「アラファトさん」  
 
学校から下校するために、駐輪場に向かった僕だが、突然の呼びかけに立ち止まる。  
 
「人をパレスチナ自治政府初代大統領のように呼んでくれるのは大変名誉だが、八九寺。僕の名前は阿良々木だ」「失礼。噛みました」  
 
背中越しでのやりとりだったが、完璧に相手を特定する。  
――八九寺真宵。蝸牛に迷った少女が振り向くとそこに居た。最近のノリからすると、僕が八九寺を発見して、頬を擦り付けたり、パンツを脱がそうとするのだが、今回は逆に話し掛けられてしまった。  
残念だ。非常に。  
 
「そんな残念そうな顔をしないでください。明らかに被害を受けるのは私なのに、感じる必要の無い罪悪感を覚えてしまうじゃないですか」  
「え?そんなに残念そうな顔してたか?」  
「ええ。阿良々木がロリ画像を開いたら、小学生じゃなく中学生だった時の顔と同じです。それはまるで世界の終わりが来たような表情でした」  
「僕は世界の終焉とロリ画像を同じには考えねぇよ!つか僕はロリコンなんかじゃない!」  
「それは初耳です!」  
 
心底驚いている八九寺。どうやら彼女の中では、完璧に阿良々木暦ロリコン説が定着しているようだった。とても不名誉だ。  
 
「それはそうと、せせらぎさん」  
「浅瀬などの水の流れる音のように呼ぶな。阿良々木だ」  
「失礼、噛みました」  
「違う、わざとだ……」  
「噛みまみた」  
「わざとじゃないっ!?」  
「歌手が来た」  
「どこに!?ぜひ案内をしてくれ!!」  
 
相変わらずな会話。うん、やっぱり八九寺と話すのは楽しい。本当に楽しすぎて食べちゃいたいくらいだ。  
……ちょっとまて。さっき自らロリコンを否定していたが、このモノローグじゃ説得力に欠ける。  
ひょっとして、僕は潜在的にはロリコンなのかもしれない。羽川の胸に興奮しなかったことは無いが、それはきっと、無意識のうちに「同級生の胸や下着に興奮する」という思い込みをすることで、自分はロリコンじゃないという堀を掘っていたのかもしれない。  
それなら、もっと自分の欲望に忠実になろうではないか。僕よ!  
僕は八九寺の頭を撫でる……いや八九寺の全てを愛でる為に手を伸ばした、その瞬間。  
 
「がう!」  
 
八九寺はいきなり僕の手に向けて、大きく口を開いた!  
幸いなことに僕は寸前で手を引っ込めることができ、以前の様に噛み付かれることは無かった。  
ガチッと八九寺の牙は空を裂く。  
 
「いきなり何するんだよ!」  
「目つきが普段の阿良々木さんと同じでした!だから変態行為をされるのかと思いましたので、つい」  
「それは僕が常に変態だと言いたいのか!?」  
「そう言われると何も言い返せません」  
「否定をしろぉ!」  
 
「それはさて置き、阿良々木さん」  
「……なんだよ?」  
 
てっきり切り返しを期待していた僕だったが、意外にも話題をぶった切られて困惑してしまった。  
八九寺の場合、大体こういった時は結構まじめな話になる時があるんだよなぁ。  
「今日はご相談があってやってきたのです」  
「そういや、わざわざ学校まで来てるしな」  
 
いつもなら街中で偶然発見する、言わばはぐれメタルの様な八九寺なのだが、今回は違っていた。  
 
「……なにか、あったのか?」  
 
神妙な面持ちで語る八九寺に対して、いつまでもふざけていては申し訳が無い。  
僕も少し小声で聞く。  
ひょっとしたらまた何かしらの怪異についての話かもしれない。吸血鬼もどきで、少しばかり怪異に対して理解がある程度の僕は、実際何もできないかも知れない。  
いや、理解しただなんていう言葉をつかっちゃいけない。いつだって結果的に上手くいっただけで、実際僕は何もしていない。忍野を始め、皆に助けられていただけだ。  
「勝手に助かるだけ」と言っていた忍野だが、やっぱり僕は奴に助けられていたのだ。それに、僕が関わった怪異の問題は良い方向に向かっていても解決はしていない。誰一人として。  
それでも僕は、目の前で困っている人を見過ごすことはできない。  
 
「よかったです。断られたら阿良々木さんをどうにかしてしまうところでした」  
「なんか怖いよ!」  
 
戦場ヶ原みたいな台詞だな……  
八九寺はワンクッション置いて、咳払いをする。そして僕の両目をしっかりと視線で捕らえ口を開いた。  
 
「私の胸を大きくしてください!」  
 
 
 
平日の夕方。恐らくは部活動に参加している生徒なら、グラウンドや体育館などで汗を流している時間に、  
小学生を自室に連れ込み、半裸にさせて対峙している高校生がいる。  
あろうことか、僕である。  
 
「さあ!ひと思いにやっちゃってください!」  
 
いつぞやの忍の様に、腰に両手を当てて、八九寺が無い胸を張る。  
というか、以前も話したが『胸を張る』という言葉は、『胸部を主張する』という意味は持たないんだけど……  
因みに今現在自宅には僕と八九寺以外は居ない。両親は仕事だし、火憐と月火は相変わらず正義の味方ごっこに夢中で留守だ。  
 
「ちょっと待て!いくらなんでも唐突すぎるぞ!」  
「凹凸が過ぎる?やっぱり阿良々木さんはロリコンです!」  
「違う!唐突だ!第一凹凸が過ぎるのは羽川や忍(完全体)くらいだ!」  
「でも今の状態に興奮しているのでしょう?」  
「くっ……」  
 
何も言えなかった。いや、少し膨れだした僕のジーンズを見られてからでは、何を言っても説得力に欠ける。  
僕は本当にロリコンなのかもしれない。いくら頭や言葉で否定しようが、こういった体の反応が全てを表している。  
 
「別に最後まで――というつもりはありません。ただ私の胸部の肥大化に協力をして頂きたいだけなのです」  
「丁寧な言い方だが、余計にエロく聞こえるな……」  
「だから阿良々木さんが肥大化する必要はないのですよ」  
「最低のフォローだ!」  
 
とにかく、と一度八九寺は咳払いをしてから口を開く。  
至極真面目な表情なんだけど、半裸でさらに西日に照らされた八九寺は美しかった。  
「私は、あの日から成長が止まっています。だからせめて胸くらいは、と思うのはいけないことでしょうか?」  
「…………」  
「それに阿良々木さんは、ご相談しても構わないとおっしゃって下さいました。だから今回の事も羽川さんではなく阿良々木さんを訪ねたのです」  
 
そういって、八九寺は笑った。照れくさそうに、どこか儚げに……  
 
 

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