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『華麗なる魔戦士佐藤の素敵な工房』  
道具や薬の類、なんでもご相談ください 電話番号は○○○−××××−△△△△  
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魔界の森の中の一角にそんな立て看板を掲げた小さな掘立小屋があった。  
ここに鈴木がいるのは邪眼で確認済みだがこうして玄関先に立って看板を見ていると本当に眩暈がしてくる。  
あいつ自体はどうしようもなくふざけた野郎なのだが作るものは結構確かなものだったりするから始末が悪い。  
飛影は眉間に皺をよせつつそのドアを開けようとすると中からチャッとドアが開いた。  
「やっぱ飛影の妖気か。この華麗な看板に見とれる気持ちは解るがさっさと入れよ」  
誰が見とれるかと思いつつもそこはぐっと耐え、勧められるままに中に入るとぐるりと辺りを見回した。  
壁際に大きな机。その上にのった妖しげな物体や植物。  
反対側の壁一面を覆いつくすような棚のそれぞれには奇妙な小瓶や薬草等の類が並べられている。  
で、肝心の鈴木自体の服装はこざっぱりしていて顔も普通で、趣味の変装も一応はなりを潜めてしまっているようだ。  
どうもこいつは何かに集中するとそれにうちこむ性格の様だから今は変装癖もぶっ飛んだナルシストぶりも  
修行モードも置いといて、変なモノ作りに没頭しているのだろう。  
「それで?このオレに何か用なのか?」  
用もないのにこんなところに来るか!とか思いながら、飛影は思い切って口を開いた。  
「実は作ってもらいたい薬がある」  
「背が伸びる薬か?」  
ちゃっ。  
飛影の腰元で小さく響く金属音。  
「貴様、殺されたいのか?」  
「冗談だよ冗談!お前、怖いって。・・・で、何が欲しいんだ?」  
その質問には飛影はいささか言いにくそうに目を背け、鈴木(佐藤?)をおや?っという気持ちにさせる。  
「ちょっとだけ・・・」  
言いながら自分でも顔が熱くなってくるのがわかった。  
「ちょっとだけ、素直になれる薬二人分だ!」  
「なんだそりゃ」  
鈴木(佐藤?)は目の前の真っ赤な顔した飛影を見て吹き出しそうになるのを必死で堪える。  
確か蔵馬と最近話した時に、飛影が躯に恋をしてるらしいという話をしてたっけとか思い出しながら。  
「まあ、いいよ。それくらい朝飯前だ。ただ、酎からも依頼があってるんで出来上がりが  
明日の夕方くらいになるけどいいかな?」  
「かまわん」  
そうひとことだけ言うと、照れもあるのか飛影はさっさと帰ってしまう。  
鈴木(佐藤?)は飛影を見送りながら、「ありゃ進展してないんだな」と溜息混じりに微笑んだ。  
しかし同じ進展しない組でも酎のやつとの依頼とは全く対称的だ。  
酎は過激で一気に意中の彼女を自分の女にしてしまおうとしているが、飛影は自分の気持ちを伝えて相手の気持ちも  
確かめるところから始めたいんだろう。  
基本的に優しい男なんだなとか思いながら、この強者達(特に飛影)の恋を心から応援してやりたい気分になった。  
 
 
次の日の夕刻、再び鈴木(佐藤?)の工房を訪れた飛影は見事に酎とはちあわせていた。  
鈴木(佐藤?)はにこやかに微笑んで二人に小さな小瓶を手渡すと、まずは酎の方に声をかける。  
「あー、まず酎だが、それは製作過程の分量の関係で約3回分入っている。くれぐれも量は間違えないように。  
それと作用が超強力だからくれぐれも取り扱いに注意すること。まあ、個人差はあるが大体5分から15分程で効果が現れる。  
で、4〜5時間効いてて一晩眠れば朝には効果が消えている」  
「おっしゃあ!了解だ!!」  
酒臭くないので今日は酔ってはいないようだが頬を真っ赤に染めてえらくごきげんだ。  
飛影は胡散臭げな視線を酎に向けつつ「一体なんの薬なんだ?」と呟いた。  
鈴木(佐藤?)もなんだか頬を赤く染めながら、「それは個人情報保護法にひっかかるから言えない」と  
わけのわからんことを言っている。  
酎は鈴木(佐藤?)の背中をばんばんと叩いて「感謝するぜ!!」と大声で叫ぶと大急ぎで帰ってしまった。  
「げほげほ・・・で、飛影の方だが・・・そっちは特に注意点はない。きっかり二人分。作用は極軽いもんだから  
こんなもの効かないと思ってると効かないし、もともと素直なやつが飲んでも全く効果は現れない。  
作用時間はせいぜい1〜2時間だ」  
「なんだか効くのか効かんのかわからんような説明だな」  
「それはお前が『ちょっとだけ』っていう形容をつけて依頼したからだろう?」  
「まあ、いい」  
飛影は小瓶をポケットにしまうと玄関の方へ足を向ける。  
「あー・・・、飛影?」  
ドアに手をかけた飛影に鈴木(佐藤?)は迷いながら声をかけた。  
「なんだ」  
「その、まあ、酎の方はなかば失敗するように祈ってるわけだが、お前の方は成功するように祈ってるよ」  
「知ったようなことを言うな」  
「ま、健闘を祈る」  
飛影の身体が魔界の森の中に消えた。  
百足への帰還途中、飛影は「この薬は躯には効かないかもしれない」と考える。  
素直になれず、なかなか想いを打ち明けられないのは自分の方だ。  
躯はどちらかというと基本的にはとても素直な性格で、良くも悪くもあまり自分の感情を隠そうとしない。  
機嫌の良い時も悪い時も見たまんまのやつだ。  
オレが好きだと言えば嬉しければ喜ぶだろうし、嬉しくなければふざけるなとぶっとばされるだろう。  
まあなんにせよ、伝えないことには始まらない。  
本当はこんな薬になんて頼りたくないのだが、あとほんの少し何かの後押しがあればと思うことが今までに何度もあった。  
「もういい加減決着をつけてやる」  
悶々と胸に抱えた恋心をもてあましていた飛影は、戻ったら早速使ってやると帰還の足を速めるのであった。  
 
 
「で、なんだこれは」  
躯の自室で飛影は小さなグラスを二つ用意すると持ち帰ったばかりの小瓶の中身をきっかり二等分に注ぎ分けた。  
とはいってもせいぜい一口分くらいの量なのだが。  
「ちょっとした物だ。別にお前は飲まなくてもいい」  
飛影は少し胡散臭そうにグラスを持ち上げ匂いをかいでみせると躯も手に取り匂いをかいでみる。  
「甘い匂いがするな。でもふたつ注いだということはオレも飲んでいいものなんだろう?」  
そう言うと躯は一気に自分のグラスを飲み干した。  
「ちょっとすっぱいかな?」  
「お前なあっ!!」  
飛影はあきれたように大声を出した。  
「なんだよ?そんな大声だして。ひょっとして乾杯とかしたかったのか?」  
「そんなこと言ってるんじゃない!お前には警戒心ってものがなさすぎる!!」  
なんでどんなものなのかも知りもしないくせに勝手に飲んでるんだこの女は!!  
こんなんでよく1000年以上も生きられたものだ。  
あきれるを通り越して怒りまで覚えてしまう。  
「そんなに怒るなよ。オレは基本的にお前のことは信用してるんだ。・・・で、なんだったんだ?これ」  
飛影は躯を睨みつけながら自分のグラスを飲み干した。  
本当にすっぱい。ベースはレモンかなにかだろうか。  
「お前みたいに単純で素直なバカには全く効果のないしろものだ」  
そんな飛影の言葉に躯も思わずムッとしてしまう。  
「お前、オレに喧嘩売ってるのか・・・?」  
ちょっと二人の間に流れる険悪な雰囲気。  
飛影は軽く頭を振ると「違うんだ」と呟いた。  
別に喧嘩がしたいわけじゃない。  
こんな雰囲気になりたいなんて一度だって思ったことはない。  
「これはちょっとだけ素直になれる薬だ。もともと素直なヤツが飲んでも効果はないし、効果自体極軽いもので  
少しの間しか効かないらしい」  
「へえ?じゃあオレには本当に関係のないしろものだな。でも嘘つきだったり素直じゃなかったりするお前にはぴったりじゃないか。  
いや、『ちょっとだけ』ってところがダメだな。お前くらいだと『強力な自白剤』あたりが適当なんじゃないのか?」  
不機嫌顔から一転、ご機嫌な顔になった躯は先ほどのお返しとばかりにからかうように話し出す。  
全く、本当によくしゃべるヤツだ。  
おまけに極単純でわかりやすいときてる。  
うらやましいというかなんというか・・・飛影はそんな風に思いながらも自分の心の内を探り始めた。  
別に、何も変化はないな・・・本当に効いてるのか?  
 
「ところで飛影?」  
躯が不思議そうな顔して飛影の顔を覗き込む。  
「こんなもの飲んで、何かオレに言いたいことでもあるのか?」  
飛影の心に緊張が走った。  
そして慎重に言葉を選び話しだそうとしたその瞬間、躯の膝がいきなりがくりと折れて体が飛影の視界から消える。  
同時にばたりと音がして、崩れ落ちてしまったように倒れこんでいた。  
本人も理由がわからないという顔をしながら両手を床につき、なんとか上体を起こす。  
「なっ、どうした!?」  
びっくりしたのは飛影である。  
思わず一緒に床に座り込むと躯の顔を覗き込んだ。  
「飛影・・・これって何か副作用でもあるのか・・・?」  
「いや、そんな話は聞いてない。どんな感じだ」  
「いきなり足が?・・・いや、下半身の力が抜けていくように感じた・・・。それに、ちょっと動悸がして息苦しい・・・」  
「・・・?」  
自分は今のところなんともない。  
しかし、現実に目の前の躯は苦しそうに床に座りこんでいる。  
それもいきなりだ。さっきの薬の副作用か何かとしか考えられない。  
しかもこうして見ている間にもますます苦しそうに顔を顰めると、自分で腕を抱えて座り込む姿勢をとりだした。  
よく見ると固く目を閉じた表情は苦しそうなのに妙に色っぽく顔に赤みが出てきている。  
それに、小さく口で息をはきながら肩を小刻みに震わせている姿はどうみても・・・。  
「だ、大丈夫なのか?」  
飛影は心配で胸が押しつぶれそうな気がしてきた。  
そんな気を知ってか知らずか躯はゆっくり話しだす。  
「・・・飛影・・・身体が、かなり火照ってきてる・・・こういう作用・・・実は、心当たりがある・・・」  
「なんだって!?」  
「幼い頃、これに・・・、よく似た作用のものを、よく、飲まされたことがある・・・」  
「躯・・・?」  
「・・・これって・・・、催淫剤かなにかの類、じゃないの・・・か?」  
飛影は素早く立ち上がると、躯のベッド脇に無造作に置いてあった通信機に手を伸ばした。  
これは外線にも通じるやつだ。  
鈴木の工房前にかかげてあった看板の電話番号を思い出す。  
 
『はい。華麗なる魔戦士佐藤の素敵な工房です』  
すっとぼけた平和な声が聞こえて飛影は怒り心頭、思いっきり大きな声で怒鳴りつけた。  
「貴様!オレに一体何をよこした!!」  
『ん?飛影か?何か不都合なことでもあったのか?』  
「何か不都合なことでもじゃない!躯の様子がおかしい!下半身の力がいきなり抜けて倒れ込んだかと思ったら  
動悸と呼吸困難と身体の火照りだ!あいつは催淫剤かなにかじゃないのかと言ってるがどうなんだ!?」  
鈴木(佐藤?)の背中に戦慄が走った。  
『・・・飛影・・・お前も飲んだのか・・・?』  
「ああ、飲んだ。今のところなんともない!」  
鈴木(佐藤?)はまずは自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をしてゆっくりと話し始める。  
『まず確認するが・・・、匂いは甘くなかったか?』  
「ああ、そうだ。味はレモンみたいにすっぱかった」  
鈴木の顔面が蒼白になり、汗とは違う何かが体中から噴出した。  
『飛影、落ち着けよ。どうやら酎に渡すものと中身が入れ替わっていたらしい』  
飛影は夕方、鈴木が酎に説明していた言葉を思い出す。  
「4〜5時間効いていて朝には効果が消えると言ってたな。一体なんだったんだ!」  
『すごく強力な媚薬であり、躯の言うとおり催淫剤でもある』  
「貴様!!」  
『よく聞け。棗という女を知ってるか?』  
「躯が前に試合で戦った雷禅の仲間だったとかいう女だ。顔は覚えてない!」  
『そうだ。実は酎がその女に飲ませる目的で依頼した。だがそのレベルの女性は精神力もかなりのものと想定されるため  
普通よりかなり強力につくってある。彼女は負けはしたが躯と善戦してただろ?つまり躯レベルの女性にも十分な  
効果が得られるということなんだ。そしてひどいことに、その躯よりお前の方がレベルの低い分作用が強烈に  
現れる可能性が高い。しかもオレの想像通りだとすると、お前も躯も1.5倍量を飲んでいるな?』  
今度は飛影の背筋に悪寒が走った。  
今・・・、なんて言った・・・?  
『飛影、悪いがあきらめてくれ。多分、抗い難い衝動がもう時期に襲ってくると思うが  
幸か不幸か躯も飲んでいるのなら殺されることはないだろう?』  
「冗談じゃない!!解毒剤はないのか!!」  
『毒じゃないんだからない!!』  
「!!」  
『・・・とにかく、4〜5時間は強烈に効いてるが一度達すればそれなりに落ち着く。それから眠れば朝になるだろう。  
今のうちに土下座でもなんでもして彼女に抱かせてもらえ』  
がしゃんっ。  
飛影の手の中で通信機が砕けた。  
 
「・・・・・・・・・躯」  
飛影は躯の方に目を向ける。なんと説明していいのかと考えあぐねていると躯の方から話し出す。  
「電話の内容なら、聞こえた・・・・・・黄泉ほどじゃないが・・・・耳はいい方だ・・・・」  
「くそっ!!」  
こんなはずじゃなかったのに!!  
飛影はどうしていいか解らずに再度視線を苦しそうな躯に向けてしゃがみこむ。  
「飛、影・・・オレのことは、心配するな・・・。オレにはある程度・・・耐性も、ある。  
こうしてじっとしていると、耐えられる・・・・・・・・問題は・・・、お前の、方だ・・・」  
そうだった!  
こうしてじっとしている場合じゃない。  
一体どうすればいいんだ!?  
脳がフル回転で働き出す。こんな時に、蔵馬でもいてくれたら何かいいアイデアを出してくれるのかもしれないがとか思いながら、  
飛影は先ほど通信機を握りつぶしてしまったことを猛烈に後悔していた。  
「躯、今すぐオレを半殺しにしろ!」  
「・・・ばか、言うな・・・こんな、状態で、動ける、か・・・」  
さっきから目を固く閉じて俯いたままだ。  
こんな動けない状態では本当に無理だろう。  
・・・しかたない。  
この際、自分で自分の身体を痛めつけるしかない。  
飛影は素早く手合わせ時の対・躯用の強力な妖気を右手に込めて、自身の腹部に拳をつきたてようとした。  
が、その時、飛影の身体に先ほどの躯と同様の異変がおこった。  
急にがくりと力が抜け、まるで体中の血が逆流しているような感覚に襲われる。  
全身が熱くなり心臓の音が耳につきだすと息苦しくなってきた。  
呼吸が速くなり意識が遠のいていく・・・。  
何かを考えようとすると霞がかかってくるようだ。  
飛影は躯の横にへたり込むと、しばらく目を瞑って身動きがとれないでいた。  
 
「・・・きた、か・・・?」  
躯が初めてうっすらと目を開け、自身の腕を抱きこんだまま飛影に目を向ける。  
「・・・要領としては・・・、身体を自分の力で、押さえ込む、かんじだ・・・。あとは、目を閉じて、  
関係のないことでも・・・考えて・・・えっ!?」  
躯の身体がいきなり肩を掴まれたかと思うと次の瞬間には床に押し倒されていた。  
考える間もなく感じる唇が重なり合う感触と、身体にのしかかる圧迫感。  
「んっ・・・!」  
瞬時に、躯の頭の中が飛影のことでいっぱいになる。  
まずい。今、こいつのことなんて考えちゃいけないのに!  
重なり合った唇に感じる湿った舌の感触。  
この、抗い難い衝動は飛影だけのものではない。  
こんなことは間違ってる!そう思いながらも、躯も唇の力が抜けてくるのを止めることはできずに飛影の舌を受け入れていた。  
「・・・んっ・・・ふ、う・・」  
まるで、噛み付かんばかりの深いキス。  
お互いの舌と舌が求め合う別の生き物の様に絡み合い、その飛影の舌の動きに合わせて唾液が口内に注がれ  
躯のそれと混じり合う。  
たまらずコクリと飲み込めば、なんとか理性を保とうとしていた躯の気持ちも限界に近づいてきた。  
意識が、揺らぎ始める。気が、遠くなっていくようだ。  
身体全体がとろけそうになり、もっと、別の部分が何かを欲しがって熱くなる。  
手が、自然に飛影の背中に回され服をぎゅっと握り締める。  
それと同時に唇が開放され、左の首筋に飛影の顔が埋まりこんできた。  
「あっ・・・」  
首筋に滑る、熱く湿った舌の感触にぞくりとする。  
同時に始まる服の上からの胸への愛撫。  
痛いくらいに激しい、けれど、それより勝る快感とどうしようもない体の火照り。  
「・・ひ・・・えい・・・っ・・」  
・・・遠い昔、同じ様なことがあった。  
あの時は嫌悪感と恐怖、激しい憎しみだけが心の中に溢れていた。  
自分の存在を、この世から消してしまいたいと思ったこともある。  
『こんなことはたいしたことじゃない。感じている苦痛も快感も、ただの現象だ』  
・・・そんな風に思い込むことで自らの正気を保っていた。  
けど今は・・・。  
今の、この相手は飛影だ。  
いつも憎からず思っている男。  
過去に囚われていた自分を開放してくれた特別な存在。  
こういうことも、こいつとならいつかはあるのかもしれない・・・そんなふうに予感していた男。  
躯は自分でも気がつかないままに、その瞳から涙が溢れてきた。  
その間にも、首筋にある飛影の唇が躯の耳朶を捉え、軽くあま噛みをされたかと思うと舌が耳の中に差し込まれていく。  
「あ、あぁっ・・・」  
唾液でぬらりとした生暖かい舌の感触に自分の体内が侵されたような錯覚を覚え、たまらず身体が大きく跳ねた。  
 
「んっ・・・んうっ・・・!!」  
服の中へ、いつの間にか飛影の手が潜り込んできていた。  
胸全体を掌で大きく、少し強めに揉まれながら再び唇と唇が重なり合うと、夢中でお互いの口を吸いあって快感を貪り合う。  
・・・だ、だめだ・・・頭がおかしくなりそうだ・・・このままだと、やられてしまう。  
だけど、このまま諦めてしまえばどんなに楽だろう。  
躯は必死に自身の意識を繋ぎ止めようとしていた。  
が、大腿の間に押し付けられた飛影の男の部分がその興奮を伝えてくると、  
力の入らない下半身は自然に何かを求めるように少しずつ開かれ始め、自分の女の部分が目の前の男が欲しいのだと疼きだす。  
・・・だめだ!こんなの、絶対にだめだ!!  
「や・・・っ・・めっ・・・」  
躯は最後の力をふりしぼって自身の理性を無理やりに引きずり上げた。  
手合わせ時の対・飛影用の強力な妖気を両手に集中する。  
それから飛影の胸に手をあてて。  
「やめろっっ!!!」  
見事、突き飛ばすことに成功していた。  
皮肉にも昔の最悪な経験が現在の躯の危機を助けることになった。  
それからなんとか身体を持ち上げ上体を起こすと、「飛影っ!しっかりしろ!!」と一喝。  
その時初めて、自分の目から涙がこぼれていることに気がついた。  
そして飛影もまた、その涙を見てどこかに消し飛んでいたはずの理性がほんの一瞬、戻ってきた。  
すかさず床に転がっていた自分の刀を掴み抜刀する。  
「くそっ!!」  
次の瞬間、飛影は自らの大腿に抜刀した刀を突き立て、ぐりぐりと押し広げるように傷つけた。  
「ぐっ・・・うっ!」  
そのまま引き抜き血の付着した刀を放ると流れる血液と痛みに集中する。  
すると先ほどの衝動が幾分抑えられているように感じてきた。  
自然と、お互いがお互いとは反対の方向を向き、背中合わせに寄りかかる。  
服越しに感じる互いの体温と呼吸のリズム。じっとりとした、汗の感触。  
部屋には二人の荒い息遣いだけが響き耳に障る。  
飛影は小さな声で「すまん・・・」と躯に謝った。  
躯もまた、先ほどの電話の内容を思い出し、小さな声で呟いた。  
「・・・一度達したら・・・それなりに、おちつく・・・」  
飛影はぞっとした。こいつは何を言おうとしてるんだ。・・・まさか・・・。  
躯は何故か部屋に転がってるティッシュの箱を掴むと後ろ手にそっと差し出した。  
「・・・もう一度・・・言う・・・オレは、耐えられる・・・問題は・・・」  
「・・・オレか・・・」  
飛影は震える手でその箱を受け取った。  
「オレは、何も見ない・・・何も・・・聞かないから・・・」  
躯は固く目を閉じて両手で耳を塞ぐと膝に頭をくっつけて動かなくなった。  
飛影の瞳から、一粒の涙が零れ落ちた。  
 
 
「「蔵馬!助けてくれ!!」」  
飛影と躯が大変な目にあっている最中、畑中家の2階の窓から迷惑な訪問者が二人そろってやってきた。  
蔵馬は眠い目をこすりながらベッドから身をおこす。  
「鈴木・・・酎・・・こんな夜中にどうしたんですか?オレ、明日は仕事なんですけど・・・」  
見ると唐草模様の風呂敷包みを背中にしょった鈴木&酎が半ベソ顔で跪いている。  
「何事ですか?」  
ベッドの端に腰かけた蔵馬は鈴木から大体の事情を聞きだすと、そのあまりもの内容に表情が凍りついた。  
「悪いけど、キミ達を助けるつもりはない」  
蔵馬はきっぱりすっぱりといい放った。  
「飛影一人だけならともかく、こと躯まで関わるとお手上げだ。オレだって死にたくない」  
何も関係のない自分自身の死体が、二つの死体の横に+1で加わるのはどう考えたっておかしい。  
というか、躯が怖い。とっても恐ろしい。  
「そんな殺生な!」  
「頼む!助けてくれ!!」  
「可哀そうだが・・・、飛影の邪眼が届かない所でほとぼりが冷めるのを待つしかないな。  
幻海師範のところに張った結界がまだ生きてると思うけど・・・」  
「「それだ!!」」  
「念の為言っておきますが、ここに来たことは秘密に・・・」  
言いかけた蔵馬の最後の言葉が届いたのか届かなかったのかは、一瞬で姿を消した二人に確認できるはずもなく。  
「全く、とんでもないことに巻き込まないでもらいたいよ」  
あの二人が思いついて助けを求めてくるくらいだ。  
邪眼で確認できないと知ると、飛影と躯もおそらくここへやってくるだろう。  
蔵馬は窓を全開にして空気の入れ替えを始めた。  
二人がここに立ち寄った痕跡は完全に消し去らなければならない。  
ことの顛末に興味がないといえば嘘になるが、それよりもなによりも自分の命が一番大事だ。  
蔵馬はどこかのCMの主婦のようにファ○リー○をシュシュッと部屋中にかけはじめた。  
 
 
一晩明けて、躯の自室の床の上にいつの間にか眠ってしまった気の毒な二人の姿があった。  
寄り添うように眠っていた二人は片方が目を覚まし身動ぎをするともう片方も目を覚ます。  
自然に視線が絡み合うと、どちらからともなく手と手を合わせ、きゅっと握りあい・・・。  
まるで何かの事件に巻き込まれた見ず知らずの被害者同士が「助かった」と手を握り合うような心境になっていた。  
「大丈夫か・・・?」  
飛影はまず、躯の様子を気遣った。  
昨夜聞いた言葉。  
『幼い頃、これに・・・、よく似た作用のものを、よく、飲まされたことがある・・・』  
あのせいで、こいつのトラウマを刺激してしまったことが一番許せない。  
これも全部、自分自身のせいだと飛影は激しい自責の念に駆られていた。  
「お前こそ・・・なんだか足に痛そうなことしてたみたいだが・・・」  
躯もまた、飛影のことを気遣った。  
「オレの外傷のことなんてどうでもいい!お前の精神状態の方が心配だ!」  
夢中でそう言い放って自分を真っ直ぐ見つめてくる飛影の迫力に、躯はなんだかどきどきしてしまう。  
普段の飛影はあまりこういうことをストレートに言ってくれないものだから。  
「そんな・・・大丈夫だ。気分も悪くない。ひょっとして前に飲んだことあるって言ったのを気にしてるのか?  
でもその経験のおかげでなんとか助かったようなものだから・・・」  
「そんなことを思い出して、気分のいいはずないだろう!」  
繋がった手をするりと離すと、飛影は反対を向いて座り込む。  
躯もゆっくりと起き上がると飛影の背中を見つめていた。  
「あまり、気にするなよ。お前が思うほどオレは過去のことに囚われているわけじゃない」  
慰める為に言ってるんじゃない。  
躯は本心から言っていた。  
「オレの心を過去から開放してくれたのは、お前だったろう?」  
飛影がゆっくりと振り返ると、やわらかな笑顔と出会う。  
なんだかとても安心できて、向き直ることができた。  
「それと。お前、何かオレに言いたいことがあるのかもしれないけど、言い辛いなら無理して言わなくてもいいんじゃないのか?  
言える時が来たらちゃんと言える。何か解らないけれど、信じて待ってるからさ」  
それがあったか・・・。  
飛影は大きく溜息をついた。  
「それより、とりあえず部屋に戻れよ。お互い風呂にでも入ってすっきりさせようぜ?」  
汗だのなんだので汚れている衣服を脱いで早々に湯を浴びたい。  
それは二人に共通する思いであった。  
「同感だ。風呂に入ってそれからは・・・」  
二人は再度目と目を合わせて頷き合うと、声を揃えて言葉を発す。  
「「襲撃だ!!」」  
 
 
(おわる)  
 
 

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