百足の上に立ったまま、飛影は一人悶々と悩んでいた。
ついこの前、躯に言われた言葉。
『お前は早過ぎる』
その単語が頭を一瞬よぎっては、すぐに通り過ぎる。
一応、蔵馬からそれを意味するであろう内容は聞いた。だが、他の奴と比べた事など無いのだ、そう言われても。
「飛影、交代するぞ」
背後から声をかけられて、やっと飛影は背後にいた男に気付いた。
魔界整体師、時雨。こいつを倒した事で、飛影は躯の筆頭戦士になる足がかりを付けたと言っても過言では無い。
「ぬ?どうした、お主・・・何か悩みでも」
すれ違おうとした瞬間、軽く肩を掴まれて相手の細い眼が更に細くなってこちらを見る。
厭な奴だ、こいつは。自分に剣を教える時も、あの真剣勝負の時も。いつも俺を見下したような眼をしてくる。
気のせい、と言われたらそうかもしれない。だが、それでもこいつを好きになる気はさらさら無い。
「何でも無い・・・・・・・貴様の気のせいだ」
軽く時雨の手を払いのけて、飛影は百足の中へと戻る。その頬が紅く染まっていたのは、夕陽のせいか否か。
その背中が消えた頃に、夕焼けに染まった魔界を見渡しながら時雨が一言。
「・・・・・・ふむ、あの飛影にも色恋沙汰があると見える、か」
にやり、と軽く歪む口元の様は、まるでどこぞの腹黒狐と同じようだったらしい。