十二月二十五日。  
外国の神様が生まれた日とはいえ、どうしてこの国ではお祭り騒ぎになっている  
のかよく分からないが、とにかくこの時期は街が華やかに飾りたてられ、眺めて  
いるだけでもうきうきしてくる。  
誰もが嬉しそうな、幸せそうな顔をして歩いているのがその証拠だ。みんなそれ  
ぞれに幸せの中にいるのだろう。  
 
「ほら早く支度してよ。時間ないんだからね」  
「…分かってるって。全くうるさい女だなあ」  
「うるさいとは何よ、口を動かす前に手を動かす!さっさとしなさい」  
新婚夫婦の幽助と螢子は、相変わらずの調子で毎日を過ごしていた。特に、今  
日はみんなで会う約束があるので螢子は気が気ではない。時間などあってない  
ようなものだと思っている幽助には、積極的に尻でも叩かない限り言うことを聞  
かせることなど出来ないと分かっているのだ。  
「へいへい、相変わらずキツいことで」  
まだ半分も身支度を終えていない幽助は、起き抜けのぼんやりした頭をぼりぼ  
りと掻きながら文句を言う。  
「何か言った?」  
「いーえ、なんにも」  
今日はクリスマス。  
仲間たちが出会える滅多にない日なのだから特別だ。  
 
そわそわと腕時計を眺めながら、桑原は落ち着きなく家の門の前を行ったり来  
たりしている。それがよほど目障りなのか、静流はわざわざ家から出てきて手  
にした煙草の煙を顔に吹きかけた。  
雪菜はまだ身支度に戸惑ってるのか、約束の時間を過ぎてもまだ部屋から出  
てこない。催促するでもなく、じっとこんなところで待っているのは、もう趣味のよ  
うなものだ。  
「うざい。男ならもっとドンと構えてな。そんなんじゃ嫌われるよ。全く」  
「放っといてくれよ。せっかく久し振りに帰って来たんだし」  
「久し振りの割には全然変わんないみたいだね、あんたたち」  
「うっ…」  
核心を突かれたようで、思わず黙り込んでしまう。確かに、アメリカの大学に留  
学する時、雪菜も一緒について来てくれた。  
『和真さんお一人では大変でしょうから、私もついて行きます』  
そう言われた時は本当に嬉しかったし、向こうで一緒に暮らしている間もまるで  
夢の中のような日々が続いている。それは今も変わりない。ただ、あくまでもそ  
れだけだ。それ以上のことは何もない。  
何となく、まだ踏み込めずにいるものがあって、それが頑なに二人の間に横た  
わっているのだ。  
そんなことを考えているうちに、慌てたように玄関を明けて走ってくる雪菜の姿。  
「…ごめんなさい、こんなに遅れてしまいまして」  
よほど急いでいたのか、胸を押さえている。だが、遅れてまで身支度をしただけ  
あって上から下まで淡色で纏められた服装が初々しく似合っている。ぐるぐる巻  
きにした白いマフラーが少し気にはなったが。  
「なに、構いませんよ。雪菜さん」  
 
今までそわそわしていたというのに、急に余裕を気取る弟に、思わず静流は噴  
き出した。  
「カズ、あんたには似合わないから」  
「うっせってば」  
昔から絶対にかなわない姉に、それだけ短く吐き捨てるといそいそと雪菜に駆  
け寄る。  
「雪菜さん、では行きましょうか」  
「はい、和真さん。あ、その前に」  
中学生の時からずっと思い続けてきた雪の化身のように美しい雪菜は、にっこ  
りと笑って首に巻いていたマフラーを外すとふわりと桑原にかけてくる。  
「えっ!?」  
「何とか今日に間に合いました。和真さんが寒い思いをしないように、頑張った  
んですよ。お揃いです」  
頬を染めて微笑む顔がとても美しい。そういえば、一ヶ月ほど前から部屋に篭  
りがちだったのは二人分のマフラーを編んでいたからだったのだろう。  
寒いというのに、まだ二人の様子を眺めていた静流が茶化す。  
「あっはっは、あんたには不相応過ぎ。まあ雪菜ちゃんに感謝しなよ」  
「分かってるって」  
ひらひらと手を振って送り出す姉の視線が刺さるようだ。一応は二人を応援して  
くれているのだろうが、どこまでその気があるのか怪しいものだ。  
「皆様に会えるの、楽しみです。お変わりないといいのですが」  
二年前に留学をして以来、里帰りは初めてのことだ。以前色々と関わりがあっ  
たからこそ、雪菜も以前の仲間たちを特別大事に思っているのだろう。それが  
桑原としてもとても嬉しい。  
「そんなに変わりはないと思いますけどね。あ、幽助んとこぐらいかな」  
「御結婚されたんですよね。羨ましいです」  
道すがら、にこにこと笑いながら顔を向けてくるのが今でも心臓に悪い。どうし  
てこんなに純粋で美しい人がいるのかと思うほどだ。  
 
「…ついて来ないで下さい」  
「ほう、つれないことだな」  
「あたし、みんなに会いに行くだけなんですからっ」  
「それでは、儂も行って構わないだろう、ぼたん」  
地上に降りてもまだ後をついてくる男に、ぼたんも少々呆れ顔だ。何だと言うの  
だろう、このお坊っちゃんは。プライベートも与えないつもりだろううか。そんなこ  
とを考えながら、あくまでも無視して歩き続けている。  
仲間たちと会うのは幽助と螢子の結婚式以来だ。あれからのことを色々と螢子  
と話したかったのに、と絶望的な気分になる。  
そんな時、突然目の前のデパートの壁に貼られた広告に、思わずぼたんの目  
が釘付けになった。  
「わあ、綺麗…」  
淡いブルーのトーンの中に、煌めくような雪の結晶を模したジュエリー。まるで  
本物の雪のように美しい。  
 
今、若い女性たちの間で爆発的に流行しているジュエリーがあった。  
華やかな広告に乗せた『真冬に誓った愛は、永遠に溶けない雪となる』のキャ  
ッチフレーズと共に、某ブランドショップが展開しているウィンタースノーシリーズ  
のペンダントがそれだ。  
雪の結晶をモチーフにして、煌びやかな石を繊細に配置したデザインはクール  
でエレガントともっぱらの評判だった。もちろん、それぞれの女性たちが財布と  
相談出来るように、様々な価格帯でダイヤモンド、クリスタル、スワロフスキーと  
材質も多様に取り揃えてあるのも人気の理由だ。  
テレビやネットでも宣伝されているせいで、知名度もかなりのもの。特に、この  
クリスマスシーズンに向けてはジュエリー業界の売れ筋商品ともなっている。  
 
「よう、蔵馬」  
待ち合わせ場所のオープンカフェで先に来て座っていた蔵馬を見つけると、幽助  
は呑気に手を振った。その後ろから螢子がぺこりと頭を下げる。  
「ごめんなさい、幽助の支度に手間取っちゃって」  
「いえ、いいんですよ。もう分かっていることですから」  
「何だよ、お前まで」  
「事実でしょう?」  
くすっと笑う顔は今日も晴れやかで美しい。日曜日だというのに隙なく着こなし  
たスーツが冬の日を反射するかのようだ。  
「ところで、何だよ。お前からみんなに召集をかけるなんて」  
「みんなに会いたい、というのはまあ口実で、本当のところは野暮用なんですが  
ね、飛影のことです」  
「…ああ、最近こっちに来ないからなー…で?」  
乱暴に空いている椅子に座ると、肩肘をつく。  
「躯のね、プレゼントを買って来いというんですよ」  
「はあ!?そんなことで呼び出しかよ」  
「あはは、ええ、簡単に言えばそれだけです。でも断れないんですよ…邪眼で  
視られている訳ですからね」  
律儀な性格そのままに、随分早いうちに来ていたのだろう。テーブルの上の紅茶  
はすっかりなくなって、空のカップだけが残されている。  
「なので、みんなに会うついでに一体何がいいのか相談しようと思いまして」  
最近、飛影が人間界に来ることは滅多になくなった。仲間と会うこともしない。躯  
という世にも美しい女につきっきりなのだ。  
「へー、あいつが女にクリスマスプレゼントねえ…柄じゃねえな」  
「あんたがそんな気もないからって、失礼よ」  
「何だよ螢子、突っかかるなよ」  
危うく喧嘩になりそうなところを救ったのも、常識人である蔵馬だった。  
「あ、みんな来ましたよ」  
 
「よう、久し振りだったな」  
「皆様、御無沙汰しています」  
桑原と雪菜が満面の笑みでこの場に現れる。その少し後に続いてぼたんとコエ  
ンマ。これで勢揃いというところだ。  
「桑原、頑張ってるみたいだな。昔からは考えられないぜ」  
「当たり前だっての。俺には幸せにしたい人がいるんだ」  
「桑原が留学したのは二年前だが、その数年前から会っていなかった幽助は旧  
友との再会に興奮気味だ。  
「ま、気持ちも分かるけど、一緒になるのは考えた方がいいって。俺は早まった  
かなって思ってんだ」  
がっくりと肩を落とすしらじらしい演技をしながら、同情を引こうとする幽助の背後  
で凄まじいオーラを出す螢子が仁王立ちになっていた。  
「なあんですってえええぇぇぇ…!」  
「あ、あははは。まあまあ螢子ちゃん。せっかくの再会なんだしさ。許しておやり  
よ」  
一瞬にしてここを修羅場にしそうな勢いの螢子を慌てて止めるのは、やはりぼた  
んだ。  
「もう、ぼたんさんったら。早まったのは私の方です」  
「いいじゃないか。夫婦ってのは綺麗事ばかりじゃないんだからさ」  
よしよし、と宥める声が興奮していた螢子を宥める。  
「それで、本題ですが」  
幽助と螢子に言ったことではあったが、もう一度飛影に託された用件を伝えよう  
と蔵馬が口を開く。  
 
「それだったら、あれがいいんじゃないかな」  
話を一通り聞いたぼたんは、即座に閃いたように瞳を輝かせた。  
「ウィンタースノーシリーズ、どう?」  
ここに来る時に見ていた広告の商品だ。あまりにも美しいのでついうっとりと見  
上げてしまっていたほどだ。  
「ああ、今話題になっているものですね。魔界では雪の結晶のモチーフという概  
念はないので、いいかも知れません」  
蔵馬はそれで決まりだとでも言うように、にっこりと笑った。元々託された用事  
は出来るだけ早めに切り上げて、滅多に会えない仲間たちと遊ぶ計画があった  
のだろう。  
「雪か…」  
感心したように、桑原が呟く。  
「雪菜さん、マフラーのお礼にあなたにプレゼントをしてもいいですか?」  
「えっ?」  
今の会話で、シリーズの商品を雪菜にプレゼントすることを思いついたのだろう。  
「是非そうさせて下さい」  
「…ええ、有り難く頂きます」  
初々しく頬を染めて微笑む表情が、何とも愛らしい。  
「じゃあ、そこのショップも近くにあることですし、まずは行きますか。それからみん  
なで今日は目いっぱい遊びましょう」  
ここ数年で、やたらと仕切りが上手くなった蔵馬の速攻の采配には誰も文句はな  
かった。  
 
色々あったクリスマスも、終わろうとしている。  
とっぷりと日が暮れた街は宝石を散りばめたようにきらきらと眩く輝いて美しい。  
散々遊んで疲れた体を引きずりながら、集まった仲間たちはまた元の生活に戻  
ろうとしていた。  
「今日は本当にありがとうございました。俺の野暮用で付き合わせてしまいまし  
て、感謝 しています」  
最後まで蔵馬は礼儀を欠かさない。静かに頭を下げて背中を向けた。その手に  
は午前中に購入した品が下げられている。  
 
「…さて、帰るか。何か腹減ったな」  
一時間前に軽く食べたばかりだというのに、幽助は呑気なものだ。  
「あんたはそれしかないの?全くもう…」  
そんな遣り取りをしながら、新婚夫婦は雑踏の中に消えていく。  
 
「…和真さん、ありがとうございます。私、一生大切にしますね」  
プレゼントされたクリスタルのペンダントを嬉しそうに指で撫でながら、雪菜は蕩  
けるように綺麗な笑みを浮かべる。  
「なあに、そんなことぐらい…」  
「幸せにしたい人って、私ですよね」  
「えっ?ええ、まあ…」  
「…幸せにして下さいね、和真さん」  
「…えっ」  
何を言われたのか頭がついていかないうちに、雪菜は恥ずかしそうに一人で走  
って行った。慌てて追う桑原も、何だか嬉しそうだ。  
「あっ、待って下さい、雪菜さん!」  
 
「…さて、あたしたちも帰りますか」  
さすがに一日付き合って、ぼたんもくたくたになっていた。けれど心が通じている  
仲間たちと一緒にいるのは楽しいし、また明日からも頑張ろうという気になれる。  
「そうだな、では一緒に」  
「や、で、す」  
仲間たちと一緒の時はやたら大きな猫を被っていたというのに、いなくなった途  
端にこれだ。疲れていることだし、今日はあまり関わり合い似ないうちにさっさと  
帰ろう。そう思っていたぼたんの鼻先に、冷たいものが押し付けられた。  
「ひゃっ」  
「随分、これを羨ましそうに見ていたな。欲しいのだろう?」  
それは、今日随分と話題になっていたウィンタースノーシリーズのペンダントだっ  
た。いつの間に買ったのだろう。それよりも、人間界の金銭を持ち合わせていた  
ことが驚きだ。  
「…別に欲しくなんかありません、後で何されるか分かったものじゃないし」  
ぷいっと横を向く顔は明らかに拗ねている。  
それぞれのクリスマスは、こうして無事に閉じられた。  
 
「飛影」  
胸に輝く雪の結晶のペンダントを嬉しそうに撫でながら、躯は微笑んだ。  
「こんなに気を使わなくて、良かったのに」  
冬の日を全て眩く反射して輝いているペンダントは、いかにもこの美しい女に相  
応しい。今更人間界にわざわざ行く気はしなかったが、用事なら蔵馬がこなして  
くれるから造作もないことだ。  
それよりも、些細なことでこの女が喜んでくれるのなら何でもしよう。  
「そんなことは、貴様が気にする必要ないことだ」  
「ああ、そうだったな…」  
人間界では外国の神様が生まれた日に過ぎないクリスマスだが、二人にとって  
は改めて絆を結び直す大切な日となった。  
 
 
 
終わり  
 

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