001 
 
 戦場ヶ原ひたぎはあいかわらずだった。僕と戦場ヶ原は同じ大学に入学  
し、以前から決めていた通りに同棲を始めたが、やはりというべきか、僕  
の戦場ヶ原に対する印象はたいして変化しなかった。毒舌や暴言はその苛  
烈さを失うどころか、より活き活きと放たれているし、僕もそれに毎回傷  
つき翻弄されている。  
 無論、同棲してみてわかる新しい発見も両手で数え切れない程度にはあ  
ったが、それであの強烈なキャラが薄まるということはなく、むしろ濃く  
なる一方だ。いい意味でもわるい意味でも。  
 まぁ、恋人になっても僕に対してほとんど変化のなかった戦場ヶ原だ。  
同棲して何か特別な変化があるというのもおかしな話だろう。  
 そして、あいかわらず戦場ヶ原はいまでも怪異、というより母親のこと  
で思い悩んでいるようだ。それは、会話の中のちょっとした一言だったり  
何気ない仕草などに表れていた。  
 怪異。母親。宗教。貞操。  
 それは、怪異を払って解決するものではないし、体重とともに元通りに  
なるものでもない。まして、時がたてば慣れるなんて、そんな簡単な、単  
純な話ではない。  
 とはいえ、癒えぬ傷――言えぬ傷。そんなものは、誰だって持っている  
ことだし、各々が一人で勝手に助かるしかない。それでなくても、彼女は  
思い悩むことをずっと望んでいたのだから。それが日常になったのは彼女  
にとって悪いことではないのだろう。  
 僕の、いや僕達の記念すべき日は、そんなあいかわらずの日常から始ま  
った。  
 
002 
 
「最近はヤンデレというのが流行っているそうね」  
 いつもの部屋で二人くつろいでいると、戦場ヶ原は突然そんなことを言  
いだした。  
「ん、いきなりどうしたんだ?」  
「いつまでたっても蕩れが流行らないから、私が直々に世間を蕩れ蕩れに  
する為に、今の世の中の蕩レンドを調べたのよ」  
 何が言いたいのかよくわからないが、上手く言えてないことだけはよく  
わかった。  
「……よっぽど蕩れが気に入っているんだな。というか、何をしてもお前  
のキャラはそれ以上広がらないと思うぞ」  
「うるさいわね。命蕩るわよ」  
「そんな使い方もあるのか!?どんだけ活用範囲が広いんだよ!」  
 字面では天国へ行けそうなのに、こいつに言われると地獄のイメージし  
か浮かばないから不思議だ。  
「それで、阿良々木くん、ヤンデレって知っていたら教えてくれないかし  
ら。阿良々木くんは救いようのない無知だけど、エロ方面の知識だけは豊  
富でしょう」  
「それが人にものを頼む態度か!?」  
 まぁ、ヤンデレという単語は知っているが、それはエロ方面の知識では  
ないし、僕は決してエロ方面に詳しいわけではない事をここに明記してお  
く。  
 ……本当だよ?  
「ヤンデレってのはつまり精神が病んでしまう程に誰かを愛してる状態の  
ことだよ」  
「ふぅん、常識人の私にはよくわからないわね」  
 いや、お前はツンデレとヤンデレのハイブリッドかつサレブレッドだと  
思うのだけれど。  
 自意識過剰な戦場ヶ原にしては珍しく、自覚がないのだろうか。  
「つまり、こんな感じかしら。『阿良々木くん、ずっと私の事だけを見て  
いてね。もし浮気したら命蕩るわよ☆』」  
「普段と変わってねぇよ!お前絶対わかってやってるだろ!しかも、無表  
情で抑揚もなく☆とか使うな!」  
「だまりなさい。湯こ★<ぼし>て天日★<ぼし>にされたいの」  
「僕は煮干しか何かなのか!?」  
 戦場ヶ原は薄く笑いながら言った。  
「あら、雑魚の阿良々木くんにはちょうどいいでしょう?」  
 ぐ……、よくもまぁ、次から次へと毒舌が出てくるよな。僕の方が病ん  
でしまいそうだ。  
 僕を虐げているときだけ魅力的な笑顔を浮かべる様は、徹頭徹尾、完全  
無欠にいつもの戦場ヶ原だった。  
 
「それにしても、気付かぬうちに流行の最先端にいたなんて。自分の才能  
が恐ろしいわ」  
「僕も改めてお前の恐ろしさを認識したよ」  
 いろんな意味でな。  
「ふぅ、でも困ったわね。これ以上どうすれば阿良々木くんを蕩れさせら  
れるのかしら」  
 うん、僕を?  
 こいつさっきは世間をどうとか言ってなかったか?  
「いや、僕は常に戦場ヶ原蕩れ一筋だよ」  
「あら、気持ちのいいこと言ってくれるじゃない。でも――それじゃ足り  
ないのよ」  
 そして戦場ヶ原は、何事もないような顔をして特大級の爆弾を落として  
きた。  
「困ったわね、今日はずっとノーブラなのだけれどこれでも興奮してない  
みたいだし、いよいよ打つ手なしだわ」  
「……っ!?」  
 え、や、やっぱり気のせいじゃなかったのか!?  
 今日の戦場ヶ原の服装は清潔感あふれる白いブラウスに丈の長めのス  
カートと、普段通りの格好だ。  
 だが、だが待って欲しい。その美乳といって差し支えないであろうお椀  
型の整った胸はよく見るとほんの少し(ほんの数_胸囲にして数aほどな  
のだが)膨らみが増していてそしてその頂についさっきまで必死にただの  
服の皺だと自分に言い聞かせていたかすかな突起がささやかに自己主張し  
ていてそれは目を凝らせば桜色が透けているような気までして――(長く  
なるので以下略)  
 
「あら、どうしたの阿良々木くん?鳩が鉄砲を食らったような顔をして」  
 それは単なる動物虐待だ!とか、その鳩は明らかにもう生きてないです  
よね!とか、僕の顔は死体のような顔って意味なのか!とかつっこむ余裕  
は僕にはなかった。  
 そこに追い討ちをかけるように、戦場ヶ原の爆撃は続く。  
「何も返事しないのは感心しないわね。そういえば、今はパンツもはいて  
ないのだけれど、これだけ長いスカートがあるから関係ないわよね」  
「▼※◎■☆〒Ф!!??」  
 その一言でもう僕の目は戦場ヶ原のスカートに釘付けになった。それな  
りに丈のあるスカートなのにその裾が揺れるだけで、僕の心が、いや魂が、  
いやいや存在そのものが揺さぶられる!  
 以前にこれからの歴史は消化試合だとか確信した出来事があったが、あ  
れは早計だったようだ。そう、ロスタイムになっても世界は諦めていなか  
ったのだ!この劇的な同点ゴールを決める為にひたむきにひたすらに頑張  
り続けていたんだ!あぁ、世界の声が聞こえる、『わが生涯に一片の悔い  
なし!!』と。そもそもノーパンっていうのは――(以下、阿良々木の阿  
良々木による阿良々木のための濃密なノーブラノーパン能書きのため、中  
略)  
――全裸だって何度か見た事あるのに、露出は限りなく低いはずなのに、  
何故こんなにエロスを感じるのだろうか。もう僕は女性の着衣姿に興奮す  
るのは避けられないのだろうか。こいつは僕をどんなレベルの変態に仕立  
てあげるつもりなのだろうか。……このままいくと、女性向け服店に入る  
だけで興奮する体質になる日も遠くないかもしれない。  
 
「――っていうか、お前は何がしたいんだよ!?」  
「あら、阿良々木くんはこういうのが好きなんでしょう?」  
「そんな馬鹿な。僕はたとえ目の前にノーパンノーブラの女の子がいたと  
しても、下着を返して下さいと言われたら即座に返すことができる男  
だ!」  
 ――ん?今、どこからともなく委員長のツッコミが聞こえた気がしたが、  
気のせいだろう。  
「そのわりには、やけに長いモノローグだったけれど」  
「え、ひょっとして僕はさっきの馬鹿なモノローグを口に出して喋ってた  
のか!?」  
 なんという古典的なミスを……。  
「あら、違うわ。阿良々木くんって薄くて弱いから地の文まで透けて見え  
るだけよ」  
「見るなよっ!たとえ見えてても見ないでくれっ!」  
 そんな前提があったら、本編のあんなシーンやこんなシーンが台無しじ  
ゃねえか!  
 二次創作の中で本編をぶち壊すなんて、どこまでおっかねぇ女なんだ、  
戦場ヶ原ひたぎ!  
「安心なさい、なんとなく冗談だから」  
「なんとなくって……」  
 微塵も安心できねぇ……。  
 いや、この件は忘れよう。なかったことにしよう。  
 えっとそれで、何の話をしてたんだっけ?  
「そうね。私が何がしたいのかって話だったと思うわ」  
 気のせいだ。地の文と会話なんてされてない。気のせいなんだ……。  
「まったく、私のリハビリが終わったから阿良々木君に花を持たせて襲わ  
せようとしていたのに、阿良々木くんって本当に奥ゆかしいのね」  
 え、なに――マジで?今朝から何故か誘惑されているような気がしてた  
のは気のせいじゃなかったのか……。  
 というか、こいつよっぽど好きなんだな、誘い受け。まぁ、単に人にも  
のを頼むのが苦手なだけかもしれないけど。  
「いや、奥ゆかしいっていうかさ――」  
「そうね、童貞ごときに期待した私がどうしようもなく愚かで惨めで哀れ  
だったわ。童貞に罪はないものね」  
「相対的に僕を貶めるな!」  
「阿良々木くんは存在そのものが罪悪だわ」  
「絶対的に貶めろって意味じゃねぇよ!」  
「やぁね、罪と言っても罪作りという意味よ」  
「え、僕が何かしたのか?」  
「そうね、罪と言っても死罪だそうよ」  
「僕が何をしたって言うんだっ!?」  
「私の胸に聞いてみなさい」  
「お前が裁判官だったのか!?」  
 この法廷では原告と裁判官と刑執行官が同一人物だというのか!  
 それでも僕はやってない。何もやってないんだ!  
 じゃなくて。  
 
「それで、リハビリって、もう大丈夫なのかよ?」  
「えぇ、これもすべて神原のおかげね」  
 一瞬、不埒な妄想をしてしまった僕を許してください。  
 だって、しかたないじゃない、にんげん(♂)だもの。 こよみ。  
「……ぃゃ、ぃぃけどさ――にしても、意外だな。ここまで引っ張ったな  
ら、誕生日とかクリスマスとかそういった日を選ぶかと思ってたのに」  
 こいつはこれでいて、結構ロマンチックなとこがあるからな。  
「そんなのいやよ、これ以上我慢なんてしたくないわ。遅いくらいよ」  
 戦場ヶ原は平坦な口調で続ける。  
「これでもずっと前から早くしたいと思っていたんだもの――阿良々木く  
んは違うのかしら?」  
 戦場ヶ原の必殺技――直截的物言い。  
 いつまで経っても慣れないどころかその破壊力はどんどん増しているわ  
けで。僕の顔はもう千石にも負けないくらい真っ赤になっているだろう。  
「い、いや、違わない。お前が大丈夫なら、僕が躊躇う理由はないよ」  
「そう」  
 すると、戦場ヶ原はいつも通りに、無表情のまま抑揚もなく言った。  
「セックスをします」  
「……………………」  
 いやいや、いや。  
「違うわね。こうじゃないわ。セックスを……して……いただけません  
か?……をし……したらどうな……です……」  
「…………………………」  
「愛しあいましょう、阿良々木くん」  
「最終的に、そう落ち着くか」  
 妥当といえば妥当なところだった。  
 らしいと言えば、これ以上なくらしい。  
 
 僕と戦場ヶ原は見つめあったまま、どちらからともなく近づき――そっ  
とキスをした。  
 
003  
 
 お互いの唇が触れ合ったとき、戦場ヶ原は僕の頭をそっと抱くように手  
を添えてきた。  
 戦場ヶ原とキスするのは初めてじゃない。というより、むしろ頻繁にし  
てるんだけど、今日はやけに緊張す――  
「……んむぅっ!?」  
 し、舌?この口の中にねじこまれた柔らかい物体は舌なのか!?  
 ちょっと待ってくれ、こんなキスしたことないだろうが!  
「……っ、……ぅん……むぐっ」  
 とっさに身を引こうとしたが、ガッチリと僕の頭を掴む手に阻まれる。  
 僕のかすかな抵抗などものともせずに、長い舌が僕の口内を蹂躙してい  
く。舌をからめられ歯茎をなでまわされ口蓋をなぞりまわされ――  
 散々口内をなぶりつくしたあと――ようやくその唇は離れた。  
「ぅ……っぷはぁ!」  
 うう、むりやり犯された気分だ。  
 なんで僕がこんな乙女のような心境になってるんだ?普通は逆だろう!  
「……こんなのいつ練習してたんだよ?」  
「何を言っているの。ぶっつけ本番に決まってるでしょう」  
 あー、薄々気付いてたけど、こいつは攻めることに関しては天賦の才を  
お持ちのようだな。恨むぞ神様、癖になったらどうしてくれる――って違  
う!なんでそんなにマゾキャラが板についてきてるんだよ、僕は!  
「わかってたけど、納得いかなかったんだよ」  
「くだらないことを聞くのね。あなたの頭の中には犬の糞でもつまってる  
んじゃない」  
 何を当たり前のことを聞いているのこのゴミは、という目で見下された。  
 ……最近、この目で見られると背筋がやけにぞくぞくするんだが、これ  
は何の病気なんだ?  
 一人懊悩する僕にはお構いなしに、戦場ヶ原は仁王立ちの姿勢のまま言  
い放った。  
「さぁ、どこからでもかかってきなさい」  
「………………」  
 いや、そのせりふはおかしい。  
 そんな戦場の武者のように言われてもなぁ!  
 さっきから、ときめきとかロマンとかそういったものが、片っ端から絨  
毯爆撃に曝されているような感じだ。むしろ、自分の女性幻想にまだぶち  
壊す余地があったことに感動すら覚える僕だった。  
「どうしたの、阿良々木くん?」  
「いや、被爆者の悲劇を今一度噛み締めてただけだ」  
「それは阿良々木くんの顔が焼け野原という意味?それとも性格の方かし  
ら」  
「間違いなく僕のハートのことだと、今確信したよ!」  
 なんでこういう大事な場面でも、いつも通りの漫才が始まるんだろう。  
 いや、考えたら負けな気もする。よし――それじゃあ気を取り直して。  
 
「待ちなさい」  
 僕が手を伸ばそうとすると、戦場ヶ原はそう言って僕を遮った。  
「――えっと、さすがに戦場ヶ原でもやっぱり、いきなりは怖いか?」  
「そんなおあずけされた犬のような顔をしなくても大丈夫よ、そういった  
惰弱なことではないわ」  
 うわ、そんな顔してたのか……。  
 複雑な心中の僕を尻目に、戦場ヶ原はそのまま続けていった。  
「さて阿良々木くんに問題です。本番の前に私が言って欲しい言葉はなー  
んだ」  
 知らねえよ!と言いたいところだが、きっと戦場ヶ原にとっては大切な  
ことなんだろう。それにしたって、聞き方というか頼み方ってものがもっ  
と他にある気もするが。よりによってクイズ方式にしなくても……。  
 しかし、何だろう、ここで『いい身体してるね』とでも言おうものなら  
何か大切なものが失われてしまいそうだ。具体的には僕の命とか。  
 そうだな、こいつが言って欲しそうな言葉というと――  
「『ひたぎさん……なんて美しいんだ。正に僕の理想の人だよ。愛して  
る』」  
「87点」  
「微妙に高っ!逆になんで13点引かれたんだか気になるよ!」  
「あら、1万点満点よ」  
「得点が1%以下になっちゃった!」  
「いえ、それでも阿良々木くんにしては大健闘よ。私は阿良々木くんの能  
力を少々甘く見すぎていたかもしれないわね」  
 本気で感心した風な戦場ヶ原。  
「……お前は一体何様なんだ」  
「ひたぎ様よ」  
「はいはい……わかったよ、ひたぎちゃん」  
 僕がそう言うと、戦場ヶ原は優しく微笑みながら尋ねてきた。  
「らぎ子ちゃんは、永遠の眠りにつくのと永遠に眠れなくなるの――どっ  
ちが好みなのかしら」  
「全部僕が悪かったです、ひたぎ様!」  
 今にも土下座せんばかりに謝る弱い僕だった。  
 ……ちなみに、個人的には後者の方が拷問チックなのでご遠慮願いたい。  
「で、結局お前は何て言って欲しかったんだ?」  
 僕が改めて尋ねると、戦場ヶ原は何故だか不機嫌そうな顔をして言った。  
「あなたに、お前呼ばわりされる筋合いはないわ。今しがた教えた呼び方  
を忘れるなんて本当に犬並みの知能ね」  
「え、――ってことは、もう二人称はひたぎ様で固定なのか!?」  
 呼称それ自体よりも、その呼称を使う自分の姿に違和感があまり感じら  
れないという事実が、ただただ恐ろしい。  
 というか、なんでいつも犬呼ばわりされなきゃいけないんだ。僕の前世  
は徳川綱吉だったりするのだろうか?  
「どうしても嫌だというのなら、でき得る限りの敬愛と畏怖をこめて呼べ  
ば、様は勘弁してあげてもいいわ」  
「ひたぎ――って呼んでもいいのか」  
 でき得る限りの警戒と恐怖をこめて呼ぶ僕。  
「そうね、悪くないわ――暦」  
 ――――おお。初めて戦場ヶ原に名前で呼ばれたが、これはなかなか、  
どうして。なんというか、うん、悪くないな。  
「で、結局ひたぎは何て言って欲しかったんだ?」  
「もう用件はすんだわ。だから、先を続けてちょうだい、暦」  
 …………ひょっとしてさっきまでの会話は、お互いを下の名前で呼び合  
うというイベントの前フリだったんだろうか。だとしたら、回りくどっ!  
どんだけ遠回りしてるんだよ。  
 まぁ。  
 僕と戦場ヶ原――いや、ひたぎとの関係はいつだってそんな感じだった。  
電光石火だったのは出会いと告白のときまでで、あとはゆっくりと、マイ  
ペースに遠回りにも思える道を二人で歩んできたんだ。だから、これはこ  
れで、悪くない。素直にそう思えた。  
 それじゃあ、いよいよ次は――  
 
 ――って、あれ?次?次ってどうすりゃいいんだ?まずは胸を揉めばい  
いのか?というか胸は右と左どっちから揉めばいいんだ?そのまえに胸を  
揉むのは服を脱がしてからの方がいいのか?そもそも服は脱がしてしまっ  
ていいのか?着たままの方が興奮するんじゃないのか?  
 いやいや、なんかずれてきてるし!ていうか、こんなこと初めてなんだ  
から次に何すりゃいいかなんてわかんねぇし、それはひたぎだって同じだ  
ろうし、あぁ、もう、どうすりゃいいんだ!くそっ、こんなことなら神原  
でリハーサルし――  
「…………?」  
 僕が危うく男として最低の考えをし始めそうになったところで、その異  
変に気付いた。  
 気付くことができた。  
 そう、ひたぎの手が、わずかに――震えていることに。  
 ――次の瞬間、僕は思わずひたぎを抱きしめていた。  
「いきなりどうしたの、暦?」  
「なんでもないよ」  
 なんでもない。  
 ――なんて訳がない。  
 いくら冷血に豪快にふるまってても、こいつは情が深くて繊細な、ただ  
の女の子だ。まして、こんな状況で怖くないはずがないじゃないか。  
 だから、今は、その震えがおさまるまでは――  
「もうちょっとだけ、このままでいさせてくれ」  
「………………ふん、好きになさい」  
 でも――とひたぎは続ける。  
「私は童貞の暦には見え透いた気遣いや繊細なテクニックとかは塵屑ほど  
にも期待してないわよ」  
 見え透いた気遣いには気付かないフリだろうが、まったくどいつもこい  
つも。  
 というか、ぎゅっと抱きしめかえしながら言う台詞じゃないっての。  
 あぁ、もう、こいつは本当に――  
「だから、ヘタレな暦は余計なことは考えずに、したいようにすればいい  
のよ」  
 こいつは、本当の本当に、筋金入りのツンデレなんだなあ。  
 
「じゃあ、そろそろ始めるぞ」  
 そのまましばらく抱き合ってから、僕はそう切り出した。  
 本当はもう少しこうしてた方がいいのかもしれないけど、もう限界だっ  
た。だって、すっかり忘れてたけどこいつノーブラなんだもん!ぎゅっと  
抱き合うとものすごく柔らかな感触があるし、かといって少し離れても二  
つの固いモノが強調されるわけで。これはもはや性の暴力だろ!もちろん  
性の警察だって対処できやしない!  
「ばっちきなさい」  
 ……そんな日本語があるとはついぞ知らなかったが、ひたぎは比較的落  
ち着いてきているみたいだ。言動はあまり変わってないけどな。  
 まぁ、許可もおりたことだし、む、むむ胸を、さ、触るぞ?触っちゃっ  
ていいんだよな?うん、いいはずだ。いいに違いない。――本当に問題な  
いよな?何か見落としてないよな?  
 女の子に了解をもらっているのに、なかなか踏ん切りがつかない情けな  
い男が、そこにはいた。  
 ぶっちゃけ僕だった。  
「ふう……、暦は本当にヘタレなのね」  
 そんな僕を見かねたのか、ひたぎはおもむろにブラウスをはだけると、  
僕の手を取りそっと自分の胸にあてがった。  
「うわ……」  
 や、やわらかい……!  
 ここに神が存在している――神がご降臨なされた!  
 人智を超える素敵滅法なこの感触をなんと表現すればいいのだろう。  
 とても一言では言い表せそうもない。  
 おっぱい万歳!!(一言だった)  
「ぅ……ん………………っ」  
 ふと気がつくと、僕の意思を離れた両手がひたぎの胸を包みやわやわと  
揉みしだいていた。  
 まあ、さすがの僕でもここまでされて動かないほどヘタレな男ではない  
――というか、欲望に火がついちゃった。  
 もうどうにも止まらない。  
 先端をかすめるようにしながら、優しく握りこむように揉みほぐす。  
「……んっ、……ぁ」  
 ひたすらにひたむきに、さながら、彼女にオアズケされ何年も待たされ  
た後ようやく初めて胸を揉んだ童貞のごとく執拗に胸を揉む。その例えが  
まるきり比喩になってないことも気にせずに一心不乱、無我夢中にただた  
だ揉む。  
「……ぁっ……ん、…………はぁ……、くっ……」  
 すると、顔を赤らめながら快楽を強いて抑えている声で喘いでいる女性  
が、そこにはいた。  
 ぶっちゃけひたぎだっ――って、えぇ!?  
 胸を揉むのに夢中で今まで気づかなかったけど、こいつが鉄壁の表情を  
崩すところなんて滅多にみれないっていう設定じゃなかったか!?こんな  
設定<弱点>があったなんて!これは徹底的に気持ちよくさせてあげないと  
な!  
 もちろん、いつも徹底的に弄ばされてるから、そのお返しだとかそんな  
低俗な理由ではない。純粋な好意からの行為である。もう何度も口が酸っ  
ぱくなるほどに繰り返し主張している通り、僕は紳士なのだ。  
「い、痛くないか?」  
「えぇ……んっ、ぅ……ふぅ……だいじょう……っ、ぶよ……」  
「本当に?乳首をこんな風にいじっても痛くなったりしない?」  
「ひゃうんっ!問題……ないわ……へい……きゃうっ!」  
「そうか、じゃあこういう感じに軽く引っ張っても大丈夫だよね?」  
「ぁんっ、ひゃっ……ちょ、ちょっと、こ、暦、んっ……ぁあっ!」  
 うわ、やりすぎたかも。でもほほを染めて喘いでる状態だと、戦場ヶ原  
さんの睨みも怖くないんですね。新発見!  
 
 ていうか、いくらなんでもひたぎをないがしろにしすぎたかもしれない。  
でもまぁ、それも――ひたぎが肉体的にも精神的にも僕を拒絶しないで、  
身も心も僕に全部任せきってくれてるのがわかるからこそ、できることな  
んだけどな。  
 考えてみれば、ひたぎはいつも全力で僕に応対してきていた。全力で攻  
撃し、罵倒し、告白し、助力し。そして、今は全力で僕を受け入れようと  
してくれている。こいつは、そういう態度が僕に対してどれほどの影響を  
与えているか、はたしてわかってるのだろうか。  
 やばい、マジやばい。萌えすぎて蕩けそうだ。  
 死ぬ、蕩け死ぬ、本当にこいつは、まったく。  
 ――そんなことをぼんやりと考えながら愛撫していたせいか、僕の片手  
が無意識のうちにひたぎの下腹部に伸びていた。  
「んっ……!」  
 ひたぎがびくりと反応した。  
「あっ、ごめん……」  
 やば、先走りすぎたか。下手に暴走して全てがご破算になったらだなん  
て、そんなこと考えることすらしたくない。  
 僕がそんな恐怖に捕らわれて動けなくなっていると、すかさずひたぎが  
言った。  
「だから、暦のしたいようにすればいいのよ。まったく、二度も同じこと  
を言わせないでくれるかしら」  
「ああ……そうだな――悪かった」  
 確かにここで躊躇うのは、せっかくのひたぎの決意を無下にするような  
もんだもんな。  
 僕はそう納得すると、慎重ににスカートをまくりあげてノーパンの股間  
に手を伸ばした。  
「んんっ!」  
 うわ、すげえ濡れてる。これって僕の愛撫で感じてくれてるってことな  
んだよな。  
「お前って、すごい敏感だったんだな」  
「ええ、私、とってもデリケートなの。だから、優しくしてね、お願い」  
「……………………」  
 …………………………ぐはっ!この唐突なキャラ変更はもう使い古され  
たギャグだと思ってたが、感じて頬を染めているというファクターが加わ  
るだけで、ここまで強力なコンボになるのか。これは反則だ。正直、なん  
て突っ込めいいのかもわからない。  
「あら、本気にしちゃったのかしら。冗談だから、気にしないでいいわよ  
――私は暦のどんな薄汚くておどろおどろしい欲望でも、全てを耐えて、  
受け入れてみせるから………………たぶん」  
「その台詞こそ、冗談だと言ってくれ!」  
 ていうか、こいつは自分だけ格好よくなる台詞が大好きだよな。その分、  
毎回僕はみじめな気持ちにさせられるんだが。  
 
 僕はなかば自棄な心境で、ひたぎの秘所を再び弄りはじめた。  
「……んっ…………ふぅっ…………ぁっ」  
 痛くならないようにそっと割れ目を丁寧に往復させていると、水音がだ  
んだんと大きくなってきた。そして、ひたぎがその刺激に慣れてきた頃合  
を見計らって、中に軽く指を押し込んでみる。  
「……っ!」  
 ひたぎの中はとてもキツく、無理に入れると痛みが走るようだった。  
「あ、痛かったか?」  
「いいえ、大丈夫よ」  
 そんな顔を顰めて言われても。どう考えても強がりだよなあ。  
 あ、そういえば――。  
 僕は割れ目の上部の方にあるしこりを探り当てると、そこを親指で優し  
く撫でながら、中指をもう一度ひたぎの中にもぐり込ませた。  
「……はあぁんっ!」  
 中からどぷっと愛液が湧き出てきた。これなら、上手くほぐせそうだ。  
まさかエロ本の知識に助けられる日がくるとは。エロは身を助けるんだな。  
「んっ、くあっ……ふぁあっ、あっ……やっ、……ひぁん!」  
 そのまま指でゆっくりかき回すように愛撫を続けていると、最初は指が  
一本しか入らなかった穴が、二本の指がなんとか動かせるくらいの余裕が  
できた。そして、そのぶん僕の余裕が消えていっているのも見逃せない事  
実だ。  
「ひたぎ、そろそろ……いいか?」  
「ええ、覚悟はできてるわ」  
 僕はその台詞を聞いて一つ頷くと、いそいそと服を脱いだ。僕の股間は  
ガチガチに固くなってもうとっくに臨戦態勢に入っている。まぁ、ひたぎ  
のこんな魅力的な格好を前にして何も感じない奴がいたら、そいつはイン  
ポテンツに違いない。  
 ――と、今気付いたんだが、ひたぎはいつまで着衣のままなんだ?こい  
つが、さも当然のようにしているから気にならなかったが、普通こういう  
ときは全裸になるのではなかろうか。いや、僕は童貞だから、詳しくは知  
らないが、着衣のまま行為に及ぶのはどうも上級者向けの匂いがする。だ  
が、だからこそ、その格好に興奮している僕がここにいるわけで。  
 ……こ、このまま始めちゃっても、いいよな?ひたぎも別に気にしてな  
いみたいだし。  
 
 もうすっかり着衣属性に目覚めてしまった僕はそう判断すると、何気な  
い風を装い、努めて自然に切り出した。  
「じゃあ、いくぞ。痛かったら、ちゃんとそう言えよ。正直、僕は自分の  
理性をいまいち信用できないんだが、それでも、精一杯優しくしてやりた  
いんだ」  
「さっきも言ったでしょう――私は暦の、全てを受け入れてみせるわ」  
 ――かっこいい。先ほどの台詞とだいぶニュアンスが違うけど、それを  
さっぴいても惚れ直してしまいそうだ。  
 僕はそれを聞いて安心すると、ひたぎに覆いかぶさって腰をゆっくりと  
秘所にあてがった。  
「くっ……ぅうっ」  
 先っぽが入っただけなのに、すごい力で僕の侵入を拒むように締め付け  
てくる。そのまま少し進むと何か壁のようなものに突き当たった。  
「このままいけそうか?」  
「問題……っ……ない、わ」  
「……悪いけど、もう少しだけ我慢してくれ」  
 ひたぎは相当痛そうにしていたが、このままじわじわいくよりも一気に  
いった方がマシだと判断して、僕は腰を思い切り突き出した。  
「っつ、っあぁぁあっ!」  
 ひたぎの叫びと何かが切れるプチッとした音が聞こえた次の瞬間、僕の  
モノはひたぎの中の一番奥まで収まっていた。  
「あ…………っ、……ぅ……」  
「おい、大丈夫か?ひた――」  
 ――え。  
 ――僕の中の時間が止まる。  
 ひたぎの目に浮かんでるのは――涙?  
 そんな!?僕は何か間違ったのか!?何か取り返しのつかない間違いを  
犯してしまったんじゃ――  
「いいえ、違うわ」  
 そんな僕の様子を見て取ったのか、ひたぎはそう言った。  
「嬉しいのよ。暦と一つになれて嬉しいの。これからも、暦のことをずっ  
と好きでいられる――それはとても幸せなことだわ」  
 ひたぎは、無表情で平坦な口調でそう言った。涙を流しながら。それを  
拭おうともせずに。  
「僕もだよ。ひたぎと一つになれるなんて夢みたいだ」  
「この痛みは夢なんかじゃないわ。でも、そんな痛みなんてどうでもよく  
なるくらい幸せよ。涙って嬉しくても出るものなのね」  
 ひたぎの涙を見るのはこれで二度目だが、そのどちらもこいつの情の深  
さを実感させられる。この定型句を使うのもどうかと思うが、正しくツン  
デレの真髄を見せられた気分だ。  
 
「まぁ、でも、そうは言っても、まだ痛いんだよな?何か僕にできること  
は、あるか」  
 痛がっているひたぎには悪いが、僕はとても気持ち良くなってきていた。  
良すぎると言っていいくらいだ。すごく心地よい熱さで、ぎゅっぎゅっと  
不定期に強く締め付けられると、思わず動き出してしまいそうになる。何  
とかして気を紛らわせないと、自分で自分を律する自信が持てそうにない。  
「キスをしなさい」  
「仰せのままに」  
 僕はできるだけひたぎに負担をかけないように、優しく唇を寄せた。  
 ひたぎはまた舌を入れてきたけど、先ほどとは違い、愛おしむような舌  
づかいだった。僕もそれに応えるように舌を絡める。  
 お互いの愛を確認するように何度も何度も口づけを交わしていく。そう  
している間にも、僕はひたぎの胸や脇腹や背中を撫でるように愛撫するこ  
とも忘れない。  
「……ふぅ、…………ぁんっ…………はぁうっ!」  
 ――ふと気付くと、どこからか、ちゅくちゅくと水音が聞こえてきてい  
た。音のする方を見てみると、ひたぎの腰がかすかにくいくいと動いてい  
る。  
 うわ、エロい……。これは――もう動いても大丈夫ってことだよな。と  
いうか、初めて味わう膣の襞の感触が気持ちよすぎて、もう我慢できない。  
ここら辺が童貞の性能の限界ということか……。  
「そろそろ、動くぞ」  
「ええ……んっ、わかっ――んぅっ!」  
 僕はそう告げると、返事を聞き終える前にゆっくりと動き始めた。  
「んぁっ…………ひぅっ!……んっ」  
 中のキツさは変わっていないが、最初は拒むように締め付けていた膣壁  
が、今は強く複雑に絡み付いてくる。襞がうねうねと動いて、僕に未だか  
つて経験したことのないもの凄い快感を与えてくれる。  
「あっ、ぁあっ!んくっ……っ、ふあぁっ!」  
 ひたぎも、もう痛そうな素振りは一切なく、どこか陶然とした表情で、  
今まで聞いたこともないような甘ったるい声を出して感じているようだ。  
 その表情、声、反応――感じ取れるひたぎの全てが、僕を昂ぶらせる。  
もっと一つになりたい、一緒に気持ちよくなりたい。ただ、それだけを考  
えながら腰を動かす。  
「んぁああっ!……ひあっ、ぁあっ……っ」  
 ひたぎへの愛しさが際限なく込み上げてきて、一突きがどんどん早く、  
深く、強くなっていく。  
「はぁんっ、……ん、暦っ!……んっ、愛してっ、るわ!」  
「うんっ、……僕もだ、愛してるっ!」  
 時折、キスをしたり、名前を呼び合ったりして、興奮をより一層昂めて  
いく。だんだん意識が朦朧としてきて、ゴールが近いことを悟る。一突き  
ごとに、ひたぎは搾り取るように肉襞をうごめかしてきて、射精を促して  
きているようだった。僕はその終わりに向けてラストスパートに入る。  
「ひたぎっ、もう限界だっ!」  
「っ、んっ、いいわよ、……きなさいっ!」  
 最奥に思い切り打ち込んだ瞬間、意識が焼け切れるような快感が僕を満  
たして、ありったけの精液をひたぎの膣内に流し込んだ。  
「んんっ!っ、はああぁぁ………………」  
 限界を超えた快楽でぼんやりと霞んだ視界の中、幸せそうなひたぎの微  
笑がやけに印象的だった。  
 
 
こうして――僕達の記念すべき初体験は終わりを迎えた。  
 
 
004  
 
 後日談。というよりは、これからの話。  
 
 翌日――ではなく数週間後、いつものように二人の妹の火憐と月火に叩  
き起こされた――というわけでももちろんなく(もう僕は実家暮らしでは  
ない)、ひたぎに電話で起こされた。どうやら、朝早くからどこかへ出か  
けていたらしい。  
 そして、そのままいきなり病院に呼び出された。  
 
「できました」  
 本当にいきなりだった。  
 まあ、何のことをいっているのか漠然と察しはついた。  
 なにせ、呼び出されたこの場所は――  
「あら、いくら愚鈍、鈍感、感受性皆無、無責任な暦でも何のことを言っ  
ているのかぐらいわかるでしょう」  
 そう、その通りだ。  
 ここに――総合病院の産婦人科に呼ばれたときから、何を言われるか予  
想はついていた。  
 そして、本当に理解が及び、実感が湧いた瞬間に僕の心の中を満たした  
のは、驚愕でも、困惑でもなく、ただただ喜びだった。  
 何故ならば、ひたぎが怪異を克服するのは。  
 蟹から取り戻した『おもい』とちゃんと向き合えるのは。  
 体重が戻ったときでもなく、二人で北海道へ蟹を食べにいったときでも  
ないし、ましてや貞操に関するトラウマが消えたときでもなく。  
 それはまさに今だと――  
 ひたぎ自身が母になったときだと。  
 ――確信したから。  
 ――確信できたから。  
 
「それで、この子の名前はなんにしようかしら」  
 
 そのときの彼女の表情を、僕はきっと一生忘れないだろう。  
 初めて見た彼女の満面の笑みは、未だ見ぬわが子への慈しみに満ちた笑  
顔だった。  
 

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