後日談の後日談というか今回のオチ。  
 
僕は最近の定番になった妹二人からの襲撃をかわし、どうにか家を飛び出した。  
「せんちゃんだけずるい!!」という月火ちゃんの声が聞こえたような……。  
何が『ずるい』だ!  
千石は怪異に取り憑かれて苦しんでいたというのに!  
それに僕は千石に憑いていた怪異を追い払っただけなんだぞ。  
何を勘違いしてんだよ、あいつは。  
まぁ、あいつらには怪異のことを秘密にしてるんだから誤解されるのは仕方ないか。  
 
妹二人による襲撃は、寝込みさえ襲われなければなんとかなるようだった。  
今日も一歩間違えば拘束されるところだったけど、無事逃げ出すことが出来た。  
でもそれは、あいつらはまだまだ本気じゃないことを証明しているような気がする。  
家の中でこんなに警戒しなきゃいけないなんて思わなかったな。  
なんか朝起こしてもらってた時が懐かしい。  
あれって平和そのものだったんだな。  
 
これが狙いか?  
僕の精神が少しずつ削られている…。  
 
 
――あの日。  
千石が怪異と二度目の対峙をした日。  
風呂場で火憐ちゃんと月火ちゃんに見つかった僕は急いで取り繕うことに成功した。  
 
「千石の様子がおかしいんだ! 助けてやってくれ!」  
 
と焦った表情で叫んだら、見事に騙されてくれた。  
……いや、一瞬で全てを理解したように二人の妹は迅速に行動してくれた。  
 
さすがだ。困った人は助ける、というと正義の味方の行動そのものだ。  
僕から千石を受け取るとまだフラフラの身体を火憐ちゃんが支え、月火ちゃんが拭く。  
その後、身体を冷やさないよう僕のTシャツを着せられて、千石は意識が不明瞭なままの状態で火憐ちゃんたちの部屋へ連れて行かれた。  
 
僕はその隙にズボン穿いて、一度風呂に浸かる。  
その状態で、たぶん戻ってくるだろう妹の片割れを待っていた。  
 
少しするとやっぱり戻ってきた。  
予想通りだよ、火憐ちゃん。  
吊り目をさらに吊り上げてたけど、ずぶ濡れになった僕の姿を見た瞬間、目を点にして驚いていた。  
 
僕は『素っ裸で千石と二人で仲良くお風呂に入っていた』わけではない。  
『暑いという理由から上半身裸でズボンだけを穿いていた状態』だったんだ。そして、  
『お風呂に入った千石が中々出てこないことに心配をして風呂場へ様子を見に入った』。  
そのことをズボンごとずぶ濡れな今の僕の姿から連想させる。  
最後に『気を失った千石を助けようと中へ入ったところで、ちょうど妹二人が現れた』という胡散臭い設定を作った。  
それがなぜか通じたらしい。  
さすがは僕の妹だな。  
 
火憐ちゃんは怒るどころか、正義を行おうとした兄を一瞬でも疑ったことに対して深く反省していた。  
「さっきは全裸だったような……」とか呟いていたけど、そんな些細なことは気にしない。  
その代わり僕の胸には火憐ちゃんの拳がめり込む以上に痛い何かがグサリと突き刺さった。  
 
痛みに耐えながら「着替えるから千石の様子を見に行ってくれないか?」と頼むと  
火憐ちゃんは「兄ちゃん、疑って悪かったな」と男らしく謝り、快く了承する。  
これでたぶん月火ちゃんにも偽物の真相が伝わることだろう。  
 
 
家での騒動が治まったのを確認し、胸を撫で下ろした僕は外出していた。  
 
念のため確認しておかなくてはいけない。  
千石は何を切断し、何の怪異に取り憑かれたのか。  
 
千石が言うには「焦っていて何をぶつ切りにしたのかイマイチ覚えていない」という。  
きっと意識がはっきりしていなかったんだろう。  
……長くて黒いモノだったよ、とだけ言っていた。  
そんな場所へ千石を行かせるわけにはいかないので、さりげなくどこで作業をしたのかを聞いておいて正解だった。  
 
 
場所はあの神社のすぐ近くだ。  
あそこはなんて名前だったか。  
蛇を祭っている神社だから『蛇』の文字がついたはずだけど。  
 
蛇が祭ってあった神社に着くと、まずは忍野の依頼で貼った御札が残っているかの確認をする。  
……まだちゃんと残っていた。  
色褪せてもいないし、剥げてもいない。  
僕が張ったときのまま、新品同様の状態で綺麗に残っていた。  
さすが何百万もする依頼の結果だ。  
簡単に剥げたりするようじゃ意味がないからな。  
これで僕が一番懸念していた問題は解消された。  
 
安心したところで、早速千石がぶった切ったモノを探し始める。  
が、見つからない。  
……かれこれ三十分以上も社の周囲を探したが、何も痕跡も見つからなかった。  
 
場所を間違えたか?  
 
その可能性を考え、少し奥へと向かってみる。  
二十センチ程の幅の細い道を見つけた。  
もちろん舗装なんてされていない。  
雑草の上を何かが通ったことでなんとか獣道になったような感じだ。  
 
あまり気が進まないが千石のためだ。  
僕は自分に言い聞かせ、歩を進める。  
 
周囲に気を使いながら道を進んで行くと、背の高い雑草に囲まれた小さな小さな社を見つけた。  
 
その社にはウナギが祭ってあるようだ。  
社のすぐ傍に転がっている腐れかかった木の案内板を見つける。  
説明の書かれた部分のかすれた文字を読んでみると、  
精力強化や性的な魅力の強化、それを補強する為に情熱的で積極的になることを祈る為の神社のようだ。  
 
たしか鰻パイは夜のお菓子と言われてたもんな。  
僕は知らないけど、きっとウナギには精力強化の効果があるんだろう。  
ウナギを食べるとスタミナが付くってソッチのスタミナだったのか。  
もしかして『スタミナ』って言葉は全て性的なモノに依存しているのかもしれない。  
 
バカな妄想を早々に切り上げて社の周囲を調べると、ぶつ切りにされた物体はすぐに見つかった。  
黒く、長く、光を反射している。  
触ってみるとヌルッとしていた。  
改めて観察すると、それはやはりウナギだった。  
 
……千石は…混乱していたんだろう……。  
そうじゃないと説明がつかない。  
……いくらなんでもウナギと蛇は間違えないと思う……。  
 
あまり意味はないだろうけど、穴を掘り、そこに命を失ったウナギを埋める。  
これは気持ちの問題だ。  
そして僕は手を合わせ、供養をし、その場から去った。  
 
 
僕は何の警戒もなく自分の家へと向かう。  
『例外のほうが多い規則』に壊されて新調した僕の家の玄関までくると、なぜか火憐ちゃんと月火ちゃんが立っていた。  
……というか、待ち伏せていた。  
自分の前でしっかりと腕を組んで、周囲に異様な空気を撒き散らして……。  
 
しばらく視線だけで会話をしたけど、やっぱりアイコンタクトって難しい。  
沈黙に我慢が出来なくなったのか、それとも堂々と胸を張って口を開かない僕に対して我慢の限界が来たのか、  
火憐ちゃんが静寂を破り携帯の画面を僕に見せながら肩をいからせて口を開いた。  
 
「兄ちゃん。これ見てくれ。さっき友達からメールが来たんだけど……。  
 その娘が言うには『神原スール』のメルマガで噂になっている高校生と、  
 最近、ある小学生にストーカーとセクハラをしているっていう噂の高校生は同一人物らしいんだ。  
 あたしは兄ちゃんとの約束を守って、一番初めに相談する。  
 兄ちゃん、どう思う?」  
 
この日、僕は目の据わってる二人の妹、というものを初めて見た。  
一人は、偽物だけど正義そのものである不死身の身体のを持つ少女。  
一人は、偽物だけど正義の味方であり強靭な肉体を持つ燃える少女。  
 
さてと、今度は『汚名を被る勇気』でも持つかな。  
 
 * * * * *  
 
変態高校生を目撃した女の子曰く、  
 
携帯で加害者と被害者の二人の写真を撮ったはずだけど、なぜか小学生の女の子だけは写らなかったらしい。  
肉眼ではハッキリと見えた小学生の女の子。  
なのに携帯の画面に残った画像には、小学生の女の子の姿はない。  
まるで存在そのものがなかったかのようだった、という。  
 
 
そのせいか、変態高校生が一人で変質者の演技しているような写真が出回った。  
 
 
その日から神原の隣にいると酷く軽蔑されたような視線を感じるようになった。  
いや、いつでもそんな視線を感じると言った方が的を得ているかもしれない。  
 
月火ちゃんや火憐ちゃん、羽川のおかげで騒動はすぐに治まったけど、  
僕は変態の烙印を焼印で額に押されたような気分になった。  
 

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