広く薄暗い室内で、ベッドのスプリングがギシギシと軋む音が響く。  
そのリズムに合わせ、荒い吐息――男女の、声。  
絡まり合う水音が卑猥な音色を奏で、密事の濃密さを物語る。  
そして、息を弾ませながらも、どこか楽しげで悪戯染みた女の声が、  
男の焦燥を煽る。  
 
「…やっぱり、っ…、まだまだ、ガキだなぁ、お前…」  
「っ、貴様…っ、後で、殺してやる…!」  
 
艶かしい情交とは不釣合いの、物騒な科白が男の口から紡がれた。  
女は、そんな男をさも面白そうに見下ろしながら、艶を湛えた笑みを浮かべる。  
半身は痛々しく爛れた火傷を負い、腕は肩から肘、足も腿から膝に掛けてを、  
機械仕掛けで繋ぎながらも、その火傷部以外の女の肢体は白く、柔らかく、滑らかな肌に  
しっとりと玉の汗が伝っていた。  
無傷の部分だけを見れば、その女の身体は極めて女らしく、美しい、理想的な  
身体と言えるだろう。  
そして、下半身の――男を咥え込む、その女陰までもが――  
 
「ぐ…っ、ぁ…!っ、手を、離せっ…!」  
男は、女から与えられるあまりの快感に呑まれまいと、必死に抗い続けていた。  
自分の上に馬乗りになり、自分を押さえ込む女に悪態を突きながら、  
精一杯に理性を保っている。  
そうでもしないと、負けてしまいそうだった。  
女の熱く狭い胎内の、男の全てを搾り取ろうとする貪欲な肉襞の蠢きに、  
僅かにでも気を抜けば、たちまち精を奪われてしまうだろう。  
それ程に、女の中は、魅惑的な官能を男に伝えていた。  
(畜生…っ、これ、くらいで…っ…!)  
男は、意識を奮い立たせて、その女の甘美ないざないを拒み続けていた。  
女の秘裂は硬く隆起した男のものをずっぽりと根元まで咥え込み、  
止め処なく溢れる淫液は生々しく男に絡み、糸を引いて。  
先端が子宮の奥に届くと、女はふる、と身体を震わせ、心地よさに艶めいた声を漏らした。  
 
「あ…っ…ふ、う……飛影…」  
女は男の名を呼びながら、腰をくねらすように揺らし、陰核を男の肌に  
擦りつけながら自らも官能を味わう。  
その度に女の中が淫らに締まり、男はぎり、と歯を食いしばって射精感を堪えた。  
痛みには慣れていても、まだまだこの手の快楽には不慣れな、  
まだ青年と呼ばれる年に達したばかりの男には、これは最早拷問に近い。  
「っ、せ、めて、手を退けろ…、躯っ…!」  
女の名を忌々しく呼びながら、自由にならぬ掌をぐ、と握り締める。  
女は自分の胎の中で更に硬く大きく強張る男自身に、男に限界が  
近づきつつある事を悟る。  
「あ…、また…大きくなったぞ…飛影。……イきたいんだろ…?出せよ…俺の中で…」  
女は男の手首を押さえていた手を離し、自らの尻へと指先を運び、  
男と深く結合した部分から収まり切らなかった男の根元までを愛しげに撫ぜる。  
「――っ!だ、誰、が…っ…!」  
男はそれでも尚意地を張り続けた。  
相変わらずの態度の男を、女は愛しげに見詰めた後、  
くすくすと笑いながら、男を束縛していたもう片方の手を退けてやる事にした。  
気が変わったのだ。  
このままこの天邪鬼な男を攻め尽し、快楽に陥落させるのも一興だが、  
自らの女の部分が、この男に攻められてみたい、とそう囁きかけてくる。  
「仕方ないなあ。全く素直じゃない奴だ。だったら、今度はお前が上になるか?  
俺が欲しいだろ、飛影。全部、お前のものにしていい…。ほら…」  
「な…!?」  
女は、男の手を取り、自らの乳房へと導く。  
柔らかな感覚が掌に触れ、男は俄かに頭に血が上る。  
次の瞬間、男は女と繋がったまま、勢いよく女を押し倒していた。  
今度は、先程と全く逆の体勢になる。  
「あっ…、ん、お前、急に動くなよ…!ちょっと、痛かったぞ…」  
男が女を組み敷いた瞬間、男の先端が女の膣壁を強く圧迫し、  
女は微かに苦痛に眉を顰めた。  
 
「さっきまで…散々人を好き放題にしてくれておきながら、よく言いやがる…。  
俺は、貴様の玩具じゃねぇ…!」  
『玩具』――その男の科白に、女は、ふ、と寂しげに笑んだ。  
忘れたくても忘れられぬ過去が、走馬灯のように女の脳裏を掠めたのだ。  
男は、女の様子が変わったことに気付き、瞬時にしまった、と後悔した。が。  
 
「勿論……お前は俺の玩具なんかじゃない……俺の、『男』になって欲しい。  
俺も、お前の『女』になろう。まばゆき一瞬の儚ささえも感じさせぬ程に…俺を――」  
 
――強く、抱いてくれ――と。  
 
女は男をそう挑発した。  
男は、妖艶に微笑む女に、ぞくぞくと背に新たな欲望がせり上がる。  
そして――  
「――っ、あ、あぁ…アッ、ぅ、飛影っ…!」  
「っは、…望む、ところだ…!いく、ぞ…」  
男は、女の白い首筋に噛み付きながら、低く囁いた。  
その衝動のままに、女の身体を揺らし、奥の奥まで自身の先端を突き立て、  
膣壁を擦り上げる。  
ぬちゅ、ぐちゅ、と厭らしく互いの体液が混ざり合う音が、情動を更に駆り立てていく。  
女の望むまま――男はひたすらに、女を犯すように強く、激しく掻き抱いて、  
女の最も奥深くに、己の精を解き放った。  
――それでも、尚も燻り続ける欲のままに、執拗に互いの性器を擦り合わせ、  
身悶える女の身体を幾度も幾度も求め続けた。  
ぼたぼたと結合部から流れ零れる白濁が、女の腿を幾重にも伝う。  
 
過ぎ行く時を忘れる程に――その刹那の儚ささえも忘れる程に、深く。  
 
 
*****  
 
 
『図体はでかくなっても、やっぱりガキだなぁお前は。』  
きっかけは、女のそんな一言だった。  
小柄な少年から、青年の身体に成長した男に、女はからかいを含んだ  
笑みを浮かべ、そう言い放ったのだ。  
男は、突然子供扱いされた事に、妙な苛立ちを感じていた。  
そもそも、今の今まで、女にガキだと言われた事も無かった男にとって、  
先程の女の科白は、今まで自分の事をガキだと思っていたのか、と  
心外でもあり、ましてすっかり大人の身体に成長した自分の姿を見て、  
今更ながら子供扱いとは――と、男は女の科白に些か矛盾を覚えていた。  
一体、何を――そう男が苛立ちながら問うと、女は単純明快に、答えてきた。  
『お前は、まだ女を抱いた事がないだろう?』――と。  
男は、ぐらり、と眩暈を感じた。  
まさか、そう来るとは。  
確かに、女を抱いた事は無い。  
しかし、そんな事で子供扱いとは、男にとってはあまりに理不尽に思えた。  
そんな男に、女は挑発を続けた。  
『大人になりたければ、女を抱け』  
『何なら、俺がお前を一人前の男にしてやろうか』――と。  
男は、そんな女の一言一言に頭が真っ白になり、気が付けばずるずると  
女に流されるままに――妙な悔しさを心に抱え込みながら、女と身体を重ねていた。  
 
「――悦かったか?飛影」  
女が魔性の笑みを浮かべ、桃色の秘裂から止め処無く溢れる白いぬめりを指先で掬い、  
ぺろりと舐め取りながら男に問う。  
この上無く淫らで妖艶な雰囲気を醸し出しながらも、女の汚れない美しさと、  
天性に備わった品位は、全く損なわれていない事に、男は不思議な感覚に陥った。  
よかったか、と聞かれ、男はどう答えればよいのかわからなかった。  
いいか、悪いかで聞かれれば、前者である事は認めざるを得ない。  
まさか、自分にもこんな一面があったとは。  
だが、それを素直に認めるのは妙に悔しい。  
女に、最初に子供扱いされた事を、未だに引き摺っている自分がいた。  
「ふん。知るか…」  
男は、敢えて女と目を合わさずに、女を冷たくそうあしらう。  
女は、そんな男の態度に、またくすくすとさも面白そうに笑いながら。  
 
「――やっぱりガキだなぁ、お前は」  
 
男は、ち、と舌打ちしながら、それでも今度は否定はしなかった。  
否定出来る筈がない。  
情けないが、男は認めざるを得なかったのだ。  
女に比べて、己がどれ程に子供であるのかを。  
けれど。  
いつかは、追いついてやる――男は、そう決意したのだった。  
男は、隣でだるそうにしながら再びベッドに仰向けで寝転がる女に、  
――それは、女にとっては不意打ちであり、動揺を見せる事が無かった女が、  
頬を紅く染め、初めて微かながらの動揺をその表情に滲ませたのだった。  
「――っ…!」  
男は、女のその唇に、自らのそれを重ねていた。  
触れるだけの稚拙なものから、徐々に、舌を絡ませ合い、深く口腔を貪る口付けに  
変わっていくのに、さして時間は掛からなかった。  
 
女の唇からは、自らの放った白濁の味がした。  
ぴり…とほろ苦いその味は、微かに、――しかし確かな、大人のそれを物語っていた。  
 
 
――終――  
 
 
 

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