ずざざ、と派手な音を立てて転がる相手へと一瞥をやってから踵を返せば、ふわりと編まれた髪が空に翻る。  
その後ろ姿に呻きながらも手を伸ばして、叫ぶ一声。  
「待ってくれ、もう一回!もう一手合わせしてくれ!!」  
悲鳴も混じるような、そんな声に彼女は小さな溜息をつきながらそちらに顔を向けた。  
先程までは地べたに倒れていた男は、ちょうど今立ち上がったのかヨロヨロとおぼつかない足取りで立ち上がる男の姿。  
「もう一回、もう一回!次こそ俺が勝つから、なっ」  
ぺち、と情けなく手を合わせてこちらを拝む相手の顔へと視線を向け、それから足元へと視線を移す。  
おぼつかない足取り。合わせている手も力が入っていないのは一目瞭然。こんな状態で手合わせなど、とてもとても。  
「酒の勝負だったら受けて立ってあげるけど?」  
酔拳の使い手たる相手、既に今までの手合わせで相当な量を呑んでいる事を見越しての発言ではあるが、自分の言う言葉に  
相手が嬉しそうな顔をするのを見るのは、まんざらでもないような、何だか腹が立つような複雑な女心。  
「お、おう!それじゃあとりあえずこの鬼殺しで一杯!」  
ははは、と豪快な笑い声を上げ、今までの足のよろめきなど何処へ行ったのやら、嬉しそうに酒瓶を置く相手を見て  
棗は早まったか、と密かに額に手を当てて溜息をついてしまった。  
「よっしゃ、それじゃ、えーと・・・・ココだと殺風景だな、小屋で呑もうぜ」  
素直に喜んでいるのかどうか、背中を押したり手を引っ張ったりして近くの森の中の小屋へと酎は棗を引きずり込んだ。  
殺風景度で言えばさっきまでいた岩だらけの所よりは、ややマシと言うべきかもしれない、何も無い小屋の中。  
床の上に酒瓶を放り投げ、腰に下げている小袋から盃を二つ取り出してはとちょこん、と置く。  
座れ、と強引に肩を押されれば仕方無く腰をおろし、相手が嬉々として酒を注ぐのを眺めるのみ。  
「んじゃ、ま。乾杯、っと」  
「はいはい、乾杯」  
かつーん、と音を立てて盃を合わせれば、その音が消える間も無く酎は酒を呑み干す。そして、次の酒を手酌で一杯。  
「酒の勝負だって言ってるのに、そんな調子で平気なわけ?」  
喧嘩すらまともに出来ない癖にバカね、と小さく口の中で呟きながら自分の盃を傾ける。  
思ったよりも強い酒。言い出したからには負けたくないのだが。  
 
「・・・・・なぁ」  
「何よ」  
「棗は・・・・・なんで、俺にこうして付き合ってくれてるんだ?」  
え、と驚いて相手の顔を見ると、先程までの浮かれ顔はどこへ行ったのか真剣な表情で手元の盃を見る男の顔。  
「何で、って言われても・・・・」  
何故だろう。酎が自分よりも強くなるなんて可能性、九浄が言う通りほぼ無いに等しいのに、何で相手をしているのか。  
思わず落とした視線を受け止めるのは、自分の手元に僅かに残る盃の中の水面。  
そこに映るのは目が泳いでいる自分の顔。ハッキリと、自分がその言葉に動揺しているのを伝える、顔。  
「そんなの・・・・」  
知らない、と言いかけた彼女の腕を酎の腕が掴む。慌てて振り解こうとしても、なぜか今は力が負けてしまう。  
「あれ?酒、意外と弱いのか?力入ってねぇぜ」  
知らなかったな、と小さく笑う相手を見て、思わず心の中で自分の動揺に舌打ちをしてしまった。  
離せ、と腕を振れば逆に反動がついて相手の懐へと体が引き寄せられてしまう形に。  
 
「結構、近くでゆっくり見ると細っこい体してんだなぁ・・・兄貴の九浄とは大違いだ」  
あいつは割と肉付きいいもんな、とケラケラ笑いながら腕の中に収まる彼女の体をもう一度見る。  
確かに細くて、それでいてしっかりと筋肉がついた腕。酒のせいか、手合わせのせいか、汗をかいて首筋にまとわりつく  
黒い髪の毛がまた綺麗に見えてしまったりして、惚れ直したりしてしまう自分に軽く反省。  
「離してよ!まだ勝負も何もついてないでしょ、離してってば、このバカ!!」  
ぶんぶんと振られる腕を掴み直して、そのまましっかりと胸の中に抱きすくめる。  
抱きしめてみれば、改めて彼女の体が結構細身なのが分かって、そのまま押し倒してしまいたい所をここは堪えて。  
「ちょっと、何してんのよ。離してってば、聞いてんの?」  
腕の中から睨み付けられる視線と自分の視線。二つの視線が絡まれば何故か染まる相手の頬。  
気付けばその赤らんだ頬へとキスをしていて、柔らかい感触を感じると同時に思い切り感じたのは自分の頬への熱い感覚。  
ビンタをかまされたのだ、と気付くまでに数秒かかり、それから彼女を抱き締めていた手を離して頬をさすさす。  
「・・・・・きっく〜」  
「バカ言ってんじゃないわよ、バカ、アホ、ボケっ!あたしにキスするなんてまだまだよ、一本勝ってからにしなさいっ」  
びし、とこちらを指さしてからそっぽを向いて横たわる姿を見て、酎はまた頬をさする。  
惚れた女からの一発程効くモノは無いぜ、やってくれるからには少しは脈ありだな、なんて惚気に近い事を思って。  
 
 
 
で、一時間経過。  
 
「・・・・・酒、うめぇなぁ・・・・」  
しみじみと一人で酒を呑んでいる男の気配を背後に感じつつ、棗は苛々していた。  
さっき、横になった後に手を出して来るのかと思いきや、何も手出しをしてこないで一人で呑んでばっかりで。  
(なんなのよ、こいつってほんっとに何考えてんだか分からないったらありゃしないっ)  
そろそろ流石に苛々の限界が来て、ごろりと寝返りを打ち、そして男の方へと視線をやる。  
「お、起きたか?今から酒呑むか、ん?」  
へらり、と呑気そうに笑いかけて来る酎に手招き一つ。首を傾げながら近付く相手の胸倉を掴んで自分の方へ引き寄せて、  
そのまま、寄せた勢いで酒臭い口元、唇に限りなく近い場所に軽くキスを落とす。  
「ったく、酒臭いったらありゃしない。禁酒するなら考えてやってもいいわよ」  
ふん、と鼻を鳴らしてから立ち上がる。  
チラリ、と足元に呆然としている男に一瞥をくれてやってから、棗は小屋を後にした。  
何でこうも苛々するのか、九浄にでも鬱憤を晴らす相手をしてもらおうかと考えつつ、追いかけて来ないか背後を確認。  
「・・・・・根性無し」  
誰もいない荒地でもう一度鼻を鳴らしてから自分の隠れ家へと帰ろうか。今日の一番の被害者は九浄かもしれない。  
 
棗が寝た頃になってやっと、鈍い男が今された事について真剣に悩み始めていたとか何とか。  
 
 
 
 
「・・・・・それで、何で目が醒めたら酎が俺の部屋にいるのか説明してもらえるかな、幽助?」  
にこやかな笑みを浮かべるパジャマ姿の腹黒狐。その笑みとは裏腹に沸き上がる殺気に怯えつつ、幽助は手を振る。  
「い、いや、あのさ?酎が色々と教えてもらいたいって言うからさ、だから、そのー」  
「今日は何曜日かわかってるんですか、幽助君?」  
「え、えーと・・・・・・平日?何曜日だっけ、酎」  
「へ?いや、俺は人間界の事あんまし詳しくねぇし」  
「俺は今から仕事へ行くんです、人の色恋沙汰で色々と聞いてる暇は生憎無いんですよ、ほらとっとと出る!」  
ぺい、と窓から二人を放り投げて蔵馬は溜息混じりにシャツに着替える。  
いつの間に自分の部屋は人生相談室になってしまったんだろう。この分だと、飛影との間の事で躯が来るんじゃなかろうか。  
それとも、息子の育て方で黄泉が来る可能性だってこのままだと有り得る。  
「・・・・流石に子育て相談はご免被りたいですね」  
こっちが相談したい位だ、と軽く頭を振ってから義父の会社へと今日も出勤するお悩み相談担当、腹黒狐だったとさ。  
 
 

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