交代する時、何気なく空を見上げた。  
 
綺麗な、丸い月が天空に浮かんでいる。ふくよかな、何かを思わせる、そんな月が。  
 
部屋に戻って、着ていたシャツを脱ぐ。冷たい外気に晒されていた体が部屋の温度で暖まっていくのを感じる。  
今夜は久々に夜を部屋で過ごせる日、か。  
かさり、と物音がして瞬間的に刀を持って振り返る。殺気は無いが、反射的なものだ。  
「おやおや、相変わらず物騒だな、飛影」  
そこにいたのは、自分とあまり背丈の変わらない女性。この百足の主・・・・・躯。  
柔らかい髪を揺らし、手に持った酒瓶を持って飛影の部屋の入り口を当然のように入ってくる。  
「今日の夜は暇なんだろう?久々なんだ、今夜は付き合え」  
焼け爛れていない側だけ見れば魅惑的な微笑を浮かべれば、これまた当然のように盃を二つ出す。  
そのまま二つの盃に酒を満たし、立ったままの飛影に満たされた盃を手渡す。  
何も書いていない酒瓶にチラリと視線をやってからそれを飲み干す。甘い香りと共に、喉を通る焼ける様な強い酒。  
軽く眉を顰めながら刀を置いて、ベッドに座る。疲れている今は椅子よりも柔らかいこちらの方が良い。  
「何も文句は言わないのか、お前は」  
からかうような声音で問い掛ける相手を軽く睨みつけ、それから溜息を一つ。  
「貴様は冗談を言える相手じゃないだろうが、躯。こんな時間に俺を尋ねてどうしようと?」  
「さて、何だろうな」  
睨みつける自分に軽い返事を返し、隣にふわりと腰かける。同時に隣から匂い立つ、クラリとする女の香。  
何を考えているのか、と自問しながら空のままの相手の盃に、強引に酒瓶を奪って酒を満たせば、そのまま一気に  
躯は酒を軽く呑み干して・・・唇だけで笑って無言で盃を向けてくる。そして、それにまた酌を一杯。  
そうやって、何度か酒をお互い無言で酌み交わす。気まずい雰囲気ではなく、心地の良い無言の空間。  
「・・・・・で。何がしたいんだ、躯」  
「お前が早くなくなったか試してみようかと思ってな」  
あっさりと返って来た返答に、思わず一瞬言葉が詰まる。ついこの前言われた一言と、蔵馬に教えられた事。  
一瞬で脳裏を横切る『早くなくなった』と言う意味合いを理解すると、飛影らしくなく、自然に顔は紅く染まる。  
「さて、飛影。その様子だと理解は出来ているようだな?結果が出ているか・・・それとも、練習はまだ必要か?」  
クスクス、と、らしからぬ笑みを浮かべて躯は飛影を見つめる。飛影が反論も、身動ぎも出来ずにいるのを、ただ  
眺めて、楽しむように、ただただ見つめて観察する。いつも冷静な相手が珍しく動揺するのが、楽しいと。  
躯の思惑など全く考えずに、飛影は狼狽する。どうしたら良いのか、どうすれば躯は納得するのか。  
「俺を楽しませてくれても良いんじゃないのか、飛影。お前は俺の・・・筆頭戦士だったんだろう」  
つん、と軽く飛影の胸元を突付いて、躯は微笑を浮かべる。純粋に、目の前にいる年下の男が可愛いと思って。  
 
「・・・・・・・・・・っ。」  
しばらく逡巡した後、飛影はそっと躯の頬に手を伸ばす。焼け爛れた頬をなぞり、綺麗な方の肌をなぞり。  
そのまま手を下ろして、腰の辺りから薄い布をめくってその中に伸ばそうとして、手を叩かれた。  
「おい。そんなに急いでどうする?だからお前は早いんだ」  
くく、と笑いの混じった声で自分の手を叩いた相手は楽しげに呟き、軽くめくられた服の裾を自然に直す。  
無意識に小さく歯軋りをして、飛影は服の上から躯の体を撫でて行く。もうそれ程痛くはないだろうが、擦れれば  
やはり痛かろうと彼らしからぬ配慮をして、優しくそっと布越しに相手の体を撫でさする。それがくすぐったいのか  
躯が小さく笑い声を漏らして体をよじる。自然に、服が躯にまとわりついてその体の持つ『女らしい線』が現れる。  
その線に一瞬だけ、ほんの僅かだけ見とれてから服の上からも判る丸い膨らみにそっと、触れる。  
さわさわ、と優しく触れて、それからむにむに、と軽く揉みあげるように。  
薄布の上からならば、鍛えられていても躯の胸は意外とふくよかなのが判る。それが、飛影の手で形を変えて行く。  
少し力を強くしてしまえばそのまま息の根を止められかねない状況でも、躯は飛影のするままに小さく笑いながら  
大人しく、彼の好きなままにさせている。新しい玩具を貰った子供を見守る母親のような、そんな表情で。  
 
(―この場合、俺はこいつの玩具みたいなものになるのか?―)  
 
ふ、と飛影に気付かれない程度に躯の唇の端が上がる。自分の頭の中に浮かんだ一言に苦笑を。  
「そろそろ気が済んだか?いい加減俺は待ちくたびれたんだが」  
つん、と何やら楽しげに胸を揉んでいる飛影の頬を突付いて、躯は苦笑する。どうやら、こいつは変に一つの事に  
執心する癖があるのだろう。妹の事と言い、自分の氷泪石の事と言い・・・・そして、今は自分の胸、か。  
あぁ、と今気付いたかのように飛影が顔を上げる。すまん、と小さく笑う頬に躯はキスを落として、笑い返す。  
「俺を楽しませてくれるのか、くれないのか?」  
「いや、それに関しては全く自信は無いな、生憎」  
「良い返事だ、飛影」  
短いやり取りを交わして飛影は躯の薄布をめくり上げる。今度はその手は叩かれない。  
めくれば覗く肌に、そっと口付けをしながら完全に脱がすまで焼け爛れた肌も、綺麗な肌も優しく口付ける。  
どちらも『躯』の姿であり、今は『飛影』ただ一人のモノだと、純粋に思って口付ける。どこで、そういう風にすれば  
良い、と知識を得たわけでは無い。流石の蔵馬もまだ、そこまでの知識は飛影に与えていない。  
それでも、無意識に自分のモノだと言う想いは飛影の体を動かして、躯の肌に口付ける。  
どうにか上半身を脱がし終わり、部屋の薄明りに晒された躯の体を見てから飛影は一瞬考える。さて、どうしようか。  
 
つい、と飛影の視線が何気なく天井近くの窓へ行く。  
 
窓の真ん中、暗い空に浮かぶ、丸い、月。  
 
見てから、躯の方に視線を返す。今見たばかりの月を思わせるような、綺麗な肌の方の膨らみ。正反対に、焼け爛れた  
方の膨らみも見る。別に、だからと言って汚い等は思わない。これでこそ、魔界の住人だ、と思う。  
布越しではなく、直に肌に触れるれば、やっと伝わる相手の温もり。部屋の空気で暖まって来た体が更に熱くなる。  
衝動的に躯の胸に軽くしゃぶり付く。ぺろりと舐めて、甘噛みして、吸い付いて。それから柔らかい感触をふにふにと  
 
楽しんで、形を変える様子を見て・・・・・・・そして、先程そうやって遊んでいて怒られたのを思い出す。  
飛影が胸を直に触れる度に躯の吐息は荒くなっているが、飛影はそれには全く気付いていない。  
この後どうするんだったか、等と軽く考えながらも、無意識に飛影は躯の下半身を脱がしにかかっていた。  
どうにもぎこちない飛影の動きをフォローするように腰を浮かせてやる相手の助けもあり、どうにか脱がし終わる。  
狐までとは言わなくとも、それなりに利く飛影の鼻を、躯の香りが刺激する。  
自然に飛影の顔はその香りの元に近付き、慌てて閉じようとする躯の脚を抑えてその源に辿り着く。  
くん、と軽く匂いを嗅いでからそのまま自然な動作でぺろり、と。  
「・・・・・んっ!」  
やっと躯の甘い声が漏れる。それを聞いて、飛影は小首を傾げる。はて、今の声は何だったか。  
あぁ、そうか。コレをすれば良いのだったな、と納得して、もう一度ぺろり、とさっきよりも強く舐める。  
「・・・っ・・・ふぁ・・・」  
敷き布を握って躯が漏らす声に満足して、飛影は何度も舐め続ける。舐めれば舐める程出て来る蜜を舐め取る。  
犬がミルクを飲むように、ぺちゃぺちゃと音を立てながら、躯の漏らす声に耳を傾ける。  
「く・・・・は、あ・・・・っ」  
顔を上げて躯の顔を軽く眺める。ハァ、と紅潮した顔をこちらに向けて軽い不満げな表情を見てから、やっと気付く。  
「・・・・っ・・・と・・・楽し・・・せろ・・・・っ」  
途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、飛影の剥き出しの腹を爪で軽く引っ掻いて、躯は頬を膨らませる。  
「すまんな、反応が面白いから忘れていた」  
そんな事を言って小さく笑う飛影の脇腹をまた軽く引っ掻いてから躯はだらり、と手を下ろす。  
躯の手が下りるのを見て、履いているズボンを下ろす。下半身にも残る傷跡を隠しもせずに、躯の上に体を乗せる。  
まだあまり慣れていない行動。挿れるにしろ、まだ目で確認しながらでなければ挿れられない位、慣れていない飛影。  
じれったい時間が、熱くなった躯の体を軽く身震いさせて、いつでも飛影を受け入れられるように仕上げて行く。  
ぬるり、と言う感触と同時に飛影が躯の胎内に入る。それと同時に二人して甘い吐息を小さく、小さく。  
 
飛影はそのまま胎内の感触を楽しむ間もなく、そのまま勢い良く腰を動かし始める。  
最初の時はただがむしゃらに動かして、すぐに果ててしまった。あの時よりはまだ、多少は長くなった・・・筈。  
挿れる前に確認しながら頭の中で毎回考えている事も、挿れてしまえばすぐに消え去ってしまう位の快感。  
「・・・はっ・・・・ん・・・・・っ・・・」  
どちらのともか判別のつかない吐息が、薄暗い部屋の中に響き渡る。それに重なるように躯が出す淫水の音も響く。  
「や・・・・っ・・・ふ、あ・・・っ」  
ギシ、とベッドを軋ませて躯の背中が軽く仰け反れば、浮き上がる背中を抱きかかえるように飛影は躯を抱き締めて、  
そのまま更に激しく二人の体をゆする。  
「「・・・・っ!」」  
二人の息が一瞬だけ合った瞬間、呆気なく今夜も飛影は躯の胎内で果てた。  
息の乱れを直してから躯の体からずるり、と自分を抜き出せば、その後から流れて来る二人が混じった白濁色の体液。  
ちらり、とそれを確認してから天井近くの高い窓に視線を送る。  
月は窓の真ん中からはずれていた。少しは時間を稼げたのかと軽く思案をする飛影の脇腹を、躯が引っ掻く。  
「何だ、痛い」  
むすりと返す言葉に、今度は躯が拗ねたような表情を見せる。  
「・・・・・早い。」  
拗ねたままの顔で、その一言だけ呟いてから、けだるい体をだるそうにごろり、と。  
相手から表情が見えないようにしてから唇の端を少しだけ緩ませる。まぁ、最初と比べれば大した進歩か、と。  
背中を向けたままの躯の剥き出し背中に飛影は軽く口付ける。  
「その内、お前にそんな事は言わせないようにするから・・・そんな顔をするな、躯」  
苦笑混じりに言ってからそっと躯に寄り添って目を閉じる。今日は、よく眠れそうだなどと、変な安堵を抱いて。  
寄り添われた躯も静かに目蓋を閉じる。  
 
こうする時の誰かの温もりが、お互い心地良いのだと心の奥で小さく想いながら。  
 
「へぇ、それでまだ早いと言われたわけですか」  
いつもの薬草を渡しながら蔵馬は苦笑を漏らす。あの躯だから、そう簡単には満足しないとは思っていたけれど。  
あの話を聞いてからそれなりに時間は経っている筈だし、飛影も自分でどうにか練習はした『筈』だし。  
「ま、その分じゃ当分・・・・先になりそうですね、躯を満足させるのは」  
やれやれとおどけたように肩をすくめて、飛影の前でわざとらしく溜息をついて見せる。  
「殺されたいのか、貴様・・・・っ!」  
そんな事を歯軋りしながら言う飛影だが、結局はこの狐に色々と世話になっているのは否めないわけで、仕方無い。  
今度会う時はこいつを感心させてやると声に出さず、固く心の中で誓って夜空にヒラリと溶け込んで。  
そんな背中を見送って、心中を察した狐はクスクス笑う。  
「さてはて、驚きはしても、俺を感心させられると思ったら大間違いですよ、飛影?」  
何しろ満足しない性格ですからね、俺は。と、暗い夜空に何を考えているのやら、狐の笑い声が小さく響いき渡った。  
 

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