携帯リスナーの赤い夜  
 
 
 今夜は土曜日。僕の取る行動は決まっている。  
 例のラジオ番組を、聴くのだ。  
 
 といっても、ラジオ番組を聴くのにそれほど集中する  
必要もない。だらしなく寝転びながら漫然と聞いている  
うちに、4時間の番組の3時間が経過していた。  
 この番組の愛聴者である僕は、何分くらいにどんな  
企画があるのかを知り尽くしている。その予定調和な  
ところ、しかしどんな話題が出てくるか分からないところ  
が、ラジオ番組を聴く楽しみなのだ。  
 次は何だっけ……? ああ、あのコーナーか。自分  
のことだったら笑い事ではない、しかし他人事だから  
面白い、ラジオ番組定番の相談コーナー。  
 さて今夜は、どんな修羅場が待ってるんだろう?  
 
 
『鮎川はゆねの、深夜水族館〜!  
 (ドンドンドン、パフパフパフ)  
 はい、CMが終わってただいまちょうど午前3時!  
い〜い具合に眠くなってきたかと思いますけど、も〜  
少しだけお付き合いくださいませませ!  
 続きましては、『はゆねの! ちょっと聞いてよ恋愛  
相談!』のコーナーで〜す♪  
 恋愛経験豊富な はゆね お姉さんがリスナーさんの  
恋愛相談に乗ってあげよう! というこのコーナー。  
今週は……わ〜、いっぱいお手紙来てますね〜!  
残念ながら今回も全員のお手紙を紹介する時間はな  
さそうです、読めなかった人、ごめんなさ〜い!  
 
 それでは、今夜一人目のお手紙です! どんな相談  
かな〜? 佐賀県は河野市の、ラジオネーム・赤き時  
の魔女さん! なんだか魔法使いみたいなお名前です  
ね〜、って魔法の王国はお隣の長崎県ですよ佐賀は  
関係ないですってば♪ え〜っと、なになに……?  
 
『浮気したみたいなのがわたしのボーイフレンドなの。  
あんなに必要だって言ってたくせに、仲良くしてたのが  
他の女の子なの』  
 
 浮気かぁ! 浮気はいけないよねぇ。でも何か妙な  
口調ですねコレ。ちょっと可愛いけど。で、どんな状況  
だったのかと言うと……?  
『悪い予感がしたのが突然だったの。慌てて駆けつけ  
たのがわたしなの。そしたら、横になってたのが彼で、  
素っ裸でかぶさってたのが彼女で……呆然としちゃっ  
たのがわたし』  
 
 あっちゃー! 『真っ最中』って奴ですか!? いや  
この様子だと『まさにこれから』だったのかな? でも  
その浮気相手ってどんな人だったのかなぁ。  
 
『わたしと前にケンカしたのが彼女なの。カッターで切  
りつけたのがわたしで、噛み付いたのが彼女。わたし  
の天敵が彼女なの』  
 
 うっひゃー、すごいケンカしますね〜。てかケンカに  
刃物使っちゃダメでしょ、赤き時の魔女さん! まぁ、  
噛み付いてくる相手の方もどっこいどっこいですけど。  
 
『誘ってもわたしの胸を触ろうとしなかったのが彼なの  
に、一緒にいたのが素っ裸の彼女なの。怖くて聞けな  
いのがあの時の経緯だし、口が上手くてわたしなんか  
簡単に騙しちゃえるのが彼。どうすればいいと思うのが  
はゆねさんなの?』  
 
 あ〜、赤い時の魔女さんは、まだ彼と『関係』持って  
なかったんですね〜。胸を触らなかったっていうのは、  
ソレに近い状況が前にあったってことかな?  
 聞きづらいから相談してるんだろうけれど、一度ちゃ  
んと彼に説明してもらわないと仕方ないと思うな〜。  
でも、嘘が上手いって言うし、普通に聞いても誤魔化  
されちゃうかな?  
 ちょっと過激な方法だけど……何か口実つけて彼を  
呼び出して、少し強引に彼に迫ってみたら?!その時  
の彼女みたいに、裸になっちゃって! きっと、男の子  
なら動揺すると思うよ! それで、「なんでこんな事する  
の?」って聞かれたら、改めてあなたの疑問をぶつけて  
みるの! どう?!  
 
 ……なーんて、無責任なコトを言ってしまいましたが、  
ともかく彼の弁明を聞かなきゃどうしようもないと思い  
ますよ〜。何か聞けたら、またお手紙下さい♪  
 
 さて、二人目の相談者さんのお便りに行きましょう!  
ラジオネーム・『ナイトムーン』さん!  
 
『どうやらお兄ちゃんに新しい彼女ができたみたいなん  
ですが、お兄ちゃんに聞いても『一番大事なのはおまえ  
だよ』などとはぐらかされちゃって……』  
 
 ――え? 何? あ、忘れてた!  
 いやごめんなさい、今、さっきの『赤い時の魔女』さん  
のリクエストを流すの忘れてましたね。スタッフに指摘  
されるまで気づきませんでした、テヘヘ♪  
 ナイトムーンさんの相談の続きはこの曲が終わって  
から、ということで。赤き時の魔女さんのリクエストで、  
『時には昔の話を』。紅の豚で有名な、加藤登紀子さん  
の歌ですね、それではどうぞ!』  
 
 〜〜♪  
 
 静かな歌声が流れ出し、夜更かししているリスナーの  
眠気を誘う……いつしか、僕は眠りに落ちていた。  
 夢の中で、佐賀県の少女が、困った顔の少年に裸で  
迫っていた。ラジオで想像していたよりもはるかに幼い  
二人の姿。  
 ああ、僕にもあんな幼い恋に悩んだことがあったなぁ。  
そういえば初恋のあの子は、今も故郷にいるんだろうか。  
僕は、夢の中で微笑んだ。  
 
                  (携帯リスナーの赤い夜・完)  
 

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