いつもなら窓から入って来る彼女が、今日は部屋の扉を開く。
「あたしに用があるって、何さね蔵馬?」
しかもわざわざ人間の皮被ってまでって面倒な事言ってさぁ、と文句を垂れつつ相変わらず無頓着なパーカー姿のまま、
ぼたんが中を覗けば、そこにいたのはベッドに寝そべる部屋の主と床に散らばった紙くずの山、山、山。
「や、やだよちょいと。アンタどうしちまったんだい?」
あらあらあら、とおばさん臭い口調でゴミを拾ってはゴミ箱へ放り込みつつ、ベッドまで近付く。何の反応もしないので
ヒョイと顔を覗き込むと、そこにいたのは彼にしては珍しく軽く顔に赤味がかかり、額に汗が浮いた・・・・どう見ても
風邪をひいて熱を出している蔵馬の姿。
「ん?あ、ぼたんさんですか。すみません気付かなくて」
ケホ、と小さく咳払いをしてから顔を上げて、布団から体を起こそうとする相手を慌ててぼたんは手で抑える。
「ちょいと、ダメだよ蔵馬。季節外れの風邪は体調崩しやすいんだからね、と言うかもう崩してるから意味が無いさね・・・
とか言う暇あったらとりあえず薬はどこにあるのさ?飲んだのかぇ?飲んでないならちゃんと飲まな」
「はいぼたんさんちょっとストップ」
ほぇ、と目を丸くする彼女に、蔵馬はにっこり、と少し赤らんだ顔のまま微笑みかけると、口を開いた。
「とりあえず、汗をかき過ぎて気持ち悪いので・・・背中拭いて頂けると助かるんですが」
色々と魔界の薬草を育てるせいもあってか、蔵馬の部屋の中には一応洗面台がある。それを指さして、蔵馬はもう一度
小首を傾げるようにぼたんを見上げて『お願い』をまた告げた。
呼ばれた用事はそれかぇ、と納得したのか素直にタオルを探し、洗面台に向かうぼたんを見ると、蔵馬は枕元の携帯を
コッソリ触る。誰になのかは分からないが、素早くメールを打って畳むと、何事も無かったかのように戻って来る
ぼたんがベッドの傍に腰をおろすのを待って服を脱ぐ。
それを横目に見つつ、タオルをぎゅ、と絞って晒された汗ばむ肌を拭いていく。ほぼ背中を拭いた辺りでポツリ、と一言。
「はー、割と傷残ってるんだねぇ蔵馬って」
「どこ見てるんですかぼたんさん?」
「へ?あ、いや、その、あの、だって見えるモンは見えちまうじゃないのさ」
「・・・・ぼたんさんてえっちなんですね」
「な、なんつー事言うさね、蔵馬ーーっ!」
馬鹿〜、と叫びそうになる彼女の口元を蔵馬の手がそっと塞ぐ。モゴモゴと手の下で何か言われても気にせず、もう片方の手で
自分の唇の前に人差し指を立てて『しぃ〜』というジェスチャーをすれば、やっと大人しくなるぼたんの姿。
蔵馬はその大人しくなった口から手を離せば溜息を零しつつ枕を背中に当て、ベッドの上で居住まいを正し、小首を傾げて
「冗談ですよ、冗談。それともまさかとは思いますが、ぼたんさんは本当の事を言われたから慌てたとか」
「そ、そ、そ・・・・・・っ!」
「それなら是非お願いしてみたいなぁ、なんて」
「な、な・・・・」
「冗談じゃ、ぼたん」
いきなり降って沸いた声に、ぼたんが動揺しつつ振り返ると、そこにいたのは彼女の上司。
「もう少し遊ばせて貰いたかったんですけどねぇ、俺」
「ワシの玩具は貸し賃が高いぞ、蔵馬」
「はいはい、ちゃんと次の時にお約束の物は用意しますから」
にっこり、と微笑み合う二人を交互に見ると、ぼたんはまた自分がハメられた事に気付いて今度は蔵馬ではなく自分の上司に
向かって無言で大きなビンタをかましたとか、かませなかったとか。
「ぼたんちゃん相手に意地悪したんだってね、蔵馬君」
「えーと・・・静流さん、その情報は何処から出て来たんですか」
「秘密。ほら、背中拭いてあげるから出しなよ」
「変な事しないで下さいよ?」
「大丈夫だよ、蔵馬君じゃあるまいし。あたしはエッチじゃないから安心しな」
くつくつ、と楽しげに笑う女性の前には流石の狐も為す術が無かったと言う事です。