ザシュ――  
 
紅い薔薇の香りと共に、噴きあがる真っ赤な鮮血。  
薔薇の花びらがひらひらと舞い落ちる頃には、鮮血に染まった肉片が地に倒れこむ。  
対照的な、銀色。  
銀色の長い髪。  
妖艶で端整な顔立ちに残酷な笑みを浮かべ、――先程まで、『仲間であったもの』を見下ろす。  
正確には、『捨て駒であったもの』と言った方がいいだろうか。  
美しくも強く、残酷な妖狐にとって、仲間と呼べる存在など必要ではなかった。  
彼に必要なのは、利用価値のある者――利用出来る間は骨の髄まで利用し尽くし、  
価値の無くなった者は、その存在自体が疎ましい。  
孤独ではあったが、寂しさは微塵もない。  
その孤独が、己というものの価値を更に高めていく気がしていた。  
狡猾で、残忍で、美しい。  
妖狐――蔵馬。  
 
 
何故だろう。  
人間として、生まれたからだろうか。  
それとも、彼女に育てられたからだろうか。  
母として、あの人を慕うようになって――そこで初めて、『情』を覚えた。  
あの人の想いに触れ、『優しさ』を覚え、『愛』を覚えた。  
そして、導かれるように、この人間界で様々な出会いを重ね、幾つもの違った形の『情』を知る。  
昔の俺ならば、考えもしなかっただろう。  
おそらく昔の俺ならば、今の俺を虫唾が走ると罵り、嘲笑っていただろうと思う。  
そして、今の俺は、明らかにそんな昔の俺に嫌悪感を感じ、妖狐の姿に戻った時でさえも、  
尚もこの人間臭い感情を失う事は無い。  
人間の持つ、『想い』の強さを、学んだ。  
そのきっかけをくれた母――南野志保利には、感謝の念ばかりが溢れ出す。  
彼女を騙し続けて育ててもらい、もう二十三年になる。  
相変わらず――彼女とは親子としての関係を続けていた。  
家族が増えても、何一つ――彼女の俺に対する愛情は、変わる事無く。  
 
「久しぶりね…秀一と、こうして二人で外食なんて…」  
嬉しそうな母。  
レストランのテーブルに向かい合わせで座りながら、にこにこと幸せそうな微笑みを向けてくる。  
見ていてこっちまで幸せな気分になる。  
もう長い間、彼女とこうして二人だけになることは無かった。  
母が義父と結婚してからは、義父の連れ子も一緒に暮らし始め、今ではすっかり四人家族。  
まして、親父の経営する会社を手伝うようになってからというもの、父も俺も忙しく、  
母とこうして二人でいる時間は皆無に等しかった。  
別にそれを寂しいなんて思いはしないが、こうして彼女の嬉しそうな顔を見ると、何だか  
こういうのも悪くないと思うのだ。  
今日は仕事は休みで、親父は県外に出張――本当は俺が行こうとしていたのだが、  
たまには、母とゆっくり過ごせばいい、と出張を代わってくれたのだ。  
そして、義弟は修学旅行中。  
正真正銘、俺は母と二人だけなのだ。  
折角だから、と、俺と母はこうして久々の外食を楽しんでいる。  
「何だか、昔に戻ったみたい。秀一が中学校に入る前まではよくこうして二人で出掛けたものね」  
「そうだね、母さん。」  
本当に嬉しそうな母と、久しぶりに色々な事を話しながら、俺たちは和やかな一時を過ごす。  
運ばれてきた食事をゆっくりと時間を掛けて味わった後も、俺たちは会話を交わし続けた。  
――だが、ふと、母の雰囲気が変わる。  
楽しそうな表情が一変し、少し不安げな表情を見せ始めたのだ。  
俺は不思議に思いながら。  
「どうしたの、母さん。急に…」  
「あ…ううん。ごめんね、秀一。あのね…」  
俺の問いに、母は口ごもる。  
それ以上の言葉を続けていいものかどうか、迷っているように見えた。  
何だというのだろう。先程まで、あれ程に楽しそうであったのに。  
「何?言ってみてよ、母さん。気になるじゃないか」  
俺の事で何か気にかかる事でもあるのだろうか。  
でなければ、こんな態度を取るはずが無い。  
もしかして、俺の正体に気が付いて――というのは流石に無い気がするけれど。  
「うん…そうよね…言いかけて言わないのはよくないわね…。ごめんなさい。  
実は、母さん、秀一に前から聞きたかった事があるの。」  
やはり、俺についてか――俺は、どんな質問が飛んできても、はぐらかす自信はあった。  
 
本当は、母を騙すのは気が引けるけれど、俺は生憎人間じゃない。  
本来ならば、妖力が戻れば彼女の前から姿を消すつもりだったけれど…  
俺は確かに、今の生活を気に入っている。  
手放しがたい、安らぎがそこにあるのだ。  
そして、幽助の言った言葉を思い出す。  
――母親が、自分の事で泣いてるのを見たことがあるか――  
――あれほどバツの悪いものはない――  
今日の、彼女の俺と居る時の嬉しそうな顔。  
確かに、俺が居なくなってしまえば、きっと彼女は悲しむだろう。  
彼女の悲しむ顔は、見たくない。  
だから、彼女の俺に対する疑問があるのなら、この場で解消しておきたい。  
それが、例え、また彼女を騙す事になるのだとしても――  
「いいよ、母さん。何でも聞いてよ…」  
俺は微笑みながら、彼女にそう促した。  
すると彼女も微笑んで、俺の目を見て、――俺にとっては、予想外の質問をしてきたのだ。  
「…実はね…母さんずっと思ってたんだけど…――秀一は、その…  
好きな人とか、お付き合いしてる人はいないの…?」  
「――え?」  
俺は、思わず面食らった。  
まさか、そう来るとは。  
俺は、自分の本性――これまで彼女を騙し続けていた事の後ろめたさばかりが頭を過ぎって、  
『人間』としての俺を心配する彼女の気持ちを読み取る事が出来なかったのだ。  
次の瞬間、俺はそれを痛感する事になる。  
「母さん、ずっと心配してたのよ。秀一ももう二十三歳でしょう?秀一は本当に優しくていい子  
だけど、昔から友達もあまりいなかったし……でも、幽助君や桑原君みたいな素敵な友達がいるんだ  
って知って、母さん心から安心したの。でもね…秀一は大学にも行かなかったし、学生の時も  
誰かとお付き合いしてるって話も聞いたことが無かったし……貴方も自分の事を  
あまり話してくれないから、母さん、どうなのかしらってずっと思っていたのよ。」  
…自分の事を、話さない…か。確かに、それはその通りだろう。  
俺の真実を、俺が時々家を空ける理由を、彼女にありのまま伝えるわけにもいかず、  
適当な理由を作っては、ふい、と居なくなる俺を、彼女はずっと心配していたのだろう。  
 
母親の勘というものを、俺は甘く見すぎていたのらしい。  
「…、俺は、誰とも付き合って無いよ、母さん。家を時々空けるのだって、いつも一緒に行動するのは  
幽助や桑原君だし…」  
これは、半分本当の事だ。決して、まるきり嘘というわけじゃない。  
極めて冷静に、俺はそう答えた。  
「そうなの……じゃあ、好きな人は?」  
少し落胆の色を滲ませた後、彼女は気を取り直して、俺にまた問うてくる。  
「別に…好きな人もいないよ、母さん。どうしたの、俺に恋人が出来なくて心配してくれてるの?」  
俺は笑いながら、彼女にそう問い返した。  
そんな事で…と、俺はその時軽く考えていた。  
でも、彼女の想いは、俺の想像以上に重かったらしい。  
「だ、だって…秀一ったら、…何だか、そういう事に全然興味が無いみたいに見えるもの。  
…このままじゃ、結婚だってしないんじゃないかとか、ついそう思っちゃって…」  
「結婚って……俺まだ二十三だよ?ちょっと早いんじゃないかな…」  
「わかってるわ。でもね……母さん、貴方の事を考えると、何だか妙に不安になるの…。  
何だか、貴方は普通の貴方ぐらいの年の人とは全く違うように思えてしまって……  
浮世離れしていると言うか、放っとけば、貴方は一生誰も好きにならないような気がしてならなくて…  
それどころか、突然貴方は何も言わずに私の前から居なくなってしまいそうで…  
それで、今日聞いてみたんだけど…」  
彼女は、心配げな眼差しで俺を見詰めている。  
俺は、自分の事が見透かされたような気分になった。  
彼女の心配は、当たっている。  
きっと、俺は誰かと付き合ったり、結婚したりなど、絶対にありえないだろう。  
だって、俺は妖怪なのだ。  
 
今の姿は人間だけれど、実際は何百年も生き、魔界に於いてはそこそこに名の知れた妖怪。  
この身体は、人間界で生きていく為の、依代にすぎないのだ。  
今まで、この身体は人間と同じように年を取り、人間で言う年相応の外見として成長を続けてきた。  
人間の身体を借りている以上、これから先もそれは変わらないだろう。  
だからこそ、この身体の寿命も人間と同じ――ならばいつかは、この身体を完全に捨て、妖狐に戻らねば  
ならない時が必ず来る事を、俺は知っている。  
今もうしばらくは、こうして母や義父、義弟と共に、この人間としての暮らしを続けるつもりでは  
いるけれど、義弟が成長し、一人前になって、いずれ義父の会社を継げるようになる日が来たら、  
俺は義弟に会社の経営を教え、母がより幸せになるのを見届け――俺は皆の前から姿を消すつもりでいる。  
皆の、俺に関する記憶だけを消して――俺の存在など、無かったようにして。  
それが、五年後になるか、十年後になるか、そこまでは定かではないけれど。  
――いつかは、そういう日がくるのは確かなのだ。  
そんな俺が、普通の人間と同じように、恋人を作り、結婚するだなどと、到底無理な話だ。  
けど、そんな俺の事情を知らない母は、俺の事を心から心配している。  
俺は少し胸が痛んだけれど、こればかりはどうしようも無い事だ。  
――俺は、妖狐だから…。  
「――はは…心配しないでよ、母さん。恋人がいないのは俺も悩んでるんだよ。  
そんなに急かされちゃ、俺ももっと焦っちゃうじゃないか。  
約束するよ。もし俺にいつか彼女が出来たら、真っ先に母さんに紹介するから、もう少し待っててよ、ね?」  
俺が努めて、そう軽口を叩きながら笑うと、母は、  
「そう?ごめんなさい。母さん、少し考えすぎだったのかしら…。  
そうよね…秀一はまだ二十三なのよね……秀一がそう言うなら、母さん安心したわ。  
秀一は、昔から約束はちゃんと果たしてくれてたものね。素敵な人を連れてくるの、待ってるわね?」  
言いながら、にこりと笑う。  
『いつか』――そんな日が、俺に来る事は、きっとないだろうけど。  
母とのこの約束を、違える事になるだろう事に、何となく後ろめたさを感じた日だった。  
 
そんなやり取りがあって、しばらくが経った頃だった。  
今日は、幻海師範の四回目の命日。  
毎年、彼女の命日には彼女と関わりの深かった者同士が集まり、一緒にお墓参りをする事になっている。  
なかなか全員が集まれる機会というのは最近ではあまり無いから、俺もそれなりに楽しみではあった。  
…飛影は、来ないだろうけど。  
「秀一、もうすぐ出掛けるんでしょう?夜のご飯はどうするの?」  
「あ、いらないよ、母さん。多分外で食べてくると思うから。」  
家族全員で朝食を食べながら、そういったやり取りを母と交わしていた時。  
 
ピンポーン  
 
「あら?誰かしら。こんな朝早くに…」  
来客を知らせるインターホンが鳴って、母がいそいそと玄関へと向かう。  
俺は何も考えずに、熱いコーヒーを啜っていたら。  
「はい、…え?」  
「あ、おっはようございまーす!朝早くにすいませーん。蔵…じゃなくって、秀一君迎えに来ましたー!!」  
 
「――っ!!!?」  
 
俺は、思わずコーヒーを噴出しそうになった。  
この声は……ぼたん!?  
「何?女の子の声だよ?秀兄、今日デートなの!?」  
義弟が、からかうように言う。  
つられて義父が、  
「何だい、秀一、彼女がいたのかい?初耳だなぁ。」  
義父らしく、ほのぼのとした口調で俺に聞いてくる。  
「…いや、そうじゃないんだけど…取り合えず行って来ます…」  
何でぼたんが俺を迎えに?  
駅で待ち合わせじゃ無かったのか?  
そう思いながら玄関へと向かう。  
すると、呆気に取られたような母と、相変わらず元気そうなぼたんが俺に手招きをしていた。  
 
「あ!く…いや、秀一君、おっはよー!!早く早く!!」  
「しゅ、秀一!早くしなさい、貴方を迎えにいらしたのよ?お待たせしちゃ、悪いわ。」  
「あ、ああ…すぐ、行くよ…」  
俺は苦笑いながら、靴を履いて、急かすぼたんについて家を出る。  
出る際に、母に『行って来ます』とだけ伝えて。  
相変わらず、呆然とした母の顔が閉じるドアの隙間から覗いていた。  
俺とぼたんは家の敷地を出ると、俺はぼたんに疑問を投げかけた。  
「何で君がわざわざ迎えに?確か駅で待ち合わせって言ってただろ?」  
「そーなんだよねー。答えは、あ・れ!」  
ぼたんが、悪戯っぽく笑いながら指差した先――俺の家から少し離れた、この住宅街の駐車場――  
に停まった、呆世界的一流自動車会社が今大々的に宣伝中の、  
スポーツユーリティビークル系の最新車『サタンZU』。  
その運転席に乗っているのは…。  
「よー!!蔵馬!!どーでぃ、すんげーだろ!!昨日の晩届いたばっかりの超新品だぜぃ!!  
お前をびっくりさせたくて、知らせなかったんだよーん!!」  
「…桑原君…。車買ったんだ…」  
確かに、彼はこの前運転免許を取ったと言っていた。  
しかし、まさかこんなに早く車を買うなんてなぁ…。  
「そーいう事なんだよねー。あたしもびっくりしちゃってさぁ。桑ちゃんの運転であんな遠いとこ行くなんて…  
あーおっそろしい!」  
「やいやいやい!!この俺様の運転技術をなめんなよ!?こう見えても教習所の先公にゃ、  
『君には教える事は何もないよ』って涙ながらに言われたほどお墨付きなんだよ!」  
「どんなに教えてもうまくなんねーって事じゃねぇのかよ!?お前さっきやばかったぞ!?  
スピードあんな狭いとこで出しやがって、ぶつかるっての!俺に代われ!」  
と、幽助。  
「ふっざけんなぁぁ!!てめぇにこの可愛いサタンちゃんを運転させられっかよ!!  
ゆっきなさぁぁぁん!この男桑原、貴女を安全運転にて目的地まで愛を込めてお送りしまぁぁす!!」  
「なーにがサタンちゃんだよ、アンタ、さっきみたいなヘマしちゃ、今度はただじゃ置かないよ!!?  
あたしらアンタの運転で死ぬなんて真っ平御免だからね!!」  
「私も静流さんにさんせー!」  
「ま、まぁまぁ皆さん、落ち着いて…」  
静流さんが激昂し、蛍子ちゃんがどくれて、雪菜ちゃんが気を遣っている……何だか先が思いやられそうだ。  
俺は思わず、ふ、と笑うと、ぼたんと目が合う。  
彼女も笑っていた。  
「じゃ、…行こうか。」  
俺たちは、不安だらけの小旅行に向けて、彼の『サタンちゃん』に乗り込んだのだった。  
 
 
*****  
 
 
お墓参りが終わり、皆で久々に遊んだあと、無事に事故も無く(時々危なっかしかったけれど)  
俺は家に帰りついた。  
家に帰ると、…母が嬉しそうに、出迎えてきた。  
「秀一、お帰りなさい!…あら、あのお嬢さんは?」  
「ただいま、母さん。…あの子なら、家に帰ったけど…」  
水先案内人のぼたんは、解散と同時にいつものオールに乗って、霊界へと帰っていった。  
家に、というのはあながち嘘ではない。  
「そうなの。ね、秀一、あのお嬢さん、何ていう名前なの?若くて、可愛い娘さんだったけど…」  
興味津々な母……俺は多分誤解されているだろうとは思っていたけど、案の定だ。  
「あ、ああ…ぼたんって言うんだ。…高校生だよ。」  
外見年齢、はね……と、内心でそう付け足しながら。  
「ぼたんさん、っていうのね?かわいい名前!…で、ぼたんさんとは、…秀一、  
もしかしてお付き合いしてるの?」  
…やっぱり、そう来たか…。  
ここは…どう答えるべきなんだろうか。  
いっそ付き合ってると言ってしまえば、母も納得するんだろうけどなぁ。  
でも、その場合、ぼたんには迷惑掛ける事になるかもしれないな…さぁ、どうするか…。  
「なぁなぁ!秀兄、相当可愛くて、若い子なんだって!?母さんから聞いたよ、  
どうなの?付き合ってるんだろ?!照れずに言えよ!」  
義弟も台所から出てきて、冷やかすような口振りでそう言ってくる。  
俺が今までこういった事が無かった分、家族の興味も一入らしい。  
…言ってしまうか?この際。  
付き合ってないと言ってしまった時の母の落胆する表情も目に見えている事だし…。  
……面倒になりそうだけど、仕方ない。  
「うん…まぁ…そういう事になるかな。ついこの間からだけど…」  
俺が肯定すると、母は本当に、この上なく嬉しそうに顔を綻ばせて、安心したような表情を浮かべる。  
そして、俺にこう言うのだ。  
「ああ…よかった…。母さん、安心したわ…!秀一、今度は是非私にちゃんと紹介して頂戴ね!  
家に遊びに来てもらいなさい、母さん、待ってるから!」  
「秀兄、俺にも会わせてよ!高校生だって!?俺と同じくらいじゃないか。いいよなぁ…」  
 
紹介…ね…。  
さて、ぼたんにどう言おうか。  
ややこしい事にならなければいいけど…、無理だろうな…。  
 
 
*****  
 
 
「えーーーーーー!!?あたしに、あんたの彼女の振りをしろって!?」  
「…声が大きいですよ、ぼたん」  
 
 
――霊界。  
 
 
久々に霊界に行って、ぼたんと会う。  
人気の無い場所に彼女を誘い、俺は彼女に事の次第を話していた。  
「――っと…、だ、だって急にそんな事言うもんだからさ……何でそんな話に  
なっちゃってんの!?アタシはただ、あの時桑ちゃんに頼まれて、アンタを  
迎えに行っただけだったんだよ!?」  
あたふたと、当然の疑問をぶつけてくるぼたんに、俺は溜め息一つの後、  
母との事を打ち明けた。  
「勿論、それは重々承知だよ……けど、俺の母はそれじゃ納得しないんだ。  
俺は妖狐で、人間じゃないから、当然人間の恋人を作るなんて、出来るはずが無い。  
でも母にはそんな事わからないだけに、俺の事が心配でならなかったらしい。  
君に迷惑を掛けるのが分かってて、俺は今君に頼んでるんだ。  
ほんの少しの間でいいから……俺の恋人のふりをして欲しい。」  
俺が誠意を込めてそう頼むと、ぼたんは困ったような顔をしながら、考え込んでいた。  
 
心なしか、顔が紅い。  
「恋人…ねぇ……でも、そんなのって…大事なお袋さん、騙す事になるんだよ?  
アンタはそれでいいのかい?」  
最もな疑問だった。  
確かに、俺もそれは考えた。けど…。  
「…、…いいんだよ、それで。どうせ、俺は今まで人間の振りして、ずっと皆を騙してきたんだ。  
それに俺自身だって、いつまでもこの身体でいるわけにはいかない。  
義弟の夢は、大学で経営学を学んで、親父の会社の後を継ぐことなんだ。  
今は俺が親父の補佐をしているけれど、いずれ義弟が一人前になれば、  
俺はその時は家族と別れ、妖狐の姿に戻ろうと思ってる。  
多分、十年後位には確実にその時が来る。だから、いいんだよ。  
今だけでも、母を安心させてあげられたら、それで…」  
俺が切に本音を話すと、ぼたんはほんの少し寂しげな表情を浮かべた後――  
ぱっと、いつもの彼女の明るい表情に切り替わる。  
何か、吹っ切れたような表情だった。  
「――わかったよ。アタシでいいならアンタの恋人のふり、してあげる。  
お袋さん、安心させたげるから、任せてよ!」  
にっこりと、元気に、…ほんの少し照れたように、俺に笑みを向けてくる。  
俺は、ぼたんのその言葉に、胸を撫で下ろした。  
そして、彼女に対する感謝の念が湧き起こる。  
本当に、いい子だと思う。  
優しくて、素直で、お人好しで、情に厚くて、涙もろくて。  
彼女を利用する事に、俺は何となく罪悪感を抱いたけれど、今は彼女に頼るしかない。  
俺はそんな彼女に、精一杯の感謝の言葉を送った。  
「――ありがとう、ぼたん。よろしく、頼むよ…」  
彼女の、優しそうで、はにかんだような笑顔が、ひどく印象に残った。  
 
 
*****  
 
 
ぼたんに恋人役を頼み込んで、二週間後の日曜日。  
ぼたんを人間界へと呼び寄せた。  
勿論、母(ついでに義弟や義父)に紹介する為に。  
昨夜、母にぼたんを紹介すると言った時、母は本当に喜んでいた。  
俺は後ろめたさを感じながらも、これでいいんだと自分に言い聞かせ、今日を迎えた。  
 
「蔵馬ー!!お待たせー!」  
この間桑原君が車を停めていた駐車場。そこに、彼女は降り立った。  
いつになく、可愛い私服を着て……何だか、かなり気合入ってないか?  
「や、やぁ、ぼたん。俺の都合に付き合ってもらってすまない。」  
「いいって、いいって!それよりも、この服どうだい?折角だから、思いっきりお洒落して  
きたんだよ!アンタのお袋さんに、恥ずかしいとこ見せられないからねー」  
いつも人間界に降りてくるときには、どちらかと言えばボーイッシュな服を  
好んで着ている彼女が、今日はポニーテールを下ろし、長い髪を横で束ね、  
黄色いキャミソールの上に、赤のジャケットを羽織り、胸には小さなハート型の銀細工のネックレス、  
下は薄地のふわふわとした真っ白のロングスカート、素足にヒールの若干高いサンダル、肩から  
ショルダーバッグを掛けて…といったような、いつもの彼女らしからぬコーディネイトだった。  
「そ、そうだね。うん、いいんじゃないかな?…まぁ、でもそんなにかしこまらなくても…」  
「じゃー行くよ!ほら、お袋さん待ってるんだろ?何かドキドキするねぇ!」  
…聞いてない。  
俺より先に、彼女が俺の家へと向かっていくので、俺は慌てて彼女に着いて行った。  
何だか、随分と乗り気みたいだ。  
その勢いのままに、彼女を母に紹介し、義弟に冷やかされ、義父は照れたように微笑んで、  
彼女と言えば、持ち前の明るさと人懐っこさで、たちまち俺の家族と仲良くなってしまった。  
完全に融けこんでいる彼女を見て、ああ、やっぱり彼女に頼んでよかったのだと思えてしまう。  
夕食を揃って食べ終わり、そろそろ、と俺は彼女に帰宅を促した。  
名残惜しむような母に、ぼたんは『また遊びに来る』と約束し、俺の家を出る。  
 
「あー楽しかった!蔵馬ってば、いい家族に恵まれてるよ。あんたが、お袋さんを  
大事にするわけがわかるねぇ。あんないい人、泣かせちゃだめだよ。」  
「…、そう言ってくれるとありがたいな…。君には、迷惑かけて申し訳なかったけど…」  
「いいって、いいって!あたしも楽しかったしさ、ご飯はおいしかったし。  
じゃ、また来るからねー!」  
――…また?  
オールを掲げてそれに座りながら、いつもの薄桃色の着物に戻り、ふわりと宙に浮く彼女に、俺は問うた。  
「え?またって…」  
「ん?だって、あんたのお袋さんに、また遊びに行くって約束しちゃったじゃないか。  
約束は、守らないとねぇ。それに一回で終わるよりは、何度も遊びに行く方が、お袋さんも安心するだろ?」  
…まぁ、それはそうだろう。  
母の事だから、これ一度きりで終わってしまえば、別れたのかどうかとか、  
また余計な心配をするに違いないだろうし。  
「君は、いいのかい?霊界の仕事だって、忙しいんじゃないか?」  
「平気だって!全く、変なところで律儀だねぇ、あんたは。じゃ、まったね〜!」  
ばいばいと手を振りウインク一つ寄越し、ぼたんは夜空に飛んで行く。  
遠のいて行く彼女の姿を見つめながら、俺は何だか、彼女のいう『また』の機会が、柄にも無く楽しみに思えてきた。  
不思議な感覚だった。  
何だか、彼女といるとほっとするのだ。  
彼女の笑顔は、どことなく人を幸せな気持ちにさせるものがある。  
一緒にいて、気が楽になる。  
ぼたんの姿が完全に消えるのを確認し、俺は踵を返し、家へと戻った。  
それから、たまの日曜にぼたんは俺の家に遊びに来るようになった。  
俺の家族は勿論喜んで彼女を歓迎し、ぼたんはぼたんで仕事の合間のいい息抜きだから、と  
遊びにくるのを全く嫌がっている様子もない。  
寧ろ、楽しんでいるようだった。  
俺はそれに安心し、色々な事が順調よくいっているように思えた。  
それが三ヶ月程続き、季節は冬を迎える。  
すっかり寒くなり、彼女の服も、薄桃色のハイネックのセーターに、幾重にも折れ目のついた  
紺色のミニスカート、黒のスパッツにふわふわのソックスと云う様な、冬着へと変わっていた。  
 
「今日は寒いねぇ」  
「ん、そうだな…」  
いつも通り、俺は彼女と駐車場で合流し、一緒に自宅へと足を進める。  
彼女がこうして来てくれるのは有り難いんだが、本当は来週の方が都合がよかった。  
何故ならば。  
「あ、ぼたんちゃん!いらっしゃい!折角来てくれたのに…  
今日は私、何にもしてあげられないわね……。」  
残念そうな顔の母。  
喪服を来て、夫婦の寝室では義父が未だ、どこかに仕舞い込んでいた筈の  
黒のスーツを探すのに悪戦苦闘している。  
そう、今日俺以外の家族は。  
「あれぇ…?お葬式、ですか?」  
「そうなの…主人の親戚が今朝急に亡くなって……今夜がお通夜なのよ。  
大阪まで行かなくちゃならないから、今から出発しないと間に合わなくてねぇ…」  
「『畑中』…そう言えば、閻魔帳に書いてあったっけ…あれ、そうだったんだ…」  
「ちょ、ぼたん…!」  
「えん…?」  
俺は慌てて小さくぼたんの腕を肘で小突いた。  
ぼたんは、はっとしたように、不思議がる母に「いえいえ、何でも」と誤魔化していた。  
三途の川の水先案内人のぼたんは、その日に亡くなった、もしくは亡くなるはずの  
者の名前やら身元やらを常に確認するのも仕事のうちだから、思い当たる名前を  
事前にチェックしていたのだろう。  
それが俺の親父の親戚とまでは、気が付かなかったのだろうが。  
「じゃ、じゃああたしおいとましますよ?秀一君も行くんじゃ…」  
「いや、俺は行けないんだ。お葬式は明日だし、明日は大事な仕事があるからね。  
父さんと俺の両方が、会社を空けるわけにはいかないんだよ。  
だったら、俺が残るのが当たり前だから。」  
 
「そういう事なの…ぼたんちゃん、何のお構いも出来ないけど、ゆっくりしていってね?」  
「あーあ、折角ぼたんが来たってのに、遊べないなんてなー。  
俺、この前折角新しいゲーム買って来たから今日一緒にしようと思ってたのになぁ…」  
「ダメよ秀君、身内に不幸が出来たって言うのにそんな事言っちゃ。」  
義弟がさも残念そうに言うのを、母が咎めている。  
ぼたんと義弟が楽しそうに話していると、義父がようやく準備を終え、三人が俺に留守を  
任せて玄関を出た。  
『ばいばーい』と義弟とぼたんが手を振って別れを告げ、俺は『いってらっしゃい』と  
三人を見送った。  
やれやれ、と俺は一呼吸し、俺はぼたんに今日のことを詫びた。  
「…というわけなんだ。折角来てくれたのに、悪い事したね。  
どうする?お茶ぐらい飲んでいく?」  
俺は、軽い気持ちで、彼女を誘ったのだ。  
折角わざわざ仕事を抜けて来てくれたぼたんを、このまま無碍に帰すわけにはいかないから、と。  
母が用意だけはしてくれていたケーキと紅茶くらいは、と、そう思っていたのだ。  
すると、彼女の雰囲気が突然変わったのだ。  
心なしか、ほんのりと顔が紅い。  
…何となく、見えない壁が張られたような気がした。  
「…いいのかい?お袋さんたちいないのに…ここに居ても…」  
口調が、どこかしおらしい。  
いつもの彼女じゃないみたいだ。  
「え?ああ……折角来てくれたんだから……ケーキ、母さんが買ってきてくれてるんだ。  
食べて帰ってくれないと、残してたら怒られちゃうしね?」  
俺が、そう言うと、ぼたんははにかんだように笑って、  
「…じゃ、ご馳走になろっかな!」  
と、嬉しそうに言うのだ。  
俺は、ケーキと紅茶を持って、階段を昇り、ぼたんを俺の部屋へと導く。  
その方が、俺自身が落ち着くからだ。  
けど、よく考えたら。  
「へー、ここが蔵馬の部屋?綺麗に片付いているねぇ。幽助の部屋とはえっらい違い! 」  
 
彼女が、俺の部屋に入るのは初めてだったのだ。  
いつも台所か、リビングで、俺と、というよりは、俺の家族と過ごすばかりだったからだ。  
「そうかな?こんなもんじゃないの?まぁ、幽助の部屋は何となく想像がつくけどね」  
笑いながら俺たちはケーキを食べ、紅茶を啜り、他愛の無い時間を過ごす。  
さっきまでの、彼女に張っていた壁のようなものは失せて、もしかすると  
それは俺の気のせいだったのでは無いかと思いはじめていた。  
俺は人の顔色や空気、人の内面を感じ取るのに長けてはいるけれど、  
何だか彼女の事だけはつかめない。  
幽助や、桑原君に対しても、そうだ。  
それは、彼らにはまるで裏の顔というものが無いからだった。  
素直で、率直で、単純で、純粋で、俺に無いものを持っているからだろう。  
だからこそ、惹かれるのかもしれない。  
ケーキを食べ終わっても、しばらく俺と彼女はそれこそ義弟が置いていったゲームをしたり、  
『仲間内』の話で盛り上がったりと、何となくゆったりとした時間を過ごしていた。  
恋人役を彼女に頼みはしたけれど、本当に彼女とこうして二人で過ごしたのはこれが  
初めてだったのだ。  
だからと言って、どうしたというわけではないけれど……彼女はやはり人の気を楽にさせる  
何かを持っているらしい。  
彼女と居ると、どこか落ち着く。  
心が、癒されていくような気分になる。  
彼女自身は、気が付いていないのかもしれないけれど。  
時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていき、気が付けば夕方だった。  
冬の夕暮れが、夜の闇に変わるのは早い。  
時刻は六時――いつもなら、母が夕食を作ってくれているところだけれど。  
「――もう、真っ暗だね。ぼたん、今日はわざわざ有難う。いつもだったら  
夕食を食べていってもらうところだけど、生憎母さんがいないからなぁ…。  
そろそろ、霊界に戻った方がいいんじゃないかな?」  
 
俺は、あくまで、忙しい彼女の身を心配しての事だった。  
本当にいつもなら、もう少し居てもらうところだけど、  
早く帰れるなら帰った方が、彼女にとってはいいはず――俺は単純に、そう思っていたんだ。  
けど、途端にぼたんの表情が曇る。  
寂しげな、なんとも言えない、彼女らしくない表情に変わっていたのだ。  
「…ぼたん?どうしたんだい?俺、何か変な事言った?」  
何か、気に掛かることでもあったのだろうか。  
「ううん、別に…。…ねぇ、蔵馬。あたし……もうちょっとここに居ちゃ、ダメ…かい…?」  
「――え?」  
ぼたんは、そう言って、頬を明らかに火照らせて、俺から顔を背けた。  
彼女の周りに、再び壁が出来た。  
今度は、はっきりとそれが感じ取れたのだった。  
俺は、と言うと、…別にそれを断る理由は無かった。  
俺は元々、彼女が早く霊界に戻った方が、彼女にとっていいのでは、と思っただけだったからだ。  
彼女が、まだ大丈夫だというのなら、大丈夫なのだろう。  
ただ…  
「…、俺は、別に構わないけど……」  
彼女のいつになくよそよそしい雰囲気に、俺までが緊張する。  
いつもは、こんな事はなかったはずなのに。  
「…本当かい?」  
ちょっと嬉しそうに、俺に確認してくるぼたんが、何だか可愛い。  
俺は、短く、ああ、と答えると、それきり沈黙が続いた。  
何を話そうか、とか、そういった思考が何故かまわらない。  
この沈黙自体も、どこか心地いい。  
ほんの少し張り詰めた緊張感も、何となく互いの探りあいのようで、どう切り出すかを  
互いに待っているようだった。  
俺はそうだったけれど、彼女には気まずい思いをさせているに違いない。  
俺から先に、声を掛けてあげる方がいいんだろうけれど。  
「…蔵馬って、さ…」  
おずおずと、切り出したのはぼたんだった。  
沈黙に、耐え切れなかったのだろう。  
可哀想な事をしたかな、と思ったけれど、そうさせたのは彼女だったのだから、仕方が無い。  
「何?」  
なかなか続きを話さないぼたんに、俺は続きを促す。  
俯いて、恥ずかしそうに顔を赤らめたままのぼたんが、ゆっくりと話し始める。  
「あの、さ……あたしって、あんたの、恋人役…なんだよね…?」  
「…うん。俺が、そう君に頼んだんだ…。君には、本当に感謝してる…」  
それは、俺の本心だ。  
母が、本当に嬉しそうにしているんだ。  
まるで、娘が出来たみたいだと、そう言って。  
それだけじゃなく、俺自身も彼女のお陰で和やかで楽しい時間を過ごせている。  
だから、それは決して嘘じゃない。  
「あたしも、引き受けて、よかったと思ってるよ…?  
あんたの家族って、皆いい人ばっかりだしさ。すっごく楽しいし……  
それに、今まであたしってさ……幽助や、あんた達と知り合うまでは、  
ずっと仕事ばっかりだったからねぇ……それはそれで楽しかったけど、今から考えると、  
それって結構寂しい事だったかもって、思っちゃうんだよね。」  
彼女は、照れくさそうに笑いながら、俺にそう伝えてくる。  
彼女の気持ちが、何故だか俺にはよく理解できる。  
かつての俺が――そうだったかもしれない。  
人間としての生を与えられるまで、俺はただ残酷で、『情』を知らず、『仲間』を知らず、  
今となってはつまらないものに価値を見い出し、それに囚われていたかつての自分…。  
 
立場は違えど、どこか似通ったものを彼女に感じ取り、彼女の言葉が俺の胸に染みてくる。  
だから、わかるのかもしれない。  
「…俺も、そうだよ。君たちに会えて、本当によかったと思う。  
でないと、今の俺は無かっただろうからね…。」  
俺の言葉に、ぼたんは嬉しそうに微笑んでくる。  
そして、俺に更にこう言ってくるのだ。  
彼女を纏う壁が、徐々に薄くなっている気がした。  
「うん。あたしも、そうさね。それに、あたしってさ、周りはみーんな鬼ばっかりだし、  
…今まで、『恋』とかって…した事ないんだよね…。興味はあっても、機会も無いし、  
出会ういい男はみーんな死んじゃってるしさ……。だから、…正直、振りだけでも、  
あんたがあたしに恋人になって欲しいって言ってくれた時にはさ……ちょっと嬉しかったんだよ?  
こういうのも、悪くないかな…って…」  
本当に、本当に照れくさそうに、はにかみながら微笑んで、俺に本心を告げてくる。  
俺は、彼女がようやく分かった気がした。  
彼女が、俺の頼みを快く引き受けてくれた理由も、遊びに来る時、いつも服がお洒落だったのも、  
俺の家族に会って、楽しそうにしていたのも。  
「ぼたん…」  
「だ、だからって、あんたに本当の恋人になって欲しいとか、そんな事は思っちゃいないん  
だからね!?あくまで、これはあんたのお袋さんを安心させてあげる為にやってる  
事なんだから!…ちゃーんと、あたしはそう弁えてるんだからさ…」  
言いながら、彼女の笑顔はどこか寂しそう。  
『恋人の振り』……『恋』さえ知らなかった彼女にとっては、やはり少し重かったのかもしれない。  
彼女を巻き込んだのは、俺。  
そして、『恋』を知らなかったのは俺も同じ。  
俺の、彼女に対する感情と、彼女が俺に対する感情が、『恋』なんて、そんな甘い感情  
なのかどうか、それさえも、今の俺たちにはわからない。  
知らなかった、感情だから。  
だって、俺たちは互いに何百年も、それを知らずに生きてきたんだから。  
たった、この三ヶ月位の間に、簡単に芽生えたりするようなものなのだろうか。  
幽助の魔族の父である雷禅は、出会ってすぐに、人間の女に恋をしたらしい事を、  
幽助から以前に聞いたことがあるし、桑原君も雪菜ちゃんには一目惚れだったらしい(しかも映像越しで)。  
俺の、今のぼたんに対する想いは、そんなに激しいものじゃない。  
穏やかで、心地よくて、安心する。――そんな、想い。  
それでも…  
 
「ぼたん……もう一つだけ、お願いしていいかな?」  
「へ?お願いって…?」  
戸惑うぼたんに、俺は少しだけじり、と近付いた。  
ぼたんは、びく、と身体を強張らせ、顔を更に紅潮させる。  
可愛い、と思う。  
俺は、微笑みながら、ぼたんに『お願い』を口にする。  
俺の、知らない感情を、知る為の。  
「俺も…知らないんだ。『恋』ってやつを。だから、…教えてくれないかな。  
それが、どんな感情なのか…――知りたいんだ…」  
「――えぇっ!!?ちょ、ちょ、そ、そんな…嘘…!!」  
あわあわと、火を噴きそうな程に真っ赤な彼女の顔。  
俺は、そんな彼女の肩をゆっくりと掴んで、顔を寄せる。  
彼女は、酷く戸惑っていた。  
受け入れるべきか、否か――そう、迷っていた。  
けど、それから間もなく彼女は、目を瞑る。  
受け入れてくれる気に、なったらしい。  
俺は、ふ、と微笑んで、彼女の唇に口付けた。  
柔らかい、唇。  
しっとりとして、心地よかった。  
一度唇を離すと、彼女の目は潤んで、今にも泣き出しそうだった。  
「嫌、かい?」  
俺が問うと、ぼたんは、ふるふると首を横に振った。  
そして、俺にこう答えるのだ。  
「ううん……あたしにも、教えとくれよ……あたしも、知りたいからさ…『恋』を。」  
俺は、その言葉に安堵し、もう一度、彼女に口付ける。  
今度は、彼女の唇に舌を差し込んで、彼女の歯列を丁寧になぞっていく。  
彼女の身体がふる、と震えた。  
舌を更に奥へと割り込ませ、舌を絡め合うと、ぼたんの口からくぐもった声が漏れる。  
 
「んん…」  
切なげで熱い吐息が、唇を通して伝わってくる。  
唾液が絡まる水音が、室内に響く。  
俺にとっても、初めての口付けは、ゆったりとした時間の中で、いつまでも続くような気がしていた。  
「ふ……」  
口付けを終えると、銀色の筋が互いを繋いで、やがて途切れた。  
はぁ、と小さく息を吐き出すぼたんの表情は、艶めいて、その目はとろんと蕩けていた。  
「く、らま……」  
小さい女の子のように、俺を呼ぶ声は甘ったるく、呂律も巧く回っていない。  
いつも饒舌な彼女とは程遠い様子に、俺は思わず笑ってしまいそうになる。  
「ぼたん……いいかい?」  
最後の確認だった。  
耳元で囁くと、ぼたんは、小さく頷いた。  
覚悟はとっくに決めていたのだろう。  
俺は、彼女をベッドの上に寝かせ、俺はそのまま彼女に覆いかぶさり、またキスを落とした。  
唇を濃厚に重ねあいながら、俺は彼女のセーターの上から、彼女の柔らかな胸に触れる。  
途端に、ぼたんはびくっと驚き、声を上げる。  
「ひゃっ!?や、や…!」  
あわわと慌てる素振りを見せるが、俺は気にもせずに、そのまま胸から下腹に掛けてを、  
セーター越しに触れる。  
細く、華奢で、それでいながら女性的な柔らかさを損なわない彼女の身体は、  
きっと女性の中でも尚魅力的な部類に入るのではないだろうか。  
衣服越しでも、それがよくわかる。  
「慌てないでよ、ぼたん…。まだ、触れただけだよ?俺はもっと、君の事が知りたいんだ。  
脱がして、いいかい?」  
宥めるように言うと、ぼたんはかぁぁ、と顔を赤らめ、半泣きになりながらも、  
こくん、と頷いた。  
俺はそんな彼女に微笑みながら、セーターを掴む。  
 
「いい子だ……じっとしてて…」  
言いながら、捲り上げていくと、徐々に彼女の白い肌が露わになっていく。  
「――ぅ…!」  
恥ずかしそうに呻きながらも、ぼたんは目をぎゅうっときつく瞑って、抵抗を堪えた。  
綺麗だ、と素直に思った。  
恥ずかしがる事なんてないのに。  
こんなに白くて、細くて、肌理細やかで……恥ずかしがる理由なんて、何処にもないのに。  
ゆっくりと、セーターを脱がしていくと、彼女の二つの女性的な膨らみが、真っ白のブラに  
覆い隠されていた。  
ふるふると身体を震わせながら、抵抗もしない代わりに、  
やっぱりまだ目を瞑りっぱなしの彼女に俺は苦笑した。  
可愛いなぁ、と思う。  
どれ位生きているのかまでは知らないけれど、精神的な年齢は多分外見相応という感じだ。  
否、今の乱れた時分、高校生でもこんな反応は見せないだろう。  
それ位彼女は初々しく、純粋だ。  
「ぼたん…そんなに硬くならなくても……」  
「だ、だって…、恥ずかしいじゃ、ないか……そんなに見ないどくれよ…」  
泣きそうに言うぼたんに、俺はくすっと笑ってしまった。  
ぼたんは、そんな俺を咎めるように、きっと睨みつけてくる。  
「…っと、ごめんごめん。でも、こんなに綺麗なのに……ちゃんと見ておかなきゃ、さ…」  
「…う…!恥ずかしいもんは恥ずかしいったら!!っていうか、電気!!  
電気消しとくれよ…!!真っ暗にしてくれたら……見てもいいから…」  
…結局、あまり見るなって事だね。  
けど、彼女にとっても初めての経験で、出来るだけ俺も彼女の意志は尊重したい。  
服を脱がさずに、というのは無理な話だから、電気くらいは消してもいいか、と思い直し、  
俺は室内灯を消し、――途端、勿論部屋は真っ暗になる。  
「…スタンド位は点けたいんだけど…」  
「だめ!!このままでいいの!」  
 
頑なな彼女に、俺は思わず苦笑が漏れた。  
これじゃいくら目が慣れてきても、手探り状態には変わりない。  
スタンドの光でも明るいというなら、もう少し抑えた光ならいいだろうか。  
「…じゃあさ…これ位の光は構わないかな?そんなに、明るく無いだろ?」  
俺は、自分の髪に手を差し込み、とある植物を召喚する。  
「――え?」  
ぼうっと、微かな光が互いを照らし出す。  
おぼろげで、仄かに緑色に輝く光は、互いの表情をほんのりと染め上げ、  
はっきりと細部までは見えないものの、  
手探りで、という状態からは解放してくれる。  
蝋燭の燈程のその蛍光植物は、電灯の光と違い、暗闇に幻想的に浮かび上がる。  
「どう?これ位は許してくれる?」  
俺が問うと、その優しい幻想的な光に魅入っていたぼたんがはっと我に返り、  
また俺を恨めしげに見詰めてくる。  
でも。  
「……ぎりぎりで…許したげる…」  
ふい、と顔を俺から背けながら、ぼたんはようやく妥協してくれたのだ。  
俺は安堵し、再び彼女に覆いかぶさり、今度は彼女のブラを外し――二つの膨らみを、  
露わにする。  
「――うわ……っ、や、やだ…!」  
胸を覆い隠そうとする彼女の手を制し、俺は白く浮かび上がる乳房に、唇を這わせた。  
「ひぁぁっ…!く、らまっ…、だめ…っ!」  
滑らかな曲線を舌でなぞりながら、その先端の尖りにちゅ、と口付ける。  
「アっ…!やぁ…!」  
びくん、と背が弓なりに仰け反った。  
突起を口に含み、舌先でころころと淡い突起を弄ると、ぼたんから悲鳴にも似た声が上がる。  
俺から逃げようと身を捩るも、この場合それは寧ろ誘っているような動きに見えてしまう。  
ゆっくりと、焦らすように彼女に乳房に愛撫を続けていると、彼女の声が、段々に艶を帯びてくる。  
甘い吐息が、どこか切なかった。  
「ふぁ…んぅ…っ、は…」  
幾度も彼女の淡い先端を嬲るうちに、彼女の身体が快感を覚え始めたらしい。  
焦れたように身を揺すり、びく、びく、と身体が切なく震えていた。  
 
「ぼたん……もしかして気持ちいいの…?」  
俺が聞くと、彼女はふるふると首を横に振りながら、答え返してくる。  
「あ…わかん、ない…けど……っ…何か…、変…」  
俺が思うには、多分それが快感と呼べるものなのだろうけれど、彼女にとって  
初めての快楽は、うまくそれと認識出来ないようだった。  
だったら、もっとはっきり、それとわかる程の刺激を与えてやりたいと思った。  
俺は、快楽の源となる部分へと、手を伸ばす。  
まだスパッツも穿いて、しっかりとガードしたままの、その部分へ。  
「――ひゃんっ!?蔵、馬っ……やだ、何…!?」  
「何って……ここを慣らさなきゃ、いつまで経っても終わらないと思うけど?」  
泣きそうなぼたんに、突き放すようにそう言うと、俺は、彼女の最も敏感な場所へと  
下着越しに手を這わす。  
すると…  
「…あれ?もう…こんなに…」  
そこは明らかに、汗とは違う体液で、しっとりと湿っていた。  
胸を弄っていただけなのに、彼女は随分と感じていたらしい。  
「や、やだ…!さ、触っちゃ…」  
いやいやをしながらも、彼女の身体は正直に俺の手の動きに反応を示す。  
下着越し、というその焦れた愛撫に、もどかしげに身体は揺れていた。  
「ぼたんの身体は、そうは言って無いんじゃないかな……もっと、って言ってるように  
見えるんだけど…?」  
「う…!」  
俺はわざと意地悪くそう囁くと、ぼたんは元々の涙目を更に潤ませて、  
羞恥からまた目をきつく瞑って刺激に耐えていた。  
「…君は可愛いな…ぼたん……本当に…君が好きになりそうだ…」  
「――へっ!!?そそ、そんな…い、今そんな事言わない、どくれよ…!」  
動揺を隠しきれないぼたんに、俺は微笑んで、また囁いた。  
「どうして…?今だから……言ったんだよ…。もっと、君の事、教えてくれないか…」  
 
俺は彼女の了解を取るまでも無く、彼女のスカートを外し、  
下着と一緒に、取り払う。  
ぼたんは、身体を強張らせながらも、俺の手を止めようとはしなかった。  
仄かな光に浮かび上がる、一糸纏わぬ彼女の身体。  
彼女の、全てが、俺の目に映る。  
「――っ…!」  
俺の視線に耐えながら、ぼたんは羞恥に身を焦がしていた。  
俺は、思わず彼女の綺麗な身体に柄にもなく見蕩れてしまっていた。  
欲しい、と心底から思った。  
俺にも、こんな感情があったんだな――そう、気が付いた瞬間でもあった。  
今まで――妖狐として生きてきた時でさえも、こうして女性の身体を求めた事は無かったから。  
興味が無かった、と言った表現が正しいだろう。  
だから、彼女を欲しがる自分自身の身体が熱くなっていくのが、不思議な感覚でならない。  
気付かせてくれた彼女に、また感謝の念が増えた。  
俺は自分のセーターを脱いで、上半身を晒す。  
夜になって、ますます冷えた外気は、暖房の暖かさでは物足りないような気が  
していたのだけれど、それ以上に身体自体が熱くなっていた。  
そして、ぼたんの身体も――この上なく火照り、とても暖かかった。  
俺がぼたんの下腹に手を添えると、まるで電流が走ったように、彼女の身体がびくっと反応する。  
小さく息を詰めながらも、俺が与える刺激に耐えようとしていた。  
ゆっくりと、腿の間に手を差し伸べ、既に濡れそぼったその箇所に、指先を差し込むと、  
とろとろの蜜が指に絡む。  
すすり泣くような声を上げ、身体を震わせながら、俺の愛撫をしかと受け止めていた。  
彼女の襞と襞の間の割れ目にきゅ、と指を押し込むと、ぼたんが悲鳴を上げる。  
おそらく、快楽ではない、痛みによって、ぼたんの顔が歪む。  
「ひっ…う…ぁぁあ…!っ、う…」  
「…慣れるまで、我慢して……優しく、するから…」  
俺は、ゆっくりと、彼女の中を抉じ開けていく。  
 
緊張で強張った彼女に快感を与えるのは、決して楽ではないだろうけど、  
慣れさえすれば、確実に痛みは快楽へと変わる。  
彼女の愛液を指先にたっぷりと絡め、ゆるゆると襞に指の腹を押し付けながら、  
彼女の奥へ奥へと侵入させる。  
出来るだけ、狭い胎内を押し広げながら――男を受け入れる時に、負担が掛からないように、と。  
「んっ、うう……ふぁ、あ…あ…」  
ほんの少し、彼女の声色が変わったのを確認し、溢れる蜜の量が増えた事で、  
俺は二本、三本と指の数を増やしていく。  
その度に彼女は苦痛の声を漏らしたけれど、それでも徐々に快楽を覚えていく  
彼女は、甘い刺激に過敏に反応を示すようになっていく。  
三本の指を差し込んだまま、親指で彼女のひっそりと息づくクリトリスを押さえつけて  
それを嬲ると、彼女が一際大きな喘ぎ声を上げる。  
――痛みではなく、快楽を訴える、その艶めいた声を。  
「ひぁぁぁあ!!だめぇ、其処っ…!あ、あ、あ…何…?変に、なっちゃう…!」  
「構わないよ……このまま、イって…」  
俺が揺らす指先を更に強く擦ると、彼女はベッドシーツを強く掴み、  
高らかな嬌声を上げると同時に、彼女の中にある俺の指先をきつく締め付けてくる。  
初めての――絶頂。  
「あっ…あっ…!」  
びくっ、びくっと痙攣を繰り返しながら、彼女はか細い声を上げて、あくせくと呼吸を繰り返す。  
「大丈夫?ぼたん…」  
俺が問うと、ぼたんは我に返り、俺を涙目で見詰めてくる。  
初めての快楽に蕩けきった表情は、どこか物欲しそうで、俺に何かを訴えてくる。  
「っ…蔵馬…、あたし……」  
『もう…』と、そう懇願し、俺の首筋に腕を絡めてくる。  
彼女からの、素直な誘い――もう少し、彼女を乱れさせてからと思っていたけれど、  
こんなしどけない彼女の姿を見せつけられては、俺ももう…。  
俺は、ジーンズのジッパーを外し、いきり立った自身を取り出す。  
ああ、本当に、俺にもこんな一面があったんだなぁ、としみじみ感じた。  
 
彼女の割れ目に先端をあてがう。  
途端に、彼女の表情に恐怖の色が滲む。  
「…大丈夫だよ、力抜いて……、そう。いくよ…?」  
俺が、彼女の身体を抱きとめて、耳元で囁くと、彼女がこくこくと素直に頷く。  
本当に可愛い。  
愛しい――そう思った。  
彼女の秘裂に、数度先端を擦りつけ、蜜を絡める。  
そして――彼女が息を吐いた瞬間に。  
「っああああ…!っ、た…!」  
痛みに、彼女が苦悶の表情を浮かべていた。  
俺を拒むように、中がぎちぎちに強張る。  
…俺も、少し、苦しいかも…。  
「痛い、よぉ……蔵馬…っ…」  
「っ、力、入れ過ぎだよ…ぼたん…ほら、息、吸って…」  
彼女の背を撫ぜながら言うと、ぼたんは従順にすぅ、と息を大きく吸う。  
「…吐いて……」  
はぁ、と空気を出し切り、力が一気に抜けた瞬間――  
「――ひぁ…!」  
俺は、ゆっくりと――しかし確実に、彼女の中に自身を突き入れていく。  
かなりのきつさだけれど、一度抉じ開けた彼女の胎内は、先程までの抵抗は無く、  
俺の動きに苦しい声を上げながらも、徐々にその全てを受け入れていく。  
「っ…全部…入ったよ…ぼたん…」  
圧迫感と痛みから、俺の背を抱く手に力が篭る。  
爪先が背に食い込んで、微かに痛みが走った。  
 
「あっ…あ…」  
ぽろぽろと涙を零しながら、俺を受け入れた彼女をいじらしいと思う。  
『恋』とは、こんな感情なのだろうか。  
情熱的な激しさは、まだ今の俺には無いけれど、これも一つの恋の形なのだろうか。  
そうだったらいい――そう思いながら、俺は彼女を抱いた。  
幾度か、彼女の中をゆったりと往復させると、その度に彼女は痛みに悲痛な声を  
上げていたが、それが快感に変わるまでに、そう時間は掛からなかった。  
彼女の胎内は俺に快感を与え、俺に快感が増す毎に、彼女の中もまた  
その情欲を訴えてくる。  
絡みついて、離さないで……そんな、切なくて、いじらしい行為は、  
俺の中に確かな感情を刻み込んでいく。  
「ぁ、あっ……蔵馬…あたし…あたし…っ…!」  
快楽に浮かされたように、艶めいた声で、彼女は俺に何かを訴えようとしていた。  
俺が彼女を突き上げる動きに遮られ、彼女の口からは言葉にならない声ばかりが漏れた。  
けれど、彼女は、最後の最後で、俺に告げてきた。  
「アッ…っ、――あっ…――…」  
『好き』――と。  
可愛く甘い喘ぎの中で、その二文字が、俺の耳に確かに届いた。  
絶頂に、戦慄く彼女の中に、俺は熱を放った。  
同時にたまらなく官能的で、淫らだけれど――どこか神聖な儀式のようなその行為は、  
そこで終わりを告げた…。  
 
 
 
*****  
 
 
 
「…蔵馬ってさ…結構意地悪だよね…」  
「…そうかなぁ。でも君も結構頑固だったから、仕方無かったと思うけど?」  
ここは、家から少し離れたところにあるファミレス。  
行為が終わった後、照れ臭さから彼女は黙々と帰り支度を整えていたけれど、  
時刻はもう八時を回っていた事で、お腹が空いたと突然彼女が声を上げたのだ。  
きっと、半分照れ隠しだったんだろうけど。  
俺たちは遅めの夕食を食べに、このファミレスに立ち寄ったのだ。  
不貞腐れながら、食事が運ばれてくるのを待つ間に、彼女はスープを  
既に三杯飲み干していた。  
俺は、そんな彼女を微笑ましく見詰めていた。  
「まぁ、今回は君も同意の上だったんだし…いい加減、機嫌直してくれないかな?」  
俺が言うと、彼女はとうとう四杯目のスープを飲み干し――俺に、告げてくる。  
「…デザートも、奢ってくれたら許したげる。いっちばん、高いやつ!」  
言いながら、俺に笑いかけてくる。――いつもの、彼女らしい飛び切り元気な笑顔で。  
俺は、その笑顔に、また心が和んでいく。  
心に、染みてくる。  
ああ、この感情は。  
「――勿論だよ。ところで、ねぇ、ぼたん。」  
俺は、彼女を見詰めながら、――改めて、彼女に頼み込む。  
今度は、『振り』なんかじゃない。  
 
 
願わくば、君と。  
 
 
「…俺の、恋人になってくれないかな。建て前なんかじゃない――本当に、  
俺と、ずっと…、もう一人の、『俺』も含めて――」  
ぼたんは、また顔を赤らめた。  
瞳が潤んでいた。  
今にも、泣きそうになりながら――でも彼女は、泣かなかった。  
泣くのを堪え、――彼女は、まるで天気雨の空模様のような笑顔を俺に向けて、  
確かに頷いてくれたのだ。  
 
俺は、やっと確信したんだ。  
俺のこの感情は、他人と比べれば決して激しくはないかもしれないけれど。  
それでも、確かに、これは『恋』なのだと。  
一つの、『情』の形なのだと――  
 
 
 
 
願わくば。  
彼女も、俺と同じ『情』を抱いてくれていますように――柄にもなく、そう祈っていた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
END.  
 
 

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