ピンポーン
乾いた陽気な音が響く。
ピンポーン
応答はない。
ピンポンピンポンピンポン・・・・・・
無機質なドアの横に素っ気無くテープで張られた「南野」の文字。
10月の少し冷えた空気の中、静流はなかなか出てこない家主へインターホンを鳴らし続けていた。
後ろ髪を結わえ、サスペンダーを掛けたショート丈のパンツから伸びる長い足をロングブーツで覆っている。
少し大きめのワイシャツが彼女らしい気だるげな雰囲気を漂わせる。
平日の夕方18:00。
会社から真っ直ぐ帰宅していれば家にいるはずの時間。
「何してるんですか?」
背後から降った声に驚きもせず仰け反って答える。
優しい白のニットが視界に入った。
「嫌がらせ」
逆さまに映る青年は、柔和に微笑んで静流の額をペシリと叩く。
いらっしゃい、の意味をこめて。
淡い色のダメージデニムが良く似合っていた。
――悪趣味なお出迎えね
突然の来訪にもかかわらず、全く動じていない上に後ろから気配を消し、近づいてからかう。
少し不機嫌になる静流に構わず、その手に握られたビニール袋をかさかさと覗き込む。
「ラム、ですか?」
「そ♪美味しいのよこれ」
「サカパ、でしたっけ?飲んだことはないですけど」
「貰いモンだけど、こんないいお酒一人で呑んじゃもったいないと思ってね」
ビニール袋から手が離れどうぞ、とドアを開く。
ベッドと二人掛けのソファーに小さめのテーブル、ベランダ付の窓際に観葉植物が二つ並べられている。
本棚には隙間なくきっちりと小説や洋書が並べられている。
生活の匂いはないけれど、微かに人の住む気配がある。
不思議と心を落ち着かせるオフホワイトの空間。
少し広めのワンルーム。
これが一ヶ月半前からの蔵馬の住まいだ。
静流一人でここを訪れるのは二度目になる。
「お酒作るからさ、座っててよ」
蔵馬をソファーに押し込めて静流はキッチンに立つ。
小綺麗に整ったキッチンを眺めて思う。
―料理とかするのかな?
一人暮らしなのだから多少は出来て当然だとは思う、が
調味料は塩とコショウと砂糖のみ。調理器具は手入れして、ではなく未使用でピカピカの状態。
―してなさそうだねぇ
思わす苦笑する。
蔵馬はそれに気づいて、決まりが悪そうに頭を掻きながら声をかけた。
「引越しからずっと忙しかったんですよ・・・・・・」
「はいはい」
グラスは食器棚に丁寧に並べられていた。
笑いを交えた声で静流が受け流す。
「ちゃんと食べないとダメよ?」
「うーん・・・・・・努力します」
―作りに来ようか?
喉まで出かけて、言うのを止めた。
健気を装った打算的な女のようで厭だ、と思ったからだ。
蛍子や雪菜のように見るからに健気な気性の娘なら、ひどく似合ったことだろう。
―我ながら可愛さのかけらも無いね
自嘲気味にため息を吐き、手を伸ばしてグラスを取る。
「静流さんが作ってくれませんか?」
心を読んだように、ソファーから声が届く。
「へ?」
間抜けな声とともに、指から力が抜けてしまった。
ガラスの割れる繊細な音が響いた。
「ごめ・・・・・・すぐカタすから」
慌てて片付けようとした静流の左の人差し指を欠片がかすめる。
「っつ!」
白く捲れた薄皮に、鮮血が滲む。
「大丈夫ですか?」
―何やってんだろ、私。こんなことしに来たんじゃないのに・・・・・・
フローリングにに紅い点を垂らしながら、静流は今日ここに来た理由を思い返す。
瞬間。
音もなく、背後から手が伸びて左手を掴んだ。
「あ」
声が喉から出る前に指先はそのまま、蔵馬の口内へ。
静流は唯、傷口から熱が拡がって行くのを感じるしかなかった。
その熱が痛みなのか、蔵馬の温度なのか、それとも別の感情的な「何か」なのか。
唯々、指先の熱、それだけを感じた。
一方で、蔵馬は鋭敏になる感覚と本能を表層に漏れぬよう押さえつけていた。
舌の上に在る静流の指。
そこから流れる、鉄の匂いの甘いモノ。
「妖狐」という姿の本能は表皮一枚のところで留まっている。
しかし、感覚は戻りきっていて少しでも揺さぶられたら一瞬で戻ってしまいそうだった。
指から口を離して、丁寧に絆創膏を貼り付けグラスを拾い集める。
「・・・・・・指は商売道具でしょう?気をつけて」
平静を保っているかのような言葉を吐こうと努めた。
言葉で繕おってしまいたかった。
当たり障りのない言葉で濁して、静流を、自分の感覚を、どこかぎこちない二人を、誤魔化してしまおうと。
「あ、ありがと」
思い出したかのように、静流は指をさする。
そして、何事もなかったかのように微笑む。
その笑顔は蔵馬の言葉と同種の不自然さを帯びてはいたけれど、とても優しく暖かい。
「さ、飲もう?」
グラスに氷を転がし、トプトプと飴色を注ぐ。
問答無用でロックだ。
差し出されたグラスを受け取り、軽く回す。
―何故だろう?この女を前にすると
「はい、乾杯♪」
静流は笑顔でグラスを鳴らして、一口含む。
―何故・・・・・・こんなにも
静流の鼻腔にカラメルの香りが届く前に、
その細い喉が40度のアルコールを感じる前に、
―自分が……揺らぐ
獣のように、
「んぅ……!?」
その唇を塞いでいた。
彼女がグラスを落とさなかったのが奇跡と言えるほど、激しく。
そのまま、舌を捻じ込む。
少し、煙草の香りがする。
静流の口から注がれる、唾液と体温の混ざったRon Zacapaは甘く、熱く、蔵馬を痺れさせた。
噛み付くようなキスに戸惑いを感じた。
後ろ手にグラスをまな板の上に置いて、両手で蔵馬を抑える。
頬を包み、髪をくしゃくしゃと掴んで。
しかし、腕が力強く腰を引き寄せる。
「……っは、まっ……ぅんっ」
息継ぎも、休止の言葉も許されない。
激しい口付けに、与えられる悦びに、身体が震える。
シャツの中に冷たい手が侵入したところで理性が身体を動かした。
蔵馬の肩を押して顔を引き剥がす。
「はっ……ぁ、ど、どうしたの?急に」
改めて、頬を摺り寄せ耳元で囁く少年のような声。
「……だめ?」
甘えるような、ねだるような、確信犯のその声。
わかっていてもじくりと疼いて、溢れだす。
「だ、だめじゃないけどっ、んぁ……」
首筋を、舌が這う。
「じゃあ、問題ない」
――問題、ない
味も素っ気も無い言葉を頭の中で繰り返す。
全てが急激に冷えていった。
指は遠慮なく、背筋を辿る。
―違う!こんなことしに来たんじゃない
「まっ……って!ってばぁ!」
今度は思い切り、身体を押し返す。
押された胸に目線を落として、流れるように首が動いて静流に視線が刺さる。
―後悔した。
その目は鋭く強く静流を捕らえているのに、表情は拒絶されて傷つく子供のようだったから。
しかし、すぐに顔が歪む。
「最初に誘ったのはお前だ」
先程の甘い声が幻想に思えるほど、唸る様な、威嚇するような声だった。
そう、最初に求めたのは静流だった。
視線から逃れようと顔を伏せる。
静流自身、戸惑っていた。
初めは好奇心みたいなものだった。
人のカタチをして、ヒトじゃないものを隠したその男。
ヒトではない姿をもう一度見たい、と思った。
初めて見たその瞬間、欲求が生まれた。
低く通るその声で、もう一度名前を呼んで。
その、長い爪の指で触れて。
薄い唇で、キスをして。
けれど、それが恋愛感情なのか、ただの欲望なのか分からず衝動のまま動いてしまった。
今日、会えばそれが分かるかもしれないと二度目の奇襲を決行した。
そうして、彼を傷つけた。
「お前に拒否する権利はない」
その言葉で、まとまらない思索をやめて顔を上げた。
喉元に指が絡む。
「は、くっ……」
「お前は俺じゃなくてもいいんだろ?」
指に力がこもった。
その言葉に激しく、違和感を覚えた。
―違う!!
決してそうではない。
言われてはっきりと自覚する。
欲望とは違う、一つの感情。
「出て行け」
指をほどき、冷徹に言い放って背を向ける。
あまりに余裕のない、普段の彼らしくない振る舞い。
その蔵馬の輪郭はどこと無くぼやけて見える。
耐えるように、自身の腕を掴んでいる背中は錯覚ではなく、現実として陽炎が立つように揺らいでぼやけている。
静流がこの現象を目の前で見るのは、二度目。
必死で自らを抑え込むその背中。
―違うのに。君でなければ意味がないのに。
苛立ちと想いが募った。
「秀一」の姿を保つのがやっとだった。
伝説とまで言われ、霊・魔界で名を知らぬものはいないほどの男が、人間の小娘一人に振り回されている。
蔵馬は苛立ちと、後悔と、自嘲の中で震えていた。
出て行けと突き放さなければ、静流を殺していたかもしれない。
ギリ、と奥歯の根が鳴る。
握っている腕の皮膚が今にも破けそうだった。
なんて身勝手な言い分。
――求められて嬉しかったくせに。
静流の気持ちも体もすべて欲しいだなんて、自分の欲深さに吐き気がする。
自分で自分を殴りつけたい気分だった。
そう、思った瞬間。
蔵馬の肩に暖かい手が乗った。
「っ!早く出てっっ!?」
言い終わらないうちに、静流の拳が左頬にインパクトした。
「っなっ!」
「勝手に人の気持ち、結論つけないでよ!」
泣いている。
頬の痛みよりなにより、静流の涙が衝撃的だった。
あまり、感情の揺らぎを見せない彼女が。
ぽたぽたと落ちる涙を拭うことなく、蔵馬を睨み付けて泣いていた。
「っ私だって、わかんなかったのよ!でも、もう一度会ったらって、だ、抱かれたらわかるかもって」
静流は叫ぶように言葉を、感情を吐き出していく。
「でもっ、それでもわかんなくて、もう一度会わなきゃ、伝えなきゃって」
静流が言葉を紡ぐ度に、蔵馬の胸が熱くなる。
妖気が変質していくのが感じられた。
「い、今更だけどっ蔵馬君の気持ちも知りたいって、そう思ったから来たの!悪かったわね!弟と一緒で馬鹿なのよ!」
言い終えてなお、真っ直ぐと目を逸らすことなく、涙を流すままにして静流は立っていた。
泣きながらも強く強く答えを望んで。
そんな静流を包み込んだ長く白い腕は、既に人間のそれではなくなっていた。
体温の低い、青白い腕。
やさしい白だったニットが、目に刺さるように真っ白な布に変わっている。
「俺の気持ちなんて、ずっと決まってた」
低い、透き通るような声だった。
サラサラとした銀髪が、泣きぬれた静流の顔に吸い付く。
「好きだよ、静流」
―激しくて、愚かで、愛しい。必死に、俺を愛してくれる女。
そう、ずっと決まっていたのに。
心の底では、ずっと彼女を求めていたくせに。
ずるいのは自分。
言わずに、流されるまま彼女を抱いた。
意を決して一人で来た彼女を欲望の捌け口にしてしまったのは自分ではないのか。
「すまない」
―長い間、伝えられなくて
一段と強く抱きしめる。
「なんで?」
耳元でスンと鼻をすする静流はなんだか子供のようで、とても愛しい。
謝罪の意味を知ってか知らずか、言葉を綴る。
「私も好きよ。君じゃなきゃイヤ」
―ああ、その言葉を待っていた。それが知りたかったんだ
静流の腕が蔵馬の背中に回る。
「言われて気づいたわ」
笑って頬をすりよせた。
あ、と思い出したように体を離し、静流の手が蔵馬の左頬を撫でた。
「殴ってゴメン。痛かったかい?」
蔵馬は言われて痛みを思い出す。
「いいストレートだった。弟より筋が良い」
悪戯っぽい笑みを浮かべて手重ねた。
目が合って、たまらず二人でクスクスと笑い出す。
「なんか、バカみたいだねぇ」
「だな」
大人ぶって、誤解して、遠回りして、結論に辿り着く。
それはまるで余裕のない子供のようで、愚かしい。
けれど、確かにそこに特別な感情が在った。
順序を違えたとしても、想いはずっと同じかたちで。
蔵馬はふわりとベッドに腰掛けて、口角を上げて笑う。
「さて、どうする?」
開き直ったように、余裕ぶった態度が小憎らしかった。
静流はベッドにひざを乗せ、蔵馬の首に腕を絡ませる。
「どうしたいんだい?」
視線が絡むと柔らかい笑みがこぼれる。
キシ、とベッドが音を立てるのと同時に、唇が重なった。
やさしく、淡く。
「ん」
一度、離れると先程の熱を思い出したように強く、唇を噛み合う。
ただそれだけの行為を、中毒のように繰り返す。
何度も、何度も。
それだけで全身が暖かく包まれるような幸福と、身体の奥が溶けてしまいそうな快楽を得られる。
もう一度、薄い唇を喰む。
―ああ、でももっと・・・・・・もっと、もっと
息が詰まるほど、切なくて、愛しくて。
もっと交わりたいのに、重なりたいのに、この瞬間も続いて欲しい。
思わず、静流から舌を併せる。
ギ、とベッドが強く軋んだ。
蔵馬はしっかりとそれに応えながら、静流を支える。
舌の裏側を絡めあうだけで背中に走る快楽。
やわらかく交わる粘膜が、甘く脳を痺れさせる。
一度、冷めた体がまた疼き出す。
蔵馬の皮膚は少し冷たくて、触れるとそこだけ熱がこもる。
その舌は柔らかで、少しだけあたたかい。
それが静流には嬉しかった。
もっと、その熱を感じたかった。
ゆっくりと舌を解き、唇を甘噛みして離れた。
混ざり合った唾液を互いの指でやさしく拭う。
伏せていた視線が再び絡む。
「もっと・・・・・・」
熱っぽく蕩けた声で求めた。
もう一度、舌先のキスを交わしながら静流の指は白装束の下に滑り込み蔵馬の肩を掴む。
白絹は簡単にはだけて落ちた。
応じるように蔵馬の手はシャツの中に忍び込んでたくし上げた。
冷たい手がやさしく柔らかい肌の上を滑る。
熱を帯びた白い肌。
深翠のシルクと濃紺のレースが良く映える。
それに包まれた美しい丸み。
蔵馬はそれを覆うように手を沿わせる。
細い肢体にのった豊かな乳房は柔らかく、心音が指先から伝わって妙にこそばゆい。
静流はもう片方の肩から布を落とし、蔵馬は背に回した手でそのふくらみを自由にする。
微かにふるえたのを指先で感じ取ると、蔵馬の舌は静流のそれを離れて耳元から首筋へ。
静流の耳に届く、少し乱れた低い吐息。
それにあわせて肌の上を流れる舌と唇。
丁寧に鎖骨のラインを辿ったところで、ちぅ、と音を立てる。
「っ!だ、め」
蔵馬は唇を離すと自分の残したその痕を満足げに指でなぞる。
その指はゆっくり下へもどり、求めるように屹立した乳首を捕らえる。
「ふ・・・ぅん」
細い眉を歪めて、下唇を噛んで声を殺していても喉の奥から刺激に耐える声が漏れる。
普段より高く、甘えるような熱を帯びた声。
もっとその声を、と蔵馬の唇はもう片方を含む。
「んっ・・・・・・や、やダ」
言葉とは裏腹に静流の指は蔵馬の首元に強くすがりつく。
―ほら、もっと
舌で舐めあげ甘噛みし、つ、と強く吸い立てる。
「んんぁっ・・・」
静流は子供がむずがるように顔を反らす。
「嫌、じゃないだろ?」
硬く張った乳首から口を離し不敵に口端をあげて、しかし嬉しそうに笑う。
答える代わりに恥かしそうに、やさしく微笑む。
蔵馬は満足そうに目を細めて笑い、確認するようにその指をするすると下肢に伸ばしていく。
味わうように、焦らすように大腿の裏側から触れるか触れないかの距離で撫で上げる。
その距離がもどかしくて、静流は思わず口にする。
「・・・・・・触っ・・・て?」
―何、言ってんだ私
恥かしさに視線を反らす。
しかし視界の端で狐の嬉しそうな顔を捕らえてしまう。
無邪気な子供のようで、どこか妖しい笑顔。
―かわいい、なぁ
想いを現すように蔵馬の頭をくしゃりと撫でた。
その笑顔に気を取られていた。
指がショートパンツのボタンを外し中に忍び込む。
上と揃いの深翠のショーツ。
その中央、身体の真ん中はさらに深い翠で染みを作って誘う。
その上に、指が乗る。
それまでと違う、はっきりとした刺激。
鮮明な快楽。
「っんん!んっぁあ・・・んっ」
静流は弾けるように身体をくねらせる。
役割を果たさないショーツの上から蔵馬は指を押し付ける。
「静流」
ふと顔の距離が縮まって溶けたような低音が囁く。
静流の耳元に息がかかる。
「やらしい」
顔が火照るのが分かった。
同時に、溢れ出すのも。
耳元を舐めあげて、続ける。
「なぁ?静流?」
甘えるみたいな声で。
「俺のこと考えて、ここ触ったか?」
指はショーツの脇から入り込んで濡れた肉をなぞる。
「ひぁっ、んっ」
「一度でも、俺のこと想って一人で『した』?」
一層、にじみ出る。
「答えは?静流?」
舌は耳元に吸いつき、指は快楽のポイントを外して撫で付ける。
「っく、わかってる・・・・・・くせにぃ」
「静流の口から聴きたい」
考えない訳がない。
想わない理由がない。
一度、知ってしまったから。
蔵馬の指を、蔵馬の声を、蔵馬の体を。
「・・・・・・った」
消え入りそうな声だった。
「聴こえない」
指がひだをかき分けて止まる。
―嘘つき・・・・・・意地が悪いったらないね・・・・・・。
「っく・・・・・・・・・・・・さわ・・・った」
恥かしさで涙目になりながら声を絞り出すようにして答えた。
「したよ!しながらっ・・・ずっ、と・・・!はっ、想ってたっ・・・」
耳元で喉を転がすようにくくっと声がした。
「嬉しいよ」
心底、嬉しそうに言うから許してしまいそうになる。
――ずるいよ、そんなの
ぷつり。
長い爪が静流の中に埋まる。
「っはぁあぅ・・・んうぅ・・・」
胎の底を掴まれたような切なさに、静流はたまらず喉を反らせる。
柔らかに濡れた中は蔵馬の指にしっかりとまとわりつく。
爪先でざりざりと内壁を擦る。
静流の弱い場所だ。
「やっそこ、っん」
「知ってる」
そう言って妖怪らしい妖しさで笑う。
中指がこぷこぷと音を立てながら遊んで、親指は器用にクリトリスを弄る。
静流は思考をもぎ取られ、感覚だけが敏感になっていく。
「そ、ふあっあ・・・・・・ん、な笑い方は・・・・・・嫌いっ、だよ」
「それは嘘だ」
また笑う。
余裕たっぷりで、憎らしく。
「でも、ちゃんと答えたからご褒美をあげないとな」
蔵馬は静流の腰を抱えあげて膝立たせ、枕に座らせた。
指を引き抜いて、静流が垂らした液で用を成さない下着とサスペンダーを外したショートパンツを下ろす。
熱で溢れた粘膜は空気に触れると冷され、静流は少しだけ震える。
震えた大腿に空気より冷ややかな手で触れて開く。
唇が大腿に触れる。
それが静流に次の行為を想像させる。
「っや、だっだめだって!そんなの、しなくていいよ!」
ちゅ、と音を立てて赤い痕を滲ませる。
せめてシャワーを、と抵抗する静流を薄い色の双眸が見上げる。
「静流」
なだめる様な諫めるような声で呼ばれると、何もいえなくなってしまう。
「ごほうび」
真っ白な皮膚の下に薄紅い血の色。
熱い、静流の肌。
乱してしまいたい。
俺のことしか見えないくらいに。
その思いのままに、整えられた茂みに口を寄せた。
「ひっぁあ!ッつ・・・・・・んくっんん!」
外側の襞から舌を這わせる。
丁寧に、獣のように、上品に。
舐めあげて、押しつぶして、差し入れる。
ち、ち、と粘膜の絡む音がした。
「んっ!んん・・・ふぅ、くぅぅ」
つぅ、と舌が糸を引いて離れる。
シャツを咥えて声を抑える静流に蔵馬は不満そうに言う。
「声、殺さなくていいから」
「っ!だって、隣とか・・・・・・」
「いいから」
―もっと、聴きたいんだ
蔵馬はシャツのボタンを外して静流から奪い取ると、また行為に耽る。
クリトリスを唇で吸い上げながら、人指し指で中を擦る。
指先からクチクチ音が立つ。
「だめ・・・ん、く、ぅ・・・や、だぁ」
―しぶといな・・・一本じゃ足りないか?
中指に唾液を塗して、容赦も遠慮もなく突き入れる。
「ぅくっ、ふあっ!くぁ、やぁん」
頼る物がなくなった静流の口からは高い嬌声が垂れ流される。
耐えられない、と言う様に銀色の髪を掴む。
蔵馬は満足そうに目を細めて、いっそう強く吸い立てる。
その舌に力をこめる。
指が速度を上げる。
快楽の波に、静流の身体がはねた。
「っだめぇえ、やあぁっあっ蔵馬くっぁあ」
静流の視界は白く、濁る。
こぽ、と音を立てて愛液が溢れて蔵馬の指を伝い落ちる。
指を抜こうとすると、内膜が『離れないで』と求めているようにしっかりと絡みついて締めつける。
惜しむようにゆっくり指を抜くと逃げ場を得た液体が流れ出る。
それを丁寧に舐めとって飲み下す。
「ふは・・・ぁん。もぉっ、やだって言ったのに」
くしゃくしゃに乱れた髪をほどきながら困ったように言う。
頬は紅潮して目は潤んでいて、それは説得力の欠片もなく、むしろ誘っているようですらある。
頬に付いた愛液を拭って意地悪く笑ってみせる。
「いらなかったか?」
欲しくないか?もう終わりにするか?と蔵馬は意地悪く聴く。
「だぁめ。もっとよこしなさい」
まだまだ欲しいもの、と首元に縋り付き、静流はとびきりの甘い声で囁く。
「それに」
ふわりと微笑を作って続ける。
「終わりに出来ないのはどっちかなぁ?」
腹筋の線を辿って指を下衣をほどく。
はっきりとした硬さと熱を持って主張する男性器に触れた。
「・・・・・・!」
突然の反撃に一瞬、端正な顔だちが歪む。
反射的に身を引こうとする蔵馬の首に絡めた腕に力をこめる。
「こんなになってるくせに。素直じゃないねぇ」
カウパーを指に絡めて舐めあげる。
その姿はこれ以上ないほど扇情的で挑発的だ。
「ねぇ?もっとちょうだい?」
胸の上で細い指が踊る。
ほどかれた髪の毛から甘い香りが立って鼻をくすぐった。
「いらないと言われてもくれてやるさ」
やわらかく微笑んで、薄紅の頬を包んで唇を重ねた。
互いの粘膜が舌の上で混ざる。
蔵馬は静流の腰を持ち上げて、ゆっくりと座らせるように柔らかな肉に自身を送り込む。
しっかりと絡み付いて、まるで彼のためにあるように収まる。
その快楽に思わず嘆息が漏れる。
「はっぁ」
「っんんぁあ」
その体に蔵馬をすべて飲み込むと、静流は幸福そうに目を閉じて体を震わせる。
「や・・・ば、何これっ気持ちぃ・・・」
「ヤバい、な」
触れ合ったところから熱が伝わって、互いが溶けて混ざってしまいそうな錯覚を覚える。
「ん・・・動く、よ」
「あぁ」
静流の腕に力がこもる。
ゆっくり、ゆっくり確かめるように、腰をくねらせる。
蔵馬はただ、静流の髪をするすると撫でていくだけだ。
「んっ、・・・っんで、焦らすのっ・・・うご・・・って」
「嫌だ。もっと味わいたい」
その体温、甘い香り、繋がっているという確かな幸せを。
愛しい。
肩と腰にかかるその重みが、快楽に潤む瞳が、柔らかに通るその声が。
その、存在が。
静流は汗で吸い付く肌を蔵馬に絡めてねだる。
「も、とっ・・・おく、欲しいぃ・・・んっ、ごいてよぉ」
内壁をもうねらせて欲する。
唇を、舌をねっとりと交わらせる。
それだけで意識が飛びそうな快楽が襲ってくる。
「・・・・・・お願い、は?」
「もっ・・・・・・ホンっト、素直じゃない!」
子供みたい、と静流は笑う。
「でも、好き」
首筋に唇を寄せて言う。
「そういうとこも全部。おねがい。全部、ぜんぶちょうだい」
にぃ、と口端を上げて狐が笑う。
静流に見えないように。
じっくりと奥をえぐるように腰を突き上げる。
喉元まで届きそうなほど、激しく、打ち付けられる。
「ぅあっ!」
更に、もう一度。
「んぅ!」
何度も。
「つっ!ふっくぁあん」
喘ぎとも叫びとも言えない声が喉から絞り出される。
ちゅ。くちゅ。
声と一緒に吐き出される甘い水音。
そのリズムに合わせて静流の腰が揺れる。
「・・・る、静流、静流・・・!」
うわごとのように耳元で名前を呟く。
「んっあぁ!す、き、もっと・・・・・・!」
離れていきそうな意識を捕まえながら、想いを口にする。
激しい突き上げに言葉が紡げなくなっていく。
「もぉっ、いっ、くぁ、くぅん」
口を閉じることさえ儘ならず、声をあげ、みだれる。
体を擦り合わせて登りつめる。
「あっんああ・・・・・・」
内壁が悦び、絞め付ける。
蔵馬は喉を反らし、は、と耐えるように小さく息を漏らす。
「・・・・・ちょうだい」
静流は限りなく甘い声で、指先で腹筋を辿りながら、意識的にもう一度締め付ける。
それに耐え切れず、切なそうに眉根を寄せて顔を横に背け、深い息を吐いて全てを注ぎ込んだ。
「んん・・・・・・」
体内で拡散するあたたかな感覚に静流は身を捩る。
そのまま体を倒し、じゃれつくように体を絡ませる
「・・・好き・・・大好き・・・」
どんなに言葉にしても足りない。
もっともっと伝えたい。
ただ・・・体を重ねていれば肌から肌へ熱が伝わる。
それだけが心地よい真実で、ずっと、ずっと肌を重ねていた。
それが、幸福だと感じられて。
* * * *
湯上りののゆったりとした気だるさと共に、空気が湿り気を帯びて雨の気配が漂っていた。
窓際にバスタオルを被って座り込み、呆けた様にタバコをふかす。
静流の頭上から声が降る。
「髪の毛、乾かさないと風邪引きますよ」
声と同時に差し出されるグラス。
「ありがと」
蔵馬が肩からタオルを掛け、ゆったりめのデニムだけを履いて静流の横に座った。
少し体を寄せて、雲に隠れて朧にうつる月を見上げて。
静寂。
なんとなく二人とも押し黙ってしまった。
秋の夜の冷たい空気が言葉を奪った。
先に言葉を取り返したのは静流だった。
「ねぇ?今更なんだけどさ」
蔵馬は答える代わりに、視線を静流へ移した。
「また、来てもいいかな?」
一瞬、あきれた様な表情を作り「それはまた今更ですね」と苦笑する。
グラスを傾けると甘いカラメルの香りが口内に広がる。
静か過ぎる空気は冷たい雨に変わっていた。