たまたま、駅で会った。バッタリと、偶然に。  
「おやま。今帰りかい?」  
「あ、どうも、お久しぶりです」  
こちらへと親しげに頭を下げて挨拶をしてくる相手は、自分の弟の友人。戦友とも言えるか。  
「なんだかご機嫌そうじゃないかい、蔵馬君?」  
駅から出て、煙草を咥えながら相手の顔をチラリと見上げる。  
こちらの視線を受け止めながら、言われた相手はニコニコと笑みを絶やさず頷き一つ。  
「ええ、ちょっと頑張った甲斐がありましてね、大きな商談がまとまったんですよ」  
「へえ、そりゃ目出度いじゃないか、祝杯でもあげるかい?」  
ニヤリ、と笑ってちょうど目の前にあった飲み屋を指させれば、ヒラヒラと手を振って否定の意を示す相手。  
「静流さんと二人で居酒屋なんて行ったらどれだけ飲み代がかかる事やら・・・・」  
割勘でも無理ですよ、とわざとらしく溜息を漏らす相手を見て、それから視線を他の場所へ移し。  
「あはは、そりゃ言えてるねぇ。んじゃま、雪見酒・・・ってわけにゃいかないけど・・・・公園で一杯軽くやるかい?」  
クイ、と親指で次に示したのは居酒屋ではなく、酒屋。お値段そこそこ、置いてるのもそこそこ。  
「俺を酔い潰さない程度にして下さいね、静流さん」  
「そこんとこは自己責任で頼むよ、蔵馬君」  
「煙草、火を消すのも勿体無いですし、俺が買って来ますよ。ビールとかご希望h」  
「酒」  
「・・・・・はい、日本酒系ですね。買って来るまで。ちょっと待ってて下さい」  
相手の問い掛ける言葉を遮るようにキッパリと単語を返せば、苦笑混じりに店の中へと消えて行く背中を見送る。  
初めて会った時より、僅かに身長が伸びたかね、と思いながら。うちのバカ弟とは比べようにならない背丈だけども。  
それに、気のせいだろうか。どことなく、何か・・・を思い出す気が、誰だろう。何を思い出しているんだろう?  
暫くしてから戻って来た相手の持つビニール袋の中身を確認する事もなく、静流の家の近くの公園へと。  
「やっぱり道から酒盛りしてるの見えたらまずいですかねー」  
「灰皿が近いの、奥の方にしか無いんだよねぇ、この公園。しけてんだよ」  
「喫煙家には世知辛い世の中って事で」  
「ホントだね、とりあえず奥のベンチでいいだろ?」  
煙草の事はケラリと流して公園の奥の方にあるベンチに向かう、深夜に怪しい二人組。  
酒を持った今の状態で職質でもされたらどう言うべきが楽かねぇ、なんて悠長な事を考えるのはそういう性分なんだろうか。  
変な事を考えてる、と自嘲めいた笑いを浮かべたまま、ベンチに相手と並んで座る。  
 
「じゃ、蔵馬君の仕事の達成にかんぱーい、と」  
「ありがとうございまーす」  
かつん、と深夜の公園で声を小さくしてカップ酒で乾杯。  
「外で飲むのも中々これはこれで乙なもんだねぇ。味が少しはマシになる気がするよ」  
美味、と言うには程遠い酒をさっさと一杯空けてポツリと漏らす自分の声に街灯の灯りの中、相手が小首を傾げる。  
「夏場に外でバーベキューが良い、ってのと同じようなものですね、それ。外だから味が良く感じるんですよ、きっと」  
はい、と二個目の酒を手渡されれば、それも一気に飲み干して。仕事帰りの空きっ腹には流石にコレは堪えるか。  
一瞬よろめきそうになる体をベンチの背もたれに預ければ、目の前に差し出される三個目のワンカップ酒。  
「あたしを酔わせても得にならないよ、蔵馬君?」  
「さて、それはどうでしょう。静流さん、気付いてないんですか?」  
三個目の酒の蓋を開けつつ、相手の言葉に今度は自分が小首を傾げる番。  
さて、この相手が言いたいのは何だろう。じぃ、と相手を観察。上から下まで見ても、何が違うのやらサッパリ。  
「わかんないねぇ、蔵馬君が髪切ったとかじゃないよねぇ、そうすると・・・・うーん・・・」  
口に酒を含んで相手をもう一度、上から下まで眺めていたらば、痺れを切らした相手が答えを。  
「スーツですよ、スーツ。今は暗くて判らないかもしれませんけれど。わかりませんか、本当に?」  
言われてみれば確かに仕立ての良いモノを着ているのはわかるけど、一体それがどう・・・・・どう、違うのか。  
いや、言われてしまえばさっき感じた違和感がハッキリと形を持って自分の前に出て来てしまう。  
「それ、あの人が着て・・・・さ・・・・・きょ・・・」  
「はい、そこまでです。時間切れ、残念」  
優しい笑いを浮かべた唇が、そっと自分の唇を塞ぐのを感じた所で静流の記憶が途切れた。  
 
 
次に目が開いた時は日付が変わっていて、自分はちゃんとパジャマを着て自室にいて。  
何処を確認しても『何か』したような痕跡は無かった事に安堵すべきなのか、ガッカリするべきなのか。  
珍しく重い頭を抱えながら階下におりればそこにいたのは何故か、昨日自分と一緒に公園で酒盛りをした相手。  
「あ、どうも静流さん。昨日、酔い潰れるもんだから心配したんですよー?雪菜さんのお味噌汁美味しいですねぇ」  
「そんな、蔵馬さんに誉めて頂けると嬉しいです、私。和真さんは今日はお寝坊さんみたいで困りましたね。  
 あ、蔵馬さんが運んで下さったんでそのままお泊まりして頂きました。今日はこのままお仕事に向かわれるそうで」  
にこやかに話しかけてくる妖怪二人を前に、彼女が二日酔いが悪化するような錯覚を覚えたのは言うまでもない。  
 
 
蔵馬が美味しく頂いたかどうかは、空に浮かんだ月とコッソリ人間界に来ていた黒いチビだけが知っている。  
 
 

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