その森の奥は日の光さえも届かぬほどに暗く禍々しい。  
しかし、それだからこそたまに、これまで見たことのない植物を手に入れ  
ることが出来る。放置されたまま異種交配して長い年月を経たものが、  
自然に新種と呼べる植物へと変化を遂げているのだ。  
面白いものだ、とこの森に長らく棲みついている銀髪の妖狐、蔵馬は空  
を見上げて薄く笑った。  
世の中はこうして上手いこと循環している。あえて焦ったりせずとも望む  
ものはこうして手の中に飛び込んでくるのだから、楽なものだ。  
元々この魔界でのし上がろう、名を馳せようなどとは考えていないのが  
事の実現を尚更容易にしている。  
名もない鳥が枝葉の間を気紛れに飛び過ぎていくのを視界の端に感じな  
がら、その日の必要なものだけを採取して腕に抱え、ゆっくりと歩を進め  
ていく。  
遠くで、鳥が一声鋭く鳴いた。  
 
そろそろ日が暮れようとしている。  
住居としている洞窟に戻ろうかという頃、足元に奇妙な感触を感じた蔵  
馬は別段どうと感じることもなく、それを拾い上げた。  
「…ほう、塵芥かと思ったぞ」  
拾い上げたのは、どうやら女の子供のようだった。  
薬品でも被ったのか右半身がひどく焼け爛れていて患部が赤黒く腫れ  
上がっていた。その上にひどい異臭を放つ膿がどろどろと垂れ落ち、全  
くひどい有様だ。熱もかなり高いところを鑑みるに、火傷からくる感染症  
にも罹っているらしい。  
どうしてこのようなところにいるのかは分からず、また、どうでもいいこと  
だとそのまま連れて戻った。  
こんな臭くて病気を持った面倒な子供など何の関わりもないのだから、  
このまま放っておいても良かったのだが、そこには一体どんな感情が働  
いたのか蔵馬自身にも分からなかった。  
子供は何も知らずにずっと死んだように眠っている。  
 
その後一昼夜、これといった変化はなかった。  
起きない以上はこれといった世話もせず、ただ寝床に寝かせたままで  
いたのだが、そのまま衰弱して死なない限りはそろそろ目覚める筈だ  
と踏んでいた。  
どこからやって来たのかは知らないが、こんな大火傷をしている子供を  
拾った以上は見捨てることなど出来はしない。厄介な性分だと思いな  
がらも、辛うじて口に出来そうな果実を手近の鉢ですり潰しては汁にし  
ている。  
「…う」  
かなりの時間が経過した後、細い声が上がった。  
死んではいないようだった。  
子供は激痛の走るらしい右半身を庇うようにしてわずかに顔を上げた  
後、一瞬合点のいかない顔をした。血膿まみれではあったが、なかな  
かに整った顔をしている。無事に成長すればかなりの美女にはなりそ  
うではあった。  
「…どう、して…」  
「気がついたか」  
「どうして、ここに…」  
体が痛くてなかなか思うように動かせないのか、芋虫のように這いず  
る姿がひどく痛々しい。  
「森の中に倒れているのを見つけた。生きていたから拾っただけだ」  
「生きている…?」  
「そうだ、お前はこうして生きている」  
「そうか、俺はやっと…」  
か細かった子供の声がその時だけ力強くなったことを、蔵馬は聞き逃  
さなかった。これほどに衰弱していても、生に激しく執着しているのが  
読み取れたからだ。まだ幼いといえるこんな子供が、これほどにひど  
い火傷を負いながらも生きたいと望んでいるのは、さすがに異様なも  
のを感じた。  
 
結局子供はしばらくの間、何ひとつ口にすることはなかった。かなり体  
が参っていたのだろう。  
幸い、蔵馬は薬草に精通していた。火傷や衰弱に効く薬を調合するこ  
となどたやすいことだった。最初は何と厄介な荷物を拾ったものだと思  
っていたが、生来の面倒見の良さがそれを緩和させていく。  
 
苦い薬を普通に飲めるようになって、最初の季節が過ぎようとしていた  
頃に子供はようやく寝床から起きることが出来るようになった。  
細く貧弱な体は相変わらずだったが、拾った頃に比べて生気が漲って  
いる子供はすぐに立ち上がろうと足掻いている。だが、火傷でひどく損  
傷していた右半身の肩から下、膝から下は既に壊死を起こし始めてい  
て、このまま残していても毒素が回るだけでしかなかった。  
それをどう告げようかと考えるだけで、気が滅入る。  
出来れば早いうちに切断してしまいたい。  
それをこの子供が認められるかどうかなど、関係はなかった。  
最初の時点であれば。  
 
 
 
終  
 

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