飛影が百足に帰ってきたのはそれからずいぶんたった夜遅くだった。  
百足の上に軽やかに飛び乗ると、夕方にそこに座っていた躯がまだそこに居た。  
月明かりに反射して、きらきらしている短い髪。  
深くて蒼いキレイな瞳。  
その右半身が、内面を含めた躯全体の美しさをかえって際立たせている。  
飛影は現実の躯の方をなんだかとっても美しく感じていた。  
「おかえり。目が覚めたか?」  
しかしその中身が違う。  
こっちはまさしく上司のようだ。  
夕方(ゲーム)の躯は自分を好きだと言ってくれた。  
深い口付けを交わし、自分の愛撫に答え、艶っぽい喘ぎ声をあげていた。  
こいつとあんなことをすると、あんな感じなんだろうか・・・?  
しかしそんなことは絶対にできるはずがない。  
溜息をつき、苦虫をつぶしたような表情の飛影に、躯はなんだか違和感を覚えた。  
「放り投げたくらいじゃ治ってないようだな」  
いかん、このままじゃまた何されるかわかったもんじゃない。  
飛影は気をとりなおした。  
「貴様こそなんだ。こんなところでずっと座ってたのか?何をしている?」  
躯は飛影から目をそらして空を見上げた。  
その表情に、飛影は不覚にもどきどきしてしまう。  
「オレだってたまには外でぼんやりしてもいいだろう?」  
躯はなんだか色っぽい表情をしていた。  
飛影はその表情に、夕方(ゲーム)の躯が重なって見えた。  
けれど躯は別段色っぽいことを考えていたわけではなく、  
明日からの百足の進路について考えをめぐらせていただけである。  
「躯・・・」  
飛影は吸い寄せられるように躯に近寄って片ひざをついた。  
 
「ん?」  
まさか飛影が自分のこんな至近距離に近づいてくるとは思ってなかった躯は  
不覚にもちょっぴり胸がどきどきしてしまった。  
「な、なんだ?」  
こころなしか緊張しつつも頬が赤くなってしまう。  
そうさせるような表情を飛影はしていた。  
熱っぽい視線をまっすぐに向けられて、躯はますます赤くなった。  
「オレはお前が・・・」  
飛影はいつものど元まで出掛かっている言葉を途中まで口に出してしまったことにはっと気づいた。  
躯は次の言葉をどきどきしながら待っていたが、いつまでも続きを聞くことはできなかった。  
「なんだよ。言いたいことがあるならはっきり言え」  
飛影はすっとたちあがるとくるりと背を向けた。  
「もう、寝る」  
「はあ?」  
百足の中にさっさと姿を消した飛影に置き去りにされたようで、躯はちょっぴり不機嫌になった。  
「なんなんだ一体・・・」  
たしかあいつ、今日は朝から人間界に行っていたな。  
躯はしばらく考えて、通信機に手をのばした。  
『はい、躯様』  
奇淋の声が聞こえた。  
「ちょっと出かけてくる。明日には帰る」  
『わかりました。いってらっしゃいませ』  
躯の体が魔界の森の、夜の闇に消えた。  
 
 
その頃、蔵馬は今日のゲームの内容を、DVDに編集する作業をしていた。  
飛影の弱みを握ってしまったようで、なんだか心がうきうきしてくる。  
口笛なんて吹きながら。  
ついつい熱中してしまい、自分の家に近づくその気配に、とうとう声がかかるまで気がつかなかった。  
「おい」  
「!!」  
聞き覚えのある声に蔵馬は背筋が凍りつきそうな錯覚を覚え、まるでエロ本を隠れて読んでたのを  
家族に見つかった時のようにあわててパソコンのキーを適当にたたいてしまった。  
「なんだか飛影の様子がおかしい。お前何か知って・・・・・・」  
そういいかけた躯は、蔵馬のパソコンの画面に目を留めて言葉を失った。  
 
『躯、オレはお前が好きだ』  
 
蔵馬はあわててパソコンの電源を切ろうとしたが、一瞬にしてその両腕を封じられてしまう。  
後ろから半ば羽交い絞め状態となり、背中に躯の胸の膨らみを感じてなんだか得したような気持ちを感じつつも、  
オレは何年生きられただろうか・・・と、その生涯を走馬灯のように思い巡らせていた。  
せめて、楽に死ねますように・・・。  
ゆっくりと瞳を閉じて、蔵馬は祈りの境地に達していた。  
だが、祈りながらもやっぱり考えてしまう・・・。  
孤高>棗>静流さん>ぼたん>螢子ちゃん>躯>雪菜ちゃん・・・。  
・・・人生最後の考え事にしてはあまりにもおそまつだ。  
 
DVDはそれから2時間近く続いただろうか。  
やがてTHE HAPPY ENDの文字が浮かびあがった。  
その間、二人は固まったまま、微動だにしなかった。  
「・・・おい」  
躯の声は震えていた。  
「はい・・・」  
蔵馬の声も震えていた。  
「これは何だ」  
背後にかつて感じたことのない禍々しいオーラを感じながら、  
蔵馬はこの先の生を完全にあきらめた。  
「これは今日、みんなでやったゲームですよ」  
「ゲームだと?」  
「けれど、飛影にとっては現実です」  
次の瞬間、蔵馬のパソコンがDVD共々粉々になった。  
そして躯の姿が消えた。  
蔵馬は3回目の誕生日を迎えたような気分になった。  
 
 
 
躯が百足に帰還したのはもう夜があける頃だった。  
ただならぬ妖気の躯が百足に近づくのを感じた部下達は、  
その帰還前には全員すばやく自室にこもり鍵をかけていた。  
「早く躯様が穏やかになられますように・・・」  
と、何に対してかわからないまま誰もが祈り、震え上がっていた。  
飛影はのんきにベッドから降り立つと、朝の空気を吸おうと百足の上に出ていた。  
そこに躯が帰ってきた。  
「なんだ。どこかに出かけていたのか?」  
半分寝ぼけている飛影には、ただならぬ躯のオーラを感じることができていなかった。  
「ちょっと人間界にな」  
ひきこもりのこいつが人間界に?・・・珍しいこともあるものだと思いつつ、  
そのオーラが3割り増しになった時、飛影ははっと気がついて背筋が凍りつくような戦慄を覚えた。  
「・・・お前、昨日は面白そうなゲームをしていたようだな・・・」  
飛影の顔から血の気が引いた。  
いや、全身からかもしれない。  
「今ここで殺されるのと、昨日のことが思い出せなくなるくらいぼろぼろにされるのとどちらがいい?  
好きなほうを選べ」  
今度こそオレは死ぬかもしれない・・・。  
どうか幸せに・・・。  
飛影の脳裏に雪菜の面影がうかんだ。  
 
(暗転)  
 
数分後、ボロ雑巾のようになった飛影をつまんで躯は時雨のところに来ていた。  
「飛影・・・、・・・躯様、これはいったい・・・」  
「こいつが気がつく前に、こいつの2日間の記憶を全て消してしまえ」  
「は?記憶を・・・?」  
「そうだ。早くしろ」  
まるでネフェルピトー登場当初のようなとんでもないオーラを発しつつ、  
躯は時雨の部屋を後にした。  
そのすさまじい陰の気にあてられ全身から汗が噴きあがった時雨はあわてて作業にとりかかった。  
「飛影のやつ、一体躯様の何を知ったんだ?」  
まさか体を知っただなんて、お釈迦様でも気がつくめえ。  
 
 
その後、飛影の記憶のすり替え作業と治療が無事に終了し、飛影は躯の部屋に向かっていた。  
2日前、手合わせを申し込んだ飛影は躯にこてんぱんにやられて治療を受けていたことになっている。  
時雨は優秀な躯の部下であった。  
「くそ。オレはまたお前に負けたのか」  
躯の部屋の椅子に腰掛けながら、飛影はぶすくれていた。  
そんな様子を見ながら躯は飛影に近づくと、おもむろに襟首を掴んで引き寄せてキスをした。  
「なっ!何を!!」  
飛影は突然の躯の行動にびっくりして立ち上がった。  
「・・・フン」  
躯はじろりと飛影を睨み付けるとそのまま自室を後にした。  
「一体なんだっていうんだ???」  
海より深い女心の深遠を、飛影に理解することこそ不可能なことであった。  
 
躯はまたもや百足の上でぼんやりしていた。  
口付けひとつであの反応。  
よくもゲームだからといってあんなことができたものだ。  
勝手に人をひんむきやがって。  
 
飛影と躯の関係は、しばらく発展しそうにはなかった。  
 

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