結局一日遅れでロンドンに到着したとき、病院坂はあまり体調がよくないようだった。顔色は青ざめ、憔悴し、消耗しきっていた。まるで、病院坂に言わせば遠い親戚、実際には父親である病院坂笛吹が書いた小説をなぞるかのように。  
「本当に作家先生に会う約束があるわけじゃないんだし、今日はホテルでゆっくり休もう」  
「五泊六日だからのんびりする余裕はあまりないのだが・・・・・・ すまない、様刻くん。これが時差ボケというものなんだろうな。知識や、想像することはできても、なってみないと実感することだけはできないね」  
 病院坂は逆らわなかった。しかし、ゆっくり休めるはずのホテルの部屋は休息とほほど遠いものだった。いや、御休息なら間違ってないのか?  
 事前に病院坂から部屋は別々と言われていたし、いくら病院坂でも僕と一緒にツインルームはないだろうと思っていたが、案内された部屋は別々ではなかった。ツインでもなかった。  
「あははははははははははは」  
 大きなダブルベッドに腰掛けると病院坂は哄笑した。やられたと、半分は悔しそうな、もう半分はあきれたような顔だった。  
 旅行の手配は父親がやったらしい。それに対して病院坂はいろいろ希望を述べ、注文をつけたのだが、その中にホテルについてはシングルを二部屋と、はっきり伝えてあったと言う。  
「いまごろ僕が困ってる様子をあれこれと空想、いや、いっそ妄想というべきだな。それとも小説のネタにするか」  
「それどんな親だよ。ていうか、どうするんだよ?」  
 娘を男と同じベッドに寝かせようとする父親が非常識なのか、病院坂の父親に常識を求める僕のほうが非常識なのか。やっぱり自作の小説を読んで感想を聞くだけで海外旅行をプレゼントする父親に常識を求めたのがいけないようだな。  
 なにしろ病院坂の父親だ。だから、その娘ももちろん非常識に決まっている。  
「いいじゃないか、僕と様刻くんの仲なんだし」  
 
「どんな仲なんだよ!」  
「清く正しい関係?」  
「疑問符はいらねえ!」  
「それなら、かまわないじゃないかね」  
 病院坂はにやにやと僕を見ている。完璧にからかわれてるな。しかも、椅子はあるがソファーはないので、床で寝るしかないわけだ。  
「いいよ、きみがベッドを使え」  
「僕がこの旅行に誘ったのだし、この事態は僕の父親が引き起こしたことだ。僕にはきみを差し置いてひとりでのうのうとベッドで寝るなどということが許されない確固たる理由が二つもある」  
「それできみを床で寝かせて、僕がひとりでのうのうとベッドで寝ろと言うのか?」  
「不満かね? しかし、選択肢は限られている。二人で床に寝るか、二人でベッドで寝るかだ。せっかく立派なベッドがあるのだから、そっちがお勧めだよ」  
 うっかりそんな言葉に乗っかったらどんなことを言われるかと警戒したのだが、どうやら病院坂はからかっているわけでも、冗談でもなく、当たり前のように僕と一緒にベッドで寝るつもりのようだった。  
 手早くシャワーで汗をながして、病院坂と交代する。病院坂はゆっくり風呂の入りたいからと先を譲ってくれたのだが、本当にゆっくりだった。あれだけ髪が長いんだし、当然か。  
 ベッドに横たわってみた。これだけ広いベッドにゆったりと手足を伸ばしたら気持ちいいだろうが、できるだけ隅の方に寝転がって病院坂が寝るはずの場所に背を向けた。寝相はそんなに悪くないから、これだけスペースがあれば落ちることはない。  
 そしてそのまま眠ってしまったらしい。背中に変な圧迫感で目が覚めた。  
 
「なにしてんだ?」  
「ふふふ・・・・・・」  
 圧迫感の正体は病院坂だった。せっかく遠慮して隅に寝てるのに、なんでくっいてくるんだよ。ていうか背中に胸を押しつけるのだけはやめてくれ。それは反則だろ。  
 ふりほどくようにして病院坂の方に向き直る。病院坂はご自慢の猫目を輝かして、にやりと笑った。  
「どうしたのかね?」  
「どうもしないが、ちょっと離れてくれ」  
「隠しても無駄だよ、様刻くん。僕も男性の生理については保健体育の教科書を読んだし、そのほかにも少々学習する機会があっていささか詳しいが、様刻くんも普通の男性なのだな」  
「何を安心してるんだよ」  
「妹にしか欲情できない変態ではないと証明されたじゃないか。しかし、様刻くん。その証明の結果あふれかえったリビドーをどう解決するかという問題が残ってしまった。  
自慰行為に耽るかね? 最良の選択肢で、最善の結果になるか僕には想像もつかないが、手っ取り早いことは確かだな」  
「冗談じゃない」  
「観光案内には掲載されてないが、どんな場所でも女性が金で買える場所がある。ここから一番近い場所を教えようか? 君の妹さんじゃあるまいし、僕はそんなことでは嫉妬することもないし、様刻くんに対する評価を変えたりもしないから安心したまえ」  
「どうしても金で女を買わないといけないのなら、きみを買うよ」  
 何気なく冗談で切り返して、同時に後悔した。その冗談はつまらなくて、下品だったが、これはまだ許される。  
 致命的なのは言った瞬間、失言だったと顔に出してしまったことだ。  
 
「知ってたのか・・・・・・ やっぱり迎槻くんから聞いたのかい? 彼も一時は上客で、かつ常連だったが、いまは僕のことを嫌っているが、まさか様刻くんにその話をするとは思わなかったよ。できれば消してしまいたい記憶みたいだからね」  
「嫌ってるというのはちょっと違うと思うが」  
「隠さなくてもいいよ、みんなそうだからね。客でいる間は僕の体中を舐め回したくてしかたなかったくせに、関係が切れると汚物を見るような目を僕に向ける。でも、様刻くんは承知の上でこの病院坂黒猫と仲良くしてくれていたんだね。  
いつ、どんな経緯で知ったのか教えてもらえないだろうか」  
「あの屋上から飛び降りそうになった日のことは覚えてるか? きみは肩を脱臼して病院へ。僕は箱彦の家に遊びに行って、そこでな。だけど、その夜病院から電話をくれたよな。病院坂はたしか軽蔑して二度と保健室に来てくれないかと心配そうだった。  
それに対して僕はきみが病院坂黒猫でありさえすればそれでいいんだ、驚かされたが、そんなもんだと答えたと思う」  
「・・・・・・いままでだってきみのことは敬愛してやまなかったが、どうやら僕の最大限の敬意をきみに捧げてもなお足りぬようだ」  
 病院坂が抱きついてくる。  
「だから、やめろって」  
 思わず身を引くとベッドから転落した。さっきは後ろから抱きついてくるし、まったく危ない奴だな。男性生理については詳しいと自慢していたくせに、どんな理解をしてるんだよ。  
「くだらないことばかりしてると本当に床で寝るぞ。それから明日はシングル二部屋に替えてもらう。いいよな?」  
 だが、病院坂から返事が返ってこない。ベッドの反対側の隅でうつ伏せになって動かなかった。寝るにしては妙な姿だし、どうも小刻みに震えているようでもあった。  
「くろね子さん?」  
「うぐうぐうぐ・・・・・・」  
 泣いてるのか、こいつは? 人をからかっていたのに、それも巨乳を押しつけるというとんでもない反則技をくりだしておいて、いきなり泣き出すとはわけわかんねぇぞ。  
「いったいどうしたんだ?」  
 反則技には反則技ということで、後ろから抱き締めて、胸を揉んでみる。いやらしい意味ではなくギャグのつもりだったが、シーツと胸の間に強引に手を押し込むと、重量感たっぷりの嬉しい感触がする。  
「無理にさわってくれなくてもいいんだよ、様刻くん。どうせ僕は汚れているのさ」  
「なんだよ、それ」  
 
 抱きついてきたのに避けたことを言っているのか。箱彦は病院坂を嫌っている。あの告白を聞いたとき、箱彦は確かに汚らわしいものを吐き捨てるような態度だった。  
 そして僕も議論する相手としては仲良くできても、それ以上の関係はお断りだと思っていると、病院坂は気づいて傷ついたということか。  
 しかし、それは誤解だ。誤解されるのは案外簡単なもんだが、誤解を解くのは意外と難しかったりする。ただし、この場合に限っては誤解であることを証明する絶対的方法があるにはある。  
 もしそれを選ぶとすると、家では夜月、学校の教室では琴原、保健室で病院坂。  
 エロゲーもびっくりのハーレム状態だが、よろこんでばかりはいられない。  
 例えば夜月が日曜日に遊びに行こうと言う。僕だって夜月とデートするのは大歓迎だ。しかし、同じ日は琴原にとっても日曜日であり休日なのだ。嘘をつき、ごまかし、なんとか辻褄を合わせたことが何回もある。これが三人になったらどんな綱渡りになるか。  
 いや、考えてみればもうじき卒業だ。アメリカにいく病院坂とはお別れで、もしかしたら二度と会わないかもしれない。すぐに問題は解決するのか。先送りしただけにならないか。  
 隣で病院坂は枕に顔をうめている。くそっ、やっぱり泣いてるじゃないか。いくら考えたところで選択肢なんて最初からなかったんだ。  
 ちょっと強めに揉んでみる。やっぱり巨乳は素晴らしい。柔らかいんだけど、それなりに手応えがあって、首筋に舌を這わせると甘い香りが鼻孔をくすぐる。耳たぶを甘噛みしてみる。  
「くろね子さん、こっち向いてくれないんだったら後ろからやっちゃうよ」  
 病院坂は身をよじって抵抗するが、無理にひっくり返した。目が赤くなってるな。唇を奪う。舌先で歯列をなぞっていると、少し口を開いてくれたので、奥を目指す。病院坂の舌をからみとる。  
 同時に僕の手はパジャマのボタンを外していた。病院坂は拒まなかった。唾液の味を、唇の柔らかさを堪能しつつ脱がせる。  
「こういうときにはエロくてかわいい下着を身につけているのが女として嗜みだったと思うが、さすがの僕も君とこんなことになろうとは思わなかったよ」  
 
 完全に泣きやんだわけではないが、この口調からするといつもの病院坂に戻りつつあるようだ。淡いピンクのブラジャーは飾り気がないシンプルなデザインで、それを気にしているようだが、中身が豪華なので気にならない。  
 確か86のEと聞いた記憶があるが、さらに育っているかもしれないな。  
 うわ、本当にでかい。体格が小柄なせいで数字以上に大きく見えるようだ。乳首を口に含んで刺激を与えてやると、硬くなってくる。少しは感じてくれているらしい。  
 右手を下にずらしていくと、柔らかい恥毛にさわった。かきわけて奥に進んでいくと、人差し指が小さな突起にさわった。病院坂のクリトリス発見。さて、どうしょうか?   
 くすぐるように指先で撫でてやり、もっと奥までいくと膣内は熱いぐらいで、しっとりと湿っていた。  
 指先でかき回してみたが、病院坂は反応らしい反応を示さなかった。  
 マグロか、こいつ。こんなことで意地になったりはしないが、それでもエロく乱れる病院坂はぜひ見てみたい。  
 今度は顔を病院坂の股間に埋め、会陰を何度も舐め上げる。指で押し広げてみた。肉襞と赤い粘膜があらわになった。これのどこが汚れているというのだ。  
 舌と唇でクリトリスを重点的に攻めてみる。どんどん濡れてきてクチャクチャといやらしい音がした。奥の奥まで徹底的に舐める。  
 甘酸っぱい香りが濃厚に立ち上ってくる。  
 ちょっとやばくなってきた。病院坂のクリトリスはぷっくりと大きく、硬くなっているが、こっちのペニスはもっと硬く屹立している。  
「・・・・・・ん、・・・・・・様刻くん」  
 いつもとはぜんぜん違う、かすれたような声で病院坂は僕を呼んだ。ペニスを膣口のあてがって、一気に押し込んだ。しっかりと愛撫しただけあってヌルッと抵抗なく入る。  
 病院坂はあいかわらず目立った反応を見せないが、何も感じてないのではなくて、我慢しているようにも見えた。亀頭の先が子宮の入り口に当たっている。  
「あ・・・・・・ はあ・・・・・・」  
 息づかいが荒くなっていて、病院坂は僕の方に両手を差し出した。その胸の中に倒れ込み、ギュッと抱きしめる。その間も腰を動かし続け、引き、奥まで貫くたびにぬちゃぬちゃと淫靡な音がしていた。  
 病院坂の両手が僕の背中をかきむしった。かなり感じているようだが、懸命に口を閉じている。口を閉じている病院坂なんて想像したこともなかった。それなら、どうにかして声を上げさせようと、加虐的な気持ちになる。  
 
「体を起こして」  
 まるで病院坂は僕のペニスの上に座っているようになった。今度は下から突き上げる。胸を揉み、腰をさすり、お尻を撫でて、アヌスに指を入れる。  
「んんんっ・・・・・・・・・」  
 だが、こっちの腰の動きに合わせて、病院坂も腰を動かし、膣を締めてくる。こいつ、うますぎる。しかも、目の前で巨乳がゆさゆさと揺れている。  
 もう駄目です、限界です、降参です、勘弁してくださいと思った瞬間、病院坂が肩に噛みついてきた。  
「んっ・・・・・・ んっ・・・・・・ んっ・・・・・・」  
 ガシガシと歯を立てられ、背中は爪で引っかかれ、痛いぐらいに強くしがみつかれた。  
 やばい。  
 病院坂と溶け合ってひとつになったかのような感覚に痺れ、同時に放出した。ドクッドクッとペニスが強く波打ち、病院坂の子宮いっぱいに精子を注ぎ込む。  
 
「さすがは様刻くん、とても上手だったよ。こんなにもセックスが気持ちいいものだということを忘れていた。いや、はじめてかもしれない」  
「よかったと言うなら僕も嬉しいよ。なんだか無理に我慢しているように口を閉じていたから」  
「おいおいおい、様刻くん。たしかに僕が他人より饒舌なのは認めるがセックスの最中もしゃべり詰めなわけないだろう。  
だからといって、変にあえぎ声をたてたりしたら、演技してるように聞こえてきみがしらけるかもしれないと心配したんだ、いままで僕がやってきたことからするとね。こんな僕にも少しばかりだが乙女心と呼ばれるものがあるのは理解してもらいたいな」  
「そんな変な心配をして我慢してたのか?」  
 
「その反応からすると、どうやら杞憂というものだったらしいね。むしろ激しい感じのほうがよかったかもしれない。特別料金を払ってくれるなら、とてもエロいあえぎ声を聞かせてあげることも可能だよ。・・・・・・冗談じゃないか、そんな嫌な顔をしないでくれたまえ」  
「乙女心とか言っておいて、どうしてもロマンチックな感じにはなれないんだな、くろね子さんは。ま、いいや。疲れてるんだろ、早く寝ろ」  
「ああ、なるほど。時差ボケの疲労で体力が落ちて、そのせいで心の方まで弱ってしまったようだな。それでこんなことになったのか」  
 病院坂は今夜の出来事について勝手な解答を導き出し、勝手に納得している。まったく自己完結の激しい奴だ。しかし、心が弱った病院坂ねぇ。想像もつかないが、いまのがそうだったわけだ。  
 むしろ笛吹という人は存在してなくてーーもちろん病院坂にも生物学上の父親はいて、それが笛吹という名前なのかもしれないが、この旅行にはまったく関係なく、あの小説も病院坂が書いたもので、ダブルベッドの部屋を予約したのも、すべてが病院坂の策略だとか。  
 地味なパジャマや下着は演出で、泣いたのも演技でしかなかったという方が素直に信じられそうだ。  
「ま、いいや、寝よう」  
 うなずくと病院坂は僕の方へ身を寄せてきて、おでこを胸のあたりに擦りつけてきた。さっき噛まれた肩をペロリと舐められた。  
「できれば朝まで抱きしめていてくれたら嬉しいのだが、それは僕には過ぎた望みだろうか? それではおやすみなさい」  
 

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