朝になり、瞼を開けばいつもいるのが普通になっていた。だから、今日も当然いるものと思って瞼を開く。  
でも、いない。何処にいるのかと気配を辿ってみても、さっきまでいたと思われる痕跡のみで、探す相手の姿が、無い。  
 
自分は、やはり愛されないのか。こんな体にしたせいで、こんな位置にいるせいで、だから?  
「飛影・・・」  
ぽつりと呟いてシーツに包まる。自分の香りと、飛影の残り香。二人の香りを嗅いでいると少しだけ気分が和らいで。  
「飛影、飛影・・・」  
自分の呟く声がいつの間にか涙声になっているのも気付かずに、シーツと布団の間に顔を埋める。  
不意に、その布団の上から誰かが自分をとんとん、と叩く感触がして慌てて顔を上げれば、そこにいたのは  
「ひえ、い?」  
「何を変な顔をして変な声を出してるんだ、貴様は」  
むっすりといつもよりも不機嫌そうな相手がベッドの上へ上がって来るのに対し、思わず反射的に後退ってしまい、  
ベッドと壁の隙間に落ちかけて手を取られる。  
「何で今朝はいなかった?」  
「それより何で今変な顔をした上に俺から逃げるんだ、躯」  
「先にオレの質問に答えろ、飛影」  
しばらくの沈黙。見つめ合う時間も、今日は微妙に気まずい。やや間を置いてから、飛影が根負けしたように溜息をつき  
片手に持っていた何かを枕元に放り投げ、それに躯がやっと視線を移す。  
「最近、お前が寝付き悪い様子だったから蔵馬に頼んでいた薬草だ。気付かれないように用意したのに、貴様は」  
薬草、と聞いて枕元に放り投げられたソレを手に取る。ふんわりと香るのは、どこか優しい香りで、何かを  
思い出すようで、でも届かないようで、思わず目を閉じてその『何か』を探す。  
「・・・・・・・・・躯?」  
瞼の裏に映る『何か』に手が届きそうになった瞬間、飛影に呼ばれて瞼を開く。自分の伸ばした手の先には、飛影。  
「飛影、これの薬効は何だと言っていたんだ、あの狐は」  
「とりあえず安心出来るような効果、とか言ってたが?変な効果でも出たか?」  
心配そうに見る飛影に向かって、躯はやっと微笑を向ける。初めて彼から貰った”花束”を見た時のような、微笑。  
「いや、これで合ってるさ、飛影。効果は抜群かもな」  
「躯?」  
スッと飛影の首に腕を絡め、引き寄せるとそのまま体重をかける。いきなりの行動にバランスを崩した飛影は  
予想通りに仰向けに倒れ、自分を上に乗せるように。いつでも自分を転ばせないように、危ない目に合わせないように  
さり気なく気を使うようになってくれたのはいつ頃からだったか。それが当然になったのは、いつからだろう。  
静かに重ねた唇は少しかさついていて、魔界ではなく人間界独特の人間の匂いが軽く漂って来て、それを吸い込みつつ  
飛影の唇を舐めては吸いつく。何度も軽くついばむようなキスをすれば、どちらからともなく唇は開いて、やはり  
どちらからともなく唇は重ね合わされたまま、舌先を絡め合うような深いキスを始め。  
「ん・・・ふぁ・・・」  
ちゅるりと音を立てて舌を吸い上げられると自然に唇の隙間から甘い吐息が漏れて、それを合図にするように飛影の手は  
自分の体を引いて布団の上へ。先ほどとは逆に、上になった相手の目が緩く細められたと思えば、服が脱がされて行く。  
 
さらりと布団の上へ落ちる服の音。分かっていても、やはり気恥ずかしいのは気恥ずかしい。  
「や・・・」  
「誘ったのはお前だ、躯。今更何を恥ずかしがる?」  
前をはだけさせられ、外気に晒された肌は寝起きなのもあってより一層敏感で、そこに飛影の吐息がかかればそれだけで  
自然に体が身を捩ってしまうのが何だか気恥ずかしく、それが、厭なのだが。それでも相手の視線がこちらを  
見ているのが嬉しく、たまらない気分になって行けば自然に体は仰け反って嬌声を出す。  
「・・・ッ、あ・・・・ふ」  
足元に僅かにかかったままの薄布の掠れ具合ですら、今の自分には甘い刺激。  
半分は焼け爛れた体、半分は美しいままの体を愛しげに撫でては口付けてくる飛影の方へ手を伸ばして、その体を掴む。  
「今日は、も・・・・や、ひえ・・・い・・・」  
「一国の主ともなっていた奴っぽくない台詞だな、躯?」  
焦れったくて脚を擦り合わせればその間からは淫らな蜜の音。その音で更に身を捩りながら飛影の肩に抱き締めるように  
縋り付き、甘い吐息を吐き出す事しか出来ない自分の口をぱくぱくと、地上に上がった魚のように開け閉めながら  
その体に少しでも近付こうと、もっと触れ合いたいと、力の入らない腕で力を込める。  
「ちゃんと言わないと俺は何もしないが、躯」  
クスリと微かに笑う、切れ長な漆黒の目。その額に捲かれた布に隠されている第三の眼にも笑われているような気がして  
ほんの一瞬だけ息を飲んで、頬を熱くする。魅力的で、蟲惑的で、一度味わったら離れられない悦楽の眼。  
「挿れ・・て・・・・くれ、飛影・・・・」  
呟くように掠れた声で言いつつ、相手の眼を見つめる。どこまでも黒い瞳に映る自分は、蕩けて虚ろな目をしている。  
「よく言うようになったな」  
額に口付けされたと思った瞬間に、胎内に走る衝撃と、熱と、硬さ。  
「はッ・・・・あ、ン・・・ッ」  
ギリギリと肩に爪を立てるように力を入れながらその後に来る快楽の波に、身を任せる。  
飛影の体が軽く揺れる度に揺らされる自分の体。胎内に寄せては返す熱が更に淫水の音を高めて、それがより一層  
躯自身の快感も、飛影の快感も、二人分の快感を高めて行く、幸せな波。  
爪を立てていた手をそっと離して飛影の体に抱き付く。胎内にある飛影自身が更に奥深くに挿れられるのが心地良く、  
でもまだ足りなくて自分も体を揺さぶる。  
「ふぁ・・・あ、ん・・・・っ、あ」  
段々と自分の中の熱が高まって行き、飛影自身が更に強張ってきているのを感じると潤んだ瞳で相手の顔を覗き込んで  
荒く息をつく唇に、口付けをひとつしてから肩に顔を埋めて汗ばむ体の匂いを吸い込む。  
「む、く・・」  
「ん」  
顔を肩に埋めたまま頷きをひとつした時、胎内に更に熱い飛沫が放たれる感触に、自身の体が強張ってからゆっくりと  
弛緩するのを感じて、腕の力を抜く。  
 
しばらくしてから飛影の体が離れ、胎内から熱い精がどろりと垂れると微かに身を捩らせて、それでも出て行くソレを  
取っておきたくて無意識に体は相手の方へと寄せられていって、額を小突かれる。  
「朝から何度もいきなりねだるな、バカが」  
「飛影が悪いんだ」  
脱がされた服に視線を送りながら、それで自身を拭いている飛影を見て思わずボソッと漏らす一言に振り返る、飛影。  
「何で泣いていた?」  
「いや、それは・・・・・・!」  
一瞬言葉に詰まる。火照る頬に、飛影が不安げに手を添えて来るのがまた悔しくて更に顔が火照る。  
「その位自分で考えろ、バカ飛影」  
裸のまま、少し汗ばんだシーツの中に包まると飛影に背中を向ける。目の前に、飛影が持って来た『薬草』と言う名前の  
”花束”を一撮み持って鼻先に当てて、瞼を閉じる。  
上半身を起こしたままの飛影の手が自分の髪を撫でると、それがとても幸福な瞬間なのだと、瞼の裏にいる  
自分と、もう一人の姿が笑顔で頷く。  
 
「後であの狐に代わって礼を言っておけ、飛影」  
「だからお前が泣いていた理由を」  
「それはお前が考えろ」  
 
まったく、と溜息をついてから二度寝に入り始めた自分の隣に入る飛影の体温に、やっと一安心。  
これで不安じゃなくなる。いなくなる時はきっと何か言ってからいなくなるのだろう、この不器用な年下の男は。  
だから。  
「次、狐の所へ行くなら一言何か言ってからか、メモでも置いてから行けよ、飛影」  
背中から回される手が了解と言っているようで、そのまま躯は幸せな眠りの中へ落ちて行って、残された年下の彼は  
年上の彼女の柔らかな髪を梳きながら、一緒に眠りに誘われる。  
 
 
 
 
 
ちなみに遅いので起こしに来た奇淋が二人の寝姿を見て驚いたら躯にどつかれたとか、そういう事は企業秘密です。  
 
 
 
 
 
少し遅くの時間、人間界のいつもの部屋、いつもの二人。  
「それで、どうでしたあの薬草、もとい花束」  
ニコニコといつもの笑みを浮かべながら、差し出されるココアに口を付ける。ほんのり甘いコレは嫌いじゃない。  
目の前にいるこいつの腹の内と比べれたらどんな物だって甘くなるだろうとか、考えるのは気のせいだ気のせい。  
「渡したら機嫌が良くなったな、お前に礼を言えとかも」  
「おや、それはどうもー」  
そこまで気に入って頂けて、とクスクスと笑う狐を見る。その顔とは正反対だった、あの時の躯の顔を思い出す。  
「躯が泣いていたのが分からないんだが」  
「は?」  
「薬草を持って行った朝に泣いていた。もう暗示は解いているから妙な事だと思うんだが、泣いてなかったのか?」  
「飛影、それはちょっと」  
肩をぽんぽんと叩かれながら、残ったココアを飲み干す。空いたコップを窓枠の机の上に置いてから、腹黒狐の顔を  
見上げると珍しく真面目な顔をしている相手にちょっとだけたじろいでみたり。  
「俺に聞かないで自分で考えた方がいいですよ?聞いてばかりじゃ躯の相手は務まりませんから」  
「知るか」  
フンと鼻でせせら笑って、窓の外へ。今日はちゃんと言ってから来たが、それと関係あるのか無いのか。これでまた  
帰ってみたら泣いているとかだと、蔵馬に会うのが厭だとかそういう事なのだろうか?  
 
 
 
出て行く黒い背中を見送りながら、腹黒狐さんはまた独り言。  
「女性の感情の機微が飛影に理解出来るとは思わないんですけれどねぇ、俺だってまだまだですし」  
静流さんに連絡しましょうか、と携帯を取り出しながら美味しく頂く方法を考えつつ、残った薬草の花束を手に取る。  
「こんな花束一つで感情が揺れるならしっかり望みがあると思うんだけどなぁ、俺は」  
この時期には珍しいラベンダーの花束を片手に持ったまま、携帯でメールをやりつつ凸凹な二人の将来に思いを馳せて。  
しばらくしてから唇に薄い笑いをのせてポツリ。  
「・・・・じゃ、しばらくはまた飛影をからかって遊ばせて頂こうかな?」  
 
 

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