「ただいまー!」  
 キーアの朗らかな声と共に、支援課ビルの中へ暖かな風が流れ込む。  
 一階の共有スペースの掃除をしていた四人も掃除用具を動かす手を止め、キーアを見ておかえりな  
さいと返した。  
「あれー、ロイド、なにやってるの?」  
 ソファーの傍に置かれた脚立に載っているロイドを見上げて、キーアが小首を傾げる。  
「導力灯を交換するついでに、照明器具の掃除をと思ってね」  
「そのついでに一階の掃除を皆でやろうという事になったんです」  
「俺としちゃ、せっかくの休暇はカジノで潰したかったんだけどなー……」  
 ロイドの言葉を引き継いだティオの横で、ランディが肩を落としてぼやいた。  
「まぁまぁ。もうすぐ掃除も終わるし、そうしたらお茶にしましょう。今日はクッキー焼いてあるの」  
「エリィのクッキー?! 食べたい、食べたーい!」  
 台所を指さしたエリィにキーアがぱあっと顔を輝かせ、持ってた鞄を振り回す。  
「あ、キーア。そこで鞄を振り回したら……」  
 ティオが言い終わるより先に、鞄が脚立にぶつかった。  
 ガツッ! と、音をたてて脚立が動き、勢いでストッパーが外れる。  
 皆が息を呑んだ次の瞬間、耳を劈くような物音をたてて脚立が倒れた。  
 上にいたロイドもバランスを崩し、脚立に足を引っかけた状態で後頭部から床に落ちる。  
「! ロイドっ!!」  
 皆が掃除用具を放り捨てて駆けつけるが、ロイドは床に倒れたままピクリとも動かなかった。  
「ろ……ロイド! やだ、起きてロイド!」  
「ダメだキー坊、揺するな!」  
 涙をボロボロ零してロイドにすがりつくキーアをランディが抱きかかえて止める。  
「私、ウルスラ病院に連絡して救急車を呼びます……!」  
「頼むティオすけ! ついでに遊撃士協会にも連絡して、エオリアさんがいたら今すぐ来て貰ってく  
れ!」  
「解りました……!」  
 ランディの指示にティオが頷き、通信機に飛びついた。  
「お嬢はキー坊を頼む!」  
 ランディの声に、真っ青な顔で立ち竦んでいたエリィがはっと我に返る。  
「え、ええ。解ったわ!」  
 青い顔のまま駆け寄り、大声で泣きわめくキーアをぎゅっと抱き締めた。  
「大丈夫、大丈夫だからね……!」  
 自分にも言い聞かせながら、エリィはキーアを必死で宥める。その横ではランディが脚立を脇にど  
かし、ロイドの姿勢を楽なものにする。  
 騒然とした雰囲気に満ちる部屋の中、ロイドは全く動かなかった。  
 
 瞼に微妙な揺れがきた後、瞳が開く。  
「ロイド、起きたのね!」  
 ベッドに寝転がったまま白い天井を見つめるロイドに、横に座っていたエリィが気付いて表情を綻  
ばした。  
「良かった、検査では異常なしと聞いてたけどなかなか起きなかったから……」  
「? ……??」  
「ここはウルスラ大病院の個室。貴方、頭を打って半日も気絶していたのよ」  
 エリィを見て戸惑うロイドに、エリィが目尻に涙を浮かべて微笑む。  
「頭を……?」  
 ロイドがオウム返しに繰り返した途端、頭の中に鈍痛が走った。  
「! ロイドっ?!」  
「いや、大丈夫……もう痛みはおさまったから」  
 椅子から腰を浮かして騒ぐエリィを、ロイドは手で制する。実際、鈍痛は一瞬で頭の中から駆け抜  
けていった。  
「それならいいけど……」  
 エリィが椅子に座り直し、胸に手をあてる。動揺で鼓動が未だに収まらない。が、ここで自分が不  
安がっていたら彼に心配かけさせてしまう。  
 だから、エリィは務めて明るい表情を作ってから、ロイドの方を向いた。  
「……」  
 きょとんとした顔でロイドが見返してくる。いつもとは明らかに違う視線。戸惑いを隠しながらこ  
ちらを伺って――。  
 まるで、全く知らない他人を見るような目。  
「ロイド……?」  
 エリィの鼓動が再び跳ね上がる。全身に電流のような悪寒が走る。  
(まさか……)  
 こんな可能性、考えたくはない。  
 でも彼は、起きてから一度も自分の名前を呼んでない。  
 激しさを増す鼓動でエリィの身体が震え出す。そこへ、ロイドが思い切ったように問うてきた。  
「ごめん、君は……俺の事知っているようだけど、誰なんだい?」  
 
「じゃあ、丁度クロスベルに帰ってきた日からの記憶がすっぽり抜け落ちたって事かよ!」  
 騒ぐフランツにロイドは曖昧な笑顔を浮かべて頷く。  
「支援課に配属されてからのすっげぇ活躍も覚えてねぇって事か……」  
 何てこったと嘆くフランツからロイドは無言で顔を逸らすと、目の前に停まっている導力車のナン  
バーを書類に控えた。  
「……一応、同僚の皆からも教えて貰ったし、クロスベルタイムズに載っている記事も読んだから、  
知識としては知っているよ」  
 記入を終えた書類をフランツに手渡しながらロイドは答える。  
「知識として……って事は、記事を見ても自分だって実感が湧かないのか」  
 フランツの指摘に、ロイドは沈黙でしか返答できなかった。  
 
 
 ――記憶を失ったという自覚はある。  
 自分の自覚している時間軸と現実が半年以上もズレているのだから。  
 同僚達。上司。一緒に住んでいる女の子。他にも、自分は知らないのに自分の事を知っている他人  
が沢山いるのだから。  
 
 ……失った記憶の間に何が起きたのかは全て教えて貰った。  
 クロスベルタイムズに書かれた自分の記事も全て目を通した。同僚達も、記事を書いたグレイスと  
いう女性記者も、確かにこれは自分の事だと、自分がやってきた事だと断言してくれた。  
 
 でも。  
 
 確かに自分の筈なのに。自分の起こした軌跡である筈なのに。  
 今のロイドには、何度読んでも、記事の向こうにいるのは自分そっくりの他人にしか思えなかった。  
 
「キーアのせいなの……ロイドが思い出を忘れちゃったのは」  
 暖かな日差しが降り注ぐ支援課ビルの裏口にて、暗い顔をしたキーアがツァイトの毛を指でいじく  
る。  
「あの時、キーアの鞄がロイドの脚立を倒しちゃって上にいたロイドが落っこちた……。でも本当は、  
脚立はキーアの方に倒れてきそうだったの」  
 もしそのまま倒れていたら、病院に担ぎ込まれていたのはロイドではなくキーアの方だっただろう。  
「だから、ロイド、脚立にわざと足を引っかけたまま、キーアの方に脚立が倒れないようにして倒れ  
たの……」  
 見た事もないキーアの暗い表情に、傍で話を聞いていたリュウとアンリとモモの表情もひきずられ  
た。  
「で、でも、今は兄ちゃんも元気で仕事してるんだろ?」  
「だったら記憶が戻ればいいって事だよね、キーアちゃん?」  
 リュウとモモが気を取り直して言い返した後、二人でアンリの方を見る。  
「僕、調べてきたんです。教会には、失った記憶を回復させる術があるって!」  
 誇らしげな顔で胸を張るアンリに、キーアが静かに首を振った。  
「それ、ロイドも試した……」  
 ぽつりと出た言葉は、アンリ達の希望を一瞬で打ち砕く。  
「物理的なショックで無くしちゃった記憶は術で戻すのは難しいって先生、言ってた……」  
 キーアが目に涙を溜めてツァイトをぎゅっと抱き締める。  
 何の言葉もかけられず、石像と化す子供達。そこへ、  
「なら同じショックを俺様が与えてやろうか?」  
 含み笑いを含んだ声と共にヴァルドがキーア達の元にやってきた。  
「それで治るのは、ポンコツの導力機械か君ぐらいなものだと思うけどね?」  
 やれやれと肩をすくめながら、ワジも歩いてくる。  
「テメェ、誰がポンコツだぁ?!」  
「おや、僕は別に誰がと言った覚えないけど」  
 歯を剥き出して怒るヴァルドに、ワジがすっとぼけた顔で返す。  
「っざけんな! 同時に出した時点で言ったようなもんじゃねーか!」  
 ヴァルドが吠え、持ってた鎖バットを振り上げた瞬間、ガキィン! と、派手な金属音が鳴り響い  
た。  
「子供達がいる傍で武器を振るうのはよさないか!」  
 ヴァルドの鎖バットをトンファーで抑えたままロイドが責める。フランツの所での仕事を終えたの  
で、他に支援要請が来ているか確認しようと戻ってきた所だった。  
「……フン、身体の方はなまっちゃいないようだな」  
 トンファー越しに伝わる力にヴァルドが鼻を鳴らすと鎖バットを収めた。  
「やあ、久しぶりだね。今日は一人で仕事なのかい?」  
 ほっと息をついて構えを解いたロイドに、ワジが爽やかな笑顔を向ける。  
「あ……ああ。三人は手配魔獣の退治に行っててね。俺も行きたかったけど、医者から戦闘は控えた  
方がいいって言われて」  
「確かに、また頭を打ったら大事だしね」  
 落ち着かない様子で述べるロイドにワジがうんうんと相槌打った後、ふ、と笑った。  
「ところで……僕達は誰だと思う?」  
 挑むようなからかうようなワジの視線に、ロイドがぐっと息をつまらせる。  
 ワジとヴァルドを交互に見やってから数秒後、  
「……もしかして、遊撃士の人ですか?」  
 おそるおそる述べたロイドに、ワジがお腹を押さえて笑い出した。  
「ゆ、ゆう、げき、し! 良かったねヴァルド! 君も遊撃士に見えるってさ!!」  
 ワジがケタケタ笑いながら、憮然と唖然を混ぜた顔で立ち竦むヴァルドの背中をバンバン叩く。お  
かしくてたまらないのか、目尻には涙の粒まで出ていた。  
「ロイドを笑っちゃだめー!」  
 キーアがツァイトから離れて、ワジの身体をぽかぽか叩く。  
「だ、ダメだよキーアちゃん! 危ないって!」  
 アンリが慌ててキーアを止め、遅れてリュウもキーアを抑える。  
「え、えっと……」  
 一連の流れにロイドがモモと一緒にまごついてたら、  
「別段おかしな事でもないだろう」  
 呆れるような物言いと共に、通りの方からダドリーが降りてきた。  
 
「リベールの方では不良が遊撃士になった例があると聞く。お前らも少しは世の中の為になるような  
事をしたらどうだ?」  
 ワジとヴァルドをちらと見やってから、ダドリーはロイドの方を向く。  
「フン……記憶喪失というのは本当らしいな」  
 自分の警察徽章にくるロイドの視線に、ダドリーが少し不機嫌そうに息を吐いた。  
「あ、あの……すいません……」  
「謝るな。事実を確認しただけだ」  
 縮こまるロイドにダドリーが再度息をついた後、持ってた書類をロイドに手渡す。  
「? これは……」  
「ガイ・バニングス殉職事件についての捜査資料だ」  
 ダドリーの言葉が出た途端、ロイドの表情に残っていた戸惑いが消えた。  
「容疑者の一つだったルバーチェが完全にシロだったから改めて洗い直してみたのだが……結局、前  
の捜査の焼き直しだった」  
 そう言ってため息を付いた後、だが、とダドリーが続けた。  
「お前達が己の責務と正義を全うして前へ進み続けた結果が、ルバーチェの壊滅に……長い間クロス  
ベルに巣くっていた闇の一つを晴らすきっかけになったんだ」  
 ならば。  
「ガイ・バニングスの事件も、お前の失った記憶も、そのようにして突き進んでいけばいつかは光明  
が見えてくる筈だ」  
 そう言って微かに唇を綻ばしたダドリーに、ロイドも少し間をおいてから、そうですねと微笑んだ。  
「……へぇ、一課のエース・ダドリー捜査官はこんなサービスもやってるんだ」  
「見舞いに来たのは貴様らもだろう」  
 ヒュウッと口笛を吹くワジにダドリーが憮然とした顔で切り返す。  
「ハッ、誰がサツの見舞いなんか行くかよ。噂を聞いたから様子を見に来ただけだ」  
「それをお見舞いを言うんじゃ……」  
 ヴァルドの言い分にアンリがぼそりと突っ込む。  
「ああ? 何かいったか?」  
 ヴァルドがアンリの方を向くより早く、アンリがツァイトの背中に逃げた。  
 
 
(そうだよな……)  
 皆の顔を見ながら、ロイドはダドリーの言葉を頭の中で反芻する。  
(俺が記憶を失った事を、こうして心配してくれる人達がいるのだから)  
 だから今は。  
(今は己の責務を――記憶を取り戻す事を頑張ればいいんだ)  
 自分のせいだと泣きじゃくり、今も表情が晴れない女の子――キーアの為にも、記憶を取り戻す事  
を頑張ればいいんだ。  
 目の前を覆っていたもやが晴れて道が見えてくる。そんな開放感がロイドの心に広がっていく。  
 が、一方で、妙なざわめきと鈍痛も頭をかすめていった。  
 
 
 『――今の俺に出来る事。今の俺がやるべき事――』  
 
「記憶といえば味! っつー訳で、ロイドがクロスベルに戻ってきてから試食してくれた俺の新作パ  
ン全部用意したぜ!! 順番に食ってってくれ!」  
「ありがとう、オスカー……でも流石に一人でこの量は無理だ……」  
「日をまたいだとしても、ここ数日の気温では先にパンが傷むかと思います」  
 結局、皆で等分して日を分けて食べていった。が、しばらくパンを食べたくないと思っただけだっ  
た。  
 
 
 『――無くした記憶を早く取り戻す事。自分のどこかに落ちたままの思い出を早く拾い上げて、心  
配している人達にもう大丈夫だよと安心させる事――』  
 
「兄ちゃん、記憶を取り戻したいんだってー? なら丁度いいの入ってるよー、試してみる?」  
「いいのが……?」  
 巡回中に立ち寄ったナインヴァリ。カウンターからおいでおいでするジンゴへ近寄ろうとしたロイ  
ドを後ろから三人ががっしと止めた。  
「だから、俺んちでグノーシスみたいなヤバいモンは扱ってないってー。これ、ちゃんと猟兵団で採  
用されている奴で……」  
「別の意味でもっとヤバいだろそれは!」  
 ぶーたれるジンゴにランディの突っ込みが被さった。  
 
 
 『――だから早く……思い出して安心したい――』  
 
「えーっと、ロイド君、と言ったね。魔導杖に搭載予定の新機能を応用した記憶回復クラフト、試し  
てみるかい?」  
「! 是非お願いしま……」  
「主任。それは未完成な上に、魔獣のアーツ発動を解除する為のクラフトでしょう? 魔獣相手なら  
ともかくロイドさん相手に実験しようとしないでください」  
「それでも上手くいけば……」  
「ロイドさん?」  
 尚も食い下がろうとしたロイドと主任を、ティオが、視線だけでも凍り付きそうなジト目で睨む。  
 かくして、エプスタイン財団初の非人道的人体実験は寸前で食い止められた。  
 
 
 『――そうでなきゃ、俺は、俺とセシル姉をおいて逝ってしまった兄貴と同じなままだから。大切  
な人を置いてけぼりにして、傷つけてしまった兄貴と同じになってしまうから……――』  
 
「記憶の回復といえば、ぱふぱふ! 懐かしのぱふぱふの感触で記憶回復! という訳で、リーシャ、  
一緒にやってみるわよ!」  
「んなっ! イリアさんとリーシャさんのだとぉっ! 代われこの弟貴族弟ブルジョワジー!!」  
「や、やらない! いくら何でもそれはやらないーーー!!」  
 ランディのヘッドロックにもがきながら否定するロイドに、イリアがつまんなさそうに唇を尖らせ、  
リーシャがほっと胸を撫で下ろす。  
「んー、しょうがないわねぇ。シュリを呼んできましょうか」  
「だからやりませんって!!」  
 懲りないイリアにロイドがたまらず叫ぶ。が。  
「あら、シュリちゃんには実際やってたじゃない」  
「え?」  
 きょとんとした顔で返され、ロイドが目と口を丸くする。  
「確かに、『どうみても男の感触』とか言ってましたね……」  
 続けてきたリーシャの言葉と、うんうんと相槌をうつ皆の姿に、ロイドが固まり、脂汗をだらだら  
流す。  
 ……結局、どう言って申し出を断ったか忘れてしまった。  
 
(……兄貴も悔しいのかな……辛いのかな……)  
 大切な人を置いてけぼりにしてしまったと、傷つけてしまったと、エイドスの元で歯噛みしている  
のだろうか。  
 夕焼けが彩る兄の墓標の前にて、ロイドが立ち竦んだまま物思う。  
(でも、俺はまだやり直せる……)  
 記憶は取り戻せる。命は取り戻せない。  
(……ごめん、兄貴の事を責めるつもりじゃないんだ)  
 ロイドは慌てて心で詫びると、目を少しだけ伏せて俯く。  
(ただ……正直、どうすればいいのか解らなくなってきて……)  
 どうすれば無くした記憶が戻ってくるのか、解らなくなってきて。  
 本当に記憶は戻ってくるのか、解らなくなってきて。  
「……」  
 日光の恩恵を失い始めた風は徐々に夜の寒さを宿し始め、ロイドの体と心から熱を奪っていく。  
「……また来るよ」  
 ため息混じりの声でロイドが告げ、踵を返す。と、夕焼けに染まったパールグレーの髪が視界に流  
れてきた。  
 一際強い風と共に、ずきり、と鈍痛がロイドの頭を過ぎる。  
「ごめんなさい、お墓参りの所にお邪魔して……」  
「いや、丁度帰ろうとした所だから大丈夫だよ」  
 風に乱れる髪を手で押さえながら寄ってくるエリィに、ロイドは明るい声で返す。突風のお陰で鈍  
痛で顔をしかめた所は見られなかったのは幸運だった。  
「わざわざ呼びに来てくれたんだろ? 今日の夕食当番は俺だから」  
 ありがとうと微笑むロイドに、エリィの表情が少し曇る。  
「……それも少しあったけど……」  
「けど?」  
 ロイドが先を促すと、エリィが少し沈黙を置いた後、思い切ったように顔をあげてきた。  
 緑耀石のような彼女の瞳に見つめられた途端、ロイドの頭に再び鈍痛が走る。  
(何だ、また……)  
 表情には出さずにロイドが戸惑っていたら、夕暮れの風に乗ってエリィの声が届いた。  
「心配だったの、貴方が」  
「……ごめん、中々思い出せなくて……」  
 目を伏せて謝るロイドに、エリィが違うわと首を横に振る。  
「私が心配なのは、貴方が記憶を取り戻そうとして必要以上に焦っている、その部分。取り戻す事に  
焦り過ぎて貴方が貴方を見失う位なら、記憶がなくてもいいからそのままの貴方でいて」  
 続けてきた予想外の言葉に、ロイドは目を丸くした。  
 
「……どうして……」  
 だって、皆、あんなに俺の記憶が戻る事を望んで、期待しているのに。  
 だから、俺は何とか取り戻そうとしているのに。これ以上、兄貴のように大切な人を置いてけぼり  
にして傷つけたくないのに。  
「どうして、そんな事を言うんだ……?」  
 問い返すロイドの胸の中に戸惑いと冷や汗が噴き出てくる。  
「……確かに記憶は大事よ。でも、それ以上に、貴方が貴方であるのが大事なの」  
 一つ一つの言葉を丁寧にすくい上げるようにエリィが述べる。  
「俺が俺である事……?」  
 オウム返しに繰り返すロイドに、エリィがゆっくりと頷いてきた。  
 ずきり、と三度目の鈍痛が頭の中を駆け抜ける。  
「そんなの……いきなり言われたって……!」  
 すぐ傍にある兄の墓標を背中で感じながらロイドが呻く。過ぎった痛みから表情を隠すのを忘れて。  
「……ごめんなさい。確かにいきなり言われても戸惑うだけよね」  
 ロイドの表情の変化に気付いたエリィがはっと息を呑み、頭を下げてくる。  
「なら、何で今そんな事を言ってくるんだ……!」  
 ここ数日の努力が無駄だったと言われた気がして、脳裏を通過する四度目の鈍痛と合わさって、  
ロイドの苛立ちが一挙に膨らんでくる。  
「俺が病院から戻った夜、あの子が……キーアがどれだけ泣いたのかもう忘れたのか? 俺から思い  
出を奪ってしまってごめんなさいって泣きじゃくって、皆で宥めるのにどれだけ大変だったのかもう  
忘れたのか?」  
 戸惑うエリィの顔に怯えの色が混ざってきているのが解るのに、言葉を止める余裕も気持ちもなく  
て。  
 ついに抑えきれなかった苛立ちが、言ってはならない言葉を口から引きずり出した。  
「それとも、君は、俺に思い出して欲しくないのか?」  
 夕焼けの光の中でも解るほど、エリィが顔を青ざめる。  
「――! ち、違うの、ロイド……!」  
 か細い声でエリィが手を伸ばしてくる。が、ロイドはその手を、苛立ちのまま払いのけてしまった。  
 ぱしっ――と、二人の手から出た物音が、黄昏時の墓場でいやに大きく響く。  
 ロイドが苛立ちから我に返り、慌てて謝ろうとエリィの顔を見た刹那。彼女の上に、喪服を着た  
セシルの姿が被さった。  
(なっ……――!!!)  
 彼女は無理に笑ってもいないし、涙が頬をつたっている訳ではない。でも、悲しそうな顔でこちら  
を見つめる瞳は、兄の葬儀でのセシルの瞳と全く同じで。  
 自分がしっかりしなければならなかったのに、何も出来ずに泣くしか出来なかったあの時を嫌でも  
思い出させて。  
 今までになく大きな頭痛と、心臓が体中を跳ね回るような動悸がロイドを襲う。  
「っ……!!」  
 そんな目で見ないでくれ!  
 喉元から出かかった叫びを抱え、ロイドが駆け出す。  
 今は早く、この場から離れたかった。兄の墓標から、セシルと姿が重なる彼女から、逃げたかった。  
 
 薪の切れた炎と苛立ちは似ている。どちらも時間がたてば消えていくから。後に残るものが炭か強  
烈な自己嫌悪かの違いなだけで。  
 夕食に使った食器を洗いながらロイドはそんな事を考える。  
(後で謝りに行かないと……)  
 ロイドから遅れて、夕食の直前に戻ってきた彼女。墓地での一件を全く触れず、ただ買い足したい  
物があって寄り道して遅くなっちゃったと皆に言い訳して、いつものように接してきた。  
 でも、墓地の時よりも濃くなった化粧で覆った目元を――僅かに赤く腫れた目元を見れば、本当の  
理由は嫌でも解った。  
「――っ……!」  
 彼女の横顔を思い出した途端、ずきり、と鈍痛が頭を襲う。  
(何で、また……?)  
 洗い物を中断した手でロイドが頭を抑えて訝る。どうも墓地で彼女と会った頃から――いや、もっ  
と前から、彼女と接したり彼女の事を思い浮かべる度に、鈍痛が頭に走っているような気がする。  
(気のせい……ではなさそうだよな……)  
 ロイドが今までの事を順に思い返して確認していたら、台所の扉が開き、ランディが入ってきた。  
「洗い物、手伝ってやろうか?」  
「いや、あと少しで終わるから大丈夫。ありがとう」  
 ランディの方を向いて述べた後、ロイドは棚の一つを指さす。  
「酒のツマミなら、そこの棚にサラミが入っているよ」  
「その辺のオカンっぷりは相変わらずだな、お前」  
 ランディが朗らかに笑いながら棚のサラミを取り出すと、ロイドの方を向いた。  
「……?」  
「ん、いや、何か話したそうな顔をしてたからさ」  
 きょとんとするロイドにランディが軽い調子で――でも眼差しは優しく――水を向けてくる。  
 ロイドは少し逡巡した後、言葉に甘える事にした。  
「……ランディはさ、俺に記憶を取り戻して欲しいと思っているかい?」  
「いきなり直球きたねー。勿論、yes! しかないだろ」  
 きっぱり言い切られて、ロイドは少しだけ心が軽くなる。が。  
「……でも、俺以上にキー坊やお嬢が願っているだろうな」  
「へっ?」  
 続けてきた答にロイドは思わず素っ頓狂な声を漏らした。  
「あの子……キーアはともかく、何で彼女までランディ以上なんだ?」  
 ロイドが素直な気持ちで返せば、ランディがマジかよ……と顔を青ざめる。  
「そりゃ同僚より恋人の方が、回復を願う気持ちが強いのは当然だろうが」  
「恋人……誰と誰が?」  
「お前とお嬢に決まっているだろ」  
 何となく予想しつつも確認すると、ランディが盛大なため息をついて断言してきた。  
「なっ……!」  
 夕暮れの墓地で、彼女は、記憶を取り戻さなくてもいいって言ってきたのに?  
 ロイドの全身に痺れが走る。  
「まぁいきなり言われたら驚くよなー。さんっざん愛し合った記憶とかも全部忘れてるんだから」  
 驚愕で上手く言葉が出ないロイドの様子を別の意味に捕らえたのか、ランディが腕組みしながらう  
んうん相槌うってきた。  
「あ、愛し合う……?」  
「年頃の男女が恋人同士になったらヤる事は一つだろ?」  
 ランディが両手の人差し指をくつけ、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる。  
「前に俺らが留守してた日なんか、台所でもヤってたみたいだしなー」  
「じょ、冗談はよしてくれよ! 台所でなんて、そんな破廉恥な……」  
「……後日お前にカマかけたら、結構素直にゲロってくれたんだけど」  
 顔を真っ赤にして怒るロイドにランディが少し呆れた顔をした後、そうだ、と手をぽんと叩いた。  
「お前、思い切ってお嬢に頼んでみたらどーだ? そーゆー刺激で記憶が戻るかもし……」  
「ふざけないでくれ!」  
 たまらず怒鳴るロイドから、ランディがおーこわーと笑いながら台所から出て行く。  
「……」  
 もやもやする気持ちを抱えたまま、ロイドは洗い物に戻った。  
 
(俺と彼女が恋人同士だって……?)  
 確かに素敵な女性だなと思った。  
 真珠をそのまま梳いたようなパールグレーの髪に、磨きぬいた緑耀石のような瞳。整った顔が浮か  
べる微笑みは花のように柔らかくて、気を抜くとつい見とれてしまう。外見だけでなく、物腰も言葉  
遣いも気品があって、後でマグダエル前市長の孫娘だと聞いた時は、さもありなんと思った。  
(そんな彼女と俺が恋人同士だなんて、釣り合わないだろ……)  
 第一、本当に恋人ならあんな事――記憶を取り戻さなくてもいいだなんて言うだろうか?  
 洗い物を終えて自室に戻ったロイドが、ベッドに寝転がりながら自問する。  
(ランディが冗談で言ってるのか?)  
 記憶を失う前に片思いしてた事を見抜かれてて、それでけしかけられたのか?  
(でも、ランディって、そんな洒落にならない嘘を言うような奴には見えないんだよな……)  
 むしろ、わざと軽薄な雰囲気を演出しているような気がする。  
「……」  
 考えれば考えるほど、彼女の事を思えば思うほど、鈍痛が頭を揺さぶってくる。色んな感情が混ざ  
り合って、それがまた頭痛の種になる。  
「……寝よう」  
 こんな状態で彼女へ謝りに行ってもぐだぐだになるだけだ。それに、洗い物に結構手間取って、時  
間も遅い。  
 自分に言い訳しながらロイドはベッドから降りて部屋着に着替え、机でエニグマの調整をする。そ  
して警察徽章と一緒にエニグマを仕舞おうと引き出しを開けた際、妙な引っかかりが来た。  
「?」  
 ロイドが引き出しの中を覗き込むと、奥の方に紙の小箱がある。  
(これが引っかかったのか……)  
 記憶に無いので、多分こっちへ戻ってきた後に手に入れた物だろう。  
 ロイドが中身を確認すべく、小箱の蓋を開けて机の上に引っ繰り返すと、衣擦れにも似た音をたて  
てコンドーム達が散乱した。  
「!!」  
 ロイドの顔が沸騰し、持ってた小箱を握り潰す。  
「な、な……!」  
 握り潰した小箱をさらに強く握りながらロイドが泡食う。物が物だけなのもあるが、それ以上に驚  
いたのは、何個か使用した形跡がある――。  
(まさかオナニーで使うって訳はないよな……)  
 だとするとランディの言ってた通りだったのか?  
(俺は彼女と恋人同士で、機会がある度に愛し合ってたのか……?)  
 自問した刹那、ずきっ! と、いつもより強い鈍痛が頭を軋ませた。  
「痛っ!」  
 ロイドがたまらず呻いて頭を抑えた途端、扉の外から焦る声が届く。  
「ごめんなさい、入るわねロイド!」  
 ノックもそこそこに、書類を抱えたエリィが扉を開けて入ってきた。  
 
「? ?! !!!?!」  
「大丈夫? 頭が痛むの?!」  
 沸騰した顔のまま慌てふためくロイドの元へエリィが駆け寄り、まくしたてるように問うてくる。  
見つめてくる瞳は、心の底から心配していた。  
 が。  
 その視線が机の上へ――散乱しているコンドームへ向かった途端、ぼんっ! という効果音が似合  
いそうな勢いで彼女の顔が茹で上がる。  
「ご、ごごごめん! 見覚えのない小箱があったからなんだろうと思って開けたら……! 別に見せ  
るつもりはなかったんだ! ごめん!!」  
「ううん、勝手に飛び込んできた私に非があるから……ごめんなさい」  
 棒状にまで握り潰した小箱を真っ赤な顔で振り回すロイドに、エリィが気まずそうに目を逸らしな  
がら、抱えていた書類を手渡してきた。  
「あの、これ……ティオちゃんから今日の分の報告書、預かってきたの」  
「あ、ああ……ありがとう……」  
 ぎこちない動作でロイドが書類を受け取り、机に置いてコンドームを隠す。  
 会話が終わり、気まずい雰囲気と沈黙が部屋に満ちる。  
「あ、あのさ。夕方の時は、ごめん。君なりに俺の事を心配してくれてたのに無下にするような事を  
して……」  
「ううん、私の方こそごめんなさい。ロイドの気持ちも知らないで……」  
 お互い、言いたい事を言って頭を下げる。  
 また会話が終わり、気まずい雰囲気と沈黙が降りてきそうになった時、  
「あ、あの、さ……」  
 ロイドは椅子から立ち上がり、エリィと向き合った。  
 
「さっきランディから聞いたんだけど……俺と君が恋人同士というのは本当なのか?」  
 未だ信じ切れないロイドに対し、エリィがこくんと頷いてくる。ほんのり赤く染まった彼女の顔に  
浮かぶ切実な表情。それを見て、ロイドは彼女と自分が恋人同士だったんだと確信し、同時に強い悲  
しみが心を襲う。  
「……なら何で、俺に記憶が戻らなくてもいいって言ってきたんだ……?」  
 恋人同士なら、尚の事、記憶を戻して欲しいと願うものじゃないのか?  
 なのに、言われたのは真逆の事。  
 ロイドの顔が悲しみに歪む。  
「……貴方が苦しむのは見たくなかったの……」  
 長い沈黙を経て彼女から零れたのは、この答と一筋の涙だった。  
 
「そう、か……」  
 ごめん、とロイドが掠れる声で口ずさむ。と同時に、何故、彼女に葬儀の時のセシルが重なって見  
えたのかを理解した。  
「ごめん……君自身が一番辛いのだろうに、俺が不甲斐ないせいで……」  
 葬儀の時のセシルのように、悲しみにひたる事も出来ず、逆に気遣わせてしまっている。  
「俺が……俺が君との思い出を忘れてしまったから……」  
 彼女の事を考えたり見つめたりする度に起きて、今も止まらない鈍痛。それはきっと、彼女への想  
いが記憶と一緒に心から抉れてしまったから、その傷痕が疼いていたんだとロイドは悟る。  
「俺が忘れなければ……いやせめて、思い出していれば、ここまで君を傷つける事もなかったのに」  
 悔しさと情けなさに、ロイドの両目が熱く煮立ってくる。鈍痛が頭の中を何度も貫いてくる。  
 奥歯が折れそうな程歯を食いしばり、なんとか涙は零さぬよう堪えていると、彼女の手が頬に触れ  
てきた。  
 彼女の手に導かれるように、ロイドの目から涙が落ちる。  
「ねぇ、ロイド……貴方は、大切な人が自分との思い出を忘れたからといって嫌いになるの?」  
 涙を掌に受け止めたまま、エリィが静かに問うてきた。  
「……」  
 頬を濡らす涙をそのままに、ロイドは素直に首を横に振る。  
「私も一緒よ。貴方が私との思い出を忘れたって、私の想いは変わらない」  
 だって。  
「私が愛しているのは思い出ではなく、ロイド、貴方なのだから」  
 全てを包み込むような笑顔でエリィから言い切られた刹那、ロイドの心の中で何かがすとんと抜け  
落ちた。  
「俺、を……?」  
 口ずさむロイドに、エリィが笑顔で頷く。  
「思い出を失ったというのなら、また新しい思い出を作っていけばいい。想いを忘れたというのなら、  
もう一度……ううん、何度でも恋人同士になればいい」  
 彼女の口から謳い紡がれる言葉は、ロイドの心で渦巻いていた悔しさ情けなさを霧散させる。頬を  
濡らしていた涙が自然と止めて、表情を穏やかにさせていく。  
「たとえ、今の貴方が私の事を好きでなくても私は諦めない。絶対、振り向かせてみせるわ」  
 そう言って不敵に笑うエリィを、ロイドは思わず抱き締めた。  
「大丈夫……そんな心配も時間もいらないよ」  
 パールグレーの髪がさらりと揺れ、日を一杯に浴びた野原で咲く花を思わせる香りがロイドの顔を  
撫でてくる。  
「……病院で目覚めてからずっと、素敵な女性だと思ってた」  
 真珠をそのまま梳いたようなパールグレーの髪も。磨きぬいた緑耀石のような瞳も。整った顔が浮  
かべる花のように柔らかい微笑みも。  
 豊かな胸元、キュッと締まったウエスト、卵みたいな丸みをおびたお尻という、メリハリのついた  
魅惑的なボディも。  
「全てが素敵で、眩しくてたまらなかった」  
 頭の中の鈍痛は今も止まらないが、さっきと違って不快感がなく、むしろ心地よい位。  
「……もし、こんな俺でも良いと言うのなら。もう一度、恋人になってくれないか……エリィ」  
 彼女の顔を真正面から見据えてロイドが告げた途端、目と口を丸くしていたエリィが弾けるような  
笑顔を浮かべて頷いてきた。  
 受け入れて貰えた安心感で、彼女を抱き締めていたロイドの両手の力が緩む。  
「ありがとう」  
 精一杯の気持ちを込めて囁くと、ロイドはエリィの方に顔を寄せた。  
 距離が狭まるにつれてロイドの顔が赤くなり、汗もうっすら浮かんでくる。  
 エリィも頬を赤らめつつも、ロイドの方へ顔を少しだけ上向かせてくる。  
 そして、月と星と街のネオンが彩る部屋の窓の中に、顔を赤らめながら唇を重ねる二人の姿が映し  
込まれた。  
 
 室内灯が消え、ベッドライトの暖かな色の明かりがロイドの部屋の中を彩る。  
「本当に、いいのか……?」  
 机の上から回収したコンドームを枕の下に押し込みながら問うロイドに、ベッドに腰掛けてブーツ  
とタイツを脱いでいたエリィが顔を上げる。  
「ロイドこそ、本当に、私でいいの……?」  
「……ごめん、愚問だったね」  
 口真似して問い返してきたエリィにロイドは軽く目を伏せて謝ると、彼女の太股が視界の丁度真正  
面にきた。  
 黒いタイツの下から出てきた真っ白な生足。そのコントラストが放つ色香にロイドはたまらず酩酊  
する。まだ触れてもいないのに下腹部には早くも熱と血流が集まってきた。  
(俺だけ先に果てないようにしないとな……)  
 少しでも熱を逃がそうと、ロイドは乱雑に部屋着を脱ぎ捨て、トランクス一枚になる。そして、腰  
のベルトを外してワンピースの襟に手をかけていたエリィを止めた。  
「エリィ。そこから先は、俺に脱がさせてくれないか……?」  
 頬がかあっと熱くなるのを自覚しながらロイドが請うと、エリィが唇を少し綻ばせて頷き、両手を  
そっと開いてくる。  
 ロイドは遠慮無く飛び込むと、彼女の服に指をかけた。  
(えーっと、今まで見た感じだと、まずスカーフを外してから、ボレロの留めボタンを取って……)  
 鈍痛の続く脳細胞をフル回転させてロイドがエリィの服を脱がしていく。質の良い布地が奏でる衣  
擦れの音と共にワンピースの胸元が左右にズレ、暖かみのある白い肌と、胸の谷間が現れた。  
「あ……」  
 柔らかさと柔らかさの間に存在する凜とした直線。矛盾しながらも両立する奇跡の概念。豊かな乳  
房と乳房が織りなす胸の谷間に、ロイドが思わず手を止め見惚れる。  
 桜色の布地にクリーム色の飾り紐が縫いつけられたブラジャーも、彼女の白い肌を一層引き立たせ  
て、ロイドの理性をガンガン揺さぶってくる。  
(俺、堪えきれるのかな……)  
 エリィの身体が少し見えただけでこんな有様な自分に、ロイドは本気で心配になってくる。が、表  
には出さずに淡々とタイトワンピースを脱がすと、ベッドに彼女を押し倒した。  
 スプリングが弾み、彼女の豊かな乳房も揺れる。  
 シーツに広がっていくパールグレーの髪の方へ意識を集中させて――でないと理性が焼き切れそう  
だったので――いると、ブラジャーと同じ桜色の唇が目に留まった。  
「んっ……」  
 たまらず唇を重ねると、エリィが僅かに声を漏らして目をそっと細めてくる。  
 ロイドの頭で鈍痛が起きたかと思うと、舌が自然と飛び出て彼女の唇の隙間へ潜り込んだ。  
 歯の固い感触の向こうに、舌のザラっとした弾力が触れる。  
「んっ……あ……」  
 エリィの口元が動いたかと思ったら、自らも舌を絡めてきた。  
 舐めて、突いて、啄んで。唾の混ざる音をBGMに、二人の唇と舌が踊り舞う。お互いの身体も自  
然と揺らぎ、唇を摺り合わせる動きと一緒に身体を擦りつける。  
「んっ、ん、ぁ……むっ……」  
 口の中で響く彼女のくぐもった声。舌と唇から広がるこそばゆい気持ち良さ。  
 それら全てが愛おしくて、そしてもっと欲しくなって、ロイドはひたすら口と舌を動かす。  
 エリィもそれに応え、ロイドの唇と舌を優しく包み込む。体勢と重力の関係でロイドの唾液が一方  
的に流れ込んでいくにも関わらず、口から零す事なく飲んでいく。  
 お陰で、ようやく唇が離れた時には、ロイドは唾の出し過ぎで喉が渇いていた。  
(少し飲みたいけど今離れるのは勿体ないな……)  
 迷った矢先、鈍痛がロイドの頭を駆け抜ける。  
 それに突き動かされるままロイドが後ろへ――彼女の股の方へ下がっていくと、ブラジャーとお揃  
いのデザインのショーツが、真正面にきた。  
 
「えっ? や、やだいきなり……!」  
 エリィの焦る声を頭上で聞きながら、ロイドはエリィのショーツを脱がす。  
 むわっと暖かな臭いが顔を撫でたかと思ったら、うっすら生えた茂みの向こうに潜む花弁が見えた。  
(これがエリィの……)  
 女性にとって一番大事な場所。男性を受け入れて、新しい命を育む場所。  
 綺麗なサーモンピンクに染まった花弁を目の当たりにして、ロイドは思わず息を飲む。  
 前に、ここを女神様と例えているのを聞いた時は不謹慎だと思ったが、こうして目の当たりにする  
と、例えたくなる気持ちも解った。  
「ろ、ロイド……お願い、そんなに見ないで……」  
 エリィが恥ずかしそうに身をくねらせ、両足で隠そうとしてくる。が、それよりも早く、鈍痛と本  
能に突き動かされるままロイドは彼女の股に顔を差し入れ、花弁へ口をくつけた。  
「やぁんっ!」  
 エリィが声を上げて背中を反らす。  
 ぬらっとした感覚が唇にきたかと思ったら、花弁から零れた愛液がロイドの口の中へ入ってきた。  
(ああ、これ、いいな……)  
 喉と心にもたらされる潤いにロイドは思わず目を綻ばす。さらっと流れてきた割には粘度があるの  
も面白くて、もっと呑んでみたくなる。  
 だから、ロイドは舌でエリィの花弁を弄くり始めた。  
「あ、あんっ! んく……っあ!」  
 釣り上げた鮮魚のように、エリィの身体が何度も跳ねる。ベッドのスプリングがギシギシ音をたて、  
ロイドの身体も一緒に揺れる。  
 反動で口が花弁から離れそうになったので、ロイドは両手をエリィの太股に回す。と、発酵したパ  
ン生地にも似た柔らかさが返ってきた。  
(不思議だなぁ……)  
 それなりに筋肉がついているのに柔らかさを失ってない太股に、ロイドは思わず舌を巻く。  
 不思議といえば、今自分がむしゃぶりついている花弁もそうだ。自分の唇にすっぽり入ってしまう  
程小さくて可憐なのに、舐める度にビクンビクン震えて愛液を吐き出してくる程かよわそうに見える  
のに、膨張して屹立した男のアレを丸ごと受け入れる事が出来るなんて。  
(女の子の身体って、ほんと不思議だなぁ……)  
 ロイドがそう思いながら舌で花弁の窪みをつついた途端、舌先がぎゅっと掴まれ、そのまま中へ吸  
い込まれた。  
 ぬるっとした肉壁が吸盤みたいに舌へ強く吸い付いてくる。  
「あぁあっ!」  
 脳髄を直に殴られるような快楽にロイドが驚く一方、エリィが一際大きな嬌声をあげて全身を震わ  
せる。  
 ごぽっ、と大量の愛液が飛散し、受け止めきれなかった分がロイドの口の周りやエリィの股を濡ら  
した。  
(……とりあえず、これで飲むのは止めておこう……)  
 ロイドがエリィの花弁から口を離す。喉が充分潤ったのもあるが、今の不意打ちでトランクスの中  
の男根が暴走しかけている。このまま続けて暴発なんかしたら目も当てられない。  
「あぁ……あ、ぁ……!」  
 ロイドが視線をあげると、エリィがベッドの上で身体を縮めて震えていた。  
 未だ痙攣が止まらないのか、羞恥と心細さの混ざった感情が浮かぶ瞳は涙で少し潤んでいる。だけ  
ど、その奥には信頼の光が――恥ずかしくても心細くても止めないでと訴えてくる光があった。  
 
(えーっと……)  
 次はどうしようかロイドが迷った矢先、エリィの豊かな乳房と、それを包み支えるブラジャーが目  
に留まる。  
(そういえば……ブラジャーってどういう構造になってるんだ……?)  
 好奇心にかられてロイドがエリィの胸元まで顔を寄せた。  
 香水に混じって彼女の汗の臭いが鼻腔をくすぐってくる中、ロイドはブラジャーをまじまじと観察  
してみる。  
 布の光沢と質感からすると、素材は絹か。肩紐や胸下のベルトには指が入るけどゴムのように伸び  
る訳ではない。とすると、どこかにボタンなり留め金があってそれで固定している筈……だが……。  
(どこで外すんだこれ……?)  
 いくら見回しても見当たらない留め金にロイドが焦っていると、エリィが両手を自分の胸の合間に  
置いた。  
 ロイドの前でブラジャーのカップを両手で摘むと、そのまま中央に寄せて持ち上げる。  
 まるで花が開くようにブラジャーが左右に分かれ、豊かな乳房と一緒に広がった。  
「え?!」  
 ロイドが思わず声をあげてブラジャーを見ると、カップの裏側に小さなホックがついている。  
「これで留めていたのか……?!」  
 驚きを隠せないロイドに、エリィが頷き、くすりと笑ってきた。  
「ごめんなさい。初めて愛し合った時の貴方の反応と全く同じだったから……」  
 笑った顔のまま説明した後、エリィがふと目を細める。  
「記憶はなくても貴方は貴方。心は何も変わってない……」  
 今にも嬉し泣きしそうなエリィに、ロイドも心がじんと痺れ、脳裏に鈍痛が駆け抜ける。  
「……前に言われた事、今は不思議と納得できるよ」  
 ――貴方は貴方であるだけでいい――。  
 言われたのは数時間前の筈なのに、何故か、かなり前の出来事のような懐かしさがある。  
「――ありがとう、エリィ」  
 ロイドは微笑みながら告げると、エリィの乳房に触れた。  
 乳房に乗っかっていたブラジャーのカップが身を引くように脇に外れ、薄ピンクの乳首をロイドへ  
差し出してくる。  
 小さな宝石みたいな乳首と、想像を絶する乳房の柔らかさに、ロイドが目を大きくして息を飲んだ。  
(こ、こんなに柔らかくても形を保っていられるのか……?!)  
 例えるならば風の塊。指で押せば凹むし、手で揉めば指の隙間からはみ出す程柔らかいけど、力を  
緩めればすぐ弾んで元の形状に戻るほど存在感もある。  
「ん……っ……」  
 押されて揉まれて、エリィが気恥ずかしそうに視線を逸らす。  
 ロイドの心臓が一際大きな鼓動をうつ。脳裏に鈍痛が通過し、二つの欲求を置き土産に残していく。  
(もっと……)  
 彼女に触れたい。  
 もっと、彼女を気持ち良くさせたい。  
「あっ……!」  
 欲求のままロイドがエリィの左乳首に口づけをした途端、悩ましげな声があがった。  
「ん……ぅ……!」  
 ぢゅっ――と、音をたてて唇をすぼめ乳首を挟みあげると、さっきよりも少し大きな声をあげて背  
中を逸らしてきた。  
「あ、んっ、あぅ……ん、んっ!」  
 乳房をゆるゆると揉みほぐしながら、咥えた乳首を唇で挟んで甘噛みして舌で突くと、艶めいた声  
が何度もあがり、こちらへ身体を押しつけるように何度も身悶える。  
 口の中では、咥えた乳首が盛り上がって固くなってきた。  
「すごい……ここも起つんだ……」  
 ロイドは口を離すと、涎をまとって尖ったエリィの乳首を眺めて素直に驚く。  
「ここ以外にも吸い付いたりしたら固くなるのかな?」  
「! いくら何でもそれはな……!」  
 真っ赤な顔で否定しかけたエリィの声は、左の乳房に吸いついたロイドの唇で中断された。  
 
 ぢゅっ! と、乾いた音がたち、白百合のように滑らかな肌へ赤いキスマークの花が咲く。  
 まるで判子でも押すように、ロイドが音をたててエリィの乳房に吸い付き、キスマークの花を増や  
していく。  
「あんっ、や、あっ、あ……」  
 エリィが身を竦めて声をあげ、シーツの上に広がったパールグレーの髪がさざ波のように揺れる。  
 右の乳房も切なそうに揺れて、ロイドの頬へ何度もひっつく。その動き――こっちも忘れないでと  
アピールしてくる動きに、ロイドも顔をあげると、そのまま右の乳房へ飛び込んだ。  
「あ……っ!」  
 ベッドのスプリングが微かに軋み、エリィが頤を大きく逸らす。  
「大丈夫。こっちもちゃんと可愛がるから……」  
 ロイドは熱の篭もった声で囁くと、ほんの少し盛り上がって固くなっていた右の乳首を咥えた。  
「あぁっ!」  
 ちゅぅっ、と一回吸うだけで、エリィが大きな声をあげ、右の乳首がぴんと起つ。  
 その反応が面白くて愛おしくて、ロイドは赤子のように唇をちゅぱちゅぱ窄めてみた。  
「あっ、んっ、ふ……ぅっ!」  
 悶えるエリィの顔の赤みが増し、肌がじっとり湿ってくる。左の乳房を手で揉みしごきながら右の  
乳房へキスマークを刻む口の中に汗の塩味が入ってくる。  
(エリィ……気持ち良く、なってくれてるのか……?)  
 右の乳房にも一通りキスマークを刻んだ後でロイドが上体を起こして様子を見ると、エリィと目が  
あった。  
 潤んで艶めいた瞳で見つめられ、ロイドの心臓が大きく脈打つ。頭の中で起きた鈍痛が背骨をつた  
って下半身へ降り、男根に集まっていた血液と熱を破裂させかける。  
(ヤバい……これじゃあ、エリィを気持ち良くさせる前に俺がヘタれる……!)  
 ロイドの頭の中に冷や汗が垂れる。  
 呼吸の度に豊かな乳房がふよふよ揺れる所とか、自分がいつも寝起きしているベッドの上にエリィ  
が一糸まとわぬ姿で無防備に横たわっているという状況とか、気付けば気付くほど、男根の暴走具合  
が増していく。  
 慌ててトランクスを脱ぎ、枕の下に仕舞ってあったコンドームを男根に被せるが、血管を浮かせて  
怒張した男根がそれで収まる訳もなかった。  
 
(どうしよう……)  
 途方に暮れるロイドの脳裏に鈍痛が過ぎる。それに導かれるように視線が彼女の股の方へと下がり、  
しっとり湿った茂みと、ぬらっとした光沢をまとった花弁が目に留まる。  
(……そうだ……)  
 もっと気持ち良くさせればいいんだ。  
 鈍痛と共にロイドは悟ると、右手をエリィの股へ差し込む。そして、花弁の中へ中指をぐっと突っ  
込んだ。  
 愛液のぬるっとした感触の後に、蜜壷の肉壁が中指をぎゅっと締めてくる。  
「ぁっ!」  
 エリィが短い悲鳴をあげて、シーツの上に投げ出していた手足を大きく跳ねさせる。  
 そこへのし掛かるような形でロイドがエリィの身体を抑えると、人差し指と薬指も蜜壷へ差し込み、  
先に入れてあった中指と一緒にぐねぐね動かし始めた。  
「っや! ぁんっ! んんっ! っくっ……ぅ!」  
 ロイドの右手に操られ、エリィが悲鳴のような嬌声を上げて身悶える。それはまるで楽器を奏でる  
かの如く。三本の指で蜜壷の肉壁を擦って抉って突き上げる度に、外に残った親指で花弁を弾く度に、  
エリィの肉体が愛液という音色を吐き出していく。  
 噴き出す愛液はロイドの右掌やエリィの股をグショグショに濡らし、シーツの方にも飛び散って染  
みを作る。  
(これで気持ち良くなってくれれば、俺だけ先にヘタれる事もない……)  
 手首まで飛んでくる愛液の飛沫を感じながら、ロイドはじっとエリィを観察する。  
「あっ! あ! んあっ、ぁんっ!」  
 両目をぎゅっと閉じて叫ぶエリィの顔に珠のような汗が浮き出て、パールグレーの乱れ髪がこめか  
みに張り付いていく。  
 指を咥え込んだ蜜壷が内部の肉壁を蠢かせ、微かに痙攣をし始める。  
 花弁もピンと尖って固くなり、親指の腹を凹ませてくる。  
 それら一連の変化をロイドが固唾を飲んで見守っていると、蜜壷の肉壁をしごいていた中指に、こ  
りっと固い突起が触れた。  
「あっ――!!」  
 エリィが一際大きくて切迫した声を上げるや、背中を弓形に逸らす。  
 次の瞬間、彼女の内と外が一斉に痙攣したかと思うと、ぶしゃっ! と、くしゃみににも似た音を  
たてて大量の愛液が噴出した。  
 
 ロイドの見ている前で、エリィが何度も痙攣しながらベッドに身を沈めていく。  
(良かった……エリィ、気持ち良くなってくれた……)  
 ロイドはほっと安心すると、蜜壷から右手を引き抜いた。  
 指先から愛液の塊が滴り落ち、シーツに大きな染みを作る。それでも尚、右手は大量の愛液で濡れていた。  
 ロイドは彼女の足を左右へ広げ、露わになった股の前へ腰を寄せる。そして、陸にあがった魚のよ  
うに口をパクパクさせている花弁へ男根をくつけると、そのまま前へ突き進む。  
 じゅぶっ……と、濁った水音をあげて、蜜壷の中へ男根が侵入を開始した。  
「あぁっ……!!」  
 エリィが切なそうな声をあげて上体をよじらせる一方、蜜壷がロイドの男根にぴったり寄り添い、  
引きつけるように震えだす。  
(くっ――!)  
 想像を遙かに超えた気持ち良さに、ロイドの意識が一瞬ホワイトアウトする。すっかりお馴染みに  
なった鈍痛で揺り戻されなかったら、そのまま暴発していたかもしれない。  
(まだ、だ……まだ、ダメだ……!)  
 男根から駆け上ってくる快楽を必死で堪えながら、ロイドは腰を進めた。  
 ぱしっ――と、小さな水音と共に二人の下半身が深くくっつき、男根が根本まで蜜壷に入る。  
「んっ……ろ、いどぉ……」  
 熱い吐息を零しながら、エリィがロイドを見上げてくる。少し苦しげに震えながらも喜びに満ち溢  
れた笑みをたたえて。  
 彼女の蜜壷も、まるで風に吹かれた草原のように肉壁を揺らし、入ってきた男根を歓迎してくれた。  
「エリィ……愛してるよ」  
 ロイドはそっと囁くと、エリィの脇の下に両手をついて腰を揺すり始めた。  
「あっ、あんっ、ん、あっ……」  
 ベッドのスプリングが軋むリズムに合わせて、エリィの口から嬌声が、蜜壷から愛液が零れていく。  
 花弁は出入りを繰り返す男根の竿に沿って形を微妙に変え、じゅぷずぷっと卑猥な水音をたてる。  
 でも、それでも。  
(まだ足りない……)  
 中指が蜜壷の突起を探り当てた時のような激しい反応からは程遠い。  
(女の人って……こんなに、何度でも、気持ち良くなれるんだ……)  
 ロイドは驚きつつ、自分の見通しの甘さに臍を噛む。こちらは快楽と鈍痛が頭を絶えず揺さぶって、  
いつ爆発してもおかしくない。自分だけが一方的に気持ち良くなって終わってもおかしくない。  
(そんな訳にはいかない……!)  
 誰よりも大切で愛おしい人だからこそ、共に気持ち良くなって貰いたいんだ。  
 ロイドは腰を振りながら、手でなく肘で体を支える体勢に変えると、彼女の口に唇を落とした。  
「んっ……」  
 腰元で響く水音と競うように、ロイドがエリィの唇を、歯を、舌を、己の唇と舌で突いて舐めて絡  
めていく。同時に、こちらの腰の動きに合わせて揺れている乳房を両手で掴むと、掌で全体を揉みな  
がら指で乳首を挟んでしごき始めた。  
「んぅ……!」  
 エリィがぴくっと目端を動かしたかと思うと、蜜壷がしゃくりあげるような動きをみせる。  
 不意打ちによる暴発に注意しながら、ロイドは口を動かし、両手を動かし、腰を動かした。  
「ぁん、む、ぅう……!」  
 塞いだ口から漏れ出る嬌声が、少しずつ切迫したものになってくる。  
 指の中でたっていた乳首が固さを増し、掌が彼女の汗で湿ってくる。  
 ずぽっ、ぐぽっ、じゅぐっ、ずぷっ、と、インサートの音程が微妙に変わり、男根へくる締め付け  
も少しきつくなる。  
 でも、まだ、後もう一押しが欲しい。  
 ロイドがそう思った時、彼女の乳首をしごく右手の中指に、蜜壷の突起へ触れた時の感触が蘇って  
きた。  
(……もしかしたら……)  
 ロイドは一端腰をひくと、あの時の中指の位置へ向かって男根を突き立ててみる。  
「!!!」  
 こりっとした感触が亀頭と竿を擦っていったかと思うと、エリィが目を見開き、蜜壷が悲鳴のよう  
に揺れ動いた。  
 
 ベッドの軋むリズムが乱れ始める。ロイドが腰を打ち込む度に、エリィが口端から涎を零しながら  
手足や尻をベッドにぶつけて悶えるようになったから。  
「んあっ、あ、あっ、ぅ……あぁっ!」  
 悶える動きで口吻が外れ、エリィの澄んだ嬌声が室内に響きだす。  
 パールグレーの髪がベッドの上でさざ波を起こし、ベッドライトを浴びて星屑のような煌めきを周  
囲に散らしていく。  
 そんな彼女に――胸を揺らし、尻を揺らし、男根と花弁の隙間から涎のように愛液をまき散らして  
いく彼女の痴態に、ロイドの心は否応なく燃え上がり、男根も更に膨張する。  
「あんっ、あ、んふぁあ、ああっ!」  
 もっと、気持ち良くさせて。もっと、乱れる様を見たい。  
 燃え上がった心に突き動かされ、ロイドが腰を振るペースを早める。男根が蜜壷を擦って抉って押  
し開き、突起の部分だけでなく、ありとあらゆる角度へ亀頭を容赦なくめり込ませていく。  
 暴発を恐れる気持ちは掻き消され、鈍痛が頭の中に霞のように広がっていく。  
 ぐじゅっ、ずぶっ、ぐぶぶっ、と、愛液を媒介にして響く結合の音色に、ぱしっ、ぱしっ、と、肉  
同士のぶつかり合う音が混ざりだす。  
「ろ、ロイ、ド……ぉ! そん、な……すごい、の、された……ら……」  
 エリィが息も絶え絶えに言いかけた刹那、ロイドの男根が根本までめり込んだ。  
「!!!」  
 エリィが目を大きく見開き、身体を勢いよく縮める。勢いで蜜壷から男根が抜けそうになるのを、  
ロイドは両手で彼女の腰を抑える事で阻止していると、彼女の身体の外側と内側で、今まで一番大き  
な痙攣が走った。  
「あぁああっ!」  
 か細い悲鳴があがる下では、花弁が濁流のような勢いで愛液を吐き出し、蜜壷が絶叫をあげるよう  
に揺れ動く。今までの締め付けと合わさって、男根に強烈な快楽をもたらす。  
(くっ……!)  
 触れているこちらが痺れそうになる位の震えに、ロイドは魔獣の麻痺攻撃を耐える時と同じ心構え  
で我慢していたら、エリィの全身から力が抜けた。  
 
「……あ、はぁっ……はぁぅっ……!」  
 苦しげに息をしながら、エリィが縮めていた身体を緩める。お尻の下のシーツは愛液でぐっちょり  
濡れて、子供のおねしょみたいになっていた。  
(……良かった、エリィが気持ち良くなってくれた……)  
 緑耀石のような瞳が快楽で澱んでいるのを見て、ロイドは思わず笑みを零すと、彼女の股へ埋めた  
ままだった腰を離し、また切り返す。  
「ああっ!」  
 もう暴発を恐れる必要はない。  
 蜜壷の締め付けと震えがもたらす快楽に堪え忍ぶ必要はない。  
 後は――こちらが果てるまで、共に、心ゆくまで楽しもう。  
「あっ! ん! ふぁあっ! あぁっ! んぅっ!!」  
 ロイドは腰を振り、エリィの花弁と蜜壷を貪り食らう。痙攣が止まぬ蜜壷を削ぐような勢いで男根  
を押し込み、最奥の肉壁へ何度も何度も叩き込む。  
「あぁっ! ぅうっ! ふぅ、んっ!!」  
 愛液が飛沫となって周囲に飛び散り、ロイドの股や太股をしとどに濡らしていく。  
「ああぁっ!! あああ! あんっ! んんんっ!!」  
 顔を真っ赤にして悶えるエリィの舌を、ロイドは自分の舌でちょんと突いて、彼女の味を確かめる。  
 こちらの動きに合わせて上下するエリィの乳房を、手でそっと掴んで、揺れ具合を触れる。  
 風にあおられるようにパールグレーの髪が翻り、ロイドの鼻先を掠めて、彼女の匂いを伝えていく。  
 すぐ傍で響く彼女の嬌声も、触れる箇所から伝わる彼女の温もりも、普段の様子からは想像もつか  
ないほど乱れた痴態も、全てが愛おしくて、そしてもっと欲しくなる。  
(俺……こんなに我が侭な奴だったんだな……)  
 彼女の口の中へ舌を差し込んで舐め回しながら、ロイドはそんな事をぼんやり考える。頭の隅々ま  
で鈍痛が広がり、源泉のように溢れ出る彼女への愛おしさと混ざり合って、視界も意識も曖昧になっ  
てくる。  
 それでも、彼女の中を出入りする男根からくる感触は鮮やかなままで、それを寄り縋りにして、ロ  
イドは己の身体を突き動かしていると、ある時、頭の中のものが全て引き摺り出されるような感覚が  
きた。  
「っ……!」  
 立ち眩みにも似た感触にロイドが思わず腰を止める。  
 意識も記憶も全てが表へ引き摺り出される感覚の中、下腹部が急激に熱くなって膨らみ、男根が白  
濁液を吐き出した。  
 
 胸に当たる二つの柔らかい感触でロイドは我に返る。  
 どうやら射精と同時に少し気を失っていたらしい。勢いの収まった男根はいつの間にか蜜壷の外に  
抜け落ち、エリィの上にのし掛かる格好で寝ていた。  
「大丈夫、ロイド……?」  
 慌てて身体を起こして横へどいたロイドに、少し惚けた目のエリィが心配そうに尋ねてくる。  
「あ、ああ。すまない、少しぼーっとしてて……」  
 ロイドは軽く頭を下げた後、エリィのこめかみに張り付いていた乱れ髪を指ですくった。  
「……記憶がなくても、終わった後に私の髪の毛をいじるのは好きなままなのね」  
 エリィが、嬉しさに少しの切なさを混ぜた微笑みを浮かべて、ロイドの唇をなぞってくる。  
「……そう言うエリィだって、終わった後は、よくこうして俺の唇に触れてくるじゃないか」  
 少し間を置いてからロイドが笑みを返すと、エリィの表情が凍り付いた。  
「よくこうして……って……?!!」  
 まさか……と目と口を大きくして息を呑むエリィに、ロイドはしっかりと頷き返すと、笑顔で告げ  
た。  
「思い出したよ、全部」  
「……!!!」  
 エリィの顔がくしゃっと歪み、大粒の涙をボロボロ零しながら眩しいばかりの笑顔を浮かべる。  
 感極まって抱きついてきたエリィを、ロイドもしっかり抱き返した。  
 
 
 朝になったら、キーアに会いに行って、思い出を取り戻したよと教えよう。  
 それから、心配かけた皆にも記憶が戻った事を知らせないと。  
 ああ、そうだ。記憶を取り戻すのを手伝ってくれたオスカー達にもお礼を言わなければ。  
 
 でも、その前に。  
 今回の件で一番辛い思いをしていた彼女へ。  
 傷つけてしまったにも関わらず、変わらずに愛し続けてくれた彼女へ。  
 
 
 
 『ただいま』を、伝えよう――。  
 
 
 

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