: 160%">
〜天然氷女ユキナちゃん〜
「……じゃ、行ってくるから」
「おー。土産よろしくな」
旅支度をして佇む姉の静流へ、桑原和真は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、だるそうに答えた。
彼女が美容室の同僚と泊りがけの旅行に行くというので、玄関まで見送りに出て来た処である。
静流は図々しい弟の言葉をあっさり無視すると、その横に立つ小柄な人影に視線を移す。
そこにいるのは、和真が想いを寄せる氷女の少女、雪菜だった。
「雪菜ちゃん、このバカのエサとかお願いね。邪魔だったら氷漬けにしちゃってもいいから」
「おいおい、なんつー言い草だよ」
「はい、頑張ります。静流さんも、お気をつけていってらっしゃいませ」
和真の文句に聞こえないフリをする静流へぴょこんと頭を下げ、雪菜は花の咲くような笑顔と共に答えた。
魔界と人間界の交流という名目で、彼女が桑原家に居候を始めてから、すでにかなりの期間が経っている。
欠けていた様々な一般常識も次第に覚えつつあり、今ではすっかり家族の一員として溶け込んでいた。
「ありがと。雪菜ちゃんはいつも可愛いわね、どっかの見苦しいだけの生き物とは大違い」
「誰がだコラ! あんま調子くれてっと……ぶわちゃぁ!」
「……カズ、姉ちゃんに向かって何か言った、今?」
身を乗り出した和真の眉間にジュッと煙草の火を押し付けて、静流は冷ややかな声で呟いた。
「いっ、いえ。何でも無いです、お姉様……」
「ふふっ。お二人とも、いつも仲良しですね」
幾度となくこうしたやり取りを見るうちに、雪菜もこれが姉弟のコミュニケーションの一つだと理解している。
額を押さえて涙ぐむ和真に目を向け、雪菜は口元を押さえてクスッと笑みを零した。
「いや雪菜さん、いつも言っていますが、これは立派な家庭内暴力で……、いたたたた!」
「うるさいね。それよりカズ、話があるからちょっと顔貸しな」
「てててっ! 分かった、分かったから引っ張るなって!」
静流に耳をつねり上げられて、和真はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、玄関の外へと引き摺られていった。
バタンと扉が閉まり、雪菜の姿が見えなくなった処で、ようやく静流は足を止め、和真を解放する。
じんじんと痛む耳をさすりながら、和真は振り向いて腕組みをした横暴な姉を、恨めしげな目で見返した。
「おー痛て。……で、話ってえのは何だよ?」
「そうね。お前、父さんがまたしばらく留守にするって言ってたの、覚えてる?」
「おお、そう言やそうだったな」
彼らの父親の職業は怪しげな霊能関係らしく、家族である和真も内容についてはあまり理解していない。
ただ、仕事の都合で長く家を空けるのは日常茶飯事なので、別に取り立てて注意される事でもない筈である。
「つまり、私がいない間、この家にはお前と雪菜ちゃんの二人っきりって事よね?」
「っな、何だよ、改まってよぉ……」
密かに喜んでいたつもりの事態をズバリと指摘され、和真の頬に赤みが差した。
(もしかして、変な真似をするなとか、下んねー事でも言うつもりか?)
誰かに言われずとも、和真は可憐な雪菜に対して無理に迫るほど、落ちぶれてはいないつもりでいる。
実際の処は、拒絶されるのが怖くて手が出せないのだが、自称硬派の和真としては認める訳にはいかない。
「それで、お前にコレを渡しとこうと思ってね」
「お……っと」
しかし予想に反して、静流はポケットから小さな紙箱を取り出すと、和真の方にポンと放り投げる。
反射的に両手で受け止めると、いやに軽い紙箱の中身が、かさりと小さな音を立てた。
「あん? 何だよコレ」
「コンドーム」
「ぶぅっ! こここっ、こん、こんっ!?」
いきなり告げられたとんでもない中身に、和真は一挙に赤面して、わたわたと紙箱をお手玉した。
対する静流は眉一本すら動かさず、平静な口調で話を続ける。
「どうせお前じゃ、そんな気の利いた準備はしてないだろ? 避妊ぐらいはちゃんとしなくちゃね」
「ばばばっ、バッキャロォ! 誰がこんなモン使うかよっ!」
実の姉とは思えない大胆な言動に、和真は手にした箱を握り潰しながら、勢い込んで言い返した。
すると静流は軽く目を細め、指を振る代わりに咥えた煙草をひょこひょこと上下に動かす。
「お前ね。学生の分際で、生でやろうなんて10年早いよ」
「違うっつーの! そもそも、そんな事する気はこれっぽっちも無えって言ってんだよ!」
「……はぁ。まったく、こんな鈍感タコのどこがいいんだか……」
「あぁん? 何か言ったかよ!?」
「いや、こっちの話」
興奮した和真は姉の小さな呟きを聞き流し、噛み付きかねない様子で喚き立てた。
そんな弟へ多分に含みのある視線を投げ捨てると、静流は身を翻してスタスタと歩き出す。
「とにかく、そういうのは男の責任だからね。出来ましたなんて言ったら、本気でシメるよ。じゃあね」
「じゃあね、じゃねーだろオイ! まだ話は終わってねえぞコラァ!」
ひらひらと後ろ手を振る姉の背に向けて、和真はその場で力み返って怒鳴り散らした。
紙箱を地面に叩き付けかけて、そこらに捨てる訳にもいかないと思い直し、ズボンのポケットへ乱暴にねじ込む。
「ったく、あのクソアマがぁ。雪菜さんと同じ女とは思えねーアバズレだぜ……のぐぅ!?」
ぶつくさと愚痴をこぼした和真の頭に、拳大の石が一直線に突き刺さった。
◇ ◇ ◇
「チクショオ、全然集中できやしねぇ……」
その夜、机に向かって参考書を広げていた和真は、頭を抱えてぐったりと突っ伏した。
何度読み返しても内容は全く頭に入らず、代わりに脳裏へ浮かんで来るのは雪菜の姿ばかり。
そのくせ雪菜と一緒にいる時は、自分の内心を悟られそうで、彼女の顔をまともに見る事も出来ない。
楽しみにしていた二人きりという嬉し恥ずかしい状態も、こうなると正に針のむしろだった。
「それもこれも、あのバカ姉貴が、余計なモン寄越すからだぜ……」
静流から渡された紙箱を放り込んだごみ箱にちらりと視線を向け、和真は大きく嘆息した。
あそこまで露骨に言われてしまうと、普段は押し隠している欲求が、どんどん妄想を膨らませてゆく。
けれど、いつもと全く変わりの無かった雪菜の態度を思い出せば、その信頼を裏切る訳にはいかない気がする。
「やはりここは、スッキリして気分を落ち着けるしかねぇな……」
和真は小さく咳払いをすると、コソコソと机の引出しを開けて、秘蔵のお宝本に手を伸ばす。
その時、部屋のドアから控えめなノックの音が響き、和真の心臓が大きく脈打った。
「どわあぁあっ!?」
『……あの、和真さん、どうされました?』
「うははははっ! どどっ、どうもされておりませんっスですよ、雪菜さんっ!」
気遣わしげな雪菜の声に答えながら、和真は慌ててお宝本を戻し、机の引出しを勢い良く閉めた。
危ういタイミングに高鳴る胸を押さえ、空笑いと共に動揺を隠そうとする。
『そうですか。なら良いのですけど』
普通の人ならば不審に思うような焦りまくった答えにも、雪菜は全く疑問を持たない声色でそう返す。
和真はあまり察しの良くない雪菜の性格を、この時ばかりは有難く思った。
「それで雪菜さん、なんか御用ですか?」
『あ、はい。お茶をお持ちしましたので、ここを開けてもらえませんか?』
「えっ、お、お茶っスかぁ?」
ドア越しに訴える雪菜の要求に、和真はギクリと身体を強張らせた。
ついさっきまでイケナイ事をしようとしていただけに、いま雪菜と顔を合わせるのは、非常にマズい気がする。
『あ……、ご迷惑でしたでしょうか?』
「いっ、いぃえぇ! 雪菜さんの淹れてくれたお茶なら、もう大歓迎っス!」
それなのに、雪菜に気落ちした声で尋ねられると、条件反射で調子のいい言葉を吐いてしまう。
(まぁ、お茶を受け取る間ぐらいなら、何とか誤魔化せるよな?)
自分を納得させるように一つ頷き、ドアに歩み寄ってロックを外すと、大きく引き開ける。
「わざわざ済んません、雪菜さ……んぅっ!?」
しかし、廊下に立つ雪菜の姿を見た途端、和真の意識は真っ白になり、身体は凍りついたように硬直する。
お盆を捧げ持つ雪菜は、大きめのパジャマの上だけという、すこぶる扇情的な格好をしていたのだった。
「それでは、お邪魔しますね」
雪菜は自分の姿を全く意識していない様子で、棒立ちになった和真の脇をすり抜け、部屋の中に踏み入った。
太腿の半ばから下、すらりと形の良い脚線を惜しげも無く晒し、座卓の方に歩いてゆく。
よく見れば、彼女が着ている男物のパジャマの柄に、和真は心当たりがある。
「雪菜さん、そのパジャマは、オレの……」
「あ、済みません。勝手にお借りしてしまいました」
座卓の上にお盆を置きながら、雪菜は顔だけを振り向けてあっさりとそれを認める。
屈んだ拍子に、パジャマの裾が危険なほど持ち上がり、和真は慌てて視線を脇に逸らした。
「どうぞ、和真さんもお掛けになってください」
「は、はひ……」
座卓の前にちょこんと正座した雪菜は、手を差し伸べてにこやかに対面の席を勧めた。
湯飲みが二つある処を見ると、どうやらただ持って来ただけではなく、一緒にお茶を飲んでいくつもりらしい。
雪菜が夜更けに和真の部屋で寛いでいく事も、こんな無防備な格好をする事も、今だかつて無かった事である。
色々と問い質したい事はあるものの、緊張した和真の舌は思うように回らない。
ぎくしゃくとした動きで向かい側に腰を下ろすと、雪菜は慣れた手付きでお茶の用意をし始めた。
(おっ、落ち着け、落ち着くんだ、オレ! 雪菜さんは別に、誘ってる訳じゃねぇんだぞ!)
暴走しそうな本能を必死で抑え込み、和真は自分に言い聞かせるように、何度もその思いを反芻した。
女性がそういった覚悟を持って男の部屋を訪ねて来たなら、当然それなりの態度があるはずである。
けれど、雪菜の挙措には全く乱れがなく、その表情にも恥らう様子は微塵もなかった。
(しっ、しかし、雪菜さんのこの格好は、なんちゅうか、その……)
自分の衣服を愛する女性が着ている姿は、ただそれだけでも異様に興奮をそそるものがある。
長過ぎる袖が手の平を覆い隠し、細い指先だけを覗かせている様が、雪菜の愛らしさを際立たせている。
だぶついたパジャマの襟元から、ちらりと見え隠れする白い素肌に、どうしようもなく目が引き寄せられる。
(バカ、考えるんじゃねぇ! 煩悩退散、煩悩退散んんっ!)
頭の中で念仏のように唱えつつ、和真は雪菜に引き攣った笑顔を向けた。
雪菜は両手で抱えた湯飲みに時折口をつけながら、他愛の無い話をあれこれと語りかけてくる。
彼女の声に半ば上の空で相槌を打ち、和真はある意味で拷問にも等しい、理性と欲望の葛藤を耐え忍ぶ。
喉の渇きを覚え、いつの間にか目の前に差し出されていた湯飲みを掴み、一気に呷る。
せっかく雪菜が淹れてくれたお茶だと言うのに、味どころか熱ささえも感じる事が出来なかった。
「はふ……。ご馳走様でした」
しばらくすると、雪菜は空になった湯飲みを置き、座卓の上を片付け始めた。
単にお茶飲みがてら話をしに来たのなら、これで雪菜も和真の部屋から出て行くはずである。
(な、何とか保ったぜ……)
ぎりぎりの処で抑制できた事に、和真はこっそりと安堵の溜息をつく。
すると、その油断を見計らったかのように、雪菜は軽く身を乗り出して、和真の顔を覗き込んだ。
「ところで、和真さん? 一つお訊ねしたい事があるのですけど」
「はははははい、なんでしょお!?」
激しくどもりつつ、和真は緩みかけた意識をどうにか引き締めた。
もしや自分の態度がおかしい理由を気付かれたかと焦るが、それにしては雪菜の表情に咎める雰囲気はない。
和真の動揺も知らぬげに、雪菜は素朴な疑問を投げかけるように小首を傾げ、ポツリと口を開く。
「……どうして襲わないのですか?」
「ぷげぇっ!?」
突然の核心を衝いた問い掛けに、和真は勢い良く額を座卓に打ち付けて、踏みつけられたような奇声を上げる。
鈍い激突音が部屋に響き、衝撃を受けた座卓の天板に大きくひびが入った。
「あら、まあ」
「ゆっゆっゆっ、雪菜さんっ! いきなり何ば言い出すとですかっ!?」
両手を突いてムクッと顔を上げると、和真は動揺のあまり妙になまった言葉で問い掛けた。
雪菜は目を丸くして口元を押さえているものの、それが自分の爆弾発言のせいだとは思っていない様子である。
何かの聞き間違いかとも思ったが、和真の耳には彼女の言葉が一言一句間違いなく、はっきりと残っている。
そんな和真をきょとんとした顔で見返しながら、雪菜は要領を得ない口調で言い直した。
「ですから、どうして私を押し倒そうとしないのかと……」
「わあぁああっ! 雪菜さん、そんな言葉どこで覚えたんスかっ!?」
「はい、主に本や雑誌などで勉強しました。あとは、静流さんにも色々と教えてもらいましたし」
「あ、あんのクソ姉貴……。純真な雪菜さんに何ちゅう事を……」
無垢な少女に下品な知識を吹き込んだ姉に怒りを覚え、和真はぎりぎりと歯軋りした。
一方雪菜は、袖を掴んだ両手を肩の高さまで持ち上げて、自分の姿を誇示するように微笑んで見せる。
「この格好も実は、静流さんの提案なんですよ? こうすれば、和真さんの方から迫って来てくれると……」
「ちょっ、ちょっと待って下さいっ!?」
雪菜の台詞を聞きとがめ、和真の心拍数が急激に上昇した。
先程からの、彼女の言動の意味が頭の中で次々と整理されていき、やがて一つの結論を導き出す。
「そのぉ、つまり、雪菜さんは、オレにその……、迫られるつもりで来た訳ですか?」
「ええ、そうですよ?」
和真がおずおずと訊ねると、雪菜はしれっとした面持ちでそう答える。
その態度は、知識こそ蓄えているとしても、根本的な処で理解出来ていない事が明白である。
「えぇとですね……。雪菜さん、それがどういう意味か、ホントに分かってます?」
「はい。本当に好きな人としか、そういう事をしてはいけないと、本にも書いてありました」
和真の疑いに満ちた問い掛けに、雪菜はちゃんと知っていると言いたげに頷いた。
「ですけど私、和真さんの事、本当に好きですから。それに和真さんも、私の事を好きなんですよね?」
「どえっ!?」
そして何のてらいも無く、童女のような率直さでそう告げてくる。
てっきり理解されていないと思っていた想いを指摘され、和真の胸は大きく高鳴った。
「えっとその、雪菜さん、いつから気付いてっ!?」
「あ、静流さんから伺ったんです。私はまだ、男女間の感情の機微というものは、あまり良く分からなくて」
「……はぁ。まぁ、そうみたいっスね……」
てへっと舌を出す雪菜の姿に、和真は複雑な心境だった。
求められるのは嬉しいが、こんな状態の雪菜とそうした関係を持つのも、何か騙しているようで気が引ける。
「でも、和真さんは、私とそういう事をしたいのですよね?」
「いっ!? いやその、したくないと言えば嘘になるというか何というか……」
「私も実際にどういった物なのか、とても興味がありますし。それなら和真さんとするのが一番いいです」
けれど、雪菜の無防備な要求に、意識がずるずると欲望の方向に引き込まれてゆく。
理性と決別するかのように、和真はもう一度だけ念を押して、雪菜の意思を確認する。
「えっと、それじゃ、本当にオレと……?」
「あ、はい。私は、和真さんと『せっくす』したいんです!」
すると雪菜は、我が意を得たりとばかりに胸の前でポンと手を合わせ、あっけらかんと答えた。
「ゆっ、雪菜すゎん! 女の子がそんな言葉使っちゃダメですっ!」
「あ、はぁ、そうなんですか?」
まだまだ女性に幻想を持っていたい年頃の和真は、顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
幻想以前に、そういった羞恥心を殆ど持ち合わせていないらしい雪菜は、目をパチクリさせてあいまいに頷く。
「それで、和真さん。していただけますよ、ね?」
「うっ、いや、それはその、……はい」
期待に満ちた瞳で訴えられ、和真はぐっと言葉を詰まらせてから、観念したように首を縦に振る。
一抹の罪悪感を覚えつつも、ここまでの据え膳に手をつけずにいられるほど、和真も聖人君子ではなかった。
◇ ◇ ◇
「……では、よろしくお願いしますね」
「あっ、はぁ、こちらこそ……」
ベッドの上で礼儀正しく三つ指をつく雪菜につられて、向かい合った和真はペコリと頭を下げた。
形としては新婚初夜のようだが、その割に雪菜の態度には、恥じらいという物が全く無い。
(どうも、調子が狂っちまうよなぁ……)
思い描いていた反応とのギャップに、和真はこのまま続けていいのだろうかと、この期に及んで躊躇いを覚える。
しかし、雪菜は続けて視線を自分の胸元に下ろすと、てきぱきとパジャマのボタンを外し始める。
あまりに無造作なその行動に、和真は慌ててそれを押し留めた。
「ちょっ、雪菜さん、ちょっと待って下さいっ!?」
「あ、和真さんが脱がせたかったですか? 私はそれでもいいですよ」
「そっ、そうではなくてですねぇ……」
気軽な調子で答えてくる雪菜に、和真は頭を掻き毟りたい思いで口ごもった。
はだけた襟から覗く柔らかそうな膨らみに目を奪われつつも、懸命に言うべき台詞を考える。
「何と言うか、こういった事には、それなりの段取りというものがありまして……」
「あ、そうでした。まずは『きす』などをして、気分を盛り上げるのですよね?」
「えっ、ええまぁ、確かにそうなんですけども……」
言っている事は間違いではないが、こうも平然と言われてしまっては、和真としても返答に困る。
そんな微妙な男心を知りもせず、雪菜は小さく座り直して、無邪気な笑顔で軽く顎を上げる。
「……はい、これでいいですよね?」
和真の前に差し出された雪菜の唇は、化粧など全くしていなくとも、艶やかな桜色に染まっていた。
「でっ、では、いきますよ……」
「ええ、どうぞ」
和真は大きく深呼吸すると、雪菜の細い肩に両手を掛けて、ゆっくりと顔を寄せていった。
心臓の音がうるさいほど胸の奥で響き、頭に昇った血が今にも毛穴から噴き出しそうだ。
けれど雪菜は気負いも緊張もなく、期待に瞳を輝かせながら、和真の目を真っ直ぐに覗き込んでくる。
その視線のあどけなさに負け、和真は途中で動きを止めて、雪菜へ懇願するように呟いた。
「……あのぉ、雪菜さん。やりにくいんで、目ぇ閉じてもらえませんか?」
「あ、はい、こうですね」
雪菜は何の疑問も挟まず、和真の言葉に従ってスッと瞼を伏せた。
くすぐったさにも似た視線の圧力が消え失せて、和真は少しだけ落ち着いた気分になる。
長い睫毛が頬に落とす影や、氷細工のように繊細な顎の線に見入りながら、顔を近づけてゆく。
もう一度息を吸って覚悟を決めると、和真は軽く顔を傾けて、雪菜の唇に自分のそれをそっと重ね合わせた。
(うっわ、すっげ、やわらけー……)
初めて経験する女性の唇の感触に、和真は軽く目を見開いて感歎した。
雪菜の唇は少しひんやりとして、それでいて出来たての綿菓子のようにふわりと柔らかい。
幾度となく想像していたものよりも、実際の雪菜とのキスは遥かに心地良かった。
「んっ……」
「むあっ!?」
しかし、それを充分に堪能する暇も無く、雪菜の口がもそりと動き、和真の唇に何かが割って入ってきた。
しっとりと湿ったものの感触を受けて、背筋にゾクッと慄きが走る。
それが何なのかを理解する前に、和真の身体はバネ仕掛けのように背後へ飛び退ってしまっていた。
「なっ、ななっ、なんっ!?」
和真は胸郭で暴れる心臓を片手で押さえながら、言葉にならない声で驚きを表現した。
何をされたのかは徐々に頭が理解していくが、雪菜がそんな真似をするとは、にわかには信じられない。
しばらく目を閉じていた雪菜は、いつまで待っても和真が戻ってこないのを感じて、ゆっくりと目を開く。
そして息を荒げる和真に目を向けると、怪訝そうに問い質した。
「和真さん、どうされました?」
「どーしたも何もっ! 雪菜さんっ、今、何しましたっ!?」
「なに、と言われましても。ただ舌を入れただけですよ?」
「だ、だけって……」
あまりに屈託のない雪菜の物言いに、和真は二の句が継げなかった。
あうあうと口を開け閉めする和真に軽く戸惑うような顔をして、雪菜はなおも言い募る。
「確か本の記述では、こういう時に普通にする事だと書いてあったのですが。私、間違っていますか?」
「いっ、いいえ、間違って、は、いないんですが……」
「では、どうして和真さんは私から逃げてしまうのですか?」
「いやその、ですから、雪菜さんの方から急にそんな事されると、心の準備が出来ないと言いますか……」
立て続けに問い詰められ、和真はしどろもどろになって、言い訳じみた答えを返した。
すると、和真の言葉に雪菜は妙に納得した表情になり、ポンと小さく手を叩く。
「分かりました。つまり、事前にきちんと言えば良い訳ですね?」
「あ、あの、雪菜っさん?」
「では、これから『でぃーぷきす』をしますので、和真さん、もう一度お願いします」
そして、戸惑う和真にきっぱり宣言し、ぱちっと目を瞑って口付けを待ち受ける体勢を取った。
(ま、参っちまったなぁ……)
予想とは大幅に異なる雪菜の積極性に、和真はすっかり困り果てていた。
和真の思惑では、さりげなく抱き寄せる事から始めて、一歩ずつ段階を踏んでいくつもりだった。
そして、実際に行為に及べばさすがに恥ずかしがるであろう雪菜を、優しくリードしてやる筈だったのである。
しかし蓋を開けてみれば、やたらと耳年増な彼女の方が、完全に主導権を握ってしまっている。
(いやっ、これではいかぁん! 男・桑原和真、これ以上の醜態を雪菜さんに見せる訳には……)
「……あっ!」
和真は頭を振って湧き上がる弱気を振り払い、大きく腕を広げて雪菜の華奢な肢体を抱き寄せる。
そうしてから、小さく声を上げる可憐な唇を覆い隠すように、自分の唇を押し当てていった。
「んむっ!」
「ふ、ぅん……」
和真が軽く舌を突き出すと、力の入っていない雪菜の唇は薄く開き、易々とその侵入を許した。
閉じられた瞼がぴくんと震え、塞がれた口元からは鼻に掛かった声が洩れる。
そのままゆっくりと確かめるように舌先を動かすと、滑らかな唇の感触が伝わって来た。
(へ、へへっ……。やりゃあ出来んじゃねえかよ、オレ……)
和真はガチガチに緊張しながら、自分を励まそうと内心で一人ごちた。
全く抵抗するそぶりのない雪菜の態度を見ていると、その自信が次第に確かなものになってゆく。
だが、そんな余裕も束の間の事、雪菜の目尻が小さく下がり、反対に唇の端がゆるやかに持ち上がる。
「んふっ……。んっ、ん……」
「ふもっ!?」
雪菜の舌が和真の舌を遡るようにして、反撃とばかりに彼の口内へと滑り込んでいった。
「ん〜っ……、んっ、んぅん、んっ……」
「ひょっ、ひゅひま、ひゃむっ!?」
雪菜は目一杯舌を突き出すと、舌先で和真の歯列をゆっくりと辿り始めた。
くぐもった声で呼び掛けながら、和真は再び離れようと、僅かに背を反らす。
けれど、逃げ切る前に雪菜の両腕がするりと首に廻されて、それ以上の動きを封じられてしまう。
歯の表側を丁寧に一周すると、雪菜はくっと伸び上がるようにして、今度は歯の裏へと舌を伸ばしてきた。
「んぅっ、ん……。んんーっ、んふぅ、んぅ……」
「むっ、むうぅ、うっ、うう……」
少し冷たく感じる雪菜の舌が、歯の裏を一本ずつ舐め伝う度に、和真の背筋へゾクリと官能が走った。
和真とて、こうしたキスの仕方がある事ぐらいは、知識として知ってはいる。
だが、それを実際に出来るかどうかは、また別の問題である。
一方雪菜は、妨げる羞恥心がないだけに、拙いながらも本で知った知識を、そのままの形で模倣していく。
「ん、ちゅっ……。っはぁ、あむ……っ」
「ぷはぁっ! ゆっ、雪菜さ……むぐっ!?」
「んっ、ん……。ん、んんぅ?」
舌先の届く範囲の歯をなぞり終えると、雪菜は軽く上唇を吸い、一息ついてから口腔へと深く侵入した。
うろうろと和真の口の中で舌を彷徨わせ、やがて舌を探り当てると、つんつんと促すように突付く。
「う、むぅっ……」
「んふふっ……。んっ、ふぁ、んちゅ……」
和真がおずおずと舌を持ち上げると、雪菜は頬を緩めて含み笑いを洩らし、優しく絡め合わせる。
主導権を奪い返すどころか、その動きにどうにか応じるような形で、和真は雪菜の口付けに酔い痴れていった。
◇ ◇ ◇
「んっ、ふぅ……。ふぁ、んむっ、ちゅ……」
「むくっ、んっ……く、ふむぅ……」
雪菜の丁重な口付けを受けながら、和真の興奮は異様なほど高まっていった。
少しざらついた感触が舌の裏を潜り抜け、ぬるりとした感触が舌の上を滑り、その二つがくるくると入れ替わる。
閉じられたままの雪菜の目元はほんのりと朱を差し、重ねた口元からは可憐な吐息が洩れる。
胸板に軽く押し当てられた二つの膨らみが柔らかな感触を伝え、和真の下半身の疼きに拍車を掛けてゆく。
和真が後ろに廻した手で背中を遠慮がちに撫でていると、雪菜はようやく唇を離し、ゆるやかに目を開いた。
「あっ、はぁ……。和真さん、気分は、盛り上がりましたか?」
「はっはい、そりゃもぉ、充分過ぎるほど……」
「それは良かったです。私も、今ので気分が盛り上がってきたみたいですから……」
潤んだ瞳で至近距離から見つめられ、和真はポロッと本音をこぼした。
雪菜も込み上げてきた身体の疼きに息を切らしつつ、自分の状態を正直に告白する。
胸に手を当てて呼吸を整えると、雪菜は和真の顔を覗き込みながら、平然として言葉を続ける。
「それで、続きですけど、どうされます?」
「どっ、どうすると言いますと?」
「ですから、服は私が脱いだ方が良いのか、それとも和真さんが脱がせて下さるのか、です」
「うっ……」
朝食の献立を訊ねるような軽い口調に違和感を覚えながらも、和真の頭にカーッと血が昇った。
改まって答えるのは猛烈に気恥ずかしいが、出来れば自分で脱がせたいという思いの方が、僅かに上回る。
大きく喉を鳴らして唾を呑むと、和真は照れを押し隠して、胸の中から答えを搾り出した。
「あの、どちらかと言えば、オレがする方がいいかなぁ〜、ハハハ、なぁんて……」
「そうですか。では、お願いしますね」
「あ、はぁ……」
冗談めかした和真の物言いに、雪菜は静かに身体を離すと、ベッドの上で膝立ちになった。
腕は自然に脇へ垂らし、軽く背を反らして胸を張り、脱がし易いように姿勢を整える。
協力的に過ぎる雪菜の態度にいささか気後れし、和真は呆けた声を上げながら、ズボンで掌の汗を拭う。
「そっ、それじゃ、失礼しまっす……」
両手を雪菜の胸元に伸ばすと、パジャマの布を摘み上げ、興奮に震える指でボタンを外し始めた。
(ううっ、クソぉ、また緊張してきやがった……)
まるで夢の中のような浮ついた意識で、和真はもたつく自分の手指に苛立ちを覚えた。
引きちぎりたくなる衝動を何とか抑えつつ、慣れない手付きでボタンを穴に通していく。
一つ外し終えると、パジャマの前が左右にはだけ、雪菜の胸の谷間と膨らみの半ばまでが姿を現す。
その下には何も着けていない事をはっきりと確認して、和真の鼻息が荒くなった。
(もっと、見てぇ……。雪菜さんの身体、全部……)
強い欲求に導かれ、和真は勢い込んで次のボタンに取り掛かった。
一つ目よりは手早く外すと、今度は雪菜の滑らかな腹部が露わになる。
緩やかな呼吸に合わせて、可愛らしい臍が小さく上下するのを見ながら、更に指を滑らせる。
(最後の、ひとつ……)
和真が全てのボタンを外して手を離すと、パジャマの裾が花開く蕾のようにふわりと割れた。
飾り気の少ない清楚な白いショーツと、それよりもなお白い雪菜の内股に、和真の目線は釘付けになる。
股布のうっすらとした陰影が、その内側の秘密を仄めかせ、いきり立った股間がズクンと疼いた。
「雪菜さん……。ぬ、脱がせ、ますよ……?」
「え? 先程から脱がせ続けているのではないのですか?」
和真が顔を上げてパジャマの襟元に手を掛けると、雪菜は不思議そうな顔をして呟いた。
ここまで来ても見当外れの答えしか返さない雪菜の態度に、和真はへなへなと脱力しそうになる。
「あのぉ、雪菜さん。男のオレにこんな事されて、恥ずかしいとか思わないんスか?」
「あ、はぁ。少々くすぐったくはありますけど、そういう感じは、あまり……」
「そ、そうっスか……」
女性しかいない氷女の国の出身とはいえ、この性的な感性の鈍さは尋常ではない。
これでは、いくら和真がさりげなく想いを伝えても、全く気付いてもらえなかったのも無理からぬ話だ。
(まっ、まあいいか……)
強引に自分を納得させると、和真は摘んだ襟を慎重に広げ、雪菜の肩をはだけさせる。
すると大きめのパジャマは雪菜の身体の線に沿って滑り、彼女の背後にふわりと舞い落ちた。
「う、お……」
腰を覆う小さな布切れ以外、隠す物の無くなった雪菜の裸身に、和真は思わず声を洩らした。
新雪のような清浄さを備えた素肌は、部屋の明かりを照り返して、眩しいほどの輝きを放っている。
お椀を伏せた形の乳房は大き過ぎず小さ過ぎず、僅かに外を向いた乳首は咲き誇る桜の色。
胸から腰にかけての線は、華奢でありながらも優美なカーブを描き、芸術的な感動さえ覚えさせる。
「綺麗……です、雪菜さん……」
「そうですか? ふふっ、ありがとうございます」
和真が心からの賞賛の言葉を述べると、雪菜は嬉しそうに顔を綻ばせる。
昔話で語られる雪の妖精そのままの、無垢で無邪気な微笑みに、和真はすっかり魅了されてしまった。
「……あ、こちらはこのままでは、少し脱がせづらいですよね?」
「えっ?」
動きを止めた和真の態度をどう勘違いしたのか、雪菜は彼の肩に両手で掴まると、静かに立ち上がった。
ショーツに包まれた下腹部が、ちょうど和真の眼前に立ち塞がり、視界を埋め尽くす。
その行動の意図を理解して、和真はハッと面を上げ、雪菜の顔を振り仰いだ。
「雪菜さん、その……」
「これでいいですよね? 和真さん、こちらも脱がせて下さい」
「はっ、はいっ……」
見守るような表情で囁かれ、和真は催眠術を掛けられたかの如く、フラフラと雪菜の腰に手を伸ばした。
ショーツの左右の端に親指を差し入れると、それがくすぐったかったのか、細い身体がぴくんと震える。
その反応に狼狽した和真は、出来るだけ雪菜の肌に触れないようにしながら、じりじりと布地を引き下ろす。
しかし、すぐに淡い恥毛が姿を現すと、たちまちそこに意識を囚われて、和真の手がピタリと止まった。
「……和真さん、どうされました?」
「いっ、いえ、何でもありまっしぇん……」
訊ねる雪菜へ曖昧に言葉を濁し、和真は一点を凝視しながら、神秘のヴェールを剥ぎ取っていった。
髪よりもほんの少しだけ濃い色の、上質な翡翠にも似た色合いの巻き毛が、白い下腹部を飾っている。
その淡い茂みの奥に透かして見える、鮮やかな肉色の花弁から、豊潤な少女の香りが漂い、鼻腔をくすぐる。
和真は口の中に際限なく湧き出る生唾を飲み込みつつ、脱がせた下着を太腿からふくらはぎへと潜らせる。
「よいしょ……っと」
和真の手が足首あたりまで下りると、雪菜は小さく声を出し、最後は自分から足先を抜き取っていく。
全裸になった雪菜は再び和真の前に膝を突くと、彼の肩に置いていた手をするすると胴へ下ろしていった。
「では、次は和真さんの番ですね。はい、腕を上げて下さい」
「え、あ、あの……?」
雪菜は子供の着替えを手伝うような調子で語り掛け、優しく和真のTシャツをまくり上げた。
和真が目を白黒させているうちに、腕は勝手に指示通り動いて、たちまち上半身を裸にされてしまう。
脱がせたシャツを脇に置くと、雪菜は続けて、和真のスウェットの下とトランクスへ同時に手を掛ける。
そこでようやく我に返り、和真は下ろされかけた布地をはっしと掴み取った。
「ゆっ、雪菜さん! オレは自分で脱ぎますからっ!」
「遠慮なさらないで下さい。私が脱がせて頂いたのですから、お返しに脱がせて差し上げるのは当然です」
「当然って……。いやだから、遠慮とかではなく……うわぁっ!?」
和真が言葉を選びかねて注意を逸らした隙に、雪菜の手は腰の半ばまで引き下ろされた。
下着の中から勃起した剛直が勢い良く飛び出し、和真は慌ててそこを両手で覆い隠す。
しかし、ほんの一瞬だけではあったが、雪菜の瞳はその姿をしっかりと捉えていた。
「まぁ、本で見たのと同じ形ですね。実物は初めて見ました」
「ゆゆゆっ、雪菜さん、お願いですから、あまり見ないで……」
和真は純情な乙女のように、しげしげと覗き込んで来る雪菜から局部を隠し、首をプルプルと振った。
雪菜は恥ずかしさと情けなさで泣きそうになっている和真を、不思議そうな目で見返す。
「見るなと言われるのならそうしますけど。それよりも、少し腰を浮かせてもらえませんか?」
「はっ、はいぃ!?」
「ほら、そうしないと脱がせられませんから。言う通りにして下さい、ねっ?」
くいくいとトランクスを引っ張りながら、雪菜は和真に向かって小首を傾げ、朗らかに催促する。
雪菜のお願いに、和真の身体はまたもや意識と無関係に従い、言われるままに腰を上げてしまっていた。
◇ ◇ ◇
(ううっ……。こ、こんなはずでは……)
結局、雪菜の手で全てをひん剥かれてしまった和真は、あぐらをかいてガックリと肩を落としていた。
事の最初から、こうまで容易くあしらわれてしまっては、もはや男のプライドなど木っ端微塵である。
ちらりと目線を上げて窺うと、雪菜は裸身を隠すでもなく、鼻歌混じりに二人の服を丁寧に畳んでいる。
和真が気付かれないように小さく溜息をつくと、畳んだ服をベッド脇に片付けた雪菜が、くるりと振り返った。
「お待たせしました。それでは続きと参りましょうか」
「あ、は、はいっ!」
雪菜が再び身を寄せてくると、和真は現金に顔を輝かせ、弾んだ声を出した。
釈然としない思いを差し引いても余りあるほど、雪菜の裸は魅力的であるし、続きをしたいという欲求もある。
男の矜持と素直な欲望、どちらを取るかと言われれば、今の和真にとっては後者の方が遥かに重い。
他人には見せられないような節操の無さで、和真は砕けた自尊心をポイッと放り捨てた。
「えっと、次は確か『ぺってぃんぐ』ですから……。和真さん、私の身体に、触れて下さい」
和真の肩に手を掛け、軽く腰を浮かせて目の高さを合わせると、雪菜は期待に満ちた声で囁いた。
照れではなく、純粋に性の昂ぶりに火照った頬が、なまめかしい朱の色に染まっている。
無意識にちろりと唇を湿らす舌の動きが、潤んだ瞳と相まって、和真の心を大きく騒がせる。
「はっ、では、お言葉に甘えまして……」
「……んっ!」
シーツで汗を拭った両手を持ち上げると、和真は下から掬うようにして、雪菜の乳房を掌に包み込んだ。
和真の手が素肌に触れた途端、雪菜はピクンと身体を反応させて、小さく息を呑む。
二つの膨らみはぷにぷにと柔らかく、それでいて指を跳ね返すような豊かな弾力を備えていた。
「雪菜さん……」
「んっ、あ、和真、さんっ……」
和真は少しずつ指に力を入れ、白い双丘をゆっくりと揉み込んでいった。
雪菜の肌はすべすべとした手触りで、少し低い体温が興奮に熱くなった掌を心地良く冷やしてくれる。
張りのある肉は手の動きに従って柔軟にたわみ、力を緩めればぷるんと弾んで元の曲線を取り戻す。
他の指を小さく蠢かせながら、和真は胸の頂きにある控えめな乳頭へと親指を滑らせた。
「やんっ!」
「あっ、すす、すいません! ここはマズかったですか!?」
思いがけず大きな反応に、和真は火傷をしたように親指を離し、雪菜の顔を覗き込んだ。
一瞬きゅっと目を瞑った雪菜は、すぐに身体の緊張を解きほぐし、そんな和真に向けて小さく頭を横に振る。
「違います……。和真さんの指が、とても気持ち良くて……。自分でした時よりも、ずっと……」
「じ、自分でっ!?」
信じられない告白に、和真は目を剥いて愕然とした。
雪菜は蕩けた表情のまま、その自覚も無しに淫らな睦言を言い募る。
「はい、お風呂場などで、試しに何度か……。でも、和真さんにされると、その何倍も気持ちいいです……」
(おっ、オレの雪菜さんが、風呂で、オッ、オ、オナ……)
雪菜が一人、風呂場で自分を慰める姿を想像し、和真の張り詰めた剛直がビクビクと跳ねた。
動きの止まった手に乳房を擦りつけるように、雪菜はもそもそと上体を細かく揺り動かす。
「ですから、和真さん……。もっと、そこを触ってください……」
甘えた声でねだられて、和真は再び胸の突起に指を伸ばす。
充血した乳首に指先を押し付けると、そこからは硬くしこった感触が返ってきた。
「あんっ! いっ、それ、いい、気持ちいいです……」
「ゆっ、雪菜さん、そんなにいいですか……?」
「はいっ……。和真さんの、手が、指が、私、すごく、気持ちい、んんっ……!」
和真が親指の腹で胸の先端を転がすと、雪菜はぴくぴくと身体を震わせて、鼻に掛かった喘ぎを洩らした。
薄目を開けて切なげに眉を寄せる様に情欲を刺激されながら、和真は掌全体で乳房を緩やかに揉みしだく。
隆起した乳首を二本の指の間で擦り立てると、下唇を軽く噛み締め、肩を竦ませる。
余計な躊躇いや恥じらいが無いだけに、雪菜は引き出された快感をそのまま受け入れ、官能を高めていった。
「雪菜さんの胸も、すげぇ気持ちいいです……。こうして揉んでるだけで、オレ……」
「そうっ、ですか……? ふふっ、何だか、嬉しいっ、です……」
「本当に、柔らかくて、気持ちよくて……。オレ、どうにかなりそうっス……」
雪菜の素直な言葉に釣られ、和真も自然と口を開き、うわ言のように自分の心情を吐露した。
親指と掌で挟み込んで優しく何度も握ると、その度に柔らかな膨らみがたふたふと波打ち、手の中でうねる。
外から内へ円を描いて捏ね回すと、和真の手の動きに従って淫らに歪みつつ、確かな弾力を返す。
和真の熱が伝わり、雪菜との体温に差が無くなると、瑞々しい肌が手指と溶け合っていくようにさえ感じる。
魅惑的な柔肉の感触に、和真は陶然となりながら、雪菜の乳房を愛撫していった。
「あの、和真さん……。私も、触って、いいですよね……?」
「え……っ、おうっ!?」
雪菜は快楽に弾んだ声で囁きかけると、答えが返る前に、片手を和真の胸板にそっと這わせた。
こそばゆさと心地良さが混じり合った感覚に、和真の肩がビクンと跳ね上がる。
触れられた乳首が雪菜の手の下でムクムクと立ち上がり、そこから痺れにも似た快楽が湧き起こる。
その反応に満足げな笑みを浮かべると、雪菜は撫でつけるような手付きで、和真の胸をさすり始めた。
「あ……。和真さんの鼓動、どんどん早くなって来ました……」
「うっく、雪菜、さんっ……」
「んっ、あ! 私も、胸が高鳴って……。とても、おかしな気分、ですっ……んんっ!」
雪菜のしなやかな手で胸板を辿られて、和真は小さく呻きを洩らした。
羽毛で梳くように優しく軽やかなタッチに気を取られ、和真の手の動きが少し強めに乱れる。
きゅっと乳首を柔肉に押し込まれた雪菜は、官能にぷるっと身を震わせ、和真の胸板に目線を落とした。
「確か男の方も、ここを触れられると感じるのですよね……?」
「くっ! ちょ、そんなっ、……くぅ!」
雪菜の細い指先が和真の乳輪の周りをくるりと回り、一拍置いて突起をぴんっと爪弾いた。
和真の腕にさぁっと鳥肌が立ち、口からは情けない悦楽の声が上がる。
「しなくて、いいですっ……! 雪菜さんが、こんな事……、っく、ううっ!」
「でも、感じているのですよね? だって和真さん、とても気持ちよさそうな顔、しています……」
和真の過敏な反応に気を良くしたのか、雪菜は子悪魔めいた笑みをその顔に浮かべ、更にそこを責め立てた。
爪先でかりかりと引っ掻くように乳首を弄くられ、和真の顔面がビクビクと痙攣する。
「ゆっ、きな、さんっ……。こんな事、どこでっ……」
「それはもう、たくさん勉強しましたから。他にも色々と覚えていますよ? 例えば、こういった事とか……」
「うっ、あ……! くぅっ、ゆっ、雪菜っ、さんっ……!」
雪菜は和真の首筋に顔を埋めると、時折軽く吸い上げながら、唇をゆっくりと滑らせていった。
むず痒い刺激に和真がもぞもぞと後じさると、雪菜はそれを咎めるように、鎖骨へかぷっと甘く噛み付く。
和真の身体がビクンと硬直すると、うっすらと付いた噛み痕を癒すかの如く、舌先をちろちろと蠢かせる。
雪菜の両手は優雅な舞のように揺らめき、和真の胸板から背中にかけてを妖しく撫で回していった。
「そう言えばこちらも、見ないで欲しいというだけで、触るなとは仰っていませんでしたよね?」
「えっ、あっ、あのっ……はうっ!?」
雪菜は思い出したように和真の顔を上目遣いに見やると、片手をするりと彼の下腹部へ伸ばした。
手探りで猛り切った肉茎の位置を捉え、ふわりと五指を絡めてそれを握り込む。
止める間もない素早い行動に、和真はただ大きく息を吐き、柔らかな手の感触に腰をわななかせる。
拒絶の言葉が出ないのを確認してから、雪菜はそれの形をなぞるように、ゆっくりと指を這わせていった。
「和真さんのここ、とても硬くて熱い……です。私の手が、火傷してしまいそう……」
「うっ、ああっ……!」
幹をやわやわと握られて、和真の剛直が雪菜の手の中で別の生き物のように跳ねた。
雪菜の細くしなやかな指は、暴れる肉棒を秘めやかに伝い、先端に向かって遡ってゆく。
やがて親指が裏筋の辺りに届くと、滲んで垂れた先走りに気付き、雪菜はその場所をくりくりと弄った。
「あっ、ここ、何か、濡れて……?」
「ひぐっ!? くっ、ううっ!」
「かう……何とか液と言いましたか? 男の人が気持ち良い時に、ここから出てくるのですよね……?」
「うっ、く……あっ!」
雪菜の問いに答える余裕さえ無く、和真は襲い来る快感に顔を歪めた。
裏筋から鈴口にかけての最も敏感な部分を、雪菜の指の腹が、ぬめりを塗り広げるようにして刺激する。
その間も、他の指は強張った幹の部分を優しく撫で回し、時折くぬくぬと揉み解す。
無意識の媚びを含んだ顔つきの雪菜から、自分の反応を明確に告げられ、灼けるような羞恥心が胸に広がる。
しかし声を殺そうにも、強烈な快感が怒涛の如く押し寄せて、和真の理性を押し流す。
そんな和真の喘ぎに情欲を昂ぶらせたのか、雪菜はもぞもぞと太腿を擦り合わせた。
「和真さん……。私も、濡れてきてしまいました……」
「あの、雪菜さん。オレも……、触っていいですか?」
甘い響きの雪菜の囁きを受けて、和真は言わずもがなの問いを発した。
雪菜はコクンと頷くと、剛直を緩く握ったまま、もう一方の手を和真の手の甲に重ね合わせる。
そして、小さく膝を割り開き、乳房に触れていた手を下へ引き寄せて、己の秘所へと導いていった。
「はい、私も、和真さんに触れて欲しいです……。ですから、こちらへ……」
「あっ、はっ、はいっ……」
雪菜の赤裸々な要求にどぎまぎしながら、和真は彼女の手が促すままに、指先を下腹部へと伸ばした。
手首を返して掌を上に向け、ささやかな柔毛を軽く掻き分け、下から掬い上げるようにしてその場所に触れる。
「あふぅ……ん!」
「すげぇ、ほんとに、濡れ、て……」
和真の指がぷにょんとした生の肉の感触に辿り着くと、雪菜の唇から甲高い喘ぎが飛び出した。
雪菜の股間はさらさらとした雫で潤い、ぽってりと充血した肉襞が、吸い付くように指の腹へ密着する。
知識でしか知らなかった女体の反応を実感して、和真の剛直がドクンと一回り大きくなる。
「やはり、和真さんの指が、一番、気持ち良いです……。もっと、私を、気持ち良くして、下さい……」
くったりと和真の肩に寄り掛かると、雪菜は安堵にも似た吐息と共に、秘所への愛撫をねだった。
和真の剛直をゆっくりと扱き立てながら、自ら腰を揺り動かし、快感を得ようとする。
「うっ、く、雪菜、さんっ……!」
「ん……っ、あ、そうです、それ、いいですっ……」
雪菜の手で引き起こされる快楽に衝き動かされ、和真も秘所に宛がった指を前後に這わせてゆく。
刺激を受けた雪菜の秘裂からは、すぐに新たな蜜がじわっと滲み出し、和真の指の滑りを良くしていった。
◇ ◇ ◇
「ん、はぁっ! 和真さん、私、そこが、すごくっ、んっ……。か、感じる、みたい、ですっ……」
「うっ、くっ、こう、ですかっ……?」
「んんっ! はいっ、そこっ、擦られるとっ、あっ……。 腰が、ぞくぞく、痺れてっ、んっ、いいっ……」
和真と雪菜は、互いの性器を弄り合いながら、相手のもたらす快楽に溺れていった。
雪菜の指先には次第に力が篭り、剛直を更にそそり立たせるようにして、上から下に何度も扱き下ろす。
経験の無い和真も、正直に告げてくる雪菜の言葉に教えられ、彼女の感じる場所を重点的に責め始める。
陰裂の上部にある凝り固まった肉芽を指先で転がすと、雪菜は悩ましげに腰をくねらせ、強烈な快感に喘いだ。
「あっ、そこも、気持ち良いです……。 奥から、どんどん、溢れてっ、止まらな……んくぅ!」
「ふくっ、はぁ、雪菜、さんっ……!」
「和真さんっ、止まりません、気持ち良いのが、こんなにっ……」
指を這わせた秘洞の入り口は人間とは違って、興奮を高めてもひんやりとした冷たさを保っていた。
だが、そもそも女性の身体に接するのが初めての和真には、その違いが分からない。
それに、熱を帯びてはいないものの、指に絡む襞はしっとりと柔らかく、充分すぎるほど心地良い。
浅い位置を掻き混ぜるように指をのたくらせると、そこからちゅくちゅくと淫らな水音が響いた。
「んふぅ、んっ! 和真さん、和真さんも、これっ、気持ち、良いですかっ……?」
「はいっ、いいです、すげぇいいですっ……!」
和真が指の動きを加速させると、雪菜も自分の昂ぶりをぶつけるように、剛直を扱く手を早めた。
もどかしげに上下する小さな手が、先走りのぬめりを得て滑らかに動き、和真の血流を股間に集中させる。
和真の肩口にしがみ付いた雪菜の肢体は、高まる官能に大きく身悶え、それに合わせて秘所が蠕動する。
湧き出る蜜が、指を捕らえる締め付けが、甘く切ない喘ぎ声が、和真の欲望を更に燃え上がらせた。
「雪菜さん……。オレ、そろそろ……」
「あ、済みません……。私、夢中になって忘れてしまう処でした……」
和真がそっと秘所から手を離すと、雪菜も我に返ったように腕の動きを止めた。
雪菜は凭れていた肩口から身を起こし、ほつれた髪を耳元に掻き上げると、緩慢な仕草で頭を下げていく。
自分の意図と違う行動に出た雪菜に、和真は慌てて彼女の肩を両手で抱き止め、それを制した。
「ゆ、雪菜さん、何をするおつもりで?」
「え? ですから次は……、お口でするのですよね?」
「いっいや、そうではなく……」
どんな偏った知識を詰め込んだのか、当然のように答える雪菜に、和真は力無くかぶりを振った。
今更言っても遅いかも知れないが、思い描いていた初体験のイメージを、これ以上壊してもらいたくない。
それに、この上そんな強烈な刺激を受けては、本番前に暴発させずに済む自信がない。
「では、胸でする方ですか? ですけど私、挟めるほど大きくないもので……」
「あの、そういうのはもう、ホントにいいですから……」
片方の乳房を寄せ上げて、申し訳なさそうに呟く雪菜に、和真は重ねて断りを入れた。
和真は雪菜の口から更に淫猥な台詞が飛び出す前に、自分の望む行為を口にする。
「つまり、雪菜さんの中に、オレのを、その、入れたいんです、けど……」
「あ……。そこまで省略してしまって良いのですか?」
「いや、もちろん、雪菜さんが大丈夫そうなら、ですが……」
雪菜は、習い覚えた手順を飛ばす事に、不安そうな顔つきで訊ねた。
一方和真は、その不安を行為自体に対する物と勘違いし、取り繕うようにそう呟く。
しかし、歯車の噛み合っていない二人の会話を訂正できる人物は、今この場には存在しなかった。
「はい、私の方はもう、準備は出来ていると思います。でも……」
「でも、な、なんでしょう?」
「……はい、申し訳ないのですが、『こんどーむ』だけはして頂けませんか?」
「あっ、そりゃそうっスね! いやははは、ちょ、ちょっと待って下さいねっ!?」
真剣な表情を浮かべて告げる雪菜に、和真はバタバタとベッドから降り、ゴミ箱に駆け寄った。
男の精を受けて子を産んだ氷女は、雪菜の母である氷菜と同様に、程なくその命を失ってしまう。
けれど、氷河の国を出奔した雪菜は、母親のように一時だけの交わりに想いの全てを賭ける必要はない。
雪菜としては、知ってしまった好きな相手と一緒に暮らす幸せを、決して失いたくはなかった。
「身勝手だとは思いますが、赤ちゃんが出来てしまうと、大変困った事になってしまいますし……」
「いっ、いや、雪菜さんが謝るような事じゃないっスよ! そんなの当然ですから!」
「そうですか? そう言って頂けると、とても有り難いです……」
だが、これだけの内容で和真にそんな深い事情を察しろというのは、無理な相談だった。
単に言葉通り、妊娠したら困るという意味に受け取った和真は、ゴミ箱を漁りながら雪菜に答える。
やがて静流から渡された紙箱を拾い上げると、中から一綴りになった避妊具を取り出した。
(姉貴に見透かされたみてーで悔しいが、使わせてもらうぜ……)
和真は釈然としない思いをとりあえず脇に置き、同封された説明書と首っ引きで、それを装着していった。
初めて手にする薄いゴム製品に悪戦苦闘しながら、何とか根元まで引き下ろす。
「お、お待たせしました、雪菜さん……」
「はい、お待ちしていました」
再び足音を鳴らしてベッドに登ると、雪菜はにっこりと微笑んで和真を歓迎する。
普通なら醒めてしまうような中断にも、全く気にする様子の無い雪菜の態度が、和真にとっては救いだった。
「で、では……」
「それで和真さん。どのような格好がお好みですか?」
「は? か、かっこう?」
そのまま押し倒そうとした和真は、雪菜からの問い掛けの意味を理解しかねて、鸚鵡返しに訊ねた。
雪菜は人差し指を口元に当て、記憶を思い返しながら呟き始める。
「ええと、確か、『きじょうい』とか『こうはいい』とか、色々とあったと思うのですが……」
「あーうー、いや、もう雪菜さんは、普通に仰向けに寝てくれればいいですから」
「あ、『せいじょうい』ですね。えっと、それでしたら、確かこう……」
「うっ……」
もはや訂正する気も失せた和真の言葉に、雪菜は自分からベッドに寝そべり、大きく脚を開いた。
しっとりと花開いた陰唇が躊躇いもなく晒され、その場所を直視した和真の息が詰まる。
雪菜は両手を迎え入れるように差し伸べると、和真に囁きかける。
「これで、いいですよね? 和真さん、来て下さい……」
「はっ、はい……」
和真は求められるままに脚の間に割り込み、片手で押し下げた剛直を秘裂へと導いていく。
亀頭を雪菜の入り口に宛がうと、濡れ切った秘所はそれだけで、ちゅくっと湿った音を立てた。
「あつっ……!」
「あっと、その、痛い……ですか?」
浅く入り込んだ肉棒の熱に軽く声を上げる雪菜へ、和真は気遣わしげな顔で訊ねた。
考えてみれば、いくら知識が豊富でも、初めてならば当然、破瓜の痛みはある筈である。
しかし、雪菜は和真の肩に両手を伸ばしながら、小さく首を左右に振った。
「いいえ、それほど痛くは無いです。以前は、もっと痛い事を色々とされましたから……」
「あ……。済んません、嫌な事を思い出させちまって……」
垂金に囚われていた時に、雪菜が受けた虐待の一部は、彼女を救出する時に垣間見た事がある。
同じ人間が雪菜に与えた非道を思い出し、和真は強い罪悪感に顔を歪めた。
だが、雪菜は安心させるようにそっと頬を撫で、柔らかな微笑みと共に和真へ声を掛ける。
「そんな顔をしないで下さい。私はもう気にしていませんし、本当に辛くありませんから……」
「そう、ですか?」
「あ、それとも、こういう時には痛がった方が宜しいですか?」
「いやその、別にそういった事は問題じゃありませんが……」
むしろここで痛みに泣き出されでもしたら、それを無視して続けられるかどうか分からない。
けれど、雪菜が苦痛に慣れているのを幸いと割り切れるほど、和真の想いは単純な物でもない。
様々な思考に動きを止めた和真に向けて、雪菜は軽く身を起こし望みを告げる。
「でしたら、続けて下さい。私、和真さんのこれが、もっと奥まで欲しいです」
「え……」
「おかしいですか? 先程から、身体がそう求めているように感じるのですが……」
その表情には嘘偽りなど欠片もなく、言葉通りに膣内が奥へと誘うように甘く締め付ける。
雪菜に対する愛情で他の全ての雑念を駆逐して、和真は再び侵入を開始する。
「じゃあ、続けますよ……?」
「あっ、ふ……。和真さんが、入って、来ますっ……」
和真が静々と腰を進めると、柔らかな肉襞が絡みつきながら、肉茎に合わせて狭い道を開く。
やがて二人の下腹部はぴたりと重なり合い、和真の剛直は根本近くまで雪菜の中へ潜り込んだ。
「ふぅ……。雪菜さん、辛くないですか……?」
「いいえ、少し熱いですけど……、とても、心地良い、熱さです……」
和真が一息ついて問い掛けると、雪菜は満ち足りた笑みを浮かべて、陶然とした声を返した。
意識では未だに良く理解できていなくとも、身体は和真に対する愛情を訴えて、ひくひくとわななく。
締め付けも決してきつ過ぎはせず、優しく抱き締めるような絶妙さを示している。
「あの、平気ですから、動いて、いいですよ……?」
「はっ、はい……」
再び雪菜に促されて腰を小さく後ろに引くと、取り巻いた微細な肉襞がなびき、沸き立つような快感が走る。
今まで味わった事のない刺激に心を奪われ、和真はゆっくりと雪菜の中を往復し始めた。
「んっ……、和真、さん……」
「雪菜さん、オレ……」
「ふ、んぅ……。はぅ、……んっ、ふぅ……」
和真が深く腰を沈める度に、雪菜の口からは押し出されたようなか細い吐息が洩れた。
濡れてはいても温度の低い雪菜の膣内は、和真の剛直に宿った熱を冷やしつつ、新たな快楽を送り込む。
結合部では湿った肉が奏でる微かな水音が生み出され、和真の鼓膜を妖しく震わせる。
「雪菜さん、これ位なら、平気ですか……?」
「はいっ……。でも、お腹の奥を、掻き出される、みたいで、んっ、どう言えば、いいのか……」
雪菜は、体内を優しく行き来する肉棒の感触を言い表せず、少し困ったように眉をひそめた。
苦痛は余り無くとも、異物に対する違和感はあるらしく、その声にも愛撫の時のような甘い響きは無い。
その反応を受け、和真の胸で雪菜にも快楽を与えたい、可憐な喘ぎを引き出したいという欲求が膨れ上がる。
和真は重心をずらして上体を片腕だけで支えると、空いた手を雪菜の乳房へと伸ばした。
「あっ、ん! んっ……ふ、ぁ、はぁ……」
和真が大きく開いた掌を胸の膨らみに被せると、雪菜は驚いたように目を見開き、ピクンと身体を跳ねさせた。
しかし、和真の手によって与えられる刺激に、僅かな緊張はすぐに解け、吐息に快楽の気配が混じり出す。
軽く浮かせた掌を左右に振れば、つんと隆起した頂点の突起が、四本の指の下でころころと転がる。
乳房への愛撫を交えながら、和真は緩やかに腰を前後に揺らしていった。
「んふ、ぅっ……。そんな、一緒にされると、私っ、ますます、分からな……んんっ!」
「いいんですよ、それで……」
「ですけど……、んっ! ふぅっ、ん……、あ、はっ……!」
二つの異なる感覚に襲われ、雪菜は混乱した顔つきで和真の顔を見上げた。
保護欲をそそる頼りなげな表情に更なる愛しさを覚え、和真は優しく囁き掛けつつ、肯定の証に頷く。
反論をしかけた雪菜は、指先で乳首を擦り立てられると、言葉を失い小さく身悶える。
和真の手は欲求の赴くままに、雪菜の乳房から脇へと滑り、輪郭を確かめるようにするすると下っていった。
「やっ、んぅっ……! 和真さん、それっ……!」
「こうされるのは、嫌ですか……?」
「嫌っ、では、ありませんけどっ……。少し、くすぐったい、ですっ……」
むずがるように身をくねらせた雪菜は、尻の辺りまで手を伸ばした和真へ、切れ切れの声で訴えた。
けれど、和真が尻肉を腰の動きに合わせて撫で回すと、言葉の内容とは裏腹に、心地良さげに目を細める。
「でもっ、ん……っ! 温かくて、気持ち良くてっ……、私っ、変な感じですっ……」
すべすべとした太腿を撫で上げると、雪菜はくっと膝を閉じかけ、和真の腰を挟み込む。
肩に掴まった小さな手が、和真が剛直を奥に突き出す度に、きゅっと縋るように握られる。
和真の熱を移された秘洞は、溶け出したかのように潤みを増し、溢れた雫が二人の間を妖しく濡らしていった。
「あふ、んんっ! 私……、お腹の、中が、んっ! ……はぁ、段々、痺れてっ……」
「うっ、くっ、雪菜、さんっ……」
和真がぎこちない愛撫を重ねていく内に、雪菜の性感は更に開花していった。
掌全体を使ってさする度ごとに、柔らかな肢体はしなやかさを増し、シーツの上で妖しくうねる。
時折手の動きを休めて、腰の動きだけを与えても、その声からはもはや戸惑いの気配は感じられない。
むしろ、一箇所に意識を集中する事によって、目覚め始めた膣の快楽を追い求めているようですらあった。
「んうっ、……あっ、身体が、熱いです、和真さんっ……!」
「はっ、はぁ、……っく、うぅっ……!」
一方、和真は慣れない動きと強い興奮に息を切らし、額にびっしりと汗をかいていた。
本来ならば疲れるほどの運動量でもないが、緊張が身体に余分な力を込めさせて、必要以上に体力を奪う。
自分の下で快楽に悶える雪菜の姿と甘い喘ぎに、心臓は狂ったように乱れ打ち、体温を上昇させる。
ぬたっと絡みつく肉襞が、薄いゴム越しに繊細な刺激を送り込み、舐られた剛直が勝手に痙攣してしまう。
高まる射精の衝動に操られ、和真の律動が一気に速さと激しさを増した。
「あっ、あっ! やっ、和真、さんっ、急に、どうし……っんぅっ!」
「済みませんっ、オレっ、もうっ、限界っスっ!」
「んっ、くっ、っあ、や、ぁんっ!」
いきなりテンポを変えた和真に向けての雪菜の問いは、最奥を強く抉る一突きに、途中で遮られた。
雪菜に許しを求める言葉を投げ掛けながら、和真は夢中になって狭い肉の狭間を蹂躙する。
両肘を突いた姿勢で細い肩を抱き、逃がしたくないとばかりに肢体を押さえつけ、腰を激しく打ち付ける。
連続する突き上げに雪菜の脚が中空で跳ね回り、ベッドのスプリングがギシギシと軋み出す。
飢えた獣のような荒々しい動きに、雪菜の膣内は強く掻き乱されていった。
「雪菜さん、雪菜さんっ!」
「んっ、ふっ!? あむ、むぅっ、んんんっ!」
狂おしげに腰をうねらせながら、和真は雪菜の唇を奪い、きつく吸い上げた。
雪菜も少し苦しげに顔を歪めつつも、手足を和真の身体に巻き付けて、その動きの全てを受け入れる。
「はっ、もうっ、オレ、オレっ!」
「あふっ、んっ! あのっ、私っ、お腹が、奥がっ、ずんずんっ、響いてっ……!」
和真が腰を引く度、それに合わせて雪菜の中がきゅっと締め付け、剛直を引き抜くような抵抗を示した。
最後の高みへと至る扉が開き始めたのか、雪菜の背中が引き絞られる弓のように仰け反ってゆく。
しかし、それより先へ進める前に、射精の予兆が全身を駆け抜けて、和真の四肢がガクガクと震え出す。
「うっ、くっ、く……うあぁっ!?」
そして和真は堪え切れずに、雪菜の身体をきつく抱き締め、媚肉の奥で自らの欲望を弾けさせる。
びゅくびゅくと大量に吐き出される白濁がゴムの先端に溢れ返り、和真の亀頭を軽く圧迫した。
「はぁっ! はっ、んはっ、はっ、はぁ……!」
「……あっ、和真、さん……?」
電池の切れた玩具のように動きを緩めてゆく和真へ、雪菜は戸惑ったような声を出した。
尚も断続的に身体の中で跳ねる肉棒と、陶然とした和真の表情から、何が起こったのかを漠然と悟ってゆく。
抱きついていた手を解いて和真の額に伸ばし、大粒の汗を拭いながら、雪菜は優しく問い掛ける。
「あの……。もしかして、もう、いってしまわれたのですか?」
「うぐぅっ!」
和真はその言葉に、胸を特大の槍で貫かれたように感じ、喉の奥に息を詰まらせる。
雪菜に責める気は無くても、こうも意外そうに言われてしまうと、男の心理的に厳しいものがあった。
「はっ、はいっ、すんませんっ……」
「あ、いえ、あまり気にしないで下さい。私も、とても気持ち良かったですから……」
「そっ、そう、ですかっ……。そう言って、もらえると……」
フォローを入れる雪菜の囁きに、和真は多少救われた気分になった。
しかし、続けて雪菜は体内の肉棒を確かめるようにして、下腹部にきゅっと力を込める。
「それに、和真さんのこれ、まだお元気ですし……」
「は? え、ゆ、雪菜さんっ?」
「……この分でしたら、もう一回ぐらい、出来ますよね?」
「はぁっ!?」
雪菜は剛直をしっかりと捕えながら、瞳に淫蕩な光を煌かせて、和真の顔を覗き込む。
予想外の発言に、和真はあんぐりと大口を開けて、調子の外れた声で聞き返した。
「あ、駄目ですか?」
「いえっ、だっ、駄目だなんて、そんなっ! 雪菜さんが望まれるなら、何度だってしますとも!」
軽く落胆した様子の雪菜に向けて、和真は慌てて言い繕った。
惚れた弱みと言うか、彼女に悲しそうな顔をされると、和真の舌は考える前に動いてしまう。
すると雪菜は、ぱあっと顔を輝かせて、弾んだ声で無邪気に喜ぶ。
「本当ですか? それでは、もっともっと、いっぱい気持ち良くして下さいね?」
「うっ……。は、はい、頑張ります……」
雪菜の口振りでは、一回や二回では済みそうにないが、かと言って今さら訂正する訳にもいかない。
安請け合いした自分に軽い後悔を覚えながら、和真は気圧されたように力の無い声で答える。
力尽きる前に雪菜を満足させられるのかどうかは、今の和真にとってはかなり分の悪い賭けであった。
◇ ◇ ◇
それから数ヶ月後。
和馬と静流は、体調を崩したと言う雪菜の付き添いで、蔵馬お墨付きの妖怪専門の病院にやって来ていた。
静流は煙草が吸えないでいる為か、手持ち無沙汰に組んだ足へ肘を立て、頬杖をついている。
暫くして、隣で足を踏み鳴らし続けている弟をジロリと睨み付けると、静流は煩わしそうにぼそっと呟いた。
「カズ。うっとうしいから、その貧乏揺すりはやめな」
「だってよ、もしヤバい病気だったりしたら……」
「お前が焦ってどうなるもんでもないだろ? いいから落ち着きなよ」
「そりゃ、分かってんだけどよぉ……」
今まで一度も身体の不調を訴えた事のなかった雪菜だけに、和馬の不安の種は尽きなかった。
言われて一旦は止めたものの、どっかりとソファーに腰掛けた和馬の膝は、すぐにまたカタカタと動き出す。
呆れた静流が嘆息して視線を逸らすと、ちょうど診察室のドアが開き、雪菜が姿を現した。
「……ほら、出てきたよ」
「ゆっ、雪菜しゃん!」
静流がそう言って指差すと、和馬は裏返った声で呼び掛けながら、雪菜の元へと駆け寄った。
扉の向こうへ丁寧にお辞儀をしていた雪菜は、ふっと和馬の方を振り返ると、にこやかに表情を緩める。
「あ、和馬さん」
「雪菜さん、どうだったんスか!? 変な病気とかじゃないですよねっ!?」
「あっ、はい。特に悪い処は無かったそうです」
そう答える雪菜の顔はとても穏やかで、心配を掛けない為に嘘をついているようにも見えない。
自分の懸念が杞憂で済んだ事に、和馬は内心ホッと胸を撫で下ろした。
「そうですか! いや〜、それは何よりでした、はっはっは!」
先程までの不安を吹き飛ばすように、和真は胸を反らしてわざとらしい笑い声を上げた。
雪菜もそれに合わせて満面の笑みを浮かべ、目を輝かせて和真の顔を見上げる。
「はい、ただ単に、赤ちゃんが出来ただけだったそうです」
「なるほどなるほど、そうだったんですか! いやはっはっはっ……は?」
頭に手をやって笑い続けていた和真は、途中で雪菜の言葉の意味を理解して、ひきっと硬直する。
雪菜はまだ膨らんでもいない下腹部へ両手を添え、そこに視線を落としながら、嬉々として呟いた。
「こんなに早くお母さんになるとは思わなかったのですけど。お医者様の話だと、まず間違いないそうです」
氷女は100年に一度の分裂期に、誰の力も借りずに一人で子を宿す。
けれど、そこまで歳を重ねていない雪菜には、本来ならばまだまだ先の話のはずであった。
医師の推測によると、強い性的刺激を繰り返し受けた事によって、その周期が早まったらしい。
生まれた直後に母親を失い、兄の所在も不明な雪菜にとっては、新たな血縁者が出来るのが、ただ嬉しかった。
「あのっ、雪菜さん、それってもしかして……?」
「はい、和真さんがいっぱいして下さったお陰みたいです。本当にありがとうございます」
「え、いや、別に礼を言われる事では……、でも、あ、あっれ〜っ?」
しかし、氷女のそんな生態を聞かされていない和真にしてみれば、これは全く訳の判らない状況であった。
もちろん、将来的に責任は取るつもりであったし、それ自体についてはむしろ望むところである。
だが、きちんと避妊をしていたのに、いきなり子供が出来るという展開は、完全に和真の予想外だった。
あの日から今日までに、何度も身体を重ねた事はあったが、その時にもコンドームはきっちり着けている。
それに、『赤ちゃんが出来たら困る』と言っていた雪菜が、こうまで嬉しそうにしているのも、理屈に合わない。
すっかり混乱して立ち尽くしていると、剣呑な気配が背後に忍び寄り、和真の全身がざあっと総毛だった。
「か、ず、ま?」
「ね、姉ちゃん……。い、いや、お姉さま……」
背後から親しげに首へ腕を絡め、肩口に寄り掛かってきた静流の顔を、和真は目だけを横に動かして窺った。
その表情も声色もいつもの通り平静だが、瞳には酷薄な光が宿り、額には大きく青筋が浮かんでいる。
他人には判別できなくとも、姉弟である和真にだけは、彼女が心底から激怒しているのが分かる。
以前に姉の逆鱗に触れた時の、身の毛もよだつ制裁の数々を思い出し、和真の背筋に戦慄が走った。
「お前、姉ちゃんの言ったこと、全然判ってなかったみたいね? ……いい度胸だ」
「そそそっ、そんな事はありませんです。俺はちゃんと避に……ぐっ!?」
弁解をする暇もなく、静流の腕が雪菜には分からないほど巧妙に、和真の首をギリッと締め上げた。
戸愚呂兄や仙水にも劣らないほどのプレッシャーを受け、和真はガマ蛙のようにダラダラと油汗を流す。
「……雪菜ちゃん。私はこのバカとちょおっと話があるから、悪いけど先に帰っててくれる?」
「あ、はい、わかりました。それでは、お家に戻ってお食事の用意をしておきますね」
弟の首を確実に極めたまま、静流は何食わぬ顔で雪菜に柔らかな笑みを向け、思いやりを込めた声で告げた。
その緊迫した雰囲気を全く理解できていない雪菜は、静流の言葉にあっさりと従う。
二人に向けて小さく頭を下げると、軽やかに身を翻し、弾むような足取りで病院の外へと出て行った。
「安心しな、カズ。ちょうどここって病院だから、……腕の二・三本ぐらいもげても大丈夫」
「ゆぎなざん……、だ、だずげでぇぇぇっ……」
幸せ一杯と言った様子の雪菜の背後で、和真が市場に売られる子馬のように引きずられて行った。
助けを求めて震える手を伸ばす和真の声は、小さ過ぎて浮かれた雪菜の耳には届かない。
「和真さんと静流さん、本当に仲が良いのですね……。ふふっ、ちょっと羨ましいです」
完全にピントのずれた感想を呟きながら、雪菜は鼻歌混じりに病院から歩み去る。
雪菜が消えた少し後、和真が連れ去られていった病院の奥から、絞め殺される鶏のような絶叫が上がった。
〜END〜