「あのな、いーたん。お前、あたしに何が言いたいんだい?」
正面から覗き込むのは、人を食ったような笑い顔。
「哀川さんは処女ですよね」
首が曲がるかと思う勢いで頭をはたかれた。
「てめー、あたしを名字で呼ぶなって何度言ったらわかるんだよ」
怒るのはそこかよ。
「忙しい中、わざわざ時間を作って顔見に来てやったってのに、どういう態度だろうね。そういういの字こそ童貞だろ」
それから哀川さんは、続けてそんな風な言葉を吐いた。ぼくを挑発するためなのだと、はっきりわかる口調で。だからぼくは挑発に乗ってあげることにする。
「本当にそう思ってるんですか? だとしたらあなたも意外と人を見る目が無いですね」
「あわわわ。<百人斬り達成! だけど相手は全員ダッチワイフ>みたいなっ」
「巫女子ちゃんはやめてください。それに全然事実じゃねぇよ」
その言葉は強がりでも、ましてや戯言でもない。実際ぼくはERプログラム在籍中に、いわゆる「男になる」行為を済ませている。あの人間以外の存在が集まる集団の中で行われたそれは、やはり人間の交わりからは程遠かったけれど----いや、過去の話なんて、どうだっていい。
ともあれぼくは、一歩距離を縮める。哀川さんは微かに頬を引きつらせながら、軽く後ずさる仕草をしてみせる。
「なあ――冗談はよそうや、いーたん」
彼女の声には、珍しく焦りが感じられた。
「ぼくは冗談なんていいませんよ。戯言なら言いますけどね」
もう一歩。その距離をぼくは詰める。とん、と膝が触れた。
そのまま形の良い顎に手をかけて唇を塞げば、驚くべきことに彼女は抵抗しなかった。
想像以上に厚い舌が、挑む勢いでぼくのそれを捕らえてくる。
ねっとり絡みつき、また吸い上げながら、まるでぼくの舌を飲み込もうとするかのように動く、彼女自身の舌。唾液の味が口内に広がる。
いつしかぼくたちは自然と抱き合う格好になっていた。首から下だけみれば、それは愛を確かめあう恋人たちの姿に見えるのかもしれない。
だけど重ねあった唇の間では、静かに激しい戦いが展開しているのだ。
やがて唇を離した「赤き制裁」は、ゆっくりした息を吐いて、にやりと笑った。
「――そんで、どうする戯言遣い? 今なら下手な冗談だったってことで、腕の一本程度で済ませてやる。どうせお前の下手な愛撫じゃ濡れねーよ」
ぼくに抱き止められ、それでも自分が優位であることを、微塵も疑わぬ表情だ。
「キスが上手なのは認めてあげます」
「ああん? 認めてあげるだぁ? お前いつからあたしにそんな偉そうな態度を取れる身分になった?」
彼女の声に、若干の焦りが含まれていたと思うのは、決してぼくの気のせいではないだろう。その証拠に、タイトなスカートの裾から指を滑り込ませたぼくの指が、その張りのある太股の内側に触れた瞬間、哀川さんは「あっ」と小さな悲鳴をあげた。
「てめ、っ・・・・・・」
「キスが上手だからって」
体を密着させたまま、ぼくは彼女の体の中心に向けて指を動かした。下着の上から、ゆっくり亀裂を確認するようになぞる。
「セックスの経験が豊富だとは限らない――そういうことです」
指先でリズムを刻めば、哀川さんの体がびくんと揺れた。
ぼくは軽く彼女の体を押した。まったくと言って良いほどに抵抗感は無かった。何処か呆然とした表情で、哀川さんはその場に仰臥する。
もしかしたら、初めての感覚にオーバーフローを起こしたのかもしれない。
抵抗しない哀川さんというのも、薄気味悪い気はしたけれど、本気で抵抗されたら適う訳ないので、むしろここは僥倖と思うべきなのだろう。
ぼくはショーツの上から、幾度もそこを擦る。なるべく一本調子にならないように、時に早く、時にゆっくり。
その内に彼女の角は、布越しにもはっきり感じられるほど、その存在を誇示してくる。
それから、もう一度溝に添って指を動かせば、下半身を覆う布の中央部分が湿っているのが判然とした。
「――誰が下手な愛撫じゃ濡れないんですって?」
耳を噛むようにして囁く。聞こえているのか、いないのか。彼女から言葉は返らず、ただ荒い息だけが吐きだされている。
ぼくはショーツの裾から指を内側に走らせた。哀川さんの体が再びびくんと大きく弾んだ。柔らかな肉のひだをかき分けるようにして、すっかり濡れた蜜壷の入り口を探り当てると、そのまま奥まで押し込める。
狭かった。
「ひっ」
「おや、どうしました? 人類最強の名前が泣きますよ?」
ぼくの指に掻き回されてそこは、ぐちゅぐちゅと音を立てる。ぼくは熱い内臓の感触を確かめるように、何度も指を動かした。
「あっ・・・・・・んんっ・・・・・・く、うふ、ぅ・・・・・・っ」
苦い甘い吐息が、哀川さんの喉からこぼれ落ちる。
中指と薬指は膣内に残したまま、ぼくは親指を伸ばす。それで鞘を剥き上げるようにして、こりこりした核に触れてやると、押し込めた指がぎゅっと締め付けられた。
「は、あぁ、う」
ぼくの体の下、哀川さんは初めて見せる表情を浮かべる。泣いてるような笑ってるような困ってるような嬉しいような、自分を持て余している顔だった。
この人も、こんな顔をするんだな。
ぼくはもう一度指を深くねじこむ。先端を曲げて、ざらつく前方の肉壁をノックした。
「あふ」
哀川さんは息を漏らすと、またそこを強く締め上げた。叩く指の動きに合わせ、そこは何度も収縮を繰り返す。とろとろと分泌される液体が、指の動きを滑らかにさせる。
「ああ、哀川さんは、ここがいいんですね」
事更に音を響かせるようにしながら、ぼくは内側を掻き回してあげる。
「こんなに溶けてきましたよ。凄いな。それに、びくびくしてます。もう我慢できないんじゃないですか」
「・・・・・・てめ、調子、乗りやがって・・・・・・っ」
絶え絶えの息の下、突然哀川さんが小さくうめいた。ぼくを睨み付ける瞳には、激しい光が宿っている。
「誰が・・・・・・お前の指如きに、イかされっか、よ・・・・・・っ」
ぼくは正直驚いた。もうすっかり気持ちが萎えていると思っていたのだ。その精神力の強さは、さすがだと認めざるを得ない代物だ。
けれど――彼女の反抗も、そこまでのようだった。ぼくを押し返そうとする腕の力は、あくまでも弱い。
「・・・・・・わかりましたよ」
ぼくは小さく呟いた。
「指ではイきたくないと・・・・・・そういうことですね?」
ぼくは彼女の中から指を抜いた。そして腰までスカートをたくしあげ、下着を膝の辺りまで引き下ろす。溢れる愛液が細い糸を引いた。
そうやって完全に下半身を開放させてあげてから、ぼくは自分のズボンのジッパーを下げる。露出させたペニスは、彼女が見せてくれる新鮮な媚態のおかげで、既に挿入可能なまでに高まっていた。
固く反りかえったそれを、陰唇の間に押し付ける。ぐっと先端をめりこませた。哀川さんが低くうめく。けれどぼくは行為を止めない。
「行きますよ」
囁きながら、更に深い場所を目指して、一息に腰を押し進めた。
「あ」
哀川さんが息を飲む。
「ああ、あああああああ、ああっ」
続くのは人外の存在めいた叫び。同時に、ぼくの陰茎は確かに肉の裂ける鈍い感触を覚え、そして慣れ親しんだ鉄の匂いが鼻をついた。
ぼくは男だから、破瓜の痛みがどの程度なのかは、察することすらもできないが、最強を通り名に持つ彼女が、そんな風に悲鳴をあげるのだから、相当のものなのだろう。
強い抵抗を心地よく感じながら、そのまま膣道を進んで行く。哀川さんの声は止まらない。熱い肉壁が、ねっとりとぼくを完全に包み込む。やがて先端が、かつんと奥に当たった。
彼女の中は恐ろしく気持ち良く、正直なところぼくはそれだけで達しそうになる。その気持ちを押し殺して軽く動かせば、哀川さんは奇妙な息を漏らす。
「ひぅ」
面白い。もう一度動かしてみた。
「ふあぁ」
彼女の反応は、まるで小娘みたいだった。
「まるで小娘みたいですね」
口に出して言ってみた。反論は返らなかった。もはや、そんな余裕もないのだろう。
うーん、つまらん。
こうしてみると、まったくの無抵抗というのも味気ないものかもしれない。
つまらなかったので、半分ほど抜いてみた。
「や・・・・・・っ・・・・・・」
哀川さんが、びくんと身をよじった。よじりついでに、強く締め付けてくる。
もう一回深く刺した。再び奥に当たる。哀川さんは、がくんと大きく背を反らす。
抜いた。びくん。
刺した。がくん。
その反応が面白くて、ぼくは何度か軽い抜き刺しを繰り返した。その都度にぐちゅぬるした音が響き、哀川さんは切なそうに眉を寄せながら体を反応させた。
やがて、初めの内はさすがに動かすのが大変だった個所が、徐々に滑らかになってきたので、今度は強く突き上げる。
「あ、あっ」
「感じますか?」
聞きながら、もう一度強くえぐる。かくかく首が縦に振られた。女王様には、お気に召していただいたらしい。存外甘い声が、その喉からこぼれる。
ぼくはそのまま、緩急をつけながら、突き上げてはえぐり、また擦すっては叩いた。哀川さんは小刻みに息を吐く。いつしか腰は、ぼくの動きに同調させるように揺れている。さすがは哀川潤。こんなことにまで、順応が早い。ちょっと尊敬なんかしてみたり。
ぼくは接続したままで彼女を軽く抱き起こし、シャツの裾から指を潜らせた。背後に手をまわすとブラジャーのホックを外す。締め付けを解かれた胸が、服の内側でぷるんと震えた。
そのまま指を体の前方に滑らせ、張りのある胸を揉みながら、ぼくは何度も何度も前後運動を繰り返す。掌の内側で、意外と小さな乳首が固くなるのが伝わる。指先で、そこを摘まむ。そして転がす。
「あ・・・・・・ん、く・・・・・・」
胸を刺激すれば、彼女のヴァギナも収縮する。そこを押し広げるように幾度も突いた。
「ふ、うぅぅ、か、うぁ、ん、くふ」
ぼくに責め立てられる哀川さんの唇は、意味不明の言葉を紡ぎ続けた。指が虚空をかき、或いはぼくの背中や髪を強くむしり、腰は大きくグラインドして、自らぼくを奥深くまで捕らえようとする。そろそろ限界が近いのかもしれない。
ぼくは一度入り口間近までペニスを引くと、腰を捻るようにしながら一際深く打ち込んだ。
「や、は・・・・・・っ!」
その瞬間達したらしい。
「ああああああああああああああ」
哀川さんは切れることなく叫びを上げ続け、全身を突っ張らせながら、激しい痙攣を繰り返す。ぼくを飲み込んでいる膣壁が、更に強い締め上げを見せ、ぼくも絶頂を促される。
どうしようかな。
一瞬ぼくは逡巡する。
ぼくの腹の下で、瞳に薄く涙すら浮かべ、大きく開けた口の端に涎を垂らしたままで、がくがく震え続ける彼女の顔面に、思い切り熱い精液をかけてあげるというのも、悪くないなと思えたのだ。
いや、いっそ口の中に突っ込んで、そこで果てるのもいいかもしれない。初めて味わうザーメンに、彼女はどんな顔をするだろうか。
・・・・・・案外それは初めてじゃなかったりして。
いるもんなー。処女のくせにフェラチオだけは上手な奴。
その手合いに限って、挿入を激しく拒むのは何故だろう。
まあ、それは今は関係ないけど。
「上と下、どっちの口がいいですか」
一応聞いてみる。もし希望があるなら、それくらいのサービスはしてもいいかな、と思ったのだ。だけど、やっぱり返事は返らなかった。まあ、当然か。
「じゃあ、このまま出しますね」
結局ぼくは、彼女の膣内に放出することを決めた。せっかくのフルコースなのだから、最後まで味あわせてあげるべきだろう。胸に爪を立てると、もう一度強く突き上げ、叩き込む勢いで一気に放った。
「は、あっ」
哀川さんの体が再び弾んだ。注ぎ込む律動に合わせて、その腰が震えていた。久しぶりだという訳でもないのに、ぼくの射精は自分でも驚くほど長かった。全部出し終えた時には、魂まで空っぽになったみたいな虚無感が全身を包み込むほどに。
獣の匂いが充満した部屋の中、しばらくぼくたちは抱き合ったままで、荒い息を吐き続けていた。
やがてぼくは、ゆっくり身を立て直すと、彼女の中から自分を抜き去る。内側から、血と愛液と精液の混合物が、ごぼりとこぼれる。それからぼくは、濡れたペニスを哀川さんのスカートで拭いた。
ふと。何処か焦点を失った眼で、哀川さんがぽつりと呟いた。
「このままで済まさないのがわたしなの」
誰だよ。
まあ、ある意味彼女も赤いし魔女だし間違いじゃないのかもしれないけれど。
そんなことを考えていたら、次の瞬間、哀川さんはバネ人形みたいに体を起こし――ぼくの額に強烈な頭突きをくらわせた。
痛い。
いや、痛いなんて、生易しいものじゃない。
頭に鉄板でも仕込んでるんじゃないのか、この女。
軽い脳震倒に見まわれかけたぼくの肩口を強く押さえると、彼女はそのままこちらに倒れ込んできた。
形勢逆転。「あ」も「う」も言う間を与えられないままに、ぼくは彼女に組み敷かれる格好になっていた。
「・・・・・・何のつもりですか?」
「だから今言ったろ、いっくん? このままじゃ済まさねーって」
そう言った哀川さんからは、さっきまでの雰囲気なんて、完全にオールリセットされている。そこにいるのは、いつもの彼女。人類最強。赤き制裁。なんという――強さ。
「この潤さんが他人に主導権握られっぱなしで、終わりにすると思ってたんなら、やっぱりお前は、まだまだ人間が甘いよな」
ぼくを見下ろしながら、哀川さんは笑う。笑う――そう、怒るのでも嘆くのでもなく、彼女はくっきりとした笑みを、その端正な顔に刻む。うっかり見惚れてしまいそうに、鮮やかな笑顔を。
「大体だな。お前の下らない魂胆なんざ、こっちは最初からお見通しなんだ。お前――あたしを試したかったんだろ」
確認する口調ではない。事実を事実として告げるような、そんな彼女の声。
「犯して汚してなぶって弄んで泣かせて傷つけて怒らせて――そしたら、あたしがどんな態度に出るのか。その結果をお前は知りたかったのさ」
知った風な口をきく彼女に、ぼくは少なからず苛立ちを覚え始めていた。だから口を突いて出た言葉は、自然と刺を含むものになった。
「つまりあれですか。身内に甘いあなたなら、ぼくの裏切りとも呼べる行為を許してくれるはずだ。ぼくはそれを確かめたかった、ってことですかね」
「違うね。そうじゃない。むしろお前は――」
まっすぐにぼくの瞳を見詰めながら、哀川さんは低く呟く。
「あたしに断罪して欲しかったんだ」
「そんなことは――」
ない、とは言えなかった。
少しでも考えはしなかっただろうか?
平穏な平静な平凡な平坦な、そんな毎日を望む一方で、ぼくがぼくであることが、着実に世界を壊している。
少しでも夢に見はしなかっただろうか?
そのルーティンに自分の手で終わりを告げるだけの勇気を持たないぼくが、この人類最強に終わりを決めてもらうことを。
言葉を失ったぼくに、哀川さんは何故だかひどく静かな笑顔を向ける。
「残念だったな、いーいー。いみじくもお前が言った通りに、あたしは身内に甘いんだ。間接的な人殺しだろうが、直接的な強姦魔だろうが、それでもお前は、まだこっち側の人間だ。これしきのことで、あたしの敵にはなれねーよ」
淡々とした声が、宣言する。突き放しながら包み込む、二律背反の響きを込めて。
「だからあたしは、お前を殺さない」
ゆっくり体を動かしながら彼女は、依然剥き出しのままのぼくのペニスに、自分の下半身を擦り合わせ始めた。それは、ほんの数十分前まで処女だったとは思えないほどに手馴れた仕草だった。
いわゆる素股の状態で、哀川さんは腰を揺らす。覚醒を促そうとするように。
ぼくは呆然としたままで、その行為を甘受していた。
そしてぼくの体は、理性とかとは別の部分で、勝手な反応を返して行く。哀川さんは楽しそうに鼻を鳴らす。
「ふふん、さすがに若いだけあって回復が早いねぇ。さて、何回楽しませてくれるのかな。とにかく、あたしをその気にさせた責任は取ってもらうよ」
そして――正面から覗き込むのは、人を食ったような笑い顔。
「今後も仲良くやろーぜ、いーたん?」