僕と火憐ちゃんは夜具の上で恋人同士がするように寝ころび、たわいもない話をする。  
 「火憐ちゃんこれからは寝込みを襲ったりしちゃ駄目だぜ。日時と期間をきちんと決めて  
するようにするから、我慢しろよ」  
 「わかったぜ。兄ちゃん」  
 僕の指先が火憐の手首や首筋をそっと撫でる。  
 「ちょっと、縄の跡がついちゃたかな」  
 「これぐらなら平気だぜ、兄ちゃん。明日には消えてる」  
 「そっか」  
 「ところで兄ちゃん気持ちよかったか?」  
 「ああ」  
 「そっか。兄ちゃんが気持ちよかったなら、あたしはうれしい」  
 「兄ちゃんも火憐ちゃんが悦んでくれるなら、うれしいよ」  
 僕たちは互いに笑いあった。  
 だめだ。耐えられん。なに妹と温い恋人ごっこしてるんだ。  
 僕は火憐ちゃんに土下座をしていた。  
 嘘をついたっていい。騙してもいい。迷惑だってかけもいい。借りも作るし、恩だって返せない事もあるだろう  
実際。家族だからな。でもこれは甘えだ。  
 実の妹に甘えてるってどんな状況だよ実際。  
 「に、兄ちゃんなんだよ!?」  
 「火憐ちゃん!ゴメン。兄ちゃんには彼女がいるんだ」  
 「はっ!?はあっ?」  
 途端、火憐ちゃんは僕に馬乗りになった。  
 「じゃ、じゃあ兄ちゃんとあたしは初めて同士じゃなかったのか?」  
 「う、うん」  
 「なんてこった!?兄ちゃんの童帝はあたしが貰ったと思ってたのに!」  
 頭を抱える火憐ちゃん。おやおやなにか、おかしいよ。なんだこの馬鹿。  
 だいたい何?その某銃×剣アニメの最強童帝の称号。  
 「ていうか。あたし達の許可を得ずに、兄ちゃんと交際してる女は一体だれだ!!」  
 なんだこの馬鹿は、思考が明後日の方向を向いてるぞ。  
 僕ではなく戦場ヶ原の方に敵意を向けてる。  
 僕は火憐ちゃんに殺される覚悟で告白したというのに。  
 「兄ちゃんと交際したいなら、あたしに勝ってからにしてもらおうか!」  
 馬鹿だあぁぁぁ!とんでもない馬鹿だ!!  
 
 かぁごめ♪かぁごめ♪。籠のなかの鳥は。何時何時、出遣る?  
 夜明けの晩に。鶴と亀が滑った。  
 後ろの正面、だぁれ?  
 後ろの正面、だぁれ?  
 
 籠のなかに鬼を追いこみ、逃げないように取囲み、鶴と亀を滑らせる。  
 縁起の良い長命といわれている動物が滑る、つまりそれは『殺す』の隠喩、  
 最後は首を切られた鬼の生首がグルリと反転して後ろの正面を見る。  
 
 メール 一件 受信しました。  
   
 暦へ。羽川さまに許可をいただきました。  
 縁日の日に帰ります。  
 とても図々しいかもしれませんが、  
 駅まで迎えに来てくれたら  
 私、とても嬉しいです。  
 
 後ろの正面、だぁれ?  
 後ろの正面、だぁれ?  
 
 阿良々木火憐。  
 僕の実の妹でファイヤーシスターズの実戦担当。  
 兄妹とはいえ、男女である以上別れ話は、憑いて廻る。  
 今回のお話は、さして面白くもない出会いと別れの話だ。  
 人間そっくりな僕と、偽物な妹達との仮初めの、儚い淡い物語。  
 
 偽物語 アニメ化祈願 ウソOP  
 『勝利の女神じゃないよ!正義の味方だ!!ファイヤーシスターズ!!!』  
 作詞:???  
 唄:同士諸君  
 ムービー:目を瞑って脳内再生  
   
 勝利の女神じゃないけれど、せめて歌うぜ正義の歌を  
 いますぐ動けばまだ希望はある、美と喜びに満ちた  
 世界を守りぬくことができるんだ。  
 機嫌のいい日もあれば、ふさぎこむ日もあるけれど  
 飛び跳ねて遊びあまりたいときもある  
 何もしたくない時もあるけれど、せめて歌うぜ正義の歌を  
 わずかな時間でもいいから、日常を忘れて一歩を踏み出そう  
 目を見張るような出会いが待ってるぜ  
 未知なる驚きに満ちた世界、みんなで一歩を踏み出そう  
 火憐ちゃん正義を守るのと、平和を守るのとどう違うの?  
 月火ちゃん全然違うぜ!えーっ!どのくらい!?  
 正義と平和ぐらいちがうんだぜ!月火ちゃん!  
 わかんない!ぜんぜんわかんないよ!  
 正義と平和のちがいはなんだー!なんだー!!  
 自信を持っているように見えても、内心はドキドキなんだ  
 気取りすぎかなぁ、人に合わせるのはもうやめた  
 ようし開き直るぞ、見方をかえればちがったものが見えてくる  
 ちょっと臆病になってたかもしれない  
 大切なものを自分から手放すようなことはしない  
 いまならきっと、まだ間に合うよ  
 けんかしても仲直りできる。  
 ほんとうの強さには優しさがにじんでる  
 きみはもうじゅうぶん強い、だから歌うぜ正義の歌を  
 
 虚戈言遣人(うわほこ いつきと)。戯言遣イ。いーちゃんについて語ろう。   
 僕が戦場ヶ原ひたぎと再会した縁日の日。忍野メメを探しにわが町を訪れた。  
 哺乳動物オオカミ、食肉目、イヌ科、イヌ属。  
 放浪のオオカミ男の語る愛と別離の話を。  
 人間、化物分け隔てなく存在する。さして面白くもない、別れ話。  
 
 縁日 前日 深夜 阿良々木家の屋根上   
 
 かぁごめ♪かぁごめ♪。  
 籠のなかの鳥は。何時何時、出遣る?  
 夜明けの晩に。鶴と亀が滑った。  
 後ろの正面、だぁれ?  
 
 籠のなかに鬼を追いこみ、逃げないように取囲み、鶴と亀を滑らせる。  
 縁起の良い長命といわれている動物が滑る、つまりそれは『殺す』の隠喩、  
 最後は首を切られた鬼の生首がグルリと反転して後ろの正面を見る。  
    
 唄う。誰にも聞かれぬよう。喉を使わぬ旋律を。  
 ダイレクト・ヴォイスを、誰にも聞かれぬように。  
 唄おう、雲ひとつない満月の夜に鬼の歌を、鬼を殺す歌を…  
   
 忍野忍の前に吸血鬼が現れた。  
 鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼。  
 伝説の吸血鬼。  
 怪異殺し、怪異の王。  
 搾りかすになる前の儂の姿。美しい鬼。  
 目もくらむような金色の髪と金眼、シックなドレスに彩られた、  
 美しい、血も凍るような美しい吸血鬼―――  
 その他の説明はいらない。  
  大太刀『心渡』を肩に担ぎ吠える。今のその顔は。   
 牙を剥く鬼の形相。  
 「             ―――」  
 「ふん。なんじゃその顔は見苦しい!儂がまだ生き恥を晒しとるのがそんなに  
気に入らんのか」  
 ぎりぎりと引き絞られる妖刀『心渡』。  
 「             ―――!!」   
 吠え猛る形相で細首を横薙ぐ一閃。  
 鬼の生首がグルリと反転して後ろの正面を見る。  
 
 「そうだね。鬼の歌。解釈としてはいいかもしれないけど、人買いの歌とも言われているね、  
籠から逃げた鶴と亀という女の子が滑って転んで、振り向いた後ろには…。てのが、一般的な  
解釈かな」  
黒いな…  
 「お前は何でも知ってるな」  
 「……。まあ、日本の鬼には何か憎めないところがあるのは確かだよね」  
 流しやがった。すっかりしたたかになっちまったな。いや、しなやかになったかな。  
 「節分昔話なんて面白いよね。鬼に嫁にされてしまった娘が家に里帰りした時に、この豆の  
芽が出たら娘を返してやる、と娘の父が炒った豆を鬼に投げつけて追い返して、鬼は一年豆を  
育ててみるが芽は出ない。翌年の節分にも鬼が娘を返せとやってくるが、再び炒った豆を投げて  
芽が出たら…と以下エンドレス」  
 「なんと律儀な…。しかも里帰りを許してんのかよ…鬼。情けなさすぎるぞ…」  
 「日本の鬼を殺すにゃ刃物は要らぬ。炒った豆さえあればよい。てところかな、  
ところで、明日戦場ヶ原さん帰ってくるけど。あまり羽目をはずしすぎちゃ駄目だぞ」  
 「わかってるて、それじゃおやすみ」  
 「うん。おやしゅ、ッ…み…噛んじゃった…」  
 羽川が噛むとは珍しい。いいもの聞いた。眼福、眼福と、ちょっと違うか。  
 と、羽川との楽しいおしゃべりはおしまいおしまい。  
「忍。ここに居たのか」  
 屋根の上で体育座りをしている吸血無能を発見した。  
 
 ちょうど顔を出したところが体育座りをしている正面だったのでワンピースの中がばっちり  
見えてしまったが、僕はロリコンじゃないので特に問題はない。  
 幼女の股間になど興味はない、絆創膏しか見ていない。  
 よっと、屋根に上がり、金髪幼女に近寄る。  
 コロンと、忍は首の無い死体のようにコロンとこける。  
 「ほら。今日は食事の日だろ」  
 小さな体躯を抱えあげ、抱き合う形になる、何度やっても慣れない姿勢だ。  
 「おい。泣いてるのか…」  
 忍の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ、可愛らしい顔が台無しである。   
 「……い」  
 「お、おい」  
 「…い、嫌じゃ…嫌じゃ…生きていたく、ない…。死にたい…なんで…、なんで何度も何度も  
死ねんのに…殺され、なくては、ならんのじゃ…」  
 僕の腕の中で暴れまくる忍、言ってることも、意味不明でまるで要領を得ない。  
 「…い、嫌じゃ…嫌じゃ…、死んで、死んでくりゃれ…。我があるじ様よ。一緒に…  
死んで…くりゃれ…死んで…」  
 「やれやれ、まったく、しょうがねえな」  
 僕は派手に暴れる忍を抱えたまま屋根の縁まで移動する。  
 「未練が無いと言えば嘘になるが…」  
 
 『暦へ。羽川さまに許可をいただきました。  
 縁日の日に帰ります。  
 とても図々しいかもしれませんが、  
 駅まで迎えに来てくれたら  
 私、とても嬉しいです』  
 
 僕は保護メールにしてパソコンにも保存した戦場ヶ原からのメールを脳内で反芻した。  
 ごめん。ひたぎ迎えに行けないや。  
 派手にギャーギャー泣き続ける忍。  
 僕の命はお前のモノ。その言葉に嘘偽りはない。  
 でも、みんな(羽川)にさよならを言えないのはちょっとつらいかな、そんな僕を忍は涙目で睨みつける。  
 「ああ、わかったわかった…そんなに睨むなよ。こんなに可愛い子と心中できるんだ。僕は幸せ者だよ」  
 忍の頭を撫でてやる。  
 この高さでも頭から落ちればさすがに死ねるだろ。  
 ヒョイッと僕は屋根から投身する。  
 ゴスッ!ボキッ!  
 石畳の上で頭が跳ねる。二人分の体重が首を折り、頭蓋を叩き割り内容物を飛び散らせる。  
 僕は死んだ。  
 
 「…う、…っ…」  
 目を覚ますと鬼がいた。美しい鬼。  
 年のころは二十歳ぐらいの金髪金眼。  
 三途の川かと思ったけど。場所は変わらぬ屋根の上だった。  
 「忍…」  
 お前…僕の血を  
 「…縁日とかいうものがあるそうではないか」  
 はっ!?唐突に話を切り替える忍。  
 「タイ焼き、りんご飴、たこ焼き、綿飴、チョコバナナ、クレープ、焼きイカ、いろいろあるそうじゃのう」  
 「忍!?」  
 「すまなんだ。衝動的すぎたの許せ。お前様が家族や想い人に別れの言葉を残してやる気遣いもなかったの」  
 「いや、別にいいんだけど」  
 「じゃから、心中は縁日が終わってからという事にしてくれんかの」  
 どんな理由だよ、わかったよ。僕達の心中は明日に持ち越しだ。   
 まったくこいつは俗世につかりすぎだ。どんな吸血鬼だ。  
 
 「兄ちゃん朝だぞ!こら!起きろ!」  
 「いいかげんに起きないと駄目だよぉ」  
 全くもって起こすにしてもいろいろとバリエーションを考えつくものである、  
今日はフライングボディプレスを喰らわされてしまった。  
 「さっさと起きろ!ていうか責任とれ!!」  
 「責任とれえぇ!!」  
 「責任?責任てなんだ!?」  
 「これだ!!」  
 火憐ちゃんは膝立ちの体勢でおもむろにTシャツを捲り上げ、ジャージの下も  
パンツが見えるほどにズリ下げる。  
 「わ!?馬鹿!てっ?」  
 火憐ちゃんの真っ白な素肌にミミズが這ったように紅く強く残る傷痕。  
 明らかにブラのなかパンツの下にまでいたる。キスマークやら吸引やらでつけられた、  
生々しい情事の痕。  
 「…責任…っ、とってよっ…」  
 腹を出したまま攻撃的な吊り目に涙を溜めて、しおらしい声で訴える。  
 「…せ、責任、て…」  
 「デ…っ、デート…、してくれ…」  
 「はっ?デート」  
 「はいこれ」  
 月火ちゃんからチラシが渡される。  
 チラシには『四季崎記紀の刀展』と大見出しが書かれていた。  
 駅ビルで開催されているらしい。火憐ちゃんはこういうのが趣味なのか。  
 だが。  
 「却下。無理。今日は駅に人を迎えに行くから無理だ」  
 「む、迎えに行くって、か…っ、彼女か…」  
 ズイッ、と、涙目の女顔を近づける火憐ちゃん。  
 「う、うん…」  
 「兄ちゃんはあたしと…の彼女と…ど、っちが、大事だ…」  
 「そ、そんなの…、どっちも同じくらい大事だ」  
 「…そ、っか…あたしにも瑞鳥くん…いるもんな…。ごめん…意地悪な質問だった…。  
何時だ…」  
 「な…何時って…」  
 「会いたい…、紹介しろ…それで…チャラで、いい…」  
 「…う、うん…」  
  ガチャリとドアを開けて、トボトボと部屋から出ていく火憐ちゃん。  
 「馬鹿!死んじゃえ。てか死ね!!」  
 月火ちゃんが捨て台詞とともにドアを破壊的に閉めていく。  
 ヒドイ罵声だ悲しみで死んだらどうする。  
 今日は縁日。僕の命日だ。  
 
 某道場内  
 神棚には刀が一振り奉られている。  
 ドンッ!!  
 衝撃音とともにサンドバックをくの字にへし折り、天井にまで跳ね上げる阿良々木火憐の  
正拳突き。  
 続けざまに放たれる前蹴り、足刀、中段蹴り、鉤突き、手刀、回し蹴り、山突き。  
 ダースで穿たれる必倒の連撃。  
 だが、ただの八つ当たりの攻撃だった。基本も何もない手足をただただ振り回すだけ。  
 苛立ち。焦り。戸惑い。焦燥。  
 …兄ちゃんの彼女……か…。せんちゃん…の、わけねえし。神原先生…じゃないしな。  
 翼さん。だったら嬉しいかな…。どんな…ひと、だろう…  
 ズキン―痛い――――心が痛い―――  
 心の痛み。己の肉体でなく、心の脆さを思い知るという苦痛。喪失という、痛み、恐怖。  
 兄との密事。睦事。情事で手にしたモノは、失えないモノとなっていた。  
 失くせないほどに掛け替えのなもの。  
 もう、元の自分には戻れないほどのもの―――  
 
 「やだなあ、火憐ちゃん。妹より彼女の方が良いに決まってるじゃん。気持ち悪い」  
 
 「…ひっ!?」  
 「火憐先輩!危ない!?」  
 「へ!?ッ!?」  
 ボクッン!!  
 振り戻しのサンドバックが激突、ズサーッと、入り口付近まで吹き飛ばされた。  
 「ッ!て、てっ、て…」  
 「火憐先輩!?大丈夫ですか?」  
 「よっ、瑞鳥くん。よっと」  
 両足を跳ね上げピョンと立ち上り、瑞鳥くんの前に立つ。  
 瑞鳥くん。可愛い外見に似合わない空手着に身を包んでいる。  
 「だ、大丈夫ですか?あれ80キロはあるんですよ?」  
 「大丈夫、大丈夫、しかし戻ってくるとはびっくりした」  
 「そりゃ戻りますよ…、でもよかった」  
 ほっと胸をなでおろす瑞鳥くん。  
 「で、どうしたの」  
 「あ、あの今日はお願いがあって来ました」  
 「うん?」  
 「こ、今度大会があるじゃないですか」  
 「うん、確かあったな」  
 男子の大会であたしは出れねえけどな。だいたい女子の大会は少ないんだよな。  
 「か、火憐先輩とチューしたいんです」  
 「はい!?」  
 なるほど。よくよく聞けば瑞鳥くんには初めての大会であり不安であり、勇気が欲しかったそうだ。  
 しかし、あたしは正義の味方であって、勝利の女神じゃないんだけどな。  
 「あたしでいいの」  
 「火憐先輩じゃなきゃ駄目です」  
 そんなふうに求められると断れなかった。  
 ていうか瑞鳥くん。なんで目を瞑って、待ってるの?普通は逆なんじゃないかなと  
思いつつ瑞鳥くんにそっと近づき抱き寄せる。  
 「ちょっと汗臭いぜ」  
 「…そ、そんなことないです…、とてもいい匂い、です…」  
 緊張に喉が渇いた、それでも戸惑わず、互いの顔を近づけ唇を触れ合わせる。  
 「んッ…」  
 柔らかな互いの唇がふりゃりと密着する。  
 「んっ…、んんっ…」  
 ふにゅ、ちぅゅ、チュぅ…。  
 優しい口づけにうっとりして力が抜けて膝が折れてしまった。   
 抱き寄せているつもりが、崩れ落ちていつの間にか瑞鳥くんが上にいた。  
 そっと目を開けると瑞鳥くんと視線が絡まった。そのままキスを続ける。誘うように舌先で  
瑞鳥くんの唇をそっと撫でる。  
 
 ちゅく、くちゅ、ちゅぷぅ…。  
 口唇がさらに重なり合う。背中に回した腕で背中を撫で摩る。  
 「か、火憐、先輩んふっ、くふッ…。凄く可愛いです…んん…」  
 「ちゅぷッ…ふむ、むふぅ…は、恥ずかしい、から、言わないで…あ、ちゅむ…」  
 いつしかお互いに積極的に舌を絡め合い、自然と唾液を交換し合う。  
 くぐもった息が道場内に漏れる。とろけた瞳で見つめ合う。  
 唇を重ねたままで胴着の上から、やんわりとおっぱいに触れられる。  
(あっ…。瑞鳥くんも…男の子だね…あ、あん…)  
 期待に応えるように、乳房に熱が籠り始める。乳首を勃ってきた。  
 下腹部が疼きだしてきた。内股になり陰核が熱を持ち、硬く痼る始める。  
 キスはさらに激しさを増しっていった。思考が麻痺する。肉悦を感じる。   
 ジュンっと、肉裂から染みだす愛液。  
 「…んんっ…瑞鳥くん。ま、待って…っ。ここじゃ…」  
 「あっ…」  
 瑞鳥くんを押しのけ、はだけた胴着を直す。  
 「あ…か、火憐、先輩…」  
 「…ご、ごめん…」  
 「そんな…あやまらないで、ください…」  
 立ち上がり、不安げな表情を向ける、瑞鳥くんに向き合う。  
 「試合、頑張ってくれよな」  
 「は、はい頑張ります。勇気もらいました!ありがとうございます」  
 それだけ言うと、瑞鳥くんは道場を後にした。  
 「あたしも頑張らなきゃな」  
 (瑞鳥くん、ごめんな、あたしもけじめをつける、ちゃんとする…)  
 再びサンドバックと対峙する。  
ちゃんと見て。ちゃんと話し合おう。  
 はっきりと好きだって言おう。うん。そうしよう。  
 兄ちゃんの彼女か…勝負だ。  
 ドスンと。道場内に打撃音が響いた。  
 
 一方その頃の兄  
 
 「八九寺!逢いたかったぞ。僕の嫁!」  
 「ぎゃーっ!」  
 幼女を肩車して遊んでいた。  
 小学五年生のスカートの中に頭を突っ込み、肩車に担ぎ上げる男子高校生の姿がそこにはあった。  
 「ぎゃーっ!ぎゃーっ!!」  
 「こらっ!暴れるな!首筋でコットン100%パンツの肌触りを楽しめんだろうが!」  
 僕は首筋をぐりぐりとパンツに擦りつける。  
 僕はロリコンじゃないので八九寺の股間になどに全く興味は無い、あくまでパンツの感触を  
首筋で楽しんでいるだけだ、頬っぺたに内腿の感触を感じるのは、まあご愛敬だ。  
 「ぎゃーっ!ぎゃーっ!!ぎゃーっ!!!ぎゃああああああっっ!!!!」  
 八九寺が僕の頭をポカポカと叩いているが、足首を掴まれている状態では物の数ではない。  
 体重が乗らないので全く効かない。  
 そういえば神原の家はこの近くだったな。  
 くくく。飼ってやるぞ八九寺。僕のプロポーズを断りやがって、僕を振りやがって。  
 その細首に首輪を巻いて鎖に繋いでやる!ひん剥いてやる、もう逃がさないぞ。  
徹底的におまえに僕を刻みつけてやる。エサは僕の白濁液だけだぜ。ハハハハハハハ。  
 僕専用の肉奴隷だ!僕を愛するまで飼ってやる。一方的に愛してやる。  
 ははは―――はあっ―――  
 「こんの!変態!!」  
 グチュッ!  
 八九寺は僕の右の鼻の穴に指を引っかけ、リュックを含めた全体重を左に傾けたのだった。  
 僕の鼻孔があり得ない音を立てひしゃげる。  
 ―――ビキィ!―――  
 「ら、らめぇぇぇッ…!!!」  
 首が、ゴキィ!ゴギキィイィ、と、悲鳴を上げ、僕は崩れ落ちた。  
 「ヒギぃ!ひぎぃいいいいいいいいっ!!」  
 ろくに受け身も取れずに倒れた僕に対して、八九寺はその大きなリュックでショックを緩和し  
とどめとばかりに僕の顔を踏みつける。全体重をかけてドスドスと。  
 「この!!!変態!変態!変態!変態!変態!!変態!!!変態!!!!変態!!!  
変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!  
変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!変態!  
変態!変態!!変態!変態!!!変態!!!!変態!!!!変態いいぃぃぃーっ!!!」  
 八九寺は鬼の形相だ。かなりへこむ。  
 くくく。馬鹿め、それで勝ったつもりか八九寺真宵。お前が踏みつけるたびに  
スカートがめくれて、中が丸見えなんだよ。ウサさんのプリント柄までバッチリ見えるわ。  
 今のお前は僕のためにセクシーダンスを披露しているに等しいのだ。  
 ははは、馬鹿め、どう転んでも僕の勝ちだ勝ちなのだ。  
 メシィイ、あ、あギャッ!  
 なんと八九寺はピョンと飛び上がり、リュックを含めた全体重を掛けて、僕の顔面を  
踏みやがったのだ。さらにそのまま顔面で飛び跳ねる八九寺真宵。  
 (し、死んだら、どうする…)  
 
 駅前のベンチに並んで座り、ジュースを飲む僕と八九寺。  
 「ふう、すまん、すまん。おまえへの愛が強すぎて思わず暴走してしまったぜ」  
 「とてもそうは思えませんでした、海月々木さんのはただの性欲です」  
 海月々木さん?もはや読めもしない。くらげなに?  
 「いや愛だ」   
 「不純な愛です」  
 「愛に純、不純があるのか!?」  
 「愛に純、不純はありません。愛は心が真ん中にくる真心ですから、が!動機が不純です」  
 小学生に斬り捨てられた。ばっさりと。  
 「だいたいなんですか僕の嫁って!結婚とは神聖なモノなのです。わたしはたとえお付き合い  
していても初夜まではキスもさせません。汚らわしい」  
 なんと!?  
 「それ以上は結婚しても三カ月は駄目です!!」  
 
 「なんという貞操観念!やはりお前は僕の嫁だ!!結婚しようう――ぐッぅ!?!」  
 鼻先に八九寺の裏拳がめり込んだ。  
 「そういえば今日は何故にお出かけを?受験の追い込みでは?」  
 「出迎えだよ。出迎え」  
 それに勉強道具は持参している。今日が命日だってのにな。  
 「あ。彼女さんですか」  
 何という勘のよさ、エスパーかおまえ。  
 「だって、阿木さんって、基本、人の送り迎えなんてしませんよね?たとえ親戚の方でも」  
 阿木さん。て誰だ?もはや噛んでもいない。まあその通りだが。小学生に見透かされる僕って一体。  
 「じゃ、そろそろ行くよ」  
 「はい。お気をつけて。あまり乳繰り合ってはいけませんよ」  
 余計な御世話だ。   
 
 ホームで戦場ヶ原を待つ僕。火憐ちゃんの姿は見えない。この電車だとは教えたけど、  
まあいいや。  
 戦場ヶ原を乗せた電車が構内の入ってきた。縁日やイベントと重なり実際かなりの  
人出だ。人ひとり見つけるには一苦労だ。  
 見つけた。やけにあっさりと何のイベントもトラップもなく僕は戦場ヶ原と再会を果たした。  
人目もはばからず抱擁する僕と戦場ヶ原、心なし女っぷりもあがっている気がする。  
 人ごみのなか一言。ほんの一言だけ悲鳴が聞こえた。聞こえた気がした。  
 聞き覚えがある声の悲鳴だったのであたりを見渡したが、声の主は確認できなかった。  
 火憐ちゃん?  
 
 決定的だった。悪夢のような光景だった。  
 戦う決意も決心も万全だったのに、こんなに強くなった。成長したはずだった。  
 正面から迎え撃って打ち破る決意はできていた。なのに現実はどうだ。  
 戦うまでもなかった。あたしは為す術もなく膝を屈するしかなった。  
 涙がこみあげてきて、思わずその場を駆けだした。走って、走って、どこまでも走りぬいたら、  
この悪夢から抜けだせる気がした。だがどこまで行ってもここは現実だった。  
 嫌な冗談のようだ。心がズタズタにな―――る。  
 「火憐ちゃん?」  
 誰かの声が聞こえた。だが構っていられない。  
 あたしはぜんぶ嘘だ幻だと耳を塞ぎ、形振り構わずどこまでも走った。  
 精神が乱れ、心が悲鳴をあげ、ぐらぐらと煮立つ脳が全身を麻痺させる。  
 衝動のまま、本能のまま、走り続けた。  
 やがて体力とは裏腹に、心が限界にきて―――。  
 どこともわからぬ橋の下で、転ぶように跪いて、手をついて泣いた。  
 泣くしかなかった。惨敗だった。誰にも言い訳できない。  
 戦う前から逃げ出した。一瞥されただけで、心が折れた。  
 わかってたんだ。こちらを見てから抱きついていた。視線が合った。見せつけられた。  
 お似合いだ。と、想ってしまった。自分がいる。  
 自分にはできないことをできると、羨んだ。賤しい性根を自覚した。  
 強くなったつもりだった。胸を張って自分の望む道を切り開けるはずだった。  
 それは錯覚だった。ぜんぶ夢見がちな妄想だった。みじめで弱くてちっぽけだ。   
 修羅場を演じることもできず、文句をつけ、腕まくりし、挑みかかることもせず。  
 敗走した弱虫だった。惨めだ、頭を抱え泣きじゃくる。  
 やはり、兄を想うといのう幻想なのだろうか…。この気持ちが…  
 この胸から込み上がる沸き立つ気持ちが偽物だと言うのだろうか。  
 思春期特有のホルモンバランスの崩れた一時的な仮初めの感情だと。  
 歳を重ねれば、客観的に、冷静に振り返る自分がいるのだろうか。  
 いやだ…。いやだ…。そんな、の…いや、だ…、よォ…。  
 「う…、うぅ、う、うえっ…」  
 怯えて、この世の終わりみたいな気分で、すべてを拒絶するように金切り声で叫んだ。  
 雨が降ってきた、夏のゲリラ豪雨。もっと降ってほしい。この泣き声を掻き消して欲しい。  
 膝を抱え、自分で自分を抱いて嗚咽した。この腕があのひとの腕ならいいのに、  
髪を掻きあげてくれる手が、あのひとの手ならいいのに。  
 涙を拭ってくれる指が、あのひとの指ならいいのに。  
 手を引いてほしい、抱きしめて欲しい―――。  
 
 「うーっ。ひどい目にあいました。なんなんですかこの雨は…。あれ、阿良々木さん  
どうしたんですか、そんなところで泣いて」  
 いきなり背後で声がした。びくっと震えて、あたしは弾けるように振りかえる。  
 涙でぐしゃぐしゃの顔をあわてて拭う。  
 後方にリュックサックを背負ったツインテイルの小さな女の子が立っていた。  
 雨宿りのためこの橋の下にきたらしい。しかしどうにも見覚えがない。  
 「…あたし、阿良々木だけど?どこかで会ったけ」  
 「あっ、すみません女性の方でしたか。お顔が知りあいの方にそっくりだったもので  
つい、でも阿良々木て…」  
 「顔て…っ。うん、ツインテイルの小学生…」  
 これが阿良々木火憐と八九寺真宵の最初の出会いであった。  
 「あの?」「あの?」  
 「まったく、うるさいな寝れねえじゃん!俺が先にいたんだぜ、泣くんなら他所で泣けよ!」  
 古くて丈夫そうな橋の下。土臭く、不法投棄されたらしい大量の家具や不気味な人形なん  
かが転がっている場所。非難するように走りこんだこの暗がりには、先に誰かがいたのか?  
 けれど、どこを捜しても誰の姿もない。生き物の気配は、感じない。  
 あたしは戸惑い、きょろきょろと視線を彷徨わせる。  
 誰もいない…と、思うんだけど……。  
 「ちぇ。あんまり他人と会いたくなかったけど。しょうがねえな、ここだ。ここ」  
 天井?橋桁から人が下りてきた。  
 身長は1メートルの半ばよりやや低い。華奢なくらいの細身で、小柄な瑞鳥くんなみの  
体格。軍服のような、釦が光る上下。黒い安全靴に、黒いドライバーグローブ。  
上着の前を開けていて、中に覗く赤いシャツ。腕にはスカーフのようなものが巻かれている。  
右耳に三連ピアス、左耳にはストラップを二つつけている。  
 サングラスをかけていて表情は読めないが右顔面のみに禍々しくほどこされた決してペイント  
でない刺青が、彼の異様さを際立たせていた。  
 けれど、そんな恐ろしくもある外見に反して、口調はやけに軽い。   
 意外と素早い動きで近づいてくるきて、あたしを上から下まで見る。  
 「あれ?あんま驚かないな…、なんだその反応は!もっと驚け!怯えろ!震えあがれ!そして  
どっかいけ。ていうか背高いな…」  
 こちらが硬直しているのをいいことに勝手にやり始める。  
 「ふん、面倒くさいから最初に自己紹介といかせてもらうぜ、言っとくがナンパじゃないからな。  
立てば嘘吐き座れば詐欺師、歩く姿は詭道主義。虚戈言遣人。いーちゃんだ」  
 「あたしは阿良々木火憐、正義の味方だ。ていうかそれ偽名だろ」  
 「一瞬で看破!?」  
 いーちゃんと名乗ったその男は、何か酷く恥ずかしい失敗をしたというように地面にへたりこみ、  
悶え、頭をゴンゴン地面にぶつける。  
 「ああああああ!なしなし!!今のなし!今のなしです!」  
 ちっちゃい子供みたいに手をブンブン振った。  
 「……ぷっ」  
 「笑われた!?」  
 いちいち反応が大きい相手に警戒心も薄れ、ハッと気づいてツインテイルの小学生を捜すと、  
遥か彼方に大きなリュックが見えた。  
 阿良々木火憐と八九寺真宵の最初の出会いはこうして幕を閉じた。  
 「いや、いてもいいんだけど、あんまり声をあげて泣かないでくれると助かる。いやむしろ  
背の高い女の子が泣いてると気分がへこむ…、いや、言っとくがナンパじゃないからな。  
なにが言いたいのかと言うとだな…、むしろなんで泣いてたんだ?」  
 「なんでって、……、ぅぅ…う、ぅぐ…」  
 薄れていた記憶がフラッシュバックでよみがえり、涙があふれてきた。  
 「だーかーらー泣くなって」  
 豪雨がやむ気配はまだない。  
 
 

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