『今年こそ一緒に祭りに行こうな、予定空けとけよ』  
かなり早いうちからそう言っていたのに、当の本人はまたどこかへ行ってしまっ  
たまま連絡がない。  
もう、しょうがない奴。  
中学生の頃からそうだったからもう慣れてはいるが、このままずっとあの子供の  
ような幽助をただ待っているだけなのかと、蛍子は心のどこかで焦りと怒りを感  
じている。  
連絡がない時は一体何をしているのか、いつ帰るのか、それさえ分からないま  
まここで待っていることを当然のように思っているのは、もう我慢が出来ない。  
来年大学を卒業して社会人になってしまったら、もうそんな呑気な相手をいちい  
ち待ってはいられなくなるのだ。  
今だったら許してあげる。早く帰って来なさいよ。  
夏祭りはいよいよ翌日と迫った日の午後、蛍子はぼんやりとそう考えながら空  
を見上げた。  
もう、今年の浴衣もちゃんと買ってあるのだから。  
 
翌日は街全体がどこか浮かれた雰囲気になっていた。  
早朝のうちから浴衣姿ではしゃぐ子供たち、商店街を派手に飾る安っぽいけれ  
ど温かみのある色彩の波。どれもこれも夏祭りの気分を盛り上げるのに相応し  
い。  
「おばさん、ジャガイモとタマネギ下さい」  
近くの八百屋で買い物をする蛍子に、おばさんもにいっと笑いかける。  
「今日のお祭りは盛り上がるよ。あんたも彼氏と行くんだろう?」  
「ええ、まあ…」  
「だよねえ、こんないい娘さんになったんだから、男も放っとかないよね」  
「おばさんたら…」  
もちろん蛍子もそのつもりだった。  
小さな頃から幽助のお嫁さんになりたいと思っていた。いつも何かある度に結  
婚しようねと言ってくれたし、きっと大人になったらそうなる筈だと思っていたの  
に、放っておかれてばかりだ。  
腹が立って、いっそ別の人と付き合おうかと思ったこともあるが、やっぱりそん  
な気になれないまま二十歳を過ぎてしまった。  
幽助。  
私はいつまでも待っている訳じゃない。  
早くしないと後悔するからね。  
買い物帰りの道で、はらりと涙が零れた。  
 
夜になると、街は一層賑やかになった。  
屋台の並ぶ神社に向かって歩く浴衣姿の家族連れがぞろぞろとひしめく。蛍  
子の家の食堂も、いつもの何割り増しかの客で込み合っている。いっそ、ここ  
でずっと手伝いでもしていたら気も紛れるかと思っていたのに、変に気を利か  
せた両親がもう手伝わなくていいいからと言ってきた。  
「だって、忙しいでしょ」  
「祭りの夜に若い娘を家に閉じ込めるような、無粋な真似はしねぇんだよ、ウ  
チは」  
荒っぽいが気のいい父親が、そんな風に言ってくる。  
その気持ちは嬉しいが、蛍子はまだ素直に喜べない。  
一緒に行く相手がいないのだから。  
それでも乗らない気分で浴衣を着て、下駄を履いて外へ出ると、どこからか軽  
やかな太鼓の音が聞こえてきて、それなりには楽しい。このままぶらぶらと歩  
いてみようか。  
一人だけの蛍子は、足を神社へと向けた。  
 
一時間ほど屋台を見て回り、何となく赤い金魚二匹と薄荷の飴を買って昼間  
よりも涼しくなった街を歩く蛍子の耳に、懐かしい声が届いたような気がした。  
「蛍子」  
「えっ?」  
振り返っても、誰もいない。  
「蛍子、久しぶりだな」  
「…幽、助?」  
暗がりの中に、確かに待ち続けた相手が立っていた。  
相変わらず、長い間待たせたことなど気にも留めない様子で呑気そうに笑っ  
ている。  
私がどんな気持ちで待っていたと思ってるの!  
ひっぱたいてやらないと気が済まない。そうは思っても、下駄履きの足はだん  
だんと幽助に向かって走り始めている。  
「ごめんな、蛍子」  
「幽助のバカぁ!」  
 
 
終わり  
 

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