おびただしい血溜りの中、その母娘は身を寄せ合い震えていた。  
―運が悪い―  
盗賊―それも、よりにもよって魔界で悪名を知らぬ者のない銀髪の妖狐の一団に森で出くわすなんて。  
 
母娘の一家は、従者を伴う程度に稼ぎのある商隊だった。  
武装していない商隊は、森であれ野原であれ盗賊には恰好の獲物だ。  
仮に武装していても、彼らに出会って無事でいられる可能性は皆無に等しかった。  
 
母娘の数メートル先には、夫と数名の従者が首と胴体を分断された姿で横たわっていた。  
生き残りは、もう母娘二人だけだった。  
 
―この子だけは何としても守らなければ―  
惑乱しながらも母はそれだけを考えた。若く美しい娘を賊が放っておくとはとても思えない。  
 
賊の人数は20人は下らない。どんなに隙をついた所で女の足で逃げ切るのは困難だろう。  
 
「今日は収穫でしたね、ボス」  
「そうだな」  
宝石を月明かりにかざしながら銀髪の妖怪が呟く。  
 
体温を感じさせない冷えた顔立ちと、髪の色や白装束のせいだろうか、存在そのものが氷のように感じる。  
すうっと、その視線が流れるように母親に向けられた。  
「…!」  
母―女は、娘を庇いながらも竦み上がった。  
盗賊の長は自分よりずっと若い妖怪だったが、踏んできた場数が違いすぎる。  
他のゴロツキはどうにか出来ても、この妖狐だけは誤魔化せそうになかった。  
 
宝石を袋に戻す蔵馬。  
「良い品だ…お前の亭主は大した目利きだな。殺したのは惜しかったか…?」  
たいして惜し気もなさそうに妖狐は呟く。  
 
「ボス、この女達はどうします?」  
奪掠を終えた部下が物欲しそうに蔵馬に聞いてくる。  
彼らのボスは女に興味がない。  
否、妖狐族はその妖しくも美しい容貌ゆえ異性には困らない。  
蔵馬も一角の女を知り尽くし殊更に女には飢えていなかった。  
女の捕虜があれば、大抵は子分に美味しい役目が回ってくる。  
 
「お前達は、どうしたい?」  
蔵馬は物柔らかに手下に問う。  
飼い主に餌をちらつかされても、部下は分を越えない。言葉使いはともかく蔵馬への態度は恭しい。  
「い…いや、あっし等はお零れにさえ与れれば…ええ、もう」  
「そうか」  
 
刹那、蔵馬の嫌な笑い方に母親の顔色が青ざめた。  
 
「ま…待って下さい!娘は許してやって下さい!私はどうなってもいいから娘だけは…」  
 
母親の哀願を蔵馬は冷ややかに見つめる。  
そしてすぐに手下に視線を移した。  
 
「へっ?あ、あっし等はボスの意向に従いますんで」  
母親とはいえ、歳の頃は人間界で云えば四十にも届くまい。娘は若く美形だが、母も中々に美貌である。  
肉付きと色気で云えば娘よりも遥かに女盛りで、そそられる男も少なくないだろう。  
 
「お、俺は母親だけで構いませんよ」  
別の手下も口々に賛同する。  
「女」  
急な蔵馬の声に、びくりと母の肩が跳ねる。  
「娘と二人なら、一人十人の相手で済むぞ。一人なら二十人…骨が折れるが良いのか?」  
優しく微笑む蔵馬だが台詞の内容は悪魔でしかない。  
「娘は…助けて下さい…お願い…」  
 
夫にしか許した事のない女には辛い仕事だった。  
だが年端もいかぬ未だ清らかな我が子を賊に汚させる事は死んでも出来ない。  
 
母の切なる懇願に銀髪の妖狐は温情に満ちた微笑で応えた。誰もが違和感を拭えないような。  
「娘が命より大切か…?」  
「は、はい…!勿論です」  
「その為なら自分はどうなっても良いと…?」  
 
彼の問いを訝りながらも母は必死に頷いた。  
蔵馬は凄絶な笑みを浮かべて手下に告げた。  
 
「全員で娘を好きにしていいぞ」  
 
 
静かな夜の木立の中に、女の悲鳴と男の笑い声が谺する。  
愛撫もそこそこに、押さえ付けられた娘に一番手が侵入する。  
人間界の冬のような魔界の屋外の気温の中で、女の身体は気が遠くなりそうに温かく心地好い。  
「ふぅ〜、こりゃ温けぇ」  
女の体内の熱を満足そうに味わい、賊が一人ごちた。  
 
「そんな…そんな…」  
男にたかられ人形のように揺れる娘の身体を、涙に濡れた瞳で母が呆然と見つめる。  
母は娘から男達を引き剥がす事が出来なかった。  
何故なら全身に植物の蔓が巻き付いて、身動きが取れないからだ。  
この世に存在する全ての植物は蔵馬の支配下にあり彼を己が神と仰いだ。  
 
触手に似た蔓の一端を妖狐が手の中で愛でる。  
蔓は仕事を褒められたと知り喜ぶように中空を泳ぐ。  
「さて…娘もお楽しみだし次はこちらの番と行こうか」  
主人の意を汲み取った蔓が、母の四肢を絡め取り、身体を浮かせ股を開かせる。  
「な…!?」  
滑らかな蔓が何処からともなく何本も、女のある場所を目掛けて伸びてきた。  
「一体何を…やめ…あああ…っ」  
妖狐は口角を上げ愉悦の笑みを浮かべる。  
だが、それも束の間で、すぐにつまらなそうな顔になった。  
 
「…やはり亭主を生かしておくんだったな」  
 

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