今日の仕事が終わろうとしている。  
疲れたなーと思いながら、ぼたんは背伸びをした。  
同じような仕事、同じような毎日の繰り返し。それでも人間の生死を見  
守るのは神聖なことだと思っているし、誇りもある。単調ではあるが、  
それなりには充実していた。他に何も望まない。このまま日々が続い  
ていけばいい。  
ぼたんはそんなささやかな毎日を楽しみ、ささやかなことを考える女性  
だった。  
 
奥の間へ続く廊下がばたばたと慌しい。  
何故だか今日は人の出入りが激しいのだ。  
「何だろうねえ、騒がしい」  
仕事はもう終わったことだし、面倒に巻き込まれるのは御免だからさっ  
さと引き上げよう。そう決めて控え室へ急ぐぼたんの着物の襟首が突  
然ぎゅうっと締まった。  
「ぐえっ」  
「お、済まんな」  
後ろから襟首を掴んでいたのは、コエンマだった。こんなところでつい  
つい天国を見そうになって、ぼたんは涙目になりながら猛抗議する。  
「何すんですか。死んじゃいますよおっ」  
「だから済まんと言っておろうが。ちと仔細があっての、お前に用事が  
あったのだ」  
「へ?」  
もう仕事は終わった筈だ。一体何の用事があるというのだろう。まあ、  
人間界と同じでこの仕事にも残業というものはある。でもこんなタイミン  
グで残業を言い渡されるのは嫌だなあ。  
そんなことを考えながら、ぼたんは直属の上司の言葉を待った。  
「実は、人間界に一緒に行って欲しいのだ」  
「はああ?」  
その言葉に、ぼたんは顎が外れそうな思いだった。  
 
このお坊っちゃんは一体何を言っているのだろう。  
以前なら頻繁に行ってはいたが、今はもうそれほどの用事もない筈  
だ。第一、父親の閻魔大王がこの間引退して事実上の新しい閻魔大  
王になったばかりだ。まだ利害関係剥き出しの派閥も整理出来てい  
るとは言えないのに、ふらふら人間界に遊びに行っている場合ではな  
い。  
それが分からないのだろうか。  
そんなぼたんの杞憂を察してか、コエンマは表情を曇らせる。  
「これで最後だ」  
「…?」  
「疑うならば親父に言ってもいいぞ」  
「いえ、言いませんけどね」  
「…それが本当ならば、約束してくれるか」  
「ええ、きっ…」  
咄嗟のことで、何が起こったのか分からなかった。突然抱きすくめら  
れて唇を塞がれている、と気付いたのはコエンマの唇が離れてから  
のことだった。  
廊下の隅でこんなことをしているなんて、咎められたら言い訳が出来  
ない。そう思ったものの、当の上司がやらかしていることなら、どう対  
処すればいいのだろう。  
ぼたんは、こんな時に限ってあくまでも冷静だった。  
「行ってくれるな?」  
「ええ、まあ…」  
何がどうなのか全然分からないまま、返事をした。それを了承と取っ  
て、コエンマはにいっと笑う。  
「そうか、では行こうか。あやつらに会わねばならんのだ」  
「えっ、ええっ!?」  
腕を引かれてずんずんと連れて行かれながら、ぼたんは自分の流さ  
れがちな運命を少しだけ呪った。本当ならば今頃は帰ってくつろいで  
いる時間なのに、どうしてこうなってしまうのだろう、と。  
ささやかな、本当にささやかな金平糖ほどに小さな夢も見られないの  
だろうか。  
 
 
気まぐれでいつも何かといえば振り回されている、そんなコエンマと出会ったのは今の仕事に  
就いた最初の日だった。まだあの時はほんの子供だったけれど。  
そう、ただの子供だった。  
広すぎる敷地の中でついうっかり迷ってしまって、新人たちの集合時間が迫ってきているとい  
うのにどこへ行けばいいのか分からなくなり、悲しくてべそをかいていると、どこからかひとり  
の男の子がとことことやって来て、唐突に話しかけてきた。  
「何だ、お前」  
「えっ…」  
「そうか、迷ったのか。この時期はよくいるようだな」  
この子も新人だろうか。そう思って思わず泣くのを忘れていると、彼は何かが入った小さな紙  
包みを渡してきて、前方の大きな木立ちを指さした。  
「あの木の向こうに行けば集合場所の表示が出ているから、分かる筈だ。じゃあな」  
「あ、のっ…」  
ぼたんはお礼を言いたかったのだが、何故だかうまく言葉が出てこなかった。それを特別気  
にする風もなく、彼は来た時と同じようにまたふらりと立ち去ってしまう。  
「ああ…どうしよう」  
ともかく、集合時間に遅れる訳にはいかない。教えられた通りの場所に急ぎながらも紙包み  
を開いてみると、それまで見たこともないような色鮮やかで綺麗な砂糖菓子が入っていた。  
それが新しい世界に来たことを実感させてくれて、とても嬉しくなった。  
初日はそれ以後も色々なことがあったけれど、鮮明に憶えているのは突然の出会いと紙包  
みの砂糖菓子のふたつだけ。  
あの男の子が閻魔大王の息子で、砂糖菓子が金平糖という名だと知ったのは、それからし  
ばらく経ってからのことだ。  
 
 
「何をぼーっとしておる。早くせんか」  
「えっ、はい!」  
地上に着いてから、コエンマの足は妙に速い。油断しているとはぐれそうになりながらも、ぼ  
たんは必死で後をついて行く。足を進めていくと目に入る建物の並びにどこか見覚えがあっ  
た。この周辺には幽助が住むマンションがあった筈だと思い当たる。  
「あのう、コエンマ様」  
おずおずと、ぼたんは尋ねた。  
「何だ」  
気が急いているのか、足を止める気はないらしい。振り向くことなく言葉を返してくる。  
「ここは確か幽助の…」  
「おお、そうだ。奴は風来坊だからな、放っておいたらいつ会えるのか分からんので先手を  
打って便りを出しておいたのだ。この間の夏祭りの夜に帰ってきていたらしいぞ」  
「へえー、そうなんですか」  
幽助。  
決して忘れない仲間の顔を、ぼたんは思い浮かべる。  
結局は人間界に残ったというのに、それでも魔界には時々行っているようだ。その為にいつ  
も待たせている螢子にも寂しい思いをさせているんだろう。全く男はいつまでも子供でしょう  
がない、と少しだけ腹が立つ。  
ここ数年は色々と忙しくてみんなとそれほど会ってはいなかったけれど、人間の仲間たちと  
の日々は今でも決して色褪せてはいなかった。大変なこともたくさんあったけれど、あの体  
験はきっと誰もが出来る訳ではない分輝いて映るのだろう。  
そんな感慨にぼたんが浸っていると、突然コエンマがからからと笑いながら爆弾発言を言  
ってのけた。  
「でな、驚け。奴は遂に年貢を納めたらしいぞ」  
「ええええーーー!!!」  
年貢って、もしかして…。  
あまりにも突然のことだったので、思わず足が止まってしまうほどだった。  
 
 
「よう、コエンマ、ぼたん。久し振りだったな」  
ドアを開けて陽気に出迎えた幽助は少しだけ大人びたものの相変わらずだった。だが、そ  
の左手の薬指にはしっかりと指輪が嵌まっている。まだ二人が中学生の頃からぼたんは  
知っているだけに、それがとても嬉しくてついつい貰い泣きしてしまう。  
「あんた…やっとその気になってくれたんだね、あたしゃ嬉しいよ。これで螢子ちゃんも待っ  
た甲斐があるねえ」  
「大袈裟なんだよ、お前は」  
ぼたんのそんな様子に、照れ臭そうに笑いながら頭を掻く姿はやはりまだ中学生の時と変  
わらない。  
「そりゃあ大袈裟にもなるじゃないか。あんたのバカさ加減はみんな知ってんだからね。螢  
子ちゃんをこれ以上泣かせたら、許さないんだから」  
「はは、分かったって」  
何が起こったのか詳しいことは分からない。ただ、これで螢子は報われたのだと思うだけで  
嬉しい。ぼたんにはそんな利他的なところがあった。リビングに入っていくと、螢子と蔵馬も  
座っている。  
「螢子ちゃん!」  
ぼたんは螢子を見るなり、がばっと抱きついた。  
「会いたかったよう、でも良かったねー、またあのバカが泣かせたりしたらすぐに言いなよ。  
あたし、すぐに来るからねー」  
「ぼたんさん…」  
ようやく事態が一段落して気持ちが落ち着いたのか、螢子は穏やかに笑っている。その様  
子が本当に幸せそうで、羨ましくなるほどだ。  
「私ね、もうこれだけで充分なの。幽助が決心してくれた。それだけで…」  
「螢子ちゃんたら」  
幸せの形は人によって様々だ。四六時中一緒にいるだけが幸せとは限らない。それでも、  
自分の幸せがどんなものなのか冷静に見定めている螢子にぼたんはまた貰い泣きをして  
いた。  
 
「お久し振りでした、二人とも」  
蔵馬はやはり穏やかな笑みを湛えたまま、会釈をした。昔と変わらず、いや、更に美しくな  
っている。ぼたんですら、つい見蕩れてしまうほどだ。人間界に残って生活してはいるが、  
やはり時々は魔界を訪れているらしい。この間は飛影に会ってきたという。  
「飛影も、久しく会ってはいないな。元気だったか」  
すっかり宴会の様相になっているリビングで、コエンマは尋ねた。  
「ええ…とても。ただ、色々あるようですけどね」  
少し酔っているのか、どこか物思うような表情で蔵馬は目を逸らす。色々、というのはこうい  
うことらしい。  
躯という名を持つ飛影の女主人は、最近また気鬱が進んでいて執務にも影響が出始めて  
いるらしい。それで直属である飛影が何くれとなく世話を焼いているとか。この間は自作の  
新種の薔薇の種を贈り物として持っていったのだという。  
「それで気が晴れるといいんですけどね」  
願いを込めるように、手にしていた缶ビールを煽る横顔が、どことなく翳りを感じさせた。  
「何だよ、飛影もやっぱり男だよな。美人には弱いってか」  
ひとりですっかり酔っ払っていい気分でいる幽助は、そんな軽口を叩く。ようやく身を固める  
決心をしたっていうのに、まだ自覚は足りないのか、とぼたんは呆れた。  
「あんたとは違うよ、飛影は」  
「そうよ、男らしいじゃない。そんなに好きな人に尽くしてくれるなんて羨ましいわ」  
意外にも、螢子も同意してくれた。見れば、いつの間にか缶ビールが三缶も空いている。二  
人で雑談しているうちに、随分飲んでしまっていたらしい。  
「螢子ちゃん、飲み過ぎだよ」  
「あははー、だって今夜は楽しいんだもん」  
男共の方は、もう勝手に盛り上がっている。ならば女は女同士にしか出来ない話をしよう。  
そう思い直して、ぼたんはありったけの缶ビールをキッチンの冷蔵庫から持って来た。  
「いい、もう飲もう。螢子ちゃん」  
「飲みましょう。滅多に会えないんだし。私もぼたんさんに会えて嬉しい」  
すっかり寄って真っ赤な顔をしている螢子は、やはり羨ましいほどに幸せそうだった。それ  
がずっと変わらなければいいのに、とぼたんはこっそりと祈った。  
 
宴会は丑三つ時といえる時刻になって、ようやく終わった。  
すぐに盛り上がってしまったのでその場では尋ねるのも憚られたが、仲間たちのひとりであ  
る桑原が不在だったのは現在アメリカの大学にいる為らしい。根が生真面目な彼は、驚くこ  
とに、法律関係の仕事に就く為に精力的に勉強を続けているのだとか。雪菜も一緒に行っ  
ているということなので、一層頑張りに磨きがかかっているのだろう。  
みんなそうやって大人になっていくのだ。  
人間ではない分、何だか遅れを取っているような気がして少しぼたんは切なくなった。  
 
「あー、今日は楽しかったですねえ」  
ぼたんはすっかり酔っ払ってしまって、ふらふらと空を見上げながら歩いていた。前を行くコ  
エンマは時々振り返りながら苦笑している。  
「そうだな、お前もいい気晴らしが出来ただろう」  
「ええ、まあ…えっ?」  
「…知っておったぞ。お前が最近仕事に行き詰まっていたのは」  
「…そんな、嫌ですよう」  
酔っ払っている気軽さでひらひらと手を振るが、確かにその通りだった。時々死に行く人間  
たちの姿を見るのがたまらなくなる。そんな時があって為にならない情けをかけて失敗する  
ことが最近はよくあった。  
死の刻限は決まっている。それはよく知っているのに、何とかして救いたい。時々はそんな  
思いに駆られることがあったのだ。コエンマは端正な横顔を崩すことなく言葉を続ける。  
「我々の役目はごくシンプルだ。最後の最期に迎えに行く。ただそれだけのもの」  
「…ええ、それはよく」  
「お前は優しいんだな。それが過ぎてしまうのが問題だ」  
溜息をついている間に伸ばされた腕が、たやすくぼたんを捕らえてしまう。  
「あ、コ…エンマ様…?」  
「お前は今が幸せか?」  
「あ、え、ええ…まあ」  
「そうか、だが嘘はつくなよ」  
抱き寄せたまま、乱れかかった髪を細い指先がさらりと払ってくる。  
 
「嘘なんて、つきません」  
月も見えない真っ黒な空が腕を回す相手の頭越しに見えた。幸せなんて、そんなに簡単に  
決められないものなんだろうなあ…。そう思いながらも、本当のことは分からない。もしも自  
分であれば、例えば螢子のようにいつまでも待っているのはとても性に合わなくて爆発して  
しまうかも知れない。  
だが、螢子はそれでいいという。  
何が本当の幸せかなんて、誰にも分からないものなのだ。  
「お前は全く…」  
黒い夜空に紛れるように半開きになった唇に重なるものがあった。抱き締められているせい  
で抗うことも叶わない。それなのに、酔っているせいでぼんやりとした頭が別にいいやと判  
断を下す。それなのに。  
「…!!」  
人形のように大人しくなっているのをいいことに、舌がぬるりと唇を割って入ってくる。慣れた  
様子で口内を探られて舌をきつく吸われる段になって、ようやくぼたんは自分の身に振りか  
かる危機に気がついたのだった。  
「な、何なさってるんですか」  
慌てて体ごと引き離そうとしながら、腕を振り回した。  
「気にするな」  
「しますってば!」  
「お前は、儂が嫌いか」  
「好きとか嫌いじゃなくてですねえっ…」  
「立場か…くだらない話だ」  
コエンマは苦しげに顔を歪めると、唐突に首筋に唇を這わせては吸ってきた。時々きつい痛  
みがあるのは跡を残しているからだろう。着物では隠しようがないのに、そんなことをされた  
ら幾ら上司でもただの職権乱用だ。セクハラ、という言葉も人間界にはある。  
「あ、や、めて下さい…」  
 
酔っているせいでの弱い抗いは全く役に立たない。  
それどころか煽っているように思えるのか、ますます行為は度を越えていく。深夜で人目な  
どないのをいいことに、近くの壁に押し付けられて胸元をすっかりはだけられていた。頭では  
これはヤバいなと思っているのに、全く力が入らない。  
どうして。  
どうして、こんなことに。  
泣くことすらも忘れて、ぼたんはただこれから何が起こるのか待ち受けるしか出来なくなって  
いた。  
「…ほう、白いな」  
いつも着物で隠している乳房が夜目にも真っ白く抜けて見えるのか、感嘆したような声が漏  
れた。生き物のような長い舌がぬめぬめと這っていく感触は、あまり気持ちのいいものでは  
ない。必死で耐えていると、いきなり両手で揉まれた。  
「ひゃうんっ」  
「こうしていると、お前は綺麗だな…もっとよく見せろ」  
すっかりその気になっているらしい。声はひどく熱かった。それが怖くて、切れ切れの抗議の  
声を上げる。  
「嫌、いやですっ…もうっ…」  
「諦めろ、ぼたん」  
「嫌です。あたし、まだ失業したくないんですようっ」  
「何、だと…?」  
「だって、死人を迎えに行く神聖な仕事だから、生娘じゃないといけないって…だからあたし」  
「…そうか」  
人間の世界でも巫女など、神に直結して神聖であるがゆえに、まっさらな生娘だけが勤められ  
る職業があるという。霊界も似たようなものだ。それを信じているだけに、そう簡単に辞めたくは  
なかったのだ。  
「あたし、他に仕事は出来ないと思いますし…」  
「そうだな、それは大変だ…悪いことをしたな」  
あれだけ熱かった口調が、やや冷めていた。とりあえずは、これで今夜の危機は脱したとほっ  
とする。行き詰っているとはいえ仕事は仕事。辞めたらおしまいなのだから。  
「それでは今夜はこれで終わりにしよう。忘れろ」  
相変わらず身勝手なことを言いながら、また唇が軽く触れてくる。これはきっと、月のない夜だ  
からそんな気にさせたのだろう。そう思うしかなかった。  
 
あれはたちの悪い夜だったようだ。  
首筋の跡はすぐに消えたが、左の乳房の脇に残された跡は消えてくれそうもない。それどころ  
か、日毎に鮮やかに浮き出てきているようだ。まるで人間が体に施す刺青のように、赤く生々  
しく存在を主張している。そう、それこそ牡丹の花のように。  
「嫌んなるねえ、全く…」  
何かされそうになったことはそれほど気にも留めていないが、跡が残ったのはダメージがある。  
鏡の前でがっくりとうなだれながらも、これを許容するしかないのかなあ…と悩む日々だ。  
それでも気を取り直してさて行くぞ、と控え室から出てすぐに、悩みの元凶であるコエンマに出  
会ってしまった。  
「お、随分早いな、ぼたん」  
何事もなかったような白々しい綺麗な顔が殺意さえ覚えるほどだ。  
「早いなじゃありませんよ、どうしてくれるんですか、これ」  
他の誰にも決して見せない胸元の跡を示して見せた。  
「ああ、それか。なかなか似合うぞ」  
「じゃなくてえっ!」  
「何といっても、儂のものだという証だからな」  
「…えっ」  
「それと、この仕事が生娘でなければいけない、というのは全くのデマだからな。そういう訳で  
次の機会には覚悟するがいい」  
にやーっと人の悪い笑みを浮かべた顔は、あの月のない夜よりも悪質だ。途中でやめただけ  
に、まだ諦めてはいないらしい。これは大変なことになったと青ざめる。  
「まあ、そう固くなるな。これでも舐めてろ」  
苦笑しながらも、コエンマはポケットから紙包みを差し出した。この光景は遠い昔の大切な記  
憶とそっくり同じだ。ぼたんは思わず受け取ろうと手を伸ばす。  
「あ、金平糖…」  
「お前は可愛かったなあ、頼りなくて」  
「悪かったですね」  
金平糖の入った包みを胸に抱きながら、ぷいと横を向いた顔がおかしかったのか、コエンマ  
は頭を撫でてきた。  
「だから放ってはおけないのだ、ぼたん」  
その手があまりにも優しいので、思わず顔が赤くなる。意識してはいけない相手だというのに、  
これでは何にもならなかった。  
 
小さくて甘い金平糖。  
ささやかでもいいからそれだけの夢を見ていたい。  
ぼたんのあまりにも淡い恋の始まりだった。  
 

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