「お願い、抱いとくれよ」
ベッドの上で雑誌を読んでいた彼の前で衣服を脱ぎ捨て、あたしはいきなり飛びつく。
じっと見詰めた相手は、今まで見たコトないくらい困った顔をしていた。
あたしだって解ってんだよ。あたしはそんなにバカじゃない。
桑原君が、雪菜ちゃんのことしか見えてないことくらいさ。
ほら、今だって、こんなに密着してこんなに抱きついて、
あたしの胸はどっきんどっきん、壊れちまいそうなくらい跳ね回ってるっていうのに、
桑原君の男の子の部分はぴくりともしてない。
おっぱいはあたしのほうが、雪菜ちゃんより大きいハズさね。
自慢のそれを、逞しい胸板にぐいぐい押し付ける。
桑原君の顔がますます歪んだ。
「わ、らえねー冗談…は。よせよぼたん」
冗談。桑原君は引きつった顔であたしの肩をぐって押した。
冗談なんかじゃない。
桑ちゃんだって解ってんだよね、信じたくないだけでさ。
無理矢理離されたあたしと桑原君の距離。
その間で、剥き出しのあたしのおっぱいが、寂しげにぷるんと震えた。
それを見ないように視線を逸らす桑ちゃんの、目許が赤くなっている。
あたしはそれだけでなんだか心が慰められるような気がするよ。
「ど、ッどっこ触ってんだァ!?」
ひっくり返った桑ちゃんの声。
全然反応してくれないイケズなソコを、ぎゅって握った。
そんなところ触ったことないからさ、あたし。だって人間じゃないし。
ちょっと怖かったけど、でも桑原君のだから平気さね。
ジャージの上から確かめるように撫で回してたら、ちょっとだけ大きくなってきたみたいだ。
「桑ちゃん…」
これを、あたしの中に入れたい。
夢中になった。握ったり、掌でこすってみたり、
ちょっとずつ反応を示してくれるそれを夢中で弄って。
すぐに我慢出来なくなって、桑原君のジャージに手を掛けた。
がし、って。あたしの手首を、大きな手が掴む。
「それ以上は、洒落になんねー…ぜ。止めろ」
あたしは、すごく、かなしい。
おちんちんのふくらみから目を離して桑原君を見詰めると、
びっくりするくらい怖い顔をしてた。
そんなに、あたしがイヤ?
「俺は、いい加減な男にはなりたくねーんだよ」
泣き出しそうなあたしを見て、慌てたように桑原君が言う。
しってるさそんなこと。
あんたがそういう、馬鹿で愚直で、でも、一途で格好いい男だって、
知ってるからあたしはこうするしかなくなったんだ。
あんたが、あたしの心に入ってきたんだ。
我慢、出来ないんだよ。
「おねがい」
両手首をつかまれて、桑原君のおちんちんに触れなくなって、あたしはしゃくり上げた。
「駄目だ」
桑原君の声は、怒ってるふりをしてた。
べそべそと泣き崩れて喋れなくなったあたしを心配そうに黙って待っててくれる桑原君は、
それでも警戒しているのかあたしの手は離してくれない。
「なんで……俺なんだよ。蔵馬とかに頼めばいいだろ、そういうの試してみてーなら」
蔵馬の方が見た目だって良いじゃねえか、とかぶつぶつ呟いてる、
その不満そうに尖った唇にキスしたい。
だって、あたしは、蔵馬よりも飛影よりも幽助よりも、なんでかあんたに惚れちゃったんだよ桑ちゃん。
桑原君のベッドの上で、すっぱだかのあたしはジャージ姿の桑原君に両手を捕まれて、
まるではたから見たら、今から桑原君に犯されそうだっていうのに、
桑原君の身体が欲しいのはあたしだけで、桑原君は全然そんなことないなんて、
なんてみじめなんだろう。
「桑ちゃんがいいんだよ」
好きなんだ。でもそれは言いたくない。
だって桑原君の心は全部全部雪菜ちゃんに向かってて、それは本当に、誰でもわかってるコト。
あたしだって、桑原君に愛してもらおうだなんて、そんな夢みたいなこと望んじゃいない。
ただ、どうしても好きで。
諦め切れなくて。
「だからなんで…」
涙でぐしょぐしょの顔を上げて桑原君を見る。
やっぱりそっぽを向いたまま。
あたしの、裸なんかに、興味はまるでないっていうのかい?
「おねがい。…おねがいだよ。全部あたしがするから、桑ちゃんは寝ててくれたら、それでいいから」
「ざッけんな!」
びくん。身体が震えた。
「ぼたん、おめえよ…。もうちょっとさ、真剣に考えろよぉ。
そういうことを…遊び半分にやるような奴らをよ、最低だとは言わねえが。
やっぱりさ、俺ぁよ、そういうことは…
惚れあって、こいつが自分の一生の相手だってよ、そう信じられる二人がやることだって思うんだ」
あたしを怒鳴りつけた怖い声に竦んじゃったあたしを気遣うように、
少しやさしく言い聞かせてくれる桑原君の言葉を聞きながらあたしはまた泣けてくる。
やっぱり桑原君は桑原君だ。
桑原君のセックス観は、ほんとうに彼らしくて、あたしはその考え方すら愛しくて悲しくて。
あたしにとってはそれはあんたなんだよ。
霊界人のあたしはいろんな人間を送ってきたし、
あんたたち人間の何倍もの時間を生きてるけど、こんなに心震えたことはない。
あんただけなんだよ、多分これからも、ずっと。
だけどそんなこと言えない。
好きだなんて言ったら、それこそ、抱いてくれっておねがいの百倍無理なんだよ。
一途で真っ直ぐな桑原君の愛の力は、全力で雪菜ちゃんの方向にベクトルが向いてる。
まだ、抱いとくれって迫ったほうがさ、男の子のおちんちんの我侭で…
1%くらい確率があるかもしれないって、縋るような思いだったんだ。
それでも、だめかい。
どうしても、だめかい。
意地でもあたしの身体を見ようとしない桑原君に、あたしは笑いかけた。
「解った。ごめんよ、桑ちゃん」
とたん、ほっとしたようにあたしの手首を掴んでいた両手の力が抜ける。
「ちょっとエッチな気分になっちゃってさぁ。あたしとしたことがハレンチだったねぇ」
「ま、全くだぜ!!俺だって男なんだからよぉ、カンベンしてくれよな!」
安堵を露にして少しぎこちない笑いを浮かべる桑原君の手を振り払って、ぼろぼろ零しっぱなしだった涙を拭う。
いちどだけ。
一度だけでも、抱いてくれたら。
あたしはそれを思い出にして、ずうっと幸せでいられたのにな。
桑原君と雪菜ちゃんのことだって、邪魔するつもりなんてなかったんだ。
いちどだけ、桑原君を、あたしのものにしたかった……それだけ。
でも、だめなんだね。
服を身に着けて、桑原君の家を後にする。
あたしはちゃんと笑えてただろうかね?
あんまり自信はない。だけど桑ちゃんはきっと気付かないだろうね。
あたしのことなんて、全然、気にしてなかったってことは解ってたけど…。
あたしの裸を見ても、全然大きくなってくれなかったおちんちんを思い出してまた泣きたくなる。
ひどい話さね、あたしは、あの逞しい身体に抱きついただけで……濡れ、ちゃう…くらいだったのに。
今も思い出しただけでたまらない気持ちになっちまう。
ぴったりと密着して、桑原君の気を全身に感じて、あたしの乳首が彼の胸に触れて。…ジャージ越しだったけど。
じわん、と下着に何か漏らしてしまう感触に、あたしの顔が赤くなる。
そう、そして、初めて触れた桑原君のあそこは……
夢中でその感触を反芻しているうちにあたしは、どうしようもなくなってきた。
おっぱいの先っぽがじんじんして、パンツはお漏らししたみたいさね。
ふらふらと足を動かすたびに、くちゅって変な音が出る。
好きだよ。
桑原くんに、抱かれたい。
あの短いひとときを何度も繰り返し思い出して、噛み締めて、しつこくしつこく味わっていたあたしは気付かなかったけれど、いつの間にか繁華街に紛れ込んでしまってた。
ううん、繁華街というよりは少しガラの悪い…いやな空気の路地。
火照った体が急に醒める。
あたしはちょっとは腕っ節に自信はあるけど、騒ぎを起こすなんていやだし、慌てて踵を返した。
どん。
振り向きざまに、したたかに鼻っぱしらをぶつけてしまった。
後ろに壁なんてなかったはず、と見上げたあたしの目に、イヤなニヤニヤ笑いを浮かべた男が立っていた。
気配を探る。妖怪だ。
友好的な妖怪が多くやってきていたけどこいつは嫌な妖気を纏っている。
反射的に突き飛ばそうとしたあたしの手首を、そいつが握った。
その感触が桑原君の熱くて大きかった手を思い出させる。
あたしに出来た一瞬の隙を、そいつは見逃さなかった。