うつぶせで枕を抱き、躯は目覚めた。
額はじっとりと滲んだ汗で髪がまとわりつき、体中がじっとり濡れている。
声を上げてしまったかもしれない、と、躯は思った。
シーツにくるまれる感触さえ、今は耐えられない。
身じろぎするたび、腹の奥がうずく。
――それは淫夢だった。
(あんなので、誰が『気持ち良く』なんてなるかよ!)
躯は、イライラと百足の中を歩いていた。
居ても立ってもいられず、とにかく飛影の部屋へ行ってみた躯だったが、男はパトロール中で留守にしていた。
たとえ部屋にいたからといって、何をしようというつもりもなかった――が、なら、なぜ行くのだ、と自らに問い、ふと立ち止まった躯は、壁を拳で打った。
(胸をほんのちょっといじられたくらいで、オレが、あんなふうに・・・あんあん言うわけないだろうが!)
居合わせた部下たちは、すわ一大事かと躯の顔色を窺ったが、元より何もないので――躯本人には、ある意味大事(おおごと)ではあるのだけれども――あっさり無視されて、心配は杞憂に終わった。
(・・・なんでオレがあんな夢を見なきゃならない?!)
部屋に入りドアを閉め、まっすぐにベッドへ向かい、ばったりと倒れ込んだ。
飛影が、自分を女として見ていることには気付いていた。
男のしたがることは大体予想がつく。
(だからといって・・・)
自分が、喘がされたり喘がせたり、しているような夢なんて見る道理はない。
ないはずだし、見るならもっと、違っていていいはずだ。
夢なら、現実ではないのなら。
「ん・・・」
(掌全体で撫でるとか揉むとか・・・)
躯の指が左の胸を掴む。
(体温の高い指だったらきっと・・・)
飛影の手なら、片手で十分納まるだろう。
(アイツの指だったら、きっと、もっと・・・)
目の奥が熱くて、ぎゅっとまぶたを閉じる。
(大きく口開けてかぽっと吸い付かれて、舌を絡めるようにして舐め・・・舐め・・・)
躯はふっと頬を染め、自分の唇に触れた。
(飛影は舌、長かったかな?・・・唇は?)
生身の指をくわえ、機械の指で首筋をなぞり、鎖骨を、胸の谷間を撫で、臍をくすぐる。
「くふん・・・んふ・・・んふう・・・」
くわえた指の間から息が漏れる。
あの唇で、その内側の舌で、耳を、耳の後ろを舐められたら。――もし、あの声で・・・
続きを考えようとして、躯は胸を押さえた。
(それは、ない)
自分の肩を抱いて丸くなる。
(言わない、アイツは、あんなことは・・・)
躯は、右肩の機械部分を抱く指に力を込めた。
「ぅ、飛影・・・」
「どうした」
「なっ・・・!」
聞き覚えのありすぎる声に、躯はびくりと震えた。
「ひ、飛影?!」
飛影はちょっと首を傾げる。
「さっき、名前を呼ばなかったか?」
「あ・・・ああ、だって、なんでここに」
「オレを探していたと、連絡があった」
「・・・は?」
「帰ったときにそう伝言があったが・・・躯の様子が、おかしかったと聞いた」
声の調子は、表面上、面倒そうに聞こえる。
誰に何を言われようと動かない男が、何を言うか・・・躯は体が震え、目の辺りまで掛けていた毛布を頭までひっぱった。
飛影は顔を顰めた。
「何を潜り込んでる?おい、大丈夫なのか」
「やっ、飛影・・・!」
飛影は、毛布をちょっとめくっただけだった。
「・・・具合が悪いのか?」
表れたのは躯の肩から上だけで、飛影は、女の額に汗で貼りついた髪を指で払う。
「貴様がこんなに汗をかくとは珍しいな。顔も赤い・・・目も赤いし、風邪でもひいたか?」
「ぅ・・・」
「おい、医者を呼んだほうがいいか?」
「あ・・・あ・・・」
躯の唇が震える。
「おい、本当に、大丈夫なのか。何か悪いものでも食ったのか?」
飛影は震える唇の意味が分からなかった。
そして。
「・・・飛影・・・の・・・」
「?」
そのとき躯の拳が震えていたことも、
「・・・アホー!」
分かっていなかった。
気付いたのは、躯の握り拳で横っ面をぶん殴られた後だった。
「お前の・・・お前のせいで・・・!」
顔を真っ赤にして躯は、壁まで吹っ飛んだ飛影の襟首を掴んで部屋の外へ放りだした。
「・・・とっとと失せろーッッ!」
ぶん殴られ放り投げられて飛影は、目の前で閉まったドアを呆然と見た。
「何か怒らせるようなこと、したか・・・?」
飛影は、何も分かっていなかった。
*
「飛影の、バカ・・・」
何も分かっていなかった飛影は、額を押さえた躯が、中で半分泣きながら不貞寝していたことも、まったく分からなかった。