「あぁ・・お姉さまぁ・・」
薄暗いダンジョンの奥、シルクの如き真っ白な肌の美女と、ベルベッドの如き漆黒のローブに身を包んだ少女が身を寄せ合っていた。
白い美女の膝に黒い少女は飼い猫のようにその愛らしい顔を乗せて、安らかな微笑を浮かべている。
ステキなレディの巧みな愛撫の前にはらぐろおとめは完全に虜にされてしまい、
今ではすっかり懐いてしまったようである。
「ふふ、かわいい子・・」
自らに懐くおとめの頭を優しく撫でながら、レディはこの子を愛おしく思い始めた。
しかし、この後魔王を捕らえてきた我が主『カズヲ』が戻ってきたら、この子はどうなるのかとふと思った。
そう思えば、錬金術師たちによる精密研魔用粒子の洗礼を受けるまでは馴染みの深かった闇も、
今では自分という存在を拒否しているようにさえ思える。
目の前に広がるのは以前のように自己を包む暗色の揺り籠ではなく、ただただ自分の視界を奪う漆黒のカーテンだ。
カズヲの従者となった今も十分幸せであるが、
レディは『表』の者になって失ったものの多さに少なからず悲しみを覚えた。
思わずおとめを抱く腕に力がこもる。
「キャハハ!こんなとこにあの勇者の仲間がいるー!」
不意に2人のあいだを裂くけたたましい笑い声。
2人の視線の先には、別のはらぐろおとめがこちらを指差し騒ぎ立てている。
レディの膝元にすりよっているおとめに比べて、やや釣り目がちの挑戦的な顔をしたはらぐろおとめだ。
と、レディの傍になぜか自分たちの仲間がいるのを見て、新しく現れたおとめはギョッと目を見開いた。
「ちょっと、『シロ』! あなたなんでそいつの傍にいるのさ!?」
びくっと身を縮めてレディに寄るおとめ(この子は皆に『シロ』と呼ばれているらしい)
そうである。本来、闇の住人である『はらぐろおとめ』が
外の世界の住人となった『ステキなレディ』と仲良くしていることは常識的に考えてあり得ないことなのである。
それゆえ敵であるステキなレディの傍にいるこのシロは、他の仲間たちにとって批難の対象となってしまう。
「ご、ごめんね『クロ』。わたしこの人の傍にいたいの・・」
シロは申し訳なさそうに仲間に視線を漂わせる。
しかし、『クロ』と呼ばれたはらぐろおとめは納得できるはずもなく、さも不快そうに眉をひそめた。
「そんなこと許されるわけないジャン! シロ!あなた、あたし達を裏切るってゆーのね!」
「えっ!? ち、違う。そんなんじゃ・・」
「ねー、『ガチ姉』! ここに勇者の手下と裏切り者がいるよー!」
クロが闇の奥に向かって叫ぶ。
「どうした、敵か?」
奥の通路から、ぬっと一体のはらぐろおとめを引き連れて何者かが現れた。
一見するとリリスのように見えるが、その肌は浅黒く、どちらかというと筋肉質な体型は
華奢なリリスのイメージとはどうしても食い違っている。
派手な自己主張をするように染め上げられた金髪に、やや悪趣味な明水色の服。
それは、リリス種のレアモンスター『ガチリリス』である。
「んで、どうしたクロ?」
『ガチ姉』と呼ばれたガチリリスは、ゆっくりとした動作でクロの側に来ると、片手につかんでいるガジガジムシを丸かじりにした。
その姿はおおよそ『可愛らしい』というリリス種の持つ一般的イメージとはまるでかけ離れた印象を受ける。
リリスのなかでも、特にたくさんの養分をため込んだリリスから生まれた彼女は、
魔分なんかで生まれたそこらのナヨナヨした仲間どもと一緒にするな、
とでも言っているような風格さえ漂っている。
「あいつだよ。あの勇者が召喚したヤツ!」
「たしか『キレイなレディ』ってゆうんだっけ? さっきの勇者が召喚したやつ」
ガチ姉の側に付いてきたもう1人のおとめが小首をかしげながらおっとりとつぶやいた。
(正確には『キレイな』ではなく『ステキな』レディですけどね・・)
おっとりした方のはらぐろおとめの微妙な間違えに内心むっとしたが、レディは口を挟まないようにした。
そんなことよりも急に相手が3体に増えたこの窮地をどう切り抜けようかとレディは考えを巡らせていた。
「・・・ん? おい、あいつシロじゃん!? どうしてシロがあんなヤツの隣にいるんだ?」
レディの側にいるシロに気がついたガチ姉が怪訝そうな顔をする。
「シロのやつ、あたし達を裏切ったんだよ!」
怒りを込めて、クロが告げ口をする。
「んー、シロもあーゆーのが好みなんて変わってるねー」
その隣でのんきなことを言っているもう一人のおとめ。
「あー、もー!『トロ』は黙ってて!」
クロは『トロ』というおとめのおっとりとした発言はどうでもいいらしく、彼女の言葉を遮った。
「おい、シロ! 今からでも遅くないから、そんなやつ捨ててこっちに戻って来い!」
妹を家に呼び戻す姉貴のように、ガチ姉がシロへ声をかける。
ガチ姉はここらのおとめ達にとってのリーダー的存在らしく、その影響力は大きいらしい。
当のシロはレディとガチ姉の両者に挟まれる位置で、おどおどと迷子の子供のような顔をしている。
レディの傍にいたい反面、結果的にガチ姉達を裏切ってしまうというジレンマに苛まされているのだろう。
レディとガチ姉達を交互に見比べては泣きそうな顔をしている。
そんなシロを不憫に思い、レディは彼女を落ち着かせるように傍らに引き寄せた。
レディの腕の中でシロが小さく震えているのが分かった。
「ったく、シロにその気がないんなら後でお仕置きだな」
「キャハ! おっ仕置きー♪おっ仕置きー♪ シロ、あとで覚悟しなさいねー キャハハハ!」
『お仕置き』がどんなものかは分からないが、ガタガタと震えてレディに縋りつくシロの様子を見ればその怖さはだいたい想像がつく。
「おい、あんた! あんたの飼い主にはあたいのシマ荒らされて、ずいぶんとたくさんのお仲間を潰されたんだけど。
挙句には、あたいの大事な仲間までたらし込んでもらったんだから、たっぷり礼をしてやるからね・・!!」
「キャハハ! あなた死刑だよー! ガチ姉やっちゃえ、やっちゃえー!」
拳をパキポキと鳴らしながら、ナイフのような笑みを浮かべたガチ姉の後ろでおとめ達がはやし立てる。
よくない展開にレディは危機感を感じながら、シロを後ろへやり、臨戦態勢をとった。
右手に意識を集中させると、その手からあふれ出た魔力が細長く鋭い形を成してゆく。
それは細長く鋭利な形をした銀色の槍となった。
主にその特殊効果ばかりが重視されるレディ種であるが、実際はこの槍による遠距離攻撃も可能なのである。
レディの手にした鋭い槍に臆することなくガチ姉は仲間2人に指示を出す。
「お前ら、いつもの陣形でやれ!」
「りょーかーい!」「ふあーい」
ガチ姉の号令で2人の小悪魔は、素早く示し合わせたように移動する。
レディは不意に動き出したおとめ達を先に仕留めようと、槍を持つ手を振り上げた。
「おい、あんたの相手はこっちだよ!!」
突如ガチ姉が懐に飛び込んできた。
そしてその勢いを利用し小柄な体を生かした、空中からの回し蹴りを放つ。
とっさに防いだ左手に強い衝撃。
「この!」
ワンテンポ遅れて槍で切りつけたが、肝心の刃は空を切った。
「はっ 甘い甘い!そんなとろいの当たんねえよ。」
「くう・・」
左手の衝撃はすべて防ぎきることはできなかったようで、じんじんと鈍い痛みが左手を刺す。
ガチリリスは他のリリス種のような遠距離攻撃よりも、接近した肉弾戦のほうでこそその本領を発揮する。
しかもこの相手の動きをみる限り、相当の場数を踏んでいるようだ。
「お姉さま!!」
背後でシロのレディを心配する声が上がる。
しかしそれは・・
「キャハハ! こっちとも遊んでよー!」
クロの騒がしい笑い声に取って代わった。
ガチ姉の向こう側から幾つもの魔法弾がレディ目掛けて飛んでくる。
しかしレディの姿が地中に消えると、その魔法弾はレディの上を飛び越し、本来の標的の代わりに背後の壁で炸裂した。
「あー!こいつ避けたー、生意気〜」
「ふあ〜・・」
ガチ姉の向こう側で、はらぐろおとめ達が不満そうに口をとがらせている。
彼女たちの戦いのスタイルは、相手と向かい合って戦い合うのではなく、
他の相手と戦っている最中の不意を突いて狙い打つところにある。
敵との危険な殴り合いは他の者に任せて、自分たちは離れた場所から好きなように攻撃をする。
相手にとってはまさにいやらしい戦い方である。
この場合、ガチリリスが前衛として相手に捨て身の肉弾戦をしかけ、
後衛からはらぐろおとめ達が魔法弾で狙い撃つのが彼女らの戦闘スタイルなのであろう。
バランスのとれた非常に厄介な相手である。
そうこうしているうちにも褐色の近接ファイターが再び接近戦を仕掛ける。
ガチ姉は先ほどと同じように、勢いに任せた回し蹴りを放つ。
レディは体を反らしてかわし、素早く形成した新しい槍をひるがえす。
それはガチ姉の片手ではじかれたが、その隙をレディは見逃さなかった。
体の陰から別の槍を滑り出し、ガチ姉の急所目掛けて至近距離で放つ。
銀色の一閃がガチ姉目掛けて空間を貫いてゆく。
ガチ姉の目が驚愕に見開かれた。
・・がそれはすぐに不敵な笑みに取って代わった。
放たれた槍はその標的に届くことなく、
押し寄せた数多の魔法弾により塵となり、さらにその数発はそのままレディの体で炸裂した。
白い閃光が体を打ち付ける。
一瞬遅れて激しい痛み。
閃光のカーテンの向こう側から、ガチ姉の不敵に笑った顔が突然映り込む。
「これもおまけだ、取っときな!」
レディの無防備な腹部にガチ姉の渾身の蹴りが決まる。
「かはぁ・・・!!」
その一撃によりレディの体は通路の奥へと吹き飛ばされた。
しかし、吹き飛んだレディの体を受け止めたのは、ダンジョンの硬い地面や壁などではなかった。
ネバァ・・
「うぐぅ、えっ・・な、何っ!?」
「キャハハハ!!引っかかったー!! あたし達の張ったトラップかかってやんのー♪」
振り返ると、自分がねばねばしたクモの巣のようなものに飛び込んでしまっていることに気づいた。
「な、なにこれ!? 離れないっ!」
それはもがけばもがくほど、その粘度を増し、しつこく全身にまとわりついてくる。
『フェロモン』は本来ダンジョン内を動きまわる勇者を捕らえるためのものであるが、このような応用もできるのである。
「キャハハハ!ばーか、ばーか! トロ、あいつ寝かしちゃお!」
「ふぁ〜い、おねーさんおやすみ〜♪」
間髪をあけずに、トロが大きく口をあけ、声高らかに歌を歌い出した。
その声だけを聞くのなら、まるで天使のそれである。
「ああ、お姉さま!!あの歌に耳を貸さないでっ!!」
シロが必死の忠告をするが、時すでに遅し。
その歌声はダンジョンの空洞に次々と反響して、実に不思議な音色を奏でた。
その音色はレディの中に心地よく伝わり、次第に彼女の抵抗力を奪ってゆく・・
聴く者すべてを深い眠りへと誘う死の子守歌『ララバイ』は、はらぐろおとめたちの十八番である。
「おやすみー♪ キャハハハ・・」
自分を束縛するフェロモンの網の上、ララバイに包まれながらレディの意識はここで途切れた。
・・・・・・・
「ほら、起きなよ!」
頬を叩かれる痛みでレディは目を覚ました。
「目が覚めた〜?キャハ!」
まず視界に入ったのは、自分を覗き込む少女の顔。
いやらしい笑みを顔いっぱいに浮かべ、耳障りな笑い声を上げている。
「この・・・っ!!」
その耳障りな金切り声を止めさせようと右手を振り上げたが、右手は複雑に絡み合ったフェロモンによってあっけなく網に引き戻された。
「ぷぷぷ・・バーカ!届かないよ〜」
小さな舌を出した腹立たしい黒装束の小悪魔は、もがくレディの手がわずかに届かない位置でこれ見よがしにくるりと一回転した。
ひらひらしたキャミソールを思わせる衣装がレディの指先をかすめる。
「・・・・くぅ・・」
憎らしいにやけ顔をあとすんでのとこで捉えることのできないもどかしさと屈辱に、レディはその細い眉を寄せた。
「んふふ〜、あんたはさしずめクモの巣にかかったちょうちょかしら〜?」
薄暗いダンジョン内に張り巡らされた粘着性の網に囚われた全裸の美女。
そのてらてらと輝く粘液に包まれた美しい柔肌は、ある種の嗜虐心を掻き立てられる光景を作り出している。
「それにしてもいいスタイルね〜、見れば見るほど・・それに・・」
相手のふくよかな『双丘』から、ふとおとめは視線を自分の胸元の『それ』に向けた。
そこにあるのはこじんまりとした盆地。
・・・・・・不平等・・・という言葉が『未熟な』おとめの頭をよぎった。
・・・・・べ、べつに羨ましいとかそういうわけじゃ・・
「ぶっはははは!! クロ、なにお前自分のまな板胸見比べてんだよwww」
やや離れたとこでことの成行きを観戦していたガチ姉が腹を抱えて笑い転げている。
「ちっ、違うわよっ!!ガチ姉!!!」
クロがズバリそのままのツッコミをいれられて、顔を真っ赤にしてむきになった。
「あんたのおっぱいが無駄に大きいのよ!!こうしてやる!!」
そう言うとクロは、磔になって抵抗できないレディのたわわに実った双丘に手を伸ばし、強引に揉み出した。
「いっ・・いたっ! ちょっと、やめなさい・・!!!」
クロの小さな手のひらには収まりきらない程のサイズの乳房が、乱暴な愛撫に面白いようにひしゃげる。
「キャハハ!なにこれー、柔らかくてぐにゃぐにゃー!」
「やっ、放して!!」
「のびるのびる〜♪」
「いっ痛!!放してっ!!」
縦に伸ばしたり、横に引っ張ったり、
クロはレディの柔らかな胸をまるでおもちゃのように弄んだ。
「こうするとどうかな〜?」
「ひうっ!?」
少女の指が美女の乳房の頂上の敏感な突起をつまむと、
体を走る甘い感覚に美女は体をビクッと震わせた。
「あれ〜?おねーさん感じちゃった〜?キャハ!」
「くっ・・黙ってれば、勝手なことをして・・」
「そうだ!ねえ、おねーさん、あれを見てよ。」
不意にクロが指差す方向、そこにレディは視線を向けた。
ちょうどガチ姉が陣取っている少し奥、そこにはレディのものと同じようなフェロモンの網が張られていた。
その中心に磔にされているもの、それはシロだった。
おそらくガチ姉たちの仕置きを受けたのだろう。
自慢の黒いローブはボロボロにされ、体の所々が裸に剥かれていた。
よほどひどいことをされたのか、がっくりと傾いた顔は生気の抜けたような表情のまま全く反応がない。
「ああ!!なんてことを・・!!」
レディが身を乗り出そうとしたが、フェロモンの網に捕らわれて助けに行くことができない。
「んふふ〜、安心してよおねーさん。おねーさんもこの後、シロと同じ目に遭わせてあげるから。」
クロがレディの視線を遮るように回り込んで、にやにやと嫌みな笑みを浮かべた。
「・・・・・・」
不意にレディはうつむいて、ぼそぼそと何かをつぶやき始めた。
「???どーしたの急に下向いちゃって?怖くなっちゃった〜?」
フードを傾げながらクロが彼女の顔を覗き込むと、
突然、白い光が翻ってクロの喉元には銀の槍が付きつけられていた。
「ひっ!!!?なっなんでぇ!?いつの間にぃ!?」
クロが目を白黒させて驚愕の声を上げる。
「大人しくしなさい!」「ぐえっ!?」
ひるんだクロの首根っこをレディは素早く引き寄せて、クロを盾にした。
「ふわわ〜!クロがあっという間に人質にされちゃったよ〜?」
傍にいたトロがあたふたと慌てる。
離れたところで様子を見ていたガチ姉の目が険しくなる。
「動かないで!この子がどうなってもいいの!?」
「ひいい〜、ガチ姉ぇ〜助けてぇ!!」
レディの腕の中でクロが助けを求めた。
形勢逆転、といったところだろうか。
ひそかに形成しておいた銀の槍で網の一部を壊しておくことで、相手の不意を突くことができた。
こちらはクロを人質に取ったため、相手は下手に手を出せないだろう。
ただ、相手側がどう仕掛けてくるか分からない分、油断はできない。