こんばんは、と笑いながら狐が部屋の扉を開く。
チラリと一瞬、書類から視線を上げて目でも確認する。
「飛影は今いないが」
「えぇ、知ってますよ。だからお邪魔しに来たんです、ほら・・・いつも厭な顔されますから」
なら、何をしに来たのだと、そう問いかけようとして相手の手に視線を移動させる。
「また妙なモノを持って来たのか」
「人間界のお酒の一種で、滋養強壮に良いと言う逸品ですよ」
相変わらず変な物を持参して来る奴だな、と呆れ顔で狐の表情を窺ってみた所で、いくら俺とてコイツが何を考えているのか
想像出来る筈も無い。否、したくもないと言うべきか。
それよりも、あちこちを移動している百足によくまぁ呑気に気軽に入って来れたものだと、そっちの方に感心してしまう。
「飛影がお前に対してよくいらつくのも理解出来る気がしたぞ」
「それはどうも、と言うべきですかね。それじゃ、これ置いて行くんで。早く帰らないと明日辛いんですよ」
中に進んで机に置く事も無く、扉の前に置かれた小机の上にその箱を載せて出て行く間際、狐が楽しげに口を開いた。
「そうそう。滋養強壮が必要な理由はですね、毎晩貴女の相手をしていたら飛影がモたないんじゃないかと思いまして」
あはは、と軽い笑い声を残してするりと扉の向こう側に消えた狐の一言を聞いた途端、体が硬直してしまって
喧嘩を吹っかけるどころではなかった。
「毎晩・・・・毎晩はやはり辛いのか、あいつでも・・・」
腹黒狐めが余計なお節介を、と呟きながら小机に載せられた箱に目をやる。赤い箱に書かれた文字は人間界のままの物で、
『養命酒』
・・・・・・・・・・滋養強壮には確かに効きそうな名前だな、と人間界を知らない躯は頷いて書類に視線を戻した。
その晩、それを大量に呑まされたせいで酔い潰れた飛影を前に躯が呆然としたのは秘密である。