とんとん。  
控えめなノックだ。誰だろう。部屋を訪れる時ノックをしてくれるような常識人は  
知り合いに数人しかいない。もしかしたら知り合いじゃないかもしれないし、  
この間みたいに哀川さんが開けてドッキリかもしれない。油断は禁物だ。  
「開いてるよ」  
僕はその場を動かずに(単に面倒だったのもあるが)告げた。  
「お邪魔します」  
 
あれ?  
「崩子ちゃん」  
これまた意外な人物だ。こっちから会いに行くことはあった(髪を切ってもらったりね)けど。  
なにか用事でもあるのかな。いやいやしかし…、…わからないことは他人に聞こう。それが一番だ。僕は崩子ちゃんを中へ通して尋ねた。  
「今日はどうしたの?まぁ、座ってよ。今お水でも出そう。あいにくお菓子のひとつもないけれどね」  
「退院」  
「へ?」  
「退院、おめでとうございます。戯言使いのおにいちゃん」  
ちゃぶ台のそばにちょこんと座って、崩子ちゃんは言った。  
あ、どうも。  
つい、つられてかしこまってしまう。  
いや正直こっちとしては「そんなこともあったっけ?」ってな所だけど。  
タイミングが、遅い。気がする。  
「おにいちゃんは、「今日はどうしたの?」と言いました」  
うん。言ったね。てゆーか突然誰かが訪ねてきたら普通訊くと思う。  
「私はおにいちゃんとお友達をしに来ました」  
と、崩子ちゃんは音もなく立ち上がって衣服を脱ぎ始める。  
学校指定のセーラー服。最近はスカーフとかないんだ。  
崩子ちゃん、お腹白い。あんまり外に出ないからだろうなぁ。  
 
なんて現実逃避は光の速さで強制終了。僕はご近所さんとして、闇口さんとこの崩子ちゃんの将来を真剣に心配した。  
「とりあえずその手を下ろすんだ崩子ちゃん。なんの真似かは知ってるけれど、なんのつもりだかはさっぱりわからないよ」  
「この間、もう一度魔女のお姉さんに訊いたら、最近はセックスフレンドというあからさまに卑猥な表現を隠すために、「お友達」とだけ言う場合があるそうですね。  
おにいちゃんの気持ちもわかってやれと叱られました。確かに無神経でしたね。私」  
まずい。こいつ、重症だ!  
「えっと、もう間違ってるとかどうとか言うのもアレだね。とりあえず七七見とは早急に縁を切ったほうがいいよ。うん。それがいい。  
早速絶縁状でも書くかい?お粗末といえばお粗末だが文章の校正は任せてくれ。これでも大学生だしね」  
 
どん。崩子ちゃんを悪の道から救い出してあげようと熱弁を振るう僕。久々にいいことをしているなと思っていると、崩子ちゃんは僕を突き倒した。  
崩子ちゃんは小さい女の子だがこのくらいは朝飯前だ。他にも音もなく忍び寄ったり、音が届く前に耳を塞いだりできる。  
「お姉ちゃんは、おにいちゃんは恥ずかしがりやで、自分からは何もしてこないだろうから自分から積極的に仕掛けなさい。とアドバイスをくれました」  
崩子ちゃんはすかさず僕の体をホールドする。真剣に命の危険を感じる。崩子ちゃんはそのままの姿勢でじっとしている。なんだかそそられるものがないではない。  
きれいな黒髪がふわりと顔にかかり、潤んだ瞳で見つめられる。この上なく嬉しい状況だが、崩子ちゃんが相手となるとおちおち見とれてもいられない。  
僕の沈黙は策略からだけではないのだ。  
(シャツ、脱ぎたい…)  
冷や汗が気持ち悪かった。  
 
「ところでひとつだけ確認したいのですが」  
「おにいちゃんは童貞ですか?」  
神様。僕が一体なにをしたっていうんですかチクショウ。  
 
崩子ちゃんを仰ぎ見ながら僕は言う。  
「それさ、訊いてどうするの?」  
「結果によっては少しだけ私が喜んだり悲しんだりします」  
ああそうかよ。  
「実際のところどうなんです?姫姉様とかみい姉様とか。やけにあっさり出て行かれましたが春日井さんとか」  
「このアパートは相当にガタがきていますが、それでも私の知らないところでそういった行為に及ぶことは難しくないと思います」  
崩子ちゃんは想像力がたくましいなぁ。思春期の特権だね。  
「おにいちゃんが不自然なまでに怪我をしようとするのも、あの看護婦さんと会いたいがためと思えば納得できます」  
いや、それはさすがに無理だろう。らぶみさんルートに入るためには三ヶ月以上入院して、しかも昼間のADVパートは全部  
ナースステーションを選び、夜はイベントで食われる以外ナースコールを押し続ける必要がある。しかも病院には他の看護婦さんもいるから  
うまくらぶみさんと事を運ぶにはかなりの運が必要だしさ。ってそんなことではなく。  
 
「あのうにーな青い――」  
「一度だけね」  
ああ、唐突になにを言おうとしてるんだ。「青い」とか何とか言われたくらいで体が反応するなんてお前の神経はヒドラやアメーバ以下なんじゃないのか。  
こんなことを言ったってせいぜい崩子ちゃんがビックリする顔を見られるくらいでなんにもいいことなんてない。  
ああ、暗くならないって決めたはずなのにな。  
「押し倒したことがあるよ。そのうにーな青い人。別に僕の性的な部分が刺激されたとかそういうことではなくて。もっと陰惨な、最悪な破壊願望でだけどね」  
さすがに「コレ」からは離れられない。離れちゃいけないんだろう。僕は。  
「それでは」  
うん?  
「健全に性的衝動をぶつけ合いましょう。この上なく健康的で尊い行為です」  
僕はシリアスな  
「それに」  
「おにいちゃんのこと。パパって呼んでみるのも意外といいかもしれませんし」  
シリアスな展開こそを望んでいる!  
 
ここでひとつだけ言わせてもらいたい。部屋着でベルト掛けてるやつなんかいない!いやしないんだ!  
…つまるところ僕はものの数秒で剥かれてしまった。ズルッ、て擬音は相当に間抜けだと思う。  
ところで少しは恥らったりしてみるべきだろうか。  
きゃっ!いやぁん、やめてください恥ずかしい!  
失敗。二度とやらねぇ。  
 
この…、間はなんなんだろう。と僕は首を持ち上げて崩子ちゃんの様子を見てみる。崩子ちゃんは―――  
僕の粗末なそれを、凝視していた。じーーーっ。  
そのじーーーっ、て、頼んでもやめてくれないもんだろうか。正直、かなり、その…  
「あの〜、やみぐ血サン?」  
「非常事態です」  
はぁ。  
「勃起していません」  
僕はもう駄目かもしれない…。いろいろと。  
 
「私ではダメなのですか?おにいちゃん」  
そりゃあね。いきなりね。縛られてね。そんなんでね。理解できねぇっすよ。初期操作エラーでダウンですよ。  
「萌太は…こういうの好きなんですけど」  
今何かとんでもないことを聞いた気がするけど、さりげなく気のせいにしておこう。  
崩子ちゃんは僕の右手をぐいっと手前に引っ張る。体も持ち上げられて、崩子ちゃんと対面する姿勢になる。  
崩子ちゃんは強奪した僕の右手で思う様、慎ましやかな乳房をまさぐる。制服を脱ぐのを止めたのが非常に惜し――  
いやいやいやいや。  
ちなみにここで僕には右手の指に力をいれ、帰結として崩子ちゃんの乳を揉む、というコマンドが与えられている。  
ミスはないけど、大ボスが目を覚ましそうなので保留。  
柔らかい感触だけなら十分に楽しめるしね。ちょっとヤな奴発言。  
 
「なんだか変な気持ちです」  
崩子ちゃんはめずらしく喉を鳴らして言った。「虫を殺しているんです」の時と似たような表情なのは気のせいだろうか。  
僕はといえば相変わらず崩子ちゃんに右手を貸し出し中。ちなみにまだ、≪私は冷静だ!≫うん。  
しかし、崩子ちゃんはそれがお気に召さないらしい。ややもすると、もう一度僕の下半身を見て眉をひそめた。  
「おにいちゃんは変態ですか?」  
断じて違う。  
「では、かなり特殊な嗜好の持ち主、と言い換えましょう」  
おにいちゃんが私の誘惑に応えてくれません、とか言ったような気がする。声がね、小さかったんだよ。  
 
「っ!」  
かなりぼぉっとしていたので崩子ちゃんの顔が接近してきたのに気づかなかった。2度目のキスは血の味。  
思いっきりのしかかられて倒れたので、口の端が切れてしまった。  
ちょっ、息、これえぇぇっ!  
心の叫びなどというのは詰まる所「絶対に」届かないものである。崩子ちゃんはそのまましゃぶりつくように  
唇を舐めまわす。指と指の境目を探るような密着具合で、口の中でぐちゃぐちゃいうのが耳にうるさい。  
煩雑な精神とは逆に凍りついたように動かない体は感覚だけを伝えている。崩子ちゃんの舌が僕の頬の内側を何度もつついた。  
そんなことより。  
あと、10秒…ギブギブギブ。ぎぶぅ。  
 
はぁ、とやけに熱っぽい息を吐いて、崩子ちゃんは僕を解放した。僕のだか崩子ちゃんのだかわからなくなった唾液が  
僕のシャツの上で染みをつくる。崩子ちゃんは、今度は間違いなく、口の端を持ち上げて笑った。  
「とりあえずいただいてみました」  
とりあえずかよ僕の唇!あ〜ぁ、ひかりさんとだってしたことないのに。ちぇ。  
おい、ちぇってなんだ僕。妄想も大概にしろというものだよ。ひかりさんがひかりさんがひかり―――  
やめよう。なんだか寂しい人みたいだ。  
 
「?」  
不意に、崩子ちゃんが僕の上からどいた。たらんとした、そこだけ空気から違っているような動作で。  
「作戦変更です」  
「おにいちゃんはこういうのが好みかもしれない、とは思っていたので、問題ありませんが」  
そう言うと崩子ちゃんは、自分の履いているブリーツスカートの端を、ゆっくり、極ゆっくりと持ち上げ始めた。  
 
なぜか目を離すことができない。崩子ちゃんの、体から。  
太腿のラインを下から追ってしまう。そして、そこから繋がる、あの部分に。  
くぱっ、  
そんな風に聞こえた。崩子ちゃんは、白く白い二本の指で、自分の割れ目をくつろげて見せた。  
飲み込んだ唾が喉を通る音。汗が肌をすべる音。五感が邪魔になるくらいに研ぎ澄まされている。  
「そのまま」  
「そのまま、見ているだけですよ、おにいちゃんは」  
「目を瞑っても、逸らしてもいけません。私がするのを、そのまま見ていてください」  
なにをされているわけでもない。それなのに僕は、そこを動くことができなかった。  
 
粘っこく濡れた部分は弄るたびにいやな音を立てた。  
自分の浅ましさが丸ごと晒されてしまいそうな、いやな音だ。  
崩子ちゃんは時折指をそこから離しては、舌の先で愛液を舐め取ったりした。背中の芯から震えが来るのを感じる。  
――このままじゃ…、僕は――  
 
わざとだってのは、わかってる。嘲るように笑って見せること、抜けるような喘ぎ声。でも――  
「気にしなくていいですよ」  
「おにいちゃんは今から私に犯されるんですから」  
流されてしまいそうだ。  
「そうして私が去った後も私を忘れられず、一人自分を慰めるのです」  
「いわゆる崩子中毒です」  
 
「うう、わっ」  
いつの間にか勃ち上がっていたペニスに、人の手が触れる。  
「不可抗力ですよ」  
と、ぐっと五本の指で握り締められる。左の人差し指がくりくりと鈴口を刺激する。  
腰が浮いたような感覚。馴れっこな痛い刺激と、不慣れな快楽の刺激。戯言、どころではなくなっていく。  
(平均男子より著しく早かったりしたらそれなりにショックだぞ!?)  
これはただの支離滅裂と言う。  
 
「かわいそうなおにいちゃんですね。戯言使いのおにいちゃん」  
 
僕と崩子ちゃんの間に距離がなくなっていった。  
 
 
「やりました  
          崩子」  
(やっ…、ちゃっ、た♪)  
ばったんこでしゅ  
 
なぜか陥ってしまったブラックアウト状態から目覚めた僕の目に、メモ用紙が一枚飛び込んできて  
で、コレ、というわけだ。  
玖渚にバレたりしないかなぁ。怒りはしないだろうけど面倒なことになりそうだなぁ。  
それにしても…  
「ちょっっっ、とだけ気持ちよかったです!ごめんなさい!」  
僕は何にかわからないが謝った。いつ何時だって、謝らないよりは謝ったほうがマシだ。剣呑剣呑。  
あれ?「剣呑剣呑」とはこういうときに使う言葉だったか?ま、どうでもいいことだけど。  
 
「いの字」  
みいこさん?  
「どうぞー」  
今日の甚平は「悪逆」。なんか…、怒ってる?  
「わかっているとは思うが…。責任は取ってやれよ?」  
あの〜。オーラが…、怖いですみいこさん。  
 
 
天下泰平ことも無し。僕一人くらいどうなろうが世界はそ知らぬ顔で回り続けるって意味。  
 
 
 
 

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