やっと見つけた、暖かい灯り。  
 今度は眺めるだけにしない。  
 絶対に、手に入れる……。  
 
 
※※※  
 
 静寂というのは、近くに人がいるかいないかで随分変わってくるものですと、最近は特に思う。  
(キーアはツァイトと一緒に部屋で寝てて……エリィさんは今夜もロイドさんの部屋へ行ったようで  
すね)  
 仕事も夕食も入浴も終えた夜遅く、ティオは自室にて聴覚をフル解放し、支援課ビル三階フロアの  
様子を一気に確認すると、ふぅっと息をつく。  
(……エリィさんとロイドさんは、今夜も奏でているのでしょうか……)  
 恋人達の愛し合う声と音――世界で一番優しい音楽を。  
(わたしは、まだ奏でる事も聞く事も出来ない音楽……)  
 そう考えた途端に、ティオの胸の中へ氷の塊にも似た絶望感がストンと落ちてくる。が、首を軽く  
数度振って、気持ちを奮い立たせる。  
(ランディさんは、順番を経て恋人同士になったら聞かせてくれると約束してくれました)  
 ならば今は。  
「……わたしに出来る事を始めましょう」  
 誰ともなく口ずさむと、ティオは部屋の明かりを消した。  
 暗闇の帳が部屋の中へ落ちてきた数秒後、窓の外から差し込む街明かりが室内の様子をぼんやりと  
浮かび上がらせる。  
 ティオは棚に飾ってあるみっしぃのぬいぐるみを持ち上げると、後ろに隠してあった香水の瓶と一  
緒にベッドに持ち込んだ。  
 ごつごつ角張ってて少し無骨な印象を与えるデザインの香水瓶。蓋を開けると、中に詰まっていた  
香りがふわりと浮き上がってくる。  
 ティオは少しの間目を閉じ、香水の――ランディが愛用している香水の匂いを堪能すると、抱えた  
みっしぃのぬいぐるみに香水を数滴垂らした。  
 瓶の蓋を閉めてサイドテーブルに置くと、みっしぃのぬいぐるみを両手で抱き締め、背中からベッ  
ドへ飛び込む。  
 スプリングが揺れて背中を震わせる中、ティオはパジャマの上着のボタンを外した。  
 控えめな丘陵を描く自身の胸元へみっしぃのぬいぐるみを乗せ、左手で押しつけるように抱える。  
それから、右手をそっと下へ滑らすと、履いてるパジャマのズボンとパンツを下げた。  
 雪のような白い肌と、その中に埋没しそうな程ささやかな茂みを生やした下腹部が露わになる。  
(大丈夫だ、問題ない。練習なのですから)  
 未だキス止まりで先に進まない状況を打破し、世界で一番優しい音楽を奏でる為の練習なのですか  
ら。  
(……とは思っても恥ずかしいものです……)  
 ティオは聴覚をもう一度フル解放して誰かが来る様子が無いのを確認すると、右手を下腹部の下へ  
滑り込ませた。  
 茂みを乗り越え、股の中へ右手の指先が潜っていく。  
「んっ……」  
 外から一番離れた場所に咲く小さな花弁へ中指が触れた途端、ティオの口が自然と声を零した。  
 みっしぃのぬいぐるみを強く抱き締め、垂らした香水の匂いを目一杯吸い込むと、ティオは指を曲  
げる。  
 花弁が開き、蜜壷へ繋がるクレバスへ中指の先が潜り込む。ぬるっとした弾力が指先と股にきて、  
頭の奥に針で刺されるような刺激となる。  
「ん……んんっ……!」  
 ティオが思わず目をつぶって身体を固くする。光を遮断した意識へ、肺と鼻腔に吸い込んでいた香  
水の匂いが流れ込み、彼の姿を記憶の中から引き出してくる。  
 そのイメージを胸に抱えているみっしぃのぬいぐるみへ転化させると、ティオは右手を動かし始め  
た。  
 
 中指に続いて人差し指と薬指が、クレバスから蜜壷へ潜り込む。  
 閉じていたお腹が内側からぐっと押し開かれる感触と共に、指先が熱くなって濡れてきた。  
「ふっ……くっ……はぅっ……」  
 外へ響かぬよう声を抑えて喘ぐティオの下腹部から、くちゅ、くちゅ、ちゅっ……と、少し遠慮が  
ちな水音が響き始める。  
 目を閉じたまま身体を揺するティオに合わせ、みっしぃのぬいぐるみも胸元で小刻みに動く。香水  
の匂いをまとったぬいぐるみの毛がティオの胸や乳首をこちょこちょくすぐり、その刺激にティオが  
思わず目端を歪ませ切なげな声を漏らす。  
「はっ……は、ぁ……っつ……!」  
 部屋の外に漏れ出ないよう抑えていた声が、徐々に大きくなっていく。  
 第二関節の途中で侵入を止めていた指がどんどん深く潜り込み、蜜壷の中を単純に擦るだけだった  
動きに関節をグネグネ曲げる変化が加わる。  
 指先で開けた花弁のクレバスから出る愛液も量を増し、シーツの上へポタポタッ……と、雨粒のよ  
うに落ちて染みを作っていく。  
 乳首も自然と尖り、そこをみっしぃのぬいぐるみが愛撫するように擦っていく。そのくすぐったさ  
に唇が勝手に緩んで声を漏らした。  
「はぅんっ……!」  
 耳へ流れ込んできた自分の声の気恥ずかしさに、ティオが思わず手を止め顔を熱くする。もし今目  
の前に鏡があったら、一体どんな格好が映るのか――考えただけで頭の中が恥ずかしさに煮え立つ。  
 お腹の方でも蕩けるような感触が走ったかと思うと、ぐじゅっ……と、右手の指の付け根が熱く濡  
れた。  
(え……?)  
 右手を止めているのに股から零れてきた愛液にティオが驚き、目を開く。  
(……これが、気持ち良いという感覚……?)  
 古ぼけて塗装が少し剥げかけた天井を見つめたまま、誰に問う事もなく思うティオに、みっしぃの  
ぬいぐるみへ垂らした香水の――彼の香水の匂いが鼻先を掠めていく。  
 それで途中だった事を思い出し、ティオは再び瞼を閉じた。  
 蜜壷へ差し込まれた右手を再び動かし、くちゅ、ぐちぅ、と粘りけのある水音を奏でていく。  
「ふっ……んっ……」  
 弾力のある蜜壷の肉壁を指先で圧して凹ませ抉る度に、綿でそっと撫でられるようなくすぐったさ  
が神経を痺れさす。  
 足や腰がもがいてベッドを弾ませ、反動で、ぬいぐるみを抱えていた左手が横にずれた。  
 ぴんと尖った乳首へ指先が触れるや、胸の中でくすぐったい気持ちが弾けて全身に駈け巡る。  
「あぁんっ!」  
 ベッドの上でティオの身体が魚のように飛び跳ね、スプリングが音をたてて軋む。  
 蜜壷に差し込んだままの右手の中へ、とろっ……と、熱い愛液が垂れ落ち、掌から零れてシーツに  
染みをつくった。  
(これ、は……)  
 予想以上の気持ちよさと自分の反応に、ティオが目を開いて驚く。  
(もしかしたら、今日こそ、いけますか……)  
 そう思った途端に胸が高鳴り、左手が勝手に乳首を摘んでいた。  
 
「あぅっ……!」  
 ティオが身動ぐ下で、彼女の右手が蜜壷の中で勝手に蠢く。もっと大胆に肉壁へ触れてしごいて押  
し広げていく。花弁から愛液を吐き出させ、ぐちゃねちゅといやらしい水音を奏でさせる。  
 先に動いた左手も負けじと、摘んでいた乳首を揉みほぐして引っ張ってギュっと押し潰して、胸か  
ら全身へ快楽の電流を走らせる。  
「あ、っは、ふぅっ、んぁっ、あぁっ!」  
 恥ずかしいという感情は全身を巡る気持ち良さに押し流され、小さな唇から漏れ出る声が艶と音量  
を増し、花弁から響く水音と一緒に部屋の中で響きだす。  
 ベッドの上に横たえた身体がもがくように弾み、うっすら汗をかいて赤らんだ顔の周囲でライトブ  
ルーの髪が乱れ舞う。  
 薄く開いた瞳は、花弁から出る愛液の量が増えるにつれて焦点を失い、ティオの脳へ届く映像のイ  
メージがぼんやりしてくる。  
 胸に抱えたみっしぃのぬいぐるみが、摘まれてない方の乳首をわさわさ擦りつつ、香水の匂いを周  
囲に撒き散らす。視界が曖昧になってきたティオへ香水の匂いを――彼の匂いを、強く強く押しつけ  
てくる。  
 その匂いが――匂いから湧き出た彼の姿のイメージが、最後の一押しになった。  
「っ――!!」  
 快楽が刃となってティオの意思や思考をぶった切る。全身を心臓に変えて脈動させる。  
「ふぁああぁ……っ!」  
 口が大きく開いて声をあげ、両足がぴぃぃん……とまっすぐ伸びて小刻みに痙攣する。  
 右手を咥え込んだ蜜壷と花弁も大きく揺らぎ、大量の愛液を勢いよく吐き出す。  
 やがて、花弁から迸る愛液の勢いが止まった頃、硬直していたティオの身体がぐにゃりと解けた。  
「はぁっ……はぁっ、はぁっ……」  
 荒い息をつきながら、ティオがベッドへ身を沈めていく。差し込んでいた右手をそっと外して顔の  
前までもってくると、掌や手首はもとより、前腕の中程にまで愛液の飛沫がとんでいた。  
(これ、が……イくという感覚……)  
 前腕についた飛沫を見て物思いにふけっていたティオは、ふと思い当たって視線を下へ向ける。と、  
太股の膝に近い辺りや、みっしぃのぬいぐるみの尻尾まで愛液の飛沫で濡れていた。  
「……想像以上、です……」  
 でも、これで。  
「やっと、ランディさんと、キスから先に進めます……」  
 世界で一番優しい音楽ヲ奏デル事ガ出来マス。  
 安堵するように口ずさみながら、ティオは窓の方へ顔を向ける。  
 夢見るような輝きを瞳を浮かべた彼女の顔が窓ガラスに映り込み、夜闇に沈んだクロスベルの町並  
みと混ざり合った。  
 
※※※  
 
 甘い匂いのないお菓子屋さん。それが、百貨店≪タイムズ≫にある女性下着の専門店へティオが抱  
いた第一印象だった。  
 所狭しと陳列された様々な色やデザインの下着類。それらを照らす無数のスポットライト。  
(これだけ色鮮やかなのに匂いは違うと、かえって妙な感覚があります……)  
 色彩の洪水に少し気圧されつつも、ティオはカゴを取って店内へ入った。  
(ランディさんへのアピール用の下着……どんなのが良いのでしょうか……)  
 黒や真っ赤などの原色を多用した、大人っぽくて派手目なのか。  
 それとも、白とかピンクにフリルやレースが山とついた可愛らしさを全面に押し出したモノか。  
 いやいや、ここは自分らしく、みっしぃがあしらわれた奴とかどうだろう。丁度そこにコーナーが  
あ……。  
「る……!?」  
 店内を回っていたティオの足が、みっしぃ関連のコーナーの前で止まる。  
 みっしぃのイラストが布地にプリントされたモノ。ブラのカップがみっしぃの手になっているモノ。  
中には、みっしぃの尻尾が生えているパンツまである。  
「何ですか、このけしからんみっしぃ達は……!」  
 ティオの手が、目に付くみっしぃの下着を片っ端から放り込んでいく。みっしぃがプリントされた  
奴は何着か愛用しているが、ここで売られているモノは、布地の質や縫い目の丁寧さが明らかに違う。  
「これはこれで良い買い物が出来ました……」  
 ほぅ、と満足げに息をついた後、ティオはカゴに入れたモノの値札を確認する。……下着の質の良  
さの分、値段も今まで買ってきたのとは段違いだった。  
「あら、ティオちゃん?」  
 手の中のカゴを見下ろしたままティオが固まっていると、後ろから聞き慣れたエリィの声がかかる。  
「こんな所で会うなんて、奇遇ね」  
 ティオが少し驚きながら振り返ると、エリィも少し驚いた風に目を丸くして寄ってきた。  
「……このコーナー、ティオちゃんが見たら絶対夢中になると思ったわ」  
 みっしぃの下着類が並ぶ棚へ視線を飛ばすと、エリィが瞳を綻ばす。  
「もし良かったら、一つプレゼントで買ってあげよっか?」  
「えっ……良いんですか?」  
「ええ。だってティオちゃんにはいつもお世話になっているし」  
 意外な申し出に思わず顔を明るくするティオに、エリィが微笑んで頷いてきた。  
「すいません、助かります……」  
 ティオはぺこりと頭を下げると、カゴの中に入れていた奴の中でも一番安いの――それでもそれな  
りの金額だったが――をエリィに差し出す。  
 エリィは迷わず受け取ると、自分のカゴへ入れた。  
 桜色の布地にクリーム色の飾り紐が縫いつけられた下着や、ミント色の総レース布地をベースにし  
た上に肩紐やカップをピンクのチュールレースやら小さなリボンやらで飾り立てた下着、紺色の布地  
に同色のレースで構成されたシンプルな下着などの上に、ティオのみっしぃ下着が乗っかる。  
「あ、やっぱりエリィさんもロイドさん用のを買いに来てたんですね」  
 エリィのカゴの中身を見てティオが何気なく言った途端、ぼんっ! と、火が音を立てて膨らむか  
のようにエリィの顔が茹で上がった。  
「いえあのその仕事の時に着けようかなーって思っているのもあるから!」  
(エリィさん……言い訳どころか思いきり肯定しています)  
 顔を真っ赤にして騒ぐエリィに、ティオは唇を結んで突っ込みたい気持ちを抑えた。  
「すいません、エプスタインジョークです」  
 代わりに、いつもの淡々とした口調でティオが返すと、エリィがやっと落ち着く。  
「もうティオちゃんってば……!」  
 ぷくー、と頬を膨らませて軽く怒ってくるものの、赤みの残滓がついた顔はとても幸せそうだった。  
(あぁ、やはり世界で一番優しい音楽を奏でている人は違いますね……)  
 どれだけロイドさんと慈しみ合って、愛し合っているのでしょうか。  
 エリィを見上げるティオの心が、羨望と嫉妬で少しだけ尖る。  
(わたしも、早くそうなりたい……)  
 早ク、世界で一番優しい音楽ヲ奏デテ、コノ胸ノ奥ニ温モリヲ灯シタイ。  
 期待と決意を込めてティオがエリィに笑いかけていたら、棚の向こう側に黄金の髪と鳩羽色の髪が  
見えた。  
 
「あ……」  
 見覚えのある姿にティオが声をあげると同時に、相手も――イリアとリーシャもこちらに気付く。  
「お久しぶりです、エリィさん、ティオちゃん」  
「ここで会うってのも奇遇ねぇ」  
 回り込んで挨拶してくるリーシャとイリアに、ティオとエリィもこんにちはと頭を下げた。  
「そういえば、弟君はどうしたの?」  
「ロイドなら、キーアちゃんとランディの三人で、食料品の買い出しに回っているわ」  
「今日は≪タリーズ≫で缶詰が通常価格の一割引セール、≪フレッシュ・ディンズ≫ではポイントが  
通常の三倍DAYだから、日持ちするモノを買いだめしておこうとか言って張り切っていました」  
 イリアの問いに、エリィとティオが順に述べた後、顔を見合わせて肩を軽くすくめる。  
「≪フレッシュ・ディンズ≫のポイント三倍DAYを把握しているなんて……ロイドさんって意外と  
しっかりしているんですね」  
「いえ、むしろオカンと言った方が正しいかと」  
「カジノへ行こうとしたランディを荷物運びにって引きずっていったロイド、妙に楽しそうだったわ  
ねぇ……」  
 感心しきりのリーシャにティオがきっぱり切り返し、エリィが力なく笑う。  
 それを聞いて、イリアとリーシャも苦笑いを浮かべてきた。  
「ところで、お二方も買い物に?」  
「……うふふ、よくぞ聞いてくれたわね〜」  
 ティオが何気なく問い返した途端、イリアの瞳が怪しげに煌めく。  
「実は、リーシャにって思ってオーダーしたブラが出来上がったから、受け取りに来たのよ」  
 こっそり離れようとしたリーシャをぐいっと抱き寄せ笑うと、イリアが何か思いついたように口を  
開けた。  
「そうだ、これからリーシャに試着して貰うから、ちょっと二人も見てってくれない?」  
「い、イリアさんっ!?」  
 慌てふためくリーシャに、いーじゃないのよとイリアが返す。  
「あたしが渾身の力を込めて指定したデザインがどのくらい通じるか、第三者にも是非見て貰いたい  
のよ。とゆー訳で、二人もちょっとこっち来て〜♪」  
 言うや、イリアがリーシャを引っ張って歩き出した。  
「……エリィさん、行ってみましょう」  
 まごつくエリィにティオが声をかける。  
「でもティオちゃん……」  
「でないと、試着したリーシャさんを、わたし達の元まで連れてくるかと」  
「……確かにそうね」  
 ため息と共に頷いたエリィと共に、ティオはイリア達の後を追った。  
 
「リーシャ、着替え終わったわね。それじゃあご開ちょ……」  
「店内、他に人います! いますから!」  
 試着室の中を覗いてからカーテンを開け放とうとしたイリアを、三人が急いで止める。  
「んもう、見せるだけなら減るもんでもないでしょー……」  
「その代わり黒歴史が増えていきます」  
 口紅を引いた唇を尖らせるイリアにティオは冷静に突っ込んだ。  
「く、くろ……?」  
「何だか面白そうじゃない、それ!」  
 目を白黒させるエリィの横で、イリアが不敵に笑ってカーテンを再び開け放とうとする。  
「だから止めてくださいって!」  
「なら入らせて貰うわよ〜♪」  
 試着室の内側で必死にカーテンを抑えて叫ぶリーシャに、イリアがカーテンの中を縫うように入っ  
ていった。  
「あら上だけ? せっかくだし下も脱ぎなさいよ。何なら手伝ってあげ……」  
「いえ、だって、エリィさん達を待たせる訳にはいきませんから、ねっ!?」  
 カーテンの向こう側で、どたどた騒ぐ音がする。  
「……すいません、お邪魔しても宜しいでしょうか?」  
 放っておいたらもっと酷い事になりそうだなと思ったティオがリーシャへ助け船を出すと、お願い  
しますの言葉が悲鳴混じりの声で返ってきた。  
 ティオはエリィと一度顔を見合わせた後、カーテンに隙間を作らないよう留意しながら試着室へ入  
る。さすがに四人で入ると狭いが、中は思ったより広かった。  
「ここでオーダーのサイズ計測とかもするから、広いのよ」  
 意外そうに目を丸くするティオとエリィに、イリアが唇を綻ばせて笑うと、横にすっとどく。舞い  
の始まりを告げるような動きで、背中に隠していたリーシャを見せてくる。  
 イリアの動きにティオとエリィが一瞬見惚れた後、続けて視界に飛び込んできた上半身ブラ姿の  
リーシャを見て息を呑んだ。  
「サイズ、変わっていませんよね……?」  
「あ、やっぱり小さめに見えますか?」  
 目を丸くして問うティオに、リーシャが少し嬉しそうにはにかみ、イリアがガッツポーズを作る。  
 菖蒲色のシルク布地をベースに、森林のシルエットを思わせるデザインの黒レースがまんべんなく  
縫いつけられたカップとアンダーベルト。肩紐の片側には同じ布地のフリルがぐるっと回り込んで、  
羽根のよう。  
 何よりもティオとエリィを驚かせたのは、服を着ていた時よりも今の姿の方が、胸が小さ目に見え  
るという点だった。  
「色にはね、膨張色と収縮色というのがあるの。膨張色は実際よりも大きめに、収縮色は小さめに見  
える色って事ね」  
 目が丸くなったままのティオとエリィに、イリアが人差し指をぴんとたてて説明してきた。  
「でもそれだけじゃないの。膨張色と収縮色を組み合わせると、収縮色の部分が奥まって見える効果  
が出たり、その逆も起こす事が出来るわ」  
「つまり、ベースの生地を膨張色にした上で、カップ部分に収縮色の黒を配置する事よって、実際よ  
りも少し小さめに見える錯覚を起こさせているんですね」  
 言葉を引き継いだエリィに、イリアがその通り! と鼻息荒くして頷いてきた。  
「ベースにした生地も、赤みが強いけど紫……弱目だけど収縮色の効果もあるわ。で、リーシャのサ  
イズだとどうしても肩紐が太くなるから、その辺はフリルをつけて派手にしちゃえ! ……ってね」  
「その辺、全部カレリアさんからのアドバイスでしたけど」  
 胸を張るイリアの横で、リーシャが笑いながら付け加えてくる。  
「ちょっとリーシャぁ! ネタばらししなくたっていいじゃないのー!」  
「さっき二回もカーテンを開けようとしたお返しですっ」  
 きゃっきゃっ笑いながら、イリアとリーシャが軽くじゃれ合う。  
 その様子にエリィが思わず破顔している横で、ティオは、イリアの言葉を頭の中で反芻していた。  
 
(膨張色……収縮色……)  
 ティオが、思考回路をフル回転させる。  
(小さいのを更に小さく見せてはいけない……ならば、少しでも大きいように見せられる色とデザイ  
ンで、尚かつ予算内の物は……)  
 情報の海の中へ飛び込むイメージと共に、眼窩の奥に店内の映像記憶を転写し、自分の望みに一番  
叶うデザインのを探り当てると、三人への挨拶もそこそこに試着室から出て行った。  
 記憶のままに店内を歩き、目的の下着の前へ行く。  
 思わず目を細めたくなるような鮮やかなレモンイエローのサテン布地をベースに、雪のように白い  
チュールレースを何層も重ね合わせてカップに縫いつけられたデザイン。お揃いのパンツもセットで  
用意されている。  
(膨張色に膨張色を組み合わせたこれならば……)  
 ティオはほっと息をついて下着を手にとろうとした矢先、記憶と少し違う事に――自分のサイズの  
物が売り切れている事に気が付いた。  
「――!?」  
 動揺でティオの身体が痺れる。  
 幸い、同デザインの一つ上のサイズは残っている。だけど、一つ上というだけでもカップに圧倒的  
な差がある。そのまま着用した場合、中身との差でカップがガバガバ凹むのは間違いない。  
(他のを選んだ方がいいでしょうか……)  
 だけど予算内で望みのデザインのと言えば、これしかない。  
 既にカゴに入れてあるみっしぃのを一つ戻せば選択肢は増えるが、そんな事をすればエリィに訝し  
まれる。  
(となれば……)  
 ティオの目が、レジ前の籠に入ったパッドへ向けられる。  
(こういう虚偽はあまりしたくないのですが……仕方ありません)  
 敗北感にため息つきながらも、ティオが件のブラをカゴに入れた時、  
「ちょ〜っとサイズが大きいようだけど、大丈夫なの?」  
 唐突に後ろからイリアの声がした。  
 
「……成長期に期待しようかと思いまして」  
 ライトブルーの髪の毛の下に冷や汗をかきつつ、でも表情は普段通りのままティオが振り返る。  
「今すぐ誰かを魅せたい、とかじゃなくて?」  
 怪しげな笑みを唇に浮かべながら指摘してきたイリアに、ティオの心臓が少し竦んだ。  
(流石は劇団トップスター……人の心の機敏について聡いです)  
 うっかり口にしたら洗いざらい全て吐かれてリーシャやエリィにもバラされると思ったので、ティ  
オは心の中でだけ頷く。  
 尤も、イリアにはその沈黙だけで充分伝わってしまったらしく、ニヤっと笑って囁いてきた。  
「で、相手は弟君? それとも赤毛のオニーサン?」  
 ティオの心臓が再び竦み、視線がイリアの元から逃げ出す。  
(ピンチ、です……)  
 『ポムっと!』で例えるなら、大連鎖を行う為にデッドラインギリギリまでポムを積んでいた所へ  
予想外のお邪魔ポムが降ってきた時のよう。  
(もしここで上手く誤魔化せずに、イリアさん経由でエリィさんにバレたら……)  
 エリィさんのように世界で一番優しい音楽を奏でようとしているとバレたら……。  
(真面目なエリィさんの事です。ロイドさんと一緒になって止めてくるに違いありません……)  
 ソウシタラ、世界で一番優しい音楽ヲ奏デル事ガ出来ナクナッテシマウ……。  
 その状況を想像して、ティオが思わず悲観して俯いた矢先。  
「まぁ……気をつけなさいよ」  
 どこかため息混じりな声と共に、イリアに頭を撫でられた。  
「えっ?」  
 唐突な言葉にティオが思わず顔をあげ、イリアと目が合う。情熱の炎をそのまま具現化して固めた  
ような強さと光を持つ彼女の瞳が、優しさと不安が混在した眼差しで自分を見ているのが視界に飛び  
込む。  
「……!?」  
 驚いて目を見開くティオに、イリアは小さく息をついて笑うと、手を軽く振って去っていった。  
(パッドを過信するなという事でしょうか……)  
 だけど、あの眼差しは、もっと別の事を案じていたような気がする。  
 道の先に大きくて深い落とし穴があるのに気付かず突き進んでいるのではないか……そんな不安感  
にティオの心がぱつぱつに膨らんでいく。  
(思い切って、全てを晒して確認するべきでしょうか……)  
 でも、その解らない何かが、自分の目的――世界で一番優しい音楽を奏でる事――とは無関係だっ  
たら? 晒す事でバレて、望みを果たせなくなったら……?  
 試着室から出てきたリーシャと合流するイリアの横顔を見ながらティオが葛藤していたら、エリィ  
から声をかけられる。  
「ティオちゃん、せっかくだしここの会計が終わった後に、お茶でもしない?」  
「あ、はい」  
 ティオは心の中の葛藤を無理矢理断ち切ると、イリアから顔を逸らした。  
 
※※※  
 
 クロスベルにまたいつもの夜がくる。  
「はぁ〜……」  
「ランディさん、とてもオヤジ臭いです、それ」  
 自分の部屋のソファーに身体を預けて気の抜けた声を吐くランディに、遊びに来たティオも思わず  
呆れてため息を漏らす。  
 シャワーも浴びて、とっておきのボディソープで身体もしっかり洗った。着ているルームワンピー  
ス――白と緑のボーダー模様に、中心から少し左側にずれた位置に赤いジッパーが縦走するデザイン  
――の下には、例のレモンイエローのブラとパンツを装着済み。一サイズ大きなブラの隙間はパッド  
が二枚ずつ使ってようやく埋まるレベルだったのには凹んだが、それでも、今日こそは……! と、  
ティオが緊張で胸を熱くしながらランディの部屋に来れば、部屋の主はソファーで軟体生物のように  
だれていた。  
「そうは言ってもよぉ……安いし日持ちするし皆も多用するからって、ホールトマトの缶詰1ダース  
はねぇよ……」  
 そこに別の缶詰とか食材とかも加わったんだぜ……と、ぼやくランディに、ティオは少しばかり同  
情する。が。  
「お酒のツマミにと、共用食材をちょくちょくつまみ食いしていたのですから仕方ないかと。それに、  
以前、調理酒と称して自分用のワインを経費で買いましたね?」  
 冷製な口調でティオが突っ込むと、ランディがうぐっと息を詰まらせた。  
「……そんじゃ、つまみ食いする悪いオヤジは、今日は疲れたからとっとと寝るとしますか」  
「ならばマッサージにスパークダインをかけてあげます」  
 むくれた表情を造ってソファーから立ち上がろうとしたランディの前にティオはエニグマを手に立  
ちはだかる。  
「ちょ! そこはレキュリアとブレスにしろっての!」  
「こっちの期待に勘付いておきながら袖にしようとしたお返しです」  
 ソファーに再び腰を落として慌てるランディをジト目で見つめながら、ティオはエニグマをテーブ  
ルに置いた。  
「……まぁそこまで気合い入ってりゃあ、ロイドだって気付くだろうなぁ」  
 ランディがソファーに座ったままティオの胸元に右手を伸ばす。彼女のライトブルーの髪の毛を人  
差し指に絡ませつつ、ルームワンピースのジッパーを――ここを下ろすだけでルームワンピースを脱  
がせる事が出来るジッパーを小指でいじくる。  
「……だって……いつもキスだけで先に進まないから……」  
 声のトーンを暗くして呟くと、ティオは力なく俯いた。  
「……ま、そりゃ順番を経てからって約束だったからな」  
 ランディが、ティオの髪に絡めていた人差し指を引き抜く。  
 ライトブルーの髪の毛が、くるくる廻りながら解けていく。  
「……キスの時間だけが長くなっていくのが……ですか?」  
 ティオは俯いたまま率直に問うと、視界の外にいるランディの雰囲気が尖った。  
「確かに、わたしは、ランディさんの愛読するグラビアの人達みたいなナイスボディには程遠いスタ  
イルです……」  
 ティオは、俯いたまま言葉を続ける。考えて、暗記して、鏡の前で上手な語り方と仕草を練習して  
きた言葉を続ける。  
「でも、わたしだって、もう子供じゃありません……キスだけで眠るなんて、もう、いや、です」  
 緊張は否応なく高まり、心臓の打つリズムは急加速する。  
 シミュレーションした計画ではここで顔をあげてランディを見つめる予定だったけど、緊張で興奮  
しすぎた心臓が全身を震わせて、顔が持ち上がらない。  
(仕方ありません……少し予定を変更します)  
 ティオは震えの止まらない右手をなんとか持ち上げると、胸元のジッパーを摘んだ。  
 ジッ……ジジッ……。虫の羽音にも似た音をたててジッパーが降りていく。着ているルームワン  
ピースが左右に開き、雪のように白い肌と、レモンイエローのブラがチラリと顔を出しくる。  
 ランディが息を呑む音が微かに聞こえてくる中、ティオはジッパーを全部下ろした。  
 ルームワンピースが左右に開き、ティオの身体から勝手に滑り落ちていく。  
「こ、これ、でも、だめ……で、すか?」  
 歯の根が噛み合わなくなる程ガチガチに緊張しながらティオが顔を持ち上げた刹那、ブラのカップ  
からパットが一つ落っこちた。  
 
 ぽてっ、と、ティオの右足の甲にパットが当たる。  
「……っ……!?」  
 ソファーに座っているランディの顔が盛大にひきつる前で、ティオは反射的に身を竦ませる。  
 ささやかな丘陵を描くティオの胸元が強く寄せられ、勢いでカップの中に残っていたパットが全て  
押し出された。  
 ぽてぽて、ぽてっ。サイズの差を埋める為に詰めていたパット三つが落っこち、ブラのカップがべ  
こっと凹む。  
 空白のような沈黙が部屋に満ちた次の瞬間、ランディが、ぶふぉっ! と、盛大に吹き出した。  
「!!!!???」  
 その場にしゃがみ込むティオの前で、ランディがソファーの上でげたげた笑い転げる。  
「ちょ、ティオ、す、け、おまっ、無理しすぎだっての!」  
 膝をバンバン叩いて、笑いで息も絶え絶えにランディが叫ぶ。  
「〜〜〜〜っ!!!!!」  
 顔を真っ赤にして縮こまっていたティオがきっと眦を裂くと、脱ぎ捨てたルームワンピースでラン  
ディを殴った。  
「おわっ!?」  
 緑と白のボーダー布地がランディの顔に巻き付く。  
「こっ……こうなったのも、誰のせいだと思っているんですか……」  
 八つ当たりだとは解っていつつも、ティオが肩をいからせて呻くと、ランディが顔から布を剥がし  
ながら謝ってきた。  
「悪ぃ悪ぃ。……いやー久しぶりに爆笑させて貰ったぜ」  
 目尻に浮いた涙を指で拭うランディへ、ティオの頭の中が熱くなる。  
「エニグマ駆動……出力マックス、最大レベルにてクリムゾンレイ構築開始……!」  
「いや、だから俺が悪かったっての!」  
 テーブルに置いてあった自分のエニグマを掴むティオにランディが慌てて謝ると、彼女の背に右手  
を回して抱きしめた。  
 自分のものではない鼓動がティオの耳を揺さぶってくる。  
「……ここまで恥をかかせておいて、今日もキスだけなんて言わせませんよランディさん……」  
「いや今のはティオすけの自ばk……」  
 言いかけるランディをティオは睨んで黙らせる。  
「……まぁ、しゃーねーか」  
 はあと息をつくランディに、ティオの心が一気に晴れた。  
 つられて綻ぶ表情を隠す為に、ティオはランディの胸へ顔をうずめる。  
(予定より大幅に狂いましたが、計画通りになりました……!)  
 怪しげな笑みが浮かびそうになるのを堪えながら、ティオが喜びに浸っていると、右の耳たぶに彼  
の指が触れてきた。  
 ぞくっ、とティオの身体に震えが走る。  
「あっ……」  
 ティオが切なげな声を漏らして背を逸らし、うずめていた顔が自然とあがる。そこへランディが顔  
を寄せてキスをしながら、ティオをソファーへ押し倒した。  
(あぁ、やっと先に進めます……)  
 ヤット、世界で一番優しい音楽を奏デル事ガ出来マス……。  
 後頭部を揺らすスプリングの音と、唇から流れ込んでくる彼の吐息に、ティオの胸は否応なく昂ぶ  
る。  
 背中に回されたランディの右手がブラのホックを外したかと思うと、ティオの右耳に触れていた左  
手が首筋から肩へと滑り降り、ティオの身体からブラを引き剥がした。  
 ティオの、ささやかな二つの丘陵がさらけ出される。頂点には桃色の小さな乳首がちょこんとのっ  
かり、昂ぶる鼓動に合わせて微かに震えていた。  
 ランディの左手が、ティオの右の乳房にそっと乗っかってくる。  
 彼の大きな手の重みと暖かさに、ティオの心は緊張で少しだけ痺れる。  
(ここから先は初めての事ですが、大丈夫。ちゃんと練習してきたのですから……)  
 ランディと唇をはみ合い舌を絡ませ合いながらティオが己の心に言い聞かせていた時、彼の左手の  
指が右の乳首をつんと押してきた。  
 さっきよりも大きな痺れが、心の中にまた走る。  
「んっ……!?」  
 練習の時には一度も起きなかった感覚にティオが戸惑い、目を見開く。  
(……接触方法は同じな筈……なのに練習の時とは違う……?)  
 何故? と、ティオが考える間もなく、今まで背中に回っていたランディの右手がするする……と  
下がり始めた。  
 
 まだ少しだけ堅くて熟してない果実のようなティオのお尻と太股が、ランディの指と掌全体でそっ  
と撫でられていく。そして、ティオの膝まできて止まると、またそおっとなぞり上げてくる。  
「っ……」  
 ティオが吐息を漏らして微かに震える。  
 お臍の下の辺りからは、とろとろ煮込まれるような熱が湧き始め、外を求めて股の方へ流れ込んで  
くる。  
 そして、彼の指先が太股とお尻の境目の凹みに少しだけ潜ってきた途端、熱がとろっと零れ出て、  
履いているパンティーと秘部の間に粘りのある湿り気が広がった。  
「――んっ!」  
 ティオが、キスで塞がれた口の中で声を漏らして身じろぐ。  
 ソファーの中からスプリングの軋む音が響く中、ランディが右手の指をティオの股へ伸ばして、パ  
ンティーをぐっと押してきた。  
 ぐじゅっ……と、パンティーの布地から熱い水――愛液が染み出てくる。  
「あぁっ……!」  
 ティオが思わず唇を離して仰け反り、ソファーのスプリングがさらに大きく軋んで音をたてた。  
「ん。ちゃんと反応してるな」  
 ランディがにこっと笑いかけると、ティオの胸の前まで顔を下げてくる。ささやかな丘陵を描く左  
の乳房へ唇を寄せ、乳首を軽く甘噛みしてくる。  
「っあ……!」  
 電流をくらったような痺れがティオの胸全体に走る。両足が自然ともがいて、彼の右手を太股で挟  
んで押さえつける。  
「……ティーオーすーけー。これじゃあ右手が動かせねぇよ」  
 ランディがさして困っている風でもなく笑うと、左手でティオの右乳房を揉みほぐしつつ、左乳首  
を思い切り吸い上げてきた。  
 ちぅぅっ……! と、室内に響く音をたてて、ランディが唇と前歯を使ってティオの左乳首を引っ  
張っていく。  
「っ……! や、あ、あぁんっ……!!」  
 ティオが嫌々と首を横に振って悶える一方、左乳首は固く尖って、彼の舌に触れていく。  
「!!」  
 舌の熱と弾力を左乳首に感じた途端、ティオが口と目を大きく見開いて仰け反った。  
「ふっ……あ、あぁっ……!」  
 撫でられ揉まれ舐められるままに、ティオが身動ぎ声を漏らす。閉じていた太股も自然と離れ、ラ  
ンディの右手を解放する。  
 愛し合う声と音。ティオがずっと待ち望んでいた世界で一番優しい音楽……。  
 
 その筈なのに。  
 
 状況が進めば進む程、彼に身体を撫でられ揉まれ舐められる程、ティオの心は冷たく痺れてきた。  
 コレジャナイ、コレハ違ウと叫ぶ声が耳の奥で響いていた。  
   
   
(何故です……?)  
 自分の心の動きにティオは思わず問いかける。  
(これは、ずっと待ち望んでいた事なのに、何故、わたしはこうも怯えているのです……?)  
 初めての事で怖い?  
 理解が追いつかなくて怖い?  
 初めては凄く痛いという話だから、それが怖い?  
(……いいえ……どれも違います……)  
 どれも、この違和感を説明できません。  
 不思議な浮遊感に包まれて熱くなる身体と反比例して、心が凍えて痺れてくる説明がつきません。  
「ランディ、さん……」  
 満ち足りた気持ちからではなく心細さからで彼の名前を口ずさんでしまう。  
「……大丈夫。いつものようにリラックスしてろ、ティオすけ」  
 ランディが乳首から口を離して告げると、ティオの眼前まで顔を寄せ、再びキスをしてきた。  
 流れ込む暖かい吐息。優しく圧してくる唇。こっちの咥内に入ってきて、やんちゃしてくる舌。も  
う何度も行ってきたキス。その度にティオの胸の中を暖かく満たしてくれたキス。  
 なのに。  
 今は、そのキスが冷たかった。  
 キスを続けていけばいく程、寒さで胸の中が痺れてきて……かつてグノーシスの経膣投与実験で受  
けた感覚に近いものが心の中に広がってきた。  
(――え……)  
 驚くティオの心に、びりっとした痛みのようなものが駆け抜ける。  
 身体の動きも自然と止まり、萎縮するように舌が引っ込む。  
(そんな筈は……だって、これはあんな実験なんかではなく、世界で一番優しい音楽……)  
 わたしがずっと待ち望んだ、恋人同士が奏でる音楽。  
(恋人同士でないと生み出す事の出来ない音楽……)  
 そこまで考えた瞬間、ティオは違和感の理由に気付いた。  
「……!!!」  
 ティオの胸の中に降り積もっていた寒さが破裂する。心臓が限界一杯まで膨らんで、痛いくらい大  
きな鼓動を打ち鳴らす。  
(わたし……は……!)  
 今まで何を勘違いしていたのだろう。  
 何て間違いをしていたのだろう。  
(世界で一番優しい音楽を奏でる事ばかりに目を向けて必死になって……)  
 本当に重要な事を見失っていた。  
(ランディさんと恋人同士になる為の努力を怠っていた……!)  
 彼のどこに惹かれたのか。  
 どうして彼を愛したいと思ったのか。  
 その理由をちゃんと見つける事が前提であり必須の条件だったのに、それをしていなかった。  
(こんなに寒くなるのも当たり前です……)  
 心をないがしろにして、肉体だけを求めている結果になっているのだから。  
 かつて自分の膣へチューブを押し込み、グノーシスを子宮へ直接投与してきた教団の人間達と、同  
じ原理で行動しているのだから。  
(……教団の大人達と同じ事を、今のわたしは……行っている……)  
 心をないがしろにして、肉体だけを求めている……。  
 ティオの目が大きく見開かれる。全身に鳥肌が浮き上がり、手足がカタカタ震え始める。  
「? ティオすけ……!?」  
 異変に気付いたランディが唇を離した途端、ティオが両手で自分の口元を覆い隠した。  
「おい、どうしたんだ? まさか、夕飯で中ったのか……!」  
 真っ青になって震えるティオにランディが慌てふためき、手で彼女のお腹を撫でて暖めようとする。  
 が。  
   
「いやぁっ!」  
   
 先に、ティオの悲鳴が部屋に響き渡った。  
   
※※※  
 
 ランディの顔に愕然とした表情が浮かぶ。  
 が、それも一瞬の事。すぐにいつもの表情を浮かべると、がしがし頭をかきながらティオの元から  
後ずさった。  
「あー……すまん。……がっつきすぎたな、俺」  
 ルームワンピースを拾い上げ、ティオの身体へそっとかけると、ランディはそのまま立ち上がって  
離れていく。  
「ぁ……」  
 ようやく我に返った――自分が今何をしたかを理解したティオが、慌てて身体を起こしてランディ  
を追いかけようとする。  
 が。  
「悪ぃ。男っつーのは、そうそうすぐに落ち着くモンじゃねぇんだ」  
 ティオから背を向けたまま、ランディがぼそっと言い放ってきた。  
「だから、今日はもう……出てってくんないか?」  
 赤茶色の髪を乱雑に掻き回しながら告げるランディに、ティオは身体を縮める。  
「すいません……」  
 何故、もっと早くに気付けなかったのだろう。  
(イリアさんは気が付いていた……わたしが、恋に恋している状況だった事を)  
 だから、気をつけなさいよと警告してきた。  
(なのにわたしは……!)  
 我が身可愛さで警告を無視して、結果、ランディさんの気持ちを踏みにじって傷つけてしまった。  
「……すいません……」  
 部屋の中にティオの声がぽつりと響く。  
 今はひたすら、自分が情けなかった。  
 過剰に舞い上がって全てを台無しにした挙げ句、教団の大人達に昔やられたのと根底では同じ事を  
やってランディを傷つけてしまった自分が、どうしようもなく嫌だった。  
 
 
 
 

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