大事なあの子を傷つけたら、あたしが許さない。
年に一度の集まり。
おばあちゃんの命日。
例年と違わず、だだっ広い本堂の大掃除から、今年も始まった。
あの子に会うのは久々だ。
元気にして居たと本人は云うが、あたしには分かる。
本体が少し痩せたし、表情は疲れて見える。
何より匂い立つ女の馨りが、一層増した。
彼女に変化を与えた張本人は、庭で一人、雑巾を片手に煙草を燻らせている。
あたしは庭に降りて彼に近付き、煙草に火を点けた。
「霊界の王子様は、残暑の中で掃除なんか滅法御免かしら」
あたしがそう声を掛けると、彼はくっと笑った。
「其処まで薄情だと思われるのは心外だな。
小休止だ」
「ふふん‥。
‥ねぇ、あの子、痩せたじゃない。
あまりこき遣わないでよ」
あたしの科白を聞いて、彼は薄い唇からふっと煙を吐き出す。
「‥ぼたんに何か云われたか」
「‥別に、云われていないけれど。
堪えられないのよ、あたしが」
あたしがはっきりと云い切ると、彼は肩を竦めた。
「幽助よりも手強い保護者だな」
「ねぇ、あたしが前に云ったこと、覚えているでしょう。
此の場で、もう一度云うわ。
あの子を傷つけないで。
絶対に」
あたしの強い口調に、彼は暫しの間、此方を無言で見つめていた。
二筋の白煙が、ゆらゆらとあたし達の間を漂う。
「静流さん、そろそろお昼ご飯の支度を始めるけれど」
割って入ってきたのは、あの子の声だった。
振り返ると、首を傾げてこちらを窺っている。
猫のように大きな瞳が愛らしい。
あたしがさっき、サイドに結ってあげた髪が、さらさらと風に靡いている。
「‥もうそんな時間か。
じゃあ、やろうか」
あたしの返事を聞き、彼女は頷いた。
「小閻魔様、準備が出来たらお呼びしますね」
彼女に声を掛けられて、彼は微笑んだ。
「行こう」
あたしは彼女の手を引いて、庭を後にした。
明け方にふと目を醒ますと、隣の布団で寝ていた筈のあの子が居ない。
身体を起こして室内を見回したが、他の二人は穏やかな寝息を立てている。
暫く様子を窺ってみたが、彼女が戻って来る気配は無い。
あたしはいつから、あの子にこんなに執着しているんだっけ。
最初は、良く笑い、感情表現が豊かな子だと思った。
付き合いが深まるにつれて、妹みたいで可愛らしいと愛着が沸いた。
いつしか、其の笑顔の裏には幾重にも隠された感情があることを知り、特別気に掛けるようになった。
純粋な心配は、やがて嫉妬へと変化する。
彼女の感情を大きく左右しているのは、上司である彼なのだと気付いたから。
あの子に訊いても、濁してはっきりとは答えなかった。
彼も、のらりくらりと適当にかわすばかり。
あの子が哀しむようなことをしないで。
あの子を苦しめないで。
あの子に触れるなら、ちゃんと愛して。
あの子を愛しているなら、ちゃんと示して。
彼よりも誰よりも、此のあたしが、彼女のことを一番理解しているのだ。
あたしは布団から抜け出して、そっと襖を開けた。
長く左右に伸びる廊下には、彼女の姿は見えない。
薄暗い廊下を抜け、下駄を突っ掛けて、砂利道を宛てもなく歩く。
外は風も無く、湿った空気が肌に纏わりついてくる。
全くの静寂が、妙にあたしの胸をざわつかせた。
遠くに見える経蔵の飾り窓から、ぼんやりと灯りが洩れている。
あたしは吸い寄せられる様に経蔵へと近付いた。
そして、飾り窓の向こう、連なる書棚の隙間から、あの子の白い肌が見えた。
彼女は書棚に手を添えて俯き加減に立ち、彼に其の丸い尻を向けていた。
彼は突き出された彼女の細い腰に手を添えて、己の下半身を打ち付けている。
彼女の秘部に彼の屹立がゆっくりと出入りし、いやらしい水音が溢れていた。
結合部は二人の体液でぬらぬらと光り、非常に淫らだ。
液体は更に彼女の白い太ももを伝い、まるで失禁したかのよう。
此方から彼女の表情は良く見えないが、室内には色を帯びた声が響いている。
時折、彼の右手が彼女の下腹部へと動く。
花芯を刺激しているのだろう。
彼が手を動かす度に彼女の体がびくんと跳ね、嬌声が上がる。
二人の交わりを見て、あたしは興奮していた。
あの子が、あんなに可愛い声を出して悶えている。
白く華奢な躯が揺さぶられ、快感に震えている。
上司から与えられる快楽に堪えきれず、一所懸命に赦しを請うて啼いている。
なんて愛らしいのだろう。
ぞくぞくする。
余りの刺激に、あたしは大きく身震いをした。
其れと同時に、彼に対する更なる嫉妬心にも火が点る。
あたしが見たことのない、彼女の痴態。
あたしが知らない処で、彼はどれだけ其の姿を見たのだろう。
彼が独り占めしてきた、誰も見たことがない、最も可愛らしく、いやらしい彼女。
やがて一際高い声と共に、彼女の躯ががくがくと小刻みに揺れ、膝から崩れそうになる。
彼が左手で彼女の細い腕を引くと、悲鳴のような喘ぎ声が上がった。
腕を引かれたことにより二人の躯が密着し、挿入が深くなったようだ。
彼は右腕で彼女の腰を支えつつ、花芯を刺激し続けている。
彼女は最早、気持ち良いと云う事以外は何も考えられないようで、あられもない声をただただ上げていた。
彼女のたわわな乳房が、背後からの律動に合わせてぷるんぷるんと揺れている。
皆で大浴場に入った際に見たが、其れらは彼女の華奢な躯には不釣り合いな豊かさで、両の頂には桜色の蕾が付いていた。
あの蕾を押して、捏ねて、捻って、爪で引っ掻いたら、どんな声で啼いてくれるのだろう。
そう考えると、あたしの下半身が疼いた。
彼女は二度目の絶頂に差し掛かったようだ。
先程よりも大きな声で、彼に絶頂が近いことを訴えている。
室内に響き渡る喘ぎ声は一層可愛らしいものとなり、卑猥な単語が彼女の唇から次々と飛び出したので、あたしの嗜虐心は益々刺激された。
絶頂に達する際はいやらしくおねだりするよう、彼に調教されたのだろうか。
もっと下品なことを、あの可愛らしい唇から云わせたい。
彼は腰遣いを早め、円を描くように彼女の密壷を攻め立てる。
暫くして彼女は、彼を呼びながら絶頂を迎え、其の少し後に彼も吐精したらしい。
彼女の躯を後ろから抱き込み、呼吸を整えていた。
彼女の胎内から彼が一物を抜き取ると、結合部から白濁が溢れ出た。
彼女は首を捻って其の様を見届けて、彼の方を向いて跪き、徐に彼の肉棒を口に含んだ。
白くふっくらとした頬が桃色に染まり、大きな瞳は潤んでいる。
可愛らしく悲鳴を上げ、卑猥な単語を紡いだ魅惑的な唇が、彼の肉棒を扱き、赤い舌で先端を刺激する。
其の様から、あたしは思わず窓から視線を逸らした。
彼女が彼に啼かされている姿にはあんなに興奮したのに、彼女が彼に奉仕している姿は見たくないと思った。
一気に躯の熱が冷めたので、あたしは来た道を戻った。
部屋に帰ると、室内の二人は変わらず良く眠っていた。
布団に戻り、どれ程の時間が経っただろう。
廊下が軋む音が近付いて来たので、あたしは瞳を閉じて襖に背を向けた。
静かに襖が開き、畳を歩く音と石鹸の馨りが足許を通り、隣の布団に入る衣擦れの音がした。
いつしか隣から規則正しい寝息が聞こえてきたので、漸くあたしは瞼を開いた。
身を起こして、彼女の顔を覗き込んでみる。
長い睫毛は伏せられ、先程彼の一物をしゃぶっていた唇は薄く開き、呼吸を繰り返している。
あたしは手を伸ばし、そっと彼女の頬に触れた。
「‥‥あたしが守るから」
あなたに降り注ぐ、哀しみの雨からも。
あなたに吹き付ける、邪な嵐からも。
あなたににじり寄る、残酷な影からも。
あなたを苦しめる総てのものから、あたしが守る。
「おやすみ‥‥」
小さく呟いて、あたしは布団を被った。
***************
翌朝、彼女は何事もなかったようにあたしに笑いかけた。
彼と交わる姿をあたしが見ていたなんで、思ってもいないのだろう。
彼にひたすら蹂躙され、よがり声を上げていた姿を。
彼しか知らなかった其の痴態を、あたしも知った。
あんなに可愛いなんて。
あんなに淫乱に仕込まれているなんて。
思い出すだけで、あたしの下半身を刺激する。
あたしがこんなに卑猥な妄想をしながら談笑しているなんて、考えつきさえしないだろう。
彼女に対する其の背徳感がまた、堪らないのだ。
朝食を済ませて一服していると、彼が煙草を手にやって来た。
あたしの近くで煙草に火を点け、静かに煙を吐き出す。
あたしは改めて彼の姿を眺めた。
昨晩見た彼の躯は、想像していたより逞しかった。
ひょろひょろの御坊っちゃまだと思っていたのに、男らしく筋肉がついていた。
何より、其の人間離れした美貌だ。
凛とした美しい顔立ち。
「‥‥じろじろ見るな。
云いたいことでも在るのか」
彼の言葉に、はっとなったあたしは、煙を吐き出しながら視線を逸らした。
「別に、見ていないわよ」
あたしの返答を聞いて、彼はくくっと笑った。
「‥昨晩の事を訊かれるかと思ったが。
覗きとは、お前も変わった趣味の持ち主だな」
あたしは視線を上げた。
挑発するような表情で、彼は此方を見ている。
あたしが口を開こうとした、其の時。
「‥小閻魔様と静流さんて、仲が良いんですね。
また一緒に一服してる」
あの子の声が割って入った。
彼は素早く煙草を揉み消し、彼女の肩を抱いた。
「暑くなる前に、買い出しでも行くか。
今夜も宴会だろう」
そう云って彼が促すと、彼女はにっこりと笑って頷いた。
「そうですね。
じゃあ静流さん、ちょっと行ってくるね」
彼女はあっさりと彼に連れ去られた。
二人の背中を半ば茫然と見つめていると、彼が此方を振り返ってにやりと笑んだ。
憎たらしいこと、この上無い。
あたしは煙草を灰皿にぎゅっと押し付けて、地団駄を踏んだ。
あなたに降り注ぐ、哀しみの雨からも。
あなたに吹き付ける、邪な嵐からも。
あなたににじり寄る、残酷な影からも。
あなたを苦しめる総てのものから、あたしが守る。
あなたを傷つけるものは、絶対に許さない。
あたしがあなたを守る。
「闇に咲く」了