――深夜。  
 
厳しい修行を終え、他の者は皆疲れて泥のように眠っている、  
もうじき草木さえもが眠る丑三つ時に差しかかろうかという時刻。  
 
反して、男の目は冴えていた。  
誰よりも寝不足の筈であるのに。  
誰よりも厳しい修行を強いられた筈であるのに。  
 
寝不足の理由は、目の前にいる女の為に。  
この上無く熱く、束の間の逢瀬に伴う甘い激しい快楽の為に。  
 
だが、今男はその美しい女を目の前にして、手を触れる事を謀られる。  
手を触れ難い雰囲気を、目の前の女は放っていた。  
 
部屋に入るや、いつもに違わぬ香の匂い。  
それもその筈、仕掛けたのは男自身である。  
本来は年老いた女の身体を一時的に若返らせる為の、魔性を秘めたお香。  
それはこの一週間程続いていた。  
女も、それを甘受し、男を受け入れていたのだが、この日はいつもと違っていた。  
 
香の匂いに混じって――芳しい酒の匂いが、部屋に霞んでいた。  
 
「あんたは飲まないのかい?」  
 
妖艶に微笑みながら、女は男にそう誘いかける。  
女は盃に酒を注ぎ、それをぐい、と一気に飲み干す。  
男が見る限りでも、これで五杯目。  
男が部屋に訪れる前から、女は既に酒盛りを始めていたようなので、  
実際どれだけの量を飲んでいたのかは定かではない。  
一升瓶の酒が、半分近く減っているのは、以前に一度空けた事のある瓶の為か、  
それとももしや今宵だけで空けたものであるのか、理解に苦しむものがあったが。  
 
だが、女の頬には微かな赤みが差した程度で、それ程に酔っているという  
感じは見受けられない。  
どうやら酒には強いらしい。  
男自身も、酒を全く嗜まないわけでは無いが、今日に限っての女のこの申し出には、  
些か乗る気にはなれなかった。  
 
何故ならば。  
 
『――今夜は、覚悟しとくんだね。昨日の分、たっぷりと、苛め返してやるから――』  
 
 
女の、今朝の科白が、男の脳裏にリアルに焼き付いていたからである。  
昨夜の己の行いが、決して女にとって面白くは無いものであっただろう事は容易に理解できる。  
解るだけに、男は今日に限っての女のこの趣向が、女の悪戯心の為せるものであろうと  
信じて疑わないのである。  
「…俺はいい。酒はあまり好きではないんでな…」  
女の隣に腰を下ろし、あまり女を見ないようにして、つれなくそう答える男に、女はくすり、と  
悪戯染みた笑みを零す。  
「何だい、つれないじゃないか。年寄りの楽しみに、一杯位付き合ってやろうって  
気はないのかい?いつもはあたしの方が、あんたに付き合ってやってるってのに」  
女はさも面白げな口調で、男をそう煽るが、男は頑なにそれを拒否する。  
これは一種の駆け引きのようなものである事を、男は理解していたからだ。  
迂闊に女の誘いに乗れば、今日は己の方が女に呑まれてしまうだろう。  
今日の、この女に強いられたあの地獄のような修行内容に、男は空恐ろしさを改めて  
実感したのだった。  
どう女が仕掛けてくるのか、実際今日はこの部屋に入るのをやめておこうかとさえ思った程だった。  
だが、束の間の、女との逢瀬の刻にすっかり骨抜きにされてしまった己の愚かさに、  
やはり自然と足は女の部屋へと向かってしまった。  
さぁ、どうするかと、男がそう悩み始めたその時であった。  
「死々若丸…」  
女が、一際艶めいた声色で、男を呼んだ。  
男が、その鈴の音のように甘く、色づいた声に、思わず女に顔を向けた、その刹那。  
 
「――っ…!?ぅ…」  
女が、唐突に男に口付ける。  
すっかり馴染んだ、女の唇――だが、それだけでは止まらない。  
女は、男の着流しを手で鷲づかみ、そのまま男を布団に押し倒し、そのまま圧し掛かる。  
 
そして――  
 
「――ぐ…!?」  
 
女が唇を開くと、女が口内に含んでいた酒が、男の口内に流し込まれる。  
「っ、ん…!」  
あまりに突然の女の口移しに、男は抗う間も無く、その女の唾液混じりの酒を、  
喉を鳴らして飲み込む――と。  
 
ぐらり  
 
男の視界が歪む。  
どくん、と男の身体に熱が篭る。  
(――何だ…!?この酒……何という濃度だ…!)  
今まで、味わった事の無い、恐ろしく濃度の強い酒……視界が歪み、頭が一気に重くなる。  
たかが、口移し程度の量で。  
「はぁっ……ったく、すごい酒だね……あたしまで酔っちまいそうだよ…」  
女は男が飲み干したのを確認し、顔を上げると、口の中に微かに残った酒を、  
唾液ごとぺっと吐き出す。  
とてもでは無いが、まともに胃の中に入れられるような代物ではない。  
女は顔を顰め、明らかな不快感を露わにした。  
「ぐ、 何、だ…!?この酒、は…もしかして…」  
「ふふ……酎から少し拝借したのさ。『鬼殺し』…魔界の重濃酒だそうだね?  
あたしがさっきまで飲んでたのは、普通の人間界の酒だけどね…」  
女が、口端を紅い舌でぺろりと拭う様が、艶めいて。  
酒の力も手伝ってか、男の身体に情欲の熱がじんわりと沁みていく。  
だが…  
 
(…身体が…動かん…!)  
たかが、あれだけの量で……男は既に参り始めていた。  
あれを一瓶飲み干す酎に心底感服するが、今はそれどころではない。  
覚悟しとけとの、女のその科白通り――今から自分は、この美しい女にどうされるのか…。  
 
それは、男にとって勿論ではあるが本意では無い。  
自分の上に、馬乗りになる女の艶やかな唇――  
 
ああ、舐めてやりたい。  
その唇から、あの淫らな喘ぎを響かせてやりたい――そう本能が告げている。  
 
そんな男の真意を読み取ったのか、女が壮絶なまでに妖艶な笑みをその口元に浮かべ――  
 
「幻海っ…っつ…」  
「五月蝿い」  
 
女の唇が、男のそれに再び寄せられ、唇を奪われる。  
だが、それによって与えられるのは、快感ではなく――微かな痛み。  
 
「っ、う…」  
 
女が男の下唇に歯を当てる。  
そして、ほんの少し力を込めてカリ…と噛み切ると、小さな裂傷。  
じわり。  
血が滲む。  
ぴり、とした痛みが男の脳を侵食する。  
女は男の流す血を唇ごと舐め上げ、男の口腔へ舌を差し入れた。  
差し入れられた舌からは…血の味がした。  
 
「んっ…は…っ…」  
女は男の吐息ごと絡め、夢中で男の唇を貪った。  
 
血の匂いに、反応する己の身体。  
血の味に、昂ぶる己の熱源。  
 
――まるで、獣の交わりのようだ――  
 
男は、女に唇を弄ばれながら、そう自嘲気味に思った。  
ふいに、女の掌が男の身体の一部に触れ、女は唇を離す。  
「もう、大きくなってるじゃないか……」  
くすくすと可笑しそうに笑いながら、男の着流しを肌蹴させていく。  
男の、細身ながらも締まった身体が露わなる。  
強すぎる酒を以ってしても、男の身体の自由を奪っても尚、男から放たれる強い妖気は霞む事はない。  
それは、女自身が男に日々強いている修行の賜物とも言えるもの。  
故に。  
「…こうでもしないと……今のアンタには勝てないからね…」  
女はふ、と――どこか寂しげな笑みを漏らしながら、男の胸板につ…と掌を這わす。  
「昨日はアンタに散々いい様にされたからね……今度は、あたしの番だろう?」  
「――っ、幻、海…っ…!」  
全く力を欠いた男の、露わになった胸元に顔を当てる。  
鎖骨から、男の左の乳首を子猫のように舌を突き出して、ぬる、と舐め上げる。  
ざらついた舌の感覚が、男にぞくぞくとした、こそばゆい快感を与える。  
堪らず男の口から喘ぎが零れた。  
「…っ、く…ぅ…」  
「くす……いい声で啼くじゃないか……アンタの声…好きだよ…」  
声が好きだ、と言われ、男は思わず苦笑う。  
 
――声だけ、か…?  
 
男の脳裏に、そんな疑問が浮かぶ。  
毎日のように身体を重ねても、女が自分を好きだと言った事は無かった。  
何故女が自分を受け入れる気になったのかどうかさえも。  
(…まだ、一度も聞いた事が無かったな…)  
おそらく、嫌われているわけではないのだろうが――聞いてみたいと言う想いはあった。  
女はそんな男の内情を知ってか知らずか、一心に男への愛撫を続けていた。  
左の乳首を焦らすようにゆっくりと舐め、右の乳首へは爪の先で軽く引っ掻いて、微かな痛みを与える。  
「っく……幻海…っ…!」  
「ふふ……意外と、感じやすいんだね……」  
からかうような女の声の中に、微かに欲情の欠片が含まれていた。  
女の舌は、そのまま男の胸から硬く引き締まった腹筋へと降りていく。  
 
そして、辿り着いた、男の下部。  
袴の合わせ目を割り、張り詰めたものを取り出す。  
 
女の目の前には、既に熱く滾る男の熱源。  
天井に向けてそそり立つ男の逸物に掌を添え、女は愛しげに頬を摺り寄せながら  
男に妖しい眼差しを向ける。  
人よりもずっと小柄で、どう見ても十代の少女にしか見えぬその女が、  
男の欲を卑猥に弄るその妖艶で不釣合いなその姿に、嫌でも男は情欲をそそられていく。  
女は妖艶さに反して、くすくすと無邪気に笑いながら、既に液体を滲ませた鈴口に  
指先を添え、そのまま根元へと滑らせる。  
「っぅ…!」  
唇を噛み締め、声を抑える男の反応に気をよくした女は、そのまま指を数度往復させていく。  
その度に透明な液体が溢れ出し、それを全体にまぶすように擦り付けた。  
「…っ…っ…!」  
押し殺した男の喘ぎが、吐息混じりに熱を帯びて女の耳に届く。  
女は嬉しそうに微笑み、自らの口の奥深くに、男の欲を頬張る。  
 
「ぐ、あ…っつ…!」  
痺れるような快感が、脊髄までもを侵食する。  
快楽に眉を顰め、腰を引き攣らせる男に構う事無く、女は局部への愛撫に躍起になった。  
くちゅ、ぐちゅ、と濡れた卑猥な音が、女の口の動きに合わせて漏れ出る。  
裏筋を巧みに指先で攻め立て、その根元の袋をやわやわと揉みしだき、男の快楽を高めていく。  
「――ぅ、あ…!っ…」  
昨夜の男との情交で、男の欲を煽る術を学んだのらしい女は、昨夜よりも更に滑らかな  
舌使いで、その指先での愛撫で、確実に男を絶頂へと追い立てていく。  
一旦女は男を解放すると、舌先を窄めて裏筋から鈴口を刺激する。  
男は攻め立てられるばかりの悔しさと情けなさが募り、何とか身を起こそうとするも、  
指先一つ思い通りに動かない。  
まるで、金縛りにあったようだ。  
そんな男を微笑みながら見詰め、女は再び先端を口に含み、じゅる、と吸い上げると、男は  
一気に射精感が煽られた。  
「ぐ、――ぅ…!」  
後、一息で、不本意ながらもその欲望が満たされるといった頃合に――女は残酷にも  
男の逸物から唇を離してしまう。  
女の舌と、男の逸物の先端からは唾液と先走りの筋が糸を引いていた。  
「…くっ…幻、海…っ…お前…!」  
切羽詰った男の声が、女を責める。  
完全に遊ばれている。男は、苛立っていた。  
これでは完全に生殺しではないか。  
「ふん……昨日アンタも同じ様な事をしたじゃないか。おあいこだろ?  
悔しかったら、動いてみな?」  
女の挑発的な科白に、男はどうにか身体を動かそうと試みる。  
力の入らぬ手に精一杯の力を込めて、女に伸ばそうとするが、思い半ばで女に手首を掴まれ  
布団へと押し付けられる。  
「…っ、悪魔か…貴様…」  
艶やかな笑みを湛えながら  
「本当に強い酒だね……口に含んだだけのあたしでさえ、酔ってる位だから当然か…。」  
ひくり、と切なく引き攣れる男の逸物と、汗と苦痛が滲んだ男の顔を交互に見詰め、  
女はそう人事のように呟く。  
 
何を悠長な、と男はそう女を責めたかったが、口にする事は憚られた。  
女は立ち上がり、自らの腰紐を緩め、寝間着をするりと肌蹴させ、そのまま床へと落とす。  
すると一糸纏わぬ女の艶かしい裸体が、男の目の前に現れた。  
男はごくり、と生唾を飲み込んだ。  
美しい――それが、男の嘘偽りない、女に対する素直な感想だった。  
決して大きいわけでも無いが、張りのある、確かな二つの柔らかそうな膨らみと、  
なだらかながらも細く締まった腰、そして股の付け根……確かな液体が  
女の腿を伝い、男の目を引きつけた。  
「アタシが、欲しいかい…?」  
艶然と微笑みながら、男を見下ろす女に、男は自嘲気味な笑みを返した。  
――…完全に…やられたな…――  
男は力の入らぬ手を、ゆるゆると動かしてみる。  
先程よりは、力が入るようになったかもしれない。  
指一本動かせない状態からは抜け出せたようだ。  
だが、まだとてもではないが、女に手を出す余裕はない。  
――だが……悪い気がしないのは、相手がこの女だからか…――  
ふぅ、と一息ついて、切なく震える己の逸物に目をやる。  
触れてさえもらえず、捌け口を無くし、女の眼前に無様に晒されたままの哀れな自身に、  
男は苦笑する。  
 
――もう限界だな……――  
 
女は、微笑んでいる。  
ただ、微笑んでいる。  
極めて、艶やかに。  
極めて、残酷に。  
 
男の答えを、待ちながら。  
男の望みを、知っていながら。  
 
男は、完全に快楽に、女への溢れんばかりの執着に負け――素直に、告げる。  
己の求めるものを。  
己の愛しさを向けるものを。  
それは、この生殺しの状態から、一刻でも早く抜け出したい一心で――  
 
「ああ……俺はお前が欲しい…――お前の、全てが、欲しい…」  
 
それは――全て――を含んだ、男の精一杯の想いだった。  
身体だけではなく――女の情も欲しいのだと。  
だが、その男の言葉の真意が、女には果たして届いただろうか。  
女は、満足そうに、ただ微笑みながら、また男に跨り、顔を寄せてくる。  
吐息が絡まる程に近く顔が近付き、しばらく見詰め合った後、女は男に口付けた。  
女の表情に、微かに切なげな色が交じっていたのを、男は気付いただろうか。  
しばらく、唾液を絡ませ、舌を絡ませながら、互いに唇を貪った後、  
女は唇を浮かし、密やかに、男に囁く。  
   
「…あたしも…あんたが欲しい……」  
 
ただの、一言――女は呟き、そして、また男に口付ける。  
女の科白に、男は胸が締め付けられる。  
そして、期待する。  
その真意に。  
その先にある、快楽に――  
 
だが、男の思考は、次の瞬間もろくも崩れ去っていく。  
突然、男のそそり立つ熱源は、それよりも更に熱く湿ったもので覆われる。  
ぬるり、とした感触の直後、あまりに強く、男の欲を搾り出すようにきゅううっと締め付けられ、  
頭の芯が痺れる。  
「う、ぁ…っ…!――く…っ…!」  
「ひぁ…っ…あぁぁぁっ…!」  
快感を伝える喘ぎが、互いの口から思わず漏れた。  
男は必死に射精を堪え――女は不覚にも、男を挿入ただけで達してしまった己の身を抱いて震える。  
心地よさに、その重力に逆らわず、男を一気に根元まで沈めた事で、この上無い快感が  
女の身体を駆け抜けた。  
 
「あ、う……ぁっ…!」  
どくどくと、男の脈打つ鼓動に呼応し、女の膣もまた収縮を繰り返した。  
絶頂の波をやり過ごそうと、女は一切の動きを止め、ただ小刻みに肩を震わせ続けていた。  
男と触れ合う局部が熱く、男の大きさと硬さが女の中を圧迫し、苦しげな吐息を漏らす。  
男ははぁ、と大きく息を吐いて、そんな女の姿を見上げる。  
先程までの、余裕を湛えた笑顔は既に無く、衝撃的なまでの快楽に涙を浮かべて耐える  
女の表情。  
切なささえも色づいて、男の情欲に更に劣情の炎を灯していく。  
ぴく、と男は手を動かすと、男は自分の手にいつの間にか、僅かではあるが力が戻っているのを感じた。  
(動く、か…?)  
ゆっくりと腕を女の方に伸ばすと、まだ至極重みは感じるが、それでも。  
(十分、だ…)  
男は、不敵に、口角を上げて笑む。  
女は目を瞑ったまま――だから、気が付かなかった。  
男の身体に、力が戻っていた事を。  
女が微かな空気の流れに気付き、目をはっと開けると――時は既に遅く。  
「あ、死々…っ、あぁぁっ…!」  
逆に、快楽に堕ち、力を失っていた女の腰を掴みながら男は身を起こし、  
女を組み敷いた。  
ようやく、女の美しい顔を見下ろしながら、今度は男が女に微笑み返す。  
「ふ……もう十分楽しんだだろう…?今度は…俺の番、だな…」  
「んん、っ、はっ、はぁ…っ、あ、あんた……動けたん、だね…」  
繋がったまま体勢を変えたことで、また新たな快感が女を襲い、  
びくびくと震えながら男に問う。  
「まだ思い通りにはいかないがな…。やはり…っ…、こっちの方が…、  
俺の性に合ってるようだ…」  
男は、ようやく女の肌に口付け、そのしっとりと汗ばんだ女の柔らかな乳房に舌を滑らす。  
先端の尖った頂を執拗に舐め上げ、軽く歯を立てると女の乳房がもどかしそうに震えた。  
 
「ふぁっ…!あ、ぁ…っ」  
「…お前も……いい声だ……もっと、聞かせろ……もっと、俺を…――」  
続く言葉の代わりに、男は女の中を、深く突き上げ始める。  
これまで堪えていたものを、全て発散させるかのように。  
「ああぁぁっ、や、ぁあ…」  
「幻海…っ…く、…力、抜け…っ…!」  
余りの締め付けに、男もまた余裕をなくしてはいくものの、突き上げる速度は緩める事が出来ない。  
うねる様に腰を送り込み、敏感な肉芽を擦り付けるように肌同士を密着させると、  
女の身体は過敏に反応し、一際大きな喘ぎを押し出し、逸物を締め上げる。  
「あぁぁぁっ!い、や…っ、くっぅ…」  
気持ちよくて、気持ちよくて、たまらない。  
男の身体が、男の熱が、男の声が、甘く女を痺れさせ、女をまた絶頂へと高めていく。  
 
 
女は、自分自身でも理解出来なかった。  
何故、この男を受け入れるのか。  
何故、この男を許すのか。  
このような仕打ちをされ、何故悪い気がしないのか――初めてこの男と関係を持ってから、  
この一週間の間、ずっとそれを考えていた。  
束の間の、ほんの一時手に入るこの若さの求めるがまま――体の疼きは、日に日に大きくなり、  
男と身体が馴染んでいくのを確かに感じていた。  
「ひぁんっ…あ、ああぁ…!死々わ、か…っ…」  
妙な小細工を施してまで、人間の自分を求めるこの若い妖を、たまらなく愚かだと思う。  
 
 
 
愚かで――たまらなく愛しいと思った。  
 
 
 
「――っ!ああぁ…」  
 
子宮の奥を突き上げられ  
内襞を目一杯に擦り上げられ  
燃える様な熱を  
切ない慟哭にも似た脈動を  刻み込まれ  
 
「あっ、くぅ や、あ」  
「っ、幻海…っ!」  
 
憂いさえ帯びた声が  
焦がれるような眼差しが  
乞うような表情が  
 
「あ、ア、も、ぅ……、イっ、ちゃ…!」  
「――っ、…!」  
 
女を酔わせていく。  
快楽に抗う術を、奪っていく。  
 
男自身の先端が最奥を貫く刹那、温かいものが注ぎ込まれる。  
中でとくん、とくんともどかしげに脈打つ感覚が、生々しくも心地よく、女を満たしていった。  
 
それでも。  
 
「んんっ、ぁ、あ…、ぅ…」  
「まだ…だ…!まだ…っ…!」  
胎内で、熱と硬度を取り戻していく男の感覚に女はまた身体を震わせる。  
男はまだ女を解放するつもりはないのらしい。  
 
「ひぁ…あ…っ、ア…っ」  
「…っ、お前も…そうだろう…?まだ…俺が、欲しいんだろ…?」  
耳元で吐息交じりに熱っぽく囁かれ、びく、と身体が震えた。  
それだけで膣がきゅう、と締まり、男を締め付けるのを女自身も感じていた。  
男が再び律動を始めた。  
伴うように、女の形のよい唇から、また淫らな喘ぎが漏れ始める。  
「くぅん、あ、ああ、ぁ、あ…!」  
「気持ちいいんだろう…?もっと…、俺を求めろ…幻海…!」  
それは強制の言葉でありながら、裏腹に、懇願の色が含まれている事に女は気付いていた。  
――頼む、と。  
男の心が、そう女に乞うていた。  
(馬鹿だね……あんたは…)  
女は心でそう男を宥めながら、ただ男にされるがまま――求められるがままに、その身を差し出していた。  
 
強く、些か荒々しく男に揺さ振られ、女が絶頂を迎えるとまた男が中で果てる。  
香に交じって酒の匂い――そして、男の精の匂いが部屋に漂っていた。  
引き抜かれ、どろりとした感触が股を伝い、女は微かな不快感を覚えた。  
喪失感は虚しさを呼ぶ。  
冷めていく熱が儚さを伝える。  
 
霞む目で男を見上げると、男は憂いを秘めた眼差しを女に向けていた。  
そして、女の髪を愛しげに梳きながら、消え入るように囁く。  
 
「…俺はお前が欲しい…」  
 
男の睦言に、女は、この上無く優しく微笑み、男に返す。  
 
「…なって、やってるじゃないか…。欲張りだね…」  
 
「まだ、足りない」  
 
男は、女に覆いかぶさり、女の首筋に顔を埋めた。  
 
「…もっと…欲しい…」  
 
掠れるようにそう呟き、男はそのまま女に体重を預けたまま意識を手離す。  
温かな寝息が、女の首筋に伝う。  
 
男が情交の後にこうして女の部屋で眠るのは初めてだった。  
女は、微かに戸惑いはしたものの。  
(…仕方ないね…。修行で疲れてる上に、あんな強い酒飲ませちまったんだから…)  
ちらりと部屋隅の香を見ると、あと十分もすれば燃え尽きてしまう程に短くなっていた。  
 
「……馬鹿だね…本当に…。こんな年寄りに惚れちまうなんて…」  
 
最初は、この男に対する哀れみのような感情からだっただろうか。  
こんな小細工までして、自分を求めてきたこの男に、焦がれるような眼差しを  
向けるこの男に同情し、付き合ってやるのも悪くないと、ただそんな気持ちだっただろうと思う。  
だが、次第にそれは後悔へと変わっていく事になった。  
 
(柄にも無く、同情なんてするもんじゃないね…)  
 
自分でも、どうかしていると思う。  
本当の自分はこんなにも老いているというのに、こんな若い妖怪の男に現を抜かし、身を任せるなどと。  
そう、受け入れるべきではなかったのだ。  
男にとっても――女にとっても。  
 
 
女は男の重みと温もりに名残惜しさを感じながらも、男の身体をずらし、男の胸から抜け出る。  
ようやく解放され、未だ眠り続けている男の頭をそっと撫でた。  
「今日だけは、ここで寝る事許してやるよ…。その代わり年寄りの朝は早いから覚悟しとくんだね。」  
女は笑いながらそう囁き、寝間着を羽織って浴室へと向かう。  
どうあっても、男のものになる事が出来ないその身体を清める為に。  
 
時の流れとは無情なものだ。  
 
強さを求め、魂を売り渡して若さに縋りついた男を思い出す。  
あれも馬鹿な男だったと、女はふ、と笑う。  
 
今自分の部屋で眠っている、これから先気の遠くなるような時間を生きるであろう男と、  
すっかり年老い寿命も幾許かという自分とでは、全くの不釣合いである事は明白。  
 
人間とは不便なものだと憂いていた男の気持ちが、今となっては全く理解出来ない事はない。  
だが。  
(だからこそ、この世は面白いのさ。戸愚呂…)  
 
不条理の多い世の中だからこそ。  
矛盾だらけの世の中だからこそ。  
諸行無常の世の中だからこそ。  
 
その刹那の悦びも、愛しさも、儚さも――魂に、深く刻み込まれていく。  
 
(…まぁ、残される方はたまったもんじゃないかもしれないけどね…)  
 
案外、すぐにこんな老いぼれの事なんて忘れて、他の女を好きになるかもしれないが、  
それも全ては男次第。  
 
柄にも無く湧き上がる嫉妬の心に、女は艶やかに苦笑を漏らしたのだった。  
 
 
――終――  
 
 
 
 

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