霊界は下界とは時間の流れが多少違うだけに、今日もいつものように忙しい。
そんな最中に呼び出されて機嫌が良い筈も無く。
「なんですか、コエンマ様〜・・・あたしゃまだ仕事あるんですけど?」
はぁぁ、と既に諦めの境地に達した溜息をつきつつぼたんは上司の部屋の扉を開く。
中にいるのは、今や霊界の最高位に就いた自分の我侭上司、コエンマ。だが、いつものような子供の格好ではなく
なぜか人間界に降りる時と同じような好青年の姿でこちらをニヤリ、と笑って見つめ返して来た。
厭な予感。
「ただ単に暇潰しで呼んだんでしたら、あたしゃ仕事戻りますからね、気紛れで呼ばないで下さいっ」
そう言ってひらり、と着物の裾をひるがえして扉の向こうに出ようとした時、背中に声がかかる。
「まあ、そう結論を急ぐでない、ぼたん。お前の今日の残りの仕事は他の奴にやらせるから・・・・行くな」
くく、と何やら楽しげにそんな言葉を背中に送って、コエンマは優雅に立ち上がる。そしてそのまま、ぼたんの所へ。
ぼたんにしてみれば自分の仕事が無い、と言われれば仕事を口実に逃げる事も出来ないわけで、仕方無く振り返る。
もう一度溜息をついて、目の前に近寄って来た上司をチラリと下から見上げる。
悔しい位に好青年の姿でいる目の前の相手。いつもの霊界での姿だったら、こんな威圧感を感じる事も無いのに
今日、こういう二人だけの時にこの姿をすると言う事は・・・この後に何を要求されるかも予想がつくと言う物で。
「・・・・・で、今日は何がお望みなんですか、コエンマ様?」
「はて、何のつもりだったかのぅ?」
わざとらしく顎に手を当てる相手のみぞおちに肘鉄を喰らわせたい気持ちをグッと堪えてもう一度。
「な ん の お つ も り で す か」
一言一言、ゆっくりと呟くぼたんの顎に手を当てて、いかにも育ちの良いと言った笑みを見せるコエンマ。
そして、嬉しそうな顔でその質問に答えを返す。
「いや、下界で本日は『文化の日』等と言っておるらしいではないか?それなら、お前で芸術をしてみるのも」
「その提案については却下させて頂きますよ、コエンマ様」
「・・・・即答で拒否するとは、酷い奴だのぅ・・・ぼたん・・・・お主位じゃよ、ワシに逆らうのは」
言葉の途中でキッパリと遮って却下を言えば、またわざとらしく溜息をつくコエンマ。それに対して、こちらは
本気で溜息をつき返すぼたん。はたから見ていれば、どう見ても『バカップル』の会話にしか見えない会話。
そう、もしこの場に蔵馬がいれば・・・・きっと、いや確実にニヤニヤと笑って二人を眺めていた事だろう。
「ただ、単にワシは・・・お前を筆で色々やってみたかっただけなんじゃが・・・なぁ?」
筆で何を、と一瞬考えてから、ぼたんは反射的に上司兼恋人の頭をどこから出したのか、ハリセンで叩いていた。
「だ、誰がそんな事させますか!大体あたしゃ今日は勤務日なんですよっ、そんな日に馬鹿抜かさないで下さいっ!」
べしべし、と何度かハリセンで相手を叩いてから肩を揺らしてぼたんはコエンマの執務室を勢いよく出て行って。
残されたコエンマは、頭をさすりつつも壁に貼られた下界用のカレンダーを見ながら嬉しそうな笑みを漏らした。
「・・・・ま、『文化の日』は無理でも『芸術の秋』と言う手はまだあるしのぅ・・・、まだまだこれからじゃな」
蔵馬に良い手でも聞いておくか、と小さく呟いて、まだ残る書類に向かってコエンマは再度ニヤリとほくそ笑む。