久しぶりの人間界だった。  
第一回目の魔界トーナメントが終わって、もう二年が過ぎようとしている。  
魔界と人間界を仕切る結界が解かれ、S級クラスの妖怪である彼が  
こうして自由に人間界と魔界を行き来できるようになったという事実とは裏腹に、  
既に人間界での目的を達成した今となっては、何か理由が無い限り、訪れる事も少なくなっている。  
その理由の幾つかには、人間界にすっかり溶け込み、  
それでいて魔族としての腹黒さを時々垣間見せる妖狐に用事がある時や、  
あの人間に見せかけて実は魔族だった等と言う、元よりれっきとした妖怪である彼から見ても  
全く奇妙で摩訶不思議な男につまらない用事で呼び出された時等があげられる。  
そして、もう一つ――  
 
***  
 
「うぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!雪菜っすわぁぁんんん!!  
どこに行ったんですかぁぁ!!?雪菜すぁぁぁん!!!!」  
「あーーーーーーーもう五月蝿いね!!アンタが探すと余計雪菜ちゃん  
体裁悪くて帰ってこれなくなっちゃうんじゃないのかい!?  
近所迷惑な探し方するんじゃないよ、この馬鹿は!」  
「だってよぉぉぉぉ、もし……もし雪菜さんの身に何か起こったら……  
いや、もう既に事件とかに巻き込まれてたりして……  
そう考えると居ても立っても居られねぇじゃねぇかぁぁあぁ!!」  
「だから探し方に問題があるって言ってんのよ!もーちょっと常識弁えた  
人探しをしろって言ってんの!大声張り上げたって雪菜ちゃんは……あーあ……」  
そんな彼女の話を最後まで聞かぬ内に、背がのっぽのチンピラ風の男は  
大声を張り上げながらあさっての方向へと駆けて行った。  
「ったく……あの馬鹿は……」  
ぶつくさと声にならない文句を言いながら、ドアノブを回し家に入ろうとしたその時。  
 
「―――おい 」  
「 ん?」  
女――桑原静流は、聞き覚えのある声のする方に振り向いて。  
後ろから声をかけてきた黒づくめの男を一瞥すると、にっこりと微笑んだ。  
「あら、久しぶりじゃない飛影君。和馬の馬鹿に用事なら、さっき…」  
「―――別にあいつに用事があるわけじゃない」  
飛影――そう呼ばれた男は、いつもの如く僅かの感情さえも込めぬ口調で静流の言葉を遮る。  
「…そう?じゃあ、後君が用事があるとしたら…雪菜ちゃんかしら?」  
「………」  
沈黙は最大の肯定の意でもある。静流は図星ね、と悪戯っぽい笑みを浮かべる。  
「雪菜ちゃんは今はここにはいないよ。昨日私に心配しないで、すぐに帰ってきますって行って出ていっちゃった。」  
「――何だと…!?」  
飛影の顔が――常にはあまり感情を表に表す事の無い男の顔が、明らかな動揺の色を含んだそれへと  
変わり、また人一倍感のいい静流が、それを見逃すはずも、気付かぬわけもない。  
「必ず帰るから探さないでってね。雪菜ちゃんがそう言うなら私たちは待ってることしか出来ないしさ。  
それなのにあの馬鹿がまったく…」  
「…そうか…」  
思い当たる節はある。そしてそれこそが、今回彼が雪菜を尋ねた理由でもあった。  
飛影はそれ以上何も言わず、その場から離れようと踵を返す。  
「―――雪菜ちゃん君に会いたがってたよ」  
背を向けた矢先に届く静流の思わぬ科白に、飛影は耳を疑い、訝しげに彼女を見る。  
「…何だと?」  
「雪菜ちゃん、時々蔵馬君や幽助君に会うたび、君の事聞いてたよ。  
君の事、すごく気に掛けててね。飛影君ならその眼で雪菜ちゃんの居場所わかるんでしょ?  
行ってあげてくれないかな?」  
――全てを見通したような、全てを悟っているような、女の眼差し。本当に、ただの人間か?  
弟である桑原和馬とは、また違う――独特の雰囲気と直感を持った彼女に、  
この時僅かな苦手意識を覚えながらも、妙なプライドが、妙な理性が、  
彼の本音をひた隠しにしようと首をもたげて紡がれる。  
「……貴様に命令される筋合いはない。大体雪菜がどうなろうと俺には関係が無いことだ…」  
そんな飛影の辛辣な科白の裏に潜む本心を知ってか知らずか、静流は顔色一つ変えずにおどけて言う。  
「ははっ、そりゃそうだ。ま、気が向いたらでいいよ。ところでさ、飛影君。」  
「…?」  
…まだ何かあるのか、と忌々しげに静流に目を向けると、  
静流は飛影をじっと興味深そうに見つめながら、言う。  
「―――背、伸びたね」  
 
山である。玄海が死ぬ間際、守ってくれと遺言にしたためてあったらしい自然のままの土地。  
邪眼の千里眼能力で雪菜を探すと、この場所が見え、そして山中の奥深くの洞窟の中。  
――雪菜が横たわっていたのが見えた。  
想像が、現実に変わった瞬間だった。居ても立ってもおれず、急いでこの場所に駆け付けた。  
自分の想像通りだとすると、もし本当にそうであるなら。  
自分などが行っても彼女にどうしてやることも出来ないかもしれない。  
彼女の為に何もしてやれない己を責めるだけかもしれない。  
しかし、それでも。彼女の下へ、むかわずにはいられなかったのだ。  
その場所に、その洞窟は確かに存在していた。  
しかし、大自然の中の、それも夏という季節の中、それはひどく似つかわない光景だった。  
明らかに人為的―――極めて奇妙な光景。  
洞窟――本来ならばぽっかりと薄暗い口を開いているはずなのだが、そこは今冷たい氷の壁に閉ざされていた。  
それこそが、彼の、氷女の妹――雪菜がそこに居る証であった。  
「…雪菜…」  
呟きは、彼女の耳には届いてはいないだろう。飛影は惑った。  
堅く氷に閉ざされたその洞窟の内部に――自分は入るべきなのだろうか?――と。  
やはり予想どおり、自分は何もしてやる事が出来ないのだろうか。  
己の炎の力を使えば、或いはその懐に隠し持つ剣で以って他の出入りを拒む  
氷壁を壊す事等は容易かろう。  
しかし、雪菜はそれを望みはしないかもしれない。  
無力感に捕われながらも、躊躇いがちに飛影はその洞窟に近づいていく。すると。  
「うー…」  
「……」  
呻く、獣の声。彼に敵意を持った、鋭い殺気。  
洞窟の横にそびえる大木から姿を現す、狼。  
とは言え、どうやらまだ子供であるらしく、体は小さく頼りない。  
子供独特の高い声で飛影を威嚇する。  
「…… 」  
おそらく後一歩でも近づこうとすれば、今にも襲い掛かって来んばかりに、子狼の目は鋭かった。  
しかし飛影にはそんな威嚇など、威嚇の意味さえも為さない。  
こんな小さな狼など、彼の妨げにさえもならぬ微々たる存在であるのだから。  
一歩、彼が踏み出すと。  
「がるるるるっ!」  
甲高い声で獣の咆哮を上げ、飛影に襲い掛かろうとした、その時。  
 
「―――やめてっ!!」  
 
パリーンッ!!  
 
「!!?」  
大きなひび割れの音と共に、女の声が響く。飛影と狼の双方が声の方向に顔を向ける。  
割れた氷の中に、彼が探していた少女の姿を見つけ、呆然と呟く。  
「…雪菜…」  
――まだ、こんな力を残していたのか――安堵と共に、強い力を使わせてしまったことに対する  
不安も沸き起こる。  
体力を、少しでも温存しておかなければならない時だと言うのに。  
無茶をする妹と、やはり来るべきではなかったのかもしれない己を交互に責めた。  
「飛影…さん…来て、くださったんですね…」  
弱々しく…しかし本当に嬉しそうな笑みで、少女は彼を見る。  
そんな雪菜の姿に、飛影はたまらない気持ちになった。  
「くぅーん…」  
先程まで、敵意剥き出しであったはずの子狼が、雪菜の姿を確認するや、  
甘ったれたような、もしくは心配しているような、そんな鳴き声をあげた。  
「大丈夫よ、この人は私を傷つけたりしないから…ずっと守っていてくれてありがとう。  
さぁ、お母さんのところに戻りなさい。私はもう大丈夫だから…」  
雪菜がそう言いながら子狼の頭を優しくなぜると、子狼は尻尾をパタ、と一降りしてから、  
森の中へと駆けていった。  
その後ろ姿を優しく見守りながら、雪菜は言った。  
「あの狼さん、私をずっと守っていてくれたんです。私が淋しいのをわかってくれたのか、  
ずっとここに居てくれて…さすがに氷の中に入れると凍えてしまうから洞窟の中  
には入ってもらわなかったんですけど」  
―――笑う。弱々しく、疲れたような、顔色は青ざめていながら頬だけが妙に紅い。  
おそらく高い熱があるはずだ。立っているのも辛いだろうに。  
「――苦しそうだな…」  
すっかり憔悴した妹を前に、飛影はうまく言葉が出てこなかった。  
そんな自分がひどくもどかしい。  
「…いいえ、これ位で苦しがっていたら、後が大変です。今から…まだこれから、なんです。  
飛影さん…ここには、どうして…?」  
雪菜の問いに、飛影はなんと答えていいか迷ったが、彼の天邪鬼な性格故に、  
まさか雪菜を心配して等と言えるわけがなかった。  
「…たまたまここを通ったら氷の壁が見えた。それだけだ…」  
飛影の、無理のある不器用な言い訳に、雪菜はおかしそうにくすくすと笑いだした。  
 
「そう、ですか。だったら氷の壁作っておいた甲斐がありました。  
そのおかげで、飛影さんに会うことが出来たんですから。」  
そう言って無邪気な笑顔を見せる妹を前に、飛影はつまらない言い訳を口走った自分に後悔を覚えた。  
同時に、静流の――雪菜が自分に会いたがっていた――という言葉と、この雪菜の嬉しそうな顔が一致して、  
複雑な気持ちになった。  
「飛影さん…お願いがあるんです。」  
「?何だ?」  
「お時間が、ある限りで‥構いません。少しでいいですから…」  
言うか言わまいか、惑っているように見えた。いったん言葉を切って、そっと目を伏せた。  
しかし、次の瞬間、何かを決意したように飛影の目をしっかりと見据えながら、雪菜は言った。  
「私と…一緒に居て頂けませんか。私の側で……居て、欲しいんです。」  
飛影は、鋭い目を僅かに丸くさせ、驚いたような表情で彼女を見る。  
彼女の言葉に、胸を鷲づかみにされたような緊張が彼を纏う。  
「何を…」  
「お願いします……飛影さん……」  
頬が紅いのは熱の所為か。目は潤み、縋るように彼を見詰め、声を絞り出した。  
哀れを誘うその姿に、飛影はぐらつく心を押し殺し――いつもの彼らしくあろうと、振舞った。  
「…フン……桑原のところから勝手に逃げ出して来ておいて、  
今更寂しくなったってところか?随分と強い覚悟だったようだな。」  
精一杯の皮肉を、彼女に浴びせる。  
寂しいなら、苦しいなら桑原の所に帰ればいい。  
元より、こんな家出まがいの事をする必要など、無いのではないか。  
それなのに、何故――妹を責める気持ちの方が先立った。  
「――はい……でも……」  
飛影の毒舌が通じているのかいないのか――分からぬままに。  
飛影は、雪菜に翻弄される自分の唇を、噛み締めた。  
「――飛影さんを、待っていました。来てくれると――信じていましたから」  
 
 
***  
 
 
洞窟の中は寒い。  
それは雪菜の作った氷の所為。熱の篭った己の身体を冷やす為の、精一杯の、ささやかな抵抗の為。  
飛影と共に洞窟の内部に再び入ると、残った妖力で先程と同様の氷の壁を作り、  
夏の熱気が入り込まぬように入口を固く閉ざした。  
それでも太陽の光が氷越しに僅かに射して、洞窟内は真っ暗と言うわけではない。  
そして中は雪菜が自らの妖気を放出して作ったのであろう氷柱が天からぶら下がり、雪が地に積もり、  
異様ではあるがどこか美しい、別の次元に迷い込んでしまったかのような錯覚が飛影を襲う。  
力を使ってしまった所為か、或いは高まっていく熱に耐え切れぬ所為か――  
雪菜は雪の寝床にその身を横たえている。  
はぁ、と僅かに苦しげな吐息が漏れ、頬の紅みと汗で張り付いた髪が痛々しさを増長させる。  
洞窟の中が寒いと言っても、飛影にとってはそれは苦になる程では決してなく、  
それより彼女の体温が少しでも下がればよいのに、と。  
その為なら、彼女が楽になるならもっとこの中の温度が下がればよいのか、と、  
無理な願いばかりが頭を掠めた。  
苦しさに耐える彼女の寝床の傍らで、彼女の顔を見詰めながら、彼女の作った雪を手に取り  
小さく喘ぐその口元へ運ぶ。  
口の中に冷たさが広がり、その瞬間だけ雪菜の表情が僅かに清々しいものへと変わった。  
こんな事しかしてやれない自分を呪った。  
氷の国で生まれながら、氷女である彼女の双子の兄でありながら、持つ力は全く逆の、炎の妖気。  
皮肉な偶然。残酷な必然。  
妹の無事を願い続けるしか出来ぬ我が身の無力さが、兄を苦しめた。  
氷女の衣――真っ白な着物が首元までを覆い、腰を巻きつける帯が酷く窮屈そうに見えて。  
どうしたものかと迷ったが、彼女の呼吸はやはり苦しそうで、いたたまれない。  
たどたどしい手つきで彼女の帯に、手を掛ける。  
「…雪菜……」  
飛影の問いかけに、虚ろく潤んだ瞳を薄っすらと開けて、彼を見る。  
「…飛…影さん……?…あ…っ…」  
彼の手が、自分の帯に掛かっているのを見て、微かに身じろぐ。  
 
「……心配するな。緩めるだけだ。苦しいんだろう?」  
「……っ……」  
飛影の言葉に、雪菜は紅い頬をさらに紅潮させる。  
胸が、きゅうっと締め付けられるような気分になった。男の手で自らの衣を解かれる  
その行為に対し、雪菜は恥じらいの感情を持ちつつも、少しずつ与えられる  
解放感に、拒む事はしなかった。  
衣擦れの音が互いの耳について、飛影は雪菜の衣を脱がしてはしまわないように  
注意しながら、襟元を緩める。  
固く締め付けられていた襟元から、白い肌が覗く。  
同時に、雪菜の表情が解放感に緩む。  
「ありがとう…ございます……飛影さん……」  
儚い声で、儚く微笑みながら、雪菜が飛影を見詰めた。  
「……女の衣は面倒だな。よくこんな窮屈なもの着ていられるものだ…」  
「ふふ……慣れですよ……人間界の洋服、を…静流さんがたくさん買って下さったんですけど……  
やっぱり、私にはこれが一番落ち着くんです……  
その度に……実感させられます…。やっぱり…私は氷女…なんだと……」  
「…………」  
憎んだはずの種族。同族であるが故に、同胞達の凍てついた心と酷薄な所業を  
許せなかった妹。  
滅んでしまえばいいとさえ言い切った、その心の内はどのようなものだったろうか。  
彼女が人間世界に溶け込もうとした理由の一つに、同族に対する激しい嫌悪が働いたからというのも  
あるのかもしれない。  
同族を否定し、憎む事で、己自身の存在をも否定する。  
そんな葛藤を繰り返しながらも、やはり最終的には自分に染み付いた習性を自覚せざるを得ない。  
この現状も、やはり例外では無く。  
「飛影さん……」  
「…何だ…?」  
「……成長…なさったんですね……背が、伸びてます……」  
『成長』――雪菜の言葉に、飛影の言葉が詰まる。  
 
「俺…は…、……」  
何と言っていいのかわからない。  
言えば、大切な何かが崩れてしまう気がした。  
ほんのニ週間前だった。彼が『成長期』を迎えたのは。  
身体が突然だるくなり、かなりの熱があったように思う。  
とは言え、炎を操る妖怪である彼にとっては、熱などは大した問題では無く、  
その間移動要塞『百足』の、彼に与えられた一室でひたすら眠り続けていたのだ。  
退屈な魔界パトロールに精神的に疲れきっていた本人にとっても、  
それをサボるいい口実になる位にしか思っておらず、  
ただ寝ている間に骨が軋む音が酷く耳について、原因不明な骨の痛みが唯一彼を悩ませた。  
三日程で熱は引いたが、その後も骨が夜毎痛むのは止まず、  
ようやくそれが治まった時に部屋から出ると、躯が呆気に取られたような表情で  
彼を見るので、そこで初めて自分の背が急激に伸びた事に気が付いたのだ。  
人間で言う『二次性徴』というやつらしい事を悟り、ふと雪菜の事が頭を過ぎった。  
妖気の特性こそ違うものの、同じ母の胎から産み落とされた双子の片割れが  
成長期を迎えたと言う事は――もしかすると。  
炎の妖気を纏う自分でさえも身体がだるく、まともに動けなかったと言うのに、氷女である雪菜が  
もしあのような高熱を出したとしたら――そう思うと居たたまれずに、  
確かな確証もないまま人間界へと降り立ったのだった。  
やはり、その予想は当たっていたのだけれど。  
それも、人間界の、日本で言うところの夏の気候は氷女である雪菜にとっては  
妖力が著しく低下する時期でもある。  
厄介な時期に当たったものだと、飛影は心で舌打ちする。  
「私も……今がその時期なんです……百年に一度訪れる、氷女の分裂期に……  
ちゃんと赤ちゃんを産めるように……、私の分身が残せるように……  
その為の、試練みたいなものなんです。」  
『試練』……分身を残す為の、氷女に与えられた枷のようなものなのだろうか。  
他者を拒み、自由を拒み、感情さえも拒む。  
そんな宿命を背負った氷女と違い、氷女から生まれたにも関わらずそのような枷も無く  
自由に生きる自分にとって、今回の成長は一体何を意味するのか。  
男として――『忌み子』として生まれた自分は子を成す事もなく、ただ  
流れるように生きるだけだと言うのに。  
 
「……分身…か……」  
「はい……でも……」  
飛影の顔をじっと見詰めながら、雪菜は苦しげに微笑んだ。  
「私……今母の事が羨ましくて…たまらないんです…。」  
「!?何…っ……」  
雪菜の言っている言葉の意味がわからなかった。  
『忌み子』を産み落とす代償に命を失った女の、どこが羨ましいというのか。  
「何を……お前の母親はお前の『兄』を産んですぐに死んでしまったんだろう?  
どこが……」  
「だって……愛した方と添い遂げて、その方の子供まで産む事が出来たんです…。  
私だって……愛した人の子供が産みたい……それが出来なくても、せめて  
添い遂げる事が出来るのなら……そう、願います。」  
妹の予期せぬ願いに、兄の頭は混乱する。  
愛した人、だと?誰の事を言っているのだろうか。誰を思い浮かべて、そんな話を?  
可能性で見ると、やはりいつも雪菜の間近にいる桑原の事が真っ先に思い浮かぶ。  
けれど、もしそうだとしても……ありえない。考えられない。  
「母は、…きっと幸せでした。私も……好きな人と居られたら……」  
苦しげでいながらもどこか幸せそうに言う妹に、飛影はかつて無い動揺を覚えた。  
まだ少女のような面影を十分に残しながら、そんな妹が具間見せた女の表情。  
胸が鷲づかみにされているようだった。  
「…飛影さん……どうしました…?」  
「!…あ、ああ……」  
どうしたもこうしたもない。あまりの衝撃に、次の言葉が出ない飛影を気遣うような  
雪菜に対し、飛影はそれだけ言うと雪菜からふい、と目を逸らした。  
雪菜の顔を見ていられなかった。  
この妹は、いつからこんな大人びた考え方をするようになっていたのだろう。  
「飛影…さん……」  
「……もう余り喋るな。苦しいんだろう?大人しく寝ていろ。」  
それが雪菜の意志であるなら、自分にはそれを止める権利などありはしない。  
雪菜が決めた道を、陰で見守る事。兄である名乗りをしない以上、自分にはそうする事しか出来ないからだ。  
けれど、…けれど!  
「はい……でも…その前に一つだけ…お願いしてもいいですか…?」  
飛影の気持ちを知ってか知らずか、雪菜は顔色が変わった飛影を気にも止めずに微笑んだ。  
「……随分と多いお願いだな……」  
「すいません…でも、これで最後ですから。それに、今と言うわけじゃないんです。」  
 
「…?」  
「もし……私が…成長期を乗り越えられたら……その時、一つだけ…私のお願いを聞いてください…」  
『乗り越えられたら』――その言葉が、飛影に突き刺さる。  
裏を返せば、乗り越えられない可能性がある、という事になる。  
考えたくもない可能性であるが。  
「…何をすれば良いんだ…」  
「今は…言えません……私が元気になったら…お話します。だから…約束だけして下さい…。  
お願い……聞いて下さい……」  
潤んだ瞳で懇願する雪菜に、飛影は黙って頷いた。  
すると、雪菜は安堵の表情を浮かべ、深い眠りへと落ちていったのだった。  
これから、自分の経験では三日間程、このような状態が続くはずだ。  
雪菜の体力が持つかどうかが不安だった。熱はまだまだ上がっていくのだろうし、  
今の内によく眠って妖力と体力を温存しておかなければならない。  
これからの事を考えると、飛影はひどく気が鬱になった。  
どうにかこの試練とやらを乗り越えたとして、果たしてその先に一体何があると言うのか。  
雪菜の考え方は、明らかに氷女のルールからはみ出したものに間違いは無く、  
雪菜の願いが果たせた時――それは雪菜自身の死を意味するものだ。  
長生きをする事に意味を見い出さないところなどは非常に自分によく似ている。  
何かに縛られて死んだように生きるよりも、自由に生きて、自由に死にたい。そう願うところも。  
飛影はそう思って苦笑う。  
雪菜の『お願い』とは、それに果たして関係するものなのだろうか――  
「………」  
服越しに、胸に有る二つの石に触れる。  
涙の結晶。母の想い。自分と、妹と、一匹の女妖怪の匂いが染み付いた一対の宝玉。  
悲しみも、不安も、憎しみも、全て吸い取ってくれるような――そんな不思議な石。  
「――……俺は………、……」  
――どうすればいい?  
この世に生きてさえいない母に――初めて問いかけた。  
返事など、返ってこないこと位わかっているのに。  
それでも、布越しの氷泪石を握り締めながら、己にも聞こえぬ程の声で、  
消え入るように、そう呟いた。  
 
***  
 
それから一日程経った頃、雪菜の体調は明らかに昨日よりも悪くなっているようだった。  
呼吸は荒く、顔はひどく火照り、ぐったりとして指先一つ動かすのも苦しいように見えた。  
飛影はそんな彼女を前に、どうする事も出来ずにただ見守るだけだった。  
これが病気ならば、蔵馬に薬を調合してもらうことも出来ただろうが、  
これは成長に伴う発熱の為、もし熱を薬によって無理に下げてしまった時、  
雪菜の体がどうなってしまうのか――そう思うと、飛影は雪菜にまったく手が出せないでいた。  
氷河の国に連れていく事も考えたが、ここまで状態が酷くなってしまっては  
動かすだけでも致命的になりかねない。  
己の無力さに、ただただ唇を噛み締めた。  
それでも、雪菜は何も言わなかった。  
苦しいとも、悲しいとも。  
それどころか、時に彼女から紡がれる言葉は、逆に飛影を気遣うような科白ばかりだった。  
それに今までは気が付かなかったが、こうして初めて二人だけで過ごしていると、  
大人しげでいながらもその内面は自分と同等――いや、それ以上では  
無いのかと思える程芯が強く、強情なところがあるように思える。  
時々交わす会話の中で、そんな雪菜の意外な一面が垣間見れた気がした。  
成る程、あの垂金のところで数年間も我慢出来ただけの事はある――そう思った。  
「飛影さん……ごめん…なさい……心配…かけて……」  
「…別に心配などしていない。くだらん事を考える間があったら大人しく寝て早く治せ。」  
「…はい……ありがとうございます……」  
笑う。  
苦しい癖に。  
自分が居ない方が、雪菜は余計な気を遣わないでいいのではないかと思ってきた。  
ここから出ようとは思わないが、雪菜と少し距離を置いた方がいいかと思い、  
飛影が立ち上がろうとすると。  
「…飛影…さん……」  
「!雪菜……」  
手を、掴まれる。小さな手で。指先を動かすのでさえも苦しげでいたはずなのに。  
瞳は潤んで、少し涙が滲んでいるように見えた。  
これがもう少し大きくなれば、氷泪石になるのか――と、こんな状態であるのに心の隅で思った。  
「ここに…居て……」  
言いながら、飛影の手を自分の方へと引き寄せる。  
どこにそんな力があるのかと飛影は目を疑ったが、雪菜の取った行動は、更に飛影を驚かせた。  
飛影の手の甲を、雪菜は自らの頬に擦り付けたのだった。  
 
「っ!何を…!?」  
「……飛…影さん……」  
熱に浮かされたように彼を呼び、彼の手に触れた事で安堵の表情を浮かべると、  
再び深い眠りへと堕ちていく。  
「雪菜……」  
雪菜が眠った事を悟り、飛影は拍子抜けしたように、雪の上にずる、とへたり込む。  
「……何…なんだ……一体……」  
肌理細やかな白い肌は、飛影の手に滑らかで心地よい感覚を与えた。  
雪菜の目が覚めぬよう、――僅かばかりの名残惜しさに気付かぬふりをして――  
雪菜から手を離した。  
まさかこんなにも、妹に翻弄される日がこようとは……。  
自嘲気味に、溜め息をつく。  
雪菜の寝顔を見詰めながら、思った。  
おそらく、どれだけ強くなろうとも。どれだけの妖力を身に付けたとしても。  
たった一人、敵わない者がいるとすると――それはこの妹なのだろう――と。  
 
***  
 
そして、三日目。  
あれを最後に、熱に意識を奪い取られていた雪菜が、ようやく覚醒を始めた。  
この二日間、一度も目を開ける事の無かった彼女が、薄っすらと重い瞼を開いたのだ。  
「!雪菜……」  
「……飛…影…さん……」  
まだ完全に覚醒したわけでは無いが、自分の存在は間違いなく理解している。  
額に手をやると、昨日よりもひんやりとした感覚がそこに有る。  
その事実に、飛影はようやく安堵の吐息を漏らした。  
しかし自分に比べて、雪菜自体は外見的にそれ程の成長があるようには見られない。  
自分の時のように、骨が痛むような事も無かったように思う。  
本当に、これで終わったのだろうか。  
出来れば、これ以上雪菜の苦しげな姿を見るのは勘弁願いたかった。  
 
「大丈夫か…?」  
低く呟くと、雪菜はようやく自分の置かれている状況を理解したらしい。  
夢から覚めた後のような、まだ虚ろな瞳のまま、飛影を見詰める。  
「はい……もう…あまり苦しくはありません……まだ少し…身体は重いですけど…」  
「そうか……」  
どうやら心配はいらないようだ。後は体力がもう少し回復すれば動けるようになるだろう。  
張り詰めたような空気が、ようやく和らいだ気がする。  
「私……どの位……」  
「二日程、目が覚めなかったな。」  
「そんなに……飛影さん…ずっと側に居てくれたんですね…」  
「……お前が居ろと言ったんだろう」  
多分、居ろと言われなくても離れられなかっただろうが。  
そんな飛影の心を知ってか知らずか、雪菜は嬉しそうに微笑む。  
熱の名残で、ほのかに火照った頬を、更に紅くさせて。  
「ありがとうございます……」  
幸せそうに、呟いた。  
別に自分は何をしたわけでもない。礼を言われる筋合いも無い。  
そして、こうして終わってしまえばもう自分はここには必要無い。  
自分は魔界に戻り、雪菜は人間界で――またいつもの生活に戻るだけだ。  
『いつも』の生活。『いつも』の――  
 
 
――本当に、戻れるのだろうか?  
――本当に、戻る事が許されるのだろうか?  
 
 
『何か』が変わってしまった気がする。  
飛影の頭に、変わってしまった『何か』がけたたましいサイレンを鳴り響かせる。  
それが何を意味するのか。  
わからない。  
わからない。  
何が変わった?  
どう変わった?  
この胸騒ぎは――何なのだ?  
 
 
「飛影さん……」  
呼びかけられて、飛影ははっと我に返る。  
忘れていた大切な何かを思い出しかけたのに、雪菜の声に、それはまたどこかへと消えていった。  
「大丈夫ですか…?」  
「………」  
何も言えなかった。何故だかはわからない。けれど、飛影の本能が告げていた。  
『早く離れなければ』――と。  
これ以上、ここに居たくない。  
これ以上、ここに居てはいけない。  
そう、警笛を鳴らし続ける。  
そして自分は――その本能に従うのみ。  
「――俺は帰るぞ。」  
「え…!?」  
立ち上がろうとする飛影に、雪菜は驚きを孕んだ声を上げる。  
「もう、大丈夫なんだろう?お前も早く桑原のところへ帰れ。俺は魔界に戻る。」  
「ま、待ってください!!」  
気だるさの残る上半身を慌てて起こし、飛影の腕を掴もうとした。が。  
飛影は雪菜の手をすり抜けて、洞窟の出口へと向かう。  
雪菜は飛影の後姿を見て、どうしようも無く涙が溢れ――叫ぶ。  
「じゃあ、約束はどうなるんです!?」  
『約束』――その言葉に、飛影の足が止まる。  
「約束…してくれたじゃないですか…!私のお願い…聞いてくれるって…!  
それなのに……」  
決して、忘れていたわけではなかった。  
『元気になったら』という雪菜の願いがどんなものであるのか、興味もあった。  
また逆に、不安に駆られたのも事実であり――今となっては後者の方が強い。  
聞けば後悔するかも知れない。知らぬ方がいい事もある。  
だが……しかし。  
「――自惚れるなよ。俺が、約束を守るような男に見えるか?めでたい奴だ。  
いいだろう、言うだけ言ってみろ。無駄だと思うがな。」  
辛辣で悪めいた言葉の裏側に、心の動揺をひた隠す。  
けれど――やはり次の瞬間、それは後悔へと変わった。  
 
 
「――兄…さん……」  
「―――――!」  
 
頭の中が、真っ白になった。  
色々なものが、大切なものが、崩れていく音が響く。  
一体、いつから――?  
「……な…んだと…?」  
声が上擦る。心拍数が上がる。――果たして自分は、今どんな顔をしているのだろう?  
「飛影さんは……私の兄なんですか…?」  
雪菜の顔がまともに見られず、視線は氷の壁へと向いているが、それさえもこの眼は見ていない。  
何も見えない。見たく、ない。  
「――ふざけるな。俺はお前の兄じゃない。他人をお前の兄に重ね合わせるな。  
俺が兄なら――とっくに名乗っている。」  
隠す必要など――無いのだから。  
そう付け足した。  
そう。隠す必要など、今はもう無い。  
それでも、名乗れない。自分でも何故なのか分からぬほどに。  
己の業の深さを思い出す度に、心が軋む。  
「そう…ですか……そうですよね……飛影さんが兄なら、隠す必要なんてないもの……。  
わかりました…。でも……私の『お願い』は……もし飛影さんが兄であったとしても…  
名乗って欲しいって事では無いんです。」  
言葉を選ぶように 雪菜は一つ呼吸を置いて 儚く微笑んで 縋るように 飛影に言う。  
 
 
 
        
       「――抱いて、下さい」  
 
      
 
 
ドクン……と心臓が跳ねる。  
飛影は、ただ立ち竦んだ。  
ただただ呆然と、雪菜を見た。  
雪の上に座り込んだ体勢の雪菜は、帯紐を緩めていた事で胸元まで着物がはだけ、  
白い肌を自らの裾で隠している。  
瞳は潤み、頬は微かに紅く染まり、その姿は男の情欲を誘うには十分で――  
「……!」  
目頭が熱い。  
指先がちりちりと痛む。  
身体が焼け付くように熱い。。  
頭の中で一度は治まっていたはずのサイレンが、再び鳴り響く。  
そして、その正体が何であるのかを――はっきりと、悟る。  
「何を…言って……」  
搾り出すように放った言葉は、果たして雪菜まで届いているのかいないのか。  
 
     「飛影さんの事が、ずっと好きでした」  
 
何故 なのだろう?  
 
     「貴方がたとえ兄で無かったとしても」  
 
何故 もっと早く気付かなかったのだろう?  
 
     「貴方の正体がわからないままでも――それでもいいんです」  
 
『成長』の意味を。  
 
     「一度でいい…貴方のものになりたい  貴方の腕で抱かれてみたい」  
 
頭の中でけたたましく鳴り響いていた警笛の告げるもの。  
 
     「好きです……飛影さん…」  
 
忘れていた、根本的な『何か』。  
 
     「お願いします……私を…抱いて下さい…」  
 
兄妹であり――『男』と『女』である事。  
 
 
「――貴様……何の…つもりだ…!?俺は――っ」  
何を、言うつもりだ。  
今更、兄の名乗りをするつもりか。  
「俺は……!」  
言ってやればいい。『貴様に興味など無い』、と。  
「…っ…!」  
ただの一言――何故、言葉にならない?何故、何故!?  
「――飛影さん……」  
「…!!」  
立ち竦んだ飛影に、雪菜はまだ力の十分に入りきらない身ながらも立ち上がり、  
覚束ない足取りで近づいていく。  
金縛りにでもあったように動けないでいる飛影を前に、雪菜は激しい不安に駆られた。  
飛影の前で立ち止まり、動揺からか自分と目を合わそうともしない彼に、雪菜は  
自分の心が傷ついた事を悟ったが、それは仕方が無い事だとも思う。  
自分が、突然無理な願いを彼に求めている所為なのだから。  
けれど、止められなかった。言葉として、想いを吐き出してしまった以上は。  
どうにもならない感情が氾濫し――溢れ出す。  
「ごめんなさい、飛影さん……私……!」  
「っ、雪っ…!?」  
飛影の身体に、雪菜の重みがかかる。  
それは、ただ単に雪菜が躓いただけであるのか――或いは故意であったのか。  
自分の方に倒れこんで来た雪菜を、飛影は反射的に受け止める。  
崩れ落ちそうな華奢で小さな身体を支えた。  
「…飛影…さん……私……もうどうしようも無いんです…お願い……!」  
「『お願い』…だと…!?ふざけるな……!俺は……」  
「お願いします……」  
飛影の胸に顔を埋め、細い肩を震わせる。  
瞳から流れる液体は、雪菜の目から離れるや固体へと変化し、飛影の服を濡らす事はない。  
代わりに、白い雪の上に幾つもの宝石がパタパタと落ちていく。  
それを確認し――飛影は悟る。  
「――……後悔、…するぞ……!」  
今後二度と、妹の前に姿を現す事は無いだろう――と。  
「飛影さっ……あっ……!」  
雪菜の身体を押し倒し、強引に雪の上に組み敷いた。  
「っ……!」  
着物は肌蹴て、小さいながらも白くて確かな曲線を描いた膨らみが、飛影の目に止まる。  
 
身体の奥が熱くなるのを飛影は感じ取り、衝動的に、雪菜の露になった乳房を強く弄る。  
「っ、…っ!!」  
まだ誰にも触れさせた事の無いそれは、飛影の強い力で無遠慮に弄られ、  
与えられるのは苦痛ばかりであった。  
膨らみは飛影の掌に収まり、中心の突起を親指と人差し指の先で摘み上げる。  
「あ、っ……!」  
恥辱と痛みに、雪菜の表情が歪む。  
眉を顰め、目尻には結晶になる前の液体が溜まっている。  
飛影はそれを舌で舐め取り、手に更に力を込める。  
「っ…ぅ…!」  
声を抑える雪菜の朱に染まった頬へと唇を落とし、段々と下へと降りていった。  
唇に触れることを躊躇い、それを避けて首筋をなぞる。  
雪菜の頬から首筋――そして鎖骨へと、唾液の筋が出来る。  
そうして胸へと降りていき、先端の突起よりも少し上の辺りに――思い切り、吸い付いた。  
「――っあ…!!」  
鬱血し、紅い痕が段々と浮かび上がる。  
一つ目の、傷だった。  
唇を離すと、雪菜から安堵の吐息が漏れた。  
けれど、すぐ後二つ目は雪菜の首筋に――やはり、それも強く、荒く。  
「ぃっ……っ……!!」  
雪菜の身体がびくり、と動く。  
痛みに顔を顰めながら、――それでも飛影を咎める事も無く。  
三つ目、四つ目と、次々に痕を刻み込まれていく。  
それは雪菜にとっては官能よりも痛みの方がはるかに勝った行為だった。  
けれど、それに耐えながら。雪菜は飛影の愛撫を、何も言わずに受け止める。  
「は、ぁ……飛影…さ…っ…!」  
男の名を、呼んだ。  
「飛影さんっ…飛…影…さん……っ」  
飛影は何も言わない。そのことが雪菜の不安を駆り立てる。  
けれど、それでいい。雪菜は思う。  
確かなもの。飛影が、自分に触れている事。行為に反して、飛影の手はとても暖かい。  
 
心地よい熱。  
飛影によってもたらされる苦痛。何より、夢で無い事の証明。  
これ以上、何を必要とするのか。  
拒まれるかと思っていた。  
『お前になど、興味がない』――そう言われてしまったら、最後だと思っていた。  
けれど、今、自分は彼にこうして抱かれている。  
例え、そこに温かい感情など無くても。――それでも――  
「っ…ぁ…ぁ……っ…飛影さん…っ…」  
飛影の耳に、雪菜の自分を呼ぶ声が降り注ぐ。  
痛みを堪えながら、必死に兄の名を呼んだ。何度も、何度も。  
――何故だ。  
込み上げてくる怒りにも似た激情に――それは雪菜に対するものか己に対するものか――  
流されるまま、雪菜への愛撫に躍起になる。  
雪菜の白い肌に、無数の血の刻印が浮かび上がった。  
――どうして。  
「っ……っ……」  
不安げな声を微かに上げながら。――それでも――  
「――何…で……!」  
己の唇を、血が滲むのでは無いかと思うほど、噛み締めながら。声を絞り出す。  
「何で……だ…!?」  
「っ…?…は……飛影…さん……?」  
初めて聞く飛影の声。雪菜は閉じていた目を薄く開いた。  
飛影は雪菜の肌から唇を離し、雪菜と顔を合わせる。  
随分と長い間――雪菜と目を合わせていなかったような気がする。  
飛影は湧き上がる激情のままに――雪菜を責めた。  
「何で……拒まない…!?俺は…!」  
「っ…あ…!」  
飛影は、雪菜の首筋をぎゅ、と掴む。  
力はそれ程入れてはいない。けれど、雪菜の吐息が弾む程度の圧迫ではある。  
 
「はっ…飛…影さん…?っ…」  
「――俺がほんの少し力を入れるだけで…俺はお前を殺す事だって出来る。  
俺は…お前が思っているようないい妖怪じゃない…。お前が苦しんでいる姿を  
見ても何も感じない。わざと痛みを与えてやりたくなる――殺して、やりたくだってなるんだぜ?」  
残酷な笑みを、浮かべながら。  
雪菜が、自分を恐れるように。  
「お前の氷泪石は、俺達盗賊からしたら至高の宝だからな……もっと、苦しめて、泣かせてやろうか…」  
雪菜が、自分を拒むように。  
「それとも――焼き殺されたいか?」  
雪菜が、自分を嫌うように。  
そのためなら――そのためなら……!  
 
「――それが…飛影さんの望みですか…?」  
想いに反して――目の前には、穏やかな雪菜の顔。  
優しく微笑むその表情は、この上なく綺麗で。  
「な…に……?」  
何故――笑っていられる。  
「飛影さんが泣けと言うなら……私は幾らでも泣いて…氷泪石を作ります…」  
どうして――  
「私の苦しむ姿が見たいと言うなら……私を殺したいと言うなら……飛影さんの  
思うようになさって下さい……」  
「っ、何でだ!?貴様っ……!」  
「私は…飛影さんが望むままに……だって私は…飛影さんにこうやってお願いを  
聞いてもらっているんです…だから……」  
雪菜の手が――小さい、綺麗な手が、飛影の頬を撫ぜる。  
ひんやりとした感触が、飛影の熱を冷ます。  
「…そんなに、苦しそうな顔…しないで下さい……。私は――」  
 
   貴方の事が、好きなんです  
 
小さく。しかしはっきりとそう呟く雪菜の表情は――この上なく幸せそうで。  
「雪…菜………」  
苦しそうな、顔。そう言われて初めて、自分がどんな表情をしていたのかを理解した。  
 
――俺の…負けか…――  
雪菜の首から手を離し、代わりに雪菜の頬に触れる。  
やはり、自分は妹には敵わないらしい。どう足掻いたところで。  
だが…しかし…!  
「…『罪』を……犯す気か…?お前の…母親のように……」  
自然に、口について出た言葉だった。  
男と交わる事――氷女の最大の禁忌。それを犯した母親。  
否――それ以上に。  
『兄妹』で交わる事――それは全ての生命に共通する背徳の儀式。  
それを、今から行おうと言うのだ。  
妹に――罪を犯させようとしている。  
「『罪』を犯すことなんて…怖くはありません……。だって…」  
一つ呼吸を置いて、何かを思い出すように目を閉じ――再び開けた時。  
綺麗な微笑みに反し、瞳には大粒の涙が溢れていた。  
「私は生まれながらの、罪人なんです。禁忌を犯した氷女を母に持ち、  
忌み子である兄を持って生まれてきた。私に声を掛けてくれるのも…母の友達の泪さんだけ…。  
私の――存在自体が…罪なんです。」  
――飛影は、初めて理解した。  
雪菜の辿ってきた、孤独を。  
雪菜の言葉に秘められた、哀しい思い。  
自分と母親の背負った罪は、本来ならば罪が無いはずの妹さえも、罪人にした。  
どれだけ、辛い思いをしながら氷河の国で耐えてきたのだろう。  
「…、お前は……」  
「私、だからもし飛影さんが兄だったとしても……それでも私は同じお願いをして  
いたんです。罪を犯すことは何も怖くない……むしろ、その罪を兄と一緒に背負っていけるなら。  
そう思っていました。だから……お願いします……」  
「………」  
切なく懇願する雪菜を見詰め、飛影もまた――覚悟を決める。  
自分の罪は二つあった。  
誕生と同時に母の命を奪ったこと。  
母の形見の氷泪石を一度は失ったこと。  
そして、もう一つ新たな罪を背負って生きていくことを。  
 
 
「っ、ん……っ…!ぅ…!」  
強引に――けれど先程までとは違う想いを注ぎ込むように――雪菜の唇を奪う。  
雪菜の薄く開いた唇の間に、舌を割り込ませる。  
「は、…っ……――…」  
吸い付くように深く唇を合わせながら、雪菜の舌に自分のを絡ませる。  
くちゅ、くちゅ、と唾液が絡み合う卑猥な水音が漏れた。  
雪菜の表情が、先程とは違い恍惚としたものになる。  
それを見て取り、飛影は更に交わりを深くする。  
雪菜が拒めば、止めるつもりだった。  
嫌だと言えば、少しでも抵抗の意を見せたならば。  
そして、二度と姿を現すまい。そう思っていたのに。  
「ん……ふぁ…っ……」  
飛影に与えられる熱に、雪菜は幸せそうにそれを受け入れる。  
もう、どうなってもいい。例え、明日死ぬ事があったとしても。  
息継ぎもままならぬ激しい想いに、窒息させられたとしても。  
「っ、…んっ……ぁ…」  
互いの舌を絡ませ合い、深く求め、貪るように唇を合わせる。  
雪菜の手が、飛影の服をぎゅ、と掴む。  
「――はぁっ……」  
それを合図に、飛影が雪菜から唇を離す。  
交じり合った互いの唾液が、銀色の糸を引いて名残惜しげに途切れる。  
瞳は濡れ、頬は紅く染まり、先程まで繋がっていた唇からははぁ、と短い吐息が漏れる。  
そのまだ幼くも見える顔の造りからは想像も出来ぬ、情欲に蕩けた女の表情。  
――こんな表情をするのは、俺の前でだけか?  
背筋が、ぞくぞくする。  
それと裏腹に、身体の芯に、熱が篭るのを感じる。  
「飛、影さん……」  
艶のあるその声。切なげな表情。胸元までも肌蹴て、白い肌に映える無数の紅い痕。  
誰にも、見せるわけにはいかない。こんなにも乱れた妹の姿。  
誰にも、誰にも――見せたくない。  
 
「雪菜…!」  
「っ、あぁ…!」  
その白い肌に、再び唇を落とす。  
今度は雪菜に苦痛を与えぬように、膨らみの先端を口に含む。  
「っ、飛影…さん……っ…」  
ころころと、舌で転がすようにそれを舐めて、片方の膨らみを手で揉みしだいた。  
柔らかな感触は、飛影の掌の中でその形を自由に変えて、飛影の目を楽しませる。  
身体がしっとりと汗ばんでいるのは熱の所為か、それとも。  
「ん…んぁ……」  
歯を突起に当てて、軽く食みながら、ねっとりと舌で舐め上げる。  
唾液が絡んだそれは、どこか卑猥にも聞こえる水音を立てて、雪菜の耳にも届く。  
「っ…」  
恥じらいに顔を背け、漏れ出る声を抑えようと手の甲で唇を塞いだ。  
そんな雪菜の手を掴み、口元から離させる。  
「…抑えるな…」  
言いながら、雪菜の乳房から唇を離すと、突起と飛影の唇の間につ…と唾液の筋が糸を引いた。  
それが酷く卑猥で、飛影をどこか艶めかしく見せて、雪菜の胸がとくん、と疼いた。  
飛影は、雪菜の白い肌を味わうように、再び唇を落とし、胸の下から下腹部にかけてを愛撫していく。  
「っ!あ……」  
飛影の手と、舌と、そして飛影の服の擦れる感覚に、雪菜の身体がびくっと震える。  
身体が、再び熱を持ったように熱くなり――しかしそれは、先程までの熱とはまた全然違った。  
身体の奥が、足りない何かを求めていて。  
切なささえも感じながら、雪菜は瞳に涙を滲ませながら、飛影を見詰めた。  
飛影の表情は、伏せているためここからでは見えない。  
今彼はどんな表情をしているのか。  
今彼はどんな気持ちでいるのだろうか。  
「あ…!」  
帯で包み込んでいた部分をやり過ごして、飛影は雪菜の下半身を覆う衣を捲り上げ、  
完全には脱がさぬままその白い肌を露出させる。  
「飛影さんっ……」  
羞恥に、目をきつく閉じる。  
今まで誰にもさらした事の無いその場所を、好きな男に見られてしまっている。  
白い衣の下に隠されていたほっそりとした足首。そこから華奢ながらも  
女独特の柔らかそうな曲線を描いた腿からその付け根と――秘められた箇所。  
それを中途半端に白い衣が絡んでいて、全裸になるよりも更に扇情的で、美しくて、卑猥で。  
 
飛影はまるで壊れ物にでも触れるかのように、そっと雪菜のまだ閉じられていた  
付け根の中心に手を割り込ませ、小さな割れ目を撫ぜてみると。  
「――あっ…!」  
雪菜は電流が走ったように身体を仰け反らせた。条件反射のように、高い声が響いて。  
其処は、まだ完全では無いにしても。まだ男を受け入れるには足りないものの。  
飛影の指先に、確かな潤いをもたらして、それを汚した。  
「雪菜……」  
はぁ、と飛影は一つ溜め息をついた。自らにも篭った――おそらくは、雪菜と同じ類の熱を  
やり過ごす為に。  
あるいは、妹を前にこのような反応を示す自分自身に呆れ果てている為か。  
けれど、もう後戻りはすまい。もう――手遅れなのだ、何もかもが。  
「…雪菜…目を、閉じていろ…。」  
「っ…え…?」  
「俺がいいというまで、絶対に目を開けるな。いいな…」  
「飛影…さん……」  
言われた通りに、雪菜は目を閉じる。拒む理由も無ければ、拒める立場でも無い。  
飛影の望む事ならば、何でもすると、そう心に決めたばかりだった。  
きつくきつく――微かな光さえもその目の中に入れまいとするかのように、雪菜は目を瞑る。  
その分他の五感が強まり、雪菜は飛影が何をしているのかが、目を閉じていても  
想像がついた。  
衣擦れの音。――おそらくは、飛影が纏っていたその衣が、脱ぎ捨てられる音なのだろう。  
伴うように――微かに、本当に微かに、何か小さな一対の物が、こつんと互いにぶつかり合い、  
反響し合うような音が、聞こえた。  
目に頼っていたのでは、聞こえないような、本当に小さな音で。  
けれど、どこかで聞いた事のあるような音だった。  
そして今度は、空気の流れ。  
飛影が、その何か小さなものを雪の上に置いて、その上からバサ…と衣を掛けているのだろう。  
きっと、それは自分には見られたくないもの。知られたくないもの。  
飛影が、自分にそれを知られるのを、見られるのを拒むならば。  
それなら、きっと自分はそれを知らないままでいい。  
彼の望む事ならば、何でも――  
「……目を、開けろ…」  
飛影の言葉通り、雪菜は薄っすらと目を開ける。それ程明るい場所では無いにしても、  
先程までの真っ暗な世界から解き放たれた事で雪菜の目に入る光は酷く眩しく思えて。  
 
数度目を瞬かせて、ようやく慣れてきた目を完全に見開いた時。  
ふと横を見ると、自分達がいる場所よりも数十センチ離れた場所に、  
予想通り飛影の脱ぎ捨てた漆黒のコートが無造作に置かれていた。  
上を見ると、そこには飛影の顔。  
ようやく、真正面からそれを確認できた事に、雪菜は安堵の微笑みを漏らす。  
上半身は何も身に付けてはいなくて、右腕には複雑に包帯が絡んでいる。  
しかし、飛影の身体は華奢ながらも以前よりも大きくなっている為、  
数年前に見た暗黒武闘会の時の身体つきよりも、ずっと大人びていて。  
雪菜の心が、にわかに高鳴り始める。  
この身体に、今から自分は抱かれるのだろうか。  
そんな想いに伴うように、雪菜の秘唇からはじんわりとわけのわからない液体が滲み、  
雪菜を戸惑わせた。  
――何なのだろう。これは……。  
まだ何も知らない雪菜にとって、それはどういう事なのかわからないながらも、  
どこか恥ずかしい、卑猥な事なのだという事だけは感じていた。  
飛影は何も言わず、今度は雪菜の足を僅かに開かせ、そこに手を這わす。  
「やぁっ…!」  
また、雪菜の身体に痺れが走る。  
しかし痛みでは無く、甘く疼くような感覚だった。  
けれど、雪菜はそれが快感と呼べるものである事に、まだ気が付かない。  
「…濡れてるな……」  
「え…?」  
その言葉の意味が、雪菜にはわからなかった。  
飛影が何を言っているのかわけがわからず、否、もしかするとこうなってしまった自分に  
飛影が興味を失ってしまうのではないか。嫌ってしまったのではないだろうか。  
そんな不安ばかりが、雪菜には募っていく。  
思わず謝罪の言葉が口に出たのも、そんな想いからだった。  
「…ごめん…なさい……」  
涙が滲んだ。言ってしまって、何だか自分がとてつもない罪を犯してしまったような  
錯覚に陥る。いや、犯していることに違いは無いのだけれど。けれど――  
「――何故謝る?」  
雪菜の謝罪の意味が、飛影にはわからなかった。  
まだ、たった其処に触れただけだと言うのに、涙さえも滲ませる妹に飛影は戸惑う。  
「…だっ…て……」  
頬を朱に染めて、恥じらいと不安と罪悪感に身を焦がしながら、雪菜は黙り込む。  
そんな雪菜の様子で、飛影はようやくその意味に気付く。  
 
「――ああ…これの事か?」  
 
――くちゅ…  
 
「――っ…!」  
飛影が、雪菜の秘唇に指を差し入れた。  
途端に、溢れた蜜が粘るような水音を立て、雪菜の羞恥をより煽っていく。  
「あ…あ……や……!」  
伴うように、得も知れぬ罪悪感が雪菜の心を占めていく。  
何に対してかはわからない。  
飛影に対してなのか、それとも――  
「気にするな。こうなって当たり前だ。多分、な…」  
飛影には女と交わった経験こそ無かったが、これまで魔界で生きてきた中で  
それらと無縁の生活を送るという事は有り得なかった。  
初めて人間界に降り立った時、剛鬼や蔵馬と手を組んだように、魔界に  
いた時もその時の成り行き――自分の計画に他人の力が要る事を余儀なくされた時だけ、  
飛影は上っ面だけの仲間を作った。  
そしてその妖怪達が、自らの欲望とやらを満たすために女を捕らえ、飛影の目の前で  
その行為にふけっている姿を幾度も見てきたからだ。  
それ故、雪菜と違い飛影にはそれなりの知識もあった。やり方も知っている。  
興味こそ無かった為、その時はそれが酷く愚かで下種な行為に映り、  
冷ややかな目でそれらを見ていた気がする。  
だから、飛影は当たり前だと思っていた。  
女とは、こうなって当然なものだと。  
雪菜には、どうやらそこまでの知識は無かったらしい。ただそれだけの事だ。  
それなのに。  
「…どうして…泣く?」  
滲ませるだけだった涙は、大粒のそれへと変わり――溢れては溢れては、泪の石を  
幾つも作り、冷たい雪の上へと堕ちていく。  
飛影に当たり前の事と言われ、安堵したのは事実だった。  
けれど、それに反比例するかのように、罪悪感ばかりが大きくなり、涙が込み上げてくる。  
 
「……ごめんなさい……」  
己の罪深さに、心が引き裂かれてしまいそうだった。  
「…っ…ごめんなさい…っ…」  
母も――果たしてこんな気持ちになったのだろうか?  
「………」  
雪菜の謝罪――それはおそらく自分に対するもので無いことは、何となく飛影にも伝わってくる。  
漠然とした罪の意識――この世に在る全てに背いてしまったような、背徳の感情。  
それは、飛影自身にも共通して存在するものだったからだ。  
雪菜の気持ちが、何となく理解出来るのはその為だ。  
飛影は何もかもを憎みたくなった――この世の『不条理』を。  
「…どうして…だろうな……」  
「…っ…?」  
「…男と交わる事が罪なら……どうしてお前ら『氷女』は……こんな風に出来てるんだ…?」  
男を受け入れる為に、普通の女と変わらずこうして蜜を垂らし  
男を求め、感情を与えられ、その結果男を産んで  
「本当に罪なのは―――」  
それらを与えた、残酷な『何か』であるはずなのに――  
「っ!やぁっ…!ああ…!」  
飛影が、雪菜の濡れた秘唇に口付けた。雪菜の身体が、火が付いたように跳ね上がる。  
「飛影っ…さんっ…やぁ…!」  
くちゅ、くちゅ、と淫らな音を立てて、飛影が雪菜の桃色の割れ目を舐め上げる。  
本来ならば不可侵である其処はきつく、男の侵入を固く拒んでいる。  
それでも、それを解き解すように、飛影は舌で――時には指先を使い、丹念に入口を押し広げていった。  
「は、はぁっ…ぅあ……ああっ……」  
切なく疼く体の奥。求めるのは、もっともっと奥。決して指先では届かない、――男でしか  
それを満たしてはくれないだろう、子宮への入口。  
「飛影さんっ…ああぁ…!」  
欲しい。決定的な何か。罪を犯す事を後悔しないで済むものが。  
その罪を犯す事さえも、幸せにしてくれる何かを。  
「飛影さん……飛影さん…!」  
何度も自分を呼ぶ声に、飛影は顔を上げた。  
口唇の回りが、雪菜の愛液でべとべとに濡れているのを、飛影は紅い舌でぺろりと拭う。  
 
雪菜が求めているものを悟り、飛影は己のズボンのジッパーを下げ、昂ぶった怒張を取り出す。  
それは酷く熱を持って、どく、どくと脈打ちこれから訪れる刺激を待っているように見えた。  
そんな己自身に、飛影は自嘲気味に口元に笑みを浮かべた。  
――全く呆れる限りだぜ…――  
目の前の女は、確かに己の妹だと言うのに。  
以前仲間であった、名前も知らぬ女を犯していた奴らの顔を思い浮かべる。  
品の無い口振り、容姿、行為。それらを極めて冷ややかに見詰め、愚かだと嘲笑ってきたと言うのに。  
――本当に愚かなのは……俺自身だ――  
そこまで考えて、飛影は自身の先端を、雪菜の秘唇にぴたりとくっつけた。  
「あ…!」  
雪菜は、指とも舌とも違う感触に、喉を仰け反らせた。  
――熱い…!――  
お互いが、お互いの熱を感じ取る。  
お互いの求めるものの存在を確信し――飛影は雪菜の顔を覗き込む。  
雪菜は飛影の顔を見詰め、潤んだ瞳を隠すように、そっと目を伏せた。  
それと同時に、飛影は自身を雪菜の秘唇に侵入させていく。  
「っ…いっ…!!」  
そこには――いや、雪菜にとってはまだ甘い官能は感じられなかった。  
あるのは痛み――身を引き裂かれるようなそれと、圧迫感のみであった。  
飛影にしても、快感が無いわけでは無かったが、どちらかと言うと  
きつい内部を強引に開いていく圧迫感の方が先立って、思わず眉を顰めた。  
「っ…力…抜け……」  
「い…ぁ…ぁ…っ…!」  
涙を流しながら、苦しげに吐息を吐きながら。  
それでもまた、やはり雪菜は何も言わなかった。  
痛いとも、苦しいとも。  
そんな雪菜に、飛影は苦笑する。  
――相変わらず、強情な奴だ…――  
本当に、そういうところは自分によく似ている。  
けれど、そんなところが痛々しくも、愛しく思えて。  
飛影は、雪菜の胎内の奥深くを―― 一気に貫いた。  
「あああっっ…!!」  
「くっ…!」  
雪菜にとっては、酷く苦痛を伴った行為だっただろう。  
涙を流して苦痛の色を見せる雪菜に罪悪感は湧いたものの、それでも自分自身が限界だった。  
壊したくは無いが、己の破壊衝動が、どこかでそれを望んでいた。  
――このまま、壊してしまえたら――  
 
「ひぁぁっ…!!」  
雪菜の狭い胎内を、飛影は強く突き上げた。  
「あっ…いぁぁっ…!」  
雪菜が高い嬌声を上げる。おそらく、まだ快感は無いはずだ。  
だとすると、それは痛みゆえの悲鳴であるのだろうか。  
それがわかっていて、尚、飛影は自分の衝動を雪菜にぶつけた。  
――このまま壊してしまえば…罪の意識は消えるだろうか――  
雪菜は必死に苦痛に耐える。不安に駆られ、手を空に彷徨わせると、飛影の肩に触れた。  
飛影の存在を感じ取り、雪菜は必死に飛影の首に手を絡め、しがみ付く。  
愛しい男の存在を胎内で感じ、汗ばむ身体に頬を擦り付けると、与えられる苦痛さえもが  
愛しいものに思えてくる。  
これは飛影の熱。飛影によってもたらされる痛み。繋がっている、証。  
この痛みを、永遠に感じていられたならばどんなに幸せだろうか。  
――そう思っていたのに。  
「え…?あ…ぁ…っ…はっ…?」  
「っ……雪…菜…!」  
明らかに、それは今までと違っていた。  
雪菜の内部が、ただ狭かったものから段々と絡みつくような動きを交え始めたのだ。  
それを雄芯で感じ取り、飛影は息を詰めた。  
「あっ…あ…ん……ふぁ…!」  
痛みが引いていくのと反比例して、雪菜の中で今まで味わった事のない感覚が芽生える。  
飛影の肉茎が自分の膣襞を擦る度、身体の奥が切なく疼く。  
そんな雪菜を見て、飛影は更に突き上げる速度を上げていく。  
「はぁっ……あ、ああっ……飛影、さんっ…んぁっ…」  
蕩けるような体温の熱さが互いの結合部分から伝わってくる。  
このままいっそ、ドロドロに溶け合って、本当に一つになってしまえたなら――そんな想いが雪菜の頭を掠める。  
内部を擦る固いものが、一旦引き抜かれてはまた奥まで突き入れられ、  
それを離すまいとするように、飛影自身を食い締めた。  
 
ぐちゅ……ぬぷ……ずる…っ…  
その度に卑猥で淫靡な旋律が結合部から奏でられ、恥じらいに雪菜はいやいやをするように首を振った。  
そんな妹を見て――兄の手によって淫らに喘ぎ、よがる妹に、飛影は怒りとも愛しさともとれぬ  
感情をぶつけ、犯していく。  
「ひぁぁぁっ…あ、あっ…飛影さ…っ…あっ…」  
本能のままでに突き上げると、雪菜は高らかな嬌声を上げて自分にしがみ付く。  
快感が大きくなればなるほど、限界が近づけば近づくほど、飛影の心に染み付いた黒い影が  
首をもたげる。  
その影を振り払おうとするかのように、飛影は快楽のみに身を任せた。  
雪菜を己の身体から引き離し、雪の上に縫い付けると、不安そうに飛影を見上げたものの、  
手を絡ませあうと、再び安心したような表情を見せた。  
結合した部分を見ると、それはたまらなく卑猥な光景で。  
突き入れれば雪菜の入口は搾り取ろうとするようにきゅう、と纏わりつき、  
引き抜こうとすれば粘膜が捲れ追いすがり、互いの交じり合った体液が、にちゃ…と音を立てて自身に絡む。  
そんな光景に魅入られるように、幾度も幾度も同じ行為を繰り返した。  
雪菜の嬌声はますます高らかになり、互いの限界も近い。  
「飛影さんっ…飛…影さ…っ…あ、あっ…!」  
うわ言のように繰り返し愛しい男の名を呼んだ。  
身体が震えだし、経験した事の無い快感の果てを知る罪に、雪菜は僅かに恐怖を感じる。  
壊れてしまいそうで、怖くなった。  
「あ、ああっ…飛影さん…っ……怖いっ…怖いっ…!」  
「雪菜……」  
「ぁ…ああっ…んぅ!」  
罪に脅え、弓なりに仰け反る妹の唇を自らのそれでそっと塞いで。  
……………………どくっ…!  
快感と呆然で、飛影の頭の中は真っ白になった。  
「っ…んっ……!」  
唇は繋げたまま、雪菜の胎内に白濁を幾度と無く注ぎ込んでいく。  
収まりきらなかった生は、結合部から溢れ出し――破瓜の紅色と混ざり合い、雪の上へと滴り堕ちて――  
 
 
***  
 
 
雪の上だった。  
自分が生まれたのは、寒い凍てつくような氷河の国。  
生きとし生けるもの、すべて凍てつかせてしまうような死の国。  
生まれてすぐに、そのような印象を故郷に持った気がする。  
しかし、今はもう昔の話だ。  
果たして最初に故郷に抱いた思いがどんなものであったのか等、本当はもう忘れているのかもしれない。  
けれど、今自分が居るこの洞窟の中の光景は、生まれて初めて見た  
あの故郷の光景と酷く似通っていて、何となく、懐かしくも無い昔を思い出してしまった。  
あの時、こうなることが分かっていたなら――氷河の国から投げ捨てられたときに、大人しく死んでやっただろうに。  
そんな思いが、飛影を掠めた。  
隣で、雪菜が眠っていた。今度は安らかな寝息を立てて、飛影の身体にぴたりと身体を摺り寄せて。  
――寝返りもうてんな…――  
どこまでも妹に弱い自分に、飛影は苦笑する。  
ふと何かを思い出し、雪菜を起こさないように気をつけながら、飛影は脱ぎ捨ててあった己の黒のコートに手を伸ばす。  
否――正しくはコートの下に隠された二つの氷泪石に。  
「………」  
雪菜に気付かれぬように、それを手に取り――眺める。  
そして、思った。  
 
――分裂期だとわかりながら、男と交わり忌み子を産み落とした母と。  
――兄と知らぬとは言え、結果的に実の兄を愛し交わってしまった妹と。  
――母の死と引換えに産まれ落ち、妹と知りながら交わってしまった兄と。  
 
一体、一番罪深いのは誰であるのか――  
 
そんなとりとめの無い事を考えながら。  
飛影は自身に襲ってくる睡魔の存在に気付き、二つの氷泪石をズボンのポケットにしまいこむ。  
「……」  
雪菜は、幸せそうに眠っていた。  
それは本当に、本当に幸せそうな寝顔で――  
 
そんな妹を少し恨めしく思いながら。飛影は襲い来る睡魔に抗う事無く目を閉じて。  
これが夢であればいいのに――そう願いながら、何日ぶりかの、深い眠りに就いた。  
 
終わり。  
 

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