あれから三年。  
 
 ネオン煌く午前0時。うたた寝をはじめる繁華街に紫煙をたなびかせる乙女。  
水銀灯の光を照り返す漆黒のグラス。眼鏡のレンズの奥の瞳が何を映しているのかは  
知る由もない。ただ、陳腐な娼婦のようなけばだった衣だけが、暗闇の風景に毒々しく  
浮かび上がっている。  
 黒川水面、二十歳。週に一度の水商売。身体に合わなかったアルコールは愛液として  
滴っている。それは剥き出しの秘部からスカートの下に太腿を伝い、靴下に染みを作っていた。  
 
第一話『ヤヌスの黄昏/知性=痴性』  
 
 白墨が黒板に音を立てている。教師の手は血の通った白さで数式を描いた。  
 彼女は束ねた髪をなびかせて振り返り、その白い手でバン!と教卓を打った。  
「はい、コレが今日のお題。微積分は入試でも大事なとこだけど、これは  
その基礎の基礎」  
 生徒の一人の手が上がる。  
「黒川先生」  
 ショートヘアの少女の声は明朗に響く。  
「じゃ、森居さん」  
 水面は苦笑をかみ殺して告げる。  
 ひだりはここ数年で学力が飛躍的に伸び、この小さな進学塾では有数の優等生に  
なっていた。かつての「直弟子」だったし、そのこと自体、水面は嬉しく感じている。  
しかし手放しで喜べない事情があった。   
 ひだりがひたむきに学業に打ち込んだのはある、喪失感を埋めるため。水面は  
そのことを知っていた。  
由紀の失踪。  
 その事件は、有名大学の心理学部に入った水面の生活にも暗い影を落としていた。  
(ひだりちゃん、私のこと知ったら、どんな顔するだろう…)  
 左と向き合うたび、水面の胸に重苦しい感情がのしかかる。  
 教室の静謐は彼女たちの哀しみ。ただ鉛筆と白墨、紙の音だけが耳に届く。  
 溜息を吐いて顔を上げる。その視線にはずっと前から気がついていた。  
 目が合った男子生徒の一人が慌てて横を向く。  
(ふーん…)  
 酷く爛れた、意地悪な感情が水面の子宮に湧き出してきてしまう。  
(ひだりちゃんが、私のこんな面を知ったら…)  
 きっと、また軽蔑するんだろうな…。そんなことを思うにつけ、被虐的な快感が  
彼女の唇を微かに歪める。  
「水面先生、できましたよ」  
 ひだりの、まっすぐな眼差し。水面は仮面の微笑で応えた。  
 
 ライトを煌かせて通り過ぎる自動車の群れ。その排ガスのにおいに混じり、  
安っぽい料理の少しくどい香りが鼻を突く。  
 陳腐な毛皮風のコートに身を包み、水面は裏路地に滑り込む。  
 コンクリートの壁に背を任せ、ポケットから取り出したマルボロ。赤い箱を爪で引っ掛けて  
こじ開け、紙巻を一本取り出す。薄い口紅の膜に咥えて、百円ライターで火を点けた。  
濃い煙を肺の奥に吸い込み、口をすぼめて思い切り噴出した。  
 コンクリートの壁に囲まれた細長い空には千切れた月が顔を出している。  
(二重生活よね、こんなのって)  
 水面は心中に呟く。  
 塾の生徒たちには「インテリ美女」「真面目先生」の定評がある。きっと、煙草を  
吸う水面の姿など想像だにできないだろう。ひだりは水面の喫煙に気がついている  
らしかったが、それとて深夜の副業のことまでは知らないに違いなかった。  
 小遣い稼ぎなら塾講師のバイトだけで十分だった。  
 昨日のこの時間、塾で微分法の基礎を講じていた。地味な服と薄っぺらな笑顔で自分を  
塗り固めて。  
「クス」  
 湧き上がってきた暗い愉悦が音になってこぼれる。  
(池田もこんな気持ちだったのかな…)  
 水面は由紀が女装にのめりこんでいった理由が、最近ようやくわかった気がしていた。  
 逃れられない日常と定められたアイデンティティ。その圧迫感からの開放感、カタルシス。  
店に入る前の煙草は開放のための儀式になっている。  
 そして紙巻の火が落ちる。  
(よし、行くか)  
 水面は両手で膝をはたき、ポケット灰皿に吸殻を押し込んだ。  
 彼女の勤める店はその路地の少し奥にある。この仕事に手を染めた理由は、由紀の  
捜索のためにアングラの情報が欲しかったこと。二重生活に酔い痴れたとて、その目的は  
忘れていない。  
 華美な衣装は彼女なりの「武装」。  
 水面はネオンサインのゲートをくぐり、地下へと続く階段を下りていった。  
 
 ゲームセンターからの帰り、そこは近道に入り込んだ裏道。  
 少年は思わず目を見開いた。  
「黒川、先生…?」  
 目の前の女は確かに黒川水面だった。  
「!」  
 水面は一瞬、強張った驚きの表情を浮かべる。副業の帰りに生徒に出くわすなど、  
完全な想定外だったからだ。  
「どうして…」  
 少年もまた、同程度に面食らっているらしく、口をパクパクさせている。  
恋慕する黒川先生の、普段のイメージとかけ離れた姿は十二分にショックだったらしい。  
授業中に憧れの視線を送っていた、あの少年だった。  
「先生って、あの、え…」  
 水面は酔いの廻った頭で素早く思案を巡らせる。副業が表ざたになるのはまずい。  
ではこの少年の口を封じる方法は?  
 彼女は少年に歩み寄ると、口早にこう告げた。  
「アイ・ヘイト・トーカティブ・ボーイ(おしゃべりな男は大嫌い)」  
 たぶん、それで伝わっただろうと思う。少年の英語の成績はけっして悪くはない。  
 自分のペースに引き込むこと。相手に主導権を握らせてはダメだ、と水面は思う。  
 彼女は少年の首に腕を巻きつけ、唇を強く押し付ける。  
「うっ…!」  
 水面は少年のうめき声を飲み込むかのように喉を鳴らす。そしてゆっくりと舌を  
忍び込ませる。突然の出来事に、彼女の腕の中の少年は震えてさえいた。  
(かわいいじゃない、コイツ…)  
 水面は少年の思考力を奪おうとでもするかのように、口内の唾液を吸った。そして  
溢れた液体が顎を伝っていく。少年は身を硬直させ、陶酔に身を任せているふうだった。  
彼の目は虚ろで、ほんの数センチ先の水面の瞳にすがるような眼差しを送っている。  
 そしてコートの奥、彼女のもう一つの唇からも、垂れ流されるよだれは太腿に幾筋  
かの線をひいていた。  
 
 水面はふいに唇を離した。そして耳元に囁く。  
「ユア・オーガン・イレクティッド?(勃っちゃった?)」  
 彼女の膝は少年の両足を割り、柔らかい太腿がズボンの根元に押し付けられている。  
布越しに水面の柔らかい肉が、少年の充血した部分を擦り上げ、もてあそぶ。  
「せんせ、だ、だめ…」  
 水面は少年の耳を甘噛みし、行為を止めようとはしない。少年は水面の腰に腕を廻し、  
しがみつく。間接的とはいえ、その柔らかい感覚はごまかしようもない。  
少年はもはや白痴と化していた。  
「あ…」  
 水面は布越しに、震える陰茎を感じる。  
(射精ったのね…)  
 水面は自分の秘部もまた、少年の膝で摩擦しながら感慨にふける。  
 ややあって少年は泣き出してしまう。  
「ひとにいわないで…」  
 彼はそう哀願する。  
 言うはずもない。それこそが水面の目論見なのだから。  
 ちょうど自分を弄んだ、あのころの由紀と同じ年頃の少年。それを遊んでやった。  
その充実感に水面は満足する。彼女はやさしくその背中をさすってやった。  
 
第二話『焦らすということ』  
 
 灯りを落とした部屋。水面はネグリジュのままにパソコンの前に腰掛けていた。  
青い画面には一枚の写真。ポーズを決めた高校生くらいの少女の姿。  
 ユキ。  
 この写真を見つけたのはもう二ヶ月も前。さるネット上の掲示板に貼り付けて  
あったものを拾ってきたのだ。この一枚の写真が、今のところの唯一の手がかり。  
本物のユキかどうかも疑わしかったし、本人がアップしたとも限らない。  
しかし…水面はそれにすがる他なかった。  
 一週間ほど前、ついにその掲示板サイトにトロイを送り込むことに成功した。トロイ、  
つまりは一種のスパイウェアだ。それをこっそり仕掛ければ、サーバの情報を盗み見る  
ことが出来る。  
 別にハッカーというほどの仰々しいものではない、と水面は思っている。無償で手に  
入れたフリーウェアなのだし。そして何より、彼女には愛のためなら全ては許される。  
 結論から言って、水面はすでにその写真に関する決定的な手がかりを得ている。  
掲示板から得た、投稿者の情報を得、その投稿者のコンピュータ(おそらくはパソコン)  
にトロイを潜入させる。そしてそのパソコンのアクセスしたサイトの情報を手に入れ、  
その写真が流れてきた源流を探ればいい。  
 ネットアイドル・ユキの部屋。  
 それがその写真の出所だった。  
 彼女はさらに調査事務所に依頼し、その「ユキの部屋」のサーバ位置を特定しよう  
としていた。しかし調査結果はまだ来ない。  
(もどかしい…)  
 水面は秘所を指先でなぞってみる。さっきからそうしているのに、いっこうに  
濡れない。興奮で喉が渇くのと同じなのかもしれない。弄っても弄っても、一滴の  
愛液さえ染み出さないのだ。  
 快感さえもが乾いているようだった。  
(もしも電子だったら…)  
 すぐにでも会いにいけるのに…。  
 切なかったから、ベッドに横たわり足を開く。少し、涼しい。  
 そして涙が止まらなかった。  
 
 薄暗い夜の倉庫。人気のないはずの場所に小さな泣くような悲鳴が聞こえる。  
「せ、んせい、も、うぅッ!」  
 少年の男の子の部分が水面の手の中に打ち震える。緩やかに噴出した白い液体は  
コンクリート塀にかかった。水面は少年の後ろに立ち、抱きすくめるようにして  
急所を握っている。少年はブロックに肘を突き、辛うじて体重を支えていた。  
 二度目の射精だ。  
 しかし水面は優しげに、労わるかのように愛撫を止めようとはしない。  
その乳房を背中に柔らかく押し付け、柔らかい肉でなぜ廻している。  
「元気ね…もう一回いこうか?」  
 彼女は少年の耳に息を吹きかけ、囁く。  
「う、nn…」  
 その痴呆性の生返事に苦笑しつつ、水面は一端身体を離す。そしてパンツを脱いだ。  
すでに愛液にまみれ、ぐしょ濡れになった下着は速やかに軟化した少年にあてがわれる。  
「まだ、いける?」  
 水面はあくまでも優しく囁く。  
「見せて? 見たいの、あなたの…ところ」  
 穏やかな励ましにあわせて、彼女の指は蠢き続ける。水面の液体で浸された白い布が  
柔らかくなった少年をもみくちゃにしてしまうから…固くなることも出来ずに、もはや  
透き通った液を吐くばかり。  
 がっくりと膝をついてしまう少年。  
 水面はそっと少年を仰向けにし、口を近づけた。  
「まだ、だよ? こんなの…た内に入らないの…」  
 彼は抗いえず、恐れと懇願の混じった目で水面の横顔を見ていた。  
 
 水面の言葉は嘘ではなかった。  
 普通の女性なら、相手が果てればそれ以上執拗に攻めることはしないのかもしれない。  
しかし彼女は知っていた。「その先」があることを。「擬似レズ」経験者は伊達じゃない。  
かつてユキを何度も昇天させた水面。その指と舌には魔性の力が宿っている。  
「ウソりゃ!?」  
 そう叫んだ少年が何を感じたかなど、我々には知る由もない。  
 もはや彼には一滴の精液も残っていない。繰り返し弱弱しい「空砲」を打ちながら、  
水面の口内に射精という形での発散ができない。そして下腹部に鬱積した快楽は逆流し、  
心身を破壊していく。  
(壊れちゃいなさい? 私の中で…)  
 水面に組み伏せられた体が跳ね上がる。  
 彼はどうも腹筋をはじめとする全身の筋肉が引き攣っていってしまっているようだった、  
としか書きようがない。あとは臨死の半死体における痙攣のようにピクピク震えていた。  
 たぶん、それは知らない方がいい感覚なのだろう。なぜなら、男性の神経で耐え切れる  
ような快楽ではないのだろうからだ。それはかつて、由紀を半ば発狂に違い慢性的な痴呆  
に陥れた「劇薬」である。  
 文字通りに少年の魂を葬ってしまうと、水面はゆっくり立ちあがる。  
 彼女の厚手のスカートにはいくつかの小さな染みが浮き出していた。  
 
 水面は両手で少年の顔を挟む。すでにどろどろになったきついスカートの中へ、  
導いていく。まるでセックスの最中の最奥のようにしとど濡れた太腿に挟まれながら、  
亀頭になったかのように滑り込む少年。  
 顔が秘部に押し付けられる。力ない少年は半身を起こすことさえ苦しそうだった。  
にゅるんと頭が抜けそうになるのを水面は両手で持ち上げる。股間をせり出すようにして、  
朦朧とした少年を窒息させようとする。  
 いつかの熊のぬいぐるみのように。  
「焦らさないでよ」  
 水面は足りるはずもない半端な快楽を貪りながら、思い出の中のユキにそう呟いた。  
 
第三話『乃木、参戦』  
 
<わたしだけど、水面。東子、今暇?>  
 携帯から水面の声が聞こえてくる。  
「ゃ、ばい、よぅ」  
<何? どうしたの、東子?>  
「ぁとに、ぅ…して…」  
 辛うじてそう答える。東子の耳元に携帯を支える手は自分のものではない。彼女の  
両腕は露わになった乳房を覆い、自分の肩を抱きかかえるためにふさがっている。  
 上に乗った児玉が笑いをこらえながら、彼女に無理な電話を強いているのだ。  
<うん、わかったけど…「誰」?>  
 状況を察した水面が電話の向こうから尋ねる。  
「僕だよ。児玉。」  
 児玉が身を揺すりながら、受話器を自分の耳に当てて答えた。  
<あんたねえ!>  
「そばらくそのままで待ってなよ」  
 児玉は携帯をベッド上、東子の枕元においた。そして彼女を両腕抱きすくめて、  
ゆっくりと腰を引く。引き出されたモノのエラが東子の内襞を逆撫でていく。  
「ちょ、っと、電話切って」  
「いいじゃん」  
 じっとりと「進入」に転ずる児玉  
「待って、ちょっつ! とぉぉ」  
 焦った東子が喘ぐような声で抗議する。それは携帯を通して水面にも丸聞こえだった。  
「やめてよ…」  
「へえ? もう、おひらきにする?」  
 東子は言葉に詰まる。児玉の胸の下、自分の肩を抱く指に力がこもった。  
 児玉は「ふっ」と笑うと素早く数回、立て続けに肉音を立てる。  
   
「!!」  
 東子は歯を食いしばって、声をかみ殺す。その潤んだ瞳が訴えるかのように揺れている。  
「東子、すごくいい顔してるよ。見せてあげられないのが残念だよ!」  
 児玉は枕元の携帯に、やや興奮気味に告げた。  
「やめて、恥ずかしい…」  
 やっとのことで言葉をつなぐ東子。一筋の涙がこめかみに流れた。  
その足はそれ以上の反復を防ぐため、児玉の腰に巻きついていた。そのため結果的に  
挿入が深くなってしまう。  
「ほんとに、すごくかわいい顔…。くしゃくしゃだよ?」  
 東子は両手で顔を覆った。  
「切ってよ!」  
 彼女の叫びに児玉は「振動」で応える。  
「あ! ぃぁ! !!!!!」  
 東子は枕の上、耐えかねるかのように首を振る。何とか歯を噛みしめて声を出さない  
ようにしているもののものの、鼻からの息は荒くなっていた。  
「ぉねがぃゃぁめてょぅ」  
 鼻にかかった声で抗うものの、力の入らなくなった足は児玉の動きを止めることができ  
ない。激しいピストンが再開された。  
 濡れた肉の打撃音が立て続けに響き渡る。  
 東子は児玉に抱きつき、その肩に顎を押し当てて耐えていた。彼女の力の篭った顎から流れた  
涎が児玉の胸にまで流れていく。  
 ベッドの軋む音がリズミカルに聞こえる。  
 やがて児玉の背に廻されていた東子の腕がパタリとベッド上に落ちた。その身体は  
完全に弛緩しきってしまい、グッタリとしている。  
<どう? 音しなくなったけど、終わった?>  
 携帯からの呆れたような水面の声。児玉は苦笑し、その受話器を東子の口元にあてがう。  
<東子?>  
「はぃ」  
 東子は視線をさまよわせながら答えた。  
<…達しちゃったとか?>  
「ぅん…キちゃった…おなか、あつい、じんじん、する…」  
 東子は自分が何をしゃべっているのか理解していないようだった。  
 
「まだじんじんするとか?」  
 コーヒーカップを置いた水面はわざと冷やかすように言った。  
 東子は目を逸らし、わざとらしくカルピスウォーターを吸う。  
「怒った?」  
「別に」  
 東子は触れられたくない話題をなんとかスルーしようとわざと表情を殺している。  
「で、何?」  
「何って?」  
 急に本題を振られ、ボケをかます水面。  
「わざわざ呼び出すなんて、私に用があるんでしょう?」  
 東子はやや声を荒げる。水面は少し黙ってから、一枚の写真を取り出した。  
「人探し。手伝ってくれないかな、と思って」  
 それはあの、ユキの写真。  
 東子は写真と水面の顔を交互に見て、口を開いた。  
「調査所にでも頼めば?」  
 水面は頭を振った。調査所に依頼した調査は暗礁に乗り上げてしまっている。  
「ダメだった…」  
 東子は席を立つ。  
「待って!」  
 水面は東子の手をとり、小さく叫ぶ。東子は困ったように頭を掻いた。  
「水面もさ、もう忘れなよ。ほかにも男なんて…」  
 気まずい沈黙が流れる。  
 やがて水面が呟いた。  
「…忘れられるわけないよ」  
 彼女は東子の手をとった指に力をこめた。  
「羨ましいんだ、東子が…」  
 
第四話『もう一人の探索者』  
 
 カーテンを引いた黄昏の部屋。茅は椅子に腰掛け、ふうっと溜息を吐いた。  
 原因は高槻の「ユキ依存症」の再発。ユキの失踪後、茅に愛欲の吐け口を求め、彼女  
はそれに応えてきた。うまくいっていたはずだったのに、この間…茅を抱きながら、彼は  
「ユキ、ユキ」とうめいたのだ。  
 問い詰めてみたところ、なんでもネット上のサイトで、ユキの写真を見つけたのだ  
という。  
 茅は正直、嫉妬に気が狂いそうになった。自分でも信じられないくらいに。それでも  
泣くことだけは我慢した。「面倒な女」と思われて捨てられるのでないか、という恐怖  
が彼女を従順にさせる。愚痴も堪えたのだけれど…  
 それでも胸のもやもやは収まりはしない。  
 茅はそっと引き出しを開け、細い蝋燭を取り出した。クリスマスのケーキに刺すような、  
小さくてカラフルなもの。実際それは、数ヶ月前に高槻と過ごした聖夜の思い出にとって  
おいたもの。彼女はそれを机上にあったミニチュアの銀の燭台にセットした。  
 あの日の晩だけに使ったライターで火を灯す。  
 そのオレンジの炎はゆらゆらと揺れる。ずっと古い時代から、恋人たちの晩を照らし  
出してきたともし火は薄暗がりの部屋に踊る影を描き出す。  
「きーよしーこのよるーほーしはーひーかりー…」  
 一緒に唄った歌を小さな擦れた声で口ずさんだが、二小節もいかないうちにそれはすすり泣き  
に変わってしまった。ともし火にあわせてゆらゆらと揺れる影は一つしかない。  
「あの女さえいなければ…」  
 茅は似つかわしくもない毒づいた独り言を口走る。  
 ひどい表情だった。あの最初の晩、勇気を振り絞って「かわいがってください」と  
叫び、高槻の胸に飛び込んでいったときとはうって変わった顔。彼女の眉間には皺が寄り、  
こめかみがピクピク震えている。塩辛い涙に塗れた頬と鼻。その目にはほとんど邪悪さ  
さえ覗える。  
 茅は本当は知っていた。そんな自分の、どうしようもない反面を。ユキが失踪したときも、  
本当は嬉しかった。憔悴した高槻を励ますフリをして、既成事実を作ったズルイ女。  
由紀が精神病院に入った、との噂を耳にしたときはザマアミロ、と思った。本当はそんな風に  
思ってはいけないはずなのに…  
 
 茅は激しく頭を振る。ふと見れば揺らめく炎の縁に、一滴の溶けた蝋の玉が膨らんでいる。  
 彼女は衝動的に、ミニチュアの燭台に手を伸ばしていた。  
 スカートをまくり、二年前よりも柔らかくなった白い腿をあらわにする。茅は迷わず、蝋燭  
をその上に傾げた。程なくして溶けた蝋の玉が、ポタリと滴る。  
「ウっ!」  
 熱い! 熱いよ! わたるぅ…。茅は心の中で叫ぶ。  
 そうしている間にも、雫が肌を打つ。  
「うぅッ、ぅうあはぁ! ぅぅぁ、アっ!」  
 ぽた、ぽた、ぽた…  
「ぎひッ、!っ!!」  
 溶けたろうが肌を伝い、下着の縁をゆっくりと伝いながら固まっていく。  
 茅は自分の股間を覆う白い布が、染み出した体液に濡れていることを認めざるを  
得なかった。彼女は一瞬の躊躇いの後、そこに的をあわせた。  
 ぽたり。  
「く! うぅ!」  
 そのとき茅の脳裏には、亘の顔。彼女は想像していた。亘がそれをしているのだ、と。  
 いつかのユキの言葉が脳裏をよぎる。  
 
『茅ちゃんって、いじられるの好きそう』  
『どういう意味ですか? それ』  
『マゾってこと』  
 
「ううぅぅぅ」  
 熱いよ、わたるうぅぅ…  
 
 毎朝の日課である走りこみの最中、亘は自分の目を疑った。  
「ユキ、ちゃん…?」  
 朝霧の中、公園でブランコに揺れる乙女。  
「ユキちゃん!」  
 思わず走りよるが、彼女は亘に気がつくとブランコから立ち上がり、走り出す。  
「ユキちゃん、ユキちゃん…」  
 妄執に駆られ、追う亘。しかし見失ってしまう。  
「ユキちゃん…」  
 血走った目であたりを見回す亘。  
 その視界に再び現れるユキ。  
 今度はさっきとはうって変わり…両手を差し伸べて彼を待っている!  
 駆け寄った亘はユキを思い切り抱きしめた。  
「ユキちゃん、今までどこにいたの…!」  
 荒い息をつきながら問い掛ける亘。しかしその答えは彼の意表をついていた。  
「こっちが聞きたいわ」  
 その声はユキのものではなかった。はっとして身を離し、ユキと思われた女の顔を  
覗き込む。彼女は亘の両肩をつかみ、押しやるようにして言葉を続けた。  
「ユキなんて、何処にもいない。あなたが執着してるのは幻」  
 水面はそういい終えると、かつらをとって亘をぐっとにらみつけた。  
 愕然とし、声も出ない亘。だが水面は身を翻して歩き出す。  
 彼女は足を止めたままの亘に振り返って告げた。  
「ついて来て。あなたのお姫様が、あなたを待ってる」  
 水面はかすかに鼻で笑い、再び歩を進めた。そのあとに千鳥足の亘が続く。彼は  
ユキの幻という「餌」に見事食いついたのである。  
 昨晩、茅が水面に泣きついてきた。その魂の叫びが、水面の暗黒面を呼び覚ました  
のだった。  
 
 パン!パン!パン!  
 鮮やかな肉音が部屋の中に響き渡る。  
 茅伸子は全裸でベッド上に四つん這いになり、頬を紅潮させて耐えていた。  
その目にはアイマスク。両手首はハンカチーフで結び合わされている。  
 その腰を捕らえているのは水面だ。空いている方の手を高く振り上げ、  
打ち下ろす。  
 パン!!  
「ひッ!」  
 ひときわ高い音が響き、茅は身をくねらせた。  
 網タイツを装備した水面が、部屋の隅で蹲っている高槻にあざけるように  
告げる。  
「あなたもう、伸子ちゃんのこといらないんでしょ? だったら私が  
もらっちゃっても文句ないわよね?」  
 水面の指は茅のお尻を鷲掴みにし、握りほぐしていく。  
 その人差し指が茅の秘所に進入し始めたとき、茅は「ぁ」と声を漏らし  
た。すでに滑った涎を垂れ流しにしていたそこは、指をとどめる術もない。  
「あ、ぅ、ひゃぁぁぅ、ぁ、あ…」  
 くねりつつ抉り込まれた指はすっぽりと茅の中に収まってしまう。  
「う、あ…」  
 うめく茅の口からは湿った息とともに涎が流れていた。  
「あぁぁぁや! やぁあ…ぁ、だぁめ……そッんなされぇたぁらぁぁ…」  
 折り曲げられた人差し指は肉腔を押し広げ、親指は陰核を弄っている。  
水面の手はすでに茅の愛液にまみれ、ぐしょぐしょだった。  
「はぁ! ひゃああぁぁんぅ…」  
 切なげに身をくねらせる茅。その汗ばんだ額は布団を掻いていた。  
しかし水面は茅の尾てい骨のあたりを舌先で舐め、挿しいれた指で襞の  
一番繊細な部分を擦りあげる。  
「高槻くぅん…」  
 茅が唐突な声をあげる。軽い錯乱で相手が高槻だと思っている様子だ。  
 
「そうよ、伸子ちゃん。高槻君のプレゼント」  
 水面は腰から手を離し、傍らの蝋燭に手を伸ばした。驚愕の表情の高槻  
をひと睨みで制し、彼女は蝋燭をかたげる。  
 ぽたり。  
 赤い雫が白い背を打つと、ぐったりと横たわった茅の体が跳ねた。  
 ぽた、ぽた……。  
「うぅん! ぐ! あ!」  
 水面は蝋燭を吹き消すと、それを茅の後門にあてがった。  
そして彼女の耳元に囁く。  
「いい?」  
「ィい、いいょ、わたるだったら何されてもぃいぃぃぃいいいい!!!」  
 言い終わらないうちに貫入を開始する赤い棒。すでにかなり弛緩してしまって  
いたその筋肉はあっさりと闖入を受け入れていく。  
「おぁおおおぁッ!!!」  
 茅は普段の姿からは想像もできないような獣じみた声をあげる。  
 その光景は亘の目を釘付けにする。彼が知っていたはずの、控えめに喘ぐ茅とは  
まるで別人のようだった。  
 水面はその目に邪悪な光を湛え、刺さった蝋燭に再び火を点す。  
「あ、ああ、ついよおお、わたるぅ!!」  
 水面はその腰を再び捕らえ、今度は二本の指をねじり込んだ。  
 食い入るように見入っている高槻。水面は彼に意地悪な笑みを浮かべ、  
茅の体内を激しくかき混ぜた。  
「ひょぁお…ぅんん…」  
 その水音は末期の鮎の喘ぎにも似ていた。  
 水面の手が激しく振るえるたびに、噴出した飛沫がシーツに染みを作って  
いく。その太ももの肉が振動にあわせて振るえ、溢れた雫が揺れながら伝い  
落ちていく。  
「あああぅあぅああひぃああああぅあぁあああぁああああ!!!!!!」  
 茅は無意識に涙声で声を振り絞っていた。  
 泣き叫びながら握り締めたシーツは彼女の手のひらに汗ばんでいく。  
赤くなった首筋から鎖骨を伝った汗が流れ、腰に廻された水面の腕にも  
ぬれた感覚がはっきりとわかる。  
「はゃッあぁっぁぁっぁぁっ!」  
 彼女はシーツにしがみつき、敷布団を胸に抱きしめる。水面ががっしりと  
捕らえた腰だけを突き上げて。  
「あやぁぁ、う、や、んぁ…」  
 自らの叫びにむせる茅。高槻は目を見開いて身を強張らせていた。  
「し、死んりゃいはすぅ!」  
 水面は暗い笑みを浮かべ、そっけなく答えた。  
「死んじゃえば?」  
 彼女は茅の尻に口をつけ、歯を立てた。  
「きぃぃひぃ?!」  
 唐突な痛みと強烈な快楽。茅の視界がぐらりと揺れた。両極端な感覚の乖離。  
 茅は大きく口を開け、そのまま意識を失ってしまった。  
 指を抜くと、開きっぱなしになった桜色の秘部から白く泡立った愛液が溢れ出し、  
シーツを浸していく。  
 水面はぐしょ濡れになった手を高槻に向かって振った。その茅の飛沫は亘の  
頬を汚した。  
 
「どうする?」  
 水面は亘に悪戯っぽく尋ねた。  
 亘はふらふらと立ち上がった。それは意識以前の行動であったに違いない。  
彼は荒っぽく、震える手で服を脱ぎ捨ててベッドに近づいていく。  
 
 第五話『ユキの影』  
 
 水面に後ろから抱かれた茅はぐったりとしている。紅潮した薄い胸が呼吸に  
合わせて動いている。水面がその手を結ぶハンカチをとると、茅の腕は力なく  
垂れ下がった。アイマスクをとられても視線を宙にさまよわせるばかりで、  
その視覚がもはや機能していないことを暗示している。  
 事実、茅は淡いピンク色の霧の中に浮いているな感覚に襲われていた。  
布団の感覚がなかったし、風景も見えてはいなかった。ただ柔らかい桃色の  
天の川の中に浮かんでいるかのようで、全身の肌に甘い感覚が広がっている。  
それでも彼女は近づいてくる高槻の存在だけは、ある種の第六感で嗅ぎ取った。  
「たかつきくぅん…」  
 甘えるような声が漏れる。  
 高槻は茅を見下ろしていた。そして覆いかぶさろうとする。しかしそのとき、  
水面が鋭く制する。  
「跪きなさい!」  
 高槻はびくりとして立ち止まった。怒張したものは破裂しそうなくらいになって  
いたが、それでも抗い得ないほどの剣幕だったのだ。  
 水面は高槻を刺すような視線で睨みつけていた。  
「もしこの子を愛してるなら…本当に…ったら…」  
 彼女はその言葉を最後まで告げることができない。水面は泣いていた。その  
赤くなった眼には、捨てられた女の狂おしい情念が篭っている。  
 高槻は抗いがたい力に跪き、茅の秘所に舌を伸ばす。思えば、そんなことを  
するのは初めてだった。  
 
「嘘…だろ?」  
 高槻は驚きの声を上げた。ぐったりとしたままの茅は高槻の腕に支えられて彼を  
跨いでいる。その頬を高槻の肩に任せ、フライパンの上で溶けるバターのような姿  
を晒していた。  
 茅の中は驚くほどに柔らかかった。単に事前に水面の指でほぐされたというだけ  
では説明のしようがないほどに。緩く熱いものがねっとりと絡みついてくるようだ  
った。抵抗がないばかりか、むしろ高槻を引き込もうとでもするかのように、ゆっ  
くりと奥へ向かってうごめいている襞。  
 先端が開いた子宮口にめり込んでいるのを感じながら、高槻は「信子」と囁いて  
みる。  
 彼女は何の言葉も発しはしない。その喉からはうめくようなか細い音が流れ出て  
いる。目に見える反応はなかったが、彼女が強烈な快感にまみれていることは明白  
で、酒に酔ったように全身が熱を帯びている。それは驚くほどの熱さだった。  
その汗ばんだ背中を回した手で撫でると、どこか普段よりも柔らかい。  
「まさか、薬でも…」  
 高槻は横目で傍らの水面を見た。しかし水面は鼻で笑って答えた。  
「愛以上の媚薬なんてあるわけない」  
 その目には一抹の寂しさが篭っている。水面は自分自身のことを自嘲していたの  
かもしれない。しかし高槻に考えている余裕はなかった。茅の中のものが暴発した  
からだ。  
 その瞬間、茅の体内が蠢き、彼の体液を吸い上げる。一滴も逃すまいとするかの  
ように。彼は自分の漏らしたものが茅の最奥にまで流れていった事を認めざるを得  
ない。  
 茅と目が合う。彼女は焦点の合わない目で幸せそうな表情を浮かべていた。  
 
エピローグ 
 
 由紀は真剣な目でシャッターを切った。そのレンズの先にはユキにそっくりな少女  
が佇んでいる。  
「ねえ」  
「何?」  
「今朝、公園で変な人に追いかけられてさ。ユキ、ユキって。ひょっとして、由紀の  
知り合いなんじゃない?」  
 実のところ、高槻が最初に公園で見かけ、追いかけたのは彼女だったのだ。  
 へえ、と由紀は頭をかく。ユキそっくりの少女が少し眉間にしわを寄せる。  
「やっぱり、良くないと思うよ? 前に話してくれた左ちゃんのことだって…」  
 彼はその説教に視線をそらす。  
「俺は結城ちゃんさえいてくれたら、それでいい」  
 その言葉に結城ミオ(澪)はため息を吐いた。  
「私、女神様じゃないよ?」  
「そう思いたいんだ」  
 由紀は反論を封じるかのように強い調子で言うと、ミオの手を引いて歩き出していた。  
 
                                <一部完>  
 

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