晴れた2月の午後、雪菜と静流は喫茶店で一息ついている。  
バレンタインを明日に控えて、駆け込みでさまざまなチョコレートを吟味する女性達があちこちで見られ、  
雪菜もそのうちの1人で、仕事に行くまで時間があるという静流がつきあってくれて買い物をすませたところだった。  
もっと早く知ってたら手作りできたのにな…と思いながらも、可愛らしいチョコレートを眺めて選ぶ作業はとても楽しかった。  
テレビや店などでしきりにバレンタインという文字が目に入り不思議に思っていたが、どういう意味なのか静流に聞くまでわからなかったのだ。  
 
「しっかし…、ねぇ雪菜ちゃん、今更だけどウチのアレでほんとにいいのかい?」  
 
和真が雪菜に想いを打ち明けて、彼女と奇跡的に通じ合ってから1ヶ月がたとうとしていた。  
ふたりがつきあいだしたことを知った周りは驚愕・祝福とが混ざり合ったような反応だったが、特に驚いていたのが静流だ。  
頬杖をついて、質問と裏腹にやさしい目をして自分を見る静流。  
雪菜は最初なんのことかわからずに小さく首を傾げたが、  
すぐに和真のことかと思い当たり、頬を染めてうつむいた。  
 
「あはは。でも、ありがとうね。ってアタシが言うのもヘンだけどさ…  
バカな弟だけど、あいつ雪菜ちゃんに対してだけは誠実だから。  
しょーもないヤツだけど、相手してやってね。  
雪菜ちゃんにひどいことしたらアタシがシメてやるからさ」  
 
静流は、赤くなった雪菜を見て笑いながら言う。  
 
「そっ、そんな、ひどいことなんて…」  
 
雪菜はあわててかぶりを振った。  
傍らの小さな紙袋には、ひと目見て気に入った可愛らしいチョコレートが数個。  
好きな男性に渡すものらしいけど、いつもお世話になっている桑原家の全員にあげようと思って買ったもの。  
しかし、和真にあげるものは少しだけ大きめのものを選んだ。彼は甘いものが好きだから。  
 
「…でも、和真さん、アルバイトというのを始めてからずっと帰りが遅くて…  
なんだか最近疲れてるみたいで、少し心配なんです。  
朝御飯も食べずに出て行ってしまうこともありますし…」  
 
「淋しい?」  
 
雪菜を覗きこむように、静流は少しからかい混じりに聞く。  
――――淋しい?  
雪菜は静流の言葉を心の中で反駁する。  
そうだ。淋しい。  
自分でもこの気持ちをどういえばよいのかわからなかった。  
パズルのピースがぴたりとはまったような気がして、雪菜は顔をあげる。  
 
「大丈夫よ、短期のバイトだっていうし。まあ、慣れないことして疲れてんじゃない?  
バカなりにタフなのは、鍛えてやったアタシが保証するよ」  
 
雪菜は、なんだか自分が急にわがままになった気がして、申し訳ない気持ちになった。  
和真が頑張って働いているのに、それで自分のそばにいないからといって淋しいと感じるなんて。  
以前はこんなことはなかった。  
 
 
幼かった雪菜は、恋というものを最近になって少しずつわかってきている。  
わかってきたというよりも実感しているというのが正しいだろう。  
和真に好きだと言われて、彼の真剣な気持ちがとても嬉しかった。  
彼に抱かれて、幸せを感じた。  
 
しかしそれまでの雪菜は、それが和真に対する気持ち―――  
恋という自覚がほとんどなかったというのが正直なところだった。  
幼い彼女は、和真を好きな気持ちはあれど、それが彼だけに対する特別なものだとは自分でも気付かずにいた。  
 
1ヶ月前のあの日から、雪菜は和真を「男」として強く意識するようになった。  
近くに彼がいればドキドキし、いつもある姿が見えないとそわそわして自然と彼を探してしまう。  
家族に隠れるように、照れながらも時折自分をぎゅっと抱きしめてくれる和真に、雪菜は膝が震えるくらい緊張する。  
 
それは紛れもない恋で、雪菜はそんな自分の変化に少し戸惑っていた。  
 
 
***********  
 
 
仕事に向かう静流と別れて帰途につく。  
ひとりで大丈夫かと静流は心配したが、雪菜は笑顔で手を振った。  
人間界の生活にも慣れて、切符の買い方も、電車の乗り方だってちゃんと覚えた。  
ひとりで電車に乗るのは初めてだが、降りる駅を間違えなければ大丈夫。  
そう思いつつも、やはり少し緊張しながら人混みに流されるように雪菜は電車に乗り込んだ。  
 
(すごい、こんなに混むなんて…)  
 
運の悪いことに、帰宅時間と事故が重なったらしい。  
雪菜の小さな体はドアに押し付けられて、窒息しそうになる。  
それでも、胸に抱えた小さな紙袋だけは潰されないように注意した。  
いつも、和真や静流たちはこんな電車に乗ってるのだろうか。  
そう思うと、自分がひどく甘ったれな気がして恥ずかしくなる。  
以前、飛影に言われたことを思い出す。  
 
「甘ったれるな」  
 
本当にそうだ。  
ぼんやりと目の前に流れる風景を見ながら雪菜は思った。  
春が近いとはいえまだまだ日暮れは早く、遠くに見えるマンションや鉄塔に明かりが灯っているのを見ると、  
いつも胸がいっぱいになって苦しくなる。あの灯りのもとに、みんな帰っていく。  
そう思うと、雪菜は泣きたくなる。  
 
帰れる場所があるというのは、幸せだ。  
 
故郷を捨てた自分が、そんな気持ちになるのはおかしいかもしれないけれど。  
表立って言葉にすることはなんだか図々しい気がしてはばかられるが、  
桑原家は、雪菜にとって本当に安心できる、帰れる場所だった。  
今夜はみんな遅くなると言ってたので、夕飯のしたくは自分と和真の2人ぶんだけだ。  
和真がアルバイトというものを始めてから一緒に食卓を囲むことは少なくなってしまったので、雪菜は嬉しくなる。  
今日は帰りが早いと言っていた。  
何を作ろうと考え始めた時、彼女はふと違和感を感じた。  
 
(え?)  
 
実をいえば、先ほどからやけに自分に触ってくる手を感じていたが、  
それはただ混雑しているからだと思い、特に変に感じることもなかったのだ。  
しかし、この手が意思を持って動いていることに気付いた時、雪菜は激しく戸惑った。  
 
細いけれど骨ばった指。が、コートの中に入ってくる。  
その手は、やわらかな感触を楽しむように雪菜の双丘を撫であげた。  
 
(え?え?なに?どうして?)  
 
「痴漢」という言葉も知らない雪菜はパニックになる。  
しかしこの行為に対する嫌悪感は確かで、その手から逃れるように小さく身をよじった。  
雪菜の後ろに立ってぴったりと身を寄せてくる男は、  
逃げようとする少女を電車の揺れに合わせて巧みにドアに押し付ける。  
 
(こわい…)  
 
この男の意識が、触れる手から流れ込んでくるような気がして雪菜は固まった。  
自分の性をいたずらされるような、汚されるような感覚。  
恥ずかしさと恐怖で声も出せず、逃げることもできず、じっとうつむいて体をこわばらせる。。  
 
少女がおとなしく抵抗できないとわかると、男の手はさらに大胆に動いてきた。  
スカートの横のチャックをすばやく下ろすと、そこから手を入れて直に雪菜の肌に触れる。  
突然の生暖かい感触に、雪菜はビクリと肩を震わせた。  
気持ち悪い。こわい。恥ずかしい。もうやめて…  
不安な感情のかけらがぐるぐると回り、雪菜は吐きそうになりとっさに口をおさえた。  
 
突然、昔のことを思い出した。  
暗く静かな部屋に閉じ込められていた自分。  
欲にまみれて、醜く歪んだ人間の黒い感情が流れ込んでくる。  
しばらく遠ざかっていた負の感覚に、こんなところで触れることになるなんて。  
冷気で威嚇することもできない。そんなことをしたら周囲の人間まで巻き込んでしまう。  
 
「ぃ…ゃ…」  
 
かろうじて零れ落ちた声は小さく、ドアの開く音と人混みにかき消される。  
と、下着の中に入り込もうと動いていた男の手が、突然、不自然に離れた。  
雪菜は一瞬緊張がとけてドアにもたれかかり、おそるおそるうしろを見る。  
ざわざわと降りていく人混みを背に、男の手を締め上げた和真が立っていた。  
 
**************  
 
「ゲー、事故か…?」  
 
乱れたダイヤに人のごった返すホームで和真はつぶやいた。  
次の電車乗れるかな、と思うと案の定滑り込んできた車両はすでに混んでいて、  
それでも押し流されるようにして和真は電車に乗り込んだ。  
それなりに身長があるので、窮屈だがあまり息苦しさは感じない。  
 
とりあえず次の駅で余裕ができて、少し体を動かせるぐらいには隙間ができたのは救いだった。  
今日は、ここしばらく通っていたバイトの最終日で、久々に早く家に帰れる。  
和真は胸の内ポケットに入れた封筒を確かめて、ほくほくと窓の外の流れる夜景を見た。  
 
(すずめの涙みてーな額だけど…)  
 
それでも自分で、生まれて初めて働いて稼いだお金だ。  
使い道はもう決めていた。というより、そのためにきつい勉強の合間を縫ってバイトしたようなものだ。  
雪菜の笑顔を思い浮かべて、和真は上機嫌でふと車内を見渡した。  
一瞬、視界の端に見覚えのある赤いダッフルコートが見えてどきりとする。  
 
(雪菜さん?!)  
 
そういえば、今日は買い物にいくと行っていた。  
赤いコートを着た雪菜は、童話の赤ずきんを連想させる。  
思わぬところで彼女に会えた嬉しさと、こんな電車に乗って大丈夫かと思う気持ちが湧き上がる。  
見ると、小さな雪菜は人混みに埋もれてしまって、ドアに押し付けられるようにじっとうつむいている。  
考えるより先に体が動いていた。  
雪菜のところまで移動しようと、ヒンシュクを買いながら少しずつ隙間を縫っていく。  
ある程度近づいた時、少女の肩が小刻みに震えているのがわかり和真ははっとする。  
じっとうつむく彼女の横顔は真っ赤で、何かに耐えるようにぎゅっと目をつむっている。。  
 
「雪菜さ…っ」  
 
名前を呼ぼうと口を開けた時、車内アナウンスが流れドアが開いた。  
降りようとする人波の中で和真は、彼女の衣服の中に伸びる手を見て固まった。  
しかしそれも一瞬で、状況を飲み込んだ瞬間怒りで頭が真っ白になる。  
それからあとのことはよく覚えていないが、振り返った雪菜の泣きそうな顔だけが印象に残った。  
 
 
*************  
 
 
気付くと、和真は人通りの少ない路地裏で男に馬乗りになっていた。  
すぐ近くで電車の音が響く。  
和真の下でひょろりとした体型の大学生か浪人生か、そんな容貌の男は顔を腫らしてヒィヒィうめく。  
その情けない表情にイラリとして、そう感じるより早く、もう一発殴っていた。  
 
突然、男を引きずるようにして電車を降りた和真を、雪菜はくず折れそうになる足で追いかけた。  
何も言わず、ただ恐ろしい表情で男を引きずっていく彼に戸惑う。  
和真が男を無言で殴り始めた時、雪菜はしゃがみこみ動けなくなった。  
今までの恐怖や、緊張が一気に解けて涙がこぼれる。  
それでも、這うようにして必死に和真の腕にすがりついた。  
 
「やめて…お願いです、お願い…」  
 
腕にしがみついてくる雪菜が泣いていることに気付き、和真はよりいたたまれなくなる。  
頭が真っ白になり、彼女の前で暴力をふるってしまった自分の浅さにも舌打ちしたい気分だった。  
この男が雪菜にした行為は許せない。殺してやりたいぐらい気持ちがささくれ立っていた。でも。  
逡巡する和真の横を特急電車が空気を震わせながら通り過ぎていった。  
 
「…行け」  
 
和真は男を解放すると、低く呟いた。  
男はあとずさるように地面を這いつくばって、自分を見下ろしてくる和真を見上げた。  
 
「俺の気が変わんねーうちに行けってんだよ!!」  
 
男は怒鳴りつけられてビクリと震えると、あわてて闇に消えていった。  
和真は、足元に男のメガネが割れて転がっていることに気付くと、それを思い切り蹴って大きく息を吐きだした。  
 
**************  
 
「…ありがとうございます」  
 
和真からココアの缶を受け取り、雪菜は小さくうなだれる。  
さっきの衝撃は薄れてきたもののやはりショックは抜けず、座り込んだベンチから動けない。  
隣に座る和真も、さっきから何もしゃべらない。そのことがいっそう雪菜をうなだれさせた。  
 
(和真さん、怒っている…?)  
 
いつも明るく自分に接してくれる和真が、こんなふうに憮然とした表情を見せるのは初めてかもしれない。  
なにか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。  
やっぱりさっきのことで、嫌われてしまったのだろうか。  
うつむいて、少し赤くなってしまった膝頭をじっと見詰めながら不安になる。  
電車内でのことを思い出し、ぎゅっと目をつむった。あの時和真が現れてくれて、本当によかった。が、  
あんなところを彼に見られてしまったことを思うと恥ずかしくて、雪菜は泣きたくなる。  
もうこれ以上の沈黙に耐えられそうもないと思った時、和真が口を開いた。  
 
「…どこまで触られたんスか」  
 
「え?」  
 
その声は小さく、とっさに何のことかわからずに雪菜は和真の横顔を見つめる。  
 
「どこまで触られたんスか、さっきの奴に」  
 
ずっと目線を逸らしていた和真が、少女に真剣な表情を向ける。  
雪菜はいきおいうつむいて、泣きそうな表情になる。なんて言えばいい?  
もう少しで下着の中に指を入れられそうになっただなんて、とても言えない。言いたくない。  
答えられない雪菜を見て一瞬顔を歪ませると、和真は突然立ち上がり彼女の手をひいた。  
 
「あ、あの…?!」  
 
戸惑いながら雪菜は、手をひかれるままに和真についていく。  
と、けばけばしい路地の一角にあるビルの、人目を避けるようなひっそりした入り口をくぐる。  
雪菜は、どこへいくのかと和真におずおずと問いかけるものの返事はもらえず、ただついていくことしかできない。  
薄暗く照明の落とされた部屋に足を踏み入れるなり、強い力で抱きすくめられて雪菜は戸惑った。  
 
「和真さん…!?」  
 
部屋の中央に置かれた大きなベッドに押し倒された雪菜は、  
状況についていけずに、困ったような、怯えたような目を和真に向けた。  
その目にびくりと動きを止め、和真は苦しそうな表情を隠すようにゆっくり少女の肩に顔を埋めた。  
 
「和、真さん…?」  
 
戸惑いながらも、自分の背に手を回してくれる雪菜が愛しくて、和真は思わず、少女を抱きしめる腕に力を込める。  
自己嫌悪に言葉もでない。  
 
(なにやってんだ俺はよぉ…)  
 
和真の頭の中は、雪菜と同じか、それ以上に混乱していた。  
少女への愛情、欲望、あの男に対する嫉妬―――そんな感情がぐるぐると和真の中を駆け巡る。  
 
和真は自分の独占欲に戸惑い、あきれた。  
電車の中でうつむく雪菜の横顔を思い出す。  
知らない男の手が這うのを、じっと我慢して肩を震わせていた。  
こちらを振り返った時の、頼りなく不安な瞳。  
 
―――自分はそんな彼女に欲情している。  
 
自分の大事なものを横取りされる感覚、汚される感覚にあの男への怒りが沸騰した。  
が、それ以上に、恥辱に可憐に耐える雪菜の姿に、本能的に動物のような欲望があたまをもたげたのだ。  
そんな暗い闇が自分のなかにあることに気付いてしまい、和真は頭をかきむしりたくなる。  
 
 
「…すいません雪菜さん…」  
 
そう言ってゆっくり体を起こす和真に手をひかれ、雪菜も戸惑いながら体を起こす。  
 
「すいません…」  
 
「どうして和真さんが謝るんですか、そんな、謝らないで…?」  
 
深くうなだれる和真の、つらそうな表情にはっとする。  
どうしてこんなカオをするのだろう。  
目の前の和真があまりに弱々しくて、雪菜は思わず小さな子供を抱くようにそっと抱きしめた。  
ドキドキしているのが、きっと聞こえてしまうだろう。  
それでも雪菜は、じっと抱きしめ続けた。  
 
(あったけぇ…)  
 
氷女なのにあったかいなんて不思議だな、と思いながら、和真は目をつむる。  
あんなに波立っていた心が少しずつ平静になっていく。  
ふたりを包む空気が穏やかになって、どちらからともなく顔を見合わせるとフッと微笑した。  
 
「すいません、もう大丈夫ッスから…」  
 
「はい」  
 
照れたように頭を掻きながら和真が体を起こす。  
いつもの彼に戻ってくれて、雪菜はホッとした。  
さっきまでの荒々しい彼は、自分の知らない男の人のようだった。少しだけこわかった。  
無抵抗の相手を一方的に殴るような和真を見たのは初めてだった。  
たとえそれが自分のためだとしても、やっぱりそんな彼は見たくない。  
雪菜はひと息つくと部屋のなかをゆっくり見回して、ふと、この部屋に浴室がついていることに気付いた。  
トイレも、洗面台も、テレビもある。そしてこのベッド。  
誰かがここに住んでるのか、なのに自分達が入ってしまっていいのかと少女は慌ててしまう。  
 
「和真さん、あの、このお部屋、勝手に入ってもいいんでしょうか…?誰かのお家なんじゃ…」  
 
雪菜は戸惑ったように和真を見る。  
思いもよらぬ少女の純粋な発想に和真は小さく身じろぎ、どもりがちに説明する。  
 
「…いっいや、あの…えーと、ホラ、ずっと前、暗黒武術会の時に俺らが泊まってたホテルがあったでしょう。  
あの、あれと似たようなもんですから…」  
 
「あ、そうなんですか、よかった…」  
 
不安そうにしていた雪菜はその言葉にホッとして、明るい表情を浮かべる。  
その笑顔に、和真の心はまた少し重くなった。  
ここはホテルでも、ただのホテルではない。  
男と女がセックスすることを前提として存在している、いわゆるラブホテルだ。  
頭に血がのぼり、思わずこんなあやしい場所に入ってしまったことを和真は後悔した。  
何も知らない雪菜を、騙し討ちのように強引に連れ込んだことに良心が痛む。  
しばらく物珍しそうに部屋を見回していた雪菜は、改まったように和真に向き合って微笑んだ。  
 
「こんなふうに和真さんとふたりだけになるの、すごく久しぶりですね」  
 
「ここのところ、ずっと和真さんお忙しそうでしたから」  
 
そういえばそうだ。和真は顔をあげて、嬉しそうにはにかむ雪菜を見た。  
つきあいはじめてから、互いの部屋でふたりきりになるようなことは努めて避けるようにしてきたので―――  
ひとつ屋根の下に暮らしている家族に対して、そういう部分は潔癖な和真の提案で―――こんなふうにふたりきりで向き合うのは久々だった。  
急にここがラブホテルだということを再認識して、和真は真っ赤になった。  
思わず確認するように部屋を見回した。初めて入ったが、きれいな部屋で少し安心する。  
 
「す、少し休んで落ち着いたら帰りましょう、ね!」  
 
「はい」  
 
本当はこのまま雪菜と朝までいたいが…学生の分際で、しかも雪菜を連れて朝帰りなぞしたら、確実に姉に殺されるだろう。  
それでも、やはりこの状況は若い和真を攻め立てる。  
煩悶する和真をよそに、雪菜は浴室のドアをあけて中を覗き込んでいる。  
先程からずっと浴室を気にしているようだ、と思った途端、おもむろに雪菜が自分を振り返った。  
 
「…あの、このお風呂に入っても、大丈夫でしょうか?」  
 
突然の雪菜の言葉に、和真は思わず顔をあげた。  
 
「え…っ?ふ、風呂に入りたいんですか?」  
 
「…」  
 
思わずよこしまなことを考えてしまい慌てる和真に、雪菜は困ったように少しうつむいて、背中を向ける。  
 
「…あの、さっき、……だから…」  
 
言葉は少なかったが、和真にはすぐにその意味が理解できた。  
知らない男に触られたままでいたくないのだろう。気分的にも、いやな感覚を一刻も早く水に流したいのか。  
やっぱり、彼女の心は少なからず傷ついてるのだ。もしくは、やっとできた薄いかさぶたを剥がされたといってもいい。  
人間界に来て、桑原家で暮らすようになってからはほとんど遠のいていた人間の負の部分―――に触れて、  
気丈にふるまってはいるがやっぱり傷ついたのだ。  
 
「…俺も、入っていいですか」  
 
「えっ?」  
 
「俺も一緒に入っていいですか」  
 
予想していなかった和真の言葉に、雪菜は真っ赤になって慌てる。  
 
「え、え、あの、でも、…」  
 
互いの裸には、この1ヶ月の間に少しは慣れつつはあったが、一緒に風呂に入ることなどなかった。  
なにより家族と同居のため、そんなことは考えられなかったのだ。  
 
(はずかしい…けど…でも…)  
 
いつも、申し訳ないぐらい自分に対して控えめな和真がこんなふうに押してくるのは珍しかった。  
一緒に入るということは…やっぱりそういうことになるのだろうと思う。  
そう思うと、恥ずかしさと言いようのないうしろめたさに和真の目を見ることができなくなった。  
少し迷って、戸惑いつつも雪菜はこくりと小さく頷いた。  
 
先に入ってますね、と言い残して雪菜は真っ赤な顔を隠すように、足早に脱衣所に消えていく。  
和真はその背中を見送りながら、彼女に聞こえないように小さく息を吐いてじっと手を見る。  
思えば、思い切り人を殴ったのはいつぶりだったろう。  
 
自分でも思い切ったことを言ったと思う。  
今日は普通でないことばかりで、気が高ぶってるからだろうか。  
雪菜が風呂に入りたいと言った時、とっさに思った。  
 
彼女についたあの男のにおいを、自分の手で落としたい。  
 
一緒に風呂に入りたい、という純粋によこしまな気持ちももちろんあったが、  
それ以上に、自分の手で雪菜の体に残されたあの男の感覚を払拭したかったのだ。  
 
脱衣所のカゴに、きれいにたたまれて置かれている雪菜の衣服を見て、和真は自身がズクリとうずくのを感じる。  
最後に雪菜を抱いたのは、もう10日以上前だ。  
ここしばらくは学校とバイトで忙殺され、なかなか家でふたりきりになれる時間もなく、彼女に触れることもままならなかったのだ。  
和真はもどかしそうに着てる服を脱ぎ捨て、少女の待つ浴室のドアを開ける。  
あたたかい湯気にふわり撫でられた頬が一段と熱くなった。  
シャワーの中に雪菜が背を向けて所在なさげに立っている。  
翠色の髪は濡れて、細い肩に流れている。恥ずかしさからか少し震えているのが、ますます和真の雄を刺激した。  
一方、雪菜は目の前の鏡に映る和真の姿をちらりと確認したものの、すぐにうつむいてしまう。  
 
(和真さん、もうあんなに…)  
 
カァッと体が熱くなる。  
これが初めてというわけではないのに、まじまじと異性の体を見るのはやはり抵抗がある。  
鏡の中の和真のそれは、すでに固くそそりたっているのが、湯気の中でもはっきりわかった。  
彼が自分を欲してくれている、と思うと恥ずかしいけれど嬉しくて、雪菜はちょっとだけ誇らしい気持ちになる。  
しかし、次の瞬間それもすぐに羞恥に変わってしまった。  
 
「…っ」  
 
和真が、泡立てた手をそっと雪菜の肩に置いた。  
そのままゆっくりと腕、背中と優しく撫でられて、雪菜は恥ずかしくてきゅうっと目をつむる。  
 
「俺が洗いますから…」  
 
雪菜はこくんと頷いて、和真にまかせる。  
 
(和真さんの、手…)  
 
電車の中での、あの手はあんなに気持ち悪かったのに。  
同じように背後から触られてるのにも関わらず、和真の大きくてあたたかい手は全然ちがう。  
 
(きもちいい…)  
 
 
和真は荒くなりそうな息をなるべく抑えながら、雪菜の体を泡立てていく。  
10日ぶりの少女の体は、耐えがたいぐらいやわらかく自分を誘惑してきた。  
背を向けている雪菜の表情は、前にある鏡で確認できる。  
最初は眉間にしわが寄るほどきつく目をつむっていたのに、自分の手が触れるにしたがい、  
次第にトロンとした表情に変わっていくのが、ひどく可愛くてたまらなくなる。  
雪菜のそれは、いつも和真の庇護欲と加虐心を同時に刺激するのだが、  
もっととろけたカオを見たくて大抵の場合後者が勝る。  
特に今日は。  
 
「ん…っ」  
 
背後から突然胸を触られて、雪菜は思わず声を出してしまう。  
その声が思いのほか大きく浴室に響き、ふたりの耳を刺激する。  
 
(やだ、お風呂だから、声響いちゃ…?)  
 
とっさに声を殺そうと唇を噛むが、与えられる刺激に小さく声が零れてしまう。  
和真は、そんな雪菜をいじめるように、やわらかな胸の頂を骨ばった指ではさんで、掌でおおきく揉みしだく。  
快感を散らそうとゆるゆるとかぶりをふる雪菜は、それでも声を出さない。  
それを見た和真は右手をゆっくり下に移動させると、少女のやわらかな花びらに指をからませた。  
 
「ふあぁッ」  
 
「雪菜さん…」  
 
少女の薄いひだはやわらかく和真の指を迎え入れ、与えられるゆるゆるとした刺激に答えるように蜜を溢れさせた。  
 
「あ…ア…やぁ…」  
 
くりゅくりゅと小さな芽を小刻みに撫でられて、雪菜は立っていられないぐらい感じてしまう。  
力が入らず、カクカクする膝でかろうじて体を支えるが、それも今にも崩れそうで涙がこぼれる。  
 
(こんな、立って…なんて、初めて…)  
 
やわらかなベッドに横たえられて彼の重みを感じるのが、それが雪菜にとっての「行為」だった。  
一緒にお風呂に入るのも初めてだというのに、こんなふうに立ったまま、後ろから…  
 
「か、和真さ…や、やっぱり…や…ここ、じゃ…アッ」  
 
今にも座り込みそうになりながら、雪菜は和真をふりかえって懇願する。  
その瞬間、ずっとおしりに押し付けられていた固いものがちゅるんと少女のワレメをなぞった。  
 
「…ッ」  
 
ガクン、と崩れそうになる雪菜の体を左腕で支えて、和真はそのまま腰を前後させる。  
なのにわざと侵入を避けて。ぱちゅぱちゅと濡れた肉のぶつかり合う音が響く。  
 
「アッアッやあッアッ…だっ、めぇえ…っ」  
 
うしろから和真のごつごつとした雄に薄い花びらをこねまわされ、  
前からは指の腹で芽を刺激され、少女はされるがままに快感に流されてしまう。  
 
「雪菜さん…っすごく気持ちよさそうな顔…よく見える…っ」  
 
「やっ…そんなの…」  
 
和真の言葉に、思わずかぶりをふる。と、鏡の中の彼と目が合った。  
雪菜はあまりの恥ずかしさにこれ以上ないぐらい真っ赤になり、泣きそうな表情になる。  
目の前の大きな鏡には自分の乱れた痴態が、つま先から髪の先まですべて映り込んでいる。  
正視できずに目をそらそうとするものの、どうしてもそらしきれない。  
 
(これが私…?)  
 
「すごい可愛いッスよ…ほんとに、可愛い」  
 
耳元で荒い息を吐きながら、和真が指をチュプ、と雪菜のなかに挿れる。  
 
「ふあぁ…」  
 
突然侵入されて、背筋がゾクリと震える。  
でもそれはあまりにも浅く、雪菜はふるふるとかぶりを振って抗議するように鏡の中の和真を見る。  
和真はそんな少女の様子を見ながら、彼女をゆっくり攻めた。  
 
 
さっきの男は…―――和真は考える。  
 
―――きっと雪菜をこんなふうにしたかっただろう。  
おとなしくて、清純で、お人形のような少女を、自分の思うように蹂躙して乱れさせて―――  
 
自分の腕の中で、とろけるような表情で鳴く雪菜。  
彼女をこんなふうにするのは俺だ。  
彼女のこんな表情を見ることができるのは俺だけだ。  
彼女は俺のものだ。  
 
「かずまさ…」  
 
雪菜が、和真の右手に小さな手を重ねる。  
さっきから指で浅くかきまぜられるばかりで、満たされない刺激に戸惑ってしまう。  
いつもなら、いつもなら…  
 
(だめ…)  
 
はしたない、と思いぎゅっと目をつむる。  
でも、今日の和真はいつもと少し違う。今日は初めてのことばかりで、目が回りそうだ。  
それでも体は和真を求めて疼いてしまう。  
浅い刺激では我慢できない。なぜなら自分は、彼のすべてを知ってる。  
いつものように和真のすべてが欲しいのに、今日はわざとじらされているみたいで―――  
 
「雪菜さん、欲しい、ですか」  
 
自分が考えていたことを読まれたようで、雪菜は恥ずかしさに固まってしまう。  
 
「欲しい…?」  
 
もう一度、彼女の意思を確かめるように耳元でささやく。  
お互い向き合っていたら、とてもこんなことは聞けない、と思う。  
雪菜は困ったように逡巡していたが、小さく頷いて答えた。  
 
「ちゃんと言ってください」  
 
和真の言葉に弾かれたように固まる雪菜。  
自分でも意地が悪い、と思ったが、やっぱり今日は、どうしても彼女の言葉が欲しかった。  
 
「……ッ」  
 
クチュ、チュ…と、恥ずかしい水音と、殺したような二人の息が浴室に響く。  
雪菜は、真っ赤になって懇願するように鏡の中の和真を見ては、うつむいて目をそらす。  
そんな彼女を見て、和真はチクリと心が痛む。いじめたいわけじゃない。  
でも―――  
 
「雪菜さん」  
 
もう一度、確かめる。  
 
「……」  
 
「……」  
 
「……い、です」  
 
震えるような小さな声が、和真の耳をかすめた。ゴクリ、と息を飲む。  
 
「…ちゃんと、聞こえるように…」  
 
熱い泉のなかから指を引き抜かれて、雪菜は膝を震わせて、泣きそうな表情になる。  
 
「…っ…ほ、しいです…」  
 
「お願い…和真さん、の…ぜんぶ…―――ッ」  
 
言い終わらないうちに、雪菜の体に熱い杭が打ち込まれた。  
ずっとじらされて疼いていた部分が、突然固い雄に犯されてきゅううっと締まる。  
 
「ふあァあぁア…んッ」  
 
挿れられただけで軽く達してしまったのか、雪菜は荒い息を吐きながらくず折れてしまう。  
それでも、和真の雄をくわえこんだソコは、小さく痙攣して彼に耐えがたい刺激を与えてきた。  
細い腰を突き出し、鏡にすがりついて、深く自分を受け止めてくれる少女の痴態に、和真の背筋が震える。  
 
「ひぁ…っ」  
 
突然、鏡から引き離されて、あぐらをかいた和真の中心にうしろから深く抱きかかえられた。  
ついさっき達してしまった余韻がまだ残っているのに、改めて与えられる刺激は強すぎて涙がこぼれる。  
 
「や、か、ずまさ…っ待って…ま…ッアッアッやあァッ」  
 
突き上げられて身をよじるものの逃げられない。  
それどころか、膝の下に腕を入れられ、両足を大きく広げられ―――  
 
「……ッ!!」  
 
「こんなふうに、見るの…初めて、でしょう」  
 
和真の言葉に、両手で顔を覆ってしまう。  
あまりの恥ずかしさに声も出せず、子供のようにいやいや、と弱々しくかぶりを振ることしかできない。  
今日の和真はおかしい、いつもの優しい彼じゃない、どうしてこんな…?  
 
「雪菜さん、ちゃんと見て…っ」  
 
「や、ア、らめれすっこ…なのっ、アッ、いやぁ…ちゃんとっ向き合って…っ…おねが…」  
 
ガクガクと下から突き上げられながら、少女は必死で懇願する。  
目の前の鏡には、信じられないくらい恥ずかしい自分の姿がある。  
充血して紅くなった小さなワレメがめいっぱい広げられて、テラテラと光る和真の雄が上下に抜き挿ししている。  
そのたびに恥ずかしい結合部からクチュックチュッと恥ずかしい蜜がはじける音が響く。  
 
「俺のが奥まで侵入って…コンコンあたってます…っすごい、やらし…っ」  
 
「あっ、ア、あっン、や、やぁあ、アッあっふ、ふぁッ、あぁあッ」  
 
雪菜の鳴き声に煽られるように、和真の腰が一定のリズムで上下する。  
それに合わせて、雪菜の細い肢体は跳ね上がり蹂躙される。  
 
(らめなのに…らめ…なのに)  
 
(きもち…よすぎちゃう…っ)  
 
和真に少しずつ快感に慣らされてきた少女の体は、  
これまで数回かさねた行為によって花開くように男を受け入れつつあった。  
強く深い快感に、羞恥は遠く押し流されて、貪欲な雌が雪菜の意識を覆う。  
されるがままになりつつも、トロンとした表情で、和真の腰の動きに合わせてかすかに腰を振る。  
きっと自分では気付いていないであろう雪菜のそんな淫らな姿は、和真を一層煽った。  
クチュクチュとこすれあう部分にそっと指を這わせて少女の敏感な花芽をやさしくこねあげる。  
 
「!!やっアッ、ア―――ッらっ、めぇえ、それっ、や、あっア、ア―――ッ」  
 
ビクビクと背を反らして、強すぎる快感に雪菜は恥ずかしさも忘れて鳴いてしまう。  
こんなに乱れる雪菜は初めてかもしれない。  
少女の泣き声のような淫らなあえぎ声が、激しい突き上げに押し出されるように吐き出される。  
きゅうきゅうと和真の雄を締めるそこの感触から、絶頂が近いことがわかる。  
最後とばかりに、小刻みなピストンで愛しい少女を攻め上げる。  
 
「やっ、アッアッアッ、ひァあ、らめ、ら、めえぇっ、かずまさっ、アッやああぁ」  
 
「雪菜、さん、ゆき…ッすごっい、ヒクヒクして…っ」  
 
「らめ、もうっ、もうイクっイっひゃいまふ…っ、やっ、アッごめ、なさぁア、アッ、アッ、アッ…」  
 
「俺もっ、もう…ッ!」  
 
「アッ、かずまさっ、アッぁあッン、アッ、はァあッアッやっ、らめっらめ…っ」  
 
「ひぁッめ…らめ、ぇ…アッも、ふ、ア…ッァアあぁああああアあァ…んッ…っ…っ」  
 
雪菜の薄い肩がビクビクと跳ね、強烈な甘い締め付けに和真の息が思わず止まる。  
次の瞬間、少女の体内に熱い白濁の波がはじけた。  
 
少女のそこは不規則に痙攣しながら、和真の雄をすべて欲しがるようにそれを離そうとせず、  
和真は最後の一滴まで少女に注ごうとゆっくりと輸送を繰り返した。  
受け止めきれずにこぼれた白濁が床に滴って、熱い湯に流されていった。  
 
 
 
**************  
 
 
 
「ごめんなさい!」  
 
数十分後、ベッドの端と端に座って、背中を向けてうつむく雪菜に頭を下げる和真がいた。  
もうお互い服を着て、さっきまでの激しい行為の残り香は消えつつある。  
 
「雪菜さん…」  
 
やはりやりすぎたんだろうか。  
あんなことがあったとはいえ、いや、だからこそ優しくしなければいけなかったのに。  
頭ではそうわかっていても、心では複雑な気持ちに整理がつかず、結局あんな意地悪なことをしてしまった。  
こっちを向いてくれない雪菜に近づくこともできず、和真は頭を抱えてしまう。  
 
「…どうして」  
 
「え?」  
 
まだ背中をむけたまま雪菜がやっと口をひらいてくれた。声が消え入りそうなほど小さい。  
 
「…どうして、さっき、いつもみたいに向き合ってして、くれなかったんですか…?」  
 
「う、そ、それは…」  
 
「すごく、恥ずかしかったし…不安だったんですよ…」  
 
おずおずと振り返った雪菜の頬は赤い。  
さっきの自分の姿を思い出しているのかもしれない。  
いつも彼女を抱く時は正常位で、抱き合いながらするのが常だった。  
今日のように、後ろから一方的に抱かれるような行為は初めてで、それに対して雪菜は戸惑っていたらしい。  
しかし、電車内の雪菜の様子に少なからず欲情したなどと口が裂けても言えるわけない。  
それでつい、支配欲にまかせて突っ走ってしまったことなど。  
 
「ほんとスミマセン、なんていうか、興奮しちゃって……意地悪でしたか」  
 
「意地悪ですよ…」  
 
抗議するように自分をを睨んでくるが、あどけなさの残る彼女がそんな顔をして見せても迫力がない。  
行為の時とのギャップが激しくて、それがまた可愛くてたまらないのだが…  
そんなことを考えて、思わず頬が緩みそうになるのを和真は必死でこらえる。  
 
「…嫌われてしまったのかと、思いました」  
 
「えっ?な、そんな、なんで?!」  
 
「……他の、男の人に…触られたから……だから、嫌われたのかと…」  
 
「ちがいますよっ!!」  
 
再びうつむきつつあった雪菜は、和真の大声にびっくりして丸い目を彼に向ける。  
 
「嫌いになるなんてありません、そんな、あんなことで…いや、なんていうかその、ちがうんです」  
 
「意地悪っていうか…えーと…その…ぶっちゃけていうと」  
 
「……」  
 
「やきもちッス」  
 
 
オロオロと言葉を紡ぐ和真をじっと見つめていた雪菜は小首をかしげる。  
 
「…やきもち…?」  
 
この複雑な気持ちを、うまく雪菜に伝えることができず頭を掻く。  
苛立ちや独占欲や、そういったものに煽られて、今思い返すとひどく乱暴にしてしまった。  
それに、初めて彼女を抱いた時以降はちゃんとコンドームもかかさなかったというのに、  
今日は少女に見せ付けるように中に出してしまった。  
勢いもあったが、今日はどうしてもそうしたかった。  
 
「と、とにかくもう、今日みたいに乱暴なことしませんから!ほんとに!」  
 
生真面目に宣言する和真の様子に、雪菜の表情がやわらかくなる。  
 
「大丈夫です、そんな…。たしかにすごく恥ずかしかったですけど…」  
 
「その、最後までずっと和真さんと向き合えなかったから、不安になってしまったんです」  
 
「…でも、今日みたいなの初めてで…」  
 
恥ずかしそうに、言葉を選びながら話す雪菜を見る。  
 
「…気持ちよかった?」  
 
言葉を引き取ると、少女は真っ赤になってうつむいてしまった。  
その表情はまぎれもなく女で、あどけない顔立ちに艶が加わり、それを見ると和真は誇らしくなる。  
自分が、真っ白だったこの愛しい少女に、あの初めての日から少しずつ少しずつ色を付けてきたのだ。  
 
「和真さんは…?」  
 
雪菜が問い返す。  
困らせてやろうという彼女なりの反撃のつもりなのだろうが、まったく反撃になっていない。  
和真はそんな少女が可愛くて、ぎゅっと抱きしめることで答えた。  
 
 
**************  
 
 
次の日、バレンタインです、と雪菜から小さな包みをもらって和真はびっくりした。  
昨日彼女が大事そうに抱えていた荷物はこれだったのか、と。  
自分のために慣れない電車に乗って、街に出て、買い物をして、そして。  
猛烈な嬉しさと申し訳なさにどうしようもなくて、和真は高速でその包みをあけると―――  
もちろんリボンも包装紙も一切破かず、しかもきれいに折りたたんで―――バリバリと彼女の愛を噛み締めた。  
まるで誰にも横取りされまいとするように。  
あまりの早業に目を丸くする雪菜に、和真も小さな包みを差し出す。  
 
「雪菜さん!俺もコレ!どうぞもらってください!」  
 
これを雪菜にあげたくて、無理してバイトしてきたのだ。  
びっくりさせたくて、気付かれないように彼女が寝てる間に、間違えないように必死でサイズも計ったのだ。  
あまり高いのは無理だったが、自分で働いて稼いだ今の自分の精一杯。  
 
「その、なんていうか、それにはヘンな虫を寄せ付けない効力があるんですよ!だから、いつも身に付けててください!」  
 
和真は、照れを隠すように早口でまくしたてる。雪菜は小さな包みを解いて箱を開けた。  
その様子を風呂上りのビールを飲みながら眺めていた静流は、微笑ましい気持ちになりながらもしっかり突っ込みを入れる。  
 
「カズぅ、そんなおもちゃの指輪じゃ効力薄いよ。雪菜ちゃん、もっとキラッキラした強力なやつ買わせてやりな」  
 
「うっせーな、言われなくてもそのうちもっといいの買うよ!」  
 
ニヤニヤと雪菜の掌を覗きこむ姉に、ムキになって反応する和真。  
そんな姉弟のやりとりを横目に、雪菜はそっとそれを手にして嬉しそうに光にかざした。  
きれい。  
細い銀色の輪。  
 
「雪菜ちゃん、それはね、左手の薬指にはめるんだよ」  
 
「あ、姉貴…!」  
 
先を越されてしまい、和真は慌てたように姉を睨むが、彼女は一向に気にしない。  
 
「…こう、ですか?」  
 
静流のアドバイスに従って、左手の薬指にリングをそっと通すと、それはぴったりと指にはまった。  
 
「わぁ…これならいつも身に付けられますね!ありがとうございます、和真さん。大事にしますね」  
 
花がほころぶような笑顔を見せる雪菜に、和真は真っ赤になって嬉しくなる。  
きっと雪菜は指輪の意味など知らないのだろうけど、それでもいい。  
ささやかな主張を込めて、彼女の指に収まるそれを見る。  
この少女は自分のものだから、誰も触るな、という主張。  
もちろん効力の程などわからないが―――  
 
「あっ、もしかして和真さん、このためにアルバイトを…?」  
 
はた、と気付いたように雪菜が和真を見た。  
 
「え、いや、まあ…でもほんと、安物ッスけど」  
 
「そんな…」  
 
申し訳なさそうに、少女の睫毛が伏せられる。  
 
「私、高価なものなんていりません、これで、十分うれしいですから…」  
 
「和真さん、無理しないでくださいね。ほんとに、もう無理しないでくださいね」  
 
恐縮しきりの雪菜に、男には無理させていーの!と言い切る静流。  
姉貴が言うとシャレにならないと和真は突っ込みそうになったが、思うだけに留めておいた。  
 
「まあとにかく、カズ、あんたしばらくはもうバイトの予定はないんだろ?」  
 
「おー、テストもあるしなぁ」  
 
「だってさ、雪菜ちゃん。よかったね」  
 
静流の優しい手にポンと肩をたたかれて、雪菜は頬を染めながら嬉しそうに頷いた。  
 
 
 
―――最初はびっくりしたけど  
 
正直いって、ふたりがつきあうとわかった時は心配だった。  
弟がこの氷女の少女に思いを寄せていることは、わかりすぎるほどわかっていたけど。  
雪菜のほうはどうなのか、和真の思いに流されているのではないか。  
もしそうなら、いつか和真も雪菜も傷つくと思い、内心心配していた。  
でも今はそんな心配は取り越し苦労だったと思う。  
雪菜の和真を見る目は、ちゃんと恋する少女のそれで、和真に対する思いがわかる。  
なんだか嬉しくなって、もう一本いこうと冷蔵庫をあけたところで弟のあわてたような声が聞こえてきた。  
 
「ちがうんですって雪菜さん、これは義理チョコといって…」  
 
「でも、やっぱりそれは和真さんがいただいたものなんですから、私が食べてはいけないと思います」  
 
何事かと思い見ると、一見してあきらかに義理とわかるチョコがテーブルに無造作な山を作っている。  
高校でそこそこ人気者らしい和真が、おおかたクラスの女の子にもらったものだろう。  
 
「へぇ〜、ひーふーみー…8個!カズにしては大漁だねぇ」  
 
「あ、姉貴!姉貴も雪菜さんに説明してくれよ、これは義理チョコっつーもんで、そんな深い意味ねーんだって!」  
 
慌てる和真の傍らで、複雑そうな顔でチョコをみつめていた雪菜だったが、お風呂に入ると言い残して足早に出て行ってしまった。  
呆然としながらそれを見送る弟を見て、静流は吹き出した。  
 
「あんた、これ雪菜ちゃんに一緒に食べようって言ったの?」  
 
「だ、だってよぉ、オレは雪菜さんのチョコもらったら満足だし、たくさんもらったから雪菜さんもどうぞって…」  
 
「バッカだねー」  
 
がっくりと肩を落とす弟をケラケラ笑って2本目のビールを煽る。  
 
「でも、よかったじゃないの」  
 
「なにがいいんだよぉ、なんだかわかんねーけど雪菜さん怒ってたみてーだし…あぁあなんでだあ〜っ!??」  
 
さっきまでニコニコしてた雪菜が、突然よそよそしくなってしまった理由がわからず和真は頭を抱える。  
 
静流は、さっきの雪菜のこわばった表情を思い返す。  
それは困ったような悲しいような笑っているような、本当に複雑な表情だった。  
学校という雪菜の知らない世界で、和真が女の子にチョコをもらう程度に周囲に好かれていること―――に対する。  
和真がみんなに好かれていることは嬉しい。  
でも、自分以外の女の子からもチョコを受け取る和真がいることが腹立たしく悲しい。  
そして、そんなふうに考えてしまう自分に困っている。  
そんな表情だった。  
ようするに―――やきもちだ。  
 
少女のそんな複雑な気持ちに気付かない弟の鈍さがおかしくて、静流は笑った。  
 
「カズ、あんた幸せもんだよ」  
 
 

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