ぼくときみの壊れきった世界  
 
 ……やあやあ久しぶりだね、遊び人の君のことだから例のご執心の彼女  
に操を立てて僕のところに来ない、なんてことを考えるはずもないことは  
十分に分かっていたけれども、これだけ間が開くと流石の僕も気になると  
いうものだよ。僕の貧弱な記憶力が覚えている限りにおいていえば、この  
時間はまだまだ部活が続いているはずだが、例によって掃除をサボって抜  
け出してきたのかね? 君の部活の部長については僕も良く知っているの  
だが、あまり怒らせない方がいいと思うのだがね。ああ見えて彼は潔癖症  
で激情家だ、甘く見るとそのうち痛い目に会うぞ。え? 彼もよく保健室  
に来るのか、だって? いやいや、高校になってからは君の想像している  
ような関係はないよ。まあ人にはそれぞれ歴史があるということだ、下手  
に踏み込むといつか大火傷をするだろう。気をつけた方がいい。  
 踏み込み過ぎるな、といえば彼女のことだ。僕がここで聞いた話による  
と相変わらずちょっかいをかけ続けているようだね? 他にもガールフレ  
ンドはいるだろうに熱心なことだ。彼女の何がいいのかい? おっぱいの  
サイズなら僕にはとうてい及ばないつつましやかなものだったはずだ、少  
なくとも今年の5月の時点ではね。ん? 何で僕がそんなことを知ってる  
かって? 君はここがどこだか分かって言っているのかね? 全校生徒の  
身体情報集まるバビロンの図書館、保健室だぞ。都合のいいことに国府田  
先生はいつも保健室を留守にしている、その程度の数字はいつでも覗き放  
題なのさ。ふむ。しかしおっぱいでないなら何が君の琴線に触れたのかな。  
やはり君のサディズム的性癖が刺激されたのだろうか。彼女・櫃内夜月は  
小学生の頃にそれはそれは酷い苛めを受けていたらしいからね、君のよう  
なサディストには何か惹かれるものがあるのかもしれない。  
 
 だが彼女を苛めるなら気をつけた方がいいぜ、何しろ彼女の兄というの  
が君をも凌ぐ大変態だからだ。ああ、これはけなし文句ではなく褒め言葉  
さ、何しろ僕は変態が大好きだからね。ただし君の加虐性癖を並の変態と  
呼ぶならば、彼のシスコンぶりは変態の特盛り汁だくギョク付きといった  
ところだろう。くれぐれも気をつけたまえ。  
 そのシスコン兄貴の名前かい? 櫃内様刻、3年2組。しかしそんな事  
を聞いてどうするつもりかね? 僕の知ったことではない? ごもっとも。  
 
 それより――わざわざ剣道場の掃除をサボってまでこんな話をしに来た  
わけではないだろう、数沢六人くん。お金はちゃんと持ってきたのかね?  
よろしい、僕はちゃんとお金を払う限り君たち『客』を裏切るような真似  
はしないと決めているんだ。  
 では、商売の時間を始めようか。例によってパイズリからでいいのかな?  
それともいきなり縛りに入るのかね?  
 
 * * *  
 
 ……君がサディストで気まぐれな変態だとは知っていたが、ストーカー  
の素質まで秘めているとは思わなかったよ、数沢六人くん。まさか様刻く  
んの教室にまで出張しているとはね。それで何か収穫はあったのかね?  
 ……ああ、それは君の勘違いだ。言ったろう、彼女の兄は君をも凌ぐ超  
変態のシスコンだと。今のところ彼の視界に入っている女性は妹さんだけ  
で、同級生になど一切興味なんてないんだ。琴原さんはせいぜい迎槻くん  
の友達として、つまり友達の友達として相手にしている程度だろう。  
 事実なんてどうでもいい? ああそれは確かにそうだろうな、君の目的  
である櫃内夜月、彼女の心を揺さぶることができればそれでいいのだから。  
けれども君はまだ心得違いをしている、何故なら君は櫃内兄妹の変態ぶり  
を甘く見ているからさ。兄が兄なら妹も妹だ、あれが極度のブラコンであ  
ることぐらい、君も良く知っているだろう? そしてあの兄妹の力関係は  
圧倒的に兄の方が有利と来ている。兄が妹に隠し事をすることはあっても、  
その逆は成立しないのさ。きっと今夜にでも、君が彼女に吹き込んだ話は  
すっかり兄に聞き出されてしまっているだろうよ。  
 まぁ僕としては君がどんな目に会おうと、誰と誰が付き合おうと構わな  
いんだがね。それはそうと今日もヤっていくんだろう? 放課後といえど  
も時間は無限じゃない、やるならやるで早く始めよう。  
 
 ……うん? お金が足りない? 数沢くん、やることだけやっておいて  
それはないだろう。お金を下ろしておくのを忘れていた? てっきり足り  
ると思っていた? 言い訳は無用だよ、あれだけ僕のおっぱいを揉んだり  
吸ったり鞭打ったりしておいて、清算の段になって払えないとは許されな  
いよ。僕はこういう世界の調和を乱すような不誠実な行為を一切許さない  
ことにしているんだ。  
 明日必ず持ってくる? 結構、それは当然の心得だ。だがそれだけでは  
不足だね、君にはペナルティを受けてもらおう。『約束』を破るというこ  
とはそれだけ恐ろしいことなのだよ、君に悪意があろうとなかろうとも。  
 ……うん? ペナルティの内容、だって? 君の知る必要のないことだ。  
それに今すぐに何かしようという話ではない。君と違って僕はサディスト  
ではないので、君を殴ったところで気が晴れたりはしないしね。  
 安心して、ビクビクしながら、結果を待ちたまえ。  
 
 ……さて、数沢くんも帰ったことだし、様刻くんの教室にでも行こうか。  
ふむ、3年2組の明日の一限目は歴史だったな、昼休みにでも呼び出すこ  
とにしよう。  
 
 *  *  *  
 
 話は聞いたよ、数沢六人くん。……そんな目で見ないでくれ、僕だって  
まさか様刻くんがあんな暴挙に出るとは思ってもみなかったんだ。何度も  
何度も釘は刺しておいたんだがね、いや全く『混乱の乱数』の尊名はあの  
暴走シスコン兄貴にでも譲り渡した方が良さそうだ。  
 ん? ああその通り、僕が喋ったのさ。『櫃内夜月にあることないこと  
吹き込んでいる奴がいる、その名は数沢六人』ってね。これが、おととい  
君に予告しておいた『ペナルティ』だ。これに懲りたら次からはちゃんと  
約束を守るように。おとといの不足分を持ってきた? 結構だ、そこに置  
いておいてくれたまえ。  
 まあ実際、君が昨日教室で思い知った通り、彼はああいう人間なわけだ。  
君が櫃内夜月にちょっかいをかけ続けるなら、いずれ衝突は免れない相手  
だったろうね。あのシスコン兄貴を攻略するのは容易ではないぜ、僕なら  
彼女を諦めることをお勧めする。  
 うん? ああ、様刻くんのことか。彼は……そうだな、僕の客ではない  
よ、ただ保健室にはよく顔を出してくれる。僕の人間関係の中では特殊な  
存在になるな。とはいえ、別に特別扱いをしているわけじゃない、普段は  
君たち『客』の情報を漏らすこともしていない――君たちが、ちゃんと支  
払いをしてくれる限りは、ね。  
 
 ……今日はやっていかないのかい? ふむ、そんな気分ではないわけか。  
まあ君がこうやって昼休みに来てくれること自体珍しいしな。……何?   
迎槻くんに放課後呼び出しを受けている? ハハハ、これは覚悟しておい  
た方がいいぞ数沢くん。迎槻くんが友人思いなのは君も知っての通りだが、  
彼の凄いところはその素晴らしい友情をあの大変態のシスコン兄貴・様刻  
くんに対しても分け隔てなく発揮するという点なのだ。彼の博愛ぶりには  
本当に心から頭が下がるね。僕は彼をしてマザー・テレサに告ぐ愛の人と  
呼んでも構わないと思っているのだが君の意見はどうだろう? 博愛の人  
が下級生を呼び出して叱りつけるような真似をするはずがない? ああ確  
かにその通りだな、僕の言葉なんて半分以上が冗談、あるいは戯言みたい  
なものなのだからあまり本気にしない方がいい。  
 数沢くん、もう少し元気を出したまえ。色々あって落ち込むのも分かる  
が、今にも死んでしまいそうな顔色だ。元気なんて出るわけがない? そ  
れなら少しサービスしてあげよう、もうちょっと近くに寄りたまえ。  
 
  ぱふ、ぱふ、ぱふ。  
 
 ……少しは元気になったかね? 心配しなくても今回はサービスだ、お  
金を要求したりはしないよ。君はサディストであると同時におっぱい星人  
なんだから、夜月くんみたいな貧乳娘はやめたまえ。こうして顔を挟まれ  
るのも柔らかくていい気持ちだろう? 僕のようなおおきな胸でなければ  
できない芸当だよ。……ああ、ちなみに次からはこの『ぱふぱふ』も料金  
を取るから、そのつもりでね。  
 そろそろ昼休みも終わりか。多少は元気が出たようで何よりだ。迎槻く  
んの呼び出しが憂鬱なのは分かるが、くよくよしても仕方あるまい。  
 
 別に、殺されるというわけでもないのだろうし。  
 
 *  *  *  
 
 ……数沢くんの出入りの記録がない?  
 それは……確かに異常ですね、国府田先生。この学園の出入りは監獄並  
に厳しいですからね。  
 とはいえ、こうして朝早く登校する分には何の問題もありません。だか  
らこうして毎朝、国府田先生と身体を重ねることもできるんですが。  
 ああ、そんなにお尻を振らなくても、分かってますよ。突っ込んであげ  
ますよ、思いっきりね。  
 それより、もう少しその話を詳しく聞かせてください。ゲートの記録は  
どうなっていたのですか?  
 
 
 ……僕は変態が大好きだから国府田先生と早朝のレズ行為にふけること  
自体は問題ないのだが、彼女の好みに合わせて上品に猫を被るってみせる  
のは結構疲れるな。とはいえ、保健室を『使わせてもらう』ための使用料  
のようなものと思えば仕方ないだろう。  
 問題は数沢くんのことだ。まず第一に疑わざるを得ないのはやはり様刻  
くんか――うん、これは早急に確認する必要がある。  
 教室で浴びることになるだろう視線のことを思うと十三階段を目前にし  
た死刑囚のように気が重いが――しかし、謎を謎のまま放っておくくらい  
なら、僕は死んだ方がマシだ。  
 行くしかあるまい。3年2組の教室へ。  
 ……しかし、数沢くんが僕の『客』だったことは話せないな、流石に。  
 
                        (もんだい編・完)  
 

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