彼女はそこにいた。たしかにそこにいた。"キックボクサー"と呼ばれた彼女は自分の居場所を求め、今日も夜の街に降り立つ。  
 
「左ィ! それ以上やったら・・・殺しちゃうッス!!」  
 しかし左はさらに拳を振り上げた。  
「男なんて!!」  
 ぐしゃっと潰れたような、少し湿った音。  
 加賀見は左を背後から羽交い絞めにする。  
「ダメ! 左!」  
 呼吸を荒げた左はようやく血にまみれた拳を下ろした。  
 目の前のさっき狩られた男は鼻を押さえて蹲っている。  
 遠くからサイレンが聞こえてくる。どこか物悲しい、すすり泣くような音を立ててパトカーが近づいてきている。  
「逃げるッスよ、左!」  
 加賀見が袖を引くが左は動こうとしない。ただあの冷たい眼差しで目の前の男を見つめている。男は全身打撲の状態ですでに完全に戦意を失っている。  
 左は嘲るような声で、蔑むように告げた。  
「無様ね」  
 その肩がかすかに揺れていたのは小さな笑い声をかみ殺していたからだろうか? …それとも泣いていたのだろうか?  
 そして二人の少女は手を取り合い、息を弾ませて夜の街を駆けていった。  
 
 
 
 
「あなた…どうしたの?」  
 水面は大きく目を見開き、尋ねた。  
 彼女はキャバ嬢バイトの帰り道、ゲームセンター近くの路地裏で顔見知りに出くわした。高校生にしてすでに、カツアゲで得た金を使いいかがわしい場所に出入りしているほどの不良。少しは腕が立つことで知られている。  
しかしそのとき彼の頬には痣があった。表情からして勝ったとも思えない。普段の肩で風を切るような威勢もなかった。  
「うるせーよ」  
 少年は血の混じった唾を吐く。そして小さく呟く。  
「あの小娘…」  
 その単語は水面に怪訝な思いを抱かせる。とりあえず彼女はポケットからハンカチを取り出した。  
「ちょっと待ってて」  
 そう優しげに告げると、ちょうど見えるところにあった蛇口でハンカチを濡らす。  
「どうしたの」  
 ハンカチを頬にあてがってやりながら尋ねる。  
 しばらく少年は口ごもっていた。しかし水面が頭を撫で、瞳を覗き込んでいると素直に口を割った。根が優しい水面に演技は必要ない。  
 ナンパしようとした少女にやられたのだという。  
「あの女…俺がせっかく…」  
 なおも愚痴る少年を水面はそっと抱きしめてやる。少年が心の底で愛に飢えていることを知っていたからだ。  
 そうしながらも、水面は怪訝な感情を消すことができない。この少年を痛めつけることができる少女などざらにはいない。  
「あんまりやんちゃしたらダメだよ」  
 水面は別れ際、少年の額にキスしてやり忠告する。少年は格好にも似ず小さく頷き、家路に着いた。  
 
 水面もまた、早足に帰りを急ぐ。  
「まさかね」  
 ふとそんな言葉が口を突く。  
 あのいかがわしい夜の街で、あの少年以外の知り合いを見かけた気がしたからだ。  
 ジーンズにキャップというボーイッシュな姿だったが、あれは確かに少女だった。そして隣にいた少女は…。  
 水面はそこまで考えて思考を止める。  
(左ちゃんがあんな場所にいるはずない…)  
 理屈で言えばそのはずなのに、妙な胸騒ぎがする。  
 水面はしばし立ち止まり、眉間に皺を寄せる。どうにも頭の端にひっかかってしまうのだ。  
 そしていつしか、自分が失踪した池田由紀のことを想っていることに気が付いて頭を振った。  
 
 
「ごめんね、加賀見」  
 左は視線を伏せてそう詫びた。  
「そんなことないッスけど…」  
 加賀見はやや当惑気味に答える。  
 そこは加賀見の占い部屋。もうそろそろ叔父さんが迎えに来る時間だったが今日は遅い。  
 左は夕方ごろに覗きにやってきたのだが、叔父さんが来るまでゲームでもしようということになり、二人して近くのゲームセンターに行ったわけだ。  
 そして事件は起こった。ナンパしてきた不良風の少年を左がやっつけてしまったのである。  
「左、手は大丈夫?」  
 加賀見は左の手を取り、その擦りむけた拳頭に視線を注ぐ。  
「いいんだよ、加賀見」  
 左は加賀見の心配そうな顔を見てややあきらめたように言う。少し遠い瞳をして。  
「膝とかあちこち慣れてるから…」  
 加賀見は左の拳を両手でそっと持ち上げ、顔を近づけた。一回しか殴らなかったのだから痛めたのは片方だけのはずだった。  
 彼女はその擦りむけた部分にそっと舌を這わせる。  
(少ししょっぱい…ナミダの味がする)  
 彼女はそんなことを思ったが、あえて口にはしなかった。  
 
 
「おーい」  
 その呼びかけに彼女は紫煙をくゆらせながらソファー越しに振り返った。  
「何さ」  
 彼女は吸いかけのガラムを口から離して応じる。その整った顔立ちと違い、ぞんざいな口調だった。もっともそこは不良少年の溜まり場だったから「ですます調」でしゃべったら余計浮いたかもしれないが。  
「お前って、拳法やってんだろ?」  
 学ラン姿の少年…左をナンパしようとして殴られたあの少年だった…が耳のピアスを光らせて問いかける。  
「だったら?」  
 気のない返事をしてふうっと煙を吐く。  
「お前にシメてもらいたい奴がいるんだよ」  
 やや間があって、少女が甲高い笑い声を上げた。  
「あんたみたいなのが女を用心棒に? 負けたんだ?」  
 その揶揄に少年は顔をしかめた。しかし気を取り直して言葉を続ける。  
「相手は女のキックボクサーなんだが…頼むよ、ミオ。お前だって男に振られてイライラしてんだろ?」  
 ミオ、あのユキにそっくりな少女は能面のような無表情で立ち上がると少年の腕を取る。そして腰をひねるようにして体重をかけ、少年を瞬く間に地面に引きずり倒してしまう。  
 ドン! そんな鈍い音が響いた。彼女のかかとが倒れた少年の顔面のすぐ横に打ち込まれたのだった。八極拳の踏み込みは鋭い。  
「つまらないこと言ってると、次は頭つぶすよ?」  
 調子こそ穏やかだったが、むしろ感情を押し殺したような声。そう、実際このところミオはずっと不機嫌だった。  
 そして由紀に人生を狂わされた、三人目の少女が動き出す。  
 
 
「いいよ?」  
 左は三白眼であっさりそう答えた。  
「どんな人か知らないけど、ずたずたにしてあげる」  
 ゲームセンターでの突然のタイマンの申し入れ。左はあっさりとそれを受け入れた。  
「左、冗談は止めるッス」  
 加賀見はおびえた表情で止めようとする。幸い、その場に申し入れに来たのは先日の不良少年一人だけ。逃げようと思えば逃げられたわけだ。しかし左は聞く耳を持たなかった。  
「加賀見はここで待ってて」  
「そんなこと…」  
 加賀見はこのごろの左の変貌に戸惑っていた。  
 
 思い出すだけで鬱になる。  
 ミオは煙草をアスファルトに投げ捨てて踏みにじる。まるでそれが由紀であるかのように。  
 恋の目覚めは最悪に気持ちが悪い。想いが深ければ深いほど「なぜあんな奴に」という思いがいや増すものである。  
 だれでもいいから傷つけてやりたい気分だった。  
 タンクトップのシャツからはみ出した肩に夜風が快い。路地裏の袋小路に吹き付ける風はぬるかったが、ゆるいミリタリーのズボンの下に汗ばんだ足をすそから滑り込んだ風が撫でる。  
 声が聞こえる。顔を上げるとあの不良少年に連れられた二人の少女がやってきたところだった。  
「一人じゃなかったの? ま、どっちでもいいけどね」  
 ミオは少し小バカにしたようにそう告げた。  
「勘違いしないで」  
 少年の返事を待つまもなくキャップにジーンズの少女がそう答える。  
「加賀見は関係ないから。相手になるのは私ひとり」  
 凛とした声だった。  
「へえ、いい目してるじゃん」  
 ミオは瞳を炯々と光らせてやや満足げな様子を示す。  
「左、止めるッス!」  
 加賀見は左の腕に取りすがった。しかし、左は少年にこう尋ねただけだ。  
「あなたの狙いは私一人でしょ? 加賀見は関係ないからね」  
 左の眼光に気おされたかのように少年が頷く。  
「ひだり!」  
 加賀見はなおも止めようと頑張っている。  
 ミオは「左」という名前に心中で反応した。たしか由紀の話していた幼馴染と同じ名前だ。  
だから彼女は鼻で笑ってこう言った。  
「大丈夫だよ? 何も命までとらない。あたしはイライラしてて喧嘩の相手がほしいだけ」  
 同一人物かどうかなど分からない。しかし八つ当たりの理由としてはそれで十分だった。  
 左はミオのその言葉に小さく呟いた。  
「私のほうが十倍もいらいらしてるんだ」  
 ミオには聞こえなかったけれども…加賀見には聞こえた。加賀見の顔面から血の気が引いていく。  
「ひだ…」  
 その言葉は左には届かない。左は加賀見の腕を振り解くと歩を進めてミオと対峙する。  
「怪我しても、知らないよ?」  
 その声はぞっとするほどに冷たい。左は自分がなぜ、このミオという少女にこんなにも苛立ちを感じるのか自覚していなかった。自分がミオに対して無意識にユキの姿を重ねていると分からないまま、左は拳を上げる。  
 
(空手か何かかな…なんか古風な感じ…)  
 ミオ(澪)の構えを見た左はそんなことを考える。ミオはスタンスを広く取り、ぐっと腰を落とした姿勢で左を待ち受けていた。  
 逆に左はフルコンの経験から、サウスポーでキックボクシングに近い構えを取っている。  
(華奢だな)  
 ミオの腕や肩は細い。しかしその構えは異様に整っている。そのギャップが左に怪訝な感情を抱かせる。ひょっとするとこのミオという少女は型を中心にした実戦向けでない訓練をつんでいるのかもしれない。  
(いいや、試してみよ)  
 左は後足ですばやく地面をける。前に出ている足を滑らせるようにして、ミオの出ているほうの足を蹴る。  
 ローキックを出しやすくするのが狙いだった。前足と前足が近くなれば、当然蹴りやすくなる。  
 左の靴の甲がミオの膝上を弾く。そして飛びずさるようにして、ミオの死角に距離をとる。  
 ミオは軽く前足をスライドさせ、再び左に向き合う。  
(硬い?)  
 確かにそれは小手調べに過ぎなかった。しかしズボンのダボつきの奥、脂肪に包まれつつも引き締まった筋肉を感じた。  
 素人でないことは明らかだった。  
 八極拳は一種の空気椅子のようなやり方で足腰を鍛える。足腰の力を拳に伝えることで強烈な破壊力を生む。しかし左はそのことを知らず、戸惑ってしまう。  
 左とミオはしばし、互いを睨み合いながら静止していた。  
 加賀見は胸騒ぎを覚え、汗ばんだ手のひらで自分の胸元を握り締めている。  
 
 仕掛けたのは左だった。  
 前に出ている拳を2・3度軽く突き出す。  
 フェイントだった。  
 次の瞬間、後足を大きく蹴り出す。ひねりこんだ前足に全体重をかけ、こそぐようにして叩きつける。  
 今度こそ左の脛がミオの腿の外側、肉の薄い場所に打ち込まれる。  
(これで!)  
 決まったと思った。しかし、それは一秒以下の安堵に過ぎなかった。  
 ミオはその瞬間に体を強引に前に押し出し、前の肘を叩きつける。それは体を浮かせていた左のわき腹にめり込んだ。  
「あ!」  
 その踏み込みは体当たりに近い。わき腹と蹴った足を同時に押し出されて、左は刹那、宙に浮く。  
 左の軽い体は後方に吹き飛ぶように転がる。  
「左ィ!!」  
 加賀見が悲鳴を上げて駆け寄り、左のそばに膝を付いた。  
「ぅ…」  
 左はうめき声を上げながら身を起こす。転倒した際に頭をぶつけたせいで、鼻の奥がツンとする感じ。  
「ひだり、ひだり! 大丈夫?!」  
 左をかばうように腕を伸ばす加賀見。しかし左は意に介さない。再び立ち上がって構えをとる。  
「へぇ? 根性あるじゃん」  
 ミオは口調と裏腹に鋭い目をしている。  
「もうやめてぇ!」  
 加賀見は目に涙を浮かべて左の首に抱きつく。しかし左と目が合うとびくりとして腕から力が抜ける。  
 左は加賀見を押しのけるようにする。  
「まだやれる」  
 左の瞳の底にはどこか獣じみた光が宿っている。それは殺意に近かったのかもしれない。  
 
 二人の美しい少女が殺意の視線を交わしている。その凄絶さに元凶の少年は背筋が寒くなる思いがした。  
(ちっ、もう足が…)  
 ミオは内心に毒づいたが顔には出さない。実のところ、左に蹴られた箇所が内出血を起こして膝の自由が奪われつつある。足の踏み込みで力を生む八極拳使いとしては手痛い打撃である。  
長引けば自分のほうが不利なことを察した彼女は勝負に出ることにした。  
 その長い足を生かし、一気に大きく踏み込んでいく。今度は掌を付き出すようにして。  
 しかし左はそれを待っていたのだ。  
 ミオの構え、スタンスを大きく取っている以上蹴りは出しにくい。仮に繰り出すにせよ、動作が大きくなる。だとすれば手の技しかない。先ほどせりあがってきた胃液の残滓を噛み締めながらそんなふうにヤマを張っていたのだ。  
 左はミオの掌を、前の手で下に引っかくようにして捌く。  
 同時にスイッチしてミオの突進をかわす。  
 回し蹴りで頭を狙うことが脳裏をよぎる。しかしそんなことをすれば顔に傷が付くかもしれない。  
 瞬間的な判断で、スイッチで前に出た後足を上げる。  
 そのまま膝を伸ばし、ミオの鳩尾を踏み抜いた。  
「!!!」  
 それは悶絶ものの激痛。ミオは腹を抱えてアスファルトに転がった。加賀見は自分が蹴られたわけでもないのに気分が悪くなり、口元を覆う。  
 左はしばらくの間、苦しむミオを見下ろしていた。しかしすぐに我に変える。  
 身をかがめてミオを抱き起こした。すでに先ほどまでの殺気はなく、本当に心配そうな表情を浮かべている。  
「強いじゃん」  
 ミオはあっけからんとして微笑み、口元に流れた涎をぬぐった。  
「ごめんなさい」  
 ミオはわびる左の額を指先にピンと弾く。  
「お互い様でしょ?」  
「まあ、それはそうだけど…」  
 ミオはユキに負けないほどの満面の笑みを浮かべる。どうやら左のことが気に入ったらしい。  
 だからあえてこう尋ねる。  
「あなた、由紀って知ってる?」  
 左は唐突な言葉に我を失ったらしく、大きく目を見開いて口ごもってしまう。  
 
 
 
 
「こんなところに呼び出して、何の用?」  
 左は怪訝そうな表情で問いかけた。そこは学校の屋上。  
「それにその格好…?」  
 加賀見は剣道の防具を身につけ、竹刀を携えていた。  
加賀見は竹刀の切っ先を左に向ける。  
「左。最近やりすぎッス」  
 その表情が大マジメなので左はつい噴出してしまう。それを見た加賀見が声を荒げる。  
「笑い事じゃないッス! 今みたいなことしてたら、いつかとんでもないことになるッス! …僕と勝負して、負けたらもうケンカを止めるって約束して」  
 左はこのところ、しょっちゅう夜の街でケンカをしている。その荒れようを見るに見かねての行動らしかった。  
「大丈夫だよ、加賀見。私、蹴りには自信があるって知ってるでしょ?」  
 笑って答える左。  
 しかし加賀見は「左は女の子ッス」と呟き、竹刀を構える。  
 
 一応体操着にブルマの左と剣道の防具を身につけた加賀見。左はやる気なさげに肩をすくめる。  
 しかし瞬間、左の笑みが固まった。  
 加賀見の竹刀が左の乳房を弾いたからだ。即座に竹特有の電気に打たれたような衝撃が胸部全体に伝播する。  
「いた…何すんの! かが…」  
 その抗弁むなしく、今度は下段から左の股間を打つ。ちょうど魔女の宅急便のように竹刀に跨った格好になる。  
「ちょ…加賀見?!」  
 加賀見はそのまま摺り足で前に出るようにして、左を背後の壁に押し付ける。そして左を跨がせたまま、竹刀をスライドする。  
「!」  
 左は奇妙な感覚に思わず内股で竹刀を挟み込む。しかし竹刀の律動は止まらない。すりあげては撫で下ろす、まるで生きているかのような動き。それはどこか卑猥でエロティックでさえある。そしてそれはチェロの弓のように優雅に弾かれ続ける。  
奏者・加賀見栖(すみか)は、手ごたえの変化をその手に確かめながら竹刀を繰り続ける。「弦」たる左が潤いを帯び、こなれてきていることは傍目にも明らかだ。巧者加賀見の手の業はイタリアのマエストロ・カサノバにさえ劣りはすまい。  
「か、がみ、ちょ…ンッ! ぅ、かぁ…がみ…?」  
 左は瞳を潤ませて抗おうとするも、それは竹の節が秘部をブルマ越しに引っかくごとに寸断される。  
 
  中国武術には「武器は四肢の延長」という考え方がある。  
  つまり今の左は業師・加賀見栖に秘所を手で鷲づかみにされたに等しい。  
 
「あ、やめぇ…」  
 左の弱々しい声が温かく湿った息とともに搾り出される。その視線は加賀見の肩越しに、青空の一点を凝視しつつ震えていた。  
「これで分かったッスか?」  
 そんな加賀見の言葉に左は小さく首を振る。すくめた肩を不自然に揺らしながら。  
 栖は竹刀の角度を立て、押し付けるようにして摩り下ろす。少しぬめるような感触とともに沈んでいく竹刀。左は眉間に皺を寄せる。  
「ぅ……ぁ…ん……」  
 左の大腿は加賀見の細長い「延長」を咥えこみ、そのむき出しの膝頭は互いに揉み合わされている。  
 
「左? もう、わかったでしょ?」  
 竹刀を股間に挟んだまま脚をもじもじさせている左に加賀見は呟くように諭す。  
「左は女の子なんッスから、ケンカなんて…」  
 そのとき、左の両腕が加賀見の胴にかけられる。  
 え? と驚く間もなく、二人はタイルの上にくず折れるようにして倒れた。  
「加賀見」  
 左はやや頬を上気させながら呼びかける。  
「いったでしょ? 私は男になんか負けないって?」  
 左は後ろから、四つんばいになった加賀見の腰を捕らえる。そして腰の帯びに手をかける。しゅるり、と音がして加賀見の赤い袴(はかま)の紐が垂れる。  
 その意図を察した栖の顔色が変わる。  
「左、止めるッス!!」  
 しかし言葉の甲斐もなく袴は引き下ろされ、白く華奢な尻が露になる。  
「加賀見? 強いんだよ、わたし?」  
 下半身を露出した栖に背後から挑む左。股間に挟んだ竹刀の、前に突き出した柄はさながら屹立した男根のようだった。  
 柄の先、革製の石突が加賀見の陰裂の襞を割る。  
「慣れてるよね、加賀見は?」  
 左の声はどこか冷たい。そしてその表情には暴力的な高揚の兆しさえ窺える。  
「止めてェ!」  
 加賀見は叫んだ。しかし竹刀の柄は肉を割り、貫入を開始する。  
「ぅ!」  
 小さく鋭い悲鳴を飲み込んで加賀見はそれを受け入れる。おそらく、それは相手が左だったからに違いない。  
 左は挿入が深くなりすぎないように注意しつつ、小刻みに腰を振り続けた。加賀見は道着に覆われた背中を震わせながら、歯をかみ締めて陵辱に耐える。こね回すように埋まった柄が栖の秘奥をかき回していた。  
 やがて加賀見の目から涙が零れているのに気が付くと、左はゆっくりと竹刀をはずす。竹刀はふた筋の糸を引いて屋上のタイルに転がった。  
「ごめんね」  
 左は加賀見の恥部に視線を注ぐ。血は出ていなかった。しかし身をかがめてそこを舐める。栖はタイルに腰を下ろし、膝を開いてされるがままになっている。その瞳に映る空はかすかな茜色を帯び始めていた。  
 そして左の空高く突き出されたブルマに染みが浮かんでいたことを見ていたのは空だけだった。  
 
 

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