清涼院護剣寺。
「俺は、姉ちゃんと殺し合うなんて――出来ない」
姉弟で相対していた七花は、蚊の鳴くような声でそう呟いた。
「……そう。完全に、折れてしまったのね」
心底落胆したように、失望したように、七花を。
――いや、折れた刀を見る七実。
「貴女に預けたのは、失敗だったということね」
七実は、責任の所在を求めとがめを一瞥する。
「……七花」
とがめは、崩れ落ちた七花に手を伸ばそうとして、七実のせいでそれが出来ないでいる。
「そうだわ。折れてしまったのなら」
ぽんと手を打ち、七実は提案する。
「私は四季崎記紀のような刀鍛冶じゃないけれど……七花、あなたを刀として打ち直してあげるわ」
「え……」
顔を上げた七花が見たものは、七実に手刀を突きつけられているとがめの姿。
「とがめっ!!」
「七花が闘わないのなら、とがめさんが死ぬ」
七実の表情には少しの躊躇いもない。
「愛した人を殺されそうになっても、あなたはそこで折れていられるのかしら?」
「……とがめ」
「七花」
流石に膝をついているわけにもいかず、立ち上がった七花と視線を交わらせるとがめ。
「構えなさい、七花」
「とがめを殺させるわけには、いかない」
だけど、と。
「姉ちゃんと殺し合いたくも、ない」
「七花、あなた……」
「だって、俺は姉ちゃんのこと……好きなんだよ」
刀として折れて、人として生まれ変わって得た気持ち。
「だから……俺は殺してもいいから……」
「七花!!」
とがめの一喝が、七花の言葉を遮る。
そして一転穏やかに、
「姉と共に、不承島に帰れ」
そう、とがめは言うのだった。
「ど、どういうことだ? とがめ……」
「どうもこうもないわ。役に立たない刀を捨てるのに何か理由がいるのか?」
「…………それは」
「今のお主に比べれば、まにわにの連中の方が数倍はマシであったわ」
「七花はもういらぬ。姉と殺し合う必要もなくなる。……だから、不承島に帰れ」
「…………」
どうしていいかわからない。
そう言いたげな七花、毅然としているとがめ。
「いえ、帰る必要こそ……ないわね」
しかし、七実は。
「私も、七花と共に行かせてもらうことにするわ」
こともなげに、今までの態度をひっくり返したのだ。
「愛だの恋だの……私には関係のないことだとは思っていたけれど」
「弟に愛されるというのも、悪くない気がするわね」
ふう、と。
まるで恋する乙女のように溜息をつく七実。
「え、いや、俺は家族として好きって言ったんだけど「な――断じて許さんぞ! 姉弟同士で関係を持つなど!」
ああ、とがめ。
急に暴走を始めないでくれ……。
「それに、なんだかとがめさんに奪われるのは急に惜しくなってきたわ」
「もう遅いわっ! 七花はもうわしの魅力にめろめろ、骨抜きだからなっ!」
「そうなの? 七花」
「ああいや、それほどでも」「ちぇりおーっ!!」
ぼかっ。
とがめの手刀が七花の頭に炸裂した。
「と、とにかく許さん! 同行など決して許さん! 七花、戦え! 姉の屍を超えて行くのだ!」
「とがめ、少し落ち着けって!」
ぎゃーぎゃーと喚き散らすとがめを尻目に、七実は言う。
「私が刀集めについていけば、それこそすぐに終わると思うのだけど」
「ぐっ――」
確かに、七実の圧倒的な力があればそうなるだろう。
「……ええいっ! もう勝手にするが良いわっ! ただし七花は絶対に渡さんからなっ!」
「それは、七花が決めることね」
「そう言われてもなあ」
殺しあわなくて良くなったのはいいけれど、自分の一言がこんな展開を呼び込むとは全く思っていなかったのだろう。
七花はただ戸惑うばかりだ。
「では、悪刀・鐚はこちらに渡してもらう! そして一度尾張に戻るぞ!」
「ええ、その頃にはあなたはバラバラになっているでしょうけど」
「なんでっ!?」