幽助は目の前の光景に苛ついていた。
ぼたんと雪菜がラーメンを食べている両脇で、馴れ馴れしく二人に話し掛ける若い男二人組。
彼らも一応は客なので、無下には出来ない。
こんなことになるなら、彼らが屋台に入る前、ぼたんと雪菜をチラチラと見ながら後をつけていることに気付いた時点で追い払ってしまえば良かったと、激しく後悔した。
雪菜はこの春から高校に通い始めた。
此れから人間界で暮らしていくにあたり最低限の事は学んだ方が良いと、保護者である静流の意見だった。
どういう手段を使ったのかは知る由もないが、兎に角静流の手配により彼女は「桑原雪菜」として女子高へ入学したのだった。
雪菜の初めての学生生活は順調で、少ないながらも親しい友人が何人か出来たらしい。
そんな雪菜の様子を、ぼたんがたまに見に行っている。
螢子から制服を譲り受け、「他校の友達」を装って雪菜を学校まで迎えに行き、放課後に映画やお茶へ連れ出して、「普通の生活」を教えている。
此処までは螢子からの情報だ。
今日のように幽助の屋台へ二人で立ち寄る日もあり、幽助としても「霊界人と妖怪のちょっと奇妙な女子高生ライフ」を温かく見守っているつもりだ。
学生生活など無縁だったぼたんも、此の放課後だけの学生気分を楽しんでいるようで、今日の二人は長い髪を耳の上で二つに結ったお揃いの髪型でやって来て、ラーメンを食べながら他愛ない話に花を咲かせていた。
そんな二人の両脇に陣取ってラーメンを注文した男達は、それぞれぼたんと雪菜に彼是と訊ねている。
ぼたんは手馴れたもので、時折雪菜に助け船を出しながら男達を適当にあしらい、会話を受け流す。
雪菜もぼたんの援護を受けて、言葉少なに曖昧な受け答えをしている。
ぼたんが少しでも幽助に助けを求めるような視線を寄越せば、彼としても堂々と割って入るのだが、彼女は「大丈夫」と云わんばかりに、一度笑顔を向けただけだ。
もし二人に何かあるようならば、自分が守らなくてはならない。
ラーメンを出し終えて手持ち無沙汰になった幽助は、目の前の四人の動向が益々気になって仕方がなかった。
いっそのこと「俺の妹に何の用だ」と嘯いてしまおうかと思った其の時。
「何だ、今日は早い時間から客が多いな」
暖簾をくぐって小閻魔が顔を覗かせたので、幽助は内心で「天の助け」と歓喜した。
小閻魔は、目の前の一人が制服姿のぼたんだと認めると、「おまえは何をしているのだ」と怪訝そうに眉を寄せた。
幽助は親指でぼたんのことを指し示し、わざと大きめの声で小閻魔に問う。
「おい、こいつを迎えに来たのかよ」
「いや、たまたま寄っただけだ」
幽助と小閻魔の遣り取りを聞いた二人組の男達は、幽助の思惑通り小閻魔をぼたんの彼氏だと思った様で、そそくさとラーメンを食べ終えて屋台を後にした。
「それで、其の格好は何だ」
ぼたんの隣に腰を下ろした小閻魔が、呆れたようにぼたんへ問い掛けた。
「‥雪菜ちゃんが高校に通い始めたので、まぁ様子を見に‥」
「ふむ。雪菜と一緒に居る理由は分かった。
其の上で、おまえの其の格好は一体何だと訊いている」
「‥‥私も学生気分を味わいたいと思いまして」
上司からの厳しい詰問に、あぁまた説教が始まるのだなと、ぼたんは頭を垂れた。
「まぁ、プライベートでおまえが何をしようと勝手なのだが。
そうやって直ぐ調子に乗るな」
「‥申し訳ありません‥」
しょんぼりと肩を落とすぼたんの反対側から、おずおずと雪菜の可憐な声が割って入った。
「あの、ぼたんさんは‥
私の事を心配してくださって‥それで‥」
「まぁまぁ、小閻魔もそう煩く云うなよ」
お待ち、と云う掛け声と共に、幽助が小閻魔の前に味噌ラーメンを置いた。
「いいじゃんか。
ぼたんだって、所謂女子高生っぽい生活をしてみたいんだろ」
幽助がぼたんの頭を撫でると、雪菜は目を輝かせて何度も頷き、「私も嬉しいです」と続けた。
そんな光景を見て、小閻魔は小さく息を吐いて箸を割った。
「其れは気付かなくて悪かったな」
彼は其のままラーメンを口に運び、黙々と食べ始めた。
「なぁ、おまえらさ、さっきみたいに良く男に声掛けられてんの」
幽助がおもむろに訊ねると、ぼたんが首を傾げた。
「まぁ、たまに、かな‥」
すると雪菜が、再び目を輝かせて身を乗り出した。
「ぼたんさんの話術は、いつも参考になります。
私も早く、適切な受け答えが出来るようにならなくては」
其れを聞いて、成程と幽助は思った。
先程の男達は、「ナンパのあしらい方」の練習台にされたのだ。
幽助と云う力自慢が目の前に居るので、彼女達は安心して練習が出来たと云うわけだ。
やはり彼女達は中々の頻度で声を掛けられているに違いない。
「そりゃあ、おまえらは可愛いから、声掛けられるのは仕方ないけどさ。
でも気を付けろよ、最近は変な奴が多いからよ。
‥‥おっと、雪菜ちゃんはそろそろ門限か」
幽助は腕時計を見て、ぼたんと一緒に雪菜を家まで送って行くよう、小閻魔を促した。
雪菜を家まで送り届けた小閻魔とぼたんは、ぼたんのマンションへの近道である神社の境内を歩いていた。
小閻魔は、屋台でラーメンを食べ始めてからずっと無言だ。
まだ機嫌が悪いのかな、と思いつつ、ぼたんは彼の三歩後ろについていた。
辺りはすっかり暗くなり、鬱蒼と生い茂る樹々の合間から、三日月が二人の姿をうっすらと照らしている。
本殿の裏道は細く、灯はぽつりぽつりと少ない。
すれ違う人影もない。
時折、樹々のざわめきが風に乗って通り抜けるだけ。
二人が踏みしめる枯葉の音が、さくさくと後をついてくる。
「‥あの、小閻魔様。
ごめんなさい‥」
堪らずぼたんが後ろから声を掛けると、彼は立ち止まってゆっくりと振り返った。
「‥何が」
その声音からは彼の感情は読み取れず、ぼたんは俯いた。
「‥人間界で、勝手なことをしまして」
ぼたんには、其れ以外に彼が不機嫌になる理由が見当たらなかった。
鞄を脇に抱えたまま立ち尽くしている彼女を、小閻魔は上から下まで眺めた。
まるで人間の女と何ら変わりがない其の姿。
先程幽助も云っていたが、身内の欲目を除いても可愛らしいと思った。
華やかですらりとした長身の彼女と、儚げな可憐さを湛えた小柄な雪菜が並んで歩いていたら、其れは男の目を惹くだろう。
ましてや制服姿で、そんな短い丈のスカートの裾をひらひらとさせて歩いていれば。
プリーツスカートから出ている白い太ももが暗闇に浮かび上がり、膝丈の紺色のハイソックスとの対比が、厭に艶かしい。
小閻魔は、胸にじわじわと不思議な感情が広がってくるのを感じた。
「‥人間界が、楽しいか」
予想していなかった問い掛けと共に、小閻魔の手が頬にそっと触れたので、ぼたんは顔を上げた。
己を見つめる小閻魔の瞳は何処か寂しげで、しかしその奥には違う種類の強い光がはっきりと見え、ぼたんの心臓がどくりと大きく音を立てた。
「‥確かに人間界は‥楽しいです。でも、」
云いながら、ぼたんは一歩後退った。
此のまま至近距離で見つめ合っていたら、彼の瞳に飲み込まれてしまう。
そう思って少しずつ距離を取ろうとするが、ぼたんが後退る毎に小閻魔も詰め寄ってくる。
「‥人間界では、ああやって男が遊んでくれるものな」
彼の意地悪な言葉に、ぼたんは頭を左右に振った。
「其れは関係無いです。
霊界には無い物が、人間界には沢山在るので‥だから、」
最後まで云い終える前に、彼女の踵が何かに触れた。
背後には大樹が立ち塞がり、小閻魔が其れに両腕を衝いて顔を寄せて来たので、ぼたんは行き場を失った。
「‥‥触れさせたのか、人間の男に」
彼女の耳許で低く囁きながら、右手で太ももを優しく撫でる。
小閻魔の問いに対し、ぼたんはふるふるとかぶりを振った。
小閻魔の右手はスカートを捲り、丸く柔らかな尻を撫で、左手で彼女のブレザーの釦を外す。
首許のリボンタイはブレザーのポケットに押し込み、ブラウスの釦に手を掛けた。
釦を全て外し終えると、ぷるんと張りのある、たわわな果実がブラウスから顔を覗かせた。
白いレースが施されたブラのフロントホックを外して其の果実を出してやり、小閻魔は片方の先端を人差し指で押した。
「こんな処で脱がされて、興奮したか」
彼はくすりと唇を歪めて、勃起している蕾を捏ねた。
「ぁふ‥」
思わず零れた己の色を含んだ甘い声に、ぼたんは頬を染め、手の甲で口許を押さえた。
「大丈夫だ、誰も居ない‥」
小閻魔は其の長身を屈めて、もう一方の蕾を口に含んだ。
そして舌で転がし、吸い上げ、いやらしく舐め回す。
ちゅくちゅくと云う唾液の音が耳を犯し、ぼたんは両手で口許を覆って声を殺し、背中を駆け上がってくる快感に堪えていた。
やがて小閻魔の右手は、ショーツに潜り込み、二本の指でそっと割れ目を上下に擦り始めた。
「‥濡れているな」
云いながら顔を上げた小閻魔の唾液で艶めく薄い唇が、其れをぺろりと舐めた赤い舌が、ぼたんをぞくぞくと震えさせた。
彼は、美しすぎる。
何処か中性的で、冷たい月の様で、馨り立つ百合の様で、其れで居て脆い。
其の危うさに自分は惹かれているのだと、ぼたんは改めて思った。
背徳的な感情が、小閻魔を煽っていた。
此の場所が神聖な神社の片隅だからか。
誰かが通り掛かるかも知れないと云う臨場感か。
彼女が普段より幼く見えるからか。
兎に角、彼女の此の姿を見て、同じ様に欲情していた輩があちこちに居るかと思うと、我慢ならなかった。
擦り上げている割れ目からは蜜が次々と溢れ、小閻魔の長い指を濡らす。
時折肉芽に指先が触れると、ぼたんは小刻みに体を震わせた。
「‥強情だな、おまえは。
そんなに意固地にされると、余計に啼かせたくなる」
小閻魔はぼたんのショーツのサイドにある紐を片方だけほどくと、ぐちゅぐちゅと音を立てて激しく肉芽を捏ね回した。
「はぁぁん‥っ」
敏感な部分を強く愛撫されて、ぼたんは遂に声を上げた。
肉芽は既に固くなっていて、小閻魔の指に合わせてぬるぬると蜜で滑り左右へ不規則に動き、其れが更なる刺激となる。
ぼたんの白い頬は桃色に上気し、ふっくらとした唇から熱い吐息を洩らし、膝ががくがくと震えている。
鞄が腕からすり抜けて、どさりと足許に落ちた。
とうとう彼女の両腕が己の首に回されたので、小閻魔は満足気に微笑んだ。
「素直になった褒美をやろう」
そう云って小閻魔は己のベルトを外し、ジーンズのジッパーを下ろした。
取り出した一物は勃起して下腹につくほど反り返り、先端は先走りでぬらぬらと濡れて光っていた。
其の様から小閻魔がいつもよりも興奮していることが見てとれて、ぼたんの下半身がきゅうと疼いた。
小閻魔はぼたんの右脚に手を掛けて持ち上げると、己の欲望を彼女の胎内へ挿入し、浅くゆっくりとした律動を与えた。
「あぁ‥‥はぅ、んんっ‥」
お互いの息遣いの中にぼたんの喘ぎ声が混じり出した其の時、樹々の向こうから話し声が聞こえた。
小閻魔は動きを止めて、声がする方の暗闇を見つめた。
小閻魔の様子に気付いたぼたんも、首を捻って同じ方向を見た。
枝々の合間から、枯葉を踏みしめる音が話し声と共に近付いてくる。
どうやら一組の男女のようだ。
ぼたんは寄り掛かっている樹の蔭に身を隠すようにして、俯いて息を潜めた。
こんな処、誰かに見られたら‥
そう思い少し冷静になると、己の身体が飲み込んでいる熱い塊のことも、やけに生々しく感じてきた。
其の感触に、中途半端に焚き付けられていた下半身が、無意識にきゅうと締まった。
すると、彼女の胎内にある肉棒がむくりと反応し、体積を増した。
其の刺激で、また彼女の蜜壷が収縮する。
収縮に合わせる様に、肉棒は太さと固さを増して蜜壷を圧迫し、更なる収縮を誘う。
「‥あまり締め付けるな。
そんなに欲しいのか。
見付かっても知らないぞ」
耳許で小閻魔がそう囁くと、ぼたんの蜜壷がぎゅううっと大きく反応したので、彼はくすりと笑んだ。
「‥なんだ、見られたいのか。
おまえは恥ずかしいのが好きなんだな‥。
では、望み通りに呉れてやろう‥」
小閻魔は女芯への抽送を再開し、じゅぷじゅぷと云う卑猥な音と共に溢れた蜜がぼたんの太ももを伝った。
「あ、やぁ‥、んんぅん‥
駄目、聞こえちゃう‥‥っ、
あはぁん‥」
徐々に勢い付く腰遣いに、ぼたんは弱々しく抗議の声を上げたが、そんなものは無意味だった。
いつもより乱れ、小閻魔の屹立を小刻みにきゅうきゅうと締め付ける蜜壷は、快楽を欲しているようにしか映らない。
「ん、はぁ‥駄目です、あぁん‥
小閻魔様、駄目、なの‥
あん、んぅ‥」
可愛らしく抵抗するぼたんの唇を、小閻魔は己の其れで塞いだ。
小閻魔の舌が、ぬるりとぼたんの口内に割り入り、うごめく。
唾液を流し込み、舌を吸い上げ、絡め、ぬちゃぬちゃと艶かしい音を立てた。
彼は恐れていた。
己が住まう霊界を棄てて、彼女が人間界へ降りてしまうことを。
だから、彼女が必要以上に人間界へ出向くことで、何か物事や誰かに強く興味を抱く様なことが起きないか、常に不安を感じていた。
しかしながら、今の自分には彼女へそんなことを云える資格も無ければ、其の勇気すら無く。
己への苛立ちを昇華するように、彼女の華奢な腰を引き寄せて思い切り突き上げた。
「ぃやぁぁあんっ‥」
余りに心地よい刺激に、ぼたんは唇を離し、嬌声を上げた。
お互いの性器が熱く擦れ合い、快感の波が次々と押し寄せる。
結合部から溢れる、ずちゅずちゅと云ういやらしい水音はどんどん大きくなり、二人の耳に響いて、更なる興奮を呼び起こす。
「ふぁ‥‥小閻魔様っ、
許して‥‥やぁ、
私、もう‥‥っ、あぁん」
熱い吐息が交錯する中、ぼたんの腰は小閻魔の其れに合わせて前後に大きく揺れ動き、彼女が絶頂へ駆け上がり始めていることが分かる。
「‥ああ、いくといい‥」
そう云って彼は小刻みに素早く腰を動かし、ぼたんの内壁を激しく擦り上げた。
そしてぼたんの膣内も、出入りする小閻魔の肉棒を離すまいと、収縮してぐいぐいと締め上げる。
「あ、あ、あ、あ、あ、
いく、小閻魔様、いっちゃうのっ‥‥
っ、くぅぅぅうんっ」
仔犬の様な啼き声を喉から絞り出して、ぼたんの身体ががくがくと痙攣した。
己の絶頂も間近になった小閻魔は、彼女の後を追う様に腰を振り続ける。
やがて彼もぶるりと身体を震わせ、白濁を蜜壷の奥へと注ぎ込んだ。
びくんびくんと肉棒がしゃくりあげ、其の精液を全て吸い上げるように胎内が脈打っているのを、ぼたんは目を瞑りながら感じた。
二人は抱き合ったまま荒い呼吸を繰り返し、しばらくの間繋がったままでいた。
小閻魔が己の一物をゆっくりと抜き、抱えていた彼女の脚を下ろすと、蜜壷からは愛液と白濁が混ざり合った液体がとろりと溢れ、白い太ももを伝った。
結局、途中で聞こえた話し声の主達は手前の小道を曲がって行ったようで、こちらにはやって来なかった。
しかし、いつ誰が通り掛かるか分からない場所には変わりなく、我に返ったぼたんは慌てて身繕いをした。
そして、片脚にぶら下がっていたショーツがぐしょぐしょに濡れ、とても履けるような代物ではなくなっていることに気付いた。
ハイソックスも湿りを帯び、非常に不快である。
仕方なく、雪菜と立ち寄ったコンビニで買ったお菓子が入っていたビニール袋にショーツとソックスを入れ、鞄に押し込んだ。
鞄を小閻魔の胸元にぐいと押し付け、頬を膨らませたぼたんは恨みがましく呟いた。
「‥‥小閻魔様の馬鹿、大馬鹿」
ぷいと先に歩き始めたぼたんの数歩後ろを、小閻魔は鞄と共についていく。
やがて神社の境内を抜ける手前で、ぼたんが立ち止まり振り返った。
彼女の紫水晶のような大きな瞳が、小閻魔の琥珀色の其れを捉えた。
「‥私が存在すべき場所は、霊界だけです。
小閻魔様が必要としてくださる限り、お傍にお仕え致します」
己の心中を見透かしたような其の言葉に、小閻魔は苦笑した。
「‥‥すまないな、不甲斐ない上司で」
「‥全て存じ上げた上で、もう随分と長い間お仕えして居ます」
ぼたんが微笑んで云うので、小閻魔は一つ息を吐いた。
「ああ、そうだったな‥。
じゃあ帰るか、霊界へ」
差し出された彼の手を取って、ぼたんは黙って頷いた。
嗚呼、何処までも続く世界の果てを探して、君の手を引いて行けたら。
何もかも放り投げて、君だけを連れ出せたなら。
穏やかな陽射しの中で、君の隣でゆるやかに目醒める日を、僕は待っている。
「月が馨る」 了