何故こんな事になったのだろう。
小閻魔様がシャワーを浴びている音が聞こえる。
備え付けのバスローブに身を包み、洗面所で髪を乾かしながら、私は目まぐるしく駆け抜けた今夜の出来事を思い返した。
霊界での仕事を終えて、小閻魔様と一緒に人間界へ降り立った。
幽助が螢子ちゃんと夜の海を見に行くと云うので、誘われるがままについてきた。
四人で浜辺を一頻り散策して、終電で帰ろうと駅へ向かう途中、土砂降りの雨に見舞われた。
ずぶ濡れになった躯は完全に冷え切って、あまりの寒さに堪えきれず、目の前に現れたラブホテルへ四人で飛び込んだ。
場所が場所だけに、私は小閻魔様と同室で。
小閻魔様がバスルームを先に譲ってくれたので、私は熱いシャワーを浴びた。
出てきた私と入れ替わりに小閻魔様がシャワーを浴び、私は洗面所で髪を乾かしている。
がちゃりとバスルームの扉が開き、バスローブ姿の小閻魔様がタオルで髪を拭いながら出て来た。
「ぼたん、寒くないか。
バスタブに湯を貯めるから、後で改めて入るといい」
「有難うございます。
あ、ドライヤー、どうぞ‥」
私は彼にドライヤーを渡すと、洗面所を出てベッドへと腰掛けた。
ドライヤーの音が室内に響く中、私の鼓動も大きな音を立てていた。
こんな嵐の夜に甦るのは、あの忌まわしい記憶。
冥界の王により審判の門が濁流に飲み込まれ、みるみる内に霊界が水没した。
まだ私の頭に鮮明に残る、恐ろしい出来事。
心臓はどくんどくんと其の存在を主張し、息苦しささえ憶える。
震える手を握りしめて、私は大きく息を吐いた。
「外はまだ、だいぶ荒れているな。
海が唸っている」
背後から低い声が響いて、驚いた私の躯はびくりと跳ねた。
彼はベッドに腰を下ろして足を投げ出し、窓を見つめた。
激しく打ち付ける雨が、窓硝子を曇らせている。
真っ暗な海は窓から良く見えないが、轟轟と云う風の音と共に、荒れ狂う波の音が響いてくる。
私は窓から視線を戻し、小閻魔様の後ろ姿を見つめた。
すらりとした長身。
さらさらの栗毛。
長い手足。
見目麗しいとは、まさに彼の為に在るような言葉だ。
案内人の中にも、彼に憧れている子はごまんと居る。
ましてや、霊界の御世継ぎ様。
名だたる有力者や名家の御令嬢様との縁談も、ひっきりなしと聞く。
私は俯いた。
そんな彼は、あの日、私に冥界玉を預けた。
沈みゆく霊界で、彼は何を思っただろう。
どんな思いで、私に全てを賭けたのだろう。
彼は私の前では一度も、あの時の事を口にしないけれど。
おい、と云う声と共に、右手をぐいと引かれたので、私は驚いて顔を上げた。
「きゃ、何ですか。
そんな大声を出さなくても、」
「何度も呼んだ。
‥おまえ、さっきから変だぞ」
私の言葉を途中で遮って、小閻魔様は私の顔を覗き込んできた。
「具合が悪いのか」
琥珀色の瞳が心配そうに、真っ直ぐに私を見つめているので、首を振った。
「そんな事はありません。
体調は大丈夫です」
「‥‥おまえは嘘つきだな」
私の返答に対して、小閻魔様は眉を寄せた。
そして、そっと抱き寄せられる。
「震えている癖に」
小閻魔様の肩越しに、真っ暗な闇が見える。
雨は勢いを増して、黒い布を切り裂くように閃光が走り、雷鳴が響き渡る。
あの日、私はこの漆黒の中を。
小閻魔様を残して。
私だけが、一人。
ひどい悪夢のような霊界から、抜け出したのだ。
皆を置いて。
私だけ。
無意識に躯が痙攣し、手足の指先まで急速に冷えていくのが分かった。
震えを止めることが出来ない。
頭の中を、どくん、どくんと大きな音が脈打つ。
早まる鼓動が耳障りだ。
ごくりと唾を飲み込むと、其の音すら室内に響いたような気がした。
其の時、落雷の大音量が轟き、辺りは真っ暗になった。
響き渡る衝撃音に弾かれるように、自分の躯が跳ね上がるのが分かった。
室内の非常灯がぼんやりと点る。
橙の薄明かりの中、小閻魔様がぽつりと云った。
「‥すまない。
辛い思いをさせて」
彼は其のまま、震える私を抱き締める腕に力を込めた。
「あんな日はもう二度と来ない。
大丈夫だ、もう怖がることはない‥」
優しい彼の言葉に、私の両の瞳から泪が零れた。
室内に灯が戻っても、私の震えが治まる迄、小閻魔様は背中を撫でてくれた。
「有難うございました‥」
私がそっと躯を離すと、小閻魔様は暫しの間、無言で私を見つめていたが、やがてこう告げた。
「‥嵐の夜の記憶を、上書きするか」
視線を上げると、彼は優しく、けれど哀しそうな瞳で私を見ていた。
小閻魔様が云わんとする意味は、すぐに理解した。
其れと同時に、私の心臓は再びどくりと大きな音を立て、早鐘を鳴らす。
彼を見つめ返したまま答えられずに居ると、其の手が私の頬に触れた。
「‥沈黙は、肯定と捉えるぞ」
更に私が黙っていたので、小閻魔様は私の唇にそっと口付けた。
触れ合う唇から、甘い痺れが広がる。
優しい口付けは次第に深いものへと変わり、小閻魔様の舌が私の其れに絡む。
「ん‥‥」
私の躯は静かにベッドへと押し倒され、小閻魔様の大きな手が私の手を包んだ。
しっかりと絡めた手が、熱い。
まるで全身が心臓になったかの様で、頬に血の気が集中していくのが分かる。
触れている箇所から、此の拍動が伝わってしまうのではないかと思う程に。
「‥はぁ‥‥」
小閻魔様の唇が首元へと動いたので、私は呼吸を整えた。
ぺろりと首筋を舐め上げられ、躯が反応する。
小閻魔様は空いた手で私のバスローブを開いてゆき、露わになった肌に次々と唇を押し付ける。
臍まで唇が下りてきた時、彼は身を起こしてバスローブを脱いだ。
「‥‥ぼたん‥」
私を見下ろす小閻魔様の表情は、私にはとても複雑なものに見えた。
同情から私を抱いているのか。
憐れんでいるのか。
彼の心情は読み取れなかった。
「そんなに見ないでください‥。
恥ずかしいです、から‥」
哀しみが込み上げて来て、私は両手で顔を覆った。
しかし其の手は直ぐに外され、私の両腕は小閻魔様の首に回された。
「‥儂を見ろ。
何も考えるな。
ただ身を任せれば良い」
小閻魔様はそう云って、私の髪を撫で、額に口付けた。
どの位の時間、こうして居るのだろう。
既に二度の絶頂に達した私は、ぼんやりとした頭でそんな事を思った。
室温は上昇し、私の頬を伝っているのは汗なのか涙なのか、其れすら今の私には分からない。
聞こえるのは、自分の息遣いと色を含んだ声、小閻魔様の舌が生み出す、ぴちゃぴちゃという水音。
私は両膝の裏に手を入れ、下半身からもたらされる快感に溺れていた。
小閻魔様の舌が小陰唇を舐め上げ、膣口をなぞる。
既に絶頂を迎えた其処は、ひくひくと動き更なる刺激を求めている。
「あ、はぁ‥‥ふっ‥
んん‥っ」
小閻魔様の舌の動きに合わせて、私の唇から喘ぎが洩れ、躯が小刻みに震える。
くちゅくちゅと云う音と共に、彼の舌は膣内へと入り込み、内壁を刺激する。
「‥ひ‥あぁ、ふぁ‥‥」
私は頭を振り、じわじわと下半身から背中へと昇ってくる快感に堪える。
びくんびくんと腰が跳ね、愛液と唾液が混ざった液体が、尻まで伝っている。
小閻魔様の唇が、私の敏感な蕾を捉えたので、私は思わず嬌声を上げた。
「っやぁぁああぁん」
蕾は柔らかな唇で挟まれ、ぱくぱくと啄まれたり、ちゅうちゅうと吸い上げられたりしている。
あまりの快感に、私の全身が戦慄いた。
「小閻魔様、あ、もう‥‥、
許してくださいっ‥。
も、駄目‥‥っ」
私が下半身をがくがくと揺らしながら懇願しても、小閻魔様は秘所への愛撫をやめなかった。
小閻魔様の指が、肉芽の包皮をそっと剥いた。
「あぅ‥、小閻魔、様、
其処はっ‥」
私の制止を無視して、包皮から顔を出した紅い真珠を、彼は舌で転がした。
「あ、はぁぁあんっ‥
ひ、ん‥っ、あ、あ、あっ」
敏感過ぎる其処を生温い舌で直に舐め上げられ、あまりの刺激に私の頭の中で火花が散った。
もう、何も考えられない。
気持ち良いと云う単語しか、浮かばない。
もっとして欲しいけれど、これ以上されたらおかしくなってしまいそう。
私の秘所から蜜が次々と溢れているのが、自分でも分かる。
小閻魔様が、其れをじゅるじゅると啜る音が聞こえる。
頭の中が、白く霞んでゆく。
「あ、小閻魔様っ‥‥
もう、ぁふ、無理です‥っ、
いっちゃう、またいっちゃう、
‥っく、‥ひぃぃんんっ‥‥」
喉の奥から声を絞り出して、私は三度目の絶頂を迎えた。
全身の力が抜け、両脚を支えていた腕がぱたりとベッドに落ち、支えを失った脚も其のまま倒れた。
秘所からどろりと蜜が溢れる感覚。
私は瞳を閉じ、全身で浅く早い呼吸を繰り返していた。
ゆっくりと瞼を開くと、躯を起こして口許を手で拭っている小閻魔様と目が合った。
彼は微笑み、私の隣に横たわると、優しい手付きで私の髪を撫でた。
まだ云うことをきかない躯をどうにか捩り、私は彼の胸に擦り寄った。
「‥小閻魔様‥‥
このまま、抱いてください‥」
私が紡いだ言葉に、小閻魔様は少し目を見開いた。
気恥ずかしかったので、私は視線を外して続けた。
「‥‥あの恐ろしい夜を、忘れられそうだから‥」
「‥‥ぼたん‥」
小閻魔様の手が、私の髪から頬へと静かに滑ってきたから、私は瞳を閉じた。
小閻魔様は、とても丁寧に私を抱いてくれた。
私の躯を気遣い、優しく、ゆっくりと。
私の秘所を擦り上げる彼の剛直が、私に新たな快感をもたらす。
「あ、気持ち良い‥っ
小閻魔様、すごく気持ち良いっ‥‥
あぁん、」
彼の頭を抱きながら、私は声を上げた。
「儂も、いいぞ‥、
ぼたん‥‥っ」
小閻魔様の声を、息遣いを耳許で聞きながら、融けそうだと私は思った。
いっその事、此のまま融けて彼とひとつになってしまいたい。
絡み合う性器が熱を帯びて、じんじんと疼く。
抽送が繰り返されるたびに、お互いの粘膜がぬちゃぬちゃと卑猥な音を立て、粘液が滴る。
下半身からぞくぞくと背中を駆け上がる快感と共に、頭の中で再び光が点滅し始めた。
膣が激しく収縮して、小閻魔様の屹立をぎゅうぎゅうと締め上げているのが分かる。
「あ、また‥っ
また、あん、あ、いっちゃうぅぅんっ」
どくどくと胎内に熱い液体が注ぎ込まれるのを感じながら、私は意識を手放した。
***************
瞼を開くと、見慣れない天井が暗闇に浮かび上がった。
そうだ、幽助達と海で雨に降られて、途中の‥。
私はぼんやりとする頭で、記憶を手繰り寄せた。
私の躯は綺麗に拭き清められ、バスローブを羽織った上に丁寧に布団が掛けられている。
其の同じ布団の中に、小閻魔様が眠っている。
私は彼の寝顔を見つめた。
長い睫。
通った鼻筋。
形の整った唇。
きめの細かい肌。
誰もが見とれる、其の美貌。
彼はきっと、慈悲の心から私を抱いたのだろう。
悪夢に囚われている私から、其の枷を取り去る為に。
私がいつ迄も取り憑かれているのは、自分の所為だと。
嵐の夜は、もう怖くない。
私は夢現で、今夜の出来事は全て、嵐が創り上げた幻なのだと思った。
朝になって目を醒ませば、砂の様に掌からさらさらと零れていくに違いない。
私は小閻魔様の手をそっと握り、再び眠りへと堕ちていった。
ゆらゆらと揺れる水面の奥深くへと。
私は沈んでゆく。
窓の外では、未だ嵐が吹き荒れている。
「人魚」了