「だーかーらー泣くなって。恋の悩みか友達関係のこじれか知らねえけど。苦しい悲しいで  
泣けるなんて、幸せなほうだぜ。僕の妹なんて両手が無くなってもへらへら笑ってやがるぜ」  
 恋の悩みと聞いたところで、ビックっ、と思わず身体を強張らせてしまった。  
 「えっ…、図星…だったか…」  
 「……」  
 「…わ、わりぃ…」  
 いーちゃんはバツが悪そうに頭を下げた。  
 「でも本当の事だぜ。僕のまわりには困難に直面したからって泣き喚くような女の子なんて  
一人もいなかったぜ。死に際しても、最後の瞬間まで立ち向かうような奴らばかりさ…。  
…逃げてばかりいる…男も一人ばかりいるがな…」  
 いーちゃんの言葉はやさしくなく、可哀想だなんて一言も言わなかった。同情もしない。  
 厳しく容赦がなかった。   
 「…ぅぅ…う、ぅぐ…うぅ、う、うえ」  
 あたしはふらふらと歩きだした。橋に雨粒が遮られない外界へと。  
 こんな姿他人に見せたくない、見られたくない。  
 「わっ!?馬鹿。まだ土砂降りなんだぞ。てかもっと降ってきた!おまえが泣くとなんで  
雨が降るんだ。おまえは神様か?」  
 いーちゃんに手首を掴まれ、引き留められる。  
 「うわっ、あちぃ?おまえスゴイ熱があるじゃん。熱中症か?」  
 いーちゃんは電気でも走ったかのように手を離し、心配そうに言ってきた。  
 あたしが神様のわけがない。神様はこんな事で悩まない、悩みなんて無いに決まってる。  
 あたしは正義の味方だ。  
 ふらっ。目眩がして、足がよろめき、その場に膝を着く。平行感覚がない。頭が重い。  
 「よく見たら、おまえ汗まみれじゃんか。この猛暑のなか走り回ってたのかよ?人間って  
体温変化でけっこう死ぬんだぞ。そんなんでこんな雨のなか外に出たら死ぬぞ!人死にはまずい。  
特に俺の前で死ぬな、俺が殺される!」  
 殺される…?  
 「……」  
 「わ。マジでやばそう!目が正気じゃない。吊り上がってる!ちょっと待ってろ!死ぬな!  
俺の前では絶対死ぬな!ちょっとそこに横になってろ!ひとっ走りしてなんか買ってく――――」  
 いーちゃんはあたしを横たえると豪雨の中を駆けだしていた。  
 声は最後まで聞こえなかった。意識が薄れていく。  
 雨が降っていた。  
 知らなかった。夏の雨がこんなに不快だったなんて。  
 知っていたけれど、知らないふりをしてきた。  
 独りがこんなに寂しかったなんて。  
 雨が、降っていた。  
 
 ………。あ、ちぃ…っ。  
 あまりの蒸し暑さの不快さで、目が覚めた。額の汗を拭う。身体だるぅ…。  
 薄暗い、もう夕方か…。場所は変わらない。薄汚れた橋の下だ。  
 脇の下にかち割氷が入れられ、ジャージのズボンが緩めらてる。スニーカーも脱がされて、  
頭を膝枕されて、顔、覗きこまれてる。いーちゃん…。  
 「わっ!?」  
 目の前にアニメ調のオオカミ男のお面があったので、思わず声をあげてしまった。  
 「……うるさいな。なんだよ、元気じゃん」  
 いーちゃんはよく冷えたスポーツドリンクをあたしに差し出す。  
 それを、ん、と手渡される。え?あの…飲んでいいの?  
 「言っとくけど、ナンパじゃねえからな。人死にはまずいんだ」  
 「あ、ありがと…、でもなんでお面?」  
 「しょうがねだろ、俺はこんな顔なんだから。今日が縁日で幸いだったよ。多少でも紛れちまう  
からな、買い物も楽だった」  
 「そういや、いーちゃんって地元の人間じゃねえよな?あたし見たことねえもん」  
 「ああっ。通りすがりさ。この街には人探しに来た。でも、よく人の顔の見分けがつくな俺苦手」  
 「あたしは正義の味方だからな。観察眼はいいんだ」  
 「そっか。念の為に聞くけど、忍野メメって人。知ってる?」  
 「あたしは正義の味方であって、探偵じゃねえよ…」  
 「探偵か…、懐かしい響きだな…」  
 いーちゃんは少し寂しそうだった。  
 
 「阿良々木火憐!」  
 「…は、はい」  
 思わず返事しちまった。  
 「こいつはただの戯言だけど聞いてくれ。おまえの恋の悩みがどんなモノか知らねえ、  
相手が誰かも分からねえが。恋てのはしたごころ。愛はまごころだ。愛てのは最強の力なんだ」  
 「…愛が…最強の…力…」  
 「そうだ」  
 いーちゃんの戯言は続く。  
 「むかし、ある女の子は恋のためにアルとんでもないことをしやがった。でも、そのせいで  
男の子は女の子を、心底から憎んだ」  
 「……」  
 「でも、男の子は女の子のことが、大好きでもあったんだ」  
 「……!?」  
 驚くあたしを無視して、戯言は続く。  
 「女の子も男の子のことが、大好きだった。男の子と女の子は共闘したり、命をかけて闘ったり  
しながらも、互いが大好きなままだった」  
 「……」  
 「何一つ分かり合えなっかからこそ、分かり合えた」  
 「……」  
 「殺して解して並べて揃えて晒して刻んで炒めて千切って潰して引き伸ばして刺して抉って  
?がして断じて刳り貫いて壊して歪めて縊って曲げて転がして沈めて縛って犯して喰らって辱めた  
…」  
 「……」  
 「…できること―――全部して、やった」  
 「……全部ってことは―――」  
 「…愛した。そして…その男の子には全く関係なく、女の子は死んだと聞かされた…。死に目に  
会えず。死に別れても、それでも男の子は女の子が大好きなままだ…」  
 「……」    
 いーちゃんは深く一言。  
 「愛」  
 自分の想いを確かめるように、呟いた。  
 「そうだ、愛を持つ者にとって、苦しみ、悲しみ、闘い、性別、憎しみ、死は、愛の否定には  
障害にはならないんだ。どころか愛は、それらを易々と乗り越えさえする。愛てのはそれほどまでに  
強い力なんだ」  
 
 「戯言だけどな」  
 
 「……」  
 あたしは長い間呆けていた、自分なりに理解するのに随分時間がかかった。  
 知っていたはずの『愛』の概念が木端微塵に打ち砕かれ、急激に膨らむのを感じた。  
 土砂降りの雨があがり。夏の青空のような晴れ晴れとしたような気分だ。  
 「…じゃ、じゃあ、肉親でもか?兄妹でも…愛の否定には、障害にはならない、のか…」  
 「もちのろんだ…、って!?!…おま…ま、まさか…」  
 「な、なんか…ありがと…」  
 「ど、どういたしまして…まあ、いささか極端な例ではあるがな…」  
 いーちゃんは何か、やっちまった見たいな複雑な表情を浮かべている。  
 「でも、どうして、あたしにこんな話を…」  
 「阿良々木火憐が、ほんの少しその子に似てた。ちょっと逢えた気がした…。そのお礼だ」  
 あたしはスポーツドリンクをゴクゴクと飲みほした。  
 「ぷはっ!うまい。」  
 雨は止んでいた。  
 「じゃあ、あたしもスポーツドリンクのお礼だ。一緒に花火を見に行こうぜ。人ごみが苦手なら人が来ない  
特等席を知ってる」  
 「別にいいよ。元気になったならここから出てってくれればいい」  
 いいからいいから、とあたしは強引に、いーちゃんの手を引いた。  
 「うわっ!すげえ力!?でも、本当に人ごみはやめろよ」  
 「レッツゴー!」  
 
 「火憐ちゃん!」  
 闘いの痕跡を追跡し、僕とひたぎと忍はこの道場までたどり着いた。  
 そこで言葉を失う光景を目撃する。  
 道場中央で繰り広げられる人間と怪異のバトル。  
 突き。蹴り。撃ち。投げ。極め。  
 すべての拳足はそれらどれにも変化しうる可能性を秘めて放たれ。  
 すべての攻防は途切れることなく一つに連環していた。  
 火憐ちゃんは一歩も引くことなくオオカミ男と闘う。  
 怪異を倒すのは人間。人間の意志だと言わんばかりに。  
 人体とは一時にここまで全局面的に動作しうるものなのか!!!  
 しかし、互角に見えても所詮は人の身、火憐は徐々に磨り潰されていく。  
 くっ、駄目だ耐えられん。  
 「待って暦!」  
 激昂して割って入ろうとする。僕の手首がひたぎに掴まれる。  
 「あっ、ちぃい!?」  
 そっちの手は駄目だって。僕の肌が焼け焦げている。  
 「あ、ごめんなさい。でも、見て」  
 「見るって。なにを」  
 それは不思議な光景だった。  
 オオカミ男の攻撃の方が見るかに重く。早く。速い。  
 しかし局面を制しているのは、火憐の方だ。  
 オオカミ男の方が撃ち負けている。  
 しかも火憐の方は段々と構えすら失くしてきている。  
 
 鋭利な爪牙。巨大な顎。強靭な四肢。  
 あんたの武器に必要なのは、それらをフルパワーで動かし、トップスピードで  
叩きつけること、それらは構えとなり、あたしにすべてを教えてくれる。  
 ある構えから即座に使える攻撃は限られるし、相手にも間合いを測られる。  
 無構えの利。  
 『構えない』とは、技の起点とベクトルを消し、敵の目から『隠す』こと。  
 想像するのは、静の中の動。ただ立つのではなく。  
 動の最中の一点としての今。動いてはいないが、いかようにも動きうる動き。  
 動けあたしの身体。水や流れや、炎の揺らめくが如く。  
 筋力が生み出す。速さに頼るのではなく。初動を相手に気取られぬ早さと状況に  
よって生じる、標的の近さを利用して撃つ。それが結果としての、当たりやすさを生む。  
 理屈を、習って、手本を覚えたからって、その日から使えるワケじゃない。  
 技ってのは、強い人と本気で闘って。追いつめられて、痛い目にあって、考えて、考えて、  
何度も何度も、そしてようやく力になる。  
 師匠。ようやく分かったぜ。あんたの最初の教えが、そして、誰よりいーちゃんのおかげだ。  
 「ありがとうございます」   
 パキィイン!!!  
 相打ち!まだまだ甘いとばかりに振り回しの腕に腹を薙がれる。  
 刀で受けたが、刀が真っ二つに折れ、弾け…飛ぶ…!!入口まで吹き飛ばされ膝を着く。  
 まいった…ね。どうも…互角まできたけど、強いモノは…、やっぱ、強い。  
 「火憐ちゃん!?」  
 「よおっ、兄ちゃん…と…」  
 やっぱ、兄ちゃんと彼女さんが並んでるの見るのはへこむな。  
 力を振り絞り立ち上がる。  
 「待って」  
 兄ちゃんの彼女に呼び止められる。  
 「空手に武器の型があるとはいっても、使い慣れていない武装では勝てないわよ」  
 「全力は尽くす!」  
 「それででは駄目だわ」  
 「!?」  
 「だって貴女は正義の味方で、あの人は困っているのでしょ?」  
 そうだ。あたしは正義の味方で、いーちゃんは困ってる。  
 「では、勝たなければ駄目でしょ。本当に暦そっくり。困ってる人は見過ごせない。栂の木二中の  
ファイヤーシスターズ。正義の味方」  
 「ああっ」  
 「正義の味方が仲間からアイテムを貰ってパワーアップする。よくある展開じゃない」  
 
 「待っててくれたのかい。いーちゃん」  
 まあ、唯一の出入口に三人で陣取ってりゃ、そうなるか、体力も限界に近いし、  
そろそろ終わらせるぜ。  
 グウゥオォォォオォオオォッ!!!  
 しゃああああっ!!!    
 いーちゃんが先手を取るなら。更に先を取る。  
 折れて半分になった。刀を投げつける。いーちゃんはうざいとばかりに手首の無い左腕で払い、  
異常に長い右腕を、大きく振りかぶり。ほんの一歩ばかりの助走で、宙を舞う。  
 熊手のようになった爪牙が背中をかすめた。皮の剥げる音がしたが、かまうか、更に追撃の  
顎が迫る。  
 だが、懐に潜った。いっけーっ!!!ビビるな!!!隙だらけに、がら空きになってる。  
 腹を、正中線を射抜く。  
 「――――――っ!!」  
 渾身の正拳直突きが、オオカミ男の鳩尾に深々と突き刺ささる。  
 身体ごと、力任せの、一撃を、撃ち込んだ。  
 右腕が軋む。  
 「か、まう、かあぁぁぁーーー!!!  
 ゴキッ、ボキッと、拳が、肘が、肩が砕けた音がした。  
 ぐぅっ!いってぇっ!!  
 いーちゃんの身体が身震いして跳ね、あたしは弾き飛ばされ、拳が無理矢理引き抜かれた。  
 指には、彼女さんから渡された。シルバーリングが光っている。  
 受け身も取れず、床板に叩きつけられた。  
 ぐうぅぅ!?でも、まだだ。いーちゃんはまだ止まってねえぇぇ!  
 シルバーリングに焼かれた腹を抱えうずくまる、いーちゃんの頭上に飛ぶ。  
 オオスズメバチの如く飛翔する。シルバーリングを犬歯に嵌め込み、オオスズメバチの如くガブリと  
首筋に噛みつく。  
 いーちゃんはそんな、あたしの頭を生卵を掴むかの如く鷲掴む。実際いーちゃんの力ならあたしの  
頭なんて生卵の如くなんだろうが、ちょっと遅いぜ。  
 脚を胴に絡めて更に強く噛みつく。  
 止まれ!止まれ!!止まれえぇぇぇっーーーー!!!  
 ゴリイィ!  
 ギャアァァァァア、ッアアアアーーーッッ!!!  
 断末魔の悲鳴を上げ。崩れ落ちるいーちゃん。  
 へっ、へへ…やった、ろ…。も、う…あたしには、鼻くそほじる、力も、残って、ねえ…  
 月光の降り注ぐ道場のなか、あたしの、意識は…おち…た…。  
 
 月光の光のなか、オオカミ男はゆっくりと立ち上がった。  
 意識を失いぐったりと横たわる火憐を見て、舌を舐めずり大きく顎を開く。  
 だが。  
 「そこまでだ!」  
 火憐とオオカミ男の間に割って入り。手四つでくい止める。火憐には悪いが、ここまでだ!!!  
妹にこれ以上の手出しはさせねえ。  
 力比べでなんとかくい止めてるが、大きく開かれた顎が迫る。  
 怖いじゃないか!でもこれまでなんだよ!!  
 「忍!!!」  
 僕の影から、二十歳前後の忍がオオカミ男の頭上を舞った。  
 「やれやれ、これでは、あのでっかい妹御とキャラがまる被りじゃのう。だが悪く思うなよ、ぬしは  
危険すぎる怪異じゃ。忍野がおらぬ今、儂らにできるこ、と、は――――」  
 
 勝って嬉しい 花一匁 負けて悔しい 花一匁  
 隣の小母さん 一寸来ておくれ 鬼が居るから 行かれない  
 あの子が 欲しい あの子じゃ 判らん  
 この子が 欲しい この子じゃ 判らん  
 相談しよう そうしよう  
 鬼が居るから 行かれない  
 鬼が居るから 行かれない  
   
 『ばいばい』  
 
 「―――は、ぁっ!?」  
 突如、突然、忍野忍は幼女体型になり、姿勢を崩した。  
 そして現れた。赤い暴風に、その首根っこを猫の子の如く掴まれる。  
 嫌でも人目を引くワインレッドのスーツの奥に、胸の大きく開いた白いカッターが覗く。  
肩まで届く長さの髪は、高価な整髪料でも使っているのだろう、異様といっていいほどに  
艶がある。完全に瞳を隠している深紅のサングラス。モデルか何かと思うくらいに  
プロポーションがよく、背も高い。間違いなくそれは美人と表せる風貌だ。  
 そして、この場にいる全員の心の声が一致した。  
 誰!?  
 「こりゃとんだ可愛い子ちゃんだな。持って帰って、崩子ちゃんと一緒に左右に並べて寝たいもんだ」  
 ジタバタと暴れる忍。勝手気ままに喋る闖入者は、ついでとばかりに僕とオオカミ男をなぎ倒し、頭を  
踏みつけて押さえ付けている。  
 「しかしよお!急いで駆け付けて来てみれば、ほとんど終わってるじゃねえか!どうすんだよ!この気持ち、  
どうしてくれんだよ!!この犬っころさまわよぉぉ!!ああーん!!!犬。犬。犬のぶんざいでえぇぇっ!」  
 仁王立ちになり、ぐりぐりと僕とオオカミ男の頭を踏み躙る。痛い痛い!?  
 なにこれ!なんなのこれ?どんな状況なの?  
 「どさくさまぎれにパンツ覗こうとしてんじゃねえぞ!このむっつりスケベ!!!」  
 パンプスの踵部分でさらに強く頭を踏まれる。  
 ぎゃああああああああああ!!!  
 鬼かこいつは!!!!  
 「あの軽薄なアロハ野郎!あたしを騙しやがったな!なにがボランティアでも充分楽しめるだ!収穫はこの  
可愛い子ちゃんだけじゃねえか!」  
 持って帰るつもり?!?  
 忍は涙目で、猫の子のように暴れまわる。  
 「まあ、なにが言いたいのかと言うとだな」  
 この闖入者は高らかに宣言した。  
 「あたしも混ぜろ」  
 またまた。この場にいる全員の心の声が一致した。  
 はあああああぁぁぁっ!?  
 そして、すべてが解決した。  
 
 「…う、ん…っ…」  
 誰か、に…おんぶされて、る…。おんぶ、されるなんて、何年ぶり…  
 頭、見覚え、ある。兄ちゃん…  
 「あ、起きたか?まだ寝てろ…」  
 「…うん…」  
 うーっ、だるい、眠い、腹減った。腕を伸ばして手を見るが傷痕が跡形もない…。  
 「…兄ちゃん…あたし、大怪我してなかった、か…」  
 「…気のせいだろ、いいから寝てろ」  
 「…うん…。あたし、重くなったろ…」  
 「馬鹿にするな。まだまだ、火憐ちゃんくらい支えられるんだぜ」  
 目を閉じて、そのまま背中に体重を預ける。  
 「いーちゃん、さあっ…」  
 「…うん…」  
 「ありがとう。てさ…」  
 「…うん…」  
 あたしはコクリと頷いた。  
 
 火憐ちゃんを背負い、ひたぎと一緒に僕の家へと歩く。  
 そして、見覚えのある路地へとさしかかった。  
 あ。ここ忍と初めて会った場所。  
 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。  
 伝説の吸血鬼。  
 怪異殺し、怪異の王。  
 目もくらむような金色の髪と金眼、シックなドレスに彩られた、  
 美しい、血も凍るような美しい吸血鬼―――  
 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードに初めて邂逅した場所。  
 先を急いで、そこを通りすぎたとき。  
 僕の影から吸血無能が現れ、何もない街灯の下を凝視する。  
 「忍?」  
 
 かぁごめ♪かぁごめ♪。  
 籠のなかの鳥は。何時何時、出遣る?  
 夜明けの晩に。鶴と亀が滑った。  
 後ろの正面、だぁれ?  
 後ろの正面、だぁれ?  
 
 籠のなかに鬼を追いこみ、逃げないように取囲み、鶴と亀を滑らせる。  
 縁起の良い長命といわれている動物が滑る、つまりそれは『殺す』の隠喩、  
 最後は首を切られた鬼の生首がグルリと反転して後ろの正面を見る。  
 
 街灯の下に、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが手を振っている。  
 大人の女性の優しげな穏やかな笑顔をたたえ、手を振っている。  
 無論、儂にしか見えんただの幻。  
 「忍?」  
 かって、美しい鬼がいました。  
 今は、もういません。  
 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。  
 伝説の吸血鬼。  
 怪異殺し、怪異の王。  
 目もくらむような金色の髪と金眼、シックなドレスに彩られた、  
 美しい、血も凍るような美しい吸血鬼はもういません。  
   
 さよなら、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。  
 
 忍は、ほんの数秒立ち尽くしたあと、再び僕の影に入り。  
 その夜、いくら呼んでも現れる事はなかった。  
 僕のゲームソフト返せ。  
 
 ガチャリっと扉を開ける音がした。息を殺して抜き足差し足で僕のベットに近寄ってくる、ベットに  
上がって騎乗位の体勢になり、そして、おもむろに僕の寝間着をまくりあげて肋骨の隙間から心臓の  
位置を確認している。  
 指先でよく心臓の位置を確認して白木の杭の先端が僕の心臓にあてがわれた。  
 少し薄眼を開けて見ると。鬼の形相の月火ちゃんが今まさに白木の杭に木槌を振り下ろさんとしている  
瞬間だった。  
 「お兄ちゃん!!朝DEATHよぉ!!!」  
 ぎゃあああああああああああ!!!  
 カンッ!  
 間一髪、月火の股間を摺り抜け体をかわすと、ベッドに杭が打ちこまれた。  
 死んだらどうする!?  
 「ちっ!」  
 舌打ちすんなや!これなら大きい妹に起こされた方がマシだ。火憐ちゃんラブである。  
 「てか。でっかいのはどうした?」  
 「私知らないも―ん。全然何にもしらないもーん」  
 「?」  
 
 「ふーん、じゃあ昨日は大変だったんだね。でもリラックスもできたみたいだから、  
今日は戦場ヶ原さんとちゃんと勉強しなさい。うん、じゃあね、また明日」  
 
 勝って嬉しい 花一匁 負けて悔しい 花一匁  
 隣の小母さん 一寸来ておくれ 鬼が居るから 行かれない  
 あの子が 欲しい あの子じゃ 判らん  
 この子が 欲しい この子じゃ 判らん  
 相談しよう そうしよう  
 鬼が居るから 行かれない  
 鬼が居るから 行かれない  
 勝って嬉しい 花一匁 負けて悔しい 花一匁  
 
 公園では子供たちが花一匁の遊びをしていた。  
 無邪気にあの子が欲しい、この子が欲しいと、望んで得られるならこれほど幸せな  
ことはありませんが、その無垢な声が、どこか羨ましい。  
 花一匁は、鬼の歌。  
 花に喩えたちいさな娘を、親が売り払う無残な歌。理由をつけて先延ばしにしても、  
娘は結局は居なくなる。勝って嬉しい、買って嬉しい。負けて悔しい。値段を、まけられて、  
悔しい。どっちにしろ、そこには居られない、居なくなる、哀しい歌。  
 私は、さしずめ―――  
 
 「おはようございます」  
 暦の家に向かう途中、彼の妹に出会った。というか待っていたらしい。  
 「あの、昨日はどうもありがとうございました。これお返しします」  
 と言って。シルバーリングが手渡された。  
 「一応…洗ってはみたんだけど…」  
 昨日貰ったばかりなのに、もう傷だらけのボロボロ。  
 でも私は躊躇することなく左手の薬指にはめた。  
 「…あっ…」  
 「ありがとう。とても大切なモノだったの」  
 理解した。理解できてしまった。  
 この子の言葉には愛があった。生まれたばかりの、とてもちいさくて、はかなげで、でも確かに  
そこにある。  
 昨日、私の姿を一目見ただけで、一目散に逃げ出した少女は、もういなかった。  
 でも、この子は知っているのだろうか?愛は育み続けなければ、すぐに枯れてしまうということを。  
 「恋は下心。愛は真心。まったく、暦にも困ったものだわ」  
 「…は、い?」  
 「女の子だったら、誰でもかれでも助けてしまうのだから、でもね――」  
 私は、目の前の女の子の手を取り、両手で包みこむ。  
 愛には、愛を以って答えるしかない。  
 「私、暦のことに関しては、とっても強いわよ」  
 私は笑わず真剣な顔で、宣言してした。この子を女と認めたのだ。  
 「…でも負けません、から…」  
 負けません。か…。それは確かな決意なのだろう。でも勝負に例えるなら、もう勝負はついていると  
いっていい。正確には詰んでいる状態だ。  
 なぜなら彼女は暦の実の妹なのだから。それでも勝つなら勝ち切ってみせろという事なのだろう。  
 それこそ臨むところだ。  
 「私は戦場ヶ原ひたぎ」  
 「あたしは阿良々木火憐」  
 そして、どちらともなく手を離す。  
 それに絶対的な予感がある。それはとても確かな予感。将来、私とこの子は家族になる。  
 冗談でも比喩でもなく。私はそうする。  
 だから、ここはあっさりと別れよう、そして私は暦のもとへと歩き始めた。  
 
 行間リセット  
 全くもって、僕も火憐も兄妹、二人揃って、戦場ヶ原ひたぎという女を見誤っていたのだ。  
 ひたぎがどれほどドロッて、デトックスされたところで、その本質が普通に強欲で諦めの悪い女だと  
いうことなのだと、将来様々と思い知ることになるのだが、それはまた別の話だ。  
 それでは今回のオチ。  
       
 偽物語 アニメ化祈願 ウソOP タイトル  
 『勝利の女神じゃないよ!正義の味方だ!!ファイヤーシスターズ!!!』  
   
 しかし、あたしは正義の味方であって、勝利の女神じゃないんだけどな。   
   
 瑞鳥くん。一回戦 一本負け。  
 
 おわり  
 
 
 

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