた。  
 
「だから、ハハ、謝ってばかりだけど…」  
 
しかし、エリィは涼やかな表情で、彼の言葉を遮る。  
 
「ダメよ。」  
「えっ?」  
 
ロイドがエリィのほうに顔をあげると、いつのまにか目の前にスプーンが浮いていた。揺れるプリンが、カラメルを滴らせて乗っている。  
 
「はい、あーん。」  
「?」  
「あーん。」  
「え、エリィ、まってくれ。左手を使えば、ちゃんと一人で食べられ…。」  
 
しかし彼女の眼差しに圧倒され、ロイドはおずおずと差し出されたスプーンをほおばる。  
 
「美味しい?」  
「凄く美味しいけど…。」  
「良かった。」  
 
エリィはつぶやくと、ロイドの腕を抱き、ぴったりと彼に寄り添った。  
 
「エリィ?」  
「今こうして、街に日常が戻ってきたのは、色んな人の努力があったからよ。その中には、確かに貴方もいるの。  
そのシナリオが完璧じゃなかったにせよ、誇るべき事よ。」  
「…。」  
「計画が上手くいかなかったら、フォローしあうのも私達の仕事では重要な事。それをただ謝ってしまっては、貴方を信じてくれた皆に失礼よ?  
反省点があるなら、次に活かせばいいの。」  
「ああ。そう、だな。君の言うとおりだ。」  
「それに…。」  
 
エリィはそっと、包帯に包まれたロイドの右手を撫でる。  
 
「それに、貴方が私にかけてくれた言葉も、全部真実だって、とっくに証明してくれたわ。」  
「え、いつ?」  
「思い出せない?」  
 
あの時か、いやあの台詞か、と首を傾げるロイドを見上げ、エリィは目を細めた。  
 
「だから、胸を張って。元気を出して、ロイド。」  
 
言葉の締めくくりに、エリィがロイドの頬に、口付けをする。  
ロイドは驚き、思わずエリィのほうに振り向く。彼女はゆっくりと彼から身を離した。  
 
「順番が逆になっちゃったけど、おまじない。」  
 
照れ隠しのように再びプリンをすくったスプーンを、ロイドの前に差し出す。  
ロイドは微かに残った感触がじんわりと溶けていくのを感じながら、スプーンをほおばった。  
 
「ロイド、いつか市民ホールでクラシックコンサートが開かれたら、一緒に行ってくれる?」  
「ン、もちろんだよ。」  
「マーケットで水着を買いに行くときも、付いてきて…見立ててくれる?」  
「う、うん。」  
「ティオちゃんも一緒。良い?」  
「え?…ああ。どこにでも、何にでも付き合うさ。」  
 
ロイドの口をナプキンで拭きながら、エリィはよし、とうなずいた。  
 
「ふふ。それならアロネとの浮気、許してあげるわ。」  
「う、浮気?」  
 
プリンを口に含んだまま、ロイドが素っ頓狂な叫びをあげる。  
 
「誤解だって言ったじゃないか。初日に受けた説明を真に受けてるのか?」  
「え、そうじゃないけど。だって昨日、二人っきりで…。」  
「いやいやいや!少し話をしただけで、確かに一緒のベッドでは寝たけど…あっ。」  
 
ロイドがしまったとばかり息を呑む。プリンが気管に入り、盛大にむせた。  
 
「そう。それは彼女にとっても、素敵な思い出になったんじゃないかしら。」  
「うぐっ、こほっ!ちが、エリィ。それも誤解で…。」  
「良いのよ。別に何があったとしても、無理も無いもの。私がアロネだったとしても、同じ事をしたでしょうし。」  
 
息も絶え絶えなロイドが見上げたエリィの表情は、予想に反して穏やかだった。  
 
(三週間だけでも、こんなに辛かったんだもの。一年間なんて、私には想像できない。  
それに…。)  
 
つい先ほど見送った少女の笑顔を思い出す。  
 
「本当に、困った人。」  
「え?いや、だから謝って…!」  
 
おもわず口をついて出た言葉に、ロイドは焦ったようにエリィの腕を掴む。  
 
「あっ。」  
「いや、君の言うとおり、謝るようなことじゃないんだ。むしろ、俺の中で出した結論を、もっと早く伝えていれば、君の誤解なんか生じようが無かったんだ。」  
 
ロイドは両手を、エリィの肩に移動させた。いつかの廊下でもあった、距離、彼の表情。  
ただあの時と違い、彼女に動揺する暇はなかった。  
 
「エリィ!」  
「は、はい。」  
「俺と…俺と、結婚してくれ!」  
「!」  
 
息付く間も、瞬きする間も許さない、霹靂の如き告白。  
誰かが居合わせたのならば、まさに時間の静止が現実におこりうると錯覚しただろう。  
想像の世界でよくある、何もかもが停止し、自分だけが自由に動ける世界。それが今、二人によって提供されていた。  
彼らの頬をつついても、髪を引っ張っても、眉一つ動きはしないだろう。顔の色だけは例外だったが。  
ロイドは、その言葉を実際に口にする事の、想像以上の破壊力に、全身が岩のように強張ってしまっていた。  
エリィも茹で上がった顔で、目を白黒させていたが、ロイドの熱い視線に我に返り、それが火照った肌にくすぐったく感じられ、目を逸らす。  
 
「嬉しい。」  
 
エリィがロイドの手に自分の手を重ねあわせる。  
 
「私もそうなれたら、良いなって…。」  
「エリィ、それじゃあ。」  
 
ロイドが顔を綻ばせ、エリィに詰め寄る。彼女は慌てて身体をよじった。  
 
「で、でも、こういうことは別に結論を急がなくても、良いんじゃないかしら?  
まだ私たち、若いんだし…。」  
「もちろん、今すぐとは言わない。婚約という形で良いんだ。君との繋がりを、確かなものにしたい。」  
 
ロイドの言葉一つ一つに、肌を桃と赤に点滅させ、エリィは困惑していた。  
喜びは本物だった。目に溜まる潤いが、それを物語っている。  
彼女の今後の成り行きについても、すでにロイドは全て承知の上である。  
思慮深い彼の事だ、結婚という具体的な言葉を、短絡的に出したわけではないだろう。何の不安も感じなかった。  
ただ一点の心配事だけが、彼女を躊躇わせていた。  
 
「前も言ったけど、エリィが側にいてくれるだけで、俺は嬉しいし、力が湧いて来るんだ。  
そんな君と、より深く繋がる事が出来たなら、俺はどんな壁だって越えられる。」  
「ロイド…。」  
「愛してるよ、エリィ。」  
 
――ああ。  
 
エリィはこの時悟った。最初から選択肢など存在しなかった事を。どんな形であれ、彼を支えるという言葉は、嘘っぱちだったという事を。  
拒む事など考えられなかった。彼女が望んだ場所は、そこ以外に無かったのだ。  
 
――ごめんなさい。  
 
誰に対するともわからない、六文字。言葉とすることなく放つと、彼女は瞳を閉じ、ロイドの接吻を受け止めていた。  
 
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