それは、静かな夜だった。  
ベランダの庇を越えた水滴が、窓ガラスをひたひた打つ音だけが響く。  
 
カラ・・・ン。  
氷がグラスを滑り、音を立てた。  
その音で自分の指がグラスを持っていたことを思い出し、回す。  
満たしているのは先日、静流が置いていったカルヴァドス。  
 
一週間、会っていないだけだ。  
お互い社会人で、忙しい時期なのはわかっている。  
15分前に電話もしたばかりだ。  
 
しかし――  
紛らわすようにグラスを傾ける。  
解けた氷がアルコールを和らげ、木の香りと古ぼけたリンゴの微かな風味を残した。  
それが、更に彼女を思い出させて体温が蘇る。  
短いため息が零れ落ちた。  
 
まさか自分がここまで恋愛にハマるタイプだとは思っていなかった。  
女なんて手の上で転がして面白がっていればいいとすら思っていた。  
――我ながら最低だなぁ  
と苦笑する。  
人間の感情と妖狐の鋭敏な感覚が混ざっているからだろうか?  
今は、「大切にしたい」と思う。  
黄泉に言ったら笑われそうだが、そう思える今の自分は嫌いじゃない。  
 
人のいる場所で仕事をしていれば忘れていられると思っていた。  
・・・・・・けれど、ふとした時に思い出す。  
同じタバコの香り、香水、癖。  
そうした一つ一つに反応してしまう。  
静流を思い出してしまう。  
喉が渇きを覚えるのと同じくらい自然に、心が求める。  
逢えないだけでおかしくなりそうだった。  
 
突然、風が強く吹いて雨粒がガラスを叩く。  
その音で思索が止まった。  
もう一度ため息を吐いてグラスを煽った。  
 
 
「・・・・・・うん、じゃあね」  
受話器を置く音と無機質なトーン音。  
途端に現実に引き戻される。  
見慣れた仕事場の風景も急に色褪せる。  
カットの練習をしようにも気持ちが入らない。  
マネキンの嘘臭いサラサラストレートに嫌気が差す。  
くるくるとシザーを弄んで脱力するように椅子に腰かけた。  
 
一週間、会っていないだけ。  
この時期、忙しいのなんて毎年のこと。  
今、電話したばかりだ。  
 
なのに――  
紛らわすようにタバコに火をつける。  
口の中に広がるマルボロライトがいつもより軽く感じた。  
ニコチンとタールに頼ったって、モヤモヤした思いが消えるわけじゃない。  
吐き出した煙はため息と重なった。  
 
自分がここまで彼にハマるとは思っていなかった。  
自分の好みのタイプは上手に遊んでくれる渋いオジサマだったし、男より仕事のほうが好きだった。  
年下の、しかも人間じゃないヤツに惚れるなんて考えもしなかった。  
こんな・・・・・・まるで、中毒みたいにハマってしまうなんて。  
 
――会いたい  
灰が落ちそうになっていたタバコを乱暴に灰皿へ押し付けて立ち上がる。  
「っあーーーーーーー!もう!」  
シザーをケースにしまい、片付けもそこそこにコートとバッグを掴んで飛び出した。  
うだうだ考えるのは性に合わない。  
明日は遅番だし、ここから彼の家まで歩いて行けない距離じゃない。  
だったら動かない理由がない。  
カツン、と小気味良い音を立ててブーティのヒールが鳴る。  
強くなる雨を気にも止めず、静流は走っていた。  
 
 
アルコールと暖房の温度が心地よく、つい寝入ってしまっていた。  
痺れた五感と鈍った第六感の端に静流の気配が引っかかる。  
きっと、睡魔のせいだろうとクッションに顔を埋めた。  
カツ、ン  
部屋の外でヒールの音が響いた気がした。  
カツ、カツ、ン  
瞬時に感覚が冴えた。  
その音は確実に静流の気配を纏って近づいてくる。  
部屋の前でその音が止まるのと、蔵馬が飛び起きてドアを開けたのはほぼ同時だった。  
 
息を切らして・・・・・・若干バテ気味で、雨でずぶ濡れで、しかし紛れもなく静流がそこにいた。  
水を含んだ髪をかきあげて、ふにゃりと力なく微笑んだ。  
「ははっ・・・、ちょっ・・・まってね・・・っ・・・ん」  
待てなかった。  
抱きしめていた。思いきり。  
「会いたかった・・・です」  
「うん・・・」  
荒い呼吸を整えているのを耳元で感じる。  
どのくらいの距離を走ってきたのか、抱きしめるとシャツに水が染みてくる。  
髪からぽたぽたと水滴がたれる。  
「気が狂うかと思いました」  
「うん」  
息を吸い込むと静流の香りが肺を満たす。  
「・・・・・・今、ちょっと幸せです」  
「ちょっと?すごいの間違いだろ?」  
紛れもなく、本物の、現実の静流が自分の腕の中にいるという幸福を噛みしめた。  
もつれるように部屋に入ったのを合図に唇が重なった。  
ドアを背にしてポストボックスに座るようにして、静流を支える。  
すこしタバコの香りがするその唇は、蔵馬を乱すのに充分すぎるほど柔らかい。  
薄暗い玄関で、そこだけが部屋からの明かりを受けて浮き立つようだった。  
「っ・・・すいません。我慢できそうにありません」  
「んん、しなくていいよ。ていうかしないでよ」  
静流の舌が蔵馬の唇をなぞって挑発する。  
その挑発に乗って舌を合わせる。  
「んっ・・・今日はヤケに素直じゃない?」  
ふふ、と上目遣いにして見せた微笑が艶めいている。  
蔵馬はこの表情に弱い。  
「一週間の長さを思い知ったので、つい本音が」  
その言葉で静流はにっこりと満足そうに笑った。  
――今日は形勢不利だなぁ  
と思いつつ、つられて笑顔になった。  
 
濡れて重くなったコートを脱ぎ捨てると、「もう一度」と唇を求めて、静流の指が蔵馬の頬をつつみこむ。  
ニットのワンピースから覗く肩が艶かしい。  
暖房と酒でのぼせた頬にひんやりした感触がここちよい。  
甘く粘膜の絡まる音が耳を犯して、身体の芯に熱がたまっていく。  
「・・・んぁ・・・ぅ、酔ってる?」  
「いえ……そうですね。少し・・・っぁ」  
冷たい指が首元をかすめてシャツのボタンをはずした。  
その感触に蔵馬は小さく声を漏らす。  
それが可笑しかったのか、嬉しかったのか。また、静流の唇が弧を描いた。  
 
 
呼吸が熱に溶けていく。  
その熱は、高い中毒性を帯びて二人を結ぶ。  
唇を首筋に落とす。  
「っ・・・・・んっ」  
耳を甘く食むと、詰まったように息が漏れた。  
「耳、弱いんだね」  
――君が私の弱点ばっかり知ってるんじゃ狡いよ  
蔵馬の喉元に、鎖骨に舌が這う。  
丁寧に、ゆっくりと、焦らしながら。  
耐えかねたようにワンピースの裾から指が忍び込む。  
探るように、蔵馬の足に絡まっていた腿を撫でる。  
「やっ・・・いたずらしちゃ・・・んっだめよ」  
戒めるように胸の頂を指でつまむ。  
「っ!っじゃぁ・・・焦らさないで、ください」  
蔵馬の指にレ−スが触れ、そこに熱があるのだと教える。  
雨ではないもので、熱く濡れている。  
「ぁんっ・・・焦らしてないさ。味わってるんだよ」  
耳元でち、ち、と肌を吸う音がした。  
唇のついた部分がひどく熱かった。  
この前の仕返し、とでも言うように微笑む。  
蔵馬の快楽を探すように、静流の指は細い腰を撫でる。  
滑らかな指が小さな傷跡に引っかかる感触がこそばゆく、けれど確かに快楽を与える。  
「ふ・・・はっ・・・やく」  
す、と静流の手が蔵馬の手を押し返す。  
代わりに唇が胸に、腹に、落ちていく。  
ベルトに手をかけたところで動きが止まる。  
「おねがい、は?」  
膝立ちで、腕を蔵馬に絡ませてゆっくりと見上げた。  
視線が誘った。  
鋭く、刺さるように。  
「何が欲しいの?どうして欲しい?」  
言わなきゃ、あげない。と指で唇を拭う。  
――あぁ、まいった。  
悔しいけれど、今日は彼女のほうが優勢だ。  
「・・・触って、ください」  
浮かんだ静流の表情はのふわり、と驚くほどやわらかい笑み。 
 
「それから?」  
ベルトが外れた。  
臍の下を唇が這う。  
「く・・・ぅ、キスして・・・」  
釦が、ファスナーが。  
ボクサータイプの下着に指が入る。  
そこにあるのは恥ずかしげもなく起ち上がる、蔵馬自身。  
「それで?……いつもより、大きいね」  
熱すぎる男性器に、冷やかな感触があたった。  
「っ…もう、いいでしょ…う?」  
同時に、熱く柔らかな感触も。  
考えるのを、やめたかった。  
その舌に全てを任せて。  
「んん…だめ。続けて」  
ゆっくりと裏筋を舐め上げて責めたてる。  
緩慢動きで、相変わらずサディスティックに焦らしながら。  
「んぁ…静流…さん…っ」  
長い髪を持ち上げるように静流の顔を包んだ。  
根元まで銜え込まれ、口内の熱に半身が溶けるようで、耐えかねて手に力がこもる。  
「どう、したいの…?言ってごら、ん?」  
少し苦しげに、息を漏らしながら静流の唇は蔵馬を離れる。  
ショーツを自ら下ろして立ち上がる。  
たくし上げたワンピースからガーターベルトが覗いた。  
耳元に近づいた呼吸が、さっきよりも熱かった。  
「ね、言って…?」  
零れた言葉からは強要の色も、加虐の色も消えていた。  
……懇願だった。  
泣きそうな、潤んだ声で。  
思考が、溶けた。  
「全部…欲しいです。  
髪…の先から、足の爪まで、静流さんの…全て。  
……ひとつに…なりたい」  
言葉が唇から流れていった。  
まるで、脳を介さずに。  
「うん……」  
静流の腕が蔵馬の首にすがりついた。  
欲しくてしょうがない――とでも言うように。  
蔵馬はゆっくりと腰を持ち上げて静流を深々と穿つ。  
半分、静流を浮かせる形で。  
その大きさと硬さに喉をそらし、苦しそうに声が絞り出される。  
「ぁああッ…ぅう…っ」  
柔らかな内壁が震える。  
「大丈夫、ですか…?」  
気遣わしげに、蔵馬の手が静流の髪を撫でる。  
ぎぅ、とシャツの襟をつかんで体をすり寄せた。  
「へー…き。う…ごいて…?」  
荒い息遣いで苦しそうに、けれど優しく笑うように言う。  
 
 
気遣ったつもりが、逆に気遣われてしまった。  
――かなわないなぁ  
小さく苦笑して、ゆっくり腰を動かした。  
「ふ、うぅんんっ…あっぅう」  
体勢のせいか、最奥まで突かれて静流の声が甘みを帯びていく。  
柔らかく、溶けそうで、けれどしっかりと締め付ける静流の肉。  
深く呑み込まれた蔵馬のものを逃がさないように。  
久々の感触にじわり、じわりと快楽が背筋を登る。  
自分から、うまく動けない静流は唯々突き上げられて、体を捩る。  
「っやぁあ、これっ…おかしくっなるよぉお」  
じくじく、奥だけを狙われて襲ってくる感覚に狂ってしまいそうになる。  
愛液が太腿を伝ってガーターベルトを汚した。  
苦しそうに、顔をうつむけて快楽から逃げようとする。  
その静流の顔を持ち上げて優しく口付ける。  
「形勢逆転、ですね」  
余裕を取り戻したように蔵馬が嬉しそうに笑みをこぼす。  
言いながらもぐちぐちと奥を抉って逃がしてはくれない。  
「っも、おく…や、い、ぁああ」  
ずるずると快楽が這い上がってきて、内側から静流を圧迫する。  
感覚ばかり鋭くなって、意識は唯々もぎ取られて。  
熱い呼吸と涙を蔵馬の首元に落としながら。  
「あっ、やっいゃあああ」  
体を震わせて。  
苦しさにも似た絶頂を得る。  
ぐ、と下半身に力がこもる。  
あわせて、蔵馬が精を吐き出したのを感じ取る。  
蔵馬は静流を貫いたまま、微笑んで静流の涙を舐めた。  
「俺、まだ満足してないですよ」  
確かに、まだ硬さを残した男性器が静流の中を押し上げる。  
少年の妖しさを帯びた声で優しく囁きながら、腰を動かす。  
めまいがするほどの快楽が断続的に静流を襲う。  
「はっ、やぁ、また…ぁあっ、ふぁあ」  
何度も、何度も、絶頂へ送り込む。  
壊れた人形のように、がくがく震えながら。  
静流はゆっくりと意識を手放した。  
 
 
 
静流が目を覚ましたのはベッドの上で、心配そうな蔵馬の顔が目の前にあった。  
「ごめんなさい、調子に乗りすぎました」  
しょんぼりと困った様に静流の頭を撫でた。  
その様子があまりにいとおしく思えて、ぼんやりとした意識の中で静流は蔵馬の首に腕を絡めて引き寄せる。  
「だぁ…め。ゆるさない」  
ぎゅ、と優しく腕に力を込める。  
寝息交じりに微笑が零れ、そのまま静流は眠りにおちていった。  
蔵馬はちょっと無理な体勢で抱き寄せられたまま、幸せそうな寝息を耳元で聴いた。  
――あぁ、本当に静流さんには勝てないなぁ  
そう、微笑みながら。  
 
 
 
 

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