「あの方に使ってみたらどうですか?」  
数日前なかば強引にその言葉と笑顔だけで渡された謎の品。  
20センチぐらいで奇妙なくびれが先端に施しており、どぎつい桃色の棒。  
「蔵馬め…俺を試すつもりか?」  
頭をどんなにひねっても使用法が分からない。  
飛影は眉間にしわを寄せ、とりあえずもぞもぞとその謎の棒を弄くってみた。  
 
うぃーん  
 
「…ぅわ!!」  
驚いて思わず落としてしまった棒は床の上でぐねぐねとうねった。  
しばらくその動きを見ていた飛影は ふ、と考え付いた。  
そして口をにやりと吊り上げ、楽しくてしょうがない、そんな悪戯坊主のような顔つきになった。  
「わかったぞ、この棒を躯に使う方法が…しかし今の俺には使えこなせん代物だ…  
だが使いこなしてやる…一週間でな」  
 
 
飛影が訪ねて来ない。  
ベッドの上で躯はクッションをありったけ抱いてどす黒いオーラを出している。  
しかし見る人が見ればその表情は寂しさと切なさがまざりあった、早い話が恋する乙女の表情であった。  
「…もう一週間だぞ…」  
ぽつり、と心の声がもれた。誰かが聞いているわけではないが、慌ててクッションに頭をうずめた。  
 
俺は何度か「好きだぞ」と茶化して飛影に伝えた事がある。  
飛影はその度に「冗談はよせ」「馬鹿野朗」「ふしだらな事を言うな」と悪態をつく。  
しかし本心である事を知っているので赤くなった顔を伏せながら肩に寄りかかってくる。  
しかしそれ止まりだった。  
俺はそうした飛影の仕草に幸せを感じないわけではない。嬉しいし胸がどきどきする。  
だけど俺はもっとどきどきできる方法を知っている。  
残念な事に飛影はまだとてつもなく子供だ。  
風呂上りの俺をみても無反応に寝そべっていて、胸元がはだけていたら「みっともない」と無造作に手を伸ばして服を整える。  
ストイックとかプラトニックラブとかそんなんじゃない。  
知らないのだ。あの餓鬼は。  
(飛影となら…絶対に気持ちいいのに)  
(「躯、綺麗だ」「馬鹿…そんな見るな」「今更なんだ?いいだろう?」  
「あっ…そこは…!!」「…愛している…」「ひ、えい…俺も…」)  
 
「おい」  
ガチャリ、と扉を開けたのはまさに想い人で、躯はさっきの想像もあって  
気まずいやら恥ずかしいやらで声が裏返った。  
「!!!!!!!!…の、ののノックぐらい、しろ!!!」  
「?どうせ寝ていただけだろう?ちょっと付き合ってくれ」  
「…え、あ、わかった…」  
付き合ってくれ、という単語にまた躯がくらっときちゃったのは秘密だ。  
 
「俺の部屋に全然訪ねてこなかったくせに…お前手合わせしか楽しみはないのか?」  
そこは稽古場だった。巨大なその空間には飛影と躯しかいなかった。  
躯のぼやきを無視して飛影は気を集中させた。  
「おい飛影、一体何を…」  
躯が言いかけた瞬間、空間全体に小刻みな振動が走った。  
「俺はこの一週間…おまえを倒すためだけに特訓した…」  
飛影が喋るごとに振動は激しさを増していった。  
「だが、俺が勝っても、それは棒のおかげだ。  
…だがこの武器を完全に使えこなせるようになったこと、そしてお前を倒した事…」  
躯は立つのが精一杯で喋り続ける飛影に反撃すらできない。  
「それは俺の自信につながる!!!」  
稽古場全体を強烈な衝撃波が襲う。  
「ちっ…あいつ何をしたってんだ?」  
彼の力は一週間前と比べ物にならないほど進化していた。  
(棒、といってたな…棒術を極めたというのか?)  
足場を確保しつつ考え事にふける躯。  
「余裕だな」  
「!!!」  
ひゅ、と恐ろしい速さで飛影が拳を繰り出す。  
的確に隙を攻めてくる攻撃を受け流すのでも精一杯だった。  
(飛影は何かを握って、それで俺を攻撃している…畜生、早すぎて何なのかわからない)  
どんどんと速度を増して繰り出される攻撃に押され、ついには壁にまで追い詰められてしまった。  
 
「くっ…腕をあげたな」  
「特訓の成果は、これからだ」  
「…!!!!」  
上目遣いの赤い目には純粋な攻撃性が宿っていた。躯の背筋に悪寒が走る。  
(やられる)  
そう思った瞬間、彼女の体に激痛が走った。  
稽古場を揺らしていたあの力が自分に向けられている。しかも何倍もの威力で。  
肢体が飛んでいくのでは、と感じるほどの痛み。  
口の中には懐かしい鉄の味がした。  
(まいったな…)  
清々しさに似た感情で躯は下を向いて飛影を見た。  
その目には我が子の成長を喜び、そうして抜かされた親のような、嬉しくもあり少し寂し気な、  
そんな感情が入り混じっていた。  
腹に飛影の拳、否、棒が押し付けられていた。血は出ていなかった。飛影はその棒に力を流し、体内の器官を振動させ、躯を攻撃していた。  
棒。そう、棒で。  
20センチぐらいで奇妙なくびれが先端に施しており、どぎつい桃色の棒によって。  
躯の何かが切れた。肢体ではない。ハートの大切な何かが、だ。  
 
「あほかあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」  
 
ギリギリの状態で、飛影の肋骨を粉砕し、血と吐瀉物を吐き出させたのは  
流石三竦みというか、年の功というか…  
 
 
怪我も全快し、またいつもの日々が戻ってきた。  
飛影はまたも叩きのめされた事が気に入らなかったが躯のベッドに寝転がっている。  
「おい」  
「なんだ」  
「結局あの棒は何だったんだ?武器ではなかったんだろう?」  
ばふ、とクッションに埋まりながら飛影は聞いた。  
「…教えてほしいか?」  
躯が悪い大人の顔つきになった。それはわかる人が見ると恐ろしく艶っぽい、  
悪女の顔だった。  
「ああ、教えてくれ」  
そして飛影はわかる人ではなかった。  
 
(暗転)  
 
「いや、ちょっとまて、ま、待てと言うとるだろう!!!」  
「言い出しっぺはお前だ!!怖くない!!!!!」  
「おい、その、か、体を、大切に…純潔を、だな…」  
「黙れ!!!!そんな時代は終った!!俺が一人前にしてやる!!!!!!」  
「…ちょ、やめ…!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」  
飛影はこの日、大人になった。  
 
 

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